フランスは2016年4月の売春法改正で、買春した客に最高1500ユーロ(約19万円)の罰金を科す罰則を導入した。再犯なら倍額以上の罰金が科される。
AFPの報道によれば、セックスワーカーの労働組合「STRASS」の広報担当者は「この法律によって性労働者たちは収入が減り、暴力にさらされやすくなった」と批判。法改正のためにセックスワーカーたちが警察署から離れた人目につかない場所で客と会わざるをえなくなり、暴力の被害に遭いやすくなっているという。
女性の権利を守れと叫ぶ人々は、しばしば売春を「性の商品化」「性的奴隷」などと非難し、政府に規制を求める。しかし、フランスのセックスワーカーが訴えるように、売春を規制すれば、貧しく、他に生活手段のない女性をかえって苦しめることになる。
デリヘルで働く貧困女性のそれぞれの事情
その現実を教えてくれる日本のマンガがある。地方都市のデリバリーヘルス(デリヘル)でさまざまな事情を抱えて働く女性たちの人間模様を描く、鈴木良雄の人気作『フルーツ宅配便』(既刊1〜6巻、小学館)である。来年1月、テレビ東京の「ドラマ24」枠で連続ドラマ化されることが決まった。
客のいる自宅やホテルなどに女性が派遣され、性的サービスを行うデリヘルは、性交(いわゆる本番)は行わないことになっており、法的には売春ではない。けれども物語から得られる教訓は、売春を含む性労働全般に共通する。
源氏名「アセロラ」を名乗る女性は高校時代、シングルマザーの姉、その子ワタルと3人で暮らしていたが、ある日、姉がひったくりにあった時のケガが原因で急死。アセロラは高校を中退して働き、ワタルを実の子同様に育てる。大学に行かせる費用を稼ぐために選んだのは、性風俗産業だった。
ワタルの大学卒業と就職が決まり、風俗をやめることにしたアセロラ。デリヘル「フルーツ宅配便」の送別会で店長の咲田らに向かい、しみじみとこう語る。「風俗なかったら大学なんか行かしてあげられなかったわ…」(第3巻)
親のいないきょうだいの姉「マスカット」は弟の大学受験のため、昼は弁当屋、夜はデリヘルで働く。弁当屋の仕事で食品加工会社の跡取り息子と親しくなり、結婚を申し込まれるが、デリヘルに勤めていることが知られ、破談する。
「なんでデリヘルなんか…?」と尋ねる跡取り息子に、マスカットは「お金が欲しいから」と家庭の事情を説明する。「だからって何もデリヘルに…」という相手の言葉に対し、こう問い返す。「ほかに何がある? 学歴もなんにもないわたしに、ほかに何がある?」(第4巻)
女子大学生の「パッションフルーツ」ことリホは幼い頃、無頼漢の父親から虐待を受けて育つ。母親が去ったのを機に2人で祖父の家に住むようになるが、父親の暴力はエスカレートするばかり。思い余った祖父は実の息子に手をかける。
警察の捜査が迫るなか、祖父はリホを電車に乗せ、別の町に住む妹の聡子おばさんに託す。「聡子おばさん、年金暮らしだから大学は無理って言われたんだけど、どうしても大学行きたくて……それが風俗始めた理由」。リホは恋人にこう打ち明ける(第6巻)。
セックス産業が持つセーフティネットとしての側面
今紹介したエピソードの女性たちを含め、どの登場人物も性風俗で働くことを誇らしく思ってはいない。むしろ隠そうとするし、「自分がデリヘルやるなんて思ってもみなかった」と涙を流す者もいる。それでも他にまとまった金を稼ぐ手段のない彼女らにとって、性産業はひそかな救いの場なのだ。
「フルーツ宅配便」オーナーのミスジは咲田にこう話す。「ごく普通に、特に取り柄も持たずに生まれてきた女が借金かかえちまったりすると、そこから抜け出すのは容易じゃねーよ。〔略〕デリヘルがなかったらまともにメシ食えない子がいるんだ」(第1巻)
貧しい女性を救うのは、政府や知識人ではなく、市場経済
それでも売春や性産業を快く思わない人々は、納得しないかもしれない。そして、たとえば「貧しくて大学の学費を払えないのなら、政府が負担してやればいい」と主張するかもしれない。いや実際、政府は貧困層を対象に大学などの教育費を公費で一部負担する政策をすでに検討中だ。
だがその政策では、学費が足りない人は助かっても、それ以外の理由でお金が必要な人は助からない。たとえば「フルーツ宅配便」に出てくる、経営するエステ店がつぶれて借金を抱えた女性や、親の反対を押し切ってお笑い女芸人をめざすため養成学校の入学金を貯めようとする女性には、政府はお金を出してはくれないだろう。もしデリヘルが禁止されたら、もっとタチが悪く、危険な稼業に手を出すかもしれない。
それに政府が何かを負担するという場合、原資はつねに税金だ。補助金などでなにがしかの恩恵にあずかる人はよくても、それ以外の人は何の得もないどころか、税負担ばかりが重くなる。「税金は大企業から取ればいい」と思うかもしれないが、大企業の税金を重くすれば、国際競争の中で経営に余力がなくなり、人減らしや賃金の引き下げ、下請企業の収入減につながる。そうなれば結局、貧しい人がしわ寄せを食う。
米経済学者のウォルター・ブロックは著書『不道徳な経済学──擁護できないものを擁護する』(橘玲訳、講談社+α文庫)で、売春とは「金銭を介した性的サービスの自発的な取引」だと定義する。その本質は「自発的な取引」、すなわち「好きでやっている」ことにあるという。
暴力で強制する性的サービスはもちろん不正であり、許されない。しかし2人の人間が自らの意思で集い、お互いの利益を満たそうとある取引に同意しているのであれば、そこで強制や不正が行われているわけではなく、第三者が介入する理由はないとブロックは説く。平たく言えば、余計なお節介ということだ。
「専門家を自称する人たちは、いつだって私たちの代わりに法律を制定しては、セックスワーカーの活動から私たちを『救済』したがっている」。
パリで開いたセックスワーカーの祭典で売春婦の生活を描くドキュメンタリーを発表したマリアンヌ・シャルゴワさんは、性労働者を救うつもりでかえって苦しめる専門家をこう皮肉った。貧しい女性に対する本当の救いの手は、道徳心あふれるお節介な政府や知識人ではなく、一見冷たくいかがわしい市場経済が差し伸べる。
(wezzy 2018.11.24)
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