2020-11-30

中央銀行が格差を生む

金融政策による所得再分配は勝者と敗者を生む。中央銀行がお金を増やすと物価が上がる。物価上昇は一様ではなく、お金の供給元の近くから波状に広がる。最初にお金を受け取った人々が最初に使い、すると物価が上がる。最後の人が受け取る頃には収入増が物価高で帳消しになる。

米国では1973年を境に99%の人々は実質所得の増加が止まり、1%の富豪は所得が急増し始めた。その原因は1971年のニクソンショック(金本位制廃止)だ。連邦準備銀行が創造した大量のお金は、まず官僚や銀行家など1%の人々が手にし、99%が受け取る頃には物価高で価値が薄まった。

米連邦準備銀行は毎年、通貨発行の利益を財務省に納付しており、政府の重要な財源となっている。もし納付金がなければ、議会はフードスタンプの支給をやめ、NASAを解散し、社会保障の給付を減らさなければならないだろう。大きな政府に反対なら、中央銀行の納付金を止めよう。

20世紀初め、米国では銀行制度が大混乱だった。預金準備金を一部しか積まずに貸し出しを増やしたせいで、銀行は取り付け騒ぎに見舞われた。連邦準備銀行の創設(1913年)で通貨の供給が柔軟になり、取り付けは減った。すると銀行業界は一斉に貸し出しを増やし、目一杯稼いだ。

2020-11-29

「お国のために」の起源は戦国時代にあり〜戦争が生んだ戦国大名の国家

「国民国家」という言葉をこのところよく耳にする。「グローバル経済の急速な進展が国民国家を揺るがす」「新自由主義が日本の国民国家に打撃を与えた」といった具合だ。

インターネット百科事典「コトバンク」によれば、国民国家とは「国家への忠誠心を共通のアイデンティティとしていると想定される人々を〈国民〉として持つ領域国家」を指す。18世紀の欧州に登場し、19世紀以降、欧州以外へ広まった。

日本では、明治維新によって誕生した大日本帝国が国民国家の始まりとされる。けれども、国民国家の起源はその四百年前にさかのぼるとの見方がある。戦国時代だ。

日本国とは別次元の「国家」

応仁の乱に始まった戦国の騒乱の中から、各地方では、守護・守護代・国人(国衆)などさまざまな階層出身の武士たちが自らの力で領国(分国)をつくり上げ、独自の支配を行う地方政権が誕生した。これが戦国大名であり、彼らが活躍した応仁の乱後の約一世紀を戦国時代という。

戦国大名は自身の領国を「国家」と称した。国家という言葉はそれまでもあったが、そこでは日本国を指していた。しかし戦国大名の国家は、日本国とは別次元である。戦国大名の国家は、それまでの国家とどのように性格が異なったのだろう。

戦国大名の領国は、実質的にも名目的にも、一個の自立した国家として存在していた。日本国の国家と対比・区別するため、地域国家と呼ばれる。戦国大名の領国だけではなく、大名に服属した国衆の領国も本質的にはそれと同様だ。戦国時代とは、列島各地に地域国家が乱立した時代といえる。

戦国大名の中には、領国支配の基本法である分国法を制定する者もあった。駿河の戦国大名、今川氏が定めた分国法「今川仮名目録」は、地域国家としての性格が端的に表現されている。

仮名目録には、領国内のトラブルに関する条文のほか、他の領国との関係を規定した条文、いわば国際関係法も多く見られる。たとえば、勝手に他国の勢力に加勢することを禁じ、他国出身の商人を一時的にも家臣として雇用することを禁止している。他国の紛争が今川領に波及することや、他国に今川家の機密が漏れることを警戒した条文だろう。

寺社の特権、実力で否定

のちに織田信長に敗れる今川義元の代になり、仮名目録を修正し、条文を追加する。その中で注目されるのが、寺社の守護使不入(しゅごしふにゅう)特権の廃止を宣言した条文だ。守護使不入というのは、室町時代、守護の使者が立ち入るのを拒否できる特権で、将軍から与えられた。条文にはこうある。

もともと守護使不入というのは、室町将軍家が天下を支配し、全国の守護職を任命していた頃の産物である。となれば、いくら守護使不入の特権をもっていても将軍の命令にだけは背けないはずではないか(不入権を与えたのは将軍だからだ)。それに対し、現在はすべてにおいてわが今川家が自分の力量で法度を定め、平和を保っている(つまり、いまこの国で今川家は将軍と同じ立場にいる)。だから守護使不入を理由にして今川家の介入を拒否できるなどと考えたら、とんでもないことだ。

守護である今川氏の介入を拒む寺社の特権は、修正前の仮名目録でも認められており、寺社の内部で犯罪が起こったとしても、今川氏はおいそれと捕縛吏を送り込むことはできなかった。まして、その特権が京都の室町将軍より認められたものだった場合、今川氏といえども簡単に介入することはできなかった。

ところが義元は仮名目録で、この領国の最高権力者は今川家なのだという理由に基づき、その特権を廃止した。日本中世史が専門の清水克行氏はこの条文について「実力主義とそれに由来する自信が漲(みなぎ)っている」と述べ、一時代を画する「戦国大名宣言」だと評する(『戦国大名と分国法』)。

「御国」の論理の登場

関東の戦国大名、北条氏の領国でも、それまでとは異質な国家の論理が登場する。「御国(おくに)」の論理である。

「御国」とは、具体的には北条氏の領国を指す。それまでの「国家」「分国」といった言葉とは別に、「御国」という言葉が新たに登場したのである。

この言葉が用いられたのは、1569年(永禄12)から1571年(元亀2)までの武田氏との戦争の際と、1587年(天正15)からの羽柴(豊臣)政権との対決前という、ともに北条氏が存亡の危機に立たされた時期だった。言葉を向ける対象となったのは、領国の村々である。

それはまず、臨時の普請役の賦課の際に用いられた。普請役は年間の負担数が明確に規定されていたが、武田氏との戦争では、とうに消化してしまっていた。しかし防衛体制を整えるには、どうしても普請役が必要である。そこで採られたのが、臨時の不審役の徴発だった。

北条氏はある村に宛てた書状で、「今回の臨時の普請役は、迷惑ではありましょうが、第一に『御国』のため、第二に村のためなのだから、百姓であっても奉公すべきです。戦争が終わったら、御憐愍(諸役の免除など)を行います」と述べた。

次いで「御国」の論理は、村の百姓を兵士として動員する際に用いられた。北条氏の言い分はこうだ。「来年(元亀元年)は、信玄との決戦をする。その際、軍役負担を義務付けている家臣や奉公人は、すべて前線に投入する。そうすると、領国内の諸城の守備兵がいなくなってしまう。だから出陣の間、諸城の守備兵を勤めて欲しい。これは『御国』にいるものの務めだから、家臣らと同じように働くべきだ」

翌年、兵士として動員されることが決まった村人に、あらためて動員を命令する書状が出された。そこでは「そもそもこのように戦乱が続く時世では、どうしてもその国にいる者は、出てきて働かないわけにはいかないでしょう」と述べた。

大名から領地も与えられていない、大名に何の義理もない村人を、村や地域の防衛ならともかく、大名の戦争に駆り出すなど、とんでもないことだというのが、この時代の通念だった。それだけに、大名が村人を戦争に動員するには、それなりの根拠がいる。それが「御国」の論理だった。

国民国家との共通点

「お国のために」という言葉は、現代でも、国家が国民を戦争に動員するときに、しばしば持ち出される論理である。じつはこの論理は、戦国大名が領国内の村々に、大名の戦争に協力させようと生み出したものだったのである。

歴史学者の黒田基樹氏は「村は、大名の存亡を賭けた戦争に際して、その領国に住んでいる、というそれだけで、大名の戦争に動員される事態に直面するようになった。ここにはじめて、人々は、自らが帰属する政治領域=国家というものを認識するようになった」と指摘する。

それまでにもあった日本国の国家は、在地の村とは直接には関係していなかった。村はその構成員ではなかったからだ。しかし、戦国大名の国家においては、村は直接の基盤に位置していた。黒田氏は「現代の私たちが認識する国家は、むしろこの戦国大名の国家から展開してきたものと考えられる」と述べる(『百姓から見た戦国大名』)。

たしかに、戦国大名の国家は、国家への忠誠心を「共通のアイデンティティ」としている点、排他的な領域国家である点、「御国の論理」を持ち出して国民を戦争に動員する点など、現代の国民国家と似通った部分がある。

戦争から生まれ、戦争に勝つために庶民に無理を強いた戦国大名の国家は、近代に誕生して以来、戦争をやめず、国民にそのための税金や兵役を課してきた国民国家の姿に重なる。その国民国家が今、揺らいでいるとしたら、悪いこととは言い切れない。

<参考文献>

  • 清水克行『戦国大名と分国法』岩波新書
  • 黒田基樹『百姓から見た戦国大名』ちくま新書
  • 黒田基樹『戦国大名の危機管理』角川ソフィア文庫
  • 藤木久志『戦国の村を行く』朝日選書

>>経済で読み解く日本史

2020-11-28

水木しげる『ねずみ男の冒険』

人は幸福を求める

「ナッジ」という言葉を最近よく耳にする。新聞の記事によれば、「人の判断や選択を心理を操るようにして望ましい方向に変える行動経済学に基づく手法」のことだ。政府もこの手法を活用しようとしているらしい。

この本の主役が聞いたら、「ばかな」と一笑に付すに違いない。人は他人から指図されなくても、自分にとって一番「望ましい方向」、つまり幸福を求めて行動するものだし、自分にとって何が幸福かは、他人にはわからないからだ。

水木しげるマンガの人気者、ねずみ男が登場する傑作短編のアンソロジー。収録作品の多くは、幸福をテーマとし、飄々としたユーモアのうちに深い考察をのぞかせる。

ねずみ男は作品によって異なる役を演じるが、だいたいの相場は決まっている。幸福になりたい人をたぶらかす詐欺師か、妖しい術でつかの間の幸せを味わわせる妖術使いだ(以下、ネタバレあり)。

「『幸福』という名の怪物」では、さえない会社員の男がねずみ男から声をかけられ、喫茶店でコーヒー、ケーキをおごらされるのと引き換えに、幸福の卵をもらう。不気味な怪物が生まれ、成長するとともに、会社員夫婦に次々と幸福が舞い込む。男は会社で出世を重ね、妻は日に日に若返り、美しくなってきたと喜ぶ(マンガではあまり変わりばえしないのがおかしい)。

しかし、夫婦の欲望が際限なくエスカレートするにつれ、幸福の怪物は巨大に膨れ上がり、ついに破裂。夫婦はがっかりし、妻は「明日からまた不運がやってくるわ」とこぼすものの、強欲の罰として地獄に落ちるわけではなく、以前の貧しく平凡な日々に戻るだけである。夫婦は愚かだったけれども、それもまた人間だとして認める、作者の冷めたまなざしと寛容な心を感じる。

「錬金術」では、それがさらに顕著だ。江戸時代の町人とおぼしき夫婦が、ねずみ男扮する仙術の先生から、石や瓦を金に変えるという錬金術を教わる。ところが何度指導を受けても失敗ばかり。爆発で家が壊れても、夫婦はくじけるどころか、またやりなおしだと言って、希望に満ちた笑い声を発する。

見かねた息子の三太がねずみ男を訪ね、両親をこれ以上まどわさないでほしいと頼むと、ねずみ男は「まどわす? ばかな」と答え、こう諭す。「錬金術は金を得ることではなく、そのことによって金では得られない希望を得るところにあるんだ。人生はそれでいいんだ……」

このねずみ男の言い分を、詐欺師の自分勝手な主張と思うかもしれない。けれども、夫婦は最初は騙されたかもしれないが、いつまでもねずみ男に操られているわけではない。自分たちなりの判断と選択に基づき、錬金術にのめり込んでいるのである。それは非科学的かもしれない。しかし、この世の終わりに最後の審判で天国に行くか地獄に行くかが決まるという非科学的な教えを信じていても、その人たちが不幸だとは言えない。錬金術も同じだろう。

いつもは幸福を商売道具にするねずみ男自身、幸福を渇望してやまない。「幸福の甘き香り」では、人に熱弁をふるい、催眠術までかけて財布を騙し取るものの、中身はたったの三文。「バカバカしい! 赤字だ」と怒り、「わしも天地がすぎゆかぬうちに、『幸福の甘き香り』がかぎたい……」とつぶやきながら、去っていく。

人は誰も生きている限り、幸福を求める。あなたを幸福にしてあげたいからと「ナッジ」でお節介を焼く大臣や役人も結局、利権や名誉によって自分が幸福になりたいからそうしているにすぎない。ところが彼らはねずみ男と違い、幸福になるために他人を利用しているという自覚がない。困ったものだ。 

>>リバタリアンのマンガ評

2020-11-27

マスクでコロナは防げない

デンマークの大学がコロナ感染で実験を行い、半数の人にはマスクを与え戸外で着用するよう、残り半数にはマスクをしないよう指示した。実験を終えた4860人のうち、感染したのはマスクをしたグループが42人で1.8%、しないグループが53人で2.1%で、統計上有意な差はなかった。

最近の調査によれば、ロックダウン(都市封鎖)の実施もその厳しさも、コロナによる死亡率には関係ない。死亡率の高さに最も関係があるのは寿命だという。ロックダウンでグローバルな不況、多数の企業倒産、失業、精神衛生の悪化、自殺の増加といった多大な犠牲を払ったにもかかわらずだ。

この春、米国でコロナ対応のロックダウンが広がった際、25州で展開するレストランチェーン、ワッフルハウスは700店舗を閉鎖。2万8000人の時間給労働者が職を失った。ある調査によれば、コロナで最も失業しやすいのはヒスパニック女性、移民、若者、教育水準の低い人だという。

米コロラド州のいくつかの郡でコロナ感染の警戒水準が上がり、州はレストランやジムなどに対する規制を強めると発表した。これを北部のウェルド郡が拒んだ。同郡は住民と事業主に対し、個人としての責任で決断し、自分と家族、地域、仕事を守るよう促すにとどめると表明した。

日本で自殺者が急増している。コロナ感染症そのものよりも、感染症の経済や社会にもたらした影響が大きかったとみられる。日本は死亡者を2000人未満に抑え、他の多くの国よりもうまく対処してはいるものの、自殺者数は10月だけで2153人に急増し、4カ月連続で増加した。

2020-11-23

LGBTと共産主義

共産主義者は同性愛や性不一致に対し保守的な態度だった。伝統的な左翼は今のLGBT運動を「ブルジョア的退廃」と呼んだことだろう。共産主義諸国でゲイは強制収容所送りとなり、カストロやゲバラら共産主義革命家は同性愛者に激怒し、ゲバラの場合、黒人にも怒りを燃やした。

The Modern Left Is Not Marxist, It's Worse | Chronicles

保守系の米FOXニュースは今や多くの黒人ゲストを出演させている。彼らは、白人ホストなら人種差別、性差別と非難されかねないような発言を自由に行う。女性評論家キャンディス・オーウェンズは、警官に殺害された黒人ジョージ・フロイドには長い犯罪歴があるなどと述べた。

Conservatives Foolishly Play the Diversity Game | Chronicles

米ディズニー社は、社会正義を推進するという極左団体に500万ドルを寄付した。創業者ウォルト・ディズニーが生きていたら激怒したことだろう。彼は長年にわたり保守派の共和党支持者であり、共産主義者による反政府活動を調査したジョセフ・マッカーシー議員を支援していた。

Tucker Versus Woke Mickey | Chronicles

ペプシコ、シティバンク、ネットフリックスなどのCEOは嬉々として、BLM団体はおろか、過激なアンティファにまで多額の寄付をしている。流行の「目覚めた資本家」を演じている。ゴールドマン・サックスにならい、従業員にheやsheではなくtheyを使うよう命じるかもしれない。

The Counterrevolutionary Left | The American Conservative

2020-11-22

応仁の乱の京都で略奪が横行した理由〜飢饉・重税・戦乱の三重苦

海外で災害や差別をきっかけに暴動が起こり、大規模な略奪に発展すると、日本で政治家などから「民度が低い」とさげすんだ声がよく上がる。しかし日本がこれまで大規模な略奪に無縁だったかといえば、決してそんなことはない。

歴史上、略奪が多数横行したことで有名なのは、室町時代末期に起こった応仁の乱だ。足利将軍家と管領畠山・斯波家の継嗣問題に端を発し、細川・山名両有力守護大名の勢力争いが絡み合って、東西両軍に分かれ、1467年(応仁元)から1477年(文明9)年まで11年間にわたって京都を中心として争われた大乱である。

足軽のもう一つの顔

応仁の乱で初めて出現したといわれるのは、足軽である。一般には軽装で機動力に富む歩兵として知られるが、足軽にはもう一つの顔があった。

一条兼良という当時の最上級の公家は、「足軽は、並はずれた、とんでもない悪党だ」と述べた。本来、足軽とは戦うことが仕事なはずなのに、敵がいるところには攻めかからない。敵がいないところに押し入って、放火して物を取っていく。これははっきり言って「昼強盗」である。白昼堂々と強盗をしているようなものであると、一条兼良は強く批判している。

つまり足軽には、「悪党であり、敵と戦わずに寺社・公家の屋敷などを破壊し、強盗(略奪)・放火をする人たち」という側面があったと歴史学者の呉座勇一氏は指摘する(『戦乱と民衆』)。

この足軽たちは、いったいどこからやって来たのだろうか。それを知るには、時代を少しさかのぼる必要がある。

冷夏・長雨で飢饉に

15世紀前半から、シュペーラー極小期と呼ばれる太陽活動の低下期が始まった。これを背景に、応仁の乱が始まる40年ほど前から冷夏・長雨といった気象状況が頻繁に現れ、およそ10年に1度の頻度で全国規模の重大な飢饉をもたらすようになる。

1427年(応永34)の6月から8月にかけて、日本各地で大雨・洪水に見舞われた。大雨による凶作は、翌年の飢饉を深刻化させた。

1428年(正長元)夏も前年同様に低温で長雨が続いた。気象予報士の田家康氏によれば、伊勢で「当年飢饉、餓死者幾千万と数知れず、鎌倉でも二万人が死んだと聞く」、会津で「大雨洪水、諸国悪作大飢饉」、下野で「飢饉洪水」と飢饉が関東や東北まで及んだ(『気候で読む日本史』)。

諸国の飢饉難民たちは、初めは「山野・江河に亡民充満す」といわれ、地元の村々の山野河海に食物を求めて殺到する。しかしそれも尽きると、京に向かって物乞いの大きな奔流となっていった。難民たちの殺到で、ついには京の人々も「食物なくして、すでに餓死に及ぶ」「洛中の人家衰微す」という、二次飢饉に襲われる。

降りかかる重税

人々を苦しめたのは、天災による飢饉だけではない。人災もあった。

1423年(応永30)の2月末から3月にかけて、紀伊国(和歌山県)の紀ノ川流域にあった諸荘園の荘民たちが、一斉に荘園領主の高野山に対して多くの注進状(告発状)を提出している。このとき提出された「公方役書上(くぼうやくかきあげ)」と呼ばれる注進状群は、紀伊国守護(畠山満家)から賦課された「公方役」という課役の内容を荘園ごとに逐一書き上げ、その課役の過重と不当性を高野山に対して訴えるものだった。

「公方役」の中身を大別すると、①紀伊国内の守護関連施設で使役される②京都まで物資を運ばされる③その他の地域で使役される——の3種があった。これらはすべて、室町幕府体制の成立とともに、それまでの高野山に対する負担とは別に、新たに荘民たちに降りかかってきたものだった。

歴史学者の清水克行氏によれば、京都までの物資運搬は京上夫(きょうじょうふ)と呼ばれ、とくに重い負担になっていたと思われる。

当時、各国の守護は京都に在住するのが原則であり、紀伊国守護の畠山満家も例外ではなかった。しかも畠山満家の場合、将軍を補佐する管領の要職を務め、京都政界で枢要な地位にあった。当然、彼の京都での日常的な消費や政界工作のための資源は、すべて領国からの物資で賄われた。

京上夫の労役は代わりに金銭で支払う代銭納も認められており、基本的には1人の京上夫を差し出す代わりに荘郷は500文の夫銭(ぶせん)を支払うというルールになっていたらしい。ところが紀伊国のこの地域では500文というルールは守られなくなっており、いつの間にか800文かそれ以上に跳ね上がってしまっていた。

代銭納の場合も、人夫はいったん守護所のある大野に集結させられ、そこで夫銭を払わされたうえに、そのまま大野で数日間こき使われてしまうという例もざらにあったという。さらに、実際に京都にいく場合、通常は往復8日間ほどの拘束期間が不当に延長され、最長で20日間以上に及ぶこともあったらしい。

こうした状況はこの地域に限った話ではなく、室町時代の人々は、それまでの荘園制的な収取に加え、新たに公方役や守護役と呼ばれる武家側からの課役にも応じなければならなくなった。これが異常気象に加え、「人々の余剰を少なからず吸引していたのではないか」と清水氏はみる(『大飢饉、室町社会を襲う!』)。

軍が略奪を公認

飢饉や重税に苦しむ人々は、首都であり商業の発達した京に流れ込むようになった。彼らは当初、借金の棒引き(徳政)を要求して土倉・酒屋といった金融業者に押し入って破壊行為を行い、そこにある物を奪い取った。土一揆と呼ばれる。1428年(正長元)に起きた正長の土一揆は有名だ。

ところが1467年に応仁の乱が始まると、乱が終わるまで、京都で土一揆は姿を消す。それまで土一揆を起こしていた人々が足軽になったためである。「生活苦から土一揆に参加して京都で略奪をおこなっていた人たちが、応仁の乱が起きたので、今度は足軽として略奪をおこなっていた」と前出の呉座氏は指摘する。

従来の研究では、一揆は権力と戦う「反権力」の存在とされ、一方で、足軽は大名の手下だから「権力の手先」と位置付けられてきた。おおざっぱに言えば、土一揆は高く評価され、足軽の評価は低かった。

ところがその両者は、じつは同じ人がやっていた。実態としても、やっていることは同じ略奪である。したがって呉座氏が述べるとおり、「土一揆はすばらしく、足軽はけしからん」という論は成り立たない。

ただし、戦場で足軽が略奪に走った背景には、ある事情もあった。歴史学者の藤木久志氏によれば、京の戦場では、東西の両軍合わせて30万人とまでいわれた兵士たちに、まともに賃金や兵糧を支給することは、とうてい不可能だった。そこで、その代わりに両軍は足軽たちに、戦場での略奪を公認していた(『飢餓と戦争の戦国を行く』)。

応仁の乱の京都では、店舗に押し入って商品を奪う現代の暴徒のように、略奪がまかり通った。それは決してほめられた話ではない。けれどもその背景には飢饉、重税、戦乱という、人々にのしかかる三重苦があったことも忘れてはならないだろう。

<参考文献>

  • 磯田道史、倉本 一宏、フレデリック・クレインス、呉座勇一『戦乱と民衆』講談社現代新書
  • 田家康『気候で読む日本史』日経ビジネス人文庫
  • 清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(歴史文化ライブラリー)吉川弘文館
  • 藤木久志『飢餓と戦争の戦国を行く』(読みなおす日本史)吉川弘文館

2020-11-21

宇野重規『民主主義とは何か』

自由が脅かされるとき

今の社会では、民主主義と自由主義は同じようなものだと、何となく信じられている。だから「自由民主主義(リベラル・デモクラシー)」という言葉もあれば、「自由民主党」と堂々と名乗る政権政党もある。しかし、民主主義と自由主義が似たようなものだという考えは、正しくない。本書を読めば、その事実を知ることができる。

著者は本書で、ドイツの法学者・政治学者であるカール・シュミットの考えを紹介する。シュミットはその思想がナチスに利用されたとして批判されるけれども、民主主義に対する問題意識には鋭いものがあった。

シュミットは、自由主義と民主主義を明確に区別した。両者は本質的に異なり、これを安易に同一視することが、混乱を生み出しているとシュミットは主張した。

シュミットによれば、民主主義の本質は「同質性」である。同質性があるからこそ、民主主義においては、治者と被治者の同一性がいえる。逆に言えば、民主主義の同質性を維持するためには、「異質なるものの排除あるいは殲滅」が必要だという。

これに対し、自由主義の本質は「討論」である。多様な意見による討論を重視する議会主義は自由主義に属するものであって、民主主義ではない。議会主義ではしばしば公開性と権力分立が強調されるが、これらも自由主義的な理念であり、民主主義とは無関係だとシュミットは言う。

シュミットはさらに議論を進め、だから民主主義は議会主義なしにも存在しうるし、むしろ指導者が国民から喝采を浴びる独裁と結び付くとまで述べる。著者は「今日の目からすれば、これはあまりに極端な議論であり、危険な暴論」と急いでストップをかけるが、民主主義と自由主義の矛盾を正しく指摘した思想家は、シュミット以前にもいた。

フランス革命期の政治家・批評家バンジャマン・コンスタンは、ルソーの人民主権論を批判し、こう論じた。仮に人民が主権者となるからといって、その下での統治が必ず良いものになるとは限らない。問題は、誰が主権者になるかではなく、誰が主権者であるにせよ、その主権の範囲ではないか、と。

主権の力が強大になり、その及ぶ範囲が拡大すれば、どうしても個人の自由や権利が侵害される。そうだとすれば、主権の担い手ばかりを論じているのではなく、主権の力に外から枠をはめることが重要ではないか。民主主義の下でも、個人の自由は侵害されることを警戒すべきではないか。自由主義者のコンスタンはそう説くのである。

「多数者の決定によって、少数者の権利がいかに容易に侵害されるかを知っている現代人の私たちとしては、コンスタンのルソー批判に説得力を感じざるをえません」という著者のコメントに、まったく同感である。

著者自身は、民主主義の課題を認識しながらも、その未来を信じているようだ。それは甘いのではないかと感じるけれども、民主主義に対する批判を公平に紹介した本書の価値を減じるものではない。コロナ対策を名目に、民主主義国家によって個人の自由が脅かされる今、本書によって民主主義と自由の関係をあらためて学んでおきたい。

>>書評コラム【総目次】>>書評コラム【4】

中央銀行の偽金

現代において、お金は中央銀行によって無から生み出され、非生産的な活動を促す。非生産的な活動で実物資産の蓄積は消費されるばかりで、増えることはない。ちょうど偽金造りが物を買うと、その商品の需要を支えることになるのと同じだ。偽金が増えると、商品の需要も増える。

Printing Money at a "Constant" or "Stable" Rate Won't Prevent Boom-Bust Cycles | Mises Wire

中央銀行による通貨供給は、無価値なものを価値あるものと交換するのと同じで、経済成長に必要な実物資産の蓄積を枯渇させる。1930年代に大恐慌が起こったのは、1920年〜24年の米連銀による金融緩和で、実物資産の蓄積が失われたからだ。緩和が不十分だったせいではない。

A Drop in the Money Supply Was Not the Cause of the Great Depression | Mises Wire

中央銀行が金融を緩和すると、一時の好景気が起きる。実物資産の蓄積が、富の作り手から、自由な市場では助長されない非生産的な活動へと向かうからだ。中央銀行が引き締めに転じると、この流れが止まる。好景気を終わらせるのは中央銀行であり、何か不思議な要因ではない。

How Easy Money Creates the Boom-Bust Cycle | Mises Wire

バブル経済にはいつも物価高を伴うとは限らない。もしも商品の増加率が通貨供給量の増加率と同じなら、物価は変化しないだろう。重要なのはバブルが物価高を起こすかどうかではない。バブルが非生産的な活動を活発にし、富の作り手から実物資産を奪ってしまうことだ。

Why Asset Bubbles Involve So Much More Than Just Rising Prices | Mises Wire

2020-11-18

トランプとケネディ

トランプ大統領をロシアのスパイだと証明できず、同大統領をやめさせる道は二つだけになった。他の理由で弾劾するか、次の選挙で落とすかだ。ウクライナによる弾劾は失敗し、選挙による追放は成功した。ケネディ大統領の下で、軍部とCIAは同じく対露融和路線を警戒していた。

Why Regime Change Became Necessary in November 1963 – The Future of Freedom Foundation

1990年代、ケネディ大統領暗殺記録収集法によって暗殺記録の公表は25年延長された。安全保障のためという馬鹿げた理由からだ。その期限はトランプ政権の初期に訪れたが、大統領はCIAの要求に屈し、2021年10月まで延ばした。バイデン政権下でまた延長される前に、公表しよう。

President Trump, Release the JFK Files – The Future of Freedom Foundation

軍と情報機関は行政府の支配下にあると信じられている。普通はそうだ。しかし実際にはその強大な力で第四権力となり、トランプ大統領を十分攻撃できる。1973年のチリがそうだった。軍と情報機関は、選挙で選ばれたアジェンデ大統領を戦闘機や戦車で攻撃し、大統領は敗れた。

The Pentagon and CIA Might Decide Who Is President – The Future of Freedom Foundation

米国民が犯した最大の過ちは、軍産複合体が連邦政府を乗っ取るのを許し、冷戦の嘘に騙されたことだ。建国時の小さな政府を取り戻そう。その第一歩は、国家の不正を告発したスノーデン、アサンジ両氏に恩赦を与えることだ。トランプ大統領にとってすばらしい花道になるだろう。

Trump Should Now Pardon Snowden and Assange – The Future of Freedom Foundation

2020-11-16

マスク強制の帰結

米国で当初、マスクは論争の種ではなかった。コロナ拡大とともに国民の多くは公の場でマスクを着け始めた。意見が割れ始めたのは、政府が着用を求め、それが暴力沙汰を招くようになってからだ。政府の着用命令は、市民と警察の衝突という、意図しない結果をもたらしたのだ。

コロナ対応のロックダウン(都市封鎖)は、青少年にウイルス自体よりも大きな害を及ぼしている。米国では18〜24歳の半分近くが、少なくとも中度のうつ状態にある。大人全体で自殺念慮の率は3.4%前後だが、青少年は10月時点で36.9%に達し、ロックダウンが増えた5月の32.2%に比べても高い。

豪州アデレードで4週間のうちに心臓疾患のある4人の新生児が死亡した。政府のコロナ規制で、手術可能なメルボルンまでの輸送を断られたからだ。メルボルンまでの飛行時間が75分なのに対し、代わりのシドニーまでは2時間近い。心臓を病む赤ん坊にとって45分の差は大きい。

ノルウェーとフィンランドでコロナの死亡率は世界で最も低水準で、それぞれ百万人当たり54人と66人。隣国スウェーデンの605人を下回る。しかしスウェーデンを批判する人が見逃しているのは、ノルウェーとフィンランドのロックダウンがスウェーデンよりも緩やかという事実だ。

2020-11-15

渡瀬裕哉『税金下げろ、規制をなくせ』

インフレ税もやめさせよう


長らく続く日本経済の停滞を打破するために、何が必要か。経済学者や評論家の多くは、相変わらず政府の財政支出を求める。しかし本書の著者は違う。日本を救う方法は「減税と規制廃止しかない」と力強く言い切る。


著者が述べるように、所得に占める税金と社会保障費の比率を示す国民負担率は、1970年度には24.3%にすぎなかったのに、2020年度には44.6%と50年で約2倍に跳ね上がっている。とくに若者は重い税負担と社会保障負担に苦しむ。これこそ日本を覆う停滞感の真因だ。

規制も税金と同じく、多ければ多いほど、国民は不自由になって経済損失が生まれる。経済協力開発機構(OECD)によると、規制の少なさで日本は46カ国中、24位。中位のランクではあるが、上位には英国、デンマーク、スペイン、ドイツ、オランダ、スウェーデン、ノルウェーなどが並ぶ。著者が指摘するとおり、規制や税金が多い「大きな政府」と考えられがちな欧州諸国は、じつは規制が少ない「ビジネスフレンドリーな国」なのだ。

これらの事実を踏まえ、著者は減税と規制廃止を訴える。けれども、税金は一般国民や弱者を助けるために必要ではないのか。著者はこうした疑問を「はっきり言わせてもらいますが、日本では税金は余っています」と一蹴し、象徴としてダムのエピソードを紹介する。

最近、政府が治水対策のためにさまざまな種類のダムの水量管理を省庁横断で進めたところ、50年で5000億円かけて作った八ッ場ダムの50個分の貯水量を、既存のダムを活用することで確保できることがわかった。こんな調子では、いくら税金があっても足りないはずだ。

著者は「すべての増税に反対しなければいけません」と正しく指摘する。消費税を上げる代わりに法人税と所得税を下げようとしても、そうはならない。役所や政治家、その取り巻きの「利権をよこせ連合」は増税したくてたまらないからだ。

さて、すべての増税に反対という著者の主張を補うため、本書で触れられていない特殊な税金について注意を喚起しておこう。インフレ税だ。

インフレ税とは、中央銀行がお金の供給量を増やした結果、お金の価値が薄まることをいう。お金の価値が年2%薄まれば、2%の税金を取られたのと実質同じだ。

インフレとは物価上昇の意味だが、たとえ物価が横ばいでも、お金の量が増えた分、その価値は薄まる。もし中央銀行がお金の量を増やさなければ、物価は下がり、それだけ多くの商品・サービスを買えたはずだからだ。

目に見えにくいインフレ税は、目に見える普通の税金よりもたちが悪い。普通の税金と違い、国会で課税の条件が審議・承認されるわけでもない。そもそも税金と同じだと理解している人も少ない。

インフレ税をやめさせるには、中央銀行がお金の量を勝手に増やさないよう、一定のルールで縛らなければならない。そうなれば、今のように政府の発行する国債を日本銀行が無制限に買い取ることはできなくなる。遅ればせながら国債発行に歯止めがかかり、返済に充てる税金も相対的には減るだろう。

日銀という巨大な買い手を失って国債相場は急落し、国債を保有する銀行や保険会社は大きな損失を出し、預金者や保険契約者にも影響が及ぶだろう。それでもツケを将来に先延ばしするよりは、傷は浅くて済む。もちろん、破綻に瀕した金融機関を税金で救済などさせてはならない。

コロナ対策を名目に財政のたがが外れるなか、すべての増税への反対を唱える著者の見識と勇気はすばらしい。加えて、インフレ税にも目を光らせてくれれば、鬼に金棒だろう。

2020-11-14

政府の起源は戦争(スペンサー)

英社会学者スペンサーは、政府とそれを支配するエリートの起源は戦争だと述べた。王は征服した相手から金品を略奪できるだけでなく、戦争の資金を賄うために、しだいに自国の市民からも略奪するようになる。

英社会学者スペンサーによれば、自発的な交換が支配する平和な社会では、階級格差は存在しない。階級とはある集団が他の集団を暴力で支配し搾取するものだが、それが生まれるのは戦争が社会の特徴となってからだ。戦闘とそれを支える物資補給を行う必要から、階級は生まれる。

19世紀英国の社会学者スペンサーは、政治家が自分の作る法律の直接的な目先の影響ばかりにこだわり、間接的な将来の影響を無視していると批判した。スペンサーによれば、英国は数十年にわたる社会・経済立法で社会の自発的な協力を弱め、政府による強制的な協力に置き換えた。

社会学者スペンサーによれば、政治的・経済的な反対者は、宗教的な少数派と同じく、その信念と行為が政府によって尊重されなければならない。政府の福祉政策による「慈善活動」は無駄が多く、非能率で、納税者の財産権を侵害するという自由主義者の主張を弾圧してはならない。

2020-11-13

大統領と不正投票

ジョンソン(民主党)が1948年の上院議員選でテキサス州のスティーブンソン知事と党の指名を争った際、不正があった。第13投票箱の選挙人名簿で、最後の202人の名前は他と異なるインクで書かれ、ABC順で、同じ筆跡だった。ジョンソンは勝ち、後にケネディ暗殺で大統領となる

Don’t Forget LBJ’s Election Theft – The Future of Freedom Foundation

南北戦争中、リンカーン(共和党)は軍に命じて共和党員の兵士に休暇を取らせる一方、民主党員を戦場にとどめ、投票できなくした。共和党優位の議会は新たに3つの州(カンザス、ウェストバージニア、ネバダ)までつくって、1864年の大統領選をリンカーン再選に有利にした。

The Origins of American Vote Fraud | Mises Institute

トランプ大統領はやれることがまだある。コロナ対策のファウチ所長ら最悪の官僚をクビにする。左翼に立ち向かった元側近のフリン氏らに恩赦を与える。膨大なマネーで経済危機の種をまいたFRBの理事らを解任する。海外から軍を呼び戻す。多様な国民に団結を無理強いさせない。

Here’s What Donald Trump Should Do before Inauguration Day | Mises Wire

個人は多様だから好みも多様だ。公共政策について団結などできない。ある人は必要と考え、別の人はなくてもいいと思う国民の権利や政府の権限について、合意はできない。外交、宗教、妊娠中絶、福祉…すべてそうだ。政府が選択を押しつける以上、政治的な団結は達成できない。

Talk of "Unity" Is Both Hypocritical and Delusional | Mises Wire

政治権力を握る方法は、組織化した暴力を使うか、人々が政府の権威を尊重するよう納得させるかだ。暴力は好まれない。抵抗を招き、政府を脅かしかねないから。人々が進んで服従してくれた方がよい。そこで選挙は国民の声、基本権、社会を変える最善の方法として神格化される。

Election 2020: Choking on the Political Red and Blue Pills | Mises Wire

2020-11-11

ロックダウンを再開するな

米国は、欧州のロックダウン(都市封鎖)再開に追随するのではなく、グレートバリントン宣言に署名した科学者や医師の助言に従うべきだ。助言によれば、ロックダウンを避け、代わりに最も弱い人々の保護に専念する。若くて健康な人々にコロナ感染が広がるに任せ、集団免疫を獲得する。

For Better Health and a Stronger Economy, Don’t Lock Down Again – AIER

コロナ対応で学校を休みにしたのは間違いだった。英国での調査によれば、大人が子供と生活しても、深刻な症状の患者は増えなかった。感染者は少し増えたものの、死には至らなかった。それどころか、家で子供と暮らす大人が死亡するケースは、子供のいない家庭より少なかった。

It Was a Mistake to Close Schools, UK Study Concedes – AIER

コロナ感染症で死亡するのは大半が高齢者と病弱な人だけだ。コロナは危険ではあるものの、激甚な伝染病ではない。政府は年齢層で異なるコロナの影響度を考慮できず、自らの信頼を損ねた。政府はあらゆる危機に乗じ、より大きな権力を握るための口実に利用することがわかった。

Agreeing and Disagreeing with Tyler Cowen on Covid-19 – AIER

スウェーデンでコロナによる死者が多いのは、ロックダウンが緩やかなせいだと言われている。しかし同国では2018-19年と2019-20年にインフルエンザの大変穏やかな流行があった。普通ならインフルで亡くなる人が2020年4月まで生き延び、代わりにコロナで亡くなったとみられる。

Sweden’s “Dry Tinder” Accounts for Many Covid-19-deaths – AIER

2020-11-09

政府にできない仕事

投票用紙を集め、数えるのは、膨大な数の人々の生活、精神、教育、生命を害することなく、見えないウイルスの拡大を防ぐ仕事より難しいだろうか。そうは思えない。もし政府が選挙のように簡単な仕事もできないなら、医療や伝染病に関してどうやって合理的な判断ができるのか。

Government Can't Count Ballots. How Can It Possibly Manage a Pandemic or Our Health Care? - Foundation for Economic Education

トランプ氏がSNSから締め出され競合サービスを使えば、ITの独占問題は過去のものになるかもしれない。トランプ放送網だってありうる。米政治経済エリートはバイデン大統領の選出をトランプ否定と受け止めているが、そうではないことはトランプ支持の大幅な増加が示している。

An America with Two Presidents | Mises Institute

米ツイッターやフェイスブックはロシア、イラン、中国などの報道機関に「国営メディア」とレッテルを貼り、まるで各国首脳が個々の記者を監視しているかのように主張してきた。ところがその米国では、大統領候補のバイデン氏やその息子の疑惑を報じようとすると封殺される。

Twitter and Facebook are smacking down all questioning of US election integrity. What about 4 years of Russiagate? — RT Op-ed

今、自由をこれほど脅かす考えはおそらく他にないだろう。すなわち、民主主義さえあれば自由は守られるという考えである。投票する権利によって保証されるのは、政治過程に参加する自由だけだ。放っておけばすべてが自由のために行われるよう保証されるわけではない。

The Idea that Democracy Is the Same as Liberty Is a Weapon in the Hands of Despots | Mises Wire

2020-11-08

斎藤幸平『人新世の「資本論」』

それって資本主義のせい?

資本主義を批判する人々の多くは、誤ってかわざとか、資本主義が起こしたわけではない問題を取り上げ、資本主義のせいにする。資本主義にしてみればとんだ濡れ衣だ。

本書も残念ながら、的外れな批判をいくつもしている。

たとえば、資本主義が欠乏を生み出す典型例として、土地をあげる。ニューヨークやロンドンでは不動産価格が異常なほど高騰する一方で、家賃が支払えない人々は長年住んでいた部屋から追い出され、ホームレスが増えていく。「社会的公正の観点から見ればスキャンダラスでさえある」(第六章)と著者は憤る。

しかし不動産相場が過熱している最大の原因は、金融緩和政策による通貨の過剰な供給である。現代において通貨の発行を独占し、その量を操作しているのは政府の一部門である中央銀行だから、民間部門が主導する資本主義のせいにするのはおかしい。政府の介入を排除する資本主義の原則が今よりも徹底していた時代には、通貨は金や銀の含有量が決められており、政府が勝手に発行を増やすことはできなかった。

また著者は、住宅ローンを批判する(同)。膨大な額の30年にもわたるローンを抱えた人々は、その負債を返すため、「賃金奴隷」となり、家族や快適な生活を犠牲にして長時間働かなければならないと非難する。

けれども住宅ローンの拡大は、やはり政府の政策によるものだ。貸し手にとってリスクの大きい最長35年の固定金利ローンを民間の金融機関が融資できるように、政府系法人である住宅金融支援機構が「フラット35」の仕組みで支援している。日本銀行による大量の資金供給も、多くの借り入れを可能にしている。

今より資本主義に対する政府の介入が少なく、フラット35などもなかった戦前の日本では、借家が主流で、家を買うなら貯めた現金で購入していた。住宅ローン地獄は資本主義のせいではない。

さらに著者は、かつてイングランドで行われた、暴力的な「囲い込み」が資本主義の離陸を準備したと述べる(同)。共同管理がなされていた農地などから強制的に締め出された農民が、仕事を求めて都市に流れ込み、賃労働者になった。これは歴史の教科書にも書かれている事実だ。けれども、囲い込みを資本主義のせいにするのは正しくない。

なぜなら囲い込みは、大地主の政治支配によって実行されたからだ。大地主は中央の議会を通じ、あるいは地方の治安判事として権力を行使し、自分たちの有利に土地を再配分することができた。これは政府の関与を排除する資本主義ではなく、政府と経済的有力者が癒着した「縁故主義」である。

著者は、地球温暖化による文明の崩壊を避けるため二酸化炭素排出量をゼロにしなければならないという一部の科学者や国連の主張を信じ、その実行を求める。それには経済規模を縮小する「脱成長」が必要であり、無限の経済成長を求める資本主義を止めなければならないという。

温暖化に関する国連などの主張には他の科学者から異論もあり、簡単に信じるわけにはいかないが、かりにそれが正しいとしても、資本主義を止めれば、文明の崩壊を防ぐどころか、むしろ加速させるだろう。需要と供給をマッチさせる市場経済の働きがなければ、異常気象に対応し、人的・物的資源を適切に配分することはできないからだ。

著者が社会問題に憤る心情は理解できる。けれども問題を起こす真犯人は資本主義ではなく、政府である。正しい敵を見定め、弾を撃ち込んでほしい。

>>書評コラム【総目次】>>書評コラム【4】

2020-11-07

海洋帝国の光と影

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は7月29日に公表した報告書で、難民・移民がアフリカ大陸を陸路で移動中、砂漠や紛争地で深刻な危険にさらされ、すでに数千人規模の死者が出ているとの推計を明らかにした。それでも自由や豊かな生活を求めてアフリカ・中東から欧州を目指す人々は、後を絶たない。

モロッコの北、地中海に面したスペインの飛び地セウタは、難民・移民が欧州を目指す際の経由地の一つとなっている。1993年、モロッコとの国境にフェンスが築かれたが、その後も難民・移民がよじ登り、侵入を繰り返している。


セウタは1580年までポルトガル領だった。同国が先陣を切った欧州の海外進出、いわゆる大航海時代の出発点となった由緒ある土地である。セウタを起点にポルトガルが築いた「海洋帝国」の光と影は、現代の国際社会への教訓にもなる。

アジアの海の交易がそれまでにない活況を呈するようになった15世紀、欧州では新たな海外進出の試みが活発になる。その背景には、マルコ・ポーロが「東方見聞録」で紹介した「黄金の国ジパング」に代表される東洋の富への憧れ、オスマン帝国の地中海進出への危機感、当時の欧州の食生活に欠かせないものとなっていた香辛料の直接入手への期待などがあった。

アジアを目指す動きを最初に活発化したのは、レコンキスタ(国土回復運動)によって13世紀にイスラムの支配を脱していたポルトガルだった。

2020-11-06

ナチスは社会主義

価格規制など自由な市場経済に対する介入政策は、その目的を達成できない。そのため政府は事態を改善させようとさらに介入を行う。この繰り返しが急速に社会主義をもたらす。それがナチスドイツで起こったことだ。法律により、政府は企業にカルテルを強制できるようになった。

Rand Paul Is Right about the Nazis and Socialism | Mises Wire

ナチスは共産党や社会民主党を弾圧し、党員の多くを強制収容所に送った。だから正式名称(国家社会主義ドイツ労働者党)とは裏腹に、社会主義政党ではなかったという主張がある。だがソ連でスターリンは敵対する社会主義者を粛清した。社会主義者はしばしば身内で殺し合う。

Yes, the Nazis Were Socialists | Mises Wire

ソ連の革命家トロツキーによれば、唯一の雇い主が政府である国では、政府への敵対は緩やかな餓死を意味する。「働かざる者食うべからず」という古いことわざは、「従わざる者食うべからず」という新しいことわざにとって代わられる。

Free Association: TGIF: Is Socialism Good in Theory?

米連邦準備理事会(FRB)は以前の、より小さな経済危機の結果、国債と住宅ローンの市場をすでに支配している。現在の危機により、国内商業ローンでも有力な地位にのし上がりそうだ。もし社会主義が、政府による経済資源の配分だとすれば、この状態はまさしくそうではないか。

Socialism is no longer just a specter | The Japan Times

2020-11-04

民主主義の欠陥

経済学者アローが示した社会的選択に関する定理によれば、民主制において個人の意見を正確に反映する手段は存在しない。メディアが国民に投票を促し、民主主義のすばらしさを称えたら、思い出そう。アローが1951年に示したように、社会選択理論は砂上の楼閣にすぎないことを。

選挙で人民の意思は明らかにならない。「人民」に集団的な意思はない。選挙が接戦だとそれがよくわかる。もし投票者の約半分が、勝った候補に反対なら、勝った側が国民の「信任」を得たと言ったり、道徳的な権威に基づいて権力を行使すると主張したりするのは、馬鹿げている。

オーストリア学派の経済学者マーフィーによれば、米政治の最重要課題はロックダウンの停止だ。しかしこれは州レベルの話であるため、連邦レベルでは、中央銀行である連邦準備理事会(FRB)の廃止だ。議会が税と国債に頼るしかなくなれば、国内外における自由の侵害を防げる。

もはやすべての米国人を同一の規制、法律、判例によって統治するのは無理がある。わずかな数の連邦裁判官や連邦議員が3億3000万人ものために物事を決めるのは無理がある。米連邦最高裁でさえ、地方分権化した政府のほうが、多様な社会のニーズを汲み取りやすいと認めている。

2020-11-02

憎しみの宗教(スペンサー)

英社会学者スペンサーによれば、暴力に基づく軍事型社会は平和な取引に基づく産業型社会へと移行する。古い支配層は権力を手放すまいとして、外国人に対する「憎しみの宗教」を人々に吹き込む。それによって大規模な軍隊を正当化し、経済の主要部分への支配を続けようとする。

Herbert Spencer on the State’s cultivation of “the religion of enmity” to justify its actions (1884) - Online Library of Liberty

英社会学者ハーバート・スペンサーによれば、人の習慣とは人間の計画的な設計の結果ではなく、たいていは非常に長い時間をかけて、しだいに、そして自然に進化するものである。

Herbert Spencer on customs which are the result of human action but not of deliberate design (1876) - Online Library of Liberty

英社会学者スペンサーは経済学者ハイエクより百年早く、自生的秩序という考えに基づき、社会理論の多くを築いた。スペンサーによれば、社会は成長するのであり、製造されるのではない。

Herbert Spencer on the idea that society is a spontaneous growth and not artificially put together (1860) - Online Library of Liberty

英社会学者スペンサーによれば、人々は民間企業と政府の能力をあべこべに評価している。民間企業は農業、工業、商業の隆盛をもたらした。だから民間企業を信頼しない。一方、政府は司法がお粗末、国防は無駄遣いで不効率、資産を管理すれば赤字。だから政府を信頼する。

Herbert Spencer on the superiority of private enterprise over State activity (1853) - Online Library of Liberty

2020-11-01

室町幕府、財政難を乗り切れなかった「奇策」〜贈答品の横流し、将軍の美術コレクション放出……

国家財政が苦しくなると、政治家や評論家はそれを解決できる方法があるとして、魔法のような妙案を売り込む。最近話題のMMT(現代貨幣理論)などはその一つだろう。もっとも、それらが実施され、一時効果があるように見えても、長期でうまくいくことはまずない。

今から約六百年前、室町幕府が捻り出した財政対策は、日本の歴史上、とくにユニークな「奇策」と言える。結局一時しのぎでしかなかったことは、他のあらゆる奇策と同じなのだが……

中世の「小さな政府」

そもそも室町時代を含む日本の中世は、他の時代に比べれば、政府の財政規模は小さかった。「小さな政府」の時代だったのだ。

後醍醐天皇は建武の新政で大内裏造営を計画し、その資金を賄うため新しい貨幣の発行を計画した(結局実現せず)。けれども後醍醐以外、中世の天皇で貨幣の発行を思い立つ者はいなかった。

中世の天皇は、為政者が大宮殿に住んだ中国と違い、里内裏(さとだいり)と呼ばれる市中の仮皇居に居住し、将軍の住まいにしてもその規模は同じようなものだった。わざわざ貨幣を発行しなくても、中国から輸入される銭を利用すればよかった。

また、日本は中国のように異民族との戦争が慢性的に財政を圧迫することもなければ、朝鮮やベトナムのように中国の軍事的な脅威にさらされることもなかった。蒙古襲来は一過性に終わったし、国内の合戦にしても当時は武士たちが自弁で戦うのが原則だったから、国家が大規模な財政を持つ必要はまったくなかった。

ところが室町幕府第8代将軍、足利義政(在位1449〜1473年)の時代には、幕府の財政は悪化の一途をたどった。おもな課税対象だった高利貸の土倉・酒屋が借金帳消しを命じる徳政令の頻発で衰退したこと、中国が日明貿易の方針を転換して朝貢の返礼として銭を下賜しなくなったこと、相次ぐ飢饉に見舞われたことで収入が減少。それにもかかわらず、東山殿(現在の銀閣寺)の造営など支出の膨張が続いたためだ。

寺院からの贈り物を修理費に流用

このため幕府は財政危機を打開しようと、新たな財源の確保に乗り出す。

そこで活用されたのが、贈答品だった。中世の日本社会では市場経済が発達し、それに伴って贈り物の習慣が広がる。公家や武士など中世の人々はほとんど毎日のように膨大な量の贈答を繰り返していた。受け取った贈答品は自家で消費したり親しい者に分配したりするほか、装飾品や美術品、馬などは売却や贈答品への再利用もされた。

室町幕府とその周辺でも、贈り物は活発だった。幕府はここに目をつけた。

将軍が京都五山などの寺院を訪問(御成=おなり)した際に、寺院から引出物(献物)が献上される。「寺家御成引物」「寺院進物」などと呼ばれ、将軍はこれらをいったん受け取るが、すぐに修理を必要としている別の寺院に寄付する。将軍はもらった物を右から左に流すだけなのだが、見かけ上は気前よく修理料を寄付したことになる。

寺院の造営・修理費の支出は将軍の大任だったが、ただ物を右から左に動かすだけで、その任を果たすことができたのである。この贈答儀礼の財政利用について、歴史学者の桜井英治氏は「幕府の財政当局者が発見したもっとも巧妙な錬金術」と評する(『室町人の精神』)。

献物の内容は品目・数量ともにだいたい決まっており、換金する際の相場もほとんど確定していた。つまり幕府にとって寺院への御成は、1回で得られる収入が予測できる確実な集金活動だった。寺院の修理費があといくら不足しているから、あと何回御成を増やせばよいという計算もできた。

将軍義政は京都五山などの寺院に足しげく通ったが、これは信心深さによるのではなく、幕府財政を支えるための世俗的な努力だった。義政は「もし必要とあれば毎日御成してもいい」と周囲に漏らしたという。

コレクションの絵軸や太刀で支払い

だが結果的には、幕府の政治的な求心力の低下とそれに伴う財政悪化には歯止めがかからず、1460年代に入ると、次の手段に踏み切る。「将軍家御物(ごもつ)」と呼ばれる将軍家の美術品コレクションの放出である。

これは当時、「売物」と呼ばれた。売物による支払方法には、幕府が自らオークションを開いて希望者に買い取らせ、そこで得た現金で支払う方法と、献物と同様、そのまま物納し、換金は支払先に委ねてしまう方法があり、より手間のかからない後者が一般的だった。

たとえば1465年(寛正6)6月の第6代将軍足利義教二十五周年忌仏事料300貫文は絵軸と打刀(うちがたな)で、同年8月の義政生母日野重子三回忌仏事料100貫文は太刀十一振で、1466年(文正元)4月の足利基氏百回忌仏事料30貫文と同年6月の景雲院卵塔・桟敷造営料114貫715文は盆三枚でそれぞれ支払われている。

売物と並んで、義政時代に目立ち始めたのは寺院からの借り入れである。すでに第4代将軍足利義持の時代から見られた現象だが、財政悪化に伴い寺院への経済依存度は高まった。

目利きの技能を発揮した同朋衆

ところで献物にせよ売物にせよ、物納を行うには、それぞれの品にどのくらいの値打ちがあるのかがあらかじめ把握されていなければならない。その任に当たったのが、将軍のそば近くに仕えた同朋衆(どうぼうしゅう)と呼ばれる人々だった。

同朋衆には時宗の徒が多く、僧形で、能阿弥、芸阿弥など名前に「阿弥」が付くのが特徴である。身分は低いにもかかわらず、貴人と交わることができる特異な存在で、文学、美術、芸能など文化のさまざまな方面に足跡を残すとともに、将軍家の美術品コレクションの管理や鑑定にも当たった。彼らの「目利き」の技能は、献物や売物の実施に大いに生かされた。

けれども同朋衆が力を発揮した将軍家コレクションの放出は、幕府とそれに仕える同朋衆自身の衰退を意味していた。室町時代に生まれた同朋衆は、この時代で消える。

室町幕府が財政難を乗り切ろうと繰り出した、贈答品の流用や美術品の放出といった苦肉の策は、結局、小手先の対応にすぎず、問題の本質を解決することはできなかった。財政上の奇策をもてはやす現代にとって、貴重な教訓となるだろう。

<参考文献>

  • 桜井英治『室町人の精神』(日本の歴史12)講談社学術文庫
  • 桜井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』中公新書
  • 本郷恵子『蕩尽する中世』新潮選書
  • 村井康彦『武家文化と同朋衆 ――生活文化史論』ちくま学芸文庫