米ロ首脳の電話会談は、モラー氏の捜査報告書が3月24日に公表されて以降初めて。報告書ではトランプ陣営とロシアの共謀は認定されず、米政府筋のリークをもとに共謀はあったと書き立ててきた米欧の大手メディアは、面目を失った。まさに大山鳴動してネズミ1匹だ。
ところで米CNNテレビによると、トランプ氏は電話会談後、ホワイトハウスで記者団から、次期大統領選へ介入しないようプーチン氏に要請したかと聞かれ、「それについては話し合わなかった」と答えた。
このやり取りをプーチン氏が知ったら、苦笑することだろう。確かに、モラー氏の報告書ではトランプ陣営との共謀は認定しなかったものの、ロシアによる選挙介入そのものを否定したわけではない。しかし、かりにロシアによるなんらかの介入があったとしても、それを米国が非難する資格はない。米国自身、これまで他国の内政に露骨な介入を何度も繰り返してきたからだ。
最近日本語版が刊行された、米ジャーナリスト、ウィリアム・ブルム氏の著書『アメリカ侵略全史』(作品社)によれば、第二次世界大戦後、米国政府が世界中の主権国家に対して行った介入は、重大なものだけで70~80カ国に及び、その回数は100回を優に超えるという。
ブルム氏が同書で扱った米国の介入とは、成功したかどうかは別として、政府の転覆を狙った介入や、非民主的な政府に対する人々の変革運動や革命を弾圧するために行われた介入を指す。また、暗殺、諸外国の選挙に対する重大な工作、大規模なメディア操作、労働組合の転覆などを含む。
同書やその他の資料によると、米政府が行った介入のうち、ごく一部だけでも以下のようなものがある。
【ギリシャ】
第二次大戦後、ギリシャでは内戦が起きていた。大戦中にギリシャを占領したナチスに協力していた右派と、ナチスと戦ってギリシャから追い出すのに成功した左派との戦いである。この内戦で、米国は戦時中に敵だったはずの親ナチスの側につく。
当時米国がもっとも恐れていたのは、世界中のどこであれ、左派や社会主義者、共産主義者の政府ができることだった。そのため、そうした勢力の圧殺に動く。ギリシャはそのもっとも初期の例のひとつといえる。1947年からの数年間にわたって頻繁に首相が交代するが、大部分は米国からの圧力の結果だった。
【イラン】
第二次大戦後、イランの石油利権は英国の国策会社であるアングロ・イラニアン石油が事実上独占していた。これに反発する世論を背景に1951年、民族主義者のモサデク首相は石油国有化を断行。しかし1953年、パーレビ国王によるクーデターで失脚する。
クーデターを背後で画策したのは米英の情報機関だった。米中央情報局(CIA)は群衆を金で雇い、国王支持のデモに投入した。イランの国会議員など有力者に対し、モサデク首相を支持しないよう協力を求め、大掛かりな買収工作を行ったともいわれる。
【グアテマラ】
グアテマラのハコボ・アルベンス大佐は1950年、左派と軍部の支持で大統領に当選し、農地改革などの社会改革に着手した。いわゆるグアテマラ革命である。1953年、グアテマラ最大の地主である米国企業ユナイテッド・フルーツ社の所有地を没収したことで、米国と対立が深まる。
同社は当時のジョン・フォスター・ダレス米国務長官が重役を務めていたのをはじめ、その弟のアレン・ダレスCIA長官、さまざまな国務省職員、議員、米国の国連大使などと近しい関係にあった。1954年、CIAが支援した反革命軍が侵攻し、アルベンス政権は崩壊する。
【チリ】
1970年、南米チリの大統領選でサルバドール・アジェンデが勝利し、世界で初めて自由選挙で合法的に選出された社会主義政権が誕生した。これに対しニクソン米政権の下、CIAは反政府工作を進める。
1973年、CIAに支援されたアウグスト・ピノチェト将軍のクーデターでアジェンデ大統領は失脚し、自殺する。その後、独裁体制を敷いたピノチェトは虐殺、拷問、誘拐などで人権を抑圧し、国際的な批判を浴びることになる。
【パナマ】
中米のパナマでは1983年以降、マヌエル・ノリエガ将軍が独裁者として君臨していた。ノリエガは若い頃からCIAに通じ、中南米の左派政権などの情報と引き換えに資金を得ていた。米国が支援した中米ニカラグアの反革命ゲリラ、コントラへの資金と武器の提供を仲介し、パナマで米国がコントラを訓練する許可を与えてもいた。一方でノリエガは麻薬貿易に関与していたが、米国はこれを黙認していた。
しかしニカラグア内戦が1989年8月に終結すると、米国はノリエガに利用価値はなくなったとみて切り捨てることにする。同年12月、かつてCIA長官を務めたブッシュ(父)米大統領の命令で米軍はパナマに侵攻。米政府の公式見解では500名ほどのパナマ人が命を落としたが、実際には数千人に達したとの情報もある。
以上の例だけでも、米国政府が情報機関を使って秘密裏に画策し、ときには軍の力で流血を引き起こしてまで断行した介入の実態がよくわかるだろう。ソーシャルメディアでフェイクニュースを拡散させたというロシア疑惑など、かわいく見えるほどだ。
政府の介入に協力するメディア
忘れてはならないのは、こうした米政府の介入に大手メディアが協力してきた事実だ。
一例をあげよう。ウォーターゲート事件報道で知られるワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード記者は1983年3月、CIAがニカラグアへの介入のため、前出のコントラのメンバーを密かに訓練し、武装させていることを知る。だがベン・ブラッドリー編集主幹は「今はレーガン政権の時代」であることを理由に、「もはや、なんでもCIAの秘密を暴けばいいというわけではない」と記事化に反対し、ウッドワードもそれを受け入れた。
米ジャーナリスト、ニコラス・スカウ氏によれば、ブラッドリーは1950年代初頭にパリの米国大使館の報道官だった頃から、CIAと親密な関係にあった。ウッドワードも1960年代、海軍にいた頃に諜報活動に従事していたとかねてから噂されてきた(本人は否定)。
現在、米国の新たな標的は南米ベネズエラだ。トランプ政権は反米左翼のマドゥロ大統領に反発して厳しい経済制裁を科し、軍事介入まで示唆する。米大手メディアはマドゥロ大統領を悪玉として報じ、米政府を側面支援している。
マドゥロ政権の社会主義政策がベネズエラの社会を混乱させ、国民を苦しめたのは事実だが、今後の国の進路はベネズエラ国民が決めるべきことである。外国の介入は混乱に拍車をかけるばかりだ。
ロシア疑惑では自国に対する介入を声高に非難しながら、他国に対しては平然と介入を繰り返す米政府と、それを支持する米メディアのダブルスタンダード(二重基準)。日本のメディアはその矛盾を正しく指摘するべきだろう。
<参考文献>
ウィリアム・ブルム、益岡賢他訳『アメリカ侵略全史 第2次大戦後の米軍・CIAによる軍事介入・政治工作・テロ・暗殺』作品社
野口英明『世界金融本当の正体』サイゾー
ニコラス・スカウ、伊藤真訳『驚くべきCIAの世論操作』集英社インターナショナル
(Business Journal 2019.05.17)
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