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2023-12-14

一極世界が終わるとき~新興国と先進国、経済の明暗くっきり

「正式なメンバーとなることを強く希望する」。南米アルゼンチンのフェルナンデス大統領は6月24日、中国、ロシアなど新興5カ国(BRICS)にその他の新興国を加えた「BRICSプラス」のオンライン会合で、BRICSへの加盟を要望した。

アルゼンチンなど相次ぎBRICS加盟表明


フェルナンデス大統領は、BRICS加盟国が「すでに世界人口の42%を占めている」として、グループに「貢献したい」と述べた。


また同じ会合で、イランのライシ大統領は「イランはBRICSを主要な世界市場につなげるための安定したパートナーになることができる」と述べ、BRICS加盟の意思を表明した。

アルゼンチン、イランの相次ぐBRICS加盟表明には、前触れがあった。会合を主催した中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は前日の演説で、BRICSについて「閉鎖的なクラブでも、排外的な小グループでもない。互いに助け合う家族であり、良き協力パートナーだ」と強調。「新たな血を取り入れることが活力をもたらし、影響力を向上させる。志を同じくするパートナーを早期に加盟させるべきだ」と語っていた

BRICSプラスの会合にはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国のほか、アルゼンチン、アルジェリア、エジプト、インドネシア、イラン、カンボジア、カザフスタン、マレーシア、セネガル、タイ、ウズベキスタン、フィジー、エチオピアの代表が参加した。アルゼンチンやイランなど他の新興国がBRICSに加われば、世界経済における新興諸国の存在感が一段と高まるのは間違いない。

それに対し、米欧など先進国側は地位低下が著しい。

米欧では大幅な物価高の影響で、景気後退リスクが高まっている。物価高をもたらした「犯人」は、以前の連載でも述べたように、ロシアではない。ロシアの軍事行動前から物価上昇は始まっていた。物価高を招いたのは先進各国の中央銀行による野放図な金融緩和であり、それに頼って予算をばら撒いてきた政府だ。

言い換えれば、ロシアのプーチン大統領がBRICSプラス会合で述べたように、「主要7カ国(G7)の無責任なマクロ経済政策」が招いた自業自得である。そこへロシアに対する経済制裁の副作用でエネルギーや資源が不足し、事態はさらに悪化している。

「新G8」の経済規模、G7を24%上回る


プーチン大統領の側近、ウォロジン下院議長は6月11日、通信アプリ「テレグラム」でロシアに対し友好的な国からなる「新G8」を提唱したとして、注目された。

同議長は「米国、日本、ドイツ、英国、フランス、イタリア、カナダ(G7)の経済は、対ロシア制裁の圧力で崩壊し続けている」と指摘。一方で「制裁戦争に参加しない8カ国(中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコ、イラン)のグループは、1人あたり国内総生産(GDP)で旧グループ(G7)を24.4%上回っている」と分析し、これらの国々は「ロシアとの対話と互恵的な関係の発展を望んでいる」と述べた。

実際、国際通貨基金(IMF)のデータに照らして各国の実質GDP(2021年、購買力平価で修正した実質値)をみると、ウォロジン議長が挙げた新興8カ国(新G8)の合計値は約56兆ドルで、G7の約45兆ドルを24.4%上回っている。今後、先進国で物価高と景気後退が同時に進むスタグフレーションが現実となれば、経済規模の格差は一段と開きかねない。

新興諸国の存在感は、6月15〜18日にロシア政府などが北西部サンクトペテルブルクで開いた国際経済フォーラムでも鮮明だった。

日本の報道では、「欧米の参加ほとんどなく断絶鮮明に」などとおとしめる論調が目立った。たしかに参加国は127カ国と2021年の前回会合に比べ約1割減ったものの、ロシアが全世界から非難を浴びているような日頃のイメージからすれば、わずか1割の減少にとどまったのはむしろ驚きだろう。

ロシア政府系通信社スプートニクの記事によれば、フォーラムには1万4000人が参加し、5兆6000億ルーブル(970億ドル)相当の契約が結ばれた。サンクトペテルブルク市のベグロフ市長は「米国を含む西側諸国からの圧力」にもかかわらず、国際的なフォーラムが開催されたことを称賛した。

同17日に登壇したプーチン大統領は、ロシアと対立姿勢を深める米国を痛烈に批判する演説を行い、「一極世界の時代」の終わりを宣言した

同大統領は演説で「米国は冷戦に勝利したとき、自分たちは地上における神の代理人であり、何の責任も負わず国益のみを有する国民だと宣言した」と指摘。米国やその同盟国について「彼らは妄想にとらわれ、過去の中に自分たちだけで生きている。自分たちが勝ったのだから、あとは全て植民地、裏庭だと考えているのだ。そこに暮らす人々は二級市民だと」と批判した。

国民の血税でウクライナ支援続ける


プーチン氏の主張にどこまで同意するかはともかく、世界の中で米国の求心力が低下しているのは間違いない。米国の「裏庭」と呼ばれてきた中南米で、その傾向はとりわけ顕著だ。

6月8〜10日、米カリフォルニア州ロサンゼルスで米主催で開いた米州首脳会議では、メキシコなど中南米8か国の首脳がボイコットした。ホスト国の米国が「独裁者は招待されるべきではない」としてキューバ、ベネズエラ、ニカラグアの3カ国を招待しなかったことに反発したためだ。

南米コロンビアで6月19日行われた大統領選の決選投票では、左派のグスタボ・ペトロ氏が勝利した。2021年7月のペルー、22年3月のチリなど中南米では左派政権の成立が相次いでいる。コロンビアの政権交代で、地域のGDP上位6カ国(ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ペルー)のうち、トップのブラジル以外はすべて左派政権となることが決まった

ブラジルのジャーナリスト、ペペ・エスコバル氏は「BRICS、とくにその拡大版であるBRICSプラスは、真に安定したサプライチェーン(供給網)の構築や、資源・原料貿易の決済メカニズムで協力を深めるだろう」と指摘。「そうなれば、(米欧による経済制裁の)武器と化している米ドルや国際銀行間通信協会(SWIFT)に代わり、信頼できるBRICS決済システムへの道が開かれる」と予測する

独南部エルマウで開いていた主要7カ国首脳会議(G7サミット)は6月28日、首脳宣言を採択して閉幕した。ロシアへの制裁強化とウクライナへの支援拡大で合意し、途上国への食料の安定供給のため45億ドル(約6000億円)を追加拠出する。途上国・新興国への支援を打ち出すことで、ロシアへの経済制裁に理解を求めた形だ。

先進国の行動パターンは相変わらずだ。札束で頬を張るようなやり方で、途上国・新興国の信頼をどこまで得られるだろうか。ロシアとの戦争を終わらせようとするどころか、ウクライナに一方的に肩入れした支援で火に油を注ぎ続けている。

しかもそれら政策の原資は、インフレに苦しむ米欧日の国民の血税だ。このままだと、来年5月に広島で開く次回サミットのころには、先進国経済の衰えがさらにあらわになりかねない。=今回でシリーズを終わります。

*QUICK Money World(2022/7/1)に掲載。

2023-12-10

金高騰が告げる不換紙幣の終焉〜「現金はゴミ」と世界最大のヘッジファンド創業者

金の価格が高値圏で推移している。国際指標となるニューヨーク先物価格(取引の中心となっている8月物)は先週、一時1トロイオンス1870ドル程度と約1か月ぶりの高値まで上昇した。


NY金先物は2020年8月に2089ドルの史上最高値をつけた。21年は米長期金利の上昇を背景に一時1700ドルを割ったが、22年に入りロシアのウクライナ侵攻をきっかけに再び騰勢を強めた。3月には2000ドルを超え、史上最高値に迫った。

最近の値上がりは、経済指標の悪化を受けて米国の景気後退懸念が高まり、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ姿勢が揺らぎ始めたことが理由とされる。しかし根底には、現代の通貨制度が抱える根深い問題がある。

ダリオ氏「現金を手放しなさい」


「もちろん、現金は今もゴミです」。先々週、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に参加した世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏は、現地で米CNBCテレビのインタビューに対し、こう答えた

ダリオ氏が「今も」と言ったのは、同氏は2020年1月のダボス会議の際も、CNBCの取材に対し「現金はゴミ(cash is trash)」と発言しており、記者から今もその考えは変わらないかと尋ねられたからだ。

同氏は2年前のダボス会議の際、グローバルで分散されたポートフォリオを持つよう聴衆にアドバイスし、その一方で、現金に「飛びつく」ことを戒めた。そして「現金はゴミです。現金を手放しなさい。現金にはまだ多くの資金がとどまっている」と述べた。

ダリオ氏が「現金はゴミ」と切って捨てる最大の理由は、現金の価値である購買力(商品やサービスを購入することのできる能力)が失われることにある。今回のインタビューでも、記者に対し「(現金の)購買力が失われる速さをご存じですか」と問いかけた。

同氏は昨年11月に出版した著書『変化する世界秩序に対処する原則——国々はなぜ興亡するか(Principles for Dealing with the Changing World Order: Why Nations Succeed and Fail)』(未邦訳)で、通貨制度の歴史的な変遷を踏まえ、現金が価値を失う理由について説明している。

これまで数千年の間、通貨制度には三つの種類があった。第一は金貨や銀貨などの硬貨、第二は硬貨を裏付けとする兌換紙幣、第三は特に裏付けのない不換紙幣である。

硬貨は売り手と買い手が互いに知らない間柄や敵同士でも、取引に使えるという利点がある。一方で、大量に持ち歩くのが不便といった弱点があるため、硬貨を安全な場所に置き、それを裏付けとして紙幣を発行するようになる。これが兌換紙幣であり、発行主体はのちに銀行と呼ばれる。

兌換紙幣は当初、銀行に保管された硬貨に見合う量だけ発行されるが、やがてそれを上回る量が発行されるようになる。それによって銀行は貸し出しを増やし、金利収入を多く稼げるからだ。しかし紙幣の発行を増やしすぎると、銀行は人々が硬貨の引き出しを求めて殺到する「取り付け騒ぎ」に対応できず、破綻する。これが中央銀行であれば、破綻以外にもう一つの選択肢がある。硬貨の裏付けを断ち切ることだ。不換紙幣の誕生である。

不換紙幣によって硬貨の裏付けが不要になるから、中央銀行は取り付け騒ぎにおびえることなく、通貨(現金と貸し出し)を好きなだけ生み出せる。その結果、通貨の価値は低下する。つまり、購買力が失われる。ダリオ氏は「歴史が示すように、政府が私たちの財産を守ってくれると期待してはいけない」と指摘する。

主要通貨、約1世紀で97〜99%の価値失う


ダリオ氏は兌換紙幣から不換紙幣への移行が起こった最近の事例として、前回の記事でも触れた、ニクソン・ショックを挙げる。1971年8月15日、当時のニクソン米大統領が突然発表した、金とドルの交換停止だ。当時この発表を聴いたダリオ氏は、「米政府はデフォルト(債務不履行)を行い、それまで知られていたお金は存在しなくなった」と悟ったという。

ニクソン・ショックの後、1973年2月までに戦後の国際通貨体制であるブレトンウッズ体制はほぼ崩壊し、ドルは金の裏付けのない不換紙幣となった。1966年から1977年までの間だけで、世界の主要通貨は金に対して50〜80%程度、価値を失った(金価格が高騰した)。最近も金の値上がりと裏腹に、世界の通貨は価値が低下している。

長期では現金の価値毀損はもっと著しい。スイスの資産運用会社マッターホルン・アセットマネジメントの創業者エゴン・フォン・グリュイエール氏が最近の記事で示したグラフによれば、1900年から2020年までの1世紀余りで、世界の主要通貨は金に対してその価値を97〜99%失った。グラフには18世紀フランスの哲学者ボルテールが不換紙幣について述べた、「紙幣は最後には本来の価値、ゼロに戻る」という言葉が添えられている。ダリオ氏でなくても、「現金はゴミ」と言いたくなるだろう。

「ポートフォリオに一定量の金を」


現金が「ゴミ」だとすれば、財産を守るには何に投資すればいいのか。ダリオ氏の持論によれば、選択肢の一つは金だ。同氏は2019年7月、ソーシャルメディアのリンクトインで「お金の価値が低下し、国内外で紛争が激しくなるときにうまくいく、金のようなもの」が有望だと、まるで今日のウクライナ紛争を予見したような文章を書いている。2020年のダボス会議でも「ポートフォリオに一定量の金を持つ必要があると思う」と述べた。

今もその意見は変わっていない。先々週のダボス会議時のインタビューでは、金に直接言及はしなかったものの、暗号資産(仮想通貨)のビットコインを「デジタルゴールド」と呼んで高く評価し、金の代替品として分散投資の対象になりうるとの見方を示した。

一方、株式については「(現金よりも)もっとゴミ」と呼び、投資を避けるよう忠告した。

高値圏にある金は、投資対象として割高ではないのだろうか。必ずしもそうではないようだ。前出のグリュイエール氏の記事によれば、米国の通貨供給量で調整した金価格は現在、金価格の高騰が始まったニクソン・ショック当時の1971年とほぼ同じ低水準にあるという。

ダリオ氏が著書で述べた考えによれば、通貨制度は硬貨から兌換紙幣、不換紙幣へと変化した後、不換紙幣がハイパーインフレに見舞われ、再び硬貨に戻るという。もしその時期が近いとすれば、金は投資対象としてだけではなく、復権が見込まれる通貨としても需要が高まる可能性がある。

ブレトンウッズ体制の崩壊から約半世紀。金価格の高騰は、不換紙幣の終焉の兆しなのかもしれない。

*QUICK Money World(2022/6/9)に掲載。

2023-12-03

世界経済、ロシアを超える脅威が襲う日~巨額債務、西側先進国を蝕む

ロシアがウクライナで軍事行動に乗り出してから2カ月半。戦争に収束の兆しは見えない。むしろ米欧側の国内事情もあり、さらに長引く恐れがある。


バイデン米政権は6日、ウクライナに1億5000万ドル(約200億円)相当の追加の軍事支援を決めたと発表した。2月24日にロシアが侵攻して以来、米国が決めたウクライナへの軍事支援はこの発表分を含め38億ドルに達する。

同政権はさらに、2022会計年度(21年10月〜22年9月)に計330億ドルの追加予算を計上するよう議会に要請している。予算計上の時期からみて、少なくとも今秋まで戦争を続ける構えのようだ。

11月8日には米中間選挙を控える。政権支持率が40%台前半と過去最低水準に低迷し、投票に近いタイミングでそれなりの「戦果」を誇示したいという事情もある。

同じく対ロシアで強硬姿勢をとる英国も、ジョンソン首相が官邸でのパーティー開催問題や物価高騰で非難を浴びている。5日に投票が行われた統一地方選は、同首相率いる与党・保守党が敗北した。逆風が強まるなか、批判をそらすのに都合のいい戦争は、すぐに終わってほしくはないはずだ。

しかし米欧に日本などを加えた西側諸国が、ロシアの「弱体化」(オースティン米国防長官)という無理のある目標を掲げて戦争支援を続ければ、やがてロシアを上回る脅威に襲われるだろう。それは外敵ではない。各国を内側から蝕む巨額債務だ。

ロシア、「金本位制」復活の見方


ロシア大統領府は4月29日、通貨ルーブルと金やその他商品の交換比率を固定することを検討していると明らかにした。 ペスコフ大統領報道官が記者団との電話会見で「この問題をプーチン大統領と話し合っている」と表明した。ロイター通信が報じた

ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は記者会見で「いかなる形でも議論していない」と語っているものの、実現すれば、米国が1971年の「ニクソン・ショック」でドルと金の交換を停止して以来の金本位制復活となる。

金本位制とは、金を本来の通貨とする制度だ。中央銀行の発行する紙幣はいわば金との引換券で、一定量の金と交換(兌換)が約束されている。中央銀行は紙幣を大量に発行しすぎると、金との交換を次々に求められた場合、保有する金が底をついてしまう。米国が約半世紀前、金・ドルの交換停止に追い込まれたのは、まさにそれだった。

1960年代、米国は国内消費の増加に加え、東西冷戦を背景に新興独立国へ莫大な経済援助を行ったり、ベトナム戦争で軍事費が膨らんだりしたことなどから、国際収支が大幅な赤字となった。各国は獲得したドルを米中央銀行である連邦準備理事会(FRB)に提示し、金への兌換を請求したため、大量の金が海外に流出。ついに金の準備高が事実上底をつき、1971年8月、当時のニクソン米大統領が金・ドルの交換停止を緊急発表した。このニクソン・ショックで、金本位制は世界経済から姿を消した。

政府債務、「ニクソン・ショック」後に急膨張


金本位制の廃止によって、FRBは金の保有高に縛られず、ドルを自由に発行できるようになった。一見良いことのように思えるが、ひとつ問題があった。お金を自由に生み出せる「打ち出の小槌」を手にした人間は、節度のある使い方をすることが難しい。予算のばらまきが大好きな政治家なら、なおさらだ。ドルが大量に発行されるのと並行して、政府の借金が急膨張していく。

米連邦政府の総債務は1970年末に約4000億ドルだったが、今年1月末に初めて30兆ドル(約3450兆円)に達した。約半世紀で75倍に膨張している。約30兆ドルのうち、国債など連邦政府自身の債務が約23兆5000億ドル、社会保障基金などその他の公的機関の債務が約6兆5000億ドルとなっている。また、外国に対する債務は約7兆7000億ドルあり(2021年11月時点)、そのうち日本に対する債務が約1兆3000億ドルと最も多く、中国の約1兆1000億ドルが続く。

世界全体でも債務は膨らんでいる。とくにここ十数年は2008年のリーマン・ショックをきっかけとする世界金融危機、2020年からの新型コロナ感染症の流行に対し、各国政府が財政による対策に乗り出したため、公的債務の増大に弾みがついた。

国際通貨基金(IMF)によると、2020年に民間部門を含む世界の債務は第二次世界大戦以降、最大の年間増加額を記録し、債務残高は過去最高の226兆ドル(約2京5800兆円)に達した。対国内総生産(GDP)比は28ポイント上昇の256%となった。

債務増加額の約半分は政府が占め、残りは非金融企業と家計部門だ。公的債務は今や世界全体の40%を占め、ここ60年弱で最大となっている。世界の公的債務は対GDP比で過去最高の99%に跳ね上がった。

債務拡大はとくに先進国で顕著で、公的債務の対GDP比は2007年の約70%から、2020年には124%まで上昇した。中国を除き、新興国・途上国の割合は比較的小さい。

世界の債務は「危険水準」、IMFが警告


IMFは4月11日に公表した論評で、世界の債務負担が「危険な水準」に達したと警鐘を鳴らした。新型コロナ対策がいまだに多くの政府予算に重くのしかかるなか、ウクライナでの戦争を受けてリスクがさらに増したためだ。「負債の透明性を改善し、債務管理の政策および枠組みを強化するために、当局者による改革が急務」と呼びかけた。

しかし米欧は政府債務を削るどころか、ウクライナへの軍事支援に勢いづいている。日本は政府債務の対GDP比が235%と世界でも突出して高いにもかかわらず、2022年度予算は一般会計総額が約107兆円と10年連続で過去最大を更新した。さらに物価高騰対策として数兆円規模の国費を投じる予定だ。

これまで世界で巨額債務のリスクが金融危機やハイパーインフレなどの形で表面化しなかったのは、金利が低く抑えられていたからだ。しかし、その前提は崩れ始めている

ロシアの金本位制復帰が実現するかどうかはわからない。けれども半世紀前に金本位制を捨て、借金を野放図に積み上げてきた西側先進国が、遠からずそのツケを払わなければならないのは間違いない。

*QUICK Money World(2022/5/17)に掲載。

2023-11-19

物価高の犯人はロシアじゃない〜日米欧、マネー膨張で経済自壊の恐れ

西側先進国で物価が急上昇し、経済・社会に深刻な影響を及ぼしている。

米国では車社会に欠かせないガソリンの高騰が家計を脅かす。日本経済新聞によると、2022年に米国の家計が支払うガソリン代は前年に比べて1世帯あたり平均455ドル(約5万7000円)多い2945ドルになるという。


英国では4月から電気・ガス料金が平均5割上がったほか、食料品や衣類などあらゆる品目が値上がりして家計の購買力が目減りしている。所得が最低生活水準を下回る市民は数百万人増えるとの推計もある。

3月の消費者物価指数は、米国では伸び率が前年同月比8.5%となり、約40年ぶりの歴史的な高水準となった。英国でも同7.0%上昇し、30年ぶりの高い伸び率が続く。

日本は米欧ほど大幅ではないものの、生鮮食品を除く総合指数が前年同月を0.8%上回り、7か月連続で上昇した。総務省によると、通信料が携帯大手などの料金プランの値下げで大きく下落しており、この影響がなければ単純計算で2%を超える上昇になったという。今後、インフレが目に見える形で迫ってきそうだ。

インフレは「プーチン氏の責任」に疑問


インフレの「犯人」は誰なのか。米国のバイデン大統領によれば、それは今、世界一の悪者とされるあの人物しかいない。バイデン氏は12日、消費者物価が約40年ぶりの伸びになったことについて、「70%はプーチン(ロシア大統領)が引き起こしたガソリン価格上昇によるものだ」と述べた

ロシアのウクライナでの軍事行動が燃料などの価格を高騰させ、それが物価高を招いたという見方は、メディアでもよく見かける。しかし、この「ロシア犯人説」には疑問点がいくつかある。

まず、ロシア軍がウクライナに進駐する前から、物価は高騰していた。米国の消費者物価は3月まで7カ月連続で上昇している。ロシアが軍事行動を始めたのは2月24日だから、少なくともそれ以前の物価高の責任がプーチン氏にないのは明らかだ。

次に、軍事行動後も、ロシアが燃料の輸出を止めたのではなく、米欧側が経済制裁として輸入を止めたのである。バイデン大統領は3月8日、制裁の一環としてロシア産の原油、天然ガス、石炭の輸入を全面的に禁止する大統領令に署名している。

ロシアに対する経済制裁が、発動した側にも代償を強いることは、バイデン大統領自身、わかっている。同大統領は3月24日、ブリュッセルでの記者会見で、食糧不足が「現実化するだろう」と述べ、「制裁の代償はロシアだけに科されているわけではなく、欧州諸国や米国を含む極めて多くの国も科されている」と指摘した

最後に、燃料や食料の購入に使うお金が増えると、単純に考えれば、その分だけ他の商品・サービスが買われなくなって値下がりし、物価全体では変化がないはずだ。ところが実際には物価は全体で上昇している。

「真犯人」は中央銀行、貨幣数量説は生きていた


物価全体が上昇する場合、その原因は一つしかない。社会に出回る貨幣(お金)の量が増えることだ。そして現代の経済において、お金の量を増やせる主体は一つしかない。中央銀行だ。

米経済評論家ピーター・シフ氏は4月13日、米物価高の「真犯人」についてツイッターへの投稿でこう述べた。「プーチンとは関係ない。人々が食料とエネルギーに使うお金を増やせば、他の商品に使うお金は減り、それらの値段は下がるはずだ。Fed(米連邦準備理事会=FRB)がやったんだ!」

物価上昇の原因は貨幣量の増大であり、それ以外にはない。貨幣量の変動が物価水準の変化をもたらすというこの見解を「貨幣数量説」と呼び、その起源は18世紀英国の哲学者デビッド・ヒュームにまでさかのぼる。現代の理論家として有名なのはノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏で、「インフレはいつでもどこでも貨幣的な現象である」と喝破した。

2008年のリーマン・ショック後、先進国の中央銀行がお金の供給量を急激に増やしたにもかかわらず、消費者物価は比較的落ち着いていた。このため「貨幣数量説はもはや成り立たない」とも指摘された。しかし、そう決めつけるのは早計だ。

なぜならお金の量が増えても、生産される商品・サービスの量がそれ以上に増えれば、物価は上がらないからだ。近年、先進国では生産性の向上やグローバル化の恩恵によって商品・サービスが豊かに供給されてきた。これが物価の上昇を抑えてきたとみられる。

また、お金が流れ込み、値上がりしても、物価指数に反映されないものがある。不動産や株式などの資産価格だ。各国の金融緩和政策を背景に、資産価格は高騰してきた。それは物価指数の算出対象には含まれないため、物価指数は上昇せず、見せかけの「低インフレ」を演出する結果となった。

お金が資産よりも一般の商品・サービスに多く流れるようになれば、資産価格は下落に転じ、物価は上昇する。最近の株式相場の不安定な動きと消費者物価の高騰は、そうした大きな潮目の変化を示しているかもしれない。貨幣数量説は生きていた。

米欧日のインフレの犯人はロシアではなく、自国の中央銀行による金融緩和であり、それに頼る政府だ。そうだとすれば、インフレをなくすために必要なのは、ウクライナ紛争でロシア軍を倒すことではなく、マネーの膨張に歯止めをかけることのはずだ。しかし、実際にはどうだろう。

米国は金融緩和からの脱却にかじを切ろうとしている。パウエルFRB議長は21日の討論会で、5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で通常の2倍の0.5%の利上げを示唆し、その後も「速いペースで動くのが適切」と述べた。それでもリーマン・ショック以来膨張が続き、新型コロナウイルス感染症対策でさらに天文学的な規模に膨らんだお金の量は、まだまったく減っていない。

バイデン大統領は同日、ウクライナに対する8億ドル(約1030億円)の新たな軍事支援や5億ドルの財政支援を表明しており、米財政の肥大に歯止めがかかる気配はない。これではFRBも、国債利払いの増加につながる利上げを進めるには限度があるだろう。

インフレ抑制、立ち遅れる日本


英国やユーロ圏も金融緩和の終了に動いているものの、ウクライナ紛争が長引くなか、ガス調達が不安定になれば企業の生産活動が中断され、景気後退に陥る恐れを否定できない。利上げに待ったがかかる可能性もある。

日本はインフレ抑制で立ち遅れている。日米金利差の拡大を背景に円相場が1ドル=130円目前と20年ぶりの円安水準に下落しているにもかかわらず、金融緩和政策をかたくなに変えようとしない。

政府・与党も財政支出を減らすどころか、逆にさらに増やそうとしている。自民・公明両党は先週、物価高対策の補助金や給付金の財源確保へ補正予算案を編成し、今の国会に提出するよう政府に求めることで合意した。補助金や給付金でお金の量を増やせば、物価高に拍車をかけるばかりだ。

インフレの責任をロシアに押しつけ、自らの責任から目をそらし続ける限り、適切な対応をとることはできない。このままいけば、たとえ支援するウクライナがロシアに戦争で勝っても、米欧日は経済が自壊しかねない。

*QUICK Money World(2022/4/28)に掲載。

2023-11-07

揺らぐかドル支配〜ルーブル、「金本位制」で存在感増す

米欧日諸国がロシアに対し新たな経済制裁に乗り出した。バイデン米政権は6日、ロシアへの新たな経済制裁を発表した。ロシア最大手銀行やプーチン大統領の娘2人の資産を凍結する。欧州連合(EU)加盟国は7日、ロシア産石炭の輸入停止などを含む制裁案を承認した。日本の岸田文雄首相も8日、資産凍結の拡大やロシア産石炭の輸入の禁止、在日ロシア大使館の外交官らの国外追放を表明した。


追加制裁のきっかけは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊で多くの市民が殺害されているのが見つかったことだ。米欧側はロシア軍による組織的な残虐行為だと強く非難した。ロシア側はねつ造だと反論し、公正な調査を求めたものの聞き入れられなかった。

米欧日の政府や大手メディアはロシア批判一色だ。しかし7日に国連総会の緊急特別会合で実施された、人権理事会におけるロシアのメンバー資格を停止する決議からは、違った風景が見えてくる。米欧が主導した決議案は93カ国の賛成で採択されたものの、一方で反対は24カ国、棄権は58カ国もあり、無投票が18カ国あった。

ロシアのウクライナ侵攻後、国連総会はロシア非難決議とウクライナ人道支援決議をそれぞれ141カ国、140カ国の賛成多数で採択。今回は採択に必要な投票国の3分の2以上の賛成を確保したものの票数は100を割った。東京新聞が報じるように日本や米欧などが賛成したが、ブラジルやメキシコなどは過去2回の賛成から棄権に回り、棄権数は人道決議の際の38から20増加した。反対は過去2回は5カ国だけだったが、中国やキューバなども加わり5倍近くになった。

前回指摘した、新興国に対する米欧日の相対的な地位の低下があらためて浮き彫りになった。政治面の変化と同時に、経済面でも見逃せない変化が起こっている。経済制裁をきっかけとした、通貨の地位をめぐる変化だ。

金はドルに代わる「理想の選択肢」


ロシア下院でエネルギー委員長を務めるパベル・ザバルヌイ氏は3月24日の記者会見で、米欧などの非友好国に天然ガスを販売する場合の代金支払い手段について、ロシアの通貨ルーブルか「ハードカレンシー(国際通貨)」を挙げた。同氏の言うハードカレンシーとは米ドルではない。「それは我々にとっては金(きん)だ」とザバルヌイ氏は述べた。一方、ロシアはドルに興味がないと言い、「この通貨(ドル)は我々にとってキャンディの包み紙になる」と語った

ロシアは経済制裁によって国外に持つドルやユーロの資産が凍結され、代金をドルで受け取っても自由にならない。プーチン大統領は3月31日、代金受け取りをルーブルに限定すると定めた大統領令に署名している。ザバルヌイ氏の発言で注目されるのは、金への言及だ。

じつは最近、ロシアは金を事実上の通貨として利用する環境を整えている。3月9日、プーチン大統領は貴金属に対する20%の付加価値税(VAT)を撤廃した。国がドルなどに代わる外貨準備として必要としている、貴金属への投資を人々に奨励するためだ。シルアノフ財務相は声明で「地政学的状況が不安定な中、金への投資はドルを買い上げる代わりに理想的な選択肢となる」と述べた。

ロシアは以前から金を積極的に購入してきたことで知られる。ロシア中央銀行は2015年3月以降、新型コロナウイルス感染症の流行で中断するまで毎月金を買っており、中央銀行としては金の最大の買い手だった。ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、昨年末時点で保有する金は約2300トンで、世界第5位。今年3月に購入を再開し、3月28日には地元銀行から1グラムあたり5000ルーブル(約52ドル)の固定価格で買い付けた。事実上、ルーブルと金を一定の交換比率で結びつけた金本位制といえる。

ロシアは天然ガスの輸出代金をルーブルで受け取る方針だが、ルーブルは金と連動するから、ザバルヌイ氏が語ったように、代金を直接金で受け取るようになるかもしれない。天然ガスに限らず、石油など他の資源や商品でも同様のことが起こる可能性がある。

不換紙幣からの「パラダイムシフト」


「これは新たなパラダイムシフト(価値観の劇的変化)になる」と金融ブログ、ゼロヘッジは書く。1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を廃止して以来、世界の通貨は金など実物資産の裏付けのない不換紙幣の時代が続いてきた。

金が決済手段として利用されれば、金と結びついたルーブルも国際通貨として存在感を増すだろう。文字どおりのハードカレンシー(硬いお金)だ。

察知した米欧側は対応を急ぐ。先進7カ国(G7)と欧州連合(EU)は3月24日、ロシアへの経済制裁として、ロシア中央銀行が保有する金準備に関連した取引を禁止すると表明した。

しかし米欧によるロシアの金の封じ込めは、事実上不可能だろう。地金の身元、国籍、出所を追跡することはできないからだ。国際銀行間通信協会(SWIFT)やその他の銀行システムからも完全に独立している。ジャーナリストのブレット・アレンズ氏は経済情報サイト、マーケットウォッチでこう述べる。「米国のイーグル金貨や南アフリカのクルーガーランド金貨は、溶かして延べ棒にすることができる。これも金には変わりない。そして買い手は必ずいる」

アレンズ氏によれば、多くの国々は、米国が基軸通貨を独占して世界の金融システムを支配することを快く思っていない。中国やインドがロシアに金本位制で追随すれば、長く続いたドル支配に転機が訪れるかもしれない。

ドルに代わって存在感を強めるのはルーブルだけではない。サウジアラビアと中国は人民元建ての石油売買を交渉している。石油取引は米ドル建てが支配的で、実現すればドルの影響力が低下し、人民元の存在感が増す可能性がある。

国際通貨システム、多極化が加速へ


専門家からも同様の意見が聞かれる。国際通貨基金(IMF)の第一副専務理事であるギタ・ゴピナス氏は3月31日付フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューに答え、ロシアに対する前例のない金融制裁はドルの支配力を徐々に弱め、国際通貨システムをより分断する恐れがあると警告した

また、3月28日付同紙は「ウクライナ戦争はドル支配のひそかな衰退を加速させる」と題する米経済学者バリー・アイケングリーン氏の寄稿を掲載した。それによると、世界の外貨準備に占めるドルの割合は20年前から低下傾向にあり、2000年末には70%強だったが、2021年第3四半期には59%にとどまっている。多くの中央銀行がドルからの分散を図ろうとしてきた結果だ。

しかも2016年にIFMの特別引き出し権(SDR)に加えられた人民元へのシフトは、わずか4分の1にすぎない。4分の3はカナダ、オーストラリア、スウェーデン、韓国、シンガポールといった経済規模の小さい国の通貨にシフトしている。電子取引プラットフォームや自動マーケットメイクといった新技術の発達で取引コストが低下した効果という。

こうした国際通貨システムの多極化は、ロシアへの経済制裁を機に加速しそうだとアイケングリーン氏は述べる。通貨を多様化しておけば、米欧からドルやユーロの資産を凍結されても保険として役立つからだ。

ドルの力を利用した強気な経済制裁の余波でドル支配そのものが揺らいでいるとしたら、米国や世界の経済への影響は無視できない。ウクライナ紛争が早期に停戦しなければ、そのツケは金融市場で表面化するだろう。

*QUICK Money World(2022/4/13)に掲載。

2023-10-30

「ロシアの孤立」は本当か〜世界経済、新興国の存在感鮮明に

ロシアのウクライナ侵攻から1カ月以上が過ぎ、米欧日諸国では「ロシアは孤立に追い込まれている」との見方が広がっている。北大西洋条約機構(NATO)と先進7カ国(G7)が24日にブリュッセルで開いた緊急首脳会議も、すべての国に対し、ロシアによる経済制裁逃れを助けるいかなる行動も控えるよう求め、ロシア孤立の印象を強めた。


米欧日などによる制裁が、ロシアの経済や体制に悪影響を与えることは間違いないだろう。しかしロシアが世界で本当に孤立しているかどうかは、冷静に見極める必要がある。ニュースでは、ロシアに正義の裁きを下す米主導のキャンペーンをめぐり、「国際社会」が団結しているように見える。しかし現実の世界では、状況は少し違っているようだ。

米紙ワシントン・ポストによれば、発展途上国の多くはプーチン大統領によるウクライナの主権侵害に不安を抱いているものの、インド、ブラジル、南アフリカといった「南」の大国は、中国がロシア寄りの姿勢をとっているのをにらみ、保険をかけている。NATO加盟国のトルコでさえ、管理権限を持つボスポラス海峡とダーダネルス海峡について、ロシア軍だけでなく、すべての軍艦に対して閉鎖する方向で動くなど、米欧とは距離を置く。

「西側諸国の傍観者が中東やアフリカの紛争に無関心なように、新興国の市民には、自分たちはウクライナでの戦争に無関係で、やむを得ない国益のためにロシアを疎外できないと考える人もいる」と同紙は指摘する。むしろ西側諸国では「全世界がロシアに対抗して団結している」という報道の洪水にかき消されて、現実がわかりにくくなっているかもしれない。

「ロシア非難せず」が世界人口の半分強


ロシア孤立の印象が広まったのは、報道だけが原因ではない。国連での議論も影響している。3月初め、国連総会の緊急特別会合で、ロシアを非難し、軍の即時撤退などを求める決議案が賛成多数で採択された。決議案には欧米や日本など合わせて141カ国が賛成し、反対はロシアを含むわずか5カ国だったことから、あたかも事実上、全世界がロシアを非難しているかのように受け止められた。

しかし加盟国全体の反応を詳しくみると、そう単純ではない。棄権した国が35カ国もある。これには中国、インド、南アフリカなどの大国が含まれる。

旧ソ連諸国の多くはロシアを非難する投票を行わず、南アジアのすべての大国(パキスタン、インド、バングラデシュ)も同様だ。アフリカはほぼ3分の1にあたる17カ国が棄権した。イラクは米国が20年の歳月と数兆ドルを費やして親密国にしようとした国だが、同じく棄権した。

米シンクタンク、ミーゼス研究所によると、棄権した35カ国の人口を合わせると39億人に達する。反対した5カ国(ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア)を加えると、さらに2億人が上乗せされて41億人となり、ロシアのウクライナ侵攻を非難しない国は、世界人口(77億人)の53%と半分強を占める。

もちろんこの数字は、あくまで一つの目安にすぎない。それでも、ロシアが世界で孤立に追い込まれているという先入観を見直す材料にはなるだろう。アフリカやユーラシアに広がる棄権した国々の経済圏は、決して無視できる規模ではない。

また、国連決議で米国などのロシア非難に賛同した国の中にも、米国主導の経済制裁には乗り気でない国がある。たとえばメキシコは、米国に追随して制裁を行うつもりはないと明言している。アルゼンチンも制裁に抵抗し、制裁は和平プロセスに反すると表明している。ブラジル、チリ、ウルグアイを含め、南米諸国は米国の制裁要求に同調していない。

アフリカ諸国もロシア制裁には慎重だ。これは一部の国とロシアとの軍事的な関係や、何世紀にもわたる欧州の帝国主義や植民地化に対する根強い反発が背景にあるかもしれない。

新興国は経済制裁に慎重


これを経済規模で分析すると、興味深い事実が浮かび上がる。

制裁に抵抗する国のうち、中国、インド、メキシコ、ロシア、ブラジルの5カ国だけで、世界の国内総生産(GDP)の3分の1を占める。これは米国と欧州連合(EU)の合計に匹敵する。

欧米以外の新興国が世界経済に占める規模は、以前は小さかった。たとえば1990年当時、米国とEUは40%以上を占め、中国、インド、メキシコ、ロシア、ブラジルの合計はわずか18%だった。しかしこの30年で状況は変わり、今では両陣営は対等になっている。

つまり、人口のみならず経済規模の面からも、ウクライナ紛争をめぐる世界各国の勢力は二分されている。「国際社会」がロシア非難で一致団結しているという主張は、明らかに言い過ぎであり、冷静な判断を狂わせる幻想と言っていいだろう。

経済の観点から重要なのは、ロシア非難と制裁をめぐって世界を二分する両勢力のうち、反対・慎重派の多い新興国は、今後も高い経済成長が見込まれる点だ。経済規模で米欧を抜き去る日も遠くないかもしれない。

一方、賛成派の西側先進国は、経済規模こそまだ大きいものの、成長は鈍化している。また、国によってばらつきはあり、対立陣営の中国なども無縁ではないが、積み上がった多額の政府債務も懸念要因だ。とくに最近、ロシアへの経済制裁をきっかけにエネルギーや穀物の価格が高騰し、金利への上昇圧力となっている。国債価格の急落などで政府債務の抱えるリスクは一気に表面化する恐れがある。

米欧日、制裁で経済活力そがれる恐れ


皮肉なことに、経済制裁の打撃は標的のロシアだけでなく、発動した西側自身をブーメランのように襲い、食糧危機など深刻な影響を及ぼしかねない。バイデン米大統領は24日、ブリュッセルで開いた記者会見で、「食糧不足は現実になりそうだ」と認め、「制裁の代償はロシアだけに課されるものではない。欧州諸国や米国を含め、多くの国に課される」と述べた。

制裁は経済の自由も奪っていく。林芳正外相は27日のNHK番組で、「制裁をくぐり抜ける動きに対し、どう穴をふさぐかも、これからの課題だ」と述べた。「穴をふさぐ」とは貿易などに対する規制の強化を意味する。制裁が長引くほど、日本自身の経済活力がそがれることになるだろう。

米欧日がロシア制裁によって自分の首を絞めるようだと、存在感を増す新興国に経済成長でさらに水をあけられる可能性がある。衰退の危機に直面するのは、ロシアなのか、それとも米欧日なのか。世界経済の構造変化をしっかり見定める必要がある。

*QUICK Money World(2022/3/30)に掲載。

2023-10-24

経済制裁は大恐慌の引き金か?〜世界経済、縮小のリスク

ウクライナ侵攻に乗り出したロシアに対し、米欧日各国が相次いで経済制裁を発動している。ロシアの銀行の取引制限や政権幹部らの個人資産の凍結などに続き、今月11日には国際通貨基金(IMF)や世界銀行など国際機関による融資の阻止、ロシアへのエネルギー依存の低減など、新たな制裁を打ち出した。


これに対しロシアは米欧日などを対象に通信機器、医療機器や自動車など200品目以上の輸出を禁止し、国外撤退する外資系企業の資産を押収する検討に入るなど、対抗に乗り出している。

株安、商品高…世界経済、制裁応酬で混迷深める


制裁の応酬を受け、 世界経済はにわかに混迷を深めてきた。各国で株価が大幅安となり、国際商品市場で主要品目の4割が過去最高値圏に入った。国際商品市場でロシアの生産シェアが大きい天然ガス、小麦、パラジウムなどだけでなく、シェアの高くない品目にも値上がりが波及している。

経済制裁はロシアを世界経済から孤立させ、圧力を強めて譲歩を引き出す狙いがあるという。しかしその効果が現れる前に、世界経済に深刻な影響を及ぼさないか心配だ。

とくに気になるのは追加制裁として打ち出された、最恵国待遇の取り消しだ。米国はほとんどの国に適用している最恵国待遇からロシアを外す。現在外れているのは北朝鮮とキューバだけ。最恵国待遇から外れれば、低い関税を維持できなくなる。

米国がロシアから輸入する商品や原材料には現在、多くの国と同じく平均で3%程度の関税がかかっているが、低関税措置の対象から外れれば、平均で30%超に跳ね上がる見通しだ。米政府によると、主要7カ国(G7)と欧州連合(EU)も同様の措置を検討する。また米国は、ロシア産のダイヤモンドやウォッカ、魚介類の輸入も禁止する。

経済制裁の背景にあるのは、ロシアからの輸入を制限すれば、ロシアは輸出による収入が減って経済が弱体化するという考えだ。それは一面では正しい。しかし貿易は一方だけではなく、双方向で行うものだ。輸入を制限すれば、その影響はロシア側だけでなく、自国側にも及ぶ。

ロシアからの輸入品が関税引き上げの影響で値上がりすれば、そのコストを負担するのは米国など輸入国の消費者だ。輸入が完全に禁止されれば、ロシア製品を欲しい消費者は入手できず不便を強いられるか、違法な闇取引などによって通常より高い値段で手に入れるだろう。

一方、ロシアが輸出の減少で収入が減れば、その分、外国製品を輸入できるお金が少なくなる。その結果、互いに貿易が縮小する。今はロシアとベラルーシだけが制裁の対象だが、ロシアと親密とみられる他国に対しても貿易の制限が広がるようだと、世界貿易の大幅な縮小につながりかねない。

米関税引き上げ、自国経済にも打撃


そうした最悪のケースとして頭に浮かぶのは、2度の世界大戦の間に世界を襲った大恐慌だ。

1929年10月のニューヨーク株式相場暴落をきっかけに、米経済は不況に突入した。これが海外に波及し、世界恐慌となった一因は、米国が実施した大幅な関税引き上げだった。

1930年6月、米国はスムート・ホーリー関税法を成立させ、2万5000品目にも及ぶ品目で関税を引き上げた。関税は平均59%まで引き上げられ、米国史上最高となった。農産物の輸入を抑え、第一次世界大戦終結以来、不況に苦しむ農家の収入を支えるのが狙いだった。

各国は米国に対抗し、相次ぎ報復として関税引き上げに踏み切った。これにより世界貿易は急速に収縮に向かう。

米経済学者チャールズ・キンドルバーガーの著書『大不況下の世界』(岩波書店)によると、スペインはブドウ、オレンジ、コルク、玉ネギに対する米国の関税に対抗し、関税を引き上げた。スイスは時計、刺繍品、靴の関税引き上げに反対し、米輸出品の不買運動を実施した。カナダは多くの食料品と丸太・木材の関税に反発し、3回にわたって関税を引き上げた。イタリアは麦わらの帽子・ボンネット、フェルト帽、オリーブ油の関税に反対し、米国およびフランス製自動車に対し報復措置をとった。キューバ、メキシコ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドも新しい関税を制定した。

このうちスイスでは、米国の関税引き上げの標的となった時計産業に人口の1割が従事していたとあって、国民の間に強い反発を招いた。同国のある新聞は、社説でこう呼びかけた。「すべての産業人、職人、商人、消費者は、事務所、工場、作業場、修理工場、店舗、家庭からあらゆる米国製品を締め出すべし」

関税引き上げは、米国自身の産業にとっても打撃となった。工業生産に必要な原材料や部材の購入コストが高くなったためである。たとえばタングステンに対する関税で鉄鋼産業が苦しくなった。亜麻仁油への関税で塗料産業が打撃を受けた。

ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターは世界首位を争う自動車メーカーだったが、スムート・ホーリー関税法により、800を超す部材で関税が引き上げられた。つまり米国の自動車メーカーは二重の打撃をこうむることになった。まず、欧州諸国が米国製品に報復関税を実施したため、販売台数が減った。次に、必要な部材の購入に対し、より高い金額を払わなければならなくなった。米国の自動車販売台数は1929年の5300万台から1932年に1800万台まで落ち込んだ。

報復にさらされ、米国の輸出額は関税引き上げ前の1929年の70億ドルから32年には25億ドルに落ち込んだ。苦しんだのは工業ばかりではない。皮肉なことに、スムート・ホーリー関税法制定を熱心に働きかけた農家も打撃を受けた。米国農産物の輸出額は1929年に18億ドルあったが、4年後には5億9000万ドルに減少した。

貿易は世界全体で収縮した。キンドルバーガーによると、世界75カ国の月間総輸入額は、1929年1月には約30億ドルあったが、33年3月には約11億ドルと、ほぼ3分の1に激減した。

歴史の教訓:経済制裁の負の側面に注意を


米国の大幅な関税引き上げをきっかけに世界経済は急速に縮小し、大恐慌に陥った。その結果、失業や貧困に苦しむ国民の不満を背景に軍国主義が台頭し、第二次世界大戦を招いていく。政府による貿易の阻害がもたらす悪影響の大きさを如実に物語る出来事だ。

スムート・ホーリー関税法に比べれば、今回の対ロ最恵国待遇取り消しの規模は小さく、影響を過大に見積もってはならないだろう。一方で、今回は関税以外にも金融やエネルギーなどさまざまな制裁が発動され、及ぼす影響は未知数だ。

侵攻を止めるための経済制裁が引き金となって世界経済に深刻な影響を広げ、平和の基礎を揺るがせてしまっては元も子もない。貿易立国の日本にとって影響は一段と大きい。米欧に安易に追随するのでなく、制裁の負の側面に注意を払っていきたい。

*QUICK Money World(2022/3/16)に掲載。 

2023-10-21

信用創造の落とし穴〜お金の量は多ければいいわけじゃない

教科書に載っている主流経済学は、必ずしもすべてが正しいとは限らない。経済学は物理学など自然科学と異なり、学派ごとの意見の対立が大きく、決着のついていない問題が少なくないからだ。


教科書の経済学を絶対視する危うさ:大学共通テストの出題から考える


ところが主流経済学をかじっただけの人は、それがすべてだと思い込み、絶対の真理であるかのように主張する。危うい議論だと言わざるをえない。

その一例が今年1月、大学入学共通テストの出題で「信用創造」が話題になった際の反応だ。

信用創造(預金創造とも呼ばれる)は、これまで伝統的な解説では、「銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として最初に受け入れた預金額の何倍もの預金通貨(当座預金など現金に非常に近い機能を備えた預金)を作り出すこと」と説明されてきた。

たとえば、最初にAさんがa銀行に100万円を預金すると、a銀行は1万円を支払い準備として手元に残し、99万円をBさんに貸し出す。Bさんがその99万円をb銀行に預けると、b銀行は1万円を手元に残して98万円をCさんに貸し出す。Cさんが98万円をc銀行に預け…と預金と貸し出しが繰り返され、預金通貨の量は「100万円+99万円+98万円…」と膨らんでいく。

この伝統的な説明は、直感的にはわかりやすいものの、「銀行は預金を元手に貸し出しを行う」という誤った理解を招くとされる。

実際には、銀行は預金を元手に貸し出しを行うのではない。融資の申し込みをした人の口座に融資額と同額のお金(融資代わり金)を入金することで貸し付けを実施する。つまり、貸し出しが行われると、その結果として同額の預金が生じるというのが実際の流れとなる。

共通テストの「政治・経済」の出題には、「個人や一般企業が銀行から借り入れると、市中銀行は『新規の貸出』に対応した『新規の預金』を設定し、借り手の預金が増加する」という記述があった。これは上智大学准教授の中里透氏がSYNODOSの記事で指摘するように、伝統的な説明から生じがちな誤解を補正するという意味で「画期的」といえる。

共通テストのこの「画期的」な出題を見て、とりわけ喜んだ人々がいる。現代貨幣理論(MMT)の信奉者をはじめとする、積極財政を支持する人たちだ。

信用創造の伝統的な説明では、「銀行は預金という元手がなければ貸し出しを増やせない」と誤解されがちだった。だが共通テストも公認した新たな説明によって、銀行は預金がなくても貸し出しを増やせることが明確になった。そうだとすれば、銀行は政府に対しても貸し出しを自由に増やすことができるし、政府はその借り入れで財政支出を増やすことができる――。積極財政派はこう考え、喜んだ。

しかし、ここで注意が必要だ。「銀行は無からお金を創造する」という目新しく見える説明も、じつは以前から標準的な理論として認められていた。内生的貨幣供給理論と呼ばれる。

伝統的な説明は「銀行は預金残高を超えるお金を作り出す」と言い、新手の説明は「銀行は無からお金を作り出す」と述べる違いはあるものの、どちらも「銀行は預金量に縛られずお金を作り出す」と説く点では共通しており、主流経済学の枠組みに収まっている。

その主流経済学の根底には、ある価値観が横たわっている。それは、銀行が預金量に縛られずお金をどんどん作り出すことは経済の進歩であり、社会に役立つという考えだ。一言でいえば、「お金は多ければ多いほど良い」というわけだ。

共通テストに登場した「銀行は無からお金を作り出す」という考えは、「銀行は預金残高を超えるお金を作り出す」という伝統的な説明と対立しない。「お金は多ければ多いほど良い」という価値観に都合の良い信用創造の仕組みを、より露骨な形で表現したにすぎない。

だからこそ、主流経済学しか知らない人々は「お金は多ければ多いほど良い」という信念に太鼓判を押された気になり、喝采したのだ。

MMTの問題点:お金を際限なく生み出すリスクとは


けれども、ここで立ち止まって考えてみよう。お金とは本当に「多ければ多いほど良い」ものだろうか。民間銀行や中央銀行がお金を多く作り出せば作り出すほど、政府は借り入れを増やし、支出を増やすことができる。積極財政派はそれを歓迎する。しかし、それは経済にとって本当に有益なことだろうか。

そもそも財政支出は無駄が多いと言われる。だが主流経済学によれば、不況の際は民間に代わって政府が支出を増やすことが正しいとされるから、ここでは政府の無駄遣いには立ち入らないことにしよう。それでもお金を際限なく生み出すことには、大きな問題をはらむ。

貸し出しには貸し倒れのリスクが伴う。融資先企業が破綻し、貸出金の回収ができないような場合には、資本金など返す必要のない資金(自己資本)を取り崩す必要が出てくる。しかし貸出金があまりにも多額だと、自己資本を取り崩しても追いつかず、銀行もつぶれてしまう。だからいくら預金を自由に増やせるといっても、貸し倒れのリスクを考えれば、おのずから限度がある。逆にいえば、貸し倒れリスクを無視して貸し出しを増やせば、金融経済は潜在的に不安定になる。

その不安定さが一気に顕在化するのが、いわゆる「取り付け騒ぎ」だ。銀行がつぶれるかもしれないという噂が流れただけで、預金者が預金を引き出そうと殺到する。銀行の手元にあるお金は預金量に比べればわずかだから、対応できず破綻する。「つぶれるかもしれない」という噂が現実になる瞬間だ。

一方、政府に対する貸し出しには貸倒リスクはない。政府は中央銀行を通じてお金を自由に発行し、国債の返済に充てることができるからだ。けれども、国債を際限なく発行し続ければ、いずれは供給過多により国債相場の下落(長期金利の上昇)を招く。これは銀行の保有する国債に評価損をもたらし、銀行経営を揺るがしかねない。取り付け騒ぎに発展する恐れもあるだろう。つまり政府に対する貸し出しの過剰な増加も、民間向けと同じく、経済を不安定化させるリスクをはらむ。

ところが教科書の「信用創造」の解説では、そうしたリスクに触れることなく、お金が何にも縛られずどんどん増えていくことは、すばらしい魔法であるかのように描く。市民の健全な経済感覚を養ううえで、適切とはいえないだろう。

お金の量が増えることの問題はそれだけではない。お金の価値の問題がある。お金の量が増えれば、他の条件が一定の場合、お金の価値は低下する。

お金は量よりも質が重要


最近、円の総合的な実力を示す実質実効為替レートが約50年ぶりの低水準に近づき、懸念されている。その大きな要因として、1990年代のバブル崩壊や2008年のリーマン・ショックを理由に長期にわたる金融緩和、つまりお金の量の増加を続けてきたことがある。お金の増加は短期で景気を刺激する効果はあるものの、長期では通貨の購買力を損ね、輸入物価の上昇やそれに伴う生活水準の低下などデメリットをもたらす。

ビットコインなど暗号資産(仮想通貨)やそれを組み込んだファンドが投資家の人気を集めるのも、お金の価値下落に対する警戒感の裏返しだ。仮想通貨が投資家の信頼を得ている理由の一つは、政府や銀行が作るお金と違い、野放図に量を増やせない点にある。ビットコインは、採掘された金の量に応じてしかお金を増やせない金本位制の仕組みを参考に設計されたといわれる。最近は金価格に連動する仮想通貨も発行され始めた。

非主流派のオーストリア学派に属する経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、お金の有用性を左右するのはお金の総量の大小ではなく、「購買力の高さ」だと指摘する(『ヒューマン・アクション』)。

「お金は多ければ多いほど良い」という主流経済学の考えは、高度成長期に流行した「大きいことは良いことだ」というテレビCMのフレーズと同じく、じつはもう古いのかもしれない。「お金は量よりも質(購買力)が重要」と考え、良質なお金を選ぶ時代が近づいている。

*QUICK Money World(2022/3/1)に掲載。 

2023-10-09

経済成長はヤミ市から生まれる〜『愛の不時着』の北朝鮮と戦後日本の共通点

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた巣ごもり生活をきっかけに、動画配信で韓国ドラマの視聴が大きく伸びたのは記憶に新しい。ネットフリックスの配信で話題を集めた代表作の一つ、『愛の不時着』は配信開始から2年たった今も、人気上位を保っている。


韓国の財閥令嬢がパラグライダー事故で北朝鮮に不時着し、出会った軍の将校と恋に落ちる。設定こそ荒唐無稽だが、人間同士が政治的な分断を超えて心を通わせるという普遍的なテーマが訴えかける。

ドラマに経済の貴重なヒント:北朝鮮と市場経済


このドラマの見どころの一つは、ふだんニュースなどで目にすることのない、北朝鮮の庶民の日常だ。もちろんフィクションだから演出もあるだろうが、制作陣は韓国に逃れた多くの脱北者に話を聞き、生活をかなりリアルに再現したという。そこで経済に関する貴重なヒントを読み取ることができる。

そのヒントは「ヤミ市」だ。ドラマで北朝鮮の市場は、軍将校ジョンヒョク(ヒョンビン)が財閥令嬢セリ(ソン・イェジン)のために香りのするろうそくを探す場面をはじめ、何度も描かれる。商人は店先に並べた品物とは別に、「南の町」から届いた化粧品やシャンプー、おしゃれな下着などを隠していて、こっそり販売する。南の町とは、国家分断のため貿易を制限されている韓国を意味する。

列車が停電のため立ち往生すると、飲食物などの商品を背負った人々が一斉に駆け寄り、乗客に売って回る。あれも一種のヤミ市だろう。ジョンヒョクは毛布を買い求め、寒い野外でたき火にあたるセリに優しくかけてやる。ドラマには美しいウェディングドレスをヤミで売る店も登場する。

北朝鮮は社会主義体制や経済制裁の影響で国民の多くが貧困に苦しむものの、最近は不幸中の幸いで、多数の餓死者が出ているとの情報はない。それはヤミ市が命綱の役割を果たしているからとみられる。

北朝鮮では政府があらゆる経済活動を統制するのが建前だ。しかし1990年代後半に飢饉が起こり、政府が国民に十分な食糧を供給できなくなると、国中で「チャンマダン」と呼ばれるヤミ市が広がり始めた。2003年には「総合市場」として公認されるまでになった。そして現在の金正恩総書記は市場経済の要素を一部受け入れ、チャンマダンを積極的に活用しているとされる。

今では北朝鮮全域にある公認のチャンマダンは480カ所余りに達し、人々の生活に欠かせない存在となっている。ある脱北者の証言によれば、北朝鮮の市場には「韓国のコチュジャンだって売っていますし、韓国製の服も普及しています。自分の欲しいものすべての需要を満たしてくれる場所、それがチャンマダンです」という(KBS〈だれが北朝鮮を動かしているのか〉制作班ほか『北朝鮮 おどろきの大転換』)。

経済統制をかいくぐるヤミ市というかたちで自然発生した市場経済が、規制緩和を機に表舞台でその実力を存分に発揮しようとしているようだ。

日本の高度成長の土台はヤミ市


じつはこれと似た光景が、かつて私たちの身近にもあった。第二次世界大戦の終戦直後、混乱期の日本だ。

当時、全国各地に膨大な数のヤミ市が発生した。個人所有の物品、地方の農家・漁師と直接取引した食料、軍部・官公庁に隠匿・退蔵されていた物資の放出、占領軍物資の横流しなど多様なルートで仕入れた品々を取引するため、駅前や焼け跡など広場があり、人が集まる場所ならどこでも市場が開かれた。最初のものは東京・新宿駅前の「尾津組マーケット」で、終戦5日後の1945年8月20日には開始されたといわれる。

当初は地べたに板一枚、風呂敷一枚敷いての売買で、現代のフリーマーケット(フリマ)に近い青空市場だった。やがて戦前から一家を構える伝統的な露天商(テキヤ)が管理者となり、空き地に柱を立て屋根をかけ、仮設店舗を作る。

土地の権利を無視して作られたものも少なくなかったが、行政や警察の取り締まりが追いつかず、ヤミ市は拡大の一途をたどった。行政や警察はヤミ取引の横行を一部黙認しつつ、都内最大の露天商組織である「東京露天商同業組合」への指導を通じて市場の健全化、秩序維持を優先する方針に舵を切る。

1947年以降、生産流通が徐々に回復し、生活物資の統制解除が始まって、日本は緩やかに復興へ向かっていった。この頃を境としてヤミ市の時代は終焉を迎える(藤木TDC『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』)。

東京で戦後、ヤミ市がとくに栄えたのは、郊外へ鉄道でつながる新宿、渋谷、池袋などだ。トラック輸送などが発達していなかった当時、鉄道を利用し、人力によって担ぎ入れるのが、ヤミ物資を供給する基本的な方法だった。

その際、統制を受け自由な売買を禁じられている禁制品、とくに主食の米、麦、芋や生鮮食料品を産地から運び込むには、鉄道を経由し、下車してすぐ大きい直接取引ができる場所がよい。没収されたり検挙されたりする危険が少なく、決済が容易で、しかも早いからだ。

ヤミ市は戦禍に苦しむ多くの人々を救った。ヤミ市の初期、生活の糧を求めて敗戦直後の駅前で店を出した人のほとんどは、プロの露店商人ではなかった。戦時中に軍需産業への転換を強いられた中小商業者、軍需工場の閉鎖による失業者、海外からの引き揚げ者、戦死者の遺族、朝鮮半島をはじめとする旧植民地の人々などだ(松平誠『東京のヤミ市』)。

救われたのは、ヤミ市で食料などを購入する人も同じだ。当時、政府による食料の配給は一カ月も遅配しており、配給だけで暮らせというのは餓死せよというのに等しい。実際、山口良忠という裁判官がヤミ市で売られる米を拒否し、栄養失調で餓死している。ヤミ市はたとえ違法でも、人々が命をつなぐには欠かせない存在だった。

社会学者の松平誠氏は著書で「ヤミ市は、都市としての機能をすべて失った日本の都市の中で、それでも都市の人びとの生活と欲求とが必然的に生み出したエネルギッシュな存在だった」と指摘する。

1949年に連合国軍総司令部(GHQ)が発した露店撤去命令をきっかけに、ヤミ市はわずか数年でほとんどが消滅する。しかしヤミ市のあった地域はその後、新しい商業施設や盛り場として発展していった。今、副都心と呼ばれる新宿、渋谷、池袋の繁栄はいずれもヤミ市が基礎となっている。活力あふれるヤミ市は日本の高度経済成長の土台ともいえるだろう。

北朝鮮、豊富な天然資源など大きな潜在能力


北朝鮮のヤミ市も、今後の経済成長の土台になる可能性がある。実際、金正恩総書記は市場経済を取り入れた中国やベトナムをモデルに、 経済強国を目指していると伝えられる。

米著名投資家ジム・ロジャーズ氏は、北朝鮮を投資先として有望視することで知られる。いずれ韓国と統合して門戸が開かれれば、豊富な天然資源、高い教育レベル、低賃金な人材などの大きな潜在能力を発揮して、非常に速い経済成長を遂げるとみる。

韓国との政治統合は国際情勢もからんで簡単ではないだろうが、経済交流だけでも先行して拡大すれば、北朝鮮の経済成長に弾みがつく。それは軍事力に頼った方法より、東アジアの平和にプラスに働くだろう。

『愛の不時着』ではそうした変化が奇跡のように起こることはなく、主人公の男女二人は政治分断のために何度も悲しみや苦労を味わう。けれども、ヤミ市にともった市場経済の火がさらに広がって燃え盛り、政治の壁を崩せば、そうした悲しみを味わわずに済む日も訪れるはずだ。

*QUICK Money World(2022/2/1)に掲載。 

2023-10-06

お金の信用を支えるのは国家か?~「鎌倉殿」の時代に学ぶマネーの本質

お金といえば、誰もが仕事や生活のために日々使用している。けれども、「お金とはどんなものか」とあらたまって問われると、意外に難しい。本やネットで目にする解説も、一見もっともらしいようで、じつはマネーの本質を十分にとらえきれていない。


たとえば、「お金の信用を支えるのは国家」という説だ。

たしかに、今の円やドルのお札は「不換紙幣」といって、銀行に持って行っても、金貨などの実物資産と交換してくれるわけではない。その意味で、ただの「紙切れ」だ。

ところがその紙切れを、みんな当たり前のようにお金として使っている。よくある解説によると、それはみんなが、お金を発行する国家を信用しているからだという。

現代に限れば、この説は正しく見えるかもしれない。今は原則、国家の発行する不換紙幣だけが正式なお金として認められているからだ。しかし視野を過去に広げると、お金の違った側面が見えてくる。

中世日本のお金(貨幣)は誰が発行したか


今月放送が始まったNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台は、平安時代末から鎌倉時代前期。歴史区分でいえば中世にあたる。この時代、日本ではすでにお金(貨幣)が経済取引の手段として普及しつつあった。いわゆる貨幣経済の発展だ。

1月9日放送の第1回では、小栗旬さん演じる北条義時と父の時政が、京都で買ってきたみやげの品について話す場面があった。

さてこの時代、お金は日本の政府機関のうち、どこが発行していただろう。天皇が君臨する朝廷か。あるいは栄華を誇った平氏政権か。それとも北条氏が仕え、平氏を滅ぼした源氏の鎌倉幕府か。

答えは「どこも発行しなかった」である。お金は日本政府が発行するのではなく、海外から輸入された。

日本に金属製のお金(金属貨幣)が現れたのは7世紀後半(飛鳥時代)で、8世紀初頭に朝廷が自ら「和同開珎(わどうかいほう、わどうかいちん)」を発行したことで徐々に普及していった。しかし平安時代に貨幣鋳造はいったん途絶える。

この後、12世紀後半(平安末期)に中国から銅銭が持ち込まれた。流入のきっかけは、中国との貿易だ。当時の中国は宋といい、10世紀半ばから13世紀後半まで続いた。12世紀前半にいったん滅亡するまでを北宋、その後都を開封から南の杭州に移した時期を南宋と呼ぶ。

日本とは10世紀後半、北宋の商船が九州地域を中心に商取引目的で来航するようになる。12世紀中頃には、『鎌倉殿の13人』にも登場する平清盛が博多や大輪田泊(現在の神戸)の港湾開発に力を入れるなど南宋との貿易を本格化させた。いわゆる日宋貿易だ。当時の日本の主要輸出品は銅や硫黄などの鉱山資源だった。一方、輸入品の一つとして宋の銅銭が流入した。宋銭と呼ばれる。宋の後の明の時代に発行されたものを含め、中国から輸入された銭貨を「渡来銭」ともいう。

政府・中央銀行が通貨に対して積極的に介入する現代の感覚からすると意外なことに、当時の朝廷や幕府は宋銭に対して何の統制もしなかった。その結果、日本国内では中国の銭が活発に流通する。今でいえば、中国から人民元が日本に流入し、お金として使われる様子に近いかもしれない。

ただし当時の宋銭には、人民元との違いもある。

人民元は、現在の中国政府傘下の中央銀行である中国人民銀行が発行している。しかし宋銭の場合、北宋が滅び、南宋の時代になっても、多く利用されたのは、前の北宋政府によって発行された銭だった。

それだけではない。宋の政府が発行した銭を模倣し、中国や日本国内で作られた貨幣(私鋳銭)も、お金として利用された。民間が銭を模造したというと、通貨偽造かと眉をひそめる向きもあるだろう。しかし昔は、政府やそれに準じる機関が通貨を供給しない場合、民間がそれを自律的に作り出し、社会で受け入れられる現象が珍しくなかった。

外国・民間のマネーを使った400年、金属価値が裏付け?


日本国内における渡来銭の使用は、鎌倉時代にとどまらず、室町時代、戦国時代まで続いた。じつに四百年近くにわたり、政府が貨幣を発行せず、外国や民間で作られたお金を使っていたことになる。

この事実は、「お金の信用を支えるのは国家」という現代の常識に真っ向からノーを突きつける。

それでは当時、国家がお金の信用を支えていなかったとすると、何が支えたのだろう。それは、銭が持つ「モノとしての価値」だったとみられる。ヒントとなるのは、宋銭はお金以外の用途で日本に持ち込まれたとする最近の研究だ。

たとえば、貿易船のバラスト(船を安定させるための重り)として持ち込まれたという説がある。日宋貿易における輸出品である金や硫黄に対し、おもな輸入品である陶磁器の比重は軽い。大陸からの帰途に船に陶磁器を満載しただけでは軽すぎて船が安定しないため、底荷として宋銭が用いられたという。

銅製品の原材料として輸入されたという説もある。鎌倉大仏の原材料は宋銭だといわれる。宋銭と鎌倉大仏はともに銅70%、鉛20%、スズ10%ほどの組成となっている。両者の類似は偶然とは考えにくい。最初の説のように船底に積む重りが必要だったとしても、まったく無価値な物よりは、それ自体が日本国内で価値を持つ物を用いたほうが、効率的だ。

現代の経済では、通貨が流通するためには、権力による強制や政府の負債としての性格を持つことが必要といわれる。しかし中世日本の場合、渡来銭は一定の重量の銅の持つ価値が裏付けになっていた可能性がある。そうだとすれば、権力による強制や政府負債としての役割なしに流通したことは不思議ではない(飯田泰之『日本史に学ぶマネーの論理』)。

暗号資産(仮想通貨)と渡来銭の共通点とは


お金が一般に受け入れられるプロセスには二つのパターンがあるとされる。ひとつは、中央集権的な権威が制度整備を通じて特定の交換手段に社会的通用力を与え、人々の信認を得るというプロセスである。中央銀行や政府が紙幣・硬貨を発行し、偽造を取り締まる現代の各国の貨幣制度はこのパターンに属する。

もうひとつ、中央集権的な権威を必要としないプロセスもある。そのプロセスとは、分権的な枠組みのなかで人々が特定の交換手段を信認するパターンだ。鎌倉・室町時代は、このパターンで渡来銭が流通するようになった。

現代の暗号通貨はブロックチェーンによる分権的仕組みを基礎としている。したがって暗号通貨における信認は、現代の政府の発行するお金よりも、鎌倉・室町時代の渡来銭に似ている(横山和輝『日本史で学ぶ経済学』)。

国家と関係なくお金が流通した例は、中世の日本だけではない。18世紀にオーストリア政府が発行した、女帝マリア・テレジアの肖像を刻んだ銀貨は、本国ではとうに使われなくなった20世紀に至るまで、遠く離れたアフリカ・西アジアの特定地域で流通を続けた。この地域はオーストリアの植民地でも勢力範囲でもなく、むしろ英国やフランスの植民地ないしはその勢力下にあった(黒田明伸『貨幣システムの世界史』)。

政府がお金を発行し、中央集権的な権力でそれを流通させるあり方は、長い歴史からみれば一つの選択肢にすぎない。政府がお金を大量に発行しすぎてその価値を毀損するようだと、人々は政府の通貨を敬遠し、暗号通貨や金・銀をメインのお金として使い始めるかもしれない。すでに最近の物価上昇、つまり通貨価値の下落を受け、その兆しはある。

人々が政府に頼らず、自分たちで信頼できるお金を選び取っていく。今、そんな時代が再来しようとしているのかもしれない。

*QUICK Money World(2022/1/18)に掲載。