2023-10-15

男女賃金格差、不都合な事実

今年のノーベル経済学賞が米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授に決まった。日本のメディアも一斉に「ノーベル賞にゴールディン氏 男女の賃金格差、要因解明」(日本経済新聞)、「ノーベル経済学賞に米教授 ゴールディン氏 男女の雇用格差、研究」(朝日新聞)などという見出しで報じたが、何かおかしい。肝心の男女賃金格差の要因が一体何なのか、ニュースの要点を伝えるはずの見出しからは、わからない。
見出しをぼやかしたのが意図的なのかどうかわからないが、ゴールディン氏の研究結果は、メディアが唱えてきた「男女の賃金格差は女性差別のせい」という主張に反する。いわば「不都合な事実」なのだ。

ノーベル賞の公式ウェブサイトでは、こう説明する。「歴史的には、収入の男女格差の多くは教育と職業選択の違いによって説明できた。しかしゴールディン氏は、現在ではこの収入の差の大部分は同じ職業に就いている男女の間にあること、そしてその差の大部分は第一子の誕生によって生じることを明らかにしている」

つまり女性の賃金が男性に比べて低い原因は、子どもの誕生にある。この点について、ゴールディン氏は最近邦訳の出た著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか』で、以下のように詳しく述べている。

女性であるという理由、あるいは有色人種であるという理由だけで、差別され、賃金が低くなっている人は、確かにいるし、軽視するべきではない。しかし、今日の収入の男女差は、上司や同僚による差別や女性の交渉能力の低さが大きく影響しているのかという問いへの答えは、「断固としてノーである」。

男女の所得格差は、一般にいわれるような単一の統計値ではない。むしろダイナミック(動的)である。「男女が年齢を重ね、結婚し、子どもを持つことで広がっていくのだ」。職業によってもかなり違いがあり、特に大卒の場合は顕著である。

米国のMBA(経営学修士)の履歴を詳細に分析したところ、わかったのは、収入格差の拡大は、ランダムに現れるものではない。むしろ「子どもの誕生が大きく影響している」。MBA取得者が多く働く高収入の企業や金融機関で、たとえ短期間であってもキャリアを中断することや、特別な長時間の過酷な労働をしない従業員に大きなペナルティを与えているからだ。

ゴールディン氏は、「子どもの誕生とそれに伴う世話の責任が、男性に比べて女性のMBA取得者が職務経験が少なく、キャリアの中断が多く、労働時間が短い主な要因になっているのだ」と指摘する。幼い子どもを持つMBA取得女性の中には、出産後に企業や金融機関での勤務時間や激務に耐えられないと感じる人もいる。

一方、子どものいない(キャリアの中断がない)MBA取得女性の収入は、MBA取得男性(子どものいるいないに関わらず)より低いものの、格差はほとんどない。

女性は出産後、上司による良かれと思ってのパターナリズム(温情主義)や偏見によって、自分の意思に反して職場から追い出されているのだろうか。ゴールディン氏はそれを否定する。出産後、夫が高収入であるほど、労働時間を減らしたり仕事をやめたりする女性が多いなどのエビデンス(証拠)から、「子どもがMBA取得マザーの雇用に与える影響のほとんどは、偏見ではなく、意図的かどうかはさておき、選択によるものだ」と断じる。

意外にも、保育料の補助や両親に対する大規模な有給休暇など、世界で最も寛大な家族中心政策をとる北欧諸国を対象とした研究でも、結論は米MBAの場合と似ているという。出産後、夫と妻の所得格差が広がっている。

日経の記事によれば、ゴールディン氏の研究は「日本でも男性中心の長時間労働を是正したり、育児休暇を付与したりする政策を導入する根拠の一つとなっている」という。しかし、ゴールディン氏自身の指摘どおり、所得格差が女性の自由な選択の結果だとすれば、政府の是正策は余計なお世話であるばかりか、かえって妻や夫、そして子どもを不幸にするだろう。政府のあらゆる政策には、税というコストがかかるからである。

<参考資料>
  • ゴールディン『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』鹿田昌美訳、 慶應義塾大学出版会、2023年
  • A Nobel for a Student of Civilization - Foundation for Economic Education [LINK]

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