国債のデフォルト(債務不履行)はこの世の終わりのような恐ろしい出来事だと、多くの人は信じている。たしかに日本や米国のように巨額に積み上がった国債のデフォルトは、経済に大きな混乱を引き起こすだろう。だからといって、この世が終わるわけではない。歴史を振り返ればわかるように、デフォルトの後も世界は続く。そこには激しい嵐が吹き荒れるかもしれないが、健全な経済に立ち返るチャンスでもある。
日本の江戸時代後期にあたる1830年代、米国では中央銀行の役割をもつ第2合衆国銀行があおったバブル景気の波に乗り、多くの州が鉄道、道路、運河などの公共工事に充てるために、多額の地方債を発行した。これらの州債のほとんどは、英国とオランダの投資家によって購入された。
1837年の恐慌から1840年代のバブル崩壊で、借金を負った州は苦境に陥る。当時の28州のうち、9州は負債がなく、1州はわずかだった。残り18州のうち、9州は負債の利子を途絶えることなく支払い、別の9州(メリーランド、ペンシルベニア、インディアナ、イリノイ、ミシガン、アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピ、フロリダ)は債務不履行に陥った。これらの州のうち、4州は利払いが数年間滞っただけだったが、残りの5州(ミシガン、アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピ、フロリダ)は未払い債務の支払いを拒否した。
債務不履行と支払い拒否は意外にも、良い影響をもたらす。まず、州政府に大幅な財政改革を促した。1846年のニューヨーク州を皮切りに、10年間で3分の2近い州が州憲法を改正し、①州による民間企業への投資を規制②特別立法による法人設立を制限・禁止③州・自治体債の発行方法を変更④州・自治体債の発行額に上限を設定――などを新たに定めた。これら州憲法による州債規制は、その後弱まったものの、現在まで形をとどめる。
米経済学者トーマス・サージェント氏は2011年、ノーベル賞記念講演で「もし当時多くの国会議員が望んだように、連邦政府が州政府を救済していたら、このような改革は起こっただろうか」と問いかけた。
次に、各州は公共投資に慎重になり、鉄道網の整備を民間に任せた。以前州が保有していた鉄道はほとんど売却される。州や自治体の政府は直接投資やもっと目立たない方法で鉄道を補助したものの、1860年までに米国の鉄道に必要な資本の4分の3を民間資金が提供した。米経済学者ジェフリー・ハンメル氏は「財政危機後、州はついに重商主義の遺産を捨て去り、初めて自由放任主義へ向かった」と指摘する。
米国の州債を約1億ドル購入していた英国を中心とする海外投資家は、州政府にお金を貸すことにきわめて慎重になった。海外勢のこの態度は米連邦政府にまで及んだ。米証券会社が1842年、欧州で米国債の市場調査を行ったところ、米連邦政府のデフォルトが心配なので売れないと言われた。
さらに、デフォルト後の米経済は早くに立ち直った。1929~1933年の米大恐慌では、失業率が最大25%に達し、この間に生産高は30%減少した。これに対し1839~1843年には、投資は減ったものの、生産はむしろ6~16%増え、実質消費はそれ以上増加した。しかもほぼ完全雇用だった。その後も1830年代に始まった経済成長は続き、実質所得は増加していった。
政府自身が財政規律を正さない場合、デフォルトによって規律を強制するしかない。1840年代の米国の州の経験は、デフォルトこそが長期にわたる解決策になりうることを示している。
多くの個人が国債を直接・間接に保有する現代では、デフォルトの衝撃はさらに大きいだろう。それでもこの世の終わりではない。経済に対する政府の介入を排除し、自由な市場経済による繁栄を取り戻す好機になりうる。
<参考資料>
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