2022-09-30

バイデン国連演説のファクトチェック

ライター、テッド・スナイダー
(2022年9月27日)

バイデン米大統領は9月21日、国連総会で演説を行い、冒頭、「武力によって隣国の領土を奪うことを明確に禁止する、国連憲章の中心的な原則」にロシアが違反していると非難した。

それが国連憲章の中心的な原則であるのは、そのとおりである。しかし、この原則が破られたのは今回が初めてではない。そして過去には、米国はそのような違反を擁護してきた。

米国は(イスラエルによる)ゴラン高原の領有を承認している。また、あまり知られていないが、(モロッコによる)西サハラの領有を承認している。ほぼ半世紀前、モロッコは西サハラを武力で奪い、自国の一部とした。国連も国際司法裁判所も、西サハラの自治権を認める判決を下している。しかし米国はトランプ政権時代に、西サハラをモロッコの一部と公式に認めた。バイデン政権は、その認識を覆すことを拒否している。

ロシアがウクライナのドンバス地方を武力で奪ったというのも、そう単純な話ではなさそうだ。2014年、ドンバス地方はウクライナからの独立を宣言した。ロシアはその独立を認めなかった。ロシアは2014年にクリミアの住民投票を受け入れたが、プーチン大統領はドンバスで同様の住民投票が行われるのを防ごうとした。(英政治学者)リチャード・サクワによると、「プーチンがクリミア式の地域併合を望む気配はほとんどなく、ロシアの一部として領土を受け入れるという要求を繰り返し拒否した」という。

フランスとドイツが仲介し、ウクライナとロシアが合意し、米国と国連が受け入れた2015年のミンスク合意2は、ドンバス地方に完全な自治権を認めながら、平和的にウクライナに返還するものであった。

ウクライナはミンクス合意の履行を拒否した。そして(ウクライナの外交イニシアチブである)クリミア・プラットフォームは、必要とあらば軍事力に訴え、クリミアを再統合すると公約した。(2022年2月に)ロシアがドンバスとの西側国境に軍を増強する前に、ウクライナはドンバスとの東側境界に沿ってドローンミサイルを完備した6万人の精鋭部隊を集結させていた。ロシアには、ウクライナが7年前の内戦を激化させ、ロシア系民族の多いドンバス地方に侵攻しようとしているという「真の警戒感」があったのである。

2022年2月、欧州安全保障協力機構(OSCE)の国境監視団が気づいたように、ドンバスへのウクライナの砲撃が著しく増加し、警戒が強まった。サクワによると、停戦違反のほとんどはウクライナのドンバス側で激増していた。国連の資料によると、民間人の死傷者の81.4%が自称「共和国」(ドンバス地方のドネツク州、ルガンスク州)で発生している。ロシアは、公約された軍事作戦が始まったと恐れた。

誰がドンバスを攻撃し、武力で領土を奪ったのか、誰がドンバスの人々を守ったのかは、バイデンの述べた物語よりも複雑な問題である。

バイデンは、ドネツク、ルガンスク、ザポロジエ、ヘルソン各州で計画されているロシア連邦加盟に関する住民投票を、「ウクライナの一部を併合しようとする偽りの住民投票」と呼び、「国連憲章のきわめて重大な違反」であるとした。

しかし2008年、コソボが住民投票すら行わずにセルビアからの独立を一方的に宣言した際、米国は度重なる国連決議に反してその宣言を承認した。

バイデンは9月18日の米テレビ番組「60ミニッツ」で、「台湾は独立について自分で判断する。〔略〕それは台湾が決めることだ」と自論を繰り返したが、その主張は、東ウクライナの住民投票は「国連憲章のきわめて重大な違反」という彼自身の主張と矛盾する。これでは、米国が推進する「ルールに基づく国際秩序」とは、米国が自分の都合しだいで国連憲章を押しつけたり回避したりしているだけではないかという、ロシアと中国の疑念を裏付けるようなものだ。

(次より抄訳)
Fact-Checking Biden's UN Speech - Antiwar.com Original [LINK]

2022-09-29

テロリストの勝利

ミーゼス研究所編集主任、ライアン・マクメイケン
(2019年9月11日)

2001年9月11日、テロリストが世界貿易センタービルと国防総省に飛行機を飛ばした。数時間後、2900人以上が死亡し、その大多数がニューヨークの世界貿易センターの民間オフィスビルにいた。

24時間以内に、米国政府はその得意とするところを発揮した。さらに権力を求め、巨大な軍事・国家安全保障機構(その会計年度内に5兆ドル以上を受け取っていた省庁群)を利用するための計画を練り始めたのである。

9・11テロで米国の国家安全保障が破綻したとき、重要な責任者は誰一人、職を失わなかった。

注目すべきことに、9月11日に国家安全保障の提供に完全に失敗したのと同じ人々が、9月12日に安全保障の提供を任された。ただし、その人々や政府機関には、より大きな権力と予算が与えられ、法的・公的な監視の目がこれまで以上に行き届かなくなった。

11月までに、連邦政府は自分の無能さに対し、早くも惜しみなく報酬を与えた。議会は愛国者法を可決し、大統領はそれに署名した。この法律は、アメリカの法体系を一変させ、すべての米国人をテロリストの容疑者とし、政府職員による監視の対象とするものであった。ワシントンの政治家たちは、さらに別の連邦政府機関、国土安全保障省を設立した。国防総省は米国の「国土」以外の防衛に従事しているかららしい。

米国民に対するこの戦争は、9月11日の爆撃事件とはまったく関係のない国家を含む、他の国家に対する通常の銃撃戦によって補完された。例えば、イラクへの侵攻は、ホワイトハウスと中央情報局(CIA)長官ジョージ・テネットによって操作・歪曲された情報に基づいて行われた。イラクは米国にとってまったく脅威ではなかった。しかし、米政府は戦争が大好きで、9・11の後、米国民は何でも信じようとしたようである。だから政治家たちは戦争を始めた。それ以来、多くの戦争が起こっている。

一方、米国内では政府が、権利章典を尊重するという政府よりも、中国を手本にしたようなものに変貌しつつあった。

今日の米国では、誰もが潜在的なテロリストである。国はつねに戦争状態にある。「国家安全保障」のために、米国民は裁判を受けることなく、ドローン(無人機)で殺される。あるいはグアンタナモ収容所に投獄され、忘れ去られる。

テロ事件後、米国民がしょっちゅう言われたのは、日常生活を続けなければならない、さもなければ「テロリストが勝つ」ということだった。しかし、米国を最も変えたのは、テロリストたちではなかった。米国にとって、9月11日以降の世界は、捜索の拡大、規制の増大、監視の強化、負債の増大、「軍隊の支援」、「我々の仲間かテロリストの仲間か」に関する果てしない演説を意味した。「犠牲を払わねばならない」と言われた。「自由」がそれを求めているというのだ。

何か良いことはあったのか。今のところ、あったと信じる理由はない。とくに連邦政府は、すべてが秘密、機密であり、公開に適さないものだと主張しているので、証拠は提供されていない。「政府を信じてください、政府はあなたの安全を守っています」というのが、つねに繰り返される言葉だ。なぜか、多くの人がそれを信じている。

一方、連邦政府自身は何も犠牲にしていない。連邦政府にとって、いつも欲しがっていたものが増えただけなのだ。より多くの税金。より多くの権力。投獄・監視・課税・捜査・統制のための、より自由な権限。9・11での大失敗は、何の変化も、何の改革も、何の説明責任も生まないままであった。政府にとっては、すべてが良くなったのだ。

米国の自由の破壊がテロリストの望んだことであるなら、テロリストもまた望んだものを手に入れたのだ。

(次より抄訳)
America After 9/11: The Terrorists Won | Mises Institute [LINK]

2022-09-28

自由な企業活動が世界を良くする

ケイトー研究所主任研究員、マリアン・テューピー
(2017年3月2日)

特許専門家スティーブン・ヴァン・ダルケンは2002年に出版した本で、20世紀で最も重要な100の発明を挙げている。年に一つずつ。ほぼすべてが自由主義国から生まれたものである。

発明者の出身地を見ると、米国47人、英国30人、フランス4人、カナダ3人、ドイツ3人、スウェーデン2人となっている。アルゼンチン、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ハンガリー、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、ソ連、スイスはそれぞれ1人ずつ発明家を輩出している。

特許を取得した国・地域を見ると、多少様子が変わるが、それほど大きな違いはない。米国が46件、英国が29件、世界知的所有権機関(WIPO)が11件である。ドイツは5件、フランスは2件、欧州連合(EU)全体では2件、カナダ、デンマーク、ハンガリー、日本、スイスはそれぞれ1件である。

ヴァン・ダルケンの選択は主観的だと反論する人もいるかもしれない。しかし、飛行機、エアコン、電気洗濯機、舗装道路、掃除機、ネオン照明、ステンレス鋼、食品の急速冷凍、テレビ、信号機、ナイロン、レーダー、テフロン、バーコード、コンピューター、ボールペン、電子レンジ、マイクロチップ、高強度素材ケブラーなど、誰だってリストに入れただろう。

言うまでもないが、ヴァン・ダルケンの挙げた発明家たちは、自国だけに利益をもたらしたのではない。発明の恩恵は世界中に広がり、すべての人々の生活を向上させた。その中には、専制政治のもとで暮らす人々や暮らしていた人々の多くも含まれる。

アフリカが独立した1960年から2015年までの間に、サハラ以南のアフリカ(SSA)と米国の所得格差は拡大した。1960年、SSAの一人当たり平均GDPは米国の6.31%に相当した。逆に、米国の一人当たり平均GDPはSSAの1586%だった。

その後55年間で、インフレ調整後のSSAの所得は55%伸びた。しかし、米国では203%の成長だった。つまり2015年にSSAの所得は米国の3.21%に相当し、米国の所得はSSAの3111%になったのである。ドルに換算すると、SSAの所得は1075ドルから1660ドルに増え、米国の所得は1万7037ドルから5万1638ドルへ増加した(数字はすべて2010年のドル)。

しかし、生活水準全般を示す最良の指標である平均寿命では、両者の差は縮まった。1960年にSSAの平均寿命は米国の58%だった。その逆は174%。その後55年間で、SSAの平均寿命は47%伸び、米国では14%伸びた。つまり2015年にSSAの平均寿命は米国の75%に伸び、米国はSSAの134%に縮まったのである。年数で言うと、SSAの平均寿命は40.17年から59年に伸びたのに対し、米国では69.77年から79.16年にしか伸びなかった。

つまりアフリカの人々は、より長く、より良い人生を送るために、金持ちになる必要はなかったのである。独立以来、多くのアフリカ諸国が社会主義や保護主義を試してきたことを考えれば、金持ちにならなくても不思議はない。

その代わり、アフリカ全土が自由主義国、つまり資本主義国で起こった技術進歩の恩恵を受けている。飛行機は米国の発明で、命を救う医薬品をコンゴの奥地まで運んでくれる。合成インスリンはカナダの発明で、南アフリカで命を救っている。コピー機も米国の発明で、アンゴラで貧しい子供たちが読み方を学ぶのに役立っている。

人類の進歩が持続するために最も重要なことは、経済学者ハイエクが言うように、地球上の少なくとも少数の人々が自由であり続けることだ。それは難しいことではないと思う。

(次より抄訳)
Free Enterprise Is Making the World Better - HumanProgress [LINK]

2022-09-27

命がけだった農村生活

ケイトー研究所主任研究員、マリアン・テューピー
(2019年3月11日)

工業化以前の欧州社会は、少数の超富裕層と大多数の超貧困層に二分されていた。ルイ14世時代の軍事技術者ド・ヴォーバンの推定によれば、フランスの人口構成は、10%が富裕層、50%が極貧層、30%が乞食に近く、10%が乞食だった。同様に、イタリアの歴史家でマキアヴェリの友人でもあったフランチェスコ・グイチャルディーニは、「(スペイン)王国の少数の大公が非常に豪華に暮らしていることを除けば、他の人々は非常に貧しく暮らしていると思われる」と書いている。

実際、17世紀末にフランスのアルザス地方アランコンで行われた国勢調査では、41万人の住民のうち、4万8051人が乞食であったことがわかっている。これは人口の約12%に相当する。ブルターニュ地方では、人口165万5千人のうち、乞食は14万9325人で、約9%を占めた。 ヘンリー8世当時の英国の人口550万人のうち、130万人(つまり4分の1近く)が「下宿人と貧民」と表現された。つまり、農村の下宿人と都市の貧民は同じような生活水準にあると考えられていたのである。このような惨めな人たちの大多数は、田舎に住んでいた。

経済学者カルロ・チポラが述べるように、飢饉の年に都市で貧困層が急増したのは、飢えた農民が貧しい田舎から逃げ出し、慈善が受けやすく、富裕層の家に食料が蓄えられている見込みのある、都市中心部に押し寄せたからである。1629年の飢饉の際、イタリアのミラノでは数カ月の間に乞食の数が3554人から9715人に増えたという。

16世紀の伊ロンバルディアにおける農村生活の記録によると、「農民の暮らしは小麦しだいだ。……他の支出は無視してもよさそうに思える。労働者の不満を高めるのは小麦不足だからだ」。15世紀の英国では個人消費の80%が食料に費やされ、そのうち20%をパン代だけで占めた。

それに比べ、2013年の米国では、個人消費のわずか10%が食費に費やされているにすぎない。この数字自体、米国人がレストランで費やす金額によって膨らんでいる。健康上の理由から、多くの米国人はパンを食べることを避けている。

水や森、家畜から取れる食品はどうだろうか。チポラによれば、産業革命以前の英国では、野菜は体液を腐らせ、腐敗熱、憂鬱、鼓腸の原因になると信じられていた。こうした考え方の結果、果物や野菜の需要が少なくなり、国民は病的な状態で生活していた。また文化的な理由から、多くの人々は、優れたタンパク源である新鮮な牛乳を避けていた。その代わり、裕福な人々は乳母を雇い、乳房から直接母乳を飲んだ。

大陸欧州の食生活は、やや変化に富んでいたが、農民の生活水準はどちらかといえば英国より低かった。17世紀フランスの農村の暮らしぶりを描いた本によると、貧しい農民はほとんど食べられず、せいぜいパンと果物だけだが、それでも慰めにはなった。賃金は英国の農夫や貧しい工員ほどではないが、イタリアのヴィラーノ(農民)よりははるかにましだった。

私たちの祖先は、女性や子供も含めて、生きるために十分なカロリーを追求することに夢中になっていたのである。女性は家政婦として働くだけでなく、パンやパスタ、毛織物や靴下など、市場で売れるものを生産していた。14世紀の細密画には、農業に従事する女性の姿が描かれている。

ロマン派の画家、哲学者、詩人たちが描いた理想的な農村生活のイメージは、現代の読者の現実感覚を非常にゆがめている。チポラによれば、実際には多数の人々が栄養不足の状態で生活していた。このため、深刻なビタミン欠乏症が起こった。不潔が蔓延していたため、厄介でつらい皮膚病が発生した。地域によってはマラリアが流行したり、婚姻の選択制限によりクレチン病(先天性甲状腺機能低下症)が発生したりした。

(次より抄訳)
Rural Life in the past Was a Battle for Survival - HumanProgress [LINK]

2022-09-26

反資本主義の起源は労働者ではない

政治学者、エリック・フォン・クーネルト=レディーン
(1972年)

資本主義の起源は北イタリアである。複式簿記を発明したのは(カトリックの)フランシスコ会修道士パチョーリだった。(プロテスタントの)カルバン派は資本主義に新たな刺激を与えたものの、資本主義を発明したわけではない。

自由な企業活動に対する真の反感は、労働者から生まれたものではない。19世紀初め、労働者階級に支払われる賃金は悲惨なほど少なかった。理由は二つある。第一に、製造業の収入は非常に限られていた(真の大量生産はその後始まる)。第二に、利益の大部分は再投資に回され、典型的な製造業者はむしろ質素な暮らしをしていた。

欧州の初期資本主義における、この禁欲主義によって、労働者の生活水準は驚異的な上昇が可能になった。製造業が華美な生活をしていないことから、労働者は自分たちの境遇を驚くほど冷静に受け止めた。社会主義の推進力は、中産階級の知識人、(ロバート・オーウェンやエンゲルスら)風変わりな実業家、既存の秩序に憤りを感じていた貧しい貴族たちから生まれた。

人為的に作り出された怒りは、まず製造業者に向けられた。製造業者は結局、労働者と大衆の間のある種の仲介者にすぎない。労働者が自分の仕事を商品に変換するのを助ける。この過程で、製造業者は道具や販売にかかる費用の一部など、さまざまな経費を負担する。そして自分の努力に見合うだけの利益を、この取引から得ようとする。企業家の企業に対する責任は、多くの労働者のそれよりもはるかに大きい。

企業家がもし失敗したら、自分一人の問題ではなく、何十、何百、何千の家族の生活がかかっている。株式会社でも事情はあまり変わらない。株主は配当という形で利益を得ることもあれば、そうでないこともある。労働者はつねに給料が支払われると期待している。大きなリスクを負うのは組織の下層部ではなく、上層部である。

労働者の賃金は、いくつかの要因に左右される。第一は、高い賃金を保証するのに十分な価格を、消費者が完成品に支払う用意があるかどうかである。第二に、総利益のうちどれだけを配当、ボーナスなどとして分配し、どれだけを再投資または積み立てるかという企業家(時には株主)の決定がある。

企業は競争にさらされるため、不注意の多い労働者よりも、はるかに具体的に「先を見通す」必要がある。事業というものは通常、何年も先を見越した計画を立てなければならない。そのためには、最適な生産手段(高価な機械の購入を意味する)を採用しなければならないだけでなく、蓄えとして金融資産も必要である。

賃金は商品が売れる可能性、仕事の質、労働者や従業員の義務感に見合ったものでなければならない。美徳も含まれる。投資家に支払われる純利益さえも、労働者にとって必ずしも「損失」ではない。儲かっている企業には投資家が集まるし、企業にとって良いことは当然、労働者にとっても良いことだからだ。

企業家と労働者の共通の利益は、どちらかの側によって大きく狂わされる恐れがある。言うまでもなく、物事を台なしにする一番ありふれた方法は、過度の賃金要求だ。企業がそれに応じれば、利益を失い、商品を市場に出せなくなりかねない。政治的に組織された労働者は、政府に圧力をかけ、インフレ政策をとらせることもある。ストライキは一定期間の生産を中止させ、経済的損失をもたらす。過剰な賃金や長引くストライキのために企業が商品を販売できなくなると、経済が破綻することもある。

このような生産コストと購買力の相互関係は、とくに発展途上国と呼ばれる国々では見落とされがちだ。良識あるキリスト教徒の評論家が主張する「生活賃金」(労働者自身とその家族の一定の生活を保障する賃金)は多くの場合、製品が市場で売れなくなるような価格設定をしないと実現できない。評論家たちは忘れているが、労働者はまったく働かないよりは、低賃金で働くことを好むかもしれないのだ。

(次より抄訳)
The Roots of "Anticapitalism" | Mises Wire [LINK]

2022-09-25

君主は国家の下僕

ミーゼス研究所編集主任、ライアン・マクメイケン
(2022年9月9日)

今日の君主制は、16世紀から17世紀にかけて国家が台頭する以前に存在した君主制と混同されるべきではない。

国家が誕生する前の君主は、基本的に私的な土地所有者であり、その収入は私有地から徴収する地代に大きく依存していた。地代は必ずしも金銭の形で徴収されたわけではなく、また金銭が不足することもしばしばあった。地主たちは、自分の土地を利用する人々から、農作物や兵役などの現物支給という形で資源を徴収していた。強制手段を独占する「主権」機関が存在せず、基本的に私法制度であった。「公権力が私人の手に渡り、軍隊の重要な部分が私的な契約によって確保される」体制である。

17世紀になると、君主は巨大な常備軍を育て、火薬を動力とする新兵器に耐えうる巨大な軍事施設を建設するようになった。個人で軍隊を率いる時代はとっくに終わっていたのである。この新しい官僚制の中心的な重要性は、馬に乗って戦う君主から、スペインのフェリペ2世のように「書類の山に囲まれた机で一日を過ごす」君主への進化がよく示しているのかもしれない。

国家が大きくなれば、それを管理するための書類の山も大きくなる。しかし、やがて国家は君主を圧倒するようになる。歴史学者マーチン・ファン・クレフェルトによれば、15世紀の終わりには、支配者とその臣下はすでに、国家の中に君主とは別の機械が存在するということを意識し始めていたのだという。王はもはや自分の私有地を管理することは許されない。これは、個人的支配から公権力への質的転換であった。別の言い方をすれば、私的な地主から国家の代理人への移行と表現できるかもしれない。

18世紀末には、国家は「もはや支配者の個人と同一ではなくなっていた」とファン・クレフェルトは指摘する。「国家は、君主を絶対的な支配者にするための道具から発展し、それ自身の生命を獲得した」

偶然ではないのだが、このことはおそらく、その時代に最も強力な国家を擁した王国で最も顕著になった。英国とフランスである。たとえば英国では、内戦で革命家が王の首を切っただけでなく、君主制を完全に廃止した。これは暴徒の仕業ではなく、英国国家の代表である議会の同意のもとに行われた。つまり、議会が代表すると言っている「人民」こそが「国」を定義するのだと、議会派は明確にしたのである。国王の役割は、ある種のサービスを提供することである。結局、議会は王政復古を行ったが、教訓は生かされた。1688年、再び議会が介入し、国王を議会の意向に沿った別の国王に交代させたのである。

フランスでは、革命家たちが同じ主題を発展させた。革命に先立つ数十年間、ルイ14世は、欧州で最も大きく、裕福で、強力な国家を作るために長い年月を費やした。そして、その国家の道具が、ルイ14世自身の王朝に対して向けられたのである。ルイは死の床でこうつぶやいた。「私は去るが、国家はいつまでも残るだろう」。 子孫のルイ16世も、断頭台で同じことを言ったかもしれない。

これら危機の後、英国も英国国家も、国王やその王朝の所有物ではないことが明らかになった。フランスの王政の残骸も同様だった。実際、欧州中の君主制国家は、同じような状況に陥っていた。君主制が民主共和制に取って代わられる数十年前の出来事である。そのころ、王権はすでに名目上、さまざまなタイプの国家体制に取って代わられていたのである。

今日、欧州の多くの国は、制度的な君主制を容認している。これら王室の男女は、しばしば戦争の応援団となる。あるいは、スペインのフェリペ国王がカタルーニャの分離独立派を非難するために介入したように、敵に対して国家をあからさまに支援するために利用されることもある。ナショナリストはしばしば君主を「国民統合」の象徴として称賛する。しかし、そこには王朝支配の時代に君主が自らをどのような存在とみなしていたかの痕跡はない。それは何世紀も前に消滅している。

(次より抄訳)
How Monarchs Became Servants of the State | Mises Wire [LINK]

2022-09-24

ローマ帝国の経済を壊した政府

経済学者、リチャード・エベリング
(2016年10月5日)

紀元前449年、ローマ政府は「十二表法」を制定し、商業、社会、家庭生活の多くを規制した。政府は小麦の価格統制も行った。穀物が不足する時期に買い入れ、市場価格よりずっと低い固定価格で販売することにした。前58年、これを変更し、政府はローマ市民にタダで穀物を配るようになった。

その結果、農民は土地を離れ、ローマに集まってきた。当然ローマ周辺の領地では農民が少なくなり、穀物の生産量や市場に出回る量は以前より少なくなったから、問題はさらに深刻になった。奴隷の主人たちは奴隷を解放し、タダで養う財政負担をローマ政府に負わせた。

前45年、独裁者カエサルの時代、ローマ市民のほぼ3分の1が国から無償で穀物の供給を受けていた。

ローマ政府は、小麦の供給による財政コストに対処するため、通貨の切り下げ、つまりインフレに走った。穀物の価格操作、供給不足、財政悪化、通貨切り下げとそれによる物価高は、ローマの長い歴史で絶えず起こっていく。

ローマ史上、最も有名な物価統制は、ディオクレティアヌス帝(244~312年)の時代である。284年、ローマ皇帝に即位すると、ただちに巨額の財政支出に踏み切った。軍隊と軍事費の大幅増、小アジア(現トルコ)の都市ニコメディアに帝国の新首都を建設する巨大な建築事業、官僚制度の拡大、公共事業を完成させるための強制労働の導入などである。

ディオクレティアヌスはこれら政府活動の資金を調達するために、ローマの住民のあらゆる層に対し大幅な増税を行った。その結果、労働、生産、貯蓄、投資が抑制され、商業や貿易の衰退を招いた。

課税では十分な歳入を生み出さなくなると、通貨切り下げに踏み切った。金貨や銀貨の金属含有量を減らし、その金属価値は以前と同じだと主張して、再発行する。そしてローマ帝国の市民や臣民に対し、この価値の低下した貨幣を、表面に刻印された高い価値で受け取るよう義務づける法貨条例を制定したのである。

金や銀の価値が低い法定通貨は、商人に安く買いたたかれるだけである。つまり、市場ですぐに切り下げられてしまった。人々は金銀含有量の多い金貨や銀貨をひそかに蓄え、市場では含有量の少ない貨幣を使うようになった。同じ量の商品を買うのに、より多くの硬貨を渡さなければならなくなった。皇帝が価値のない貨幣を発行するにつれ、物価の高騰はさらにひどくなった。

301年、ディオクレティアヌス帝は有名な最高価格令を定め、穀物、牛肉、卵、衣服、その他市場で売られる品物の値段を決めた。これら商品の生産に従事する人々の賃金も定めた。この統制に違反した者、つまり、規定以上の価格と賃金で販売した者が捕まった場合、死刑となった。

ディオクレティアヌスは、統制により、多くの農民や製造業者は、商人が適正と考える価格よりもずっと安い価格で市場に商品を持ち込む意欲をなくすと考えた。そこで最高価格令では、商品の「ため込み」が判明した者は、商品が没収され死刑になることも規定した。

経済学者ミーゼスが結論づけたように、ローマ帝国が衰退し始めたのは、自由で豊かな社会を創造・維持するために必要な思想、すなわち個人の権利と自由な市場に関する哲学を欠いていたからである。

(次より抄訳)
How Roman Central Planners Destroyed Their Economy - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-09-23

金融緩和策は道徳を壊す

経済学者、ヨルグ・ギド・ヒュルスマン
(2016年5月10日)

今日、世界のすべての国で、貨幣の生産は政府の介入によって統制されている。政府は中央銀行を設立し、競争から保護するために特別な法的特権を与える。そのため、中央銀行は技術的・商業的な制約を受けることなく、紙幣や帳簿の形で不換貨幣を生産し、政府やその他の人々に信用を与えることができる。このような制度は、非常に有益であらゆる代替手段よりも優れていると信じられている。しかし、この考え方は間違っている。

増え続ける信用を作り出すための金融介入主義は、個人の責任を弱める。安易な信用は、その受益者に、預けた資本を浪費するよう促す。なぜなら、いつでも新しい信用で損失の補填を望めるからである。しかし、資本の浪費は短期の結果にすぎず、物質的なものにしか関係しない。それより重要なのは、安易な信用供与が受益者の人間そのものに与える影響である。

信用供与を受ける個人は、自分の選択による悪い影響をすべて被るわけではないので、自分の行動の結果を理解し、その結果に自ら気を配ることを学ぶ動機が乏しくなる。要するに、責任感の欠如は、原因と結果、善悪の観点からの思考を破壊しやすい。思考が混乱する。個人的な尊敬や思いやりは、無関心になるか、せいぜい曖昧な表現になり、行動で示される個人的な約束もなくなる。人間はまだ道徳的な存在だが、その道徳は深く傷つくことになる。

特に安易な信用供与によって福祉国家が拡大した国々では、道徳の退廃が起こった。安易な信用供与が道徳の衰退の唯一の原因だと言うわけではない。しかし安易な信用は、経済的に成り立たない生活スタイルに資金を供給するだけでなく、人々が怠惰で、他人や自分に無関心であるように人々にお金を払うことで、根本的な役割を果たした。

現在の金融・経済危機も、直接には金融介入主義にさかのぼることができる。中央銀行は不換貨幣を生産し、銀行システムやその他の金融市場を安定させるはずだった。しかしこうした安定化策は、銀行家や投資家が無責任な選択をする逆インセンティブを作り出した。中央銀行からの支援によってリスクの一部が「社会化」されたため、銀行家や投資家は特にリスクの高い投資、特に高いリターンが期待できる投資を探したのである。

しかも、自己資本比率を1〜3%という途方もなく低い水準で運用することで、自らのリスクに対する備えを弱めた。この選択は、個々の銀行や投資家から見れば合理的であっても、全体から見れば明らかに破滅的だった。しかし、こうした選択が、いわゆる安定化政策に反して行われたのではなく、まさに安定化政策のために行われたことは、いくら強調しても強調しきれない。金融・財政の安定化政策は、結果的に非安定化政策となった。

さいわい、直接の代替案がある。政府による通貨供給の統制を廃止し、民間企業に委ねることである。貨幣は個人・団体・企業によって競争的に生産することができる。真に自由な貨幣市場では、不換貨幣は消滅し、銀や金のような商品貨幣に取って代わられやすい。そうなると、もはや好き勝手な量の貨幣や信用を生産・供与することはできなくなる。その結果、あらゆるレベルの意思決定がより責任あるものになる。物質的な浪費と道徳的な退廃は、適度な割合に減少する。

(次より抄訳)
Easy-Money Policies Are Both Economically and Socially Destructive | Mises Wire [LINK]

2022-09-22

州が分離独立しても中国は米国を侵略しない

ミーゼス研究所編集主任、ライアン・マクメイケン
(2021年1月22日)

米国で一部の州による合衆国からの分離独立が現実味のある政策目標となり、将来の理論上の理想ではなくなってくれば、反対派はうろたえ、慌てふためくだろう。今のところ反対派は注意深く、分離独立を単に軽蔑しているだけのように見せかけている。怒りに満ちて脅しをかけ、破滅を予言するのは、その後のことだ。

その際反対派は、分離独立などありえないというさまざまな理由を提示するだろう。賛成派は裏切り者、非国民と呼ばれるだろう。分離独立は貧困をもたらすと言われるだろう。実際、近年のスコットランドの分離独立をめぐる論争でも、そのような声が聞かれた。

議論は外交政策にも焦点が当てられるだろう。スコットランドでは外交政策のタカ派が、スコットランドの独立は英国の核軍縮につながると警告している(訳注・英国の核兵器はスコットランドのファスレーン海軍基地にある)。その意味するところは当然ながら、英国は外敵から自国を守ることができなくなるということだ。

米国でも独立運動の高まりに直面し、同じようなことを耳にする。分離独立で米国の体制が弱体化すれば、中国による北米の征服にすぐにつながってしまうという。

私たちはこれまで、北米で分離独立後の国々は、中国と衝突した場合、それぞれ独立して中国と対峙しなければならないと想定してきた。しかし、この想定はあまり良いとはいえない。これら独立諸国が相互防衛を避けるとは思えない。むしろ経験上、その逆である。

似たような成り立ちのカナダ、米国、オーストラリア、英国は一世紀以上にわたり、外交政策においておおむね結束してきた。このことに気づけば、北米に北大西洋条約機構(NATO)のような機関がたやすく生まれうるのは、明らかなはずだ。

それにもかかわらず、近隣諸国は今にも戦争に突入しそうだという話をよく耳にする。米国が国の一部でも独立させれば、そうなるのは当然だという。独立反対論者はよくユーゴスラビア戦争のような例を挙げ、民族浄化が起きると主張する。しかし北米は南・東欧ではない。北米の場合、国々は言語が共通で、生活水準が高く、戦争で失うものが多い。貿易関係も深く、広範囲にわたる。

似た成り立ちの二つの国が戦争に巻き込まれると主張するのなら、カナダがなぜ二百五年間も米国と平和を保ってきたのかを説明しなければならない。カナダが小さすぎて米国に対抗できなかったからだという人がいるかもしれない。しかし、これはカナダの外交政策が英国(1931年まで世界の大国であり、米国の友好国)によって決められていた事実を無視している。1812年の米英戦争後、英国は英国領カナダを通じ米国と陸海で広大な国境を接していたが、米国との戦争には無関心だったようである。

もし米国が小さな独立国家に分裂したら、「青い州」(民主党支持者の多い州)は「赤い州」(共和党支持者の多い州)に対抗するため、中国がタンパ湾(フロリダ州)に侵攻するのを歓迎するだろうとまことしやかにいわれる。中道左派の米国人はすべて中国の手先だと信じているような、偏執的な反中冷戦主義者には、もっともらしく思えるかもしれない。しかしそのシナリオは、カナダが中国人民解放軍にボストン(マサチューセッツ州)への侵攻を頼むのと同じくらい、ありそうにない。

(次より抄訳)
No, the Chinese Won't Invade America If Secessionists Succeed | Mises Wire [LINK]

2022-09-21

ケインズは社会主義者だった

経営学修士、エドワード・フラー
(2020年4月10日)

英経済学者ジョン・メイナード・ケインズはソビエト社会主義に共感しており、生粋の自由主義者ではなかった。

1917年11月7日、ロシアでレーニンとボルシェビキ(ソ連共産党の前身)が政権を握った(十月革命)。ケインズは「私に与えられた唯一の道は、ボルシェビキになることだ」と嬉々として宣言した。

12月には、ロンドンで「1917年クラブ」を共同設立した。もちろんボルシェビキ革命の年を記念して命名されたものである。クラブのメンバーには20世紀英国の社会主義者が並ぶ。G・D・H・コール(学者・作家)、ヒュー・ダルトン(労働党政権の財務相)、J・A・ホブソン(経済学者)、ラムゼイ・マクドナルド(英国初の労働党出身の首相)、オズワルド・モズレー(英ファシスト党党首)、ジョン・ストレイチー(政治家)、H・G・ウェルズ(作家)、レナード・ウルフ(作家。作家ヴァージニア・ウルフの夫)らである。

1924年7月、ケインズは対ソ文化関係協会(SCR)の創立副会長となった。SCRは全ソ連対外文化関係協会(VOX)が管理・資金援助する親ソ団体であり、VOXはソ連政府の国際宣伝機関で、実質的にはソ連国外での社会主義宣伝の隠れみのだった。

ケインズは、1930年代初頭の英国の社会主義運動と密接に関係していた。新フェビアン研究局の準会員であった。この団体は、1917年クラブとSCRのメンバーであるG・D・H・コールが運営する、英国を代表する社会主義シンクタンクだった。ケインズはその姉妹組織である社会主義調査宣伝協会にも関与していた。

ケインズは、1917 年クラブの旧友で、英国初の社会主義政権で首相となったラムゼイ・マクドナルドの重要な経済顧問だった。実際ケインズは、マクドナルドや同じく 1917 年クラブの会員だったヒュー・ダルトンよりも急進的な社会主義者だと自認していた。1930 年 6 月、彼らとの会合で、ケインズは自らを「この場にいる唯一の社会主義者」だと述べた。

1923 年、ケインズは政治週刊紙「ネーション・アンド・アテネウム」を買収した。1931 年初めには、英国の代表的な社会主義新聞であるニュー・ステーツマンと合併させた。この新聞は、ケインズの親しい友人であるウェッブ夫妻によって1913年に創刊された。合併後の新聞は「ニュー・ステーツマン&ネイション」と呼ばれ、ケインズは会長に就任した。1931年2月から1946年4月に亡くなるまで、ケインズは英国を代表する社会主義新聞の会長だった。

ケインズの主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』は、1936年2月4日に出版された。ケインズは、出版からわずか119日後にこう宣言している。「最近まで、(スターリン政権下の)ロシアの出来事はあまりにも速く進み、紙上の公約と実際の成果との食い違いは、適切な説明を行うにはあまりにも大きかった。しかし新体制は、いまや見直すことができるほど十分に明確になった。その結果は印象的である」。

ソ連における農業集団化の時期は、『一般理論』の出版と重なる。この期間、スターリンは1億人を奴隷にし、1150万人の自国民を殺害した。さらに強制収容所を急拡大させた。1936年にスターリンのロシアを「印象的」だと主張したことは、ケインズが真の自由主義者でなかったことを示すものだ。

(次より抄訳)
Keynes Called Himself a Socialist. He Was Right. | Mises Wire [LINK]

2022-09-20

緑の革命の神話

経済学者、クリストファー・ムステン・ハンセン
(2022年9月17日)

1960年代のインドの飢饉をきっかけに、「緑の革命」(農業技術の革新)が始まり、その主人公である米農学者ノーマン・ボーローグが世界的に有名になった。しかし、この革命は当初から政治的な理由で歪められていた。

60年代、米国の農業は多額の補助金を受けており、その結果、膨大な余剰生産が生じていた。この余剰生産物は、少なくとも米国の農家が破産しない限り、市場価格で売ることはできない。米政府は米国産農産物の輸出に補助金を出し、国内市場での価格を人為的に高く保った。

インドでは安価な米国産小麦があふれたが、これはインドの食糧不足を解消せず、むしろ食糧不足を引き起こした。インド人は(食用作物から)輸出用の換金作物(サトウキビやジュート)に生産を移し、それによって安価な米国産穀物の輸入資金を調達したのである。

1965年以降の干魃で、食用作物だけでなく、ジュートやサトウキビが不作になり、農業労働者は困窮にあえいだが、飢饉とまではいかなかった。1965年、ジョンソン米大統領はインドの干魃と飢餓の恐怖を煽り、農産物輸出への補助金を増やし、海外援助を行う新農業法案を成立させた。

インドの悲惨な状況を強調することは、ボーローグらの意図でもあった。メキシコで育成された特殊な小麦品種がインド北部に広く導入され、都合よく干魃が終息すると、最初の収穫で大量の作物が穫れた。インドと中国でほぼすべての作物の収量が記録的な水準に達していたのに、ボーローグは平然と自分の手柄にしたのである。

緑の革命は、政府と非政府組織(NGO)のテクノクラート(技術官僚)が主導し、主に欧米の開発援助機関が資金を提供した。国際稲作研究所(フィリピン政府、フォード財団、ロックフェラー財団が設立)と国際トウモロコシ・コムギ改良センター(メキシコ政府とロックフェラー財団が設立)による、ハイブリッド米と小麦の品種改良は、農業近代化の旗手とされた。

実際には欧米など先進国の農業が、多くの資本投入を必要とする、きわめて集約的な栽培にシフトしていった。ボーローグの小麦品種は、大量の肥料を投入して初めて、インド原産の小麦に打ち勝ったのである。インド政府と海外援助機関が肥料や灌漑設備に多額の補助金を出していなければ、ボーローグの小麦が広く普及することはなかっただろう。

緑の革命の支持者があげるメリットによれば、効率よい食糧生産が実現し、農業以外の仕事に労働力が解放され、遺伝子技術を利用して食糧の質を高め、栄養失調を避けることができるという。良識ある人々でさえ、コメ生産国における栄養不良の解決策として、ビタミンAを多く含むよう遺伝子操作された「ゴールデンライス」の導入を長年支持してきた。

しかしテクノクラートとその支持者は、緑の革命自体が栄養失調の原因だったという事実に触れない。インドで小麦の収量が増加すると、その相対価格が下がり、タンパク質と微量栄養素を豊富に含む代替食品に取って代わった。緑の革命の直接の結果として、インドの栄養失調率は上昇した。先進国でも類似の理由で同様の現象が起こった。

技術で労働力を解放したといっても、実際には、農業への過剰投資で農業労働力の需要が減ったにすぎず、他の産業で労働力の需要が増えたわけではない。それどころか、非農業部門に投じる資本が減ったため、他産業で労働需要と賃金は増えなかった。こうして緑の革命は、低賃金の仕事と政府の施しで生活する第三世界のスラムの増加に重要な役割を果たした。

緑の革命は恵みではなかった。統制なしに作物を育てる愚かな農民に対する、賢い科学者の勝利だった。いやむしろ、生態学的、栄養学的、社会的な災厄だった。

(次より抄訳)
The "Stunning Success" of the Green Revolution Is Yet Another Progressive Myth | Mises Wire [LINK]

2022-09-19

アメリカ革命という誤った名称

ロン・ポール研究所 上級研究員、アダム・ディック
(2022年7月4日)

独立記念日には、多くの米国人がアメリカ革命について思いを馳せる。ここで重要なのは、「アメリカ革命」は誤った名称であるということだ。より適切な名称は「アメリカ分離独立」だろう。

米政府の権力と米国人の不満が膨らんだ今、再びアメリカ分離独立を果たすべきときが来たのかどうかが、適切な問いとなる。

アメリカの「革命家」たちは、英国の王や議会に取って代わろうとしたのではない。それは革命家が求めるものだ。そうではなく、植民地が英国の支配から独立すること、つまり分離独立することを望んだのである。

このアメリカ分離独立は、英国の十三の植民地が同時に進めた「十三の分離独立」とさえ考えられる。植民地間の連携もあり、異なる植民地の人々が協力して英国の軍隊と戦うこともあった。しかし、分離独立は個々の植民地のために行われたものであり、米政府を包括するものではない。

約二百五十年の時を経て、毎年7月4日の独立記念日を祝うようになった独立宣言の末尾では、十三の植民地が独立を主張し、それぞれが独立国家として、英国のような国家が持っていたすべての権限を独自に主張していることが明確にされている。

米国では独立宣言に署名して以来、「州」という言葉の理解が、時とともに変質してきた。米国の各州は、英国からの分離独立に成功してから十年後、合衆国憲法の規定に基づき、いくつかの権力を手放した。その後、時間の経過とともに、首都ワシントンにある中央政府は成長を続け、州が持つと理解されていた他の多くの権力を連邦の州から奪い取った。五十州は米政府の単なる行政区にすぎなくなった。

しかし、各州はまだかなりの独立性を保っている。所得税や売上税を課さないことで相対的に租税回避地としての地位を築いた州がある。この四半世紀、米政府がマリファナとの戦いを続ける一方で、多くの州が自由化を選択してきた。コロナウイルス騒動の際、初期は各州が一斉に自由を厳しく制限したものの、その後はまったく異なる政策をとった。

現在、米国民が抱く不満の理由の大部分は、米国が今や五十州にいくつかの準州を加えた、独立当初より何倍も広い地域を支配し、中央政府の下にすべてを束ねるようになったことにあるようだ。1700年代後半に誕生して以来、強力な中央政府は、各州の独立性を大きく奪ってきた。

もし米政府が消滅し、その代わりに五十の「自由で独立した国」が誕生したらどうだろう。不満は解消されるだろうか。考えてみる価値はある。独立宣言は、長年にわたり続いた政府からの離脱は慎重に考えるべきだが、それが適切な行動である場合もあると語っている。

米国は「苦難を耐え忍ぶ」時を過ぎ、再び分離独立の時が来たのだろうか。その答えは人によって意見が分かれるだろうが、誰にも明らかなのは、州と自由を犠牲にして中央政府が握ってきた大きな権力と、多くの米国人の現状に対する不満を考えると、この問い自体が重要で、的を射ているということだ。

合衆国を解体し、真に「自由で独立した国」を取り戻すことは、重要な話題となるべきである。実際、今このテーマをオープンかつ十分に議論することは、分離独立を革命戦争(あるいは分離戦争)によってではなく、平和的に実現するための鍵となりうる。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : American Secession [LINK]

2022-09-18

多数による専制

哲学者、ハーバート・スペンサー
(1851年)

政治的な迷信のうち、多数派が全能だという考えほどあまねく広まっているものはない。秩序維持のためには、何らかの政党が権力を行使することが必要だという印象の下、現代の道徳感覚は、社会の最大多数の者以外にそのような権力を正当に与えることはできないと感じるのだ。

「民の声は神の声」という言葉を文字どおりに解釈し、神の声に伴う神聖さを民の声に移し、民衆の意志、すなわち多数派の意志に不服を申し立てることはできないと結論づける。しかし、この考え方は完全に間違っている。

かりに人口増による飢饉を恐れ、世論を正当に代表した法律によって、向こう十年間に生まれるすべての子供を溺死させるよう定めたとしよう。このような立法が正当化されると思う人はいるだろうか。もしいなければ、多数派の力に限界があるのは明らかである。

ケルト人とサクソン人という二つの民族が一緒に暮らしているとして、数が多いほうの民族が他方を奴隷にすると決めたとしよう。この場合、多数派の権威は有効だろうか。もし有効でないなら、その権威を従属させなければならないものがあるはずだ。

年間所得五十ポンド以下のすべての人が、五十ポンド超のすべての人の所得を自分たち並みまで減らし、超過分を公共の目的に充てるよう決議したとしよう。この決定は正当化されるだろうか。もしされないのなら、民衆の声が従うべき法は、やはり存在する。

では、その法とは何だろうか。純粋な平等の法、すなわち平等な自由の法しかありえない。

多数派の意見に課される制限は、まさに平等な自由の法によって設けられたものだ。私たちは殺人、奴隷化、強盗を行う多数派の権利を否定するが、それはひとえに殺人、奴隷化、強盗がその法に違反し、見過ごすにはあまりに重大だからだ。しかし大きな違反が誤りならば、小さな違反もまた誤りである。

憲法を純粋に民主的なものにすれば、政府は絶対の正義と調和するだろうと、真面目な改革派は考える。このような信念は、おそらく時代の要求なのだろうが、非常に誤ったものだ。いかなる手続きによっても、強制を公正なものにすることはできない。

最も自由な政府の形とは、好ましくない度合いの最も少ない形にすぎない。少数による多数の支配を専制政治と呼ぶが、多数による少数の支配もまた専制政治であり、激烈さの度合いが小さいだけだ。どちらの場合も、「お前の意志ではなく、我々の意志に従え」と宣言する。それが99人によって100人に対して行われるのでなく、100人によって99人に対して行われるとしたら、不道徳の度合いがほんの少し小さいにすぎない。

二つの集団のうち、「お前の意志ではなく、我々の意志に従え」という宣言を実行するほうは、平等な自由の法を破ることが避けられない。唯一の違いは、一方では99人の個人によって破られ、他方では100人の個人によって破られることだ。民主的な政治形態の長所は、少ないほうの人数に対して破るということにしかない。

多数派と少数派の存在そのものが、不道徳な状態を示している。道徳律に調和した性格の人間は、仲間の幸福を減らすことなく完全な幸福を得ることができる。しかし投票によって公的な取り決めを実行すれば、そうでない人間からなる社会を意味する。ある者の欲望は他の者の欲望を犠牲にしなければ満たされないことを意味し、幸福を追求するために多数派が少数派にある程度の不幸を与えることを意味する。したがって、組織的な不道徳を意味する。

政府は最も公平な形であっても、自身を悪から切り離すことはできない。国家を無視する権利が認められなければ、国家の行為の本質は犯罪とみなさなければならない。

(次より抄訳)
The Right to Ignore the State | Mises Institute [LINK]

2022-09-17

「欧米の価値観」を守らない欧米人たち

ジャーナリスト、ケイトリン・ジョンストン
(2022年9月16日)

外国の専制政治を声高に非難する人々が、欧米帝国に対するあらゆる批判の検閲とソーシャルメディアからの排除を求める人々と、いつも同じであることに気づいたことがあるだろうか。

これは欧米社会に蔓延する、精神のウイルスだ。大勢の前で、米国とその同盟国の外交政策を大胆かつ一貫して批判する人は誰でも、帝国の擁護者たちから、ロシアの工作員の烙印を押される。同時に、ロシアの工作員や「役に立つ馬鹿(プロパガンダに利用される者)」は欧米のソーシャルメディアから追放されるべきだという意見もじわじわ増えている。

欧米帝国を擁護する人々は、批判者すべてを黙らせたがっているとは認めないものの、(A)十分攻撃的に帝国を批判する者をすべてロシアの工作員とみなすという事実と、(B)ロシアの影響を受ける者は検閲されるべきだという彼らの意見とを結びつければ、そうなる。欧米帝国の外交政策を批判すると、その擁護者たちが、もしロシアや中国のような国に住んでいたら、そのように支配者を批判することは決して許されないだろう、と言ってくる。彼らは、自分たちが軽蔑すると言っている暴君と同じなのだ。

「欧米の価値観」の問題点は、欧米人がその価値を認めていないことだ。認めていると思ってはいるが、表現の自由や、真実の光によって権力の責任を問うことに対する畏敬の念は、支配者や宣伝担当者の主張と大きく異なることを言う人を見た瞬間に、すっかり消えてしまう。そしてその人物を黙らせ、ソーシャルメディアから追放するよう望む。

本当は、欧米帝国を強く批判する人は、帝国の擁護者よりもはるかに多く、欧米の価値観を体現している。言論の自由と権力者の責任追及を重視するのは、帝国を批判する人々だ。世界一の権力者たちを厳しく監視する人々に対し検閲を求め、罵倒するのは、米国中心の帝国に洗脳された従順な連中である。

私は「ロシアに移住しろ!」「中国に移住しろ!」と言われるが、「いや、あなたこそロシアに移住しろ」「中国に行け」と言いたい。反対意見や権力批判を弾圧しようとしているのは、あなただ。私は欧米の価値観そのままに生き、史上最強の帝国に正常な監視を要求しているのだ。あなたは欧米にふさわしくない。

学校では、欧米社会は真実、言論の自由、平等、権力者の説明責任、敵対的ジャーナリズムを重んじると教えられるが、大人になると、ロシアのメディアが禁止され、主流リベラル派の熱狂的な支援を受けて検閲が拡大されるのを見る。ソーシャルメディア上で、ウクライナに関する体制側の主張を吟味する人々を大量に報告し、追放する作戦を見る。ウィキリークス創始者ジュリアン・アサンジが無許可のジャーナリズムの罪で収監されるのも見る。

私たちの聞かされる「欧米の価値観」が、実は欧米ではあまり一般的でないことは、周りを見渡せば明らかだ。欧米の主要メディアで、西洋文明の権力中枢に対して意味のある批判をする人物を登場させることは、ほぼ皆無である。

学校で教えられた欧米の価値観を信じる者もいる。それは意外かもしれないが、私たち、無視されたアウトサイダーだ。私たちは検閲、プロパガンダ、帝国の報道弾圧に断固反対する。権力機構に周縁から真実の光を当てるために、たゆまず働く。体制派のサイコパスから怒鳴られ、反逆者と責められる。体制派の連中は、自分が支持するという欧米の価値観よりも、反対するという独裁者たちとのほうが、はるかに多くの共通点を持っているのに。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : The Trouble With ‘Western Values’ Is That Westerners Don’t Value Them [LINK]

2022-09-16

個人主義と文明

経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
(1958年)

西洋の社会哲学の特徴は、個人主義である。それは個人が国家という強制と抑圧の社会装置による干渉に縛られることなく、自由に考え、選択し、行動することができる領域の創造を目指すものである。西洋文明の精神的、物質的な達成は、すべてこの自由の思想の営為の結果であった。

自由の思想と、個人主義・資本主義の信条、その経済問題への応用は、弁明や宣伝を必要としない。その成果は自ずから明らかである。

資本主義と私有財産制の正しさは、他の事情とともに、その比類ない生産効率の高さによっても証明される。資本主義での企業活動はこれほど効率が高いからこそ、急増する人口を絶えず向上する生活水準で支えることができる。

その結果、大衆はしだいに豊かになり、それによって生み出される社会環境では、並外れた才能のある個人が、自分が与えることのできるすべてを他の市民に自由に与えることができる。私有財産と小さな政府からなる社会制度だけが、自分らしく生きる能力をもつすべての人々を野蛮から解き放つことができる。

大きくて速い自動車、セントラルヒーティング、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、テレビを備えた家よりも、人類にとって必要なものがあると考え、資本主義の物質的な成果をけなすのは、安上がりな気晴らしだ。たしかに、もっと高尚な趣味はある。しかし、それが高尚なのは、うわべの努力では到達できず、個人の決意と努力を必要とするからだろう。

資本主義をこのように非難する人々の見方は、かなり粗野かつ唯物論的で、政府によって、あるいは生産活動の見直しによって道徳的・精神的文化を築くことができると考えている。外的要因によって達成できるのは、個人が自己の完成と啓発のために働く機会を与える環境と能力をもたらすことである。

大衆がギリシャ悲劇の上演よりボクシングの試合を、ベートーヴェンの交響曲よりジャズ音楽を、詩よりマンガを好むのは、資本主義のせいではない。しかし資本主義以前には、世界の大半で高尚な芸術をごく少数の人々にしか提供できないのに対し、資本主義が多くの人々にそれらを楽しむ便利な機会を与えているのは確かである。

資本主義をどのような角度から見ても、古き良き時代といわれるものが過ぎ去ったことを嘆く理由はない。ナチスドイツであれソ連であれ、全体主義のユートピアに憧れることは、正しいとはいえない。

今夜、モンペルラン・ソサエティー(経済学者ハイエク、ミーゼス、レプケらによって1947年に創設された自由主義者の団体)の第9回総会を開催する。この種の会合で、同時代の大多数の人々や政府と反対の意見を述べることは、西洋文明の最も尊い特徴である自由の風土においてのみ可能であり、それをこの機会に思い出すのはふさわしいことだ。反対意見を表明するこの権利が決して消え去らないよう願おう。

(次より抄訳)
Individualism and Civilization | Mises Wire [LINK]

2022-09-15

「科学に従え」の真意

経済教育財団(FEE)ウェブサイト マネージング・エディター 、ジョン・ミルティモア
(2021年4月12日)


経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、科学的な主張を使って社会を形作ろうとすることの問題点を指摘したことがある。ミーゼスの示唆によれば、多くの場合、人々は単に自分たちが何をしなければならないかを他人に伝えるために科学を持ち出すのである。

ミーゼスは1947年の論文で、「政策立案者は、自分の計画が科学的で、善意あるまっとうな人々の間で異論がありえないかのように装っている」と書いた。

科学が有用な道具であることはほとんどの人が認めており、ミーゼスもその一人であることは間違いない。ミーゼスが言いたかったのは、科学は実際に私たちが何をすべきかを教えてはくれないということだ。「何をすべきか」は主観的な価値判断の領域である。科学が教えてくれるのは、事実関係だけなのだ。「科学的なべき論などというものは存在しない」とミーゼスは書いた。

ミーゼスはこう続けた。「科学は、何がどのようにあるべきで、人々が何を目指すべきかを決めることはできない。人間が価値判断で意見が分かれるのは明白な事実である。他人の計画を覆し、政策立案者の計画に従わせる権利が自分にはあると主張するのは横暴である」

ミーゼスが正しく見抜いたように、人々が「科学に従え」と言うとき、本当は「我々の計画に従え」と言っていることが多いのである。

十代の環境活動家グレタ・トゥンベリが、気候変動に関する科学に従えと言うとき、地球が温暖化していること、人間が地球の気候に影響を与えていることを認めるべきだとは言っていない。肉を食べない、飛行機に乗らない、化石燃料に課税する等々の計画を人々が採用すべきだと言っているのである。

億万長者の環境活動家ビル・ゲイツは2021年2月、肉を食べないようにする理由とその方法を説明した。

ゲイツは科学技術誌のインタビューで、牛肉1ポンドあたりの排出量は最適とは言えないと指摘し、「すべての豊かな国々は100%合成牛肉に移行すべきだと思う」と述べた。「味の違いには慣れるし、時間が経てばもっとおいしくなると言われている。いずれグリーンプレミアム(環境にやさしい分だけ割高な値段)は十分低くなり、人々の行動を変えるか、規制を利用して需要を完全にシフトさせることができるようになる」

政府は科学者の意見に耳を傾けるべきだと言うトゥンベリとゲイツの提案は、良い案かもしれないし、悪い案かもしれない。重要なのは、その提案には科学だけではなく、価値判断が含まれていることを理解することだ。

2020年に人々は、新型コロナに関し「科学に耳を傾けよ」と繰り返し言われた。しかしコロナをめぐる根本的な不一致は、科学に関するものではなかった。蔓延を抑えるためにどのような行動をとるべきか、誰が(個人か政府か)それを実行すべきか、人々に行動を強制すべきかどうかだった。

これらは倫理的な問題であって、科学的な問題ではない。健全な科学は、倫理的な問題に判断を下すのに役立つ道具に過ぎない。重要なのは、自分の計画は科学的だから従わなければならないという政策立案者に注意することだ。

(次より抄訳)
A 75-Year-Old Warning about Those Who Say ‘Listen to the Science’ - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-09-14

嫉妬と再分配

ケイトー研究所シニアアナリスト、マリアン・テューピー
(2017年8月1日)

進化心理学の最近の研究によると、有権者が所得の再分配を支持するのは、狩猟採集時代の小さな社会に適するよう進化した動機づけのためだ。 再分配の経済的・政治的な詳細を理解することは、人間が自然にできることではない。しかし人間は進化の過程で、より貧しい人々や、より豊かな人々と交流してきた。この過程を通じて、与えるとき、奪うとき、分かち合うときに、うまく行動するよう動機づける神経系を築いた。

人間は、祖先の目を通して現代世界を見ている。再分配に関する政治の言説には、「貧乏人 」や 「金持ち 」といった登場人物が含まれる。自分より貧しい人、豊かな人という共同体のメンバーとの付き合いを律するために進化してきた、動機というレンズを通してこれらの人物を見ているのだ。

研究チームは経済的再分配への支持・反対の論理を理解するため、思いやり、利己心、妬みの三つの動機に焦点を当てた。米国、英国、インド、イスラエルの四つの社会で、それぞれの動機が再分配への支持をどれだけ強く説明するかを検証した。

思いやりとは、自分より貧しい人を助けるために必要な感情である。私たちの祖先は、社会保険や医療保険のない世界に住んでいたので、お互いの不足分を助け合うことで利益を得ていた。隣人が飢えているときに、自分が食料を持っていれば、分けてやることでその人の命を救うことができる。その後状況が逆転し、相手が食べ物を分けてくれれば、自分の命も救われる。

研究チームは、困っている人に対し自発的に思いやりを感じる人ほど、再分配をより強く支持することを発見した。自分自身や自分の家族が恩恵を受けると考える人ほど、再分配を支持する傾向が強かった。

さらに驚くべき結果は、妬みと公正さに関するものだ。自分より裕福な人に向けられる妬みは、再分配を支持するとみられる。ライバルが何らかの活動で自分より優れていると、自分の相対的地位が下がる。人は時にライバルの優位を掘り崩すために行動する。たとえそれが第三者や、時には自分自身に害を与えるとしてもだ。

妬みとそれが生み出す悪意は社会を破壊するが、競争的なゼロサムゲームを含む祖先の世界では、意味をなすことがある。金持ちの税金を下げて貧乏人を助けるための収入を増やすか、金持ちの税金を上げて貧乏人のためのお金を減らすか、という二つの政策について、六人に一人が後者の、意地悪な選択肢を選んだのである。このように、金持ちを引きずり下ろすために貧乏人を痛めつけることをいとわないのは、個人の嫉妬心の強さによってのみ説明される。

政治的な言説や正義の理論において、公正さは重要な位置を占めている。しかし、研究で被験者の公平さに対する好みの違いは、再分配をどれだけ強く支持するかを説明しなかった。米国、英国、インド、イスラエルでも結果は同じだった。再分配への支持は、思いやり、利己心、妬みによって説明されたが、公平性によって説明されたわけではない。

(次より抄訳)
Compassion, Self-Interest and Envy Shape Redistribution - HumanProgress [LINK]

2022-09-13

マルクスの銅像はなぜ許される?

ライター、ロビー・ストーン
(2018年11月2日)

人々はファシズムの象徴である鉤十字を見れば、すぐにナチスの悪事を連想し、嫌悪感を抱く。欧州の多くの国では、この印を公にすることは犯罪とされている。人々はナチスのイデオロギーがいかに忌まわしいものであるかを理解し、軽蔑と嫌悪の念をもって接する。

しかし、共産主義の象徴である「鎌と槌」の場合はどうだろう。

ナチスのホロコーストと同じく、共産主義はソ連の強制収容所やカンボジアでの(ポル・ポト政権による)殺戮が広く知られる。しかしジャーナリストは公然と、誇らしげに共産主義を擁護している。マルクスの銅像が建てられている。歴史的に最も熱心な反共産主義国家の一つである米国でさえ、北西部の都市シアトルに(ロシア革命を起こした)レーニンの銅像が建っている。

なぜ、同じように血なまぐさい二つのイデオロギーを、これほどまでに違う形で扱うのだろうか。

その答えは、美徳に対する誤った認識にあるのかもしれない。ナチスは当然のことながら、憎悪と悪意に満ちたものとみなされている。なぜならナチスのイデオロギーは、ある集団が他の集団より優れているという考えを中心に構築されているからだ。その本質は反平等主義のイデオロギーであり、それを考案した人々によって一度だけ実行に移された暴力的な信念である。

そのため、ファシストが「あれは本当のナチズムではない」と主張することは正当化されない。だが共産主義の場合は違う。

マルクスは自分では共産主義を実行しなかったので、共産主義国家の指導者はいつでも非難を免れる。共産主義体制が直面するあらゆる欠点・悲劇・危機はいつも、マルクスのユートピアに至る工程表に間違いはないのに、その使い方を間違ったせいにすることができる。

都合のいいことに、共産主義者はいつでも、過去の惨事から自分を切り離すことができる。自らを思想の先駆者として描き、その思想はまだ花開くチャンスがないのだと言えばいい。「真の共産主義はまだ試みられたことがない!」というわけだ。

かくして共産主義を擁護する人々は、自分を主人公として描き続けることができる。自分たち労働者階級の解放と労働者の楽園をつくるために戦っており、以前の偽預言者とはまったく関係ないという。最悪でも、共産主義を支持する人々は、見当違いをしているものの、結局は善意に満ちているとみなされる。

これが問題の核心だ。ナチズムがその信奉者の犯罪と本質的に結びついているのに対し、共産主義はつねに切り離すことができる。(ナチスドイツの)ヒトラーや(イタリアの独裁者)ムッソリーニが描かれたTシャツを許せる人はいないだろうが、ひどい弾圧を行った(キューバ革命の指導者)ゲバラはたやすく罪から切り離され、革命のシンボルに変身してしまう。

共産主義の悲惨な実績にもかかわらず、共産主義を支持し続けるのは、善意でも見当違いでもなく、明らかに危険なイデオロギーを意図して推し進めようとしているのである。共産主義の歴史は、ナチズムの歴史と同じように血で汚れている。そろそろ、そのように扱うべきだろう。

(次より抄訳)
Why the Hammer and Sickle Should Be Treated Like the Swastika - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-09-12

社会主義が環境にやさしいという嘘

ケイトー研究所主任研究員、マリアン・テューピー
(2017年12月15日)

社会主義国は非常に非効率だった(キューバ、ベネズエラ、北朝鮮など現存する社会主義国では今でもそうである)。生産を最大化し、より効率的な資本主義国に追いつくために、排ガス基準を低く設定するか、基準そのものを設けなかった。安全衛生に関する規制は無視されるか、まったく存在しないかのどちらかだった。独立した労働組合を禁止し、しばしば奴隷労働に頼った。

社会主義の環境軽視は、財産権に対する蔑視によって、さらに悪化した。資本主義経済では、農場や工場は個人または企業の所有物である。もし環境や労働力に損害を与えれば、法廷で責任を問われる。社会主義経済では、土地や空気(極端な場合は人間も)は国家によって所有され、「共有地の悲劇」に見舞われることになった。

例えば、中央の計画当局から一定量の鉄棒を生産するよう命じられた国営工場は、環境や民衆に損害を与えようとも、生産割当を満たすことが許されただけでなく、積極的に促された。資本主義国では、政府は環境基準の実施と労働者の保護を任されている。社会主義国では、政府は生産割当の執行者であると同時に、環境と労働者の保護者だとされる。この二つ役割のうちどちらかを選ぶとなると、社会主義国は必ずと言っていいほど前者を選んでいた。

社会主義国の環境軽視の最たる例は、おそらく中国のデータに見ることができる。毛沢東の大躍進時代(1958〜1962年)の排出量は、米国と比較すると、成層圏に達していた。その後減少したものの、中国が社会主義を放棄する1970年代後半までは、非常に高い排出量が続いた。中国が経済の自由化(価格機構と財産権の導入)を始めてから、排出量は劇的に減少した。

社会主義国は、中央集権的な計画経済の結果、資本主義国よりはるかに貧しかった。これは環境クズネッツ曲線と呼ばれる現象から、重要なことである。一般に、国民が豊かであればあるほど、きれいな空気や川、職場の高い安全衛生基準といった「贅沢品」のためにお金を払う傾向がある。現代人の耳には奇妙に聞こえるかもしれないが、きれいな環境と労働者の幸せは、本当の意味で、ずっと貧しい祖先には手に入らなかった「贅沢品」なのである。

アフリカやアジアの多くの地域にいるような本当に貧しい人々は、自分たちが生き残ることを第一に考えている。他のことは二の次なのだ。信じられないかもしれないが、ジンバブエの経済が崩壊した後、人々は家族を養うために、それまで保護されていた野生動物を殺戮し始めた。ベネズエラの経済破綻では、首都にある動物園の動物たちが食卓に上った。ウクライナの大飢饉(ホロドモール)では、人々は互いに食い合った。

つまり、社会主義が答えではないのだ。歴史的に見ても、社会主義的な生産から生じる環境破壊は、資本主義よりもはるかに大きい。ソビエト帝国崩壊後に行われたあらゆる学術的研究によると、旧社会主義国の環境の質は、資本主義国よりも劣っている。

環境を保護する最善の方法は、金持ちになることだ。そうすれば、庶民の生活に必要なだけでなく、よりクリーンな発電所や水処理施設を作るための資金も十分確保できる。資本主義が富を生み出す最良の方法である以上、人類はそれを貫くべきである。

(次より抄訳)
There's Nothing Green About Socialism - HumanProgress [LINK]

2022-09-11

覇権主義の代償

ジャーナリスト、ジャスティン・レイモンド
(2001年9月11日)

四機の航空機をハイジャックした組織的な作戦で、二機が世界貿易センタービルに突入して倒壊させ、(おそらく)何千人もの死傷者を出した。首都ワシントンでは国防総省そのものが攻撃を受け、少なくとも一回の爆発があったと報じられている。

国務省もさらなるドラマの舞台となった。付近で爆発に見舞われ、避難させられたのだ。ニューヨークの上空をパトロールするF16ジェット戦闘機と、今朝ニューヨークで予定されていた予備選挙の中止をアナウンサーが抑揚ある声で伝える姿は、実に奇妙な光景だった。

米国人はある日目を覚ますと突然、自分たちが第三世界の国に住んでいることに気づく。すべての市民的自由が停止され、戒厳令が発されたと知ったら、誰もが驚くだろうか。何が起こっているのか。

何が起こっているかというと、戦争が米国に戻ってきたのだ。米国と中東のおもな同盟国がパレスチナの蜂起に対して行った戦争は、ガザの通りからアメリカ帝国の都市の大通りに移った。米国人が今直面しているのは、イスラエル人が日々直面していることと同じだ。私たちにとって今回の攻撃は記念碑的な規模の恐怖であり、「異常」という表現が控えめすぎるほど常軌を逸したものである。

イスラエル人は最近、選挙で決断した。パレスチナ人の要求に屈するよりも、このような生き方を選びたい、と。インティファーダ(反イスラエル闘争)に対し強硬路線をとると誓ったタカ派、アリエル・シャロンを首相に選出したのだ。パレスチナの反応は容赦ない。民間人を標的にした自爆テロによる悪質な全面戦争である。イスラエル人はこれを投票で選んだし、自分たちが何をしようとしているのかわかっていて、それに耐えるために自らを奮い立たせている。ここで疑問がわく。米国はいつ、この戦争に賛成したのだろう。

「おおげさな話ではなく、これは第二の真珠湾だ」と、議会の戦争タカ派であるチャック・ヘーゲル上院議員(共和党・ネブラスカ州。オバマ政権で国防長官)は言う。対日戦勝記念日(9月3日)のわずか数日後、神風機が米国の標的に飛び込むという現象が再び起こったことは、米国人に考え直させるだろう。前回米国人がこうした狂信に立ち向かい、打ち負かしたのは、全国民が動員され軍国主義となり、大統領選中止まで取り沙汰された世界大戦のときだった。それを再びやるつもりなのか。冷静に考えてみよう。

米本土は先の大戦でまったく影響を受けなかった。何百万人もの人が殺されたが、自国の海岸ではなかった。敵が一番近くに来たのは、日本軍がワシントン州の上空に熱気球を投下したときだ。しかし、今回は違う。グローバル化の時代に世界大戦とは、すべての人の裏庭が戦場になる可能性があることを意味する。

外交の世界でよく耳にする、「覇権主義」という言葉がある。米国は力の絶頂にある。フランスでは、アメリカ帝国の傲慢な高みを表す特別な言葉として、「超大国」という言葉まで生まれている。この言葉は、人類の歴史を超越し、人類の存在に付随する通常の規則や条件を超越した、並外れた、前例のない権力を表すために作られたものである。

米国は行動するばかりで、結果を重視してこなかった。過去の帝国とは異なり、命令しても反撃されることはないと思われていた。今、私たちはそれが真実でないと知っている。残念ながら、苦労して学ぶはめになった。

(次より抄訳)
Behind the Headlines [LINK]

2022-09-10

ナチスドイツは社会主義国だった

経済学者、ジョージ・ライズマン
(2021年10月1日)

ナチスドイツは資本主義国家ではなく、社会主義国家だった。

この認定は、経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスの数ある貢献の一つである。ナチスという言葉が、「国家社会主義ドイツ労働者党」の略称であることを思えば、ミーゼスの認定はそれほど注目されるものではないかもしれない。「社会主義」を党名に持つ政党に支配される国の経済体制が、社会主義以外の何物だと期待できよう。

しかしミーゼスとその読者を除けば、ナチスドイツを社会主義国家と考える人は、事実上皆無である。それよりも、共産主義者や他のマルクス主義者が主張するように、ナチスドイツは資本主義の一形態だいう考えのほうがはるかに一般的である。

ナチスドイツが資本主義だという主張の根拠は、ほとんどの産業が一見、私的所有に委ねられていたという事実である。

しかしミーゼスが明らかにしたように、ナチスのもとでは生産手段(原材料、土地、道具、機械、建物など)の私的所有は名目上にすぎず、実質所有していたのはドイツ政府だった。すなわち、何を、どれくらい、どのように生産し、誰に分配するか、また、価格や賃金をいくらにするか、名目上の私有者がどのような配当やその他の収入を受け取ることを許されるかは、名目上の私有者ではなく、ドイツ政府が決定したのである。

ミーゼスのいう、事実上の生産手段の政府所有は、ナチスが受け入れた集団主義原理、すなわち共通善が私的善に優先し、個人は国家の目的のための手段として存在するという原理によって、論理的に暗示されていた。個人が国家の目的のための手段であるならば、当然、個人の財産もまたしかりである。個人が国家に所有されるように、個人の財産もまた国家に所有されるのである。

ナチスドイツで事実上の社会主義を確立したのは、1936年に導入された価格統制と賃金統制である。これは1933年初めの政権獲得時から行われていた通貨供給量の膨張に対応したものだ。ナチス政権は公共事業、補助金、再軍備など政府支出の膨大な増加を賄う手段として、通貨供給量を膨らませた。物価と賃金の統制は、通貨膨張の結果始まった物価上昇に対応するために行われた。

価格統制のもとでは、ある品目の供給が減少しても、自由市場のように価格を上げて収益性を高め、供給減少を食い止める作用は働かない。たとえば医薬品の供給が減少しても、値上げで採算を改善することはできない。

こうした価格統制の思わぬ影響に対処するためには、政府は価格統制を廃止するか、逆にさらなる措置、すなわち、何を、どれだけ、どんな方法で生産し、誰に分配するかについての統制を追加しなければならない。価格統制にこのような一連の統制が加われば、経済体制は事実上、社会主義化する。政府が所有権の実質的な権限をすべて行使することを意味するからである。

これがナチスによって組織された社会主義である。ミーゼスはこれを、あからさまな社会主義であるロシア型ないしボリシェビキ型の社会主義に対し、ドイツ型ないしナチス型の社会主義と呼んだ。

(次より抄訳)
Why Nazism Was Socialism and Why Socialism Is Totalitarian | Mises Institute [LINK]

2022-09-09

ピケティがめざす共産主義の復活

経済学者、マーク・ソーントン
(2022年8月11日)

『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティの著書はすべて、経済学的にみてひどいものだ。マルクスの本が何億人もの人々、とくにマルクスとピケティが助けようと提案する低所得者層を破滅させたのと同様、すべてが政治経済にとって危険である。ピケティの新著『平等の簡潔な歴史』は簡潔だけに、これまでの著書の中で最も社会を破壊する恐れがある。

200年前まで、人類の95%以上が「極度の貧困」の中で暮らしていた。その割合は、1980年代末に世界人口の約3分の1まで低下し、現在は10%以下である。しかも人口が急速に増加するなかで、低下している。これは人類史上、最も重要な事実の一つだが、あまり知られていないようで、どのようにして実現したのかもピケティにはまったくわからない。

個人の権利、自由な市場、取引の自由は、経済成長の機会、最低限度以上の賃金、経済的平等の拡大を生み出した。資本主義は労働条件を改善し、富裕層や権力者を相対的に弱らせ、起業家階級(ブルジョア階級)の出現をもたらした。産業革命が経済の生産構造の中心を貴族から労働者へと転換させたことに、ほとんど疑いの余地はない。中世の権力者と農奴、あるいは20世紀の共産主義に比べれば、経済的にもその他の面でも、人々はより平等になったのだ。

ピケティはこうした事実を無視し、社会民主主義の考えと手を結ぶ。さまざまな投票制度や、財産制度に関する政治選択によって(平等という)目標を達成できるため、資本主義はもはや必要ないという。さらにピケティは、達成された平等は「不正に対する争いと反乱」によるものだと考えているが、明らかにそうではない。例えば、近代的な労働組合、社会主義的な政党、左翼の政治基盤は、急速な経済発展と平等普及の後に出現したのであって、それ以前には存在しなかった。

ピケティは教育や健康に関する統計で進歩を測り、それを福祉国家のおかげだと考える。教育や医療は、福祉国家が始まるずっと以前から、貴族以外の人々にも提供されていたにもかかわらず、このような主張をしているのだ。実際、資本主義以前には教育や医療の機会はほとんどなかったし、自由な市場経済への移行に伴い、どちらの指標も急速に向上した。

歴史上、経済の「平準化」が起こった大きな原因は、第一次世界大戦、スペイン風邪、世界恐慌、第二次世界大戦による死、離散、家族形成の減少などである。おびただしい数の若者が死んだり、貧困に陥ったりすると、その後の出生数が減少する。その結果、賃金水準が上昇し、所得分配が平準化される。資本主義の下では、実質賃金は上昇し、貧困は減少し、人々は豊かになり、経済的機会と平等は大規模な死と破壊なしに改善することが可能であり、実際そうなっている。

これに対し、ピケティは累進課税と福祉国家を真の救済とみなす。国家権力の「漸進的」増加をもたらす民主主義という形で、累進課税と福祉国家の強化を望む。マルクス主義による過去の経済的失敗、大量餓死、大量虐殺といった悪いイメージのない、完璧なマルクス主義国家を望んでいるのだ。

(次より抄訳)
Thomas Piketty Wants to Bring Back Communism in the Guise of Democratic Socialism | Mises Wire [LINK]

2022-09-08

平等ではなく、もっと不平等を!

研究者、リプトン・マシューズ
(2022年7月15日)

資本主義社会における所得の不平等は社会を破壊すると触れ回る物語が、日々あふれている。多くの人にとって、不平等は20世紀を特徴づける経済の物語であり、何としてでも回避しなければならない。しかし不平等が問題となるのは、それが特権階級を優遇する、腐敗した政策の結果である場合だけだ。実際には、市場原理による不平等こそが、とめどない進歩の源である。

市場はアイデアの質を吟味することで、消費者の求めに応える才能と眼力のある個人に報いる。政府による特権とは異なり、市場は公平に価値を見極める。自由な市場経済で成功するためには、政治的なコネは不要であり、消費者のために自分の才能を生かそうとする意志だけが成功をもたらす。

才能のある人とない人がいるので、市場では必ず不平等が生じる。しかし才能のある人は庶民の生活水準を向上させられるので、不平等が好ましい結果をもたらす可能性が高い。庶民にとって幸運なことに、才能ある個人が目標を追求することによって経済や技術の変化が起こり、長期の経済成長が促され、庶民がエリートの仲間に加わるチャンスが生まれる。

アマゾンはジェフ・ベゾスを大金持ちにしたが、何千もの中小企業に製品を世界中で販売する場を提供し、もうかるベンチャー企業に変えてきた。実際、アマゾンのストアを通じて、4万人の億万長者が輩出した。アマゾンの波及効果は非常に大きく、アフィリエイト広告の利用者にも成功を広げた。

ラスムス・ミケルセンとクリスチャン・ミケルセンは双子の兄弟で、アマゾンの書籍やオーディオブックの出版分野でパイオニアとなり、合計で150冊以上の本を出版してきた。二人はこの業界の成長に刺激され、パブリッシングライフ社を共同設立した。このオンライン教育ビジネスは、一般の人々の脱サラを手助けするものだ。双子のアマゾン書籍出版ビジネスモデルを利用し、何百人もの人々が人生を変えるような結果を得ることができるようになった。現在までにその教え子たちは、合わせて2000万ドルもの収益をあげている。

才能の不平等がなければ、アマゾンやグーグルのような超大企業は存在せず、一般人が富を創造する手段は少なくなっていただろう。不平等は社会にとって有益である。なぜなら、もし全員が平等であれば、世の中は驚くほど平凡になってしまうからだ。文化面では、シェイクスピアやピカソのような芸術・文学の才能を持つ人はいなくなるだろう。

ガリレオ、ニュートン、アインシュタインのような頭脳の持ち主がいなければ、科学に対する理解はゆがんでしまうだろう。平凡な世界での人生は危険で、粗野で、短いものだろう。パスツールやフレミングのような好奇心と才能を持ち、病気の治療法に革命をもたらした人たちが社会からいなくなれば、単純な病気で死ぬことが日常茶飯事になってしまうだろう。

さらに厄介なのは、並外れた人々がいなくなることで、通常、人が自分の状況を改善するきっかけとなる、良い嫉妬を引き起せなくなることだ。不平等がなければ、進歩はありえない。不平等がなければ、人はみな等しく才能があるということになるからだ。そしてもしそうならば、社会の進歩に必要な創造性は生まれない。

すべての人が等しく有能であるとき、どの人も優れた存在にはなりえないことを忘れてはならない。真に平等な社会とは、全員が同じように平凡で、人間の潜在能力を下回る人生を送る社会なのである。

(次より抄訳)
We Need More Inequality, Not Less | Mises Wire [LINK]

2022-09-07

政府は決して自ら権力を手放さない

経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
(1927年)

あらゆる政治権力、政府、王、共和制権力は、つねに私有財産を軽んじてきた。すべての政府権力には、その活動に対するいかなる歯止めも認めず、その支配領域をできる限り広げようとする生来の傾向がある。すべてを支配すること、当局の干渉なしに自発的に何かが起こる余地を残さないこと、これがあらゆる支配者がひそかにめざす目標である。私有財産さえなければ……。

私有財産は、個人のために、国家から自由になれる領域を作り出す。権威主義的な意志の働きに歯止めをかける。政治権力と並存し、対抗する他の勢力の発生を可能にする。国家の側からの暴力的な干渉から自由な、すべての活動の基礎となる。自由の種を育む土壌であり、個人の自律、ひいてはすべての知的・物質的進歩の根源となるものである。

生産手段を私的に所有する制度(資本主義)の自由な発展を妨げないよう、自発的に思いとどまる政治権力は、かつて一度も存在しなかった。政府は、やむをえない場合には私有財産を容認するものの、その必要性を認識して自発的に認めることはない。自由主義的な政治家でさえ、権力を手にすると、自由主義の原則を多かれ少なかれ軽んじてしまう。

私有財産を抑圧する制約を課し、政治権力を濫用し、国家の支配の外に存在するいかなる自由な領域も尊重せず、認めない傾向は、政府の強制機構を支配する人々の精神にあまりにも深く根付いており、彼らが自主的にそれに抵抗することは決してできない。自由主義的な政府とは、形容矛盾である。政府には、国民の一致した意見の力によって自由主義を採用させなければならない。政府が自発的に自由主義になることは期待できない。

昔から、あらゆる絶対君主、専制君主、暴君は、資産家階級に対抗し、「人民」と手を組むことを考えた。このシーザー主義(大衆の支持を根拠とする独裁)に基づく体制は、フランスのナポレオン三世による第二帝政のほか、プロシアのホーエンツォレルン家による専制国家がある。プロシア憲法闘争の際、社会主義者ラサールによってドイツ政治に導入された、国家主義・介入主義の政策によって、自由主義的な資産家階級と戦うため労働者大衆を味方につけるという考えを取り入れた。

しかし、あらゆる迫害にもかかわらず、私有財産の制度は存続してきた。政府の敵意も、作家や道徳家、教会や宗教が行った敵対的キャンペーンも、大衆の憤り(それ自体、嫉妬の本能に深く根ざしている)も、私有財産制の廃止に役立ったことはない。他の方法で私有財産制に取って代えようとする試みはつねに、不条理なまでに実現不可能であることがたちまち明らかになった。人々は私有財産制が不可欠であることを認識し、好むと好まざるとにかかわらず、それに立ち戻らざるをえなかった。

それにもかかわらず、私有財産は悪であり、人間がまだ十分に倫理的に進化していない以上、少なくとも当面は排除できないだけだという考えは根強い。政府はその意図と性質に反し、私有財産の存在に甘んじているが、それでも反財産権のイデオロギーに固執し続けてきた。実際政府は、私有財産に反対することは原理的に正しく、そこから逸脱することは、単に政府自身の弱さか、強力な集団の利益への配慮によるものでしかないと考えている。

(次より抄訳)
Governments Never Give Up Power Voluntarily | Mises Wire [LINK]

2022-09-06

敵は共産主義だけではなく、あらゆる国家主義

経済学者・法哲学者、マレー・ロスバード
(1954年)

私たちが本当に戦わなければならないのは、共産主義だけでなく、あらゆる国家主義である。ある社会主義国に対して武器を取っても、社会主義を止めることはできない。むしろ社会主義を拡大させるに違いない。

真の戦いの場は、思想と理性の領域である。外国の国家主義に対して武器を取るだけでは、自分や他人を縛る鎖を締めつけるだけだ。明日ロシアと中国がともに消え去っても、人々が集団主義の教義を信じ続けるかぎり、共産主義は存在し続けるだろう。異端を力で押さえつけようとするのは、理性的な人間のやり方ではなく、子供の仕返しである。

しかし一部の保守派は、敵が単なる共産主義ではなく、国家主義であることを認識していない。その根本の理由は、国家の本質に対する理解がまだ不十分だからだ。

自由主義の基本命題によれば、国家が暴力を行使する権利を有するのは、個人の身体・財産を守るときだけである。

実際、リバタリアン(自由主義者)と保守派はともにこの命題に賛成だ。しかし多くの保守派は、そこでとどまってしまうという致命的な誤りを犯している。

ピーターは平和な市民であり、生産的な仕事に専念し、他人によけいな干渉をしない。国家と呼ばれる集団の中の誰かがピーターを訪ね、彼の身体・財産に将来起こるかもしれない侵害から守るため、金を出すように強制する権利があるだろうか。倫理的な答えは、「何の権利もない」としか言いようがない。

国家という暴力団は、金を取り立てた後も、侠気のあるヤクザと違い、犯罪現場から立ち去ろうとしない。それどころか、ピーターとその仲間に嫌がらせをし、絶えず高額の貢ぎ物を要求する。ライバルの強盗団(外国政府)が襲ってきたときにはピーターを国の軍隊に押し込める。ピーターに国家の軍旗に敬礼し、国家を統治者として認め、国家の命令をすべての正しい者が従うべき有効な法とみなすよう強要する。

国家という暴力団をどう思うか。支配者のプロパガンダに騙され、国家には何の問題もなく、自然で、必要だと信じる人々をどう思うか。国家という暴力団に騙されることに、人類は何千年にもわたり甘んじてきた。

民主主義国は違うと言う人がいるかもしれない。しかし民主主義は、単に国家集団の数を増やしただけである。問題はこうだ。略奪者になろうとする集団(政党)がいくつもあって、それぞれが利権を支配しようとする今の状況は、民主主義以前より良いのだろうか。答えは「ノー」だと思う。

民主主義の唯一の利点は、流血の革命やクーデターなしに、投票を通じて国家統治者を平和に交代させる機会を与えることである。強盗団は国家の戦利品をめぐって血生臭い内戦を行う代わりに、数年ごとにどの強盗団が国民を支配するかについて、国民自身に投票させる。しかし強盗団は決して、国家という体制そのものを維持するかどうかという選択について、その可能性をほのめかすことはない。

したがって、国家は防衛に必要な範囲に限定されるべきだと言う保守派は、最初から大きなジレンマに陥っている。なぜなら、国家は生まれつき原罪を負っているからだ。いかなる国家も、たとえ善意に満ちていても、強制によって存続している。

(次より抄訳)
The Real Aggressor | Mises Institute [LINK]

2022-09-05

資本主義を蝕む縁故経済

経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
(1932年)

今日、偉大な起業家はしばしば「経済リーダー」として引き合いに出される。だが資本主義社会には「経済リーダー」は存在しない。そこに社会主義と資本主義の異なる特徴がある。資本主義では、企業家と資本家は市場のリーダーシップ以外には従わない。

大企業の創業者を経済リーダーとみる習慣は、今日では、経済的成功によってではなく、むしろ他の手段によってその地位に達するのが普通であることを、すでにある程度示している。

介入主義国家では、消費者のニーズを最良かつ安価な方法で満たすように事業を運営することは、もはや企業の成功にとってきわめて重要ではない。支配的な政治勢力と「良い関係」を築くこと、政府の介入によって企業に不利益ではなく利益をもたらすほうがはるかに重要である。

企業の生産物に対するあとわずかの関税保護は、慎重な業務遂行よりも企業の助けになることがある。企業はうまく経営していても、関税率の取り決め、仲裁委員会での賃金交渉、カルテルの運営組織において自社の利益を守る方法を知らなければ、潰れてしまうだろう。上手に安く生産するよりも、「コネ(縁故)」を持つほうがはるかに重要なのだ。

その結果、企業のトップに立つのは、事業を組織化し、市場状況に応じた生産を指示する方法を知っている人ではなく、目上とも目下ともうまくやれる人物、マスコミや政党、とくに急進派とうまくやる方法を知っていて、その付き合いで不快感を与えない人になる。これが普通の役員と呼ばれる人々であり、商売の相手よりも、政府高官や党指導者との付き合いが多い。

企業の多くは政治上の便宜に頼っているので、経営者は政治家に見返りを払わなければならない。近年どの大企業も、明らかに採算が合わない取引で、損失が予想されるのに、政治上の理由でやめられず、多額の出費を強いられている。選挙資金や福祉施設など、ビジネス以外の分野への寄付は言うまでもない。

大銀行や大企業の取締役を株主から独立させようとする勢力が、強く主張するようになった。政治の後押しを受けた、この「大企業の社会化」、つまり株主利益の追求以外の利害に企業経営を委ねることは、国家主義の物書きたちによって、資本主義を打ち負かしたあかしとして歓迎されている。

国家の影響力と経済介入を支持する世論を背景に、今日の大企業トップは、自分は株主よりも強いと感じ、株主の利益を考慮する必要はないと考えている。国家主義が強く支配する国々、たとえば旧オーストリア・ハンガリー帝国の後身諸国では、社会事業の運営において、公共事業の責任者と同じように収益性には無頓着である。その結果は経営破綻だ。

喧伝される理論によれば、大規模な社会事業では、利益の追求だけでは経営が成り立たないという。この考えは、採算を度外視して事業を進めた結果、企業が破綻した場合には、きわめて好都合である。なぜならそのとき、同じ理論によって、大きすぎてつぶせない企業を支援するために、国家の介入を求めることができるからである。

社会主義や介入主義が、資本主義をまだ一掃できていないのは事実である。もしそうなれば、何世紀にもわたって繁栄してきた欧州は、再び大飢饉に直面するだろう。

(次より抄訳)
The Myth of the Failure of Capitalism | Mises Wire [LINK]

2022-09-02

小さな少数派が世界を自由に導くには

経済教育財団(FEE)コンテンツ・ディレクター、ダン・サンチェス
(2022年8月25日)

自由を好む人は、絶望したくなるかもしれない。どうしようもなく多勢に無勢だからだ。大衆は自由を好まないので、自由を廃止しようと躍起になっている支配者を支持したり、黙認したりする。

暴君から解放されるために、人々を自由に向かわせなければならない。しかし、大衆はあまりにも経済に無知だし、確たる道徳を持たず、政府のプロパガンダに騙されすぎる。無知で惑わされた大衆に、自由主義の政治哲学と自由市場の経済学を理解・納得してもらうのは、難しい注文のように思える。不可能ですらあるかもしれない。

幸いなことに、大衆に自由の哲学を受け入れさせるために、自由の哲学を習得させる必要はない。

重要な政治運動や大規模な社会変動の研究から明らかなのは、良いか悪いかにかかわらず、すべてごく少数の一派によって導かれていることだ。これら変化のいずれにも、大衆の理解が伴ったことは一度もない。

例えば、18世紀のアメリカ革命は、ジョン・ロックら自由の哲学を熱心に研究した建国の父たちのような、ごく少数の個人によって主導された。

産業革命をもたらした 19 世紀の自由主義的な経済改革も、アダム・スミスら自由主義経済学者を信奉するリチャード・コブデンやジョン・ブライトら、ごく少数の個人によって主導された。

18 世紀の平均的な米国人は、ジョン・ロックの著作『統治二論』に目を通したり、ロックの自然法哲学を理解したりしなかった。それでも、それを理解した人々の知的かつ道徳的なリーダーシップの下で、自分の権利を擁護し、暴政に反対した。

同様に、19 世紀の普通の英国人は、スミスの『国富論』を研究したり、「見えざる手」の意味を理解したりしなかった。それでも、それを理解した人々の知的かつ道徳的なリーダーシップの下で、とにかく自由貿易を支持し、重商主義政策に反対した。

自由から遠ざかる動きについても同じことが言える。 20 世紀の普通のロシア人は、マルクスの『資本論』を読んだり、労働価値説を理解したりしなかった。それでも、それを理解した人々の知的かつ道徳的なリーダーシップの下で、階級闘争を支持し、資本主義に反対した。

勝つために必要なのは過半数ではなく、人の心に火をつけようとする、怒りに満ちた、たゆまぬ少数派なのだ。

自由の運命は、二つの対立する少数派のどちらが多数派の心をつかむかにかかっている。それは大衆を哲学者や経済学者に変えるという問題ではない。世論に影響を与える集団のいずれが人々の尊敬と信頼を勝ち取り、影響力を獲得するかが問題だ。

影響力のある意見は、理解の深さ、信念の強さ、魅力的な説明をする力に基づく。リバタリアン(自由主義者)がこれらの美徳を明らかにするとき、自由は前進する。

大衆が自由を拒否し、専制政治を受け入れているとすれば、それは反自由主義の指導者が、上記の資質を達成し明示する点で、自由主義の指導者よりも優れていることを意味する。自由の伝統を引き継ぐ人々が、理解、献身、説明を改善するために必要な自己努力を怠っているのだ。

自由主義を公言する人々がそれぞれ自己改善に専念すれば、自然な副産物として、集団のリーダーになり、最後には社会全体のリーダーになる。真の模範に触発されて、社会を構成する個人は自己を改革し、自由に向かうだろう。その根底にある理論的な根拠を完全に理解していない人でさえも。

自由の哲学を深く理解している人々は、つねに数で圧倒されるだろう。しかし、それは絶望の言い訳にはならない。

(次より抄訳)
How a Tiny Minority Can Lead the World Toward Liberty - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-09-01

誰でもナチスになりうる

経済学者、ポール・フリッタース
同、ジジ・フォスター
ジャーナリスト、マイケル・ベイカー
(2022年6月21日)

この二年余り、世界は新型コロナ騒動に振り回されてきた。ほとんどあらゆる国の一般人がコロナの「物語」を受け入れ、独裁権力を握った男女に拍手喝采した。権力者は通常の人権と政治手続きを停止し、コロナによる死だけが重要であるかのように装い、学校・企業を閉鎖し、人々が生計を立てるのを妨げ、大量の貧困と飢餓を引き起こした。

第二次世界大戦後の芸術や科学で、ハンナ・アーレントの哲学、ミルグラムによる服従心理の実験、イヨネスコの不条理演劇「犀」など、優れた指摘が数多くあったにもかかわらず、西洋はナチス時代(1930-1945)の重要な教訓を学ぼうとせず、忘れてしまっている。ナチス時代について書く一流の知識人が重視したのは、誰でもナチスになりえたということである。

母親が自分を十分に愛してくれなかったからとか、人生の中で神を拒絶していたからとか、ドイツ文化に内在する何かによってナチスになったのではない。残酷な教訓は、この状況下では、ほとんどの人が同じことをしたであろうということだ。悪とは、一言でいえば、平凡なものである。

アーレントが指摘したように、最も献身的なナチスは「善人」であった。純粋に自分を善人だと考えていたドイツ人たちである。母親に愛され、地元の信仰に忠実で、税金を払い、ドイツのために死んだ先祖を持ち、愛情深い家族関係にある人たちである。そして、友人、家族、教会、メディアから、自分たちは正しいことをしているのだということを認められ、支えられていた。

ドイツ人がナチス時代の教訓を忘れてしまったのは、当時に関する情報が隠されたからではない。それどころか、ドイツの若い学童たちは、ほとんどつねに本を読み、ドキュメンタリーを見るよう強要されていた。ドイツ人が教訓を忘れたのは、自分たちが聞かされた行動が普通であるという考えに耐えられなくなったからだ。だから、ナチスの時代はまったく異常で、生まれつき人一倍悪人である者たちが指導し、支持したということにしてしまった。

この嘘は世代を超えて問題を引き起こした。家庭で若者が祖父母に対し、どうして現実を見なかったのか、どうしてナチスに従ったのか、どうしてナチスの政策に参加したのか、と問い詰めたのだ。このような詰問は、自分たちも同じことをしていたかもしれないという、過激で恐ろしい真実を受け入れようとしない者がするものだ。ドイツの若者は自分自身についてそのように考えたくなかったし、彼らの親もそのような重荷を負わせたくはなかった。自分の子供が雪のように純粋だと永遠に信じられることを望まない人はいない。

若いドイツ人が問うべきは、「自分も屈してしまうような圧力に直面しないために、今の社会の何を変えなければならないか」ということだ。この問いはとても難しく、とても不愉快なものだ。しかし祖父母を拒絶するより、思いやりのある対応である。祖父母を責め、祖父母の悪を非難し、祖父母を人間ではなく、ある種の怪物として見下しながら、大見得を切って高い倫理観を示すことのほうが、ずっと簡単で単純なことなのだ。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : We Can All Be Evil and the Germans Were Nothing Special [LINK]