米欧日諸国がロシアに対し新たな経済制裁に乗り出した。バイデン米政権は6日、ロシアへの新たな経済制裁を発表した。ロシア最大手銀行やプーチン大統領の娘2人の資産を凍結する。欧州連合(EU)加盟国は7日、ロシア産石炭の輸入停止などを含む制裁案を承認した。日本の岸田文雄首相も8日、資産凍結の拡大やロシア産石炭の輸入の禁止、在日ロシア大使館の外交官らの国外追放を表明した。
追加制裁のきっかけは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊で多くの市民が殺害されているのが見つかったことだ。米欧側はロシア軍による組織的な残虐行為だと強く非難した。ロシア側はねつ造だと反論し、公正な調査を求めたものの聞き入れられなかった。
米欧日の政府や大手メディアはロシア批判一色だ。しかし7日に国連総会の緊急特別会合で実施された、人権理事会におけるロシアのメンバー資格を停止する決議からは、違った風景が見えてくる。米欧が主導した決議案は93カ国の賛成で採択されたものの、一方で反対は24カ国、棄権は58カ国もあり、無投票が18カ国あった。
ロシアのウクライナ侵攻後、国連総会はロシア非難決議とウクライナ人道支援決議をそれぞれ141カ国、140カ国の賛成多数で採択。今回は採択に必要な投票国の3分の2以上の賛成を確保したものの票数は100を割った。東京新聞が報じるように日本や米欧などが賛成したが、ブラジルやメキシコなどは過去2回の賛成から棄権に回り、棄権数は人道決議の際の38から20増加した。反対は過去2回は5カ国だけだったが、中国やキューバなども加わり5倍近くになった。
前回指摘した、新興国に対する米欧日の相対的な地位の低下があらためて浮き彫りになった。政治面の変化と同時に、経済面でも見逃せない変化が起こっている。経済制裁をきっかけとした、通貨の地位をめぐる変化だ。
金はドルに代わる「理想の選択肢」
ロシア下院でエネルギー委員長を務めるパベル・ザバルヌイ氏は3月24日の記者会見で、米欧などの非友好国に天然ガスを販売する場合の代金支払い手段について、ロシアの通貨ルーブルか「ハードカレンシー(国際通貨)」を挙げた。同氏の言うハードカレンシーとは米ドルではない。「それは我々にとっては金(きん)だ」とザバルヌイ氏は述べた。一方、ロシアはドルに興味がないと言い、「この通貨(ドル)は我々にとってキャンディの包み紙になる」と語った。
ロシアは経済制裁によって国外に持つドルやユーロの資産が凍結され、代金をドルで受け取っても自由にならない。プーチン大統領は3月31日、代金受け取りをルーブルに限定すると定めた大統領令に署名している。ザバルヌイ氏の発言で注目されるのは、金への言及だ。
じつは最近、ロシアは金を事実上の通貨として利用する環境を整えている。3月9日、プーチン大統領は貴金属に対する20%の付加価値税(VAT)を撤廃した。国がドルなどに代わる外貨準備として必要としている、貴金属への投資を人々に奨励するためだ。シルアノフ財務相は声明で「地政学的状況が不安定な中、金への投資はドルを買い上げる代わりに理想的な選択肢となる」と述べた。
ロシアは以前から金を積極的に購入してきたことで知られる。ロシア中央銀行は2015年3月以降、新型コロナウイルス感染症の流行で中断するまで毎月金を買っており、中央銀行としては金の最大の買い手だった。ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、昨年末時点で保有する金は約2300トンで、世界第5位。今年3月に購入を再開し、3月28日には地元銀行から1グラムあたり5000ルーブル(約52ドル)の固定価格で買い付けた。事実上、ルーブルと金を一定の交換比率で結びつけた金本位制といえる。
ロシアは天然ガスの輸出代金をルーブルで受け取る方針だが、ルーブルは金と連動するから、ザバルヌイ氏が語ったように、代金を直接金で受け取るようになるかもしれない。天然ガスに限らず、石油など他の資源や商品でも同様のことが起こる可能性がある。
不換紙幣からの「パラダイムシフト」
「これは新たなパラダイムシフト(価値観の劇的変化)になる」と金融ブログ、ゼロヘッジは書く。1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を廃止して以来、世界の通貨は金など実物資産の裏付けのない不換紙幣の時代が続いてきた。
金が決済手段として利用されれば、金と結びついたルーブルも国際通貨として存在感を増すだろう。文字どおりのハードカレンシー(硬いお金)だ。
察知した米欧側は対応を急ぐ。先進7カ国(G7)と欧州連合(EU)は3月24日、ロシアへの経済制裁として、ロシア中央銀行が保有する金準備に関連した取引を禁止すると表明した。
しかし米欧によるロシアの金の封じ込めは、事実上不可能だろう。地金の身元、国籍、出所を追跡することはできないからだ。国際銀行間通信協会(SWIFT)やその他の銀行システムからも完全に独立している。ジャーナリストのブレット・アレンズ氏は経済情報サイト、マーケットウォッチでこう述べる。「米国のイーグル金貨や南アフリカのクルーガーランド金貨は、溶かして延べ棒にすることができる。これも金には変わりない。そして買い手は必ずいる」
アレンズ氏によれば、多くの国々は、米国が基軸通貨を独占して世界の金融システムを支配することを快く思っていない。中国やインドがロシアに金本位制で追随すれば、長く続いたドル支配に転機が訪れるかもしれない。
ドルに代わって存在感を強めるのはルーブルだけではない。サウジアラビアと中国は人民元建ての石油売買を交渉している。石油取引は米ドル建てが支配的で、実現すればドルの影響力が低下し、人民元の存在感が増す可能性がある。
国際通貨システム、多極化が加速へ
専門家からも同様の意見が聞かれる。国際通貨基金(IMF)の第一副専務理事であるギタ・ゴピナス氏は3月31日付フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューに答え、ロシアに対する前例のない金融制裁はドルの支配力を徐々に弱め、国際通貨システムをより分断する恐れがあると警告した。
また、3月28日付同紙は「ウクライナ戦争はドル支配のひそかな衰退を加速させる」と題する米経済学者バリー・アイケングリーン氏の寄稿を掲載した。それによると、世界の外貨準備に占めるドルの割合は20年前から低下傾向にあり、2000年末には70%強だったが、2021年第3四半期には59%にとどまっている。多くの中央銀行がドルからの分散を図ろうとしてきた結果だ。
しかも2016年にIFMの特別引き出し権(SDR)に加えられた人民元へのシフトは、わずか4分の1にすぎない。4分の3はカナダ、オーストラリア、スウェーデン、韓国、シンガポールといった経済規模の小さい国の通貨にシフトしている。電子取引プラットフォームや自動マーケットメイクといった新技術の発達で取引コストが低下した効果という。
こうした国際通貨システムの多極化は、ロシアへの経済制裁を機に加速しそうだとアイケングリーン氏は述べる。通貨を多様化しておけば、米欧からドルやユーロの資産を凍結されても保険として役立つからだ。
ドルの力を利用した強気な経済制裁の余波でドル支配そのものが揺らいでいるとしたら、米国や世界の経済への影響は無視できない。ウクライナ紛争が早期に停戦しなければ、そのツケは金融市場で表面化するだろう。
*QUICK Money World(2022/4/13)に掲載。
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