2023-10-18

子育て支援の落とし穴

政府は6月にまとめた「こども未来戦略方針」で、2024年度からの3年間で国と地方合わせて年3兆円台半ばの予算を新たに投入すると明記した。児童手当の拡充や育児休業給付の充実などに充てる計画だ。岸田文雄首相はこのほど開いたこども未来戦略会議で「制度設計の具体化を急ぐ」と述べ、関係閣僚に対策の詳細や財源を早期に固めるよう指示した。
常識で考えて、子供を大切にし、父母ができるだけ多くの時間を新生児と過ごすのは良いことだ。だからといって、そのコストを国(納税者)や企業が負担しなければならないという考えは正しくない。

日本経済新聞によれば、政府は主な子育て支援の拡充策として、①児童手当(所得制限撤廃、高校生まで支給延長、第3子以降は倍増)②出産費用(26年度には保険適用)③保育(就労用件問わず利用できる「誰でも通園制度」の創設)④働き方(両親育休で最大28日間、手取り給与の10割補償)――などを計画している。

一見したところ、庶民が喜びそうな豪華なメニューだ。しかし、世の中にタダでおいしい話は存在しない。何らかの形で必ずコストを支払わされる。

政府が児童手当や出産費用、給与補償などにお金を出すためには、他の予算を削らない限り、増税しなければならない。今すぐ増税するか、とりあえず国債で資金調達して後で増税するかはともかく、いずれにしても何らかの増税が避けられない。これは家族の暮らしを苦しくする。

政府は少子化対策拡充の財源として、社会保険料への上乗せを検討している。社会保険料は「税」という名前こそついていないものの、実際には強制的に徴収される税金に等しく、上乗せは事実上の増税となる。「負担がさらに増すことになれば、対策の効果が薄れる恐れがある」と日経は別の記事で指摘する。

医療や介護、年金などにかかる経費の総額を表す社会保障給付費は23年度の予算ベースで134兆円に上る。国内総生産(GDP)比で23.5%だ。政府が18年に発表した社会保障の将来見通し(ベースラインケース)では40年度の給付費は190兆円に膨らみ、GDP比は24%ほどに高まる。政府はこの間の経済成長率を年1%程度に設定して数値をはじき出している。

実際には高齢化や人口減を背景に、給付費のGDP比は政府の見通しを上回って推移している。財政学に詳しい法政大の小黒一正教授はこうした現状に加え、成長率を政府の試算より堅めに見て給付費のGDP比を独自に推計した。20年度以降の平均を0.5%成長と仮定したところ、40年度のGDP比は28%に上昇した。政府の見通しより4ポイントほど高い。負担の増加分を社会保険料の引き上げでまかなう場合、保険料は今より3割増になる可能性があるという。

左派の人々は、庶民ではなく、富裕層から税金を取ればいいという。しかし、結果は同じだ。富裕層はその財産の多くを企業に投資している。富裕層から税金を1円取るごとに、企業への投資が減り、企業は人を雇う余裕がなくなり、賃金を上げる余力もなくなる。これは家族の暮らしを苦しくする。保守派の中にも「子育ては良いことだから、国がその費用を出し、家族の負担を軽くするのは当然」と信じている人がいる。目先の効果しか考えず、国の支援が経済に及ぼす長期の影響を無視している。

米経済ジャーナリストのヘンリー・ハズリットは、とかく人間は「政策の目先の効果あるいは特定集団にもたらされる効果だけにとらわれやすい」と述べ、そのため「政策の長期的・間接的影響を見落としてしまう」と警告する(『世界一シンプルな経済学』)。

経済政策について考える際には、ハズリットが強調するように、政策の短期の影響だけでなく長期の影響を考え、一つの集団だけでなくすべての集団への影響を考えなければならない。政府の子育て支援策はかえって家族の負担を重くし、裏目に出る恐れが大きい。

<参考資料>
  • ハズリット『世界一シンプルな経済学』村井章子訳、日経BP社、2010年
  • Government-Enforced Paid Family Leave Is Not Pro-Family | Mises Wire [LINK]

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