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インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

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2021-02-06

四葉夕卜・小川亮『パリピ孔明』

パリピ孔明(1) (コミックDAYSコミックス)

武器によらない平和


戦乱の世を描いたマンガは面白いけれども、ときどき嫌になる。下っ端の敵兵たちがまるでバイ菌のように盛大に殺されるからだ。固いことは言いたくないが、敵兵だって家族はいるだろうし、好きで戦場にやって来たとも限らないだろう。でも、そんなことを気にしていたら話が進まない。

ところが、気にする人物がいた。三国志で有名な天才軍師、諸葛孔明だ。陣中で没する間際、「数々の仲間を失い、幾多の敵を倒してきた…」と回想し、「次の人生は命のやり取りなどない…平和な世界に生まれ変わりたいものだ」と願う。そしてなんと、現代の日本に転生する。『パリピ孔明』の始まりだ。

生まれ変わった孔明のミッションは、すばらしい歌声で感動を与えてくれた歌手の卵、英子の軍師として、クラブ音楽による天下泰平をなしとげること。さまざまな秘策で英子を一歩一歩スターに近づけていくストーリーは、ギャグの楽しさと合わさって、読みだしたら止まらない。

なにより、前世では人を殺(あや)めることに向けられていた孔明の知力が、誰も傷つけずに使われるのがいい。企画の勝敗をめぐって一時対立したグループのメンバーやファンが和解し、ライブハウスで笑顔で楽しむ姿を見て、孔明は思う。「音楽…人…敵も味方もない」

そう、平和は武器ではなく、文化や商業を通じた人の交流がもたらすのだ。

2020-11-28

水木しげる『ねずみ男の冒険』

人は幸福を求める

「ナッジ」という言葉を最近よく耳にする。新聞の記事によれば、「人の判断や選択を心理を操るようにして望ましい方向に変える行動経済学に基づく手法」のことだ。政府もこの手法を活用しようとしているらしい。

この本の主役が聞いたら、「ばかな」と一笑に付すに違いない。人は他人から指図されなくても、自分にとって一番「望ましい方向」、つまり幸福を求めて行動するものだし、自分にとって何が幸福かは、他人にはわからないからだ。

水木しげるマンガの人気者、ねずみ男が登場する傑作短編のアンソロジー。収録作品の多くは、幸福をテーマとし、飄々としたユーモアのうちに深い考察をのぞかせる。

ねずみ男は作品によって異なる役を演じるが、だいたいの相場は決まっている。幸福になりたい人をたぶらかす詐欺師か、妖しい術でつかの間の幸せを味わわせる妖術使いだ(以下、ネタバレあり)。

「『幸福』という名の怪物」では、さえない会社員の男がねずみ男から声をかけられ、喫茶店でコーヒー、ケーキをおごらされるのと引き換えに、幸福の卵をもらう。不気味な怪物が生まれ、成長するとともに、会社員夫婦に次々と幸福が舞い込む。男は会社で出世を重ね、妻は日に日に若返り、美しくなってきたと喜ぶ(マンガではあまり変わりばえしないのがおかしい)。

しかし、夫婦の欲望が際限なくエスカレートするにつれ、幸福の怪物は巨大に膨れ上がり、ついに破裂。夫婦はがっかりし、妻は「明日からまた不運がやってくるわ」とこぼすものの、強欲の罰として地獄に落ちるわけではなく、以前の貧しく平凡な日々に戻るだけである。夫婦は愚かだったけれども、それもまた人間だとして認める、作者の冷めたまなざしと寛容な心を感じる。

「錬金術」では、それがさらに顕著だ。江戸時代の町人とおぼしき夫婦が、ねずみ男扮する仙術の先生から、石や瓦を金に変えるという錬金術を教わる。ところが何度指導を受けても失敗ばかり。爆発で家が壊れても、夫婦はくじけるどころか、またやりなおしだと言って、希望に満ちた笑い声を発する。

見かねた息子の三太がねずみ男を訪ね、両親をこれ以上まどわさないでほしいと頼むと、ねずみ男は「まどわす? ばかな」と答え、こう諭す。「錬金術は金を得ることではなく、そのことによって金では得られない希望を得るところにあるんだ。人生はそれでいいんだ……」

このねずみ男の言い分を、詐欺師の自分勝手な主張と思うかもしれない。けれども、夫婦は最初は騙されたかもしれないが、いつまでもねずみ男に操られているわけではない。自分たちなりの判断と選択に基づき、錬金術にのめり込んでいるのである。それは非科学的かもしれない。しかし、この世の終わりに最後の審判で天国に行くか地獄に行くかが決まるという非科学的な教えを信じていても、その人たちが不幸だとは言えない。錬金術も同じだろう。

いつもは幸福を商売道具にするねずみ男自身、幸福を渇望してやまない。「幸福の甘き香り」では、人に熱弁をふるい、催眠術までかけて財布を騙し取るものの、中身はたったの三文。「バカバカしい! 赤字だ」と怒り、「わしも天地がすぎゆかぬうちに、『幸福の甘き香り』がかぎたい……」とつぶやきながら、去っていく。

人は誰も生きている限り、幸福を求める。あなたを幸福にしてあげたいからと「ナッジ」でお節介を焼く大臣や役人も結局、利権や名誉によって自分が幸福になりたいからそうしているにすぎない。ところが彼らはねずみ男と違い、幸福になるために他人を利用しているという自覚がない。困ったものだ。 

>>リバタリアンのマンガ評

2020-10-25

平田弘史『太刀持右馬之介』

武士の栄光と悲惨


野球日本代表を「侍ジャパン」と誇らしく呼ぶように、侍や武士には華やかなイメージがある。それは一面の事実かもしれない。しかし歴史上の武士には、自由のない身分社会で、悲惨な現実があったに違いない。


平田弘史の短編マンガ『太刀持右馬之介』(夏目房之介編『現代マンガ選集 侠気と肉体の時代』ちくま文庫に収録)は、そんな武士の栄光と悲惨を描く傑作だ。フィクションだからこそ問題の本質が鮮明になる。

盛右馬之助(もり・うまのすけ)は天下無双といわれた怪力の持ち主。ある藩で、名誉な太刀持役を務めていた。毎年春秋の二回、御先祖の墓参りの際、城から六里も離れた山頂の墓地まで、重い大太刀を片手で捧げ持つ。

過去には重労働のあまり絶命した者もいたというこの職務を、右馬之助は長年立派に果たし、主君を満足させ、藩内の尊敬を集めた。けれども今、齢六十を越え、さすがの右馬之助も体力の限界に苦しむ。上司に辞退を願い出るものの、後任がいないという理由で許されない。

右馬之助には金次郎という一人息子がいた。ところが金次郎は生まれつき病弱。父の跡を継がなければと焦るが、父の右馬之助も、病に伏せる母も、無理に跡を継がず、得意なことを生かすよう勧め、金次郎本人も文庫役に進もうといったんは納得する。

だが事態は急変する。ある日、疲れのたまった右馬之助が倒れる。見舞いに来た友人に対し、上司らは金次郎に跡を継がせよと言うが、息子は母親に似て体が弱いのでそれはできないと語ったところ、金次郎がこれを知り、父を楽にするため、やはり太刀持になると決心。鍛錬のため雪の夜中に俵を担いだ無理がたたり、病に倒れる。

秋の太刀持の当日、金次郎は危篤に陥った。右馬之助は悲しみをこらえて登城し、みごと大役をやりおおせた瞬間、主君の虚栄心のため続けられていたこの苦役に抗議し、ある行動に踏み切るのだった。

病弱な息子には、父の役目を継ぐのは身体的に不可能だった。だが他に後任がいない以上、老齢の父を救うには、自分が強くならなければと無理をし、そのために父子ともども悲惨な運命をたどる。父子の態度は感動的だが、職業選択の自由のない身分社会の悲劇に、胸が詰まる。

ところで政府による免許制は、職業選択の自由を制限する事実上の身分制度である。このため、たとえば医師は供給が制限されて人手不足となり、その結果、過労で病死や自殺に追い込まれる勤務医が少なくない。まるで後継者不在のため太刀持を目指さざるをえず、死に追いやられた金次郎のように。身分制度のもたらす悲劇は現代社会に無縁ではない。

2020-08-29

山田芳裕『望郷太郎』

贈与の暗黒面


「贈与」が注目されている。週刊エコノミストOnlineの記事によれば、贈与とは、見返りを求めず「ただ与える」こと。資本主義はすべてを金で解決しようとするため、人間関係が希薄になってしまう。贈与の思想を取り入れることで、そうした資本主義の欠陥を是正できるという。


贈与の身近な例には、誕生日やクリスマスのプレゼントがある。これらが円滑な人間関係の助けになるのは事実だ。けれども贈与は、そうした明るい部分だけではない。山田芳裕『望郷太郎』では、贈与のおぞましい側面が劇的に描かれる。

赴任先の中東イラクで人工冬眠から五百年ぶりに目覚めた舞鶴太郎は、大寒波で世界が破滅し、妻も息子も失ったことを知る。太郎はせめて日本に残した娘の思い出の手がかりを探そうと、近代文明の絶えた大地を徒歩や馬で移動し、はるか祖国を目指す。

太郎は旅の途中、友人バルの故郷の村に立ち寄る(第2巻)。折しも、村は「大祭り」の季節。隣村との争いを避けるため、互いに大切な物や人を贈り合う風習だ。祭りで実際に何が起こるか知らない太郎は「金のない時代にしては、中々良い仕組みじゃないか」と感心する。

祭りの当日、まずバルの「西の村」から白いヒョウの毛皮を贈ると、隣の「中の村」から返礼としてトラの毛皮を贈られる。バルは太郎に言う。「トラの方が貴重。これだと対等にならず……負ける。もっと良い物贈らないと」

その後も、中の村はすべて西の村を上回る値打ちの物を返してくる。さらに西の村が馬五頭を贈ると、中の村は貴重な丸木舟五艘を焼いてみせ、豊かさを誇示。これに対し、西の村の長はなんと自分の家に火をつける。

太郎はようやく贈与合戦の異常さに気づき、「馬鹿げてる」とつぶやく。それを聞いたバルは言う。「馬鹿げてても……これが大祭り」「一旦度が過ぎると……際限なく過ぎていく」

それでも贈与合戦は止まらず、さらに恐ろしい事態へとエスカレートしていく。

近代西洋では、未開人は自然と調和して生きる純粋無垢な人々だとする「高貴な野蛮人」という考えが流布した。こうした未開人像はすでに科学的に否定されているが、その影響は今も消えない。贈与がもてはやされるのもその一端と言える。

『望郷太郎』はフィクションではあるが、贈与の暗黒面を正しくとらえた。作者が高貴な野蛮人の神話に惑わされず、近代文明が滅んだ世界に安易な救いはないと理解しているからだ。この苛酷な現実を太郎がどう乗り越えていくか、興味は尽きない。

2020-08-16

諸星大二郎『西遊妖猿伝』

国家という盗賊


神学者アウグスティヌスによれば、国家は盗賊と変わらない。規模の違いがあるにすぎない。これは時代を超えた真理である。諸星大二郎が1980年代から断続的に描き続けている傑作マンガ『西遊妖猿伝』を読めば、それがよくわかる。


この壮大な物語は、中国の有名な『西遊記』を下敷きにしているけれども、主人公の孫悟空は、猿ではなく人間の若者だ。強大な妖怪・無支奇から「斉天大聖」の称号と超人的な力を授かり、民衆の怨念のために権力者と戦うよう宿命づけられる。

隋の皇帝煬帝は公共工事や対外戦争に人民を駆り出し、多くの命を奪った。隋の滅亡後、中国各地に軍事勢力が乱立。一時は天下に皇帝が十人もいるという状態になるが、その中から唐が他勢力を屈服させていく。この時代、物語の幕が開く。

悟空が初めてその人間離れした力を発揮するのは、羊泥棒のかどで捕われ、黄河を護送される船上でのことだ(大唐篇、第1巻)。

病気で熱があるのに船を引く仕事に駆り出された民衆の一人を、唐の役人が「お上の仕事を仮病でごまかそうってのか!」「誰が賊を滅ぼしてお前たちが飯を食えるようにしてやったと思ってるんだ!」と棒で打つ。打たれた男はこう言い返す。「お前らだってその賊とかわりねえじゃねえか。何がお上だ!」

事実、唐は乱立した軍事勢力の一つにすぎなかったのだから、この指摘は正しい。さらに男は叫ぶ。「隋が唐にかわっただけだ。きさまら役人はいつだって、おれたちの生き血を吸ってるダニだ!」

役人は怒り、男を殴り殺そうと何度も打ちすえる。この様子を目の当たりにした悟空は、怒りとともに超人的な力が目覚める。檻を破って甲板に踊り出し、大きな帆柱を振り回して役人どもを次々に河へ叩き落とす。

もちろん小役人は国家権力の末端にすぎない。その後、悟空は仲間とともに皇帝李世民の命を狙って長安の王宮に乗り込み、大乱闘を繰り広げる。悟空によって馬小屋から放たれた多数の馬が宮城内を暴走するシーンは、黒澤明の映画のような迫力だ(大唐篇、第4巻)。

物語の後半、悟空は僧の玄奘に従い、天竺(インド)を目指す。真理を知るため、命の危険を冒しても仏教の原典を確かめるのが玄奘の目的だ。

インド哲学者の中村元によれば、インド仏教では、アウグスティヌスと同じく、国王と泥棒を同列に見ていたという。真理は洋の東西を問わない。

今の先進国では昔ながらの強制労働こそ影を潜めたが、税という名の搾取に民衆が苦しむ状況は変わらない。国家という盗賊と戦う悟空の活躍から、これからも目が離せない。

2020-04-15

『キミのお金はどこに消えるのか』中国人妻のツッコミに学ぶマクロ経済

経済って、なんだか難しい……。そう感じている人は多いと思う。専門用語が多いし、教科書で出てきた需要と供給のグラフを思い出し、無味乾燥でわかりにくいと拒絶反応を示す人もいるだろう。

けれども、経済を専門分野のひとつとするジャーナリストとして言えば、経済は決して難しくない。高校の教科で「政治・経済」としてセットになる政治のほうが日常生活から縁遠いのに対し、経済は私たちの日々の暮らしにとても近い。

経済理解に大切な庶民感覚


だから経済を理解するうえで大切なのは、市民としての日常感覚を忘れないことだ。

そのヒントとして、ちょうど良いマンガがある。井上純一『キミのお金はどこに消えるのか』(KADOKAWA)だ。ネットでの連載が単行本として昨年出版されたのに続き、続編の「令和サバイバル編」が8月の終わりに出た。


著者の井上氏が、妻で中国人の月(ゆえ)サンを相手に、経済の仕組みや経済政策について解説していくエッセイマンガだ。井上氏は専門外ではあるが経済学の知識があり、月サンの主婦感覚に基づく素朴な意見をたしなめ、教え諭していく。

この作品の読みどころは大きく2つある。ひとつは、井上氏がわかりやすく解説する経済政策の考え方だ。これはマクロ経済学と呼ばれ、現在、日米欧をはじめ主要国政府が採用している。井上氏の解説を読めば、今の標準的な経済政策がどのようなものか、大枠でつかむことができる。

もうひとつの読みどころは、その井上氏の解説に対し、月サンが時折入れる鋭いツッコミだ。月サンは夫と違い経済の専門知識はないけれども、素朴な庶民感覚に基づく疑問を遠慮なくぶつける。しかも、あとで詳しく述べるとおり、そのツッコミが的を射ている場合が少なくない。

2020-04-14

政府が支援する「ムーンショット型研究開発制度」への疑問 資金援助により自由を奪われるジレンマはないか

政府が「ムーンショット型研究開発制度」を始める。人類を月に送った米国のアポロ計画にちなみ、大胆な発想に基づく研究開発を支援するという。少子高齢化、環境、科学技術によるフロンティア開拓の3テーマを設定し、5年間で1000億円を投資する。

7月31日に有識者会議を開き、ロボットと人間が融合するサイボーグ化技術や、長期間の宇宙航行を可能にする人工冬眠技術の開発など、候補となる25の目標を決定した。年末までに数個の目標に絞り込み、研究者を公募する。

今回の取り組みの背景には、日本が研究力で米国や中国など海外の主要国に水をあけられ、地盤沈下が続いていることへの危機感があるという。平井卓也IT・加賀育技術担当大臣は同日「柔軟にスピーディーに進めたい」と述べた。


今回の新制度には「目標がハイリスクすぎる」とメディアで一部批判的な声はあるものの、政府が基礎研究など科学技術に対し国家予算で支援を行うこと自体は、世間で当然と見られている。何しろ、政府には科学技術担当の大臣までいて、支援の陣頭指揮をとっているのだから。

けれども、世間の常識がいつも正しいとは限らない。科学技術の発展に、政府の支援は本当に必要なのだろうか。日本の研究力が衰えているのは、政府の支援が足りないせいなのだろうか。

違法ゆえに阻まれるロケット打ち上げの夢 


考える手がかりとなるマンガを読んでみよう。森田るい『我らコンタクティ』(講談社)である。

小学生時代にクラスの中心だったカナエは、今ではさえないOL。ある日、同級生のかずきと再会する。家業の工場で働くかずきは、個人で宇宙ロケットを打ち上げるという大胆な計画をひそかに進めていた。子どものころ感動した映画を宇宙で上映し、宇宙人に見せるという、壮大な目的のためだ。

2020-04-13

北朝鮮の闇市 経済制裁を受けても人々が生き抜く理由

2018年の北朝鮮の実質国内総生産(GDP)が前年に比べて4.1%減少したようだ。国際社会による経済制裁が重荷となり、鉱業などの生産が大幅に減った。韓国銀行(中央銀行)が7月26日に発表した。

北朝鮮は経済指標を公表しておらず、韓国銀行は1991年より関連機関からデータを取り寄せ、経済成長率を推計している。2018年のGDP減少率は、30万〜300万人が餓死したといわれる「苦難の行軍」の時期にあたる1997年(6.5%減)以来の大きさとなった。

北朝鮮の経済状況が深刻であるのは間違いない。けれども一方でほとんど指摘されないことだが、GDPの落ち込みが21年ぶりの大きさであっても、現時点の情報では、当時ほど多数の餓死者は出ていない。それはなぜだろうか。

この謎を解くキーワードは「闇市」である。闇市とは、経済統制のもとで公的には禁止された流通経路を経た物資、すなわち闇物資を扱う市場を意味する。

国民の5人に1人が直接・間接に闇市に依存する北朝鮮


社会主義国の北朝鮮では、政府があらゆる経済活動を統制するのが建前だ。しかし、90年代後半の飢饉で政府が国民に十分な食糧を供給できなくなると、国中で「チャンマダン」と呼ばれる闇市が広がり始めた。今では北朝鮮の人々の生存に欠かせない存在となり、国民の5人に1人が直接・間接に闇市に依存すると言われる。


「ニューズウィーク日本版」の記事によれば、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の調査に対し、ある脱北者女性は「政府の指示どおりにしていたら、飢え死にする」と語ったという。

世の中には、自由な市場経済に対し、ある思い込みがある。平和な状態にある豊かな国でしか機能せず、戦争や飢饉といった非常時には、政府による経済の規制や統制が必要という思い込みだ。しかし、それは正しくない。北朝鮮の闇市が示すとおり、政府に縛られない自由な市場経済は、非常時にこそ本領を発揮し、苦しむ庶民を救う。

闇市が非常時に庶民の命綱の役割を果たす例は、現代の北朝鮮にとどまらない。日本人に最も身近な例は、第二次大戦終結直後、各地で急速に発達した闇市だろう。

戦後の焼け野原になった日本を救った闇市


山田参助『あれよ星屑』(KADOKAWA)は、敗戦で焼け野原となった東京のアンダーグラウンドを含む日常を生々しく描く傑作マンガ。この作品の舞台となるのが闇市「明星マーケット」である。

2020-04-12

資本主義が悪なのか?〜『ナニワ金融道』が真に批判したもの

先進国で、資本主義に対する批判が強まっている。米国では、来年の米大統領選に向けて野党・民主党が6月下旬に開いた初の候補者討論会で、資本主義への激しい批判がエリザベス・ウォーレン上院議員ら各候補から飛び出した。

欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)問題に揺れる英国では、最大野党・労働党の党首で、筋金入りの社会主義者として知られるジェレミー・コービン氏が若い世代の支持を集め、首相の座をうかがう。

資本主義悪玉論が強まる背景には、一部の富裕層とそれ以外の市民との間で経済的な格差が拡大していることなどがあるとされる。しかし、それは本当に資本主義のせいだろうか。


この問題を考えるためには、資本主義の現実を生々しく描いた傑作マンガが役に立つ。1990年代に発表され、作者が世を去った今も読者の人気を集める、青木雄二『ナニワ金融道』(講談社)である。

現代日本経済のリアルを描いた名作


舞台は大阪。中小企業や個人を相手とする金融業者「帝国金融」の営業マン、灰原達之を通して、借金によって人生を狂わされる人々の姿を描く。

味わいのあるコテコテの大阪弁、素朴だけれど緻密な線で描かれた猥雑な街並み、カネに翻弄される人々のドラマなど、この作品には多くの魅力が詰まっている。とりわけ、物語を楽しみながら現代日本経済の仕組み、つまり資本主義に関するリアルな知識を学べることは、他の追随を許さないだろう。

さて、作者の故・青木氏は『ナニワ金融道』のヒットを受け、経済・政治に関するエッセイも多く執筆している。その一貫した主張は、資本主義に対する厳しい批判だ。

2020-04-11

大学等修学支援法可決、教育費の「無償化」という政治的表現で隠された壮大な無駄遣い

大学など高等教育の授業料を減免する大学等修学支援法が10日の参院本会議で与党と国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。2020年4月から始まる。文部科学省が設ける要件を満たした大学、短期大学、高等専門学校、専門学校が対象となる。

この政策を安倍政権やメディアは「大学無償化」と呼んでいるが、授業料減免の原資はあくまでも国民が払う税金である。「無償化」という表現は政策にコストがかかる現実をあいまいにし、メリットだけを強調する政治的な表現と言える。

それにしても日本の教育は、義務教育である小中学校はもちろん、高校、大学に至るまで、税金を投じた「無償化」の大盤振る舞いだ。そもそも大学教育とは、そこまでして受ける価値のあるものだろうか。

貴重な時間を無駄にするだけの学校教育


教育制度について考えさせられるマンガを読んでみよう。東村アキコの自伝的作品『かくかくしかじか』(集英社)である。


南国の宮崎県で生まれ育った林明子(作者の本名)は、子どもの頃から少女マンガが大好き。高校3年生のとき、「美術大学に進学し、在学中にマンガ家としてデビューする」という計画を立て、受験対策のため、友人に教えられた個人経営の絵画教室に通うことにする。

自宅からバスを乗り継いで1時間、教室は市街地を離れた海の近くにある古い家だった。講師であり画家でもある日高健三先生は、芸術家らしからぬジャージ姿で、手にした竹刀で女の子も容赦なくひっぱたくスパルタ体育会系。明子は当初思いもしなかったことに、それから社会人時代を含め足かけ8年も教室に通い続け、日高先生は生涯忘れられない恩師となる。

2020-04-10

『赤狩り』〜テロより怖い監視国家の脅威、その源流は冷戦時代にあった

4月11日、内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ容疑者が在英エクアドル大使館で英警察当局に逮捕された。

それを受け、ある男性が「アサンジ氏の批判者は喜んでいるかもしれないが、報道の自由にとっては暗黒の瞬間だ」という見解を示し、注目を集めた。ロシアに亡命中の元米中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン容疑者だ。

内部告発者が犯罪者になる恐ろしさ


スノーデン氏といえば、米国家安全保障局(NSA)の極秘監視システムを暴露したことで知られる。映画『スノーデン』(オリバー・ストーン監督)で知る人も多いだろう。2013年6月、同氏からNSAの内部文書を提供された英紙ガーディアンが4日間にわたり、個人のプライバシーを脅かす情報収集の実態を暴いた。米電話会社の通話記録を毎日数百万件集めていたこと、「PRISM(プリズム)」というプログラムを使い、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなど米インターネット会社のサーバーから同じく毎日数百万件の通信記録を入手していたことなどが明らかになったのだ。

それまでも専門家の間では、米政府が大量のメールや電話を秘密裏に収集、保存している可能性は議論されていた。しかし、スノーデン氏によって動かぬ証拠を突き付けられた情報収集の規模は、想像を超えるものだった。一般市民に与えた衝撃はそれ以上に大きい。


けれども歴史を少しさかのぼってみれば、米政府による不正な監視が今に始まったものではないことがわかる。

ハリウッドを襲った赤狩り旋風


山本おさむの傑作マンガ『赤狩り』(既刊1〜4巻、小学館)を読んでみよう。事実をもとにしたフィクションの手法で、ソ連との冷戦時代に米国に吹き荒れた赤狩りの嵐と、それに翻弄される人々のドラマを克明に描いている。赤狩りとは、共産主義者やその同調者を政府が逮捕したり追放したりする行為を指す。

2020-04-09

政府にとって移民は政治的な「安全弁」にすぎない 古今東西、政府主導の移民政策が生む悲劇

日本に在住する外国人が増え続けている。法務省が3月22日に公表した統計によると、2018年末時点の在留外国人数は273万1093人で、5年連続で過去最高を更新した。国籍別では中国が最も多く、次いで韓国、ベトナム、フィリピン、ブラジルとなっている。

政府は4月1日、改正出入国管理法(入管法)を施行し、これまで原則禁止していた単純労働分野について外国人の受け入れに踏み切った。安倍政権は否定しているが、これは移民政策にあたるとの見方が広がっている。

外国人の増加は人手不足の緩和につながる。一方で、宗教、言語、生活習慣の異なる人々との摩擦や軋轢を懸念する声もある。

移民に伴う社会的な摩擦を最小限に抑えながら、日本側と外国人の双方が経済的なメリットを享受したいのであれば、ひとつポイントがある。どのような移民をどれくらい受け入れるかという判断を政府に任せるのは、やめたほうがよい。

ブラジル移民のルーツを辿る『その女、ジルバ』


移民問題を題材とする優れたマンガを読んでみよう。ただし、日本にやって来る外国人移民ではなく、海外に出て行く日本人移民の話だ。昨年完結した人気作、有間しのぶ『その女、ジルバ』(小学館、全5巻)である。


笛吹新(うすい・あらた)は大手スーパーの倉庫で働く40歳独身女性。年齢を理由に最前線の売り場から追われ、結婚するはずだった男からも捨てられ、そのうえ給与は安い。恋人なし、貯金なし、老後のあてもない不安から少しでも逃れようと、夜のアルバイトに飛び込む。そこはホステスたちの平均年齢70歳の高齢バー。新は見習いホステス「アララ」として奮闘するうちに、人生について多くを学んでいく。

2020-04-08

国際紛争に平和的なケリをつける手段としての「決闘」

世界は国際的な緊張が絶えない。最近では南米ベネズエラのマドゥロ大統領に対抗して暫定大統領就任を宣言した野党指導者のグアイド国会議長を米国が強力に支援。トランプ大統領は軍事介入もちらつかせる。中国は貿易問題や南シナ海の領有権、台湾の独立問題などをめぐって、米国と激しく対立する。日韓関係悪化も然りだ。

国家間の緊張は、戦争に発展するリスクをはらむ。多数の人命を奪い、国土を破壊する戦争が悲惨であることは言うまでもない。外交交渉でも国家間の争いごとをうまく解決できない場合、なんとか戦争以外の方法でケリをつけられないだろうか。

絶大な麻雀力を秘める女子高校生が繰り広げる世界史


そのヒントになるマンガがある。大和田秀樹『ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング』(竹書房)だ。出版元から想像できる通りの麻雀マンガだが、ただの麻雀マンガではない。ほとんど実在の人物そのままの国家首脳たちが、あらゆる争いをなぜか麻雀の勝敗でカタをつけるという、奇想天外すぎる物語なのだ。


主人公は絶大な麻雀力を秘める女子高校生、御門葩子(みかどはこ)。彼女はその姓が示すとおり、ミカド(天皇)の血を引く皇室系女子である。物語の初めでは、昭和の終戦直後、そのミカドが連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と自ら交渉し、日本国民の安全を保障させた舞台裏を描く(第1巻)。交渉手段はもちろん、麻雀だ。

2020-04-07

1000年以上続いたタブーでも実業は変えられる~女性を解放した起業家たち

女性の生理は古来、国を問わず社会でタブー視されてきた。月経が不浄なものと見られ、女性たちは不衛生で不便、不快な経血処置を強いられた。しかし近年、そうした状況は一変し、世界中で多数の女性が歴史的な不便から解放されようとしている。

その原動力となったのは、タブーを恐れず事業を立ち上げた起業家たちだ。最近、実話に基づいた、彼らの奮闘を描いた映画とマンガがともに注目されている。

映画のほうは、すでにあちこちでレビューされているインド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』(R・バールキ監督)である。

インドの田舎町で小さな工房を共同経営するラクシュミ(アクシャイ・クマール)は、新妻のガヤトリが生理の際に古布を使っていることを知る。不潔な布は不妊の原因になる場合があり、命にかかわる病気につながる恐れもある。妻は、市販のナプキンは高すぎて使えないと言う。そこでラクシュミは安くて清潔なナプキンを作れる機械の研究を始める。

ところが研究に没頭するあまり、いろいろ常識外れな行動をしてしまい、町の人々から非難され、助けてあげたい妻にまでやめてほしいと言われてしまう。諦めきれないラクシュミは一人都会に旅立ち、そこで成功の糸口をつかむ。ついにナプキンの製造を実現させ、妻だけでなく、インドの多数の女性を衛生面の危険から救う。

ラクシュミのモデルとなったアルナーチャラム・ムルガナンダムさんは2014年、米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、2016年、インド政府から国民栄誉賞に当たるパドマシュリ賞を授与されている。

著者 : 小山健
KADOKAWA
発売日 : 2018-06-11

一方、日本の女性起業家の活躍を描くのは、マンガの小山健『生理ちゃん』(KADOKAWA)である。ウェブメディア「オモコロ」に掲載されて人気になり、昨年6月に書籍化された。

人気の一番の理由は、女性の生理を「生理ちゃん」というキャラクターに仕立てた奇抜な発想だろう。仕事がどんなに大変でも、部活がどんなに忙しくても、必ず月に一度、女性の自宅に「どーも生理です」と訪ねてくる。そしていきなり強烈なパンチをお見舞いし、巨大な注射器で血を抜き取る。つらい生理痛や貧血の比喩だ。厄介なお客だが、悩む女性を慰めたり、理解のない男性を懲らしめたりもしてくれる。

このマンガに「おばあちゃんと生理ちゃん」というエピソードがある。

2020-04-06

専業主婦バッシングはなぜ誤りか 経済に貢献しないというウソ

主婦の半数以上が「後ろめたさ」を感じている


最近、専業主婦に対する風当たりが厳しい。昨年12月13日放送の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で紹介された、しゅふJOB 総研が専業主婦・主夫を対象に実施したアンケート調査によると、「専業主婦・主夫であることに、後ろめたさや罪悪感のようなものを覚えたことがある」と答えた人は25.4%、「少しはある」も31.2%に上った。つまり、専業主婦・主夫の半数以上が罪悪感を感じているというわけだ。

罪悪感を感じる人は、共働きが当たり前になった若い世代ほど多く、「収入がないことに常に後ろめたさを感じていた」といったコメントが目立つという。

このアンケートとは別に、専業主婦に対しては「税金を納めていない」「国内総生産(GDP)の増大に貢献しない」という批判もときどき聞かれる。


しかし、こうした批判は正しくないし、専業主婦が罪悪感を抱く必要もない。金銭的な収入がなく、税金を納めず、GDP増大に貢献しないからといって、専業主婦に社会的な価値がないなどということはない。

2020-04-05

売春の規制とセックスワーカーの権利 性産業の市場経済を考える

フランスでは初となるセックスワーカー(性労働者)のための祭典が11月初め、パリで開催された。セックスワーカーたちの権利向上とともに訴えたのは、政府の規制強化に対する批判だ。

フランスは2016年4月の売春法改正で、買春した客に最高1500ユーロ(約19万円)の罰金を科す罰則を導入した。再犯なら倍額以上の罰金が科される。

AFPの報道によれば、セックスワーカーの労働組合「STRASS」の広報担当者は「この法律によって性労働者たちは収入が減り、暴力にさらされやすくなった」と批判。法改正のためにセックスワーカーたちが警察署から離れた人目につかない場所で客と会わざるをえなくなり、暴力の被害に遭いやすくなっているという。

女性の権利を守れと叫ぶ人々は、しばしば売春を「性の商品化」「性的奴隷」などと非難し、政府に規制を求める。しかし、フランスのセックスワーカーが訴えるように、売春を規制すれば、貧しく、他に生活手段のない女性をかえって苦しめることになる。



2020-04-04

「投機」とは何か? 本質的には誰もが投機家であり、人生とは投機の連続だ

投機と投資の違いを知っていますか


投機という言葉は評判が悪い。マネー系のコラムなどでよく見るのは「投機と投資は違う」という解説だ。「長期での収益拡大を見込んで資金を投じるのが投資、短期的な値動きに着目して利益を得ようとするのが投機」などと区別し、リスクの大きな投機でなく、堅実な投資を心がけましょうとお説教する。

けれどもこの解説は、長期と短期の区別が曖昧だし、投機は投資よりリスクが大きいとも限らない。東証1部上場の有名企業の株を長期投資で10年持ち続けたら巨額の不正経理が発覚して倒産し、株が紙切れ同然になって財産が吹っ飛んでしまう場合もあるだろう。午前に買って午後売るデイトレードなら、損をしてもたかが知れている。


このように投機は、曖昧な根拠に基づいて、なんとなく悪いものとされる。それと同時に、相場師やヘッジファンドの運用者、デイトレーダーなど投機をなりわいとする特殊な人(投機家)が行うもので、普通の市民には縁のないものと考えられている。

しかし、その考えは正しくない。人は誰でも自分の意思を持って生きている限り、広い意味では投機家である。なぜなら、未来は常に不確実だからだ。

2020-04-03

ブラック企業をなくす最善の方法とは? M&Aとハゲタカファンド

ブラック企業叩きで損をするブラック企業社員


今、世の中で一番の嫌われ者といえば、ブラック企業だろう。ネット上で叩かれない日は珍しいくらいだ。先日も台風の中、出社を強制するブラック企業があるといってさかんに非難されていた。

最初に断っておくと、労働条件の悪い会社を安易にブラック企業と呼び、やたらとバッシングする風潮を私は良くは思わない。


もちろんそこで働く人は不満や怒りを抱えるだろう。しかし外野からブラック企業のレッテルを貼られてイメージが悪化し、客離れが起きて業績が悪くなれば、割を食うのはすでにそこで働いている社員自身だ。待遇が悪くなることはあっても、良くなることは決してない。

最悪なのは、世間のブラック企業叩きを受けて、政府が規制に乗り出すことだ。労働は政府の画一的な規制にはなじまない。

労働時間ひとつとっても、人がどの程度の長時間労働を受け入れるかは、仕事の性質ややりがい、ライフスタイル、健康状態や家計の状況などによって千差万別だ。一律に制限すれば、それ以上働きたいという人の人生設計を狂わせるだけでなく、経営効率が悪化し、海外企業をはじめ、競合との戦いが不利になって、結局は大幅なリストラを強いられかねない。

ブラック企業の社長に就任し、業務改革を進める魔王たち


ブラック企業のもっと良いなくし方はある。政府の力に頼らず、会社自らが変わることだ。ただし、それには必要なことがある。ベニガシラ他『魔王などがブラック企業の社長になる漫画』(一迅社)を読むと、そのヒントがわかる。

ツイッターで話題になり、15万リツイート、20万いいねを獲得したという「魔王がブラック企業の社長になる漫画」など全9編を収める。魔王をはじめ、現実にはあり得ないさまざまなキャラクターがブラック企業の社長に就任し、大胆な業務改革を進める。

魔王社長は、仕事が終わらないと徹夜を覚悟する社員に対し「愚かなり人間」と一喝。仕事に優先順位をつけたうえで「体調を万全にして戦うのは常識である」と帰宅を命じ、魔法で瞬時に自宅まで送り届ける。会社の業績が大幅にアップすると、「成果には対価を与える。これは上に立つ者の義務である」と人間たちにボーナスをはずむ。

外国からやって来たお姫様社長は、古いパソコンをすべて最新機器に取り替えたうえ、それまでのサービス残業分の給料を自分のポケットマネーで払ってくれる。人間を孤独に陥れようとたくらむ「邪神ちゃん」社長は、大勢の社員が集まるだけで内容に乏しい会議を、世代間交流を深めるための儀式と誤解。会議の廃止を命じ、報告は文章で簡潔に行い、打ち合わせは極力少人数で済ませよと指示する。

2020-04-02

「お金が社会を分断する」は嘘。むしろお金は人の絆を結ぶ

似たり寄ったりのお金論に一石を投じた作品


佐藤航陽『お金2.0』(幻冬舎)がベストセラーになるなど、お金に対する関心がこれまでになく高まっている。終わりの見えない超低金利、福祉政策への不安、仮想通貨のブームなどが背景にあるようだ。

さまざまな文化人、著名人がお金について論じる。けれどもたいてい似たり寄ったりだ。「お金だけで幸せにはなれない」「お金は貧富の差を作り出す」「お金のない社会のほうがいい」といった否定的な意見か、逆に「愛だって金で買える」「結局は金を持っているものが勝ち」というワルぶった主張である。どうも素直でない。


そうした中で、ユニークなお金論がマンガで登場した。高田かや『お金さま、いらっしゃい!』(文藝春秋)である。

 

作者が育ったお金のない“カルト村”とは?


デビュー作『カルト村で生まれました。』で注目された作者は、農業を基盤とした生活共同体で生まれ、19歳まで育つ。所有の概念を否定しユートピアを目指すその村には、お金が存在しなかった。村の中では物は共有で、お金のやりとりは一切必要なし。子どもの小遣いも存在せず、抜き打ちの引き出しチェックでお金を隠し持っているのが見つかると即没収された。

日常的にお金が近くにない生活をした作者は「特別な物」「滅多にさわれないすごい物」としてお金に憧れ、やがてお金が大好きな大人になる。作者にとってお金は常に不動の上位にあり、その価値は揺るぎようがなく、「お金リスペクト」は変わらないとはっきり書く。本心ではお金が大好きなくせにお金に対し屈折した物言いしかできない文化人などに比べ、自然体で好感が持てる。

19歳で両親とともに村を離れ一般社会に出た作者は、病院の調理補助のパートで働き始め、初めてもらった13万円の給料に感激する。それ以降、東京・新宿の百貨店を回って気に入った服を納得いくまで選んだり、結婚してからは下町の八百屋や魚屋で安く買い物したり、お金の賢い使い方をエンジョイする。

そんな作者はお金について、とても深い洞察をしている。

2015-08-02

近藤ようこ『仮想恋愛』



なぜ「不健全」なメディアを規制してはならないか


三十年来愛読しているマンガ家、近藤ようこの初期作品集。まだ作者を知る以前に発表された、今回初めて読む作品ばかりが収められている。出版されたことに感謝したい。

収録された作品はいずれも、当時二十四歳の若者らしく、娯楽性よりも文学性が前面に出た、やや観念的なものである。それでもわかりにくい話は少なく、作者の特徴である涼やかで美しい描線を早くも楽しむことができる。女性教師が主人公の「籠りの冬」は、のちの「遠くにありて」を連想させる。

意外なことに、1980年代前半にこれらの作品が掲載されたのは、実験的なマンガを載せることで知られた雑誌「ガロ」などではなく、「漫画エロス」「マンガ奇想天外」といったエロ劇画誌だった。

作者はあとがきで、「原稿料の出ない雑誌に描く余裕は私にはなかったのです」と当時を振り返っている。「少ないページ数、安い原稿料の仕事が月に一、二本しかなかったのに、よく生活できていたものです」

エロ劇画誌などの「不健全」なメディアは、青少年に悪影響を及ぼすとして条例などでしばしば規制される。しかし「不健全」なメディアは、駆け出しの若い作家がたとえわずかでも生活の糧を得る貴重な場でもある。

作者が昨年出版した『五色の舟』(津原泰水原作)は、第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞した。もし「不健全」なエロ劇画誌がなかったら、作者はもしかするとマンガ家になることすらできず、政府から栄えある賞を受けることもなかっただろう。「不健全」なメディアを規制すれば、「健全」な文化も育つことはできないのである。

発売記念サイン会(8月16日)
アマゾンレビューに転載】