2020-08-31

政府は外交に無能

政府は無能だ。米政府の外交政策が郵便事業より優れているはずはない。ルワンダ、ソマリア、イラク、ニカラグア、リビア、ボスニア。軍事介入で国民の多くの命を犠牲にし、巨費を浪費し、無実の外国人を多数殺害し、多くの人々が米国を憎むようになった。
Harry Browne, Liberty A to Z: 872 Libertarian Soundbites You Can Use Right Now!

米国政府が世界に平和をもたらすなどと、どうして信じられるだろうか。自国内にすら平和を保つことができないのに。
Harry Browne, Liberty A to Z: 872 Libertarian Soundbites You Can Use Right Now!

戦争を正当化する手口は、外国の支配者と支配される国民との区別をあいまいにすることだ。私たちの支配者は、外国の支配者の罪をあげつらうことで、無実の人々の殺戮を正当化する。
Harry Browne, Liberty A to Z: 872 Libertarian Soundbites You Can Use Right Now!

世界中の抑圧された人々を自由にすることが米国の責務と言うなら、まず手始めに、米国の大きな政府に抑圧されている米国民を自由にしよう。
Harry Browne, Liberty A to Z: 872 Libertarian Soundbites You Can Use Right Now!

1万年以上前、なぜ日本人は200キロ離れた場所の石で石器をつくれたのか?

日本の旧石器時代の存在を明らかにした群馬県「岩宿遺跡」の発見者、相澤忠洋氏(1926~89年)の三十回忌献花式が命日の5月22日、同県みどり市の同遺跡で開かれた。

相澤氏は在野の考古学者。納豆などの行商をしながら石器を収集し、第二次世界大戦後まもない1946年、赤城山麓で、先端を鋭く尖らせた尖頭器(せんとうき)と呼ばれる黒曜石の石器を発見。明治大学考古学研究室と共同で調査した結果、それまで日本にはないと信じられていた旧石器時代の遺跡と判明する。


岩宿遺跡の発見後、経済成長を背景とした国土開発によって全国で発掘調査が行われ、新たな遺跡の発見が相次ぐ。一時は石器探しの名人として「神の手」と呼ばれた民間研究者により10万年前や50万年前、60万年前のものとされる一連の石器も“発見”されるが、2000年に捏造が発覚し社会問題となった。この結果、現在日本の旧石器時代の遺跡として確実なのは、岩宿を含め、約3万5000年前以降の後期旧石器時代のもののみとなっている。

十数万年前、アフリカに生まれた私たち現生人類(ホモ・サピエンス)は「偉大なる旅(グレート・ジャーニー)」と呼ばれる大移動を経て、約4万年前の日本列島にたどり着いたとみられる。

何万年も昔の人類というと、現代人とは縁遠い存在としか感じられないかもしれない。確かに厳しい自然に直接囲まれ、文明も未熟だった旧石器人との違いは小さくない。しかしそれ以上に同じホモ・サピエンス(賢い人間)として共通点は多い。そのひとつが石器に象徴される、道具の製作と使用である。

石器の歴史は限られた石材をいかに効率的に用いるかの改良の歴史といえる。日本列島の気候が寒冷から温暖に転じた2万年前、中部・関東から東北にかけて尖頭器が現れる。木の葉のような形をした、岩宿遺跡で発見されたタイプの石器だ。考古学者の松木武彦氏によれば、それまでのナイフ形石器が狩猟・解体・加工のどれにでも使える万能具だったのに対し、尖頭器は木の柄を付けて突き刺す機能が重んじられ、狩猟のために特化した石器といえる。

2万年前から1万7000~1万8000年前までの間にナウマンゾウ、大角鹿など長く人々の胃袋を満たしてきた大型獣が温暖化で姿を消し、代わりに鹿、猪、兎などの中小型獣をおもな獲物にするほかなくなった。これが尖頭器出現の背景とみられる。

さらに1万7000~1万8000年前に近づくと、最小の石材からできる限りの道具をつくり出そうとする、細石刃(さいせきじん)という新しい石器づくりの手法が各地に現れる。石塊から鹿の角などで押しはがす技術も用いて、幅1センチメートルにも満たない微小な石の刃をこそぎ取る。この小さな刃を木の柄に彫った溝に植え込んで使ったらしい。柄の形と刃の並べ方次第でナイフにも槍にもなるうえ、わずかな石材と道具があれば、どこででも必要に応じて好きな形の道具をつくり出せる。

2020-08-29

山田芳裕『望郷太郎』

贈与の暗黒面


「贈与」が注目されている。週刊エコノミストOnlineの記事によれば、贈与とは、見返りを求めず「ただ与える」こと。資本主義はすべてを金で解決しようとするため、人間関係が希薄になってしまう。贈与の思想を取り入れることで、そうした資本主義の欠陥を是正できるという。


贈与の身近な例には、誕生日やクリスマスのプレゼントがある。これらが円滑な人間関係の助けになるのは事実だ。けれども贈与は、そうした明るい部分だけではない。山田芳裕『望郷太郎』では、贈与のおぞましい側面が劇的に描かれる。

赴任先の中東イラクで人工冬眠から五百年ぶりに目覚めた舞鶴太郎は、大寒波で世界が破滅し、妻も息子も失ったことを知る。太郎はせめて日本に残した娘の思い出の手がかりを探そうと、近代文明の絶えた大地を徒歩や馬で移動し、はるか祖国を目指す。

太郎は旅の途中、友人バルの故郷の村に立ち寄る(第2巻)。折しも、村は「大祭り」の季節。隣村との争いを避けるため、互いに大切な物や人を贈り合う風習だ。祭りで実際に何が起こるか知らない太郎は「金のない時代にしては、中々良い仕組みじゃないか」と感心する。

祭りの当日、まずバルの「西の村」から白いヒョウの毛皮を贈ると、隣の「中の村」から返礼としてトラの毛皮を贈られる。バルは太郎に言う。「トラの方が貴重。これだと対等にならず……負ける。もっと良い物贈らないと」

その後も、中の村はすべて西の村を上回る値打ちの物を返してくる。さらに西の村が馬五頭を贈ると、中の村は貴重な丸木舟五艘を焼いてみせ、豊かさを誇示。これに対し、西の村の長はなんと自分の家に火をつける。

太郎はようやく贈与合戦の異常さに気づき、「馬鹿げてる」とつぶやく。それを聞いたバルは言う。「馬鹿げてても……これが大祭り」「一旦度が過ぎると……際限なく過ぎていく」

それでも贈与合戦は止まらず、さらに恐ろしい事態へとエスカレートしていく。

近代西洋では、未開人は自然と調和して生きる純粋無垢な人々だとする「高貴な野蛮人」という考えが流布した。こうした未開人像はすでに科学的に否定されているが、その影響は今も消えない。贈与がもてはやされるのもその一端と言える。

『望郷太郎』はフィクションではあるが、贈与の暗黒面を正しくとらえた。作者が高貴な野蛮人の神話に惑わされず、近代文明が滅んだ世界に安易な救いはないと理解しているからだ。この苛酷な現実を太郎がどう乗り越えていくか、興味は尽きない。

2020-08-28

縁故資本主義の構図

法律が複雑であいまいなほど、弁護士、会計士、税理士は儲かる。彼らは政治家にとって、良い献金元になってくれる。
Hunter Lewis, Crony Capitalism in America: 2008-2012

複雑であいまいな法律が増えるほど、有力な利害関係者は政府内に「友人」を持ちたがる。合衆国憲法が最初に承認されたとき、連邦レベルの犯罪は三つしかなかった。反逆、通貨偽造、海賊行為だ。今ではいくつあるか誰も正確には知らないが、2007年の調査では4450種類という。
Hunter Lewis, Crony Capitalism in America: 2008-2012

政治家は法案を通すとき、「友人」に出番を作ってやる。米政府が2008年の経済危機で金融機関を救済した際、いくつかの法律で顧問を雇うことにした。もちろん金融業界からだ。金融業界の連中が省庁に助言し、金融機関の救済活動を監視したのだ。
Hunter Lewis, Crony Capitalism in America: 2008-2012

大企業は、政府からカルテルを認められていない場合でも、多数の規制、命令、各種資格によって利益を得る。法律が複雑だと新しい企業は競争が不利になる。とりわけ小さな企業は、多くの会計士や弁護士、政治顧問を雇う余裕がない。
Hunter Lewis, Crony Capitalism in America: 2008-2012

2020-08-27

人間性への反逆

マルクスの社会主義における最も深刻な欠陥は、ほぼすべての人間に競争と野心を放棄させることができると考えることだ。社会主義では、競争とは強欲な支配者階級が計画したものとみなし、人間の本性の現れとは考えない。
Justin Haskins, Socialism Is Evil: The Moral Case Against Marx's Radical Dream

マルクス社会主義者によれば、人間が競争するのは、そう教え込まれたからにすぎないという。これは動物をはじめ自然界に競争があふれる事実を無視している。競争心は資本家の策略で植え付けられたのではなく、あらゆる生き物に備わるものだ。
Justin Haskins, Socialism Is Evil: The Moral Case Against Marx's Radical Dream

社会主義の理想どおり、能力が低く怠惰な労働者が、能力が高く勤勉な労働者と同額の賃金を得られれば、たいていの人は一番勤勉な労働者以上に働こうとはしない。むしろ一番怠惰な労働者並みにしか働かないだろう。社会主義経済は底辺への競争だ。
Justin Haskins, Socialism Is Evil: The Moral Case Against Marx's Radical Dream

もし社会主義の理想どおり、すべての人が富を平等に分かち合う国や世界が実現したとしても、重大な問題がある。たとえば、階級のない社会主義社会で、土地のように限りある資源をどうやって分配するのだろうか。
Justin Haskins, Socialism Is Evil: The Moral Case Against Marx's Radical Dream

2020-08-26

公共サービスという犯罪

政府が使える手段は一つしかない。暴力だ。民間企業が同じことをしたらどうなるか。たとえば迷惑メール対策会社が送信者を特定し、銀行口座を差し押さえ、一定期間監禁する。逃亡を図ったら射殺する。しかもこの方法を市場で試して利用者を募るのではなく、全員に強制する。
Llewellyn H. Rockwell Jr., The Left, the Right, and the State

政府は誰の許可も取らず、自分自身を社会の全員に押し付けることができる唯一の組織である。誰も拒否できない。
Llewellyn H. Rockwell Jr., The Left, the Right, and the State

政府は国民には法律を守らせておきながら、自分自身はそれを免れる。そのために、自分の犯罪を定義し直し、公共サービスと呼ぶ。
Llewellyn H. Rockwell Jr., The Left, the Right, and the State

民間でやれば窃盗だが、政府がやれば課税という。民間でやれば誘拐だが、政府がやれば徴兵という。民間でやれば通貨偽造だが、政府がやれば金融政策という。民間でやれば大量殺人だが、政府がやれば外交政策という。
Llewellyn H. Rockwell Jr., The Left, the Right, and the State

2020-08-25

政府は肥大する

制限された政府など存在しない。歴史上、時とともに規模が肥大しない政府はなかった。政府の肥大はつねに人間の自由を犠牲にし、政治集団とその取り巻きを潤す。
Bill Buppert, ZeroGov: Limited Government, Unicorns and Other Mythological Creatures

民主社会では、国民は時につれ政府の規模を絶えず拡大させる。米国はその典型だ。規制や罰則にさらされない取引はほとんどない。ところが米国人は、自国は世界一自由な国だと吹聴し、疑う者を殴りつける。
Bill Buppert, ZeroGov: Limited Government, Unicorns and Other Mythological Creatures

世界のどこにも、制限された政府が存在しうる証拠はない。政治学のあらゆる学説は煎じ詰めれば、暴力を正当化するために洗練された口実にすぎない。平時の規制による自国民への隠微な暴力もあれば、戦時の敵国市民に対する露骨な暴力もある。
Bill Buppert, ZeroGov: Limited Government, Unicorns and Other Mythological Creatures

政府は暴力に基づく。奴隷制は滅んでいない。民主主義の衣装をまとっているだけだ。露骨な独裁国家は少なくとも、国民に対し真の目的を隠さない。米国では国民という奴隷が固い鎖につながれているにもかかわらず、お前たちは自由だと絶えず言い聞かされる。
Bill Buppert, ZeroGov: Limited Government, Unicorns and Other Mythological Creatures

米国政府、暴かれた人体実験…黒人に梅毒感染させ経過観察、薬物投与し洗脳実験

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大をめぐり、米国が中国政府に対する非難を強めている。

トランプ米大統領は4月18日の記者会見で、「パンデミック(世界的な大流行)が始まる前に、中国国内で食い止められた可能性もあったが、実際はそうならなかった」「そのせいで今や世界中が苦しんでいる」と中国を批判。「過失なら、過失は過失だ」「しかし中国に故意の責任がある場合、報いを受けるべきだ」と述べた。

米国内では感染拡大に伴い、アジア人を標的とする差別や嫌がらせが増加。ネット上で反中国感情が急激に高まり、新型ウイルスは中国政府が湖北省武漢市の研究所で開発した生物兵器だとする説まで広がっている。


中国政府に、初動対応で不都合な情報を隠蔽した事実があったのは間違いない。自身も新型肺炎の犠牲になった武漢の医師が昨年末、原因不明の肺炎についてSNS(交流サイト)で警告を発したところ、警察に呼び出され訓戒処分を受けたのは、その最悪の例だ。

新型ウイルスは中国の生物兵器だという説について、専門家は否定しているようだが、筆者には「絶対ありえない」とまで断定する材料はない。中国政府は人道心にあふれた立派な組織だなどと弁護するつもりは毛頭ない。

そのうえで強調したいのは、米政府自身、長年にわたり国の資金でウイルスや化学物質を研究する過程で、過失どころか、非倫理的な人体実験により、故意に国内外の人々を殺傷したという事実である。

2020-08-24

政府なき法

慣習法が社会に認められるのは、権力の後ろ盾があるからではなく、各個人が互いに相手の期待に沿って行動することが、利益になるからだ。政府が上から法を押しつけると、法が相互承認を通じボトムアップで発達する場合よりも、社会秩序を保つのにより多くの暴力が必要になる。
Bruce Benson, Enterprise of Law: Justice Without the State

慣習法の下では、権利の侵害は政府や「社会」に対する犯罪ではなく、民事上の不法行為として扱われる。ある人の行為が他者に影響を及ぼさない限り、法的な問題にはならない。明らかに誰にも害を及ぼさない行為は、法的責任の対象にはならない。
Bruce Benson, Enterprise of Law: Justice Without the State

政府の法律のない社会で揉めごとが起こっても、暴力で決着をつけることになるとは限らない。暴力は報復をもたらし、紛争解決の手段としてはコストが高い。だから慣習法制度の下では、暴力によらない調停や紛争解決手続きが急速に発達するだろう。
Bruce Benson, Enterprise of Law: Justice Without the State

慣習法の下での裁判結果は、共同体による追放の脅威によって執行される。原告側と被告側は正しい判決を拒んだ場合の高いコストを認識し、判決に服さない者を集団から追放する。訴訟による解決は、この厳しい制裁に対する恐れから、受け入れられるようになっていく。
Bruce Benson, Enterprise of Law: Justice Without the State

米国、世界100カ国以上で通信傍受…永世中立国スイス通信機器メーカーが関与

米政府が中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)に対する非難を強め、事実上の禁輸措置を課すなど制裁を続けている。製品に不正な機能が組み込まれ、スパイ活動に用いられる安全保障上の懸念があるという。

トランプ米大統領は2019年5月15日、安全保障上のリスクがある会社の通信機器を米企業が使うことを禁じる大統領令に正式署名した。ファーウェイなど中国通信機器大手の米国からの締め出しを狙った措置だ。米商務省も同日、大統領令とは別にファーウェイおよび同社の関連企業70社を同省の「ブラックリスト」に記載し、米企業との取引を困難にする制裁措置を発表した。


米情報機関は、ファーウェイが中国政府とつながっており、同社製品には政府のスパイが使用できる「裏口」機能が埋め込まれている可能性があるとしている。その証拠は公表されておらず、ファーウェイ側はこの疑惑をたびたび否定している。

けれども疑惑の真偽以前に、米政府にはスパイ活動を理由に他国を責める資格がない。なぜなら米国自身、長年にわたり大規模なスパイ活動に手を染めてきたからだ。しかも皮肉なことに、その手口は米情報機関がファーウェイや中国政府の手口として非難する方法そっくりなのだ。

2020-08-23

株主資本主義批判は古い、誤りは自明…流行のステークホルダー資本主義という陰謀

「ステークホルダー資本主義」という言葉がもてはやされている。企業は株主の利益を最優先するのではなく、従業員や顧客、地域社会、地球環境など幅広い利害関係者(ステークホルダー)に配慮しなければならないという考えだ。これまでの「株主資本主義」が格差拡大や環境破壊といった問題を引き起こしたとして、それに代わる新しい資本主義の形として提唱されている。

ステークホルダー資本主義が最近注目された場は、世界の政財界リーダーらがスイスの山岳リゾートに集まり議論を交わす世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)である。今年1月に50回目を迎えた同会議は、ステークホルダー資本主義をテーマに掲げた。


会議創設者で経済学者のクラウス・シュワブ氏は開催に先立つ声明で、株主資本主義は、短期の利益を求める金融業界の圧力とあいまって、現実の経済からかけ離れたものになってしまったと批判。もはや持続可能ではないと多くの人々が気づいていると述べた。

株主資本主義の総本山とみられてきた米国でも、ステークホルダー資本主義が勢いづいている。米経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月、従業員や地域社会の利益をこれまで以上に尊重する方針を示した。アップルのティム・クック氏や、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏など有力経営者が署名した。

幅広い関係者に配慮するというステークホルダー資本の主張は、一見もっともらしい。しかし、それは本当に正しいのだろうか。

2020-08-22

フロム『自由からの逃走』

自由は個人を孤独にしない


資本主義に対するよくある批判の一つは、それが個人を互いに孤立した原子のようにしてしまうというものだ。この批判は正しくない。自由な市場経済は個人を孤立させるどころか、血縁や地縁を超えて多くの人々の協力を可能にする。


ところがロングセラーとして名高い本書『自由からの逃走』の序文で、著者フロムはこう断じる。「自由は近代人に独立と合理性とをあたえたが、一方個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした」(日高六郎訳)。まさに誤った資本主義批判そのものだ。

フロムはこの誤った前提に基づき、延々三百頁余り、おかしな議論を繰り広げる。

たとえば、ガソリンスタンドの店主は「ガソリンや油をいっぱいにするという同一の行為を、くりかえしくりかえし機械的に反覆する」だけで、「熟練や創意や個人的活動のはいりこむ余地は、むかしの食料品屋よりもはるかにすくない」という(第4章)。

フロムはガソリンスタンドに行ったことがないのだろうか。少なくとも日本では、単にガソリンを売るだけではなく、洗車やコーティング、タイヤの販売、カフェやキッズスペースの設置、レンタカーへの進出、果ては野菜や果物の販売まで、涙ぐましい創意工夫を凝らしている。

また、フロムは言う。百貨店に入った買物客は「その巨大な建物と数の多い使用人、豊富に陳列された商品によって圧倒される。これらすべてによって、かれは自分がどんなに小さな、とるにたらぬ存在であるかを感ずる」(同)。そんなに怖いところなら、お客はなぜわざわざ出かけていくのだろうか。

それほど強大無比に見えたデパートも、今ではネット販売に押されて存亡の危機に立つ。市場経済の下では、どんな巨大企業も永遠に安泰ではいられない。主権を握っているのは、自由に選択できる消費者だ。個人は無力ではない。

資本主義への的外れな批判は結局、社会主義の支持に行き着く。フロムは言う。「社会の非合理的な無計画な性格〔=資本主義〕は、社会そのものの計画され協定された努力を意味する計画経済におきかえられなければならない」(第7章)

フロムは、ソ連の国家社会主義が人民を抑圧したと認めるものの、自分の提唱する「民主主義的社会主義」が同じ轍を踏まない根拠は何も示さない。実際は、中途半端な規制では政府は経済を思うように支配できないから、ソ連やナチスドイツのような全面統制に向かわざるをえない。

資本主義が個人を孤独に陥れ、その結果、個人はナチスへの依存と従属を求めた——。これがフロムの議論の根幹だ。その議論が結果として、ナチスと本質的に変わらない社会主義体制を解決策として示すことになるとは、これ以上の皮肉はない。

アフガン戦争、米政府が失敗隠蔽し情報操作…18年間で戦死者2700人、109兆円投入

「米国にはアフガニスタンに対する根本的な理解が欠け、何をすべきかわかっていなかった」。息子ブッシュとオバマ両政権でアフガン政策を統括する大統領特別補佐官を務めたダグラス・ルート退役陸軍中将は、米政府の監察官による2015年の聞き取り調査に答え、こう認めた。

米紙ワシントン・ポストは昨年12月9日、アフガンでの米軍の軍事作戦に関し、米軍幹部や米政府高官らが作戦は失敗していることを認識していながら、成果を上げているかのように装う隠蔽工作を長年にわたり展開していたと報じた。同紙が入手した米政府の内部文書で明らかになったものだ。


文書の内容は、政府や軍の高官、外交官ら600人以上から聞き取りした調査をまとめたもの。冒頭のルート退役中将をはじめ、アフガン作戦にかかわった高官らが驚くほどあけすけに本音を語り、これまで米国民と世界を欺いていた事実を白日のもとにさらす内容だ。対テロ作戦の元軍事顧問は「あらゆるデータが可能な限り(作戦が)成功しているように修正された」と説明したという。

今回の文書は「アフガン・ペーパーズ」と呼ばれるが、これは1971年に新聞紙上で暴露されたベトナム戦争の泥沼化を記した機密報告書「ペンタゴン・ペーパーズ(文書)」にちなんだものだ。ペンタゴン・ペーパーズ執筆者の一人で、同文書を暴露したダニエル・エルズバーグ氏は当時、ベトナム戦争を推し進めたジョンソン政権について「国民に対してのみならず、議会に対しても計画的に嘘をついていた」と述べた。半世紀近くたった今も、政府の隠蔽体質は変わっていないようだ。

米国は、2001年9月11日の同時多発テロ事件から約1カ月後の10月7日に軍隊をアフガニスタンに派遣。この戦争は今日まで18年間続いている。朝鮮戦争(約3年)、ベトナム戦争(約14年)と比べても異常に長期にわたる戦争だ。この間、戦死者は2300人にのぼり、投じられた費用はゆうに1兆ドル(約109兆円)を超える。

ワシントン・ポストは今回の内部文書を情報公開法に基づき入手したが、当初は政府から開示を拒否され、3年以上にわたる2件の訴訟を経て、ようやく開示を勝ち取ったという。世界一の富豪であるアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏が個人所有する同紙でなければ、費用と時間の面で入手は難しかったかもしれない。

ワシントン・ポストは日頃、米政府の海外軍事介入を後押しするネオコン(新保守主義派)的な論調で知られるが、今回のアフガン・ペーパーズは、かつてのペンタゴン・ペーパーズに匹敵する特報として素直な評価に値する。

これまでも一部のジャーナリストや議員はアフガン戦争に関する米政府の公式説明に疑義を唱えていたが、おおむね陰謀論者として嘲笑されるか黙殺されるかだった。その意味でも、有力紙の一角であるワシントン・ポストが政府の嘘を暴いた意義は大きい。

トランプ米大統領はブッシュ、オバマ両政権のアフガン政策を批判、米軍撤収を繰り返し主張してきた。今回の暴露をきっかけにアフガン戦争への批判が高まり、米国史上最長の戦争に終止符が打たれれば、テロをなくすどころか逆に世界で反米感情を巻き起こしてきた対テロ戦争が転機を迎え、世界は平和に向けた大きな一歩を踏み出せる。

2020-08-21

暴力の社会、取引の社会

経済学における自己利益とは、より多くの資産に対する支配力を求めることを意味する。それは自分自身のためかもしれないし、誰か他の人のためかもしれない。だから経済学が終始純粋に利己的な人間を想定しているという考えは誤りである。
Armen A. Alchian, William R. Allen, Universal Economics

暴力による競争は立派だとされる。アレキサンダー大王、シーザー、ナポレオン、レーニン、毛沢東らが使った方法だ。彼らは大変尊敬される。国家規模の暴力を試みる犯人は、失敗しない限り、喝采を浴びる。
Armen A. Alchian, William R. Allen, Universal Economics

選択とは単に差別の別名でしかない。何らかの属性に応じて選択肢に序列をつけるのだから。非難されるのは差別そのものではなく、宗教、国籍、性別など人々が望ましくないと考える「不快な」差別である。
Armen A. Alchian, William R. Allen, Universal Economics

私有財産権が守られ、その権利を市場でいつでも取引できる社会は、経済資源の利用に関する意見の違いを暴力で解決する社会に比べ、より多くの物が生産され、人々はより礼儀正しく振る舞う。
Armen A. Alchian, William R. Allen, Universal Economics

米国、ディープステートとメディアが結託し戦争誘発…NYタイムズが認めて波紋

「ディープステート(Deep State)」という言葉をよく目にするようになった。「国家内国家」「闇の国家」などと訳される。「国家の内部に潜む、国家に従わない官僚集団」という意味だ。

この言葉がよく使われるきっかけをつくったのは、アメリカのトランプ米大統領だ。公の場で口にしたのは2018年8月、共和党の夕食会が初めてとされるが、その後、しだいに使用頻度が増えてきた。

たとえば今年11月1日、米南部ミシシッピ州トゥペロの選挙集会で、来年の大統領選で再選を目指すトランプ氏は「民主党とメディアとディープステートが我々を止めようとしている」と、米下院が「ウクライナ疑惑」をめぐって進める弾劾調査を批判した。トランプ氏の支持者である保守派層も盛んにこの言葉を使い、トランプ氏がディープステートの標的になっていると主張する。


ディープステートについてはこれまで、「いかがわしい陰謀論の産物で、実際には存在しない」という見方をされてきた。ところが最近、米国の権威ある新聞ニューヨーク・タイムズがディープステートの存在をほとんど認める記事を掲載し、話題となっている。記事は10月23日付で、『トランプの「ディープステート」に対する戦争は不利な状況』というタイトル。ピーター・ベーカー記者ら5人の共同執筆となっている。

同紙といえば、リベラル路線で知られ、トランプ氏やその支持者層の保守派とは対立する立場にある。その同紙がディープステートの存在を認めたとすれば、これは驚きだ。

記事は、トランプ氏支持者や保守派と違い、ディープステートの存在を非難しているわけではない。トランプ氏に対する同紙の批判的な見方を変えたわけでもない。しかしウクライナ疑惑について、中央政界での経験のないアウトサイダーであるトランプ大統領と、政府のインサイダーである官僚との暗闘として描いている。

たとえばサブタイトルで「弾劾調査はいくつかの点で、大統領と、彼が信用せず非難する政府組織との闘いの山場である」と記す。本文でも「トランプ氏が民主党への捜査をウクライナに求めようとしたことへの下院での弾劾調査は、公務経験のない大統領と、彼が引き継いだものの決して信用しなかった政府との33カ月に及ぶ激戦のクライマックスである」と書く。これらの表現で示されているのは、保守派が主張してきたトランプ氏とディープステートの対立の構図ほとんどそのままである。

2020-08-20

金融支配の起源

金融機関が経済・政治への支配力を強める現象は、資本主義の自然な発展の結果ではない。それは政府が財政・金融政策で市場経済の規律を大きく損なったために起こった。具体的には金融機関の救済や、金利を押し下げ、通貨供給量を増やす中央銀行の政策を通じてである。
Tho Bishop, ed., Anatomy of the Crash: The Financial Crisis of 2020

中央銀行は「最後の貸し手」として、金融業界にたやすく流動性を注ぎ込める。投資家はこれに促されて、リスクの高い活動に手を出す。金融危機になれば救済してもらえそうだと事前にわかっていなければ、そこまでリスクの高い投資はしないだろう。
Tho Bishop, ed., Anatomy of the Crash: The Financial Crisis of 2020

米国の金融規制緩和の後、それは金持ちにとって必ずしも楽ではないことがわかった。1984年にコンチネンタル・イリノイ銀行が米国史上最大の破綻に瀕し、1987年に株価が暴落した。ところがどちらも政府・中央銀行が救済したため、リスクの高い投資への警鐘にならなかった。
Tho Bishop, ed., Anatomy of the Crash: The Financial Crisis of 2020

金融機関が政治・経済への支配力を強める現象は、文化の変化や、資本主義の進化の結果だというマルクス主義の主張では十分説明できない。問題の根幹は、投資家階級に大きな利益と小さな損失を与えようとする、政府の介入である。
Tho Bishop, ed., Anatomy of the Crash: The Financial Crisis of 2020

米国中央銀行=FRBという陰謀…大銀行と政府の既得権益を守る組織の正体

米連邦準備理事会(FRB)は10月30日、政策金利を0.25%引き下げ、7月、9月に続く3回連続の利下げに踏み切った。中国との貿易戦争のリスクを警戒し、金融緩和で景気悪化を未然に防ぐという。

連邦準備理事会は、米国の中央銀行制度の最高意思決定機関。その金融政策の動向は米国内はもちろん、世界の市場関係者から注目を集める。このFRBが陰謀の産物だと言ったら、驚くだろうか。それとも「そんな陰謀論は信じない」と笑うだろうか。けれども陰謀が「ひそかに計画する、よくない企て」(大辞林)だとすれば、FRBの創設はその定義にぴったり当てはまる。

自分の自由を縛る中央銀行制度を進んで設立


1910年11月22日、米国東部ニュージャージー州ホーボーケンから南に向け、1台の列車が出発した。列車には専用車両があり、ウォール街の有力銀行家数人と大物政治家1人が乗り込んでいた。一行の目的地はジョージア州沖合、ジキル島。ここには世界有数の大金持ちたちが会員となっている狩猟クラブがある。彼らはそこで1週間にわたり、ある作業をすることになっていた。だが会合そのものも、その目的も極秘だった。


一行は鴨猟に出かける風を装い、ジキル島に到着した。ひそかに集まった参加者は、ネルソン・オルドリッチ(共和党上院議員)、ヘンリー・デイヴィソン(JPモルガン商会共同経営者)、ポール・ウォーバーグ(クーン・ローブ商会共同経営者)、フランク・ヴァンダーリップ(ナショナル・シティ・バンク・オブ・ニューヨーク副頭取)、チャールズ・ノートン(ファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク頭取)、ピアット・アンドリュー(ハーヴァード大教授、連邦財務次官補)らである。

この顔ぶれは、当時の金融業界における勢力関係の縮図といえる。ホスト役のヘンリー・デイヴィソンは、名門モルガン財閥の総帥ジョン・ピアポント・モルガンの腹心。モルガンはジキル島クラブのオーナーの1人であり、会合を開く段取りをつけたのはデイヴィソンとみられている。チャールズ・ノートンがトップを務めるファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨークもモルガン系である。

一方、ロードアイランド州選出の共和党上院議員であるネルソン・オルドリッチは、石油王ジョン・ロックフェラーが興したロックフェラー財閥と親しい関係にあった。娘は石油王ジョン・ロックフェラーの息子、ジョン・ロックフェラー2世の妻となり、オルドリッチからファーストネームを譲り受けた孫のネルソン・ロックフェラーは1970年代、フォード政権で副大統領を務める。フランク・ヴァンダーリップのナショナル・シティ・バンク・オブ・ニューヨークもロックフェラー系である。

2020-08-19

政府という暴力組織

政府は民間企業より長期志向というのは嘘だ。企業の寿命も100年を超す場合があるし、企業経営者は今の株価を上げるために未来の利益を高める。投資家は10年で配当を出せなくなる会社より、50年出せる会社を好むからだ。だが政治家は次の選挙しか頭にない。
Harry Browne, Why Government Doesn't Work

全国民の幸福を考える組織は政府だけというのは嘘だ。そんなことをやれる組織はないし、政府にもできない。政府がある集団に何かを与えるには、他の集団から取り上げるしかない。だから政府はえこひいきが避けられず、国民を対立する集団へと分断する。
Harry Browne, Why Government Doesn't Work

政府を他の組織とはっきり区別する特徴は、強制である。すなわち、暴力をちらつかせたり、実際に行使したりすることによって、人を服従させる。政府以外の組織は説得によって人を動かそうとするが、政府は強制する。
Harry Browne, Why Government Doesn't Work

政府とは社会における最大の強制組織である。政府に比べれば、暴力団など物の数に入らない。せいぜい政府が相手にしない、ちんけな稼業に精を出すのがいいところだ。
Harry Browne, Why Government Doesn't Work

経済成長を阻害する温暖化対策のほうこそ人類を殺す…グレタさんの主張の大きな間違い

米ニューヨークの国連本部で9月、地球温暖化対策を強化するため気候行動サミットが開かれた。日本の小泉進次郎環境相は記者会見での「セクシー」発言が話題になったが、演説の機会はなし。なんといっても注目を集めたのは、若者世代の代表として招かれた、スウェーデンの高校生で環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんである。

16歳のグレタさんは各国の代表を前に、主要国が十分な温暖化対策を取っていないと怒りに満ちた声で非難。温暖化対策に本気で取り組まなければ、「あなたたちを許さない」と大人たちを叱責した。彼女の訴えに対し、大手メディアは「若者たちの怒りを重く受け止めねばならない」(朝日新聞)、「大人には、若者の申し立てに応える責任がある」(毎日新聞)などと好意的に取り上げた。


けれども、グレタさんの言い分には、大きく2つの問題点がある。いや、これはグレタさんに限らず、国連や各国政府を含め、温暖化は危機だと警告する論者のほぼすべてに当てはまる。気候変動について冷静に考えるには、これらの問題点を無視できない。

最初の問題点は、温暖化そのものについてである。国連などの公式見解は「地球温暖化が起きている。このままだと地球の生態系は破壊され、災害が増大して人間生活は大きな悪影響を受ける。温暖化の原因は、化石燃料を燃やすことで発生する二酸化炭素(CO2)であり、これを大幅に削減することが必要」というものだ。これは本当に正しいのか。

温暖化は起きてはいるものの、この100年の温度上昇のペースは、せいぜい1.5度程度。これは過去に自然変動で起きたものと大差なく、生態系や人間生活に大きな悪影響を及ぼすとは考えにくい。実際、過去100年に起きた温暖化ではなんの被害もなく、人類は空前の繁栄を享受している。

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹で、エネルギー・地球温暖化問題を専門とする杉山大志氏のコラムによれば、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による気候のシミュレーションは「一連の過去の変化を全然再現できておらず、地球の気候の複雑さを表現できていない」。IPCC自身、科学的不確実性は大きいと認めている。したがって将来の予言も不確かだという。

温暖化の原因についても、経済活動で人為的に排出されたCO2だけでなく、それ以外の要因も大きく、実はよくわかっていない。人為的CO2による温暖化が起きたとされるのは1950年以降だが、それ以前にも地球は結構な速さで温暖化していた。海洋の内部変動や、太陽磁場の変動が大きな因子かもしれないという。

ここまでの話だけでも、国連やグレタさんら環境活動家の主張に疑問符が付くには十分だろう。

2020-08-18

社会正義運動と暴力

構造主義に基づく過激なトランスジェンダー理論によれば、ジェンダー(社会的性差)は、あるいは性別そのものでさえ、染色体や解剖、ホルモン、生理学では特定できない。ジェンダーや性差を決めるのは思考で、究極的には言葉であり、呼び方だという。
Michael Rectenwald, Springtime for Snowflakes: “Social Justice” and Its Postmodern Parentage

ハーバード大学のBGLTQ(性的少数者)学生支援室によれば、ジェンダー(社会的性差)は「日々変わりうる」もので、大学は学生のその日その日のジェンダーを認識しなければならないという。トランスジェンダー理論とは、ポストモダン理論を貫く哲学的観念論の名残りである。
Michael Rectenwald, Springtime for Snowflakes: “Social Justice” and Its Postmodern Parentage

社会正義運動は生物学や遺伝学、進化生物学、進化心理学を目の敵にしている。そして、それらを対話の場から締め出すため、大学のセーフスペースや講演拒否を利用する。これらの学問分野に少しでも触れることは、社会正義の世界ではご法度だ。
Michael Rectenwald, Springtime for Snowflakes: “Social Justice” and Its Postmodern Parentage

真理と現実が思考だけに基づいて決まるという過激なトランスジェンダー理論は、独善的で権威主義的、反理性的、また事実上宗教的にならざるをえない。あまりにも意味不明な主張を含むため、世間に認めさせるには暴力をちらつかせるか、実際に行使しなければならない。
Michael Rectenwald, Springtime for Snowflakes: “Social Justice” and Its Postmodern Parentage

日本に実在する「上級国民」という階層…メディアも触れない理由

「上級国民」という言葉が一躍注目されている。4月に東京・池袋で死者2人、負傷者8人を出した自動車暴走事故で、車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88)が現行犯逮捕されず、報道で「容疑者」ではなく「さん」「元院長」などの呼称が使われたのは、元官僚という「上級国民」だからだ、という憶測が広がった。

逮捕されないことや報道上の呼称については、それぞれしかるべき理由があるとして、憶測は否定されているようだ。けれどもこの出来事をきっかけに、一般国民にはない特権を持つ人々(上級国民)の存在がクローズアップされたのは、社会の仕組みを正しく知るために有意義だったといえる。


ネット上の議論を見ていると、上級国民とは根拠のない陰謀論の産物で、現実には存在しないと主張する向きもある。これは明らかに言い過ぎだ。上級国民という呼び名はともかく、国民が一部の特権階級とそれ以外の一般人に分かれることは、あとで詳しく述べるように、古くから学問的にも指摘されてきた事実だからだ。

その意味で、上級国民は本当に存在する。議論を深めるうえで重要なのは、何を基準に上級国民と一般国民を区別するかである。言い換えれば、上級国民の正しい定義とは何かである。

現在、その定義はあいまいだ。ネットの「ニコニコ大百科」では、2015年の東京五輪エンブレム騒動を発端に、権威を振りかざす専門家を皮肉る意味合いで上級国民という言葉が広まった経緯を紹介し、最近では「政治家や役人、資産家などを批判的な意味合いにて指し示すようにも用いられる」と解説するものの、はっきりした定義は述べていない。

ベストセラー作家の橘玲氏が最近出版した『上級国民/下級国民』(小学館新書)は、そのものずばりのタイトルだが、期待外れなことに、上級国民の明確な定義はやはりない。「じゅうぶんな富のある一部の男性」を上級国民と呼ぶ箇所はあるが、あまりに漠然としている。これなら上級国民などという新奇な言葉を使わず、単に「富裕層」と呼べば済むことだ。

2020-08-17

偽物の資本主義

政治資本主義(別名・縁故主義、コーポラティズムなど)では政治エリートと経済エリートが自分たちの利益のために政治経済を支配する。これは市場資本主義ではない。
Randall G. Holcombe, Political Capitalism: How Political Influence Is Made and Maintained

規制は建前上、国民の利益のために立案される。しかし実際は、経済エリートが自分の利益のために設計してきた。競争によって挑戦者が台頭するのを防ぎ、エリートの地位を維持するのに役立てるのである。
Randall G. Holcombe, Political Capitalism: How Political Influence Is Made and Maintained

政府は全知ではない。政治家や官僚は、国民の幸福を最大にするために必要な情報をすべて集めることはできない。政府は無欲でもない。政治家や官僚は、民間の人々と同じように、自分の利益を追求する。
Randall G. Holcombe, Political Capitalism: How Political Influence Is Made and Maintained

政治における競争で真に重要なのは、権力を握っている者と、それを奪おうとする者との競争である。政党間の競争ではない。
Randall G. Holcombe, Political Capitalism: How Political Influence Is Made and Maintained

隠蔽された日清戦争の日本の蛮行…朝鮮の農民5万人を殺戮、韓国の反日感情の根底

今年は1894年(明治27)の日清戦争の開戦から125年目にあたる。正式な宣戦布告は8月1日だが、後述するように、実際には7月下旬から戦争は始まっていた。

日清戦争は近代日本が初めて体験した本格的な戦争であり、歴史的な意味が大きい。ところが、10年後に始まった日露戦争が司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』やそのドラマ化によってよく知られるのに比べると、一般の印象は希薄なようだ。しかし、この戦争こそ、その後の日本の進路を決定づけた戦争にほかならない。


日清戦争の目的はなんだったのか。その伏線は開戦のおよそ20年前にさかのぼる。1875年(明治8)、日本の軍艦、雲揚号が朝鮮の江華島沖で挑発的な行動をして朝鮮側の砲台と交戦する事件(江華島事件)を起こし、これを契機に1876年には日本は軍艦を送って日朝修好条規を結び、朝鮮を開国させる。

日朝修好条規の第1条には「朝鮮国は自主の邦にして、日本国と平等の権を保有せり」という規定を盛り込む。当たり前の内容のように見えるが、そこには清国を宗主国とする朝鮮の伝統的な外交関係を断つという、日本側の重大な意図が隠されていた。

日朝修好条規は、治外法権を定め関税自主権を与えないなど、かつて日本が欧米に強制された不平等条約と同様の内容だった。日本はかつて自分たちが強制されたことを、朝鮮に対して強制したのである。これにより朝鮮人は日本への反感を強めていく。

1894年春、朝鮮で大規模な農民の反乱が起こった。きっかけは、うち続く飢饉と政府による圧政、地方役人の不正・腐敗に対する怒りである。武装蜂起した農民らは人間の尊厳と平等、博愛を解く「東学」の思想運動によって結びついた。かつては東学党の乱と呼ばれたが、現在では東学農民戦争といわれる。

農民軍は逐洋斥倭(日本と西洋の駆逐)などをスローガンに掲げ、全羅道の全州を占領する。朝鮮国王は清国に援兵を要請。日本も朝鮮に出兵する。日本と清国の介入を見て、朝鮮の農民軍は同年6月に朝鮮政府と急遽、全州和約を結んで停戦した。

2020-08-16

諸星大二郎『西遊妖猿伝』

国家という盗賊


神学者アウグスティヌスによれば、国家は盗賊と変わらない。規模の違いがあるにすぎない。これは時代を超えた真理である。諸星大二郎が1980年代から断続的に描き続けている傑作マンガ『西遊妖猿伝』を読めば、それがよくわかる。


この壮大な物語は、中国の有名な『西遊記』を下敷きにしているけれども、主人公の孫悟空は、猿ではなく人間の若者だ。強大な妖怪・無支奇から「斉天大聖」の称号と超人的な力を授かり、民衆の怨念のために権力者と戦うよう宿命づけられる。

隋の皇帝煬帝は公共工事や対外戦争に人民を駆り出し、多くの命を奪った。隋の滅亡後、中国各地に軍事勢力が乱立。一時は天下に皇帝が十人もいるという状態になるが、その中から唐が他勢力を屈服させていく。この時代、物語の幕が開く。

悟空が初めてその人間離れした力を発揮するのは、羊泥棒のかどで捕われ、黄河を護送される船上でのことだ(大唐篇、第1巻)。

病気で熱があるのに船を引く仕事に駆り出された民衆の一人を、唐の役人が「お上の仕事を仮病でごまかそうってのか!」「誰が賊を滅ぼしてお前たちが飯を食えるようにしてやったと思ってるんだ!」と棒で打つ。打たれた男はこう言い返す。「お前らだってその賊とかわりねえじゃねえか。何がお上だ!」

事実、唐は乱立した軍事勢力の一つにすぎなかったのだから、この指摘は正しい。さらに男は叫ぶ。「隋が唐にかわっただけだ。きさまら役人はいつだって、おれたちの生き血を吸ってるダニだ!」

役人は怒り、男を殴り殺そうと何度も打ちすえる。この様子を目の当たりにした悟空は、怒りとともに超人的な力が目覚める。檻を破って甲板に踊り出し、大きな帆柱を振り回して役人どもを次々に河へ叩き落とす。

もちろん小役人は国家権力の末端にすぎない。その後、悟空は仲間とともに皇帝李世民の命を狙って長安の王宮に乗り込み、大乱闘を繰り広げる。悟空によって馬小屋から放たれた多数の馬が宮城内を暴走するシーンは、黒澤明の映画のような迫力だ(大唐篇、第4巻)。

物語の後半、悟空は僧の玄奘に従い、天竺(インド)を目指す。真理を知るため、命の危険を冒しても仏教の原典を確かめるのが玄奘の目的だ。

インド哲学者の中村元によれば、インド仏教では、アウグスティヌスと同じく、国王と泥棒を同列に見ていたという。真理は洋の東西を問わない。

今の先進国では昔ながらの強制労働こそ影を潜めたが、税という名の搾取に民衆が苦しむ状況は変わらない。国家という盗賊と戦う悟空の活躍から、これからも目が離せない。

他国政府転覆など介入を繰り返す米国に、大統領選介入のロシアを批判する資格などない

トランプ米大統領は5月3日、ロシアのプーチン大統領と電話で会談し、米大統領選へのロシア介入疑惑に関するモラー米特別検察官による捜査報告書について短時間協議した。トランプ氏によると、プーチン氏は笑い混じりに「大山鳴動してネズミ1匹」という趣旨の発言をしたという。

米ロ首脳の電話会談は、モラー氏の捜査報告書が3月24日に公表されて以降初めて。報告書ではトランプ陣営とロシアの共謀は認定されず、米政府筋のリークをもとに共謀はあったと書き立ててきた米欧の大手メディアは、面目を失った。まさに大山鳴動してネズミ1匹だ。


ところで米CNNテレビによると、トランプ氏は電話会談後、ホワイトハウスで記者団から、次期大統領選へ介入しないようプーチン氏に要請したかと聞かれ、「それについては話し合わなかった」と答えた。

このやり取りをプーチン氏が知ったら、苦笑することだろう。確かに、モラー氏の報告書ではトランプ陣営との共謀は認定しなかったものの、ロシアによる選挙介入そのものを否定したわけではない。しかし、かりにロシアによるなんらかの介入があったとしても、それを米国が非難する資格はない。米国自身、これまで他国の内政に露骨な介入を何度も繰り返してきたからだ。

最近日本語版が刊行された、米ジャーナリスト、ウィリアム・ブルム氏の著書『アメリカ侵略全史』(作品社)によれば、第二次世界大戦後、米国政府が世界中の主権国家に対して行った介入は、重大なものだけで70~80カ国に及び、その回数は100回を優に超えるという。

2020-08-15

竹内健蔵『あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる』

プレゼントの経済学


日本でも有名な米政治哲学者マイケル・サンデルは「経済学者は贈り物が好きではない。より正確に言えば、合理的な社会的慣行としての贈り物の意味を理解するのに苦労している」(『それをお金で買いますか』)と述べる。経済学の視点に立てば、受取人本人が喜ぶかどうかわからないプレゼントを買って渡すよりも、その分の現金を渡したほうが、受取人が幸せになる(受取人の効用が最大化される)はずだからという。


サンデルは経済学をうまく批判したつもりなのだろうが、かえって経済学に対する無知をさらけ出している。その理由は、本書『あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる』を読めばよくわかる。

女性大生の彼女は、つき合っている彼氏からイヤリングを贈られ、大喜びする。彼女は一体イヤリングの何について喜んだのだろう。イヤリングの値段は3万円する。その金銭価値がうれしいのだとすると、きっと彼女は頭の中で「このイヤリングをそのままネットオークションにかければ3万円稼げるかもしれない」と彼氏が聞いたら悲しむようなことを考えているに違いない。

しかし実際には、彼女はこのイヤリングを大切に使いたいと考えている。つまり、オークションに出して3万円を手に入れる以上の何らかの価値をそのイヤリングは持っているから、彼女はそれをオークションに出さないのである。「そうであれば、彼女のうれしさは3万円という金銭価値ではない」と著者の経済学者、竹内健蔵氏は指摘する。

それでは、彼女は何を喜んだのか。3万円もあれば、彼氏はちょっとした旅行ができたかもしれない。友達と居酒屋で楽しく過ごす時間を何回か持てたかもしれない。「そうした楽しみを犠牲にしてまで自分のためにイヤリングを買ってくれたという、その彼氏の気持ちが彼女にはうれしいのである」

そもそも経済学は、お金のことを研究する学問ではなく、「人間の気持ちや幸せを扱う学問」なのだ。だから人がなぜプレゼントを喜ぶかも、経済学で合理的に説明できる。イヤリングを贈るという選択をした結果、旅行や居酒屋の楽しみをあきらめるようなことを、経済学では「機会費用を払う」という。

本書は機会費用を切り口に、日常のさまざまな疑問を経済学で論理的に解き明かす。経済学に無知なハーバード大学教授の講義などとは、比べ物にならない面白さだ。

米NYタイムズ、嘘報道でイラク戦争起こし多数の犠牲者…嘘のロシア疑惑で政権批判も

2016年の米大統領選でトランプ陣営がロシア政府と共謀して得票を不正に操作したという「ロシア疑惑」は実際にはなかったことが、モラー特別検察官の捜査によって結論付けられた。2年以上にもわたって大手メディアが振りまいてきたロシア疑惑報道は、フェイク(偽)ニュースだったわけである。

バー米司法長官は3月24日、ロシア疑惑について捜査結果の概要を公表した。モラー特別検察官の捜査で、トランプ大統領の選挙陣営がロシアと共謀した疑惑を裏づける証拠は見つからなかった。


2017年5月にモラー特別検察官による捜査が始まってから、今年3月末で22カ月。実際には2016年10月、米国土安全保障省が大統領選挙においてサイバー攻撃による妨害が行なわれていたことを認める声明を出し、ロシア疑惑に火がついた。この間、実に2年以上にもわたり、メディアは洪水のように大量のロシア疑惑報道を流してきた。大半はトランプ氏側を「クロ」と決めつける内容だ。

しかし、それらの報道は、前回の本連載でも指摘したように、いずれも根拠に乏しいものだった。ワシントン・ポスト、CNN、NBC、ABC……。米国を代表する大新聞やテレビが誤報や問題のあるニュースを連発した。それにもかかわらず、トランプ陣営がロシアと共謀したという疑惑そのものは、あたかも事実であるかのようにメディア上で語られてきた。

今回の捜査結果によって、大手メディアが争って伝えてきたロシア疑惑そのものに証拠がなかったことが明らかになった。報道機関の存在意義すら問われかねない、由々しき事態といわざるをえない。一体なぜ、このような事態を招いてしまったのだろうか。

2020-08-14

金と不換紙幣

いかなる法定通貨も、その名とは裏腹に、政府の法令だけで流通することはできない。あらゆる法定通貨は、もともと金や銀(または金や銀を裏付けとする通貨)と交換できた。流通している貨幣と交換できて初めて、政府の紙幣は流通できるようになったのである。
Saifedean Ammous, The Bitcoin Standard: The Decentralized Alternative to Central Banking

今日まであらゆる政府の中央銀行は準備資産を保有し、自国通貨の価値を裏打ちしている。多くの国では準備に金を含めている。金準備を持たない国では、金準備を持つ国の不換紙幣を保有している。いかなる形の裏付けもない純粋な不換紙幣は、流通していない。
Saifedean Ammous, The Bitcoin Standard: The Decentralized Alternative to Central Banking

貨幣国定説の誤った主張とは逆に、政府が法令によって金(きん)を貨幣にしたのではない。金を保有して初めて、政府はその貨幣をあらゆる人に受け入れさせることができたのである。
Saifedean Ammous, The Bitcoin Standard: The Decentralized Alternative to Central Banking

政府は不換紙幣を納税の手段として義務付けることで、不換紙幣の寿命を延ばすことができるかもしれない。ただし、それは政府が貨幣供給量の急激な増加を防ぎ、貨幣を急速な減価から守れる場合だけだ。広く利用される主要通貨は、取引されない二流通貨よりも増加量が少ない。
Saifedean Ammous, The Bitcoin Standard: The Decentralized Alternative to Central Banking

米国トランプのロシア疑惑、2年経過も証拠なし…主要メディアの偽ニュース続々発覚

先月、米国でトランプ政権のロシア疑惑を捜査中のロバート・モラー特別検察官が、新たな疑惑報道を否定する異例の声明を出し、注目を集めた。

問題の報道は、米ニュースサイト「バズフィード」が複数の捜査関係者の話として1月17日に伝えた。モスクワでの「トランプタワー」建設事業計画をめぐり、トランプ米大統領が元顧問弁護士マイケル・コーエン氏に議会で偽証をするように指示したという。


ところがモラー氏は18日夜、「バズフィードの記述は正確ではない」との声明を発表した。その後、バズフィードの報道を裏付けるような事実は判明しておらず、このままではやはりフェイク(偽)ニュースだったということになりそうだ。

バズフィードは急成長してきたネットメディア。2017年1月、ロシア疑惑の発端となった秘密文書の全文を公開したことでも知られる。しかしその後、この文書がじつは米大統領選でトランプ氏と争った民主党のヒラリー・クリントン陣営などの委託で作成されていたことが判明。内容にも虚偽が多かった。

今回、モラー氏から否定された偽証報道は、ロシア疑惑に関するバズフィードの報道姿勢に、あらためて疑念を呼び起こしている。

バズフィードに限らない。16年の米大統領選挙でロシアが共和党のトランプ候補を勝たせるため、トランプ陣営と共謀し世論工作や選挙干渉を行ったとされるロシア疑惑(ロシアゲート)について、多くの米欧主流メディアが2年以上にわたり大々的に報じてきたが、共謀を示す証拠はいまだに見つかっていない。

それどころか、誤報と判明したお粗末な報道が少なくない。おもな偽ニュースを時系列で振り返ってみよう。

2020-08-13

国家が戦争をもたらす

もし企業が自分の起こした失敗を理由に、より多くの資金と権限を自分に与えるよう求めたなら、誰もがその動機を疑い、たやすく承服しないはずだ。それなのになぜ、政府が同じことを求めると、多くの人が進んで資金や権限を与えようとするのだろうか。
Llewellyn H. Rockwell, Speaking of Liberty

国家とはそれ自身、戦争の最大の原因である。
Llewellyn H. Rockwell, Speaking of Liberty

9・11テロに対する正しい対応は、政府の安全保障省庁をすべて解体し、航空会社をはじめとする民間企業に自身の警備を任せることだった。
Llewellyn H. Rockwell, Speaking of Liberty

経済学者ミーゼスが言うとおり、もし社会主義を憎むなら、戦争も憎まなければおかしい。なぜなら軍事社会主義とは国家社会主義であり、そこではあらゆる組織が戦争遂行のために設計されているからである。
Llewellyn H. Rockwell, Speaking of Liberty

障害者への強制不妊手術という優生政策を正当化…“福祉国家”の危険な正体

旧優生保護法(1948~96年)下で約2万5000人もの障害者らに対し不妊手術が行われていた問題は昨年、日本社会に大きな衝撃を与えた。社会問題化を受け、与野党は2018年12月に救済法の基本方針案をまとめた。本人の請求に基づき、厚生労働省が被害認定した人に一時金を支給するとの内容だ。今年の通常国会での成立を目指す。

これまで差別や偏見を恐れ被害を訴え出られなかった人々が、勇気を出して国を相手に裁判を起こした成果である。メディアによる報道も社会の関心を呼び起こした。


しかし、どのメディアも踏み込みが足りないと感じられることがある。それは、強制不妊という非人道的な行為をもたらした根本的な原因の究明である。いや、報道のところどころで遠慮がちに触れられてはいるものの、はっきり名指しすることをためらっているようにみえる。

強制不妊をもたらした「犯人」とは、福祉国家である。強制不妊に代表される優生政策(悪性の遺伝的素質を淘汰し改善を図る政策)というと、ナチスドイツとその指導者ヒトラーを思い浮かべる人が多いだろう。また、優生政策は戦争に向けた富国強兵策の一種だと考える人も少なくない。そうした先入観からは、社会福祉の充実を目指し、ナチスとは正反対に人道的だと思われている福祉国家が強制不妊をもたらしたなどという指摘は、とんでもない暴論に聞こえるに違いない。

しかし優生政策をヒトラーやナチスだけに結びつけると、歴史の重要な事実を見落とし、問題の本質が見えなくなる。

2020-08-12

連銀の予測能力

近年、米連邦準備銀行の職員数は減っているにもかかわらず、経済博士号を持つエコノミストはおよそ千人もいる。サンフランシスコ連銀によれば、一組織として雇う経済博士の数で連銀は米国一であり、おそらく世界一だという。
Danielle DiMartino Booth, Fed Up: An Insider's Take on Why the Federal Reserve is Bad for America

連邦準備理事会議長で初の博士号保持者はコロンビア大学の有名教授だったアーサー・バーンズで、史上最悪の議長の1人として批判された。ポール・ボルカーは経済学修士号のみで博士号は持たなかったが、1980年代に2ケタのインフレを退治したことで最高の議長の1人とされる。
Danielle DiMartino Booth, Fed Up: An Insider's Take on Why the Federal Reserve is Bad for America

クリーブランド連銀の2007年の調査によると、エコノミストは過去23年にわたり、素人以上に優れた予測結果を残せなかった。調査対象のエコノミストで、一貫して正しい予測をできた者は誰もいなかった。
Danielle DiMartino Booth, Fed Up: An Insider's Take on Why the Federal Reserve is Bad for America

2006年には5人の連銀準備理事会メンバーのうち4人と、7人の地区連銀総裁が経済博士号保持者となった。かつて伝統的に銀行業界出身者が占めていたのとは様変わりだ。連銀幹部の多くを学者が占めたという事実は、2008年の金融危機を察知できなかった理由を解くのに役立つ。
Danielle DiMartino Booth, Fed Up: An Insider's Take on Why the Federal Reserve is Bad for America

日産ゴーン逮捕、東京地検特捜部に世界中から批判…異分子排除の「宗教裁判」

日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)が東京地検特捜部に逮捕され、衝撃が広がっている。特捜部は11月19日、約50億円の役員報酬を有価証券報告書に記載しなかったとして、ゴーン氏を金融商品取引法違反容疑で逮捕。これを受け日産は同22日、臨時取締役会を開き、ゴーン氏の会長職と代表取締役の解任を決めた。

この出来事に対しては、起こった直後から、海外メディアや専門家から疑問や批判の声が上がっている。米ウォールストリート・ジャーナルは、検察によるゴーン前会長の取り調べに弁護士が同席できず、疑惑が次々とメディアにリークされるなか、ゴーン前会長が一方的に企業のトップを解任されたことに対し「宗教裁判」だと批判した。


ゴーン氏がトップを務める仏企業ルノーの地元フランスのメディアでは、西川廣人日産社長らがゴーン氏排除に動いたクーデターだとの見方が広がっている。

郷原信郎弁護士はITmedia ビジネスオンラインへの寄稿で「堀江貴文氏、村上ファンド事件の時より本件の捜査はひどいと感じた」と述べた。2006年、ライブドア社長だった堀江氏、村上ファンド代表だった村上世彰氏がゴーン氏と同じく東京地検特捜部に逮捕された事件は、米国型敵対的買収の排除を狙った「国策捜査」だったとの見方がある。

ゴーン氏は日産の経営危機を救った立役者で「コストカッター」の異名をもつ。今回の逮捕の背景にはまだわからない部分が多いものの、日本の経営風土になじまない「異分子」を排除しようとする点で、かつてのライブドア、村上ファンド事件に通じるものがある。

2020-08-11

学校教育は壮大な無駄

偉大な教師は生徒をシェイクスピア愛好家、南北戦争ファン、前衛芸術家、熱心なバイオリン奏者に変えるかもしれないが、それはめったにない。教師が最善を尽くしても、大半の若者にとって高尚な文化は退屈だし、それは大人になってもまず変わらない。
Bryan Caplan, The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money

学校教育で労働者の生産性を高めることができないなら、なぜ経営者は高学歴者に高給を払うのだろう。シグナリング効果だ。かりに授業の中身がまったく役に立たなくても、学校の成績が生産性に関する何らかの情報を与えてくれさえすれば良いのだ。
Bryan Caplan, The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money

より高度な教育を受けた人は、より良い仕事を得る。しかし、国民全員がより高度な教育を受けたからといって、国民全員がより良い仕事に就けるわけではない。
Bryan Caplan, The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money

最善の教育政策とは、教育政策の全廃である。学校と国家を分離するのだ。
Bryan Caplan, The Case against Education: Why the Education System Is a Waste of Time and Money

ケネディ米大統領暗殺、55年目の真実…ジョンソン副大統領“黒幕”説が広まる

1963年11月22日のジョン・F・ケネディ(JFK)米大統領暗殺から55年目を迎えるのを前に、ケネディの後任に副大統領から昇格したリンドン・B・ジョンソン(LBJ)にスポットを当てるハリウッド映画『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(ロブ・ライナー監督)が全国で上映されている。思いがけず大統領の重責を担った重圧のなか、ケネディの理想を実現するため努力した誠実な人物としてジョンソンを描く。しかし、このジョンソン像は真実だろうか。

それというのも、ジョンソンはケネディ暗殺の黒幕だったという衝撃的な陰謀説が以前からくすぶり続けているからだ。


犯罪には(1)動機、(2)手段、(3)機会の3要素が存在するとされる。ジョンソン黒幕説のポイントを紹介しながら、点検してみよう。

動機


まずジョンソンには、合衆国大統領という強大な権力への並外れた欲望と、通常の方法ではその望みをかなえられないという動機があった。テキサス州の農村で生まれ育ったジョンソンはまだ小学校低学年のとき、将来大統領になると初めて宣言した。これだけなら子供によくある話だが、ジョンソンの場合、大統領になる夢は一生を賭けた執念となる。そのためには手段を選ばなかった。

ジョンソンは民主党に籍を置き、1948年、上院議員に初当選する。これは水増し投票による不正なものだったといわれる。ジョンソンの顧問弁護士を務めたバー・マクレラン氏の著書『ケネディを殺した副大統領-その血と金と権力』によれば、投票終了後、有権者を捏造し、その名前を登録有権者名簿に書き加え、開票結果にその数を上乗せしたという。

実質的な党代表である上院院内総務にまで出世したジョンソンは1960年、大統領選に出馬するが、党指名候補争いでケネディに敗れ、屈辱を味わう。大統領になる執念を実現するには2つの選択しかなくなった。次の大統領選挙まで待つか、不慮の事態を期待してケネディの副大統領候補に甘んじるかである。ジョンソンは後者を選び、新聞記者に意味深長な言葉を語った。

「大統領の4人に1人は在職中に死亡している……一か八かやってやろうじゃないか!」

ジョンソンには大統領を目指すのにゆっくり時間をかけていられない理由があった。健康問題だ。ジョンソンのおじは57歳の若さで心臓発作で死亡し、父親もやはり60歳のときに心臓病で死んだ。ジョンソン自身もすでに47歳の若さでひどい心臓発作に襲われ、危うく死にかけている。これでは長寿は望めず、あと5〜10年の猶予しかないという焦りがあった。

駄目押しとなったのがスキャンダルである。副大統領在職中、ジョンソンの身辺にはカネにまつわる問題が相次いだ。有力な支援者である事業家ビリー・ソル・エステスが綿花の作付け割り当てで不正を働いた事件、腹心の民主党上院院内総務秘書ボビー・ベーカーによる収賄事件などだ。

これらのスキャンダルも一因となり、1964年の大統領選が近づく頃には、ジョンソンは民主党の公認候補にはなれないとの見方が広がっていた。決定打として、ケネディ本人が「ジョンソンは副大統領候補にならないだろう」と発言したと伝えられる。このままではジョンソンに「次がない」ことは誰の目にも明らかだった。

2020-08-10

福祉国家と総力戦

侵略的ナショナリズムは、政府の経済介入と国家計画の政策から、必然的に派生したものである。自由放任主義が国際紛争の原因を取り除くのに対し、ビジネスに対する政府の干渉と社会主義は、平和のうちに解決できない紛争を引き起こす。
Ludwig von Mises, Human Action

自由貿易と移民の自由の下では、自国領土の規模を心配する者はいない。経済ナショナリズムによる保護政策の下では、ほとんどの市民が領土問題に利害を持つ。市民にとって領土の拡張は、物質的な向上か、少なくとも、外国政府による福利の制限からの救済を意味する。
Ludwig von Mises, Human Action

王家の軍隊同士が争った前近代の限定戦争を、国民と国民との衝突という総力戦へ変質させたものは、軍事技術ではない。自由放任国家から福祉国家への転換である。
Ludwig von Mises, Human Action

戦争をなくすうえで、条約や会議、国際連盟や国際連合のような官僚組織は頼りにならない。大使や書記官、専門家は思想の闘いでは見栄えがしない。お役所仕事で征服心を抑圧することはできない。必要なのは、思想と経済政策の根本的な変化である。
Ludwig von Mises, Human Action

米国9・11テロ、その22年前にイスラエルが予告?テロ前からイラク戦争実行計画が存在か

TRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会)の報道によると、10月6日、イラクの都市ファルージャ、サラハッディン、モスルの3カ所でテロ攻撃が発生し、4人が死亡、37人が負傷した。一方、翌7日、アフガニスタンで反政府武装勢力タリバンのメンバーがマイダン・ヴァルダク州サイード・アバド区を攻撃し、区警察局の局長とその護衛6人が死亡した。

米国が2001年9月11日の米同時多発テロ後にアフガンやイラクで始め、英国や日本も追随した「テロとの戦い」は、同時テロから丸17年もの年月がたった今も終わる気配がなく、国際社会に暗い影を落とす。


テロとの戦いは、本当に戦うに値するものだったのか。その問題を考えるときに避けて通れないのは、大義名分とされた同時テロの真相だ。その首謀者が国際テロ組織アルカイダの指導者、故ウサマ・ビン・ラディン容疑者であるという米政府の公式説明に対しては、大手メディアでは取り上げられないものの、今でも疑いが抱かれている。

よく指摘されるのは、アフガンやイラクに対する米政府の戦争は、9・11テロに対する報復ではなく、テロの前から当時のブッシュ政権の行動計画にあったというものだ。

たとえば2000年9月、ネオコン(新保守主義派)のシンクタンク、アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)は「アメリカ国防の再建」と題する文書を公表している。PNACはその後ブッシュ政権に参画することになる人々によって結成されたもので、そのなかにはディック・チェイニー氏(ブッシュ政権で副大統領)、ドナルド・ラムズフェルド氏(同・国防長官)、ポール・ウォルフォウィッツ氏(同・国防副長官)らが含まれる。

この文書は米国によるイラク占領など米軍事政策の根本的な変革を求めるが、その変革は「新しい真珠湾のような何か破局的で触媒的な出来事がない限り、ゆっくりとしか進まないだろう」という。言い換えれば、もし「新しい真珠湾」のような出来事が起これば、軍事的な革命がもっと迅速に完遂されうるということだ。

9・11テロこそ米政府に都合の良い「新しい真珠湾」であり、ブッシュ政権や米情報機関はなんらかのかたちでその発生に加担する動機があったと、公式説明に異を唱えるジャーナリストや著作家はみる。

ところが最近、テロとの戦いを軍事政策の大義名分として利用する考えは、さらに昔からあり、しかもそれは米国内ではなく、外国で生まれたものだという説が浮上、注目を浴びている。この説を唱える米ジャーナリスト、クリストファー・ボリン氏によれば、その外国とはイスラエルである。

2020-08-09

ネット企業、政府批判を「検閲」の動き…背後にちらつく米国政府の圧力


米国の超保守派メディア「インフォウォーズ」とその設立者であるアレックス・ジョーンズ氏が、アップル、フェイスブック、グーグル傘下のユーチューブ、スポティファイなど大手ネット企業の配信サービスやSNS(交流サイト)から情報発信を禁止され、議論を呼んでいる。過激な発言で知られるジョーンズ氏の排除に快哉を叫ぶ人々もいるが、そう単純な話ではない。

ジョーンズ氏の名は日本ではあまり知られていないが、ホストを務めるトークラジオ番組は全米で100局以上が放送する有名人だ。ただし主流メディアでは陰謀論者と呼ばれ、評判は良いとはいえない。2001年の同時多発テロは米政府の自作自演、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件の生存者は金で雇われたクライシスアクター、コネティカット州のサンディフック小学校銃乱射事件はでっち上げといった説を主張していることがその原因だ。


ジョーンズ氏の番組がトラブルや事件のきっかけになったことも少なくない。サンディフック銃乱射事件で子供を失った男性は、子供が存在しなかったというジョーンズ氏のデマにより、絶え間なく嫌がらせを受けていると訴えを起こした。パークランド銃乱射事件では、犯人であるとして画像や名前を誤って公開された男性が、名誉毀損でジョーンズ氏を訴えている。

ジョーンズ氏の主張には、裏付けの乏しい荒唐無稽なものもあるかもしれない。しかし一方で、米情報機関や主流メディアの偏った主張を正しく批判しているのも事実だ。

主流メディアがロシアのプーチン大統領を独裁者と呼び、その権力を背景に2016年米大統領戦に干渉したという「ロシアゲート」を盛んに報じるのに対し、ジョーンズ氏は、プーチン氏は大統領選で76%の得票を勝ち取ったのだから独裁者ではありえないと反論。英国南部で起きた神経剤襲撃事件の犯人はロシアだとする英政府の主張にも疑問を投じた。

ジョーンズ氏の番組はフェイスブックやユーチューブから排除される直前、米国家安全保障局(NSA)の元幹部で内部告発者、 ウィリアム・ビニー氏に対するインタビューを行い、米国の監視社会化に警鐘を鳴らしている。ビニー氏は、ロシアゲートは嘘だと指摘してきたことでも知られる。

ジョーンズ氏やその番組のアカウントをすべて削除・凍結してしまえば、価値のある報道まで失われてしまう。そもそもすべてが削除されてしまったら、それが適切な対応だったかどうか、第三者が判断することもできない。

2020-08-08

金高騰が鳴らす警鐘 通貨への信認取り戻せ


  • 金価格高騰の根底にあるのは現在の通貨制度への不信感
  • 金本位制のもとでは政府による通貨価値の低下に歯止め
  • 経済を繁栄させるには通貨に対する信認を取り戻す必要

金価格が高騰している。指標となるニューヨーク金先物は1日に一時、1トロイオンス1800ドルを突破し、2011年11月以来約8年8カ月ぶりの高値水準を付けた。国内でも最大手の田中貴金属工業が公表する金地金の小売価格は1グラム6826円(税込み)と過去最高を更新した。

メディアでは金高騰の理由として、世界各地で新型コロナウイルスの感染者が再び増加し、再開したばかりの経済活動が再び規制されるとの懸念が強まったことで、安全資産といわれる金を買う動きが加速したと解説している。

金はインフレから財産を守る


それも一つの要因ではある。けれども、金高騰の背景にはもっと根深い理由がある。

そもそも金はなぜ、安全資産といわれるのだろうか。「安全」が元本割れしないという意味だとすると、金はそれには当てはまらない。金の価格は変動し、元本を割る場合もあるからだ。


金が安全資産と呼ばれるのは、昔から財産を守る手段として頼られてきたからだ。それにはいくつか理由がある。世界のどこでも価値のある貴金属として通用すること。持ち運びでき、かさばらないこと。そして特に重要なのは、インフレに強いことだ。

インフレになると、財産として蓄えたおカネの価値が失われてしまう。金であれば、インフレで物価全体が上昇すれば、それにつれて金の値段も上がる可能性が大きいから、その分、財産の価値が目減りしなくて済む。

もしインフレが起こる心配が小さいのであれば、財産の防衛手段としてわざわざ金を買う必要はないだろう。けれども現実には、世界の政府・中央銀行はデフレ脱却の旗印の下、インフレを起こそうと躍起だ。

それに加えて、コロナ対策の影響で痛んだ経済を立て直すとして、巨額の財政支出に乗り出している。財源は実質、中央銀行によるおカネの大量発行に頼るから、おカネの価値が薄まるのは必至だ。

そうだとすれば、人々がおカネの価値の目減りを少しでも防ごうと、金の購入に殺到するのもうなずける。つまり金高騰の根底にあるのは、政府がおカネの発行権を独占し、その価値を自ら薄めていく、今の通貨制度に対する不信感なのだ。

政府の通貨運営に対する不信感が頂点に達すると、政府の発行するおカネではなく、金を正式な通貨として使う制度が人々に支持されるようになる。かつて、その制度は実際に存在した。金本位制だ。