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2026-02-14

大新聞の終焉

The Turmoil at the Washington Post Does Not “Threaten” Democracy | Mises Institute [LINK]

【海外記事紹介】アメリカの名門紙ワシントン・ポストで大規模な人員削減が進んでおり、一部の知識人からは「民主主義の危機だ」という悲鳴が上がっています。しかし、本当にそうでしょうか。かつてニクソン政権を追い詰めたウォーターゲート事件の栄光を知る人々は、ジェフ・ベゾス氏による買収後の同紙の変容を嘆き、「政府を監視するジャーナリズムが失われれば、国民は情報の島を失い、政府は狼と化す」と警告しています。しかし、現在の主流メディアが本当に民主主義の守護者として機能しているのか、冷静に問い直す必要があります。

歴史を振り返れば、アメリカのジャーナリズムはトーマス・ジェファーソンが掲げた理想から遠ざかり、長らく国家権力を補完する道具として機能してきました。主流メディアは、自分たちがエリート層を保護し、リベラルな統治体制を維持するための広報機関と化していることに気づいていません。例えば、トランプ前政権下で同紙が熱心に報じた「ロシア疑惑」は、後に根拠の薄いものだったことが判明しました。また、新型コロナウイルスのパンデミックの際には、自由を制限するロックダウンやマスク着用義務を熱狂的に支持し、今では有力な説となっている「研究所流出説」を「デマ」として一蹴し、情報の多様性を自ら闇に葬ったのです。

かつての「社会の不正を暴く記者」たちの物語も、多分にフィクションが含まれています。教科書に載るような有名な暴露記事の多くが、実は事実に反する誇張や虚偽であったことが後の調査で明らかになっています。主流メディアの記者たちは、政府当局者と親密な関係を築き、互いに便宜を図り合うことで特権的な地位を守ってきました。しかし、インターネットの普及がこの癒着構造を破壊しました。かつてのデューク大学ラクロス部員による暴行疑惑事件では、主流メディアが一斉に「有罪」の合唱を繰り返す中で、事実に基づき異議を唱え、最終的に無実を証明したのは、組織に属さない独立した記者たちでした。

ワシントン・ポストの衰退は、民主主義の終焉ではなく、特権的なエリートによる情報独占の終わりを意味しています。莫大な負債を抱えながら国民に犠牲を強いる政府を、主流メディアの記者が喝采して支える時代は終わるべきなのです。ニュースルームで育てられた「職人」がいなくなっても、インターネットを通じて事実を追求する独立したジャーナリストたちが、既存メディアよりもはるかに優れた仕事で政府の不正を暴いていくでしょう。私たちは、巨大新聞社の終焉を恐れる必要はないのです。

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