2020-09-30

マルクスの人種観

BLM(黒人の命は大切だ)運動の共同創始者パトリス・カラーズは、自分と仲間の活動家は「訓練されたマルクス主義者」だという。彼女はマルクスの人種観をどう思うだろう。マルクスは黒人との混血とされる女婿で批評家のポール・ラファルグを「黒ん坊」「ゴリラ」と誹謗した。

The Devil and Karl Marx – Walter E. Williams

NYタイムズ紙の「1619プロジェクト」は、米国の本当の建国は最初の黒人奴隷が連れて来られたときだとし、米国の歴史は人種差別の歴史だと主張する。同プロジェクトはカリフォルニア州など米国内の大学・高校で教育課程として取り入れられようとしている。

Opinion | California's Proposition 16 shows how unchecked progressives inflict progress - The Washington Post

マルクスは著書『フランスの内乱』で、パリ・コミューンの(大司教ら64人を処刑した)テロ行為を正当化した。この主張はのちに、レーニンとスターリンがロシアで、ポル・ポトがカンボジアでそれぞれユートピア建設の名の下に行った大虐殺を正当化するのに利用された。

Soviet Terror Was the Natural Evolution of Marx's Communism | Mises Wire

ある人から奪い、他の人に与えるという政府の行為を正しい名前で呼ぼう。合法な略奪だ。仏エコノミスト、バスティアはこう述べた。「見るがいい、法律のおかげで、ある市民が他の人々の犠牲によって利益を得ていないかどうかを。それは自分でやれば罪に問われる行為なのに」

The Sanctifying of Plunder - Foundation for Economic Education

2020-09-29

アベノミクスの結末

日本は景気が後退し、公的債務は対GDPで200%を超え、企業活動はなお縮小している。日本はすでに失敗したアベノミクスを、今また必要とするだろう。金融緩和中毒から抜け出せないだろう。だが超拡張的な金融財政政策を採ってきた世界の他の国々も、同じ道をたどるだろう。

Abenomics: Big Debts with Nothing to Show for It | Mises Wire

コロナ感染症を受け米連銀が一段の金融緩和を進めたことで、バブルを生み、家計に大惨事を及ぼすのは避けられない。引退の近い中高年は資産をリスクの小さい債券や預貯金に移すが、利率がゼロ近くでは引退後、生活費の増大を賄えない。物価高が広がり、長引けば影響は深刻だ。

The Fed Promises More Dollar Destruction | Mises Wire

大幅なインフレの時代は、政治的な煽動により、国民が苦しむのは資本主義のせいだと信じさせやすい。価格規制や法人増税などの社会主義政策で問題を解決できると活動家は約束する。インフレ拡大策は、マルクス主義に感化された人々が市場経済を転覆するのに便利な道具だ。

Inflation as a Tool of the Radical Left | Mises Wire

俗説によれば、景気調整(景気後退)は世界の終わりのように怖いものだとされる。実際には、景気調整は怖くない。経済学的に見れば、希少な物的・人的資源が消費者の優先順位に応じて再配置される期間にすぎない。再配置を市場に任せれば、必ずより良い結果をもたらす。

Turning to Keynes in this Crisis Will Only Make Things Worse | Mises Wire

2020-09-28

安全保障国家の脅威

安全保障国家は小さな政府とは正反対だ。暗殺、監視、クーデター、政権転覆工作、誘拐、秘密監獄と収容所、無期限勾留、適法手続と陪審裁判の拒否…。何でもありのその力は、無制限な政府そのもの。米国には建国当時、国防総省も巨大な軍備も国外基地もCIAもNSAもなかった。

Why Don’t Libertarians Call for Restoring a Republic? – The Future of Freedom Foundation

米国の大統領が安全保障上、自国に脅威をもたらしたとしても、CIAの力で排除されることはないと、米国民の多くは信じている。しかし外国の指導者が米国の安全保障に脅威となれば、CIAがためらわず排除に動くのは間違いない。50年前のチリのアジェンデ政権転覆はその一例だ。

The CIA’s Assassination of Rene Schneider – The Future of Freedom Foundation

チリの独裁者ピノチェトが政府職員として招いたシカゴ大出身の経済学者たちは、産業民営化や規制緩和を進めた。経済は回復し、米国の保守派はこれをほめ称えた。しかしチリに自由主義と市場経済がもたらされたわけではない。真の市場経済は政府の支配や管理から自由だ。

Pinochet’s Economic Fascism – The Future of Freedom Foundation

米国で1930年代に社会保障、1960年代にメディケア(高齢者向け公的医療保険)がそれぞれ提案されたとき、保守派はどちらにも反対した。しかし1964年大統領選で保守派の象徴ゴールドウォーターがリベラル派のジョンソンに敗れると、保守派は福祉国家の廃止を唱えなくなった。

What is a “Libertarian-Conservative"? – The Future of Freedom Foundation

2020-09-27

金井利之『行政学講義』

植民地ニッポン

日本で総理大臣が交代するたびに大手メディアがまず報じるのは、米国の大統領と電話会談を行い、日米同盟の強化で一致したというおなじみの儀式だ。そこではあたかも日米が対等の独立国家であるかのように描かれる。けれども物のわかった人なら、それが茶番にすぎないことを知っている。日本が米国と対等の立場であるはずがない。

日米の本当の関係は何か。行政学者で東京大学教授の著者は本書で、それは「自治領土」または「植民地」と、その「本国」の関係だと、身も蓋もない事実を指摘する。

アジア・太平洋戦争での敗北の結果、日本は米国に占領される。サンフランシスコ講和条約によって1952年4月に建前上、独立を回復したが、実質は占領地(「植民地」「自治領土」)のままとなった。高度の自治は認められたものの、「本国」米国は、「自治領土」日本内に軍事基地を置き、自由に使用する特権を得た。これが日米安全保障条約体制だと著者は述べる。

「本国」の領域支配は三次元空間にも及び、横田基地をはじめとして、多くの空域は「本国」の領域支配のもとにある。加えて、「本国」の軍人・軍属の活動に関しては、「本国」の支配が基地外に拡張する。たとえば、米兵が日本国内で殺人・強姦などを犯しても、米国の許しがなければ、日本は刑事司法権限を持たない。また、米軍機が日本国内に墜落または「不時着」しても、米国の許しがなければ日本側は現場検証も救助もできない。

このように、在日米軍とは、日本の領域支配の及ばない、最大の「外国」である。最強の「在日特権」だろうと著者は喝破する(第2章)。ネット右翼が攻撃する在日韓国・朝鮮人の「在日特権」とは比べ物にならない巨大な特権だ。

著者によれば、戦後日本にとって、米国は通常の意味での外国ではない。「本国」という意味での「外国」である。だから日米外交は主権国家間の「外交」というよりは、「国と自治体との協議、あるいは、宗主国・本国と自治領土・植民地との間の協議のようなもの」にすぎない。

自治体が国との対等な関係を目指すように、日本政府は米国政府との対等な関係を目指しはする。しかし、基地返還をはじめ、その実現は容易ではない。だから日本の為政者は、対米協議には及び腰になるし、交渉自体を時間と労力の無駄だと考える。むしろ、「本国」の為政者の意向に添う方が、個人的にも組織的にも、得策だと考えるかもしれない。

米国に対する日本の為政者の卑屈なまでの日頃の態度を見るにつけ、著者のこの指摘にはうなずかざるをえないし、情けなくもなる。せめて、「本国」に対して無力な被治者でしかない為政者を「宰相」と持ち上げたり、その指名争いを「天下取り」と大げさに呼んだりする馬鹿らしさを嗤って、憂さを晴らすことにしよう。

>>書評コラム【総目次】>>書評コラム【4】

2020-09-26

メディアの沈黙

アサンジ氏を起訴した米当局は、報道の自由を定める合衆国憲法違反に問われないよう、同氏はジャーナリストではないと主張。ポンペオCIA長官(現国務長官)はウィキリークスについて「ロシアに支援された敵意に満ちた情報機関」と非難した。民主党の言い分とほぼ同じだ。

The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : The War on Assange is a War on Truth

大手メディアはアサンジ氏の身柄引き渡しに反対せず沈黙を守っている。一番の問題は、審議中、米国側が同氏はジャーナリストではないという主張を放棄したのに、その事実を報じないことだ。同氏をジャーナリストと認めるのなら、他のジャーナリストも同じ目に合う恐れがある。

The US is Using the Guardian to Justify Jailing Assange for Life. Why is the Paper So Silent? - CounterPunch.org

米国史上、真実の情報を報じたジャーナリストがスパイ罪で起訴されるのは初めてだ。アサンジ氏はスパイ活動をしていない。米政府が同氏に復讐したがる理由は誰もが知っている。米政府がイラクとアフガンで行った残虐行為と戦争犯罪、グアンタナモでの拷問を暴露したからだ。

The extradition of Julian Assange would undermine freedom of speech | Luiz Inácio Lula da Silva | Opinion | The Guardian

米NSAとCIAの長官を歴任したヘイデン氏はスノーデン氏を反逆者と非難し、「内部告発には実際の違法行為の指摘が必要。(スノーデン氏は)それをしていない」と主張した。だが9月初め、サンフランシスコ連邦高裁はNSAの大量監視を違法と判断。多くの法学者は違憲とみている。

Edward Snowden Deserves a Pardon – AIER

健全な世界をつくるには、普通の個人のプライバシーを守り、政府の秘密をなくさなければならない。軍事秘密も例外ではない。米政府による軍事的暴力はほとんどすべて、嘘に基づいていた。多くの軍事秘密を許すほど、政府は国民を騙し、多くの戦争を認めさせる。

Exposing War Crimes Should Always Be Legal. Committing And Hiding Them Should Not. – Caitlin Johnstone

2020-09-25

嫉妬を恐れる人々

自分は裕福なのに、貧しい大衆を救う革命運動に加わる人がいる。彼らは嫉妬を恐れ、格差に罪の意識を感じている。多くの場合、罪悪感を消すために自分が快適な地位を去るのではなく、全世界が格差撲滅に乗り出すよう求める。誰も嫉妬しない社会を作ろうと言うのだ。

What's with the Rich Kid Revolutionaries? | Mises Wire

ジェンダー・フェミニズム、新左翼、マルクス主義はいずれも資本主義を非難し、人はそのアイデンティティー(人種など)に等しいと考える。アイデンティティーは現在、階級という言葉より好まれるが、基本は同じ意味だ。これらの運動の結論は変わらず、違うのは方法論だけだ。

The Gender Feminist–New Left–Marxist Axis Attacks All Civil Society | Mises Wire

19世紀後半から20世紀初め、アフリカ系米国人は他に先駆けて自助団体を作り出した。秘密結社で生命・疾病保険や互助を提供した。1919年の推定ではシカゴのアフリカ系家族の93.5%で、少なくとも家族の1人が生命保険に加入。シカゴで最も保険加入率の高いエスニック集団だった。

The Failures of Federal Race-Based Paternalism | Mises Wire

ファシズムの提唱者ムッソリーニによる資本主義批判の基本は、今日の「反ファシスト」運動のそれと変わらない。①経済における政府の大きな役割を支持②個人主義を非難し、集団の重要性を主張③人間行動を制約する経済の役割を批判し、政府は経済の法則を超えるとして擁護。

Today's Anticapitalists Are Closer to Fascism Than They Think | Mises Wire

2020-09-24

山火事はなぜ起こる

米国ではカリフォルニア州だけが高温と乾燥にさらされるわけではない。テキサス州はカリフォルニア州より森林が多く、気温が高いけれども、山火事はほとんどない。これはテキサス州では土地の95%が私有され、地主が土地の管理に責任を持って行動しているためだとみられる。

Forest Fires Aren’t at Historic Highs in the United States. Not Even Close - Foundation for Economic Education

何かを全員で所有するのは、持ち主が誰もいないのと実質同じだ。維持し、改善する意欲がなくなってしまう。用心深く管理しても得をしないし、むしろ無計画に利用したり、放置したり、立派に聞こえるだけで逆効果な「保護」をしたりするほうが利益になる。

Why There Are So Many Wildfires in California, but Few in the Southeastern United States - Foundation for Economic Education

メキシコのバハカリフォルニア州では林床に火がついても、自然に燃えるに任せる。この弱い火事は林床を掃除し、大規模な山火事を防ぐ。一方、隣の米カリフォルニア州では熱心すぎる政策で、小さな火事でもすべて消す。このため低木や枯木が密集し、大火事が広がりやすい。

What California’s Forest Fires and Financial Crises Have in Common - Foundation for Economic Education

米カリフォルニア州では山火事を抑え込もうとし始めて以来、森林が密集するようになった。同州シエラネバダ山脈の一部では、樹木の90%以上が枯木だ。掃除の役目を果たしていた小さな火事がなくなったせいで、森の多くは火花一つでたちまち燃え上がる火口箱になってしまった。

Let Forests Burn, If You Truly Love Them - Foundation for Economic Education

2020-09-23

合法な略奪(バスティア)

仏エコノミスト、バスティアは戦争、植民地主義(特にアルジェリアの仏植民地)、徴兵制、常備軍に強く反対し、こんな夢を語った。常備軍を廃止し40万人の国民を徴兵という奴隷制から解放するとともに税負担を年4億フラン減らす。常備軍は志願兵と米国流の民兵で置き換える。

Bastiat on disbanding the standing army and replacing it with local militias (1847) - Online Library of Liberty

仏エコノミスト、バスティアによれば、合意や補償なしに富の一部をその所有者から他の者に移せば、財産権の侵害であり、略奪である。それが政府による合法なものであろうと、こそ泥や追いはぎによる違法なものであろうと。

Frédéric Bastiat’s theory of plunder (1850) - Online Library of Liberty

仏経済学者のバスティアによれば、社会主義は友情、連帯、平等といった耳あたりのよい言葉の裏に、合法的な略奪、政府による強制という怪物を隠している。社会主義者は自由主義者を利己的だと非難するが、自由主義者が拒否するのは強制的な協力であり、自発的な協力ではない。

Frédéric Bastiat argues that socialism hides its true plunderous nature under a facade of nice sounding words like “fraternity” and “equality” (1850) - Online Library of Liberty

仏エコノミスト、バスティアの批判によれば、社会主義者は強制によって人工的な組織を作りたがっている。そこで社会主義者は偉大な整備工となって社会という機械を動かし、普通の人々は命を持たない歯車や車輪となって操作される。

Bastiat criticizes the socialists of wanting to be the “Great Mechanic” who would run the “social machine” in which ordinary people were merely so many lifeless cogs and wheels (1848) - Online Library of Liberty

誤解だらけの「元寇」…日本と元、戦争直後に貿易が空前の活況を呈した理由

今の世界では、国際的な経済関係は政治と切り離せない。

たとえば、米中貿易摩擦だ。米国のトランプ大統領は中国について「巨大な市場障壁や手厚い国家補助、為替操作、製品ダンピング、技術移転の強制、知的財産と企業秘密の大規模な窃盗に依存する経済モデルを受け入れている」と昨年9月の国連演説で非難。中国からの輸入品に対する追加関税措置を正当化したのは、記憶に新しい。

さらに政治の意思が鮮明なのは、経済制裁だ。米国はイランに対し、同国の核開発を理由に、エネルギーや金融を含め経済取引をほぼ全面禁止。これは事実上の戦争行為といえる。制裁には日本なども追随している。


政治的に対立し、戦争の可能性さえある外国との商取引を国家が禁止するのは、当たり前だと思うかもしれない。しかし歴史的にみれば、それは必ずしも当然ではない。戦争によって政治的に敵対関係となった国の間でも、民間では貿易が可能だったし、事実行われていた。しかもその実例は日本にある。日元貿易だ。

2020-09-22

経済の法則

 A、Bという2人の人物が自発的な交換を行うときは必ず、どちらも交換によって得をすると期待しているはずだ。また、2人は交換する財・サービスについて好みの順序が逆のはずだ。AはBから受け取るものをBに渡すものより価値が高いと考え、Bはその逆に考える。

Hans-Hermann Hoppe, Economic Science and the Austrian Method

A、Bという2人の生産者のうち、Aが2種類ある商品のどちらもBより多く作れても、2人は分業でともに得をする。Aがより多く作れる商品の生産に専念すれば、2人がそれぞれ自分で2種類の商品を作るより、全体では多くの商品を作れる。

Hans-Hermann Hoppe, Economic Science and the Austrian Method

最低賃金法によって、現状の市場賃金より高い賃金を強制すれば、必ず非自発的な失業が必ず生じる。

Hans-Hermann Hoppe, Economic Science and the Austrian Method

通貨供給量が増加し、手元の現金準備として保有する通貨の需要量に変化がなければ、通貨の購買力は必ず低下する。

Hans-Hermann Hoppe, Economic Science and the Austrian Method

元寇、神風でモンゴル軍退散との“虚構”は、なぜ生まれたのか?

旧日本海軍が編成した「神風特別攻撃隊」初の攻撃から75年となった2019年10月25日、敵艦への体当たり攻撃などで命を落とした愛媛県内出身の将兵ら約90人の追悼式典が、同県西条市大町の楢本神社であった。遺族や自衛隊関係者ら約250人が黙祷を捧げた。

毎日新聞によると、兄が戦死した曽我部勲さん(89)が遺族を代表して謝辞を述べ、取材に「戦争は一つも利益がない。してはいけない」と語った。


特攻隊「神風」の名は、鎌倉時代中期、蒙古襲来(のちに元寇=げんこう=と呼ばれる)の際に吹いた激しい風にちなむ。モンゴル(蒙古)が文永の役(1274年)、弘安の役(1281年)と2度にわたり来襲した際、その都度、嵐によって敵を退け、勝利したとされる。

その後、国難に際しては神が奇跡を起こして国を守るという「神風思想」が広がり、近代に至るまで大きな影響を及ぼす。神風特攻隊はその最も悲劇的な象徴といえる。

日本史の通説によれば、文永の役では敵は一日で引き返し、弘安の役では嵐によって、肥前鷹島に集結していた敵船が沈み、全滅したという。ところが、これが事実かどうかはきわめて疑わしい。

それを検証する前に、蒙古襲来に至る経緯から見ておこう。

2020-09-21

徴兵制を廃止せよ(バスティア)

仏エコノミストのバスティアは、自由放任の下で人は悪事を働き、自分の利益に反する行動をとるから政府の指導が必要だと言う社会主義者に、こう反論した。人間が普通選挙と民主政治を行うほど賢いのなら、なぜ他人を治めることはできるのに、自分を治めることはできないのか。

Bastiat on the state vs. laissez-faire (1848) - Online Library of Liberty

古典的自由主義者の仏エコノミスト、バスティアはもし自分が総理大臣だったら、思い切った減税を行い、政府支出を半分にしたいと述べた。軍隊は他の職業と同じように、自発的に入隊する一部の専門的な部隊を除いて解散し、徴兵は廃止する。

Bastiat’s has a utopian dream of drastically reducing the size of the French state (1847) - Online Library of Liberty

古典的自由主義者の仏エコノミスト、バスティアによれば、人が法律を作ったから人格、自由、財産は存在するのではない。逆に、人格、自由、財産が存在するから人は法律を作ったのだ。法律とは、個人の正当防衛の権利をまとめたものである。

Frédéric Bastiat asks what came first, property or law? (1850) - Online Library of Liberty

仏エコノミスト、バスティアによれば、政府の規模は、それを支える納税者の能力か意志が限界を超えるまで、拡大し続ける。政府の活動領域を制限できなければ、自由、市場経済、富、幸福、独立、個人の尊厳はすべて消え失せる。

Bastiat’s Malthusian theory of the growth of the state (1847) - Online Library of Liberty

平安時代、なぜ日本の辺境「平泉」は世界史に大きな影響を与えたのか?海を渡った金

岩手県平泉町と岩手銀行、官民ファンドの地域経済活性化支援機構など官民五者は2019年12月16日、観光遺産産業化ファンドの活用に向けた連携協定を結んだ。日本経済新聞によれば、同ファンドは異業種が連携し、地方の文化遺産を集客に活用するもので、同町が適用第1号。IT(情報技術)などを駆使して平泉のブランド力を磨き、訪日外国人の集客増を目指すという。

平泉といえば、世界遺産にも指定された日本有数の文化遺産で知られる。2011年、「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の名で、中尊寺、毛越寺(もうつうじ)、無量光院跡など5件が世界遺産に登録された。


世界遺産への登録名でもわかるように、平泉の文化遺産は平安時代末期(院政期)の仏教文化を今に伝える。ところがそこに示された平泉の仏教文化は、日本の中心とされた京都の模倣ではなく、海を越えた中国と直接結びつく独自性を持っていた。日本列島の辺境とみなされがちな東北で、なぜそのように高度な文化が育まれたのだろう。


2020-09-19

ミラー、ナカガワ『進化心理学から考えるホモサピエンス』

賃金格差の本当の理由


すべての工業社会では、女性のほうが男性より賃金が低い。教育、勤続年数、労働市場での経験といった人的資本の量の男女差を考慮しても、賃金格差は残る。多くの経済学者や社会学者は、この格差は合理的に説明できず、雇用者の性差別によるものだと主張する。


けれども、このよくある主張は正しいのだろうか。本書は近年発展著しい進化心理学の知見から、異を唱える。

大半の経済学者や社会学者は、男女の趣向、価値観、欲求はまったく同じであると考える。しかし進化心理学によると、この見方は間違っている。さまざまな性差は、男女の生物学的な違いと、そこから生じる繁殖戦略の違いに起因する。

男性は競争に勝って、多数の女性と配偶関係を結べば、それだけ多くの子供を残せる。競争しなければ、かなりの確率で子供をまったく持てない可能性に直面する。競争に勝った場合の報酬と競争を避けることの代償との差が非常に大きい。

一方、女性はこの差がずっと小さい。かりに競争に勝って、多くの男性と配偶関係を結べたとしても、産める子供の数には限度がある。それよりも、繁殖の成功にとって一人一人の子供の重要性が男性よりはるかに大きい(第2章)。

古代からの進化によって形成された、この男女の違いは、労働に対する態度の違いにつながる。男は金を稼ぎ、高い地位に就くために、がむしゃらに努力する。女は自分の子供を守り、多くの投資をしてくれる、地位の高い豊かな資源をもたらす男に惹かれるからだ。

これに対し女は、高い地位に就いても繁殖成功度は上がらないから、それほど高い地位を求めようとしない。女性はお金が欲しくないわけではもちろんない。ただ会社で出世したり高収入を得たりするために、子供の面倒を十分みてやれないという犠牲を払いたがらないのだ。

生物学的な性差はあくまで全体の傾向であり、個別には金を稼ぎ、高い地位に就きたいというモチベーションが非常に強い女性も例外的にいる。金を稼ぐことに同じように強いモチベーションを持つ男女を比較した1999年の統計では、女性の賃金は男性の98%であり格差はほとんどない(第7章)。

タブーを恐れぬ進化心理学の主張は旧来の社会学やフェミニズムから目の敵にされているが、本書の議論には説得力がある。男女雇用機会均等法などの法律を振りかざし、無理に平等を強いることが、女性(そして男性)の本当の幸せにつながるのだろうか。刺激に満ちた本書を読み、よく考えたい。

2020-09-18

独禁法はいらない

効率の良い企業は悪い企業より多くの収入を稼ぎ、速く成長しうる。もし市場集中が単に優れた経営成果の当然の結果にすぎないとしたら、独占禁止規制の役割は怪しくなる。

多くの典型的な独禁訴訟において、起訴された企業は価格を下げ、生産量を増やし、急速な技術革新にかかわり、効率的で競争的な市場原理におおむね沿って行動してきた。それどころか、まさにこの競争的行動のせいで、独禁訴訟の標的にされた可能性がある。

独占力の源泉は市場ではなく、政府である。免許制、証明書、営業権、関税その他の法的規制は独占を生み出しうるし、現に生んでいる。独占力によって特定の業界を自由な競争から保護する。

独占の乱用はつねに政府の生産や取引への介入から生じ、消費者を害し、販売会社を排除し、不効率で誤った資源配分を招く。ところがそうした独占は合法であり、政府当局の目的自体によって創設・是認されている。企業や競争に対するそうした法規制は廃止しなければならない。

平清盛、自由貿易を確立し国に経済的栄華…800年前の卓越したグローバル感覚

福岡市博多区上川端町の小学校跡地で見つかった石積み遺構が、日宋貿易で使われた港の一部だった可能性が高まっている。小学校跡地は日宋貿易当時、海に面していた。周辺で出土した中国産の白磁器から、平安時代後期の遺構と特定した。火薬の原料として日本から多く輸出していた粒状の硫黄も発見された。

博多は11世紀後半から国際的な交易拠点として栄えたとされるが、これまで港の位置は不明だった。産経新聞の取材に対し、市埋蔵文化財課の菅波正人課長は「当時国内最大の交易都市だった博多を解明する上で、重要な成果だ」と話している。


894年、菅原道真の建議で遣唐使が停止されて以来、平安中期から南北朝前期にかけて、日本と中国の間には定期的な国家使節の往来がなくなった。しかし、それによって日中の交流が途絶したわけではない。九州と中国を往来する民間貿易船が交流を担ったのである。

福岡の小学校跡地から発見された中国産の磁器と硫黄は、日宋貿易の特徴をよく示している。日宋貿易は最初、外交使節・商人の滞在施設である太宰府の鴻臚館(こうろかん)で行われていた。宋の商船の来着があると公卿会議にかけられ、受け入れが決定すると商人を鴻臚館に滞在させ、朝廷が優先的に陶磁器などの唐物(舶来品)を購入した。

やがて宋の商人と荘園や国府の役人との私的取引が盛んになり、多数の商人が博多を拠点にして活動するようになる。11世紀末、博多に住みつく宋の商人の数が増し、「唐坊」と呼ばれる居留地が成長を遂げた。12世紀後半になると、唐坊は博多の全域に及ぶようになり、宋の商人と日本人の雑居が進んだ。

日宋貿易の活況に目をつけたのが、武士として台頭してきた平氏である。平忠盛は鳥羽院領の管理者となり、そのうちの肥前国(佐賀・長崎県)神崎荘で、太宰府の干渉を排除。宋の商人と直接貿易を行って蓄財に励み、唐物を院に献上することで宮廷での地位を高め、一族の栄華の基盤を築いた。

2020-09-17

徳井義実への批判は庶民への課税強化を招く…そもそもこれほど重い税額は適正なのか?

お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実さんの個人会社が、東京国税局から計約1億2000万円の申告漏れなどを指摘され、問題となった。徳井さんが所属する吉本興業は、徳井さんが当面の間、芸能活動を自粛すると発表。本人が事務所に申し入れたという。

いつものことだが、有名人の税逃れに対するメディアの非難はすさまじい。「文春オンライン」は「本当にふざけている」という東京国税局関係者のコメントを引用。元衆院議員でタレントの東国原英夫氏は昼の情報番組で「想像を絶するルーズさだ」と批判した後、税の申告を怠る無申告について「脱税と同じくらいの罪の重さにするべきだ」と持論を述べた。


もちろん納税を怠るのは違法だ。けれども徳井さんの場合、家の郵便ポストもろくに見ないという、天才肌の芸人らしい「ルーズ」さが原因であり、意図的に所得を隠そうとしたわけではない。極悪人のように叩かれ、芸能界から事実上追放されかねない事態に陥るとは、いささか度を越している。

税金を取るのは合法であっても、それが経済の活力を保つうえで適切な額かどうかは別問題だ。徳井さんに限らず、タレントの多くは収入が増えると個人会社を設立する。目的は節税だ。このこと自体、税の重さを物語っている。個人にかかる税が軽ければ、誰もわざわざ時間と費用をかけて節税目的の会社などつくらない。

本来なら本業にあてられる時間とお金を節税のために奪われているわけだ。これは何も芸能人だけの話ではなく、事業家をはじめ節税に励まざるをえない人すべてに言える。社会全体で無駄になる時間とお金は膨大で、経済的な損失は計り知れない。徳井さんのように仕事を自粛すれば、その分稼げなくなるから、結局税収も減ってしまう。

2020-09-16

猟官活動をなくす法(バスティア)

19世紀の仏エコノミスト、バスティアは戦争の本質と戦争で潤う者についてこう考えた。社会は二つの集団に分かれる。他人の生産活動に依存して生きる者と、生産活動に従事する者だ。言い換えれば、働き、平和に取引し、税金を払う者と、その税に依存し、しばしば軍で働く者だ。
Frédéric Bastiat, while pondering the nature of war, concluded that society had always been divided into two classes - those who engaged in productive work and those who lived off their backs (1850) - Online Library of Liberty

仏エコノミスト、バスティアによれば、政府とは大いなる虚構である。人は政府を通じ、自分以外の全員を犠牲にして生きようとする。
Frédéric Bastiat on the state as the great fiction by which everyone seeks to live at the expense of everyone else (1848) - Online Library of Liberty

仏エコノミストで古典的自由主義者のバスティアによれば、社会とは非常に大きな円であり、そこにはあらゆる種類の自発的な活動が含まれる。この円の中に非常に小さな円があり、強制と税に基づく政府の活動領域が含まれる。この円はできるだけ小さくしなければならない。
Bastiat asks the fundamental question of political economy: what should be the size of the state? (1850) - Online Library of Liberty

仏エコノミスト、バスティアによれば、政府の役職に対する猟官活動をなくす方法は一つしかない。政府の役職と業務を大胆に減らすことだ。多数の公職を廃止し、政府の行動を制限する。政府高官の給与を減らす。その一方で民間の活動を広げ、自由にし、重要な役割を任せる。
Bastiat on the scramble for political office (1848) - Online Library of Liberty

平安時代、国風文化=純然たる日本文化という嘘…貴族による海外品“爆買い”が文化醸成

最近は中国の景気減速や人民元安などで一時に比べ勢いが鈍っているものの、中国人富裕層による活発な消費行動は日本でも注目の的だ。その大胆な買いっぷりは「爆買い」と驚きの目で見られるが、その一方で、「買いあさり」と蔑む向きも少なくない。

金に物を言わせる態度に反発したくなる気持ちはわかる。けれども忘れてはいけない。日本人自身、戦後の高度成長期やバブル期には、今の中国人と同じく、海外高級ブランド品などの大量購入が、欧米から「買いあさり」とおとしめられていた。


それだけではない。歴史上、日本人なら誰もが優雅なイメージを抱く時代に、高貴とされる人々が目の色を変え、先を争って高級で珍しい舶来品を買いあさっていたのだ。時代は平安時代、買いあさりの主役は平安貴族たちである。

当時、舶来品は「唐物」(からもの)と呼ばれた。本来は中国からの舶来品、もしくは中国を経由した舶来品を指す言葉だったが、それが転じて、広く異国からの舶来品全般を総称するものとなった。華やかに繰り広げられる宮廷行事において、その場を飾る品や献上品として、唐物は重要な役割を果たした。皇族やその周囲の貴族層は、唐物という入手困難な贅沢品を手に入れることで、みずからの政治的・文化的優位を示そうと躍起になったのである。

唐物の需要が高まったことを背景に、863年には唐物使(からものつかい)と呼ばれる、外国の商船がもたらした唐物を朝廷が優先的に買い上げるための使者が、朝廷から福岡の大宰府に派遣されるようになる。朝廷が唐物を独占するための仕組みである。

ところが朝廷による独占は長続きしなかった。唐船が博多に到着すると、朝廷が唐物使を派遣することになっているのに、その前に平安京の貴族たちが私的な使者を遣わし、競って唐物を買い集めたからである。大宰府周辺の富裕層も購入に加わった。朝廷はこれらの行為を禁止したものの、効き目は薄かった。朝廷の唐物独占のシステムが揺らぐと、商人が売買に乗り出し、貴族や富裕層に唐物が広く普及することになった。

一方で、博多湾には新羅や唐の商人が自由交易を求めて来航するようになる。こうした民間貿易の拡大を背景に、日本史上、有名な出来事が起こる。遣唐使の停止である。

遣唐使は、朝廷が唐に派遣してきた公式の使節だ。894年、「学問の神様」として知られる菅原道真が56年ぶりの遣唐使の大使に任命されたが、道真は停止を建議した。唐から届いた留学僧の手紙により、唐国内の混乱や衰退を知っていたためだ。

近年の研究では、道真の建議が採用され、朝廷が正式に遣唐使を廃止したのではなく、いわばなし崩し的に派遣されなくなっていったとの見方が有力だ。いずれにしても、使節団の派遣による公的な国際交流はあっさり打ち切られた。

2020-09-15

平等主義の恐怖

すべての人間が完全に平等になるには、すべての人間があらゆる特質において完全に同じでなければならない。平等主義の世界はホラー小説の世界だ。個性も多様性も特別な創造力もない、顔のないそっくりな生き物たちの世界だ。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

ヴォネガットは短篇小説「ハリスン・バージロン」で、特殊な機器で人間の能力を劣った方にそろえる近未来社会を描いた。この物語を読者がおぞましく感じるのは、人間は不平等だと本能的に知っているからだ。平等主義の社会を実現できるのは、全体主義的手段による強制だけだ。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

平等主義の出発点は、あらゆる人間、あらゆる人間集団は同一であり平等であるという、経験に先立つ原理である。したがって平等主義からみて、社会的な地位、名声、権威における集団間のあらゆる差異は、不正な「抑圧」、不合理な「差別」の結果でしかない。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

平等主義はその手段も目的も、人間と宇宙の構造そのものを否定し、きわめて非人間的である。その思想も行動も悪とみなさなければならない。文明や人類そのものの破壊が高い称賛に値するとでも主張しない限り、平等主義が倫理にかなうと言うことはできない。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

歴史的大失敗だった平安京…教科書で見る“美しい町並み”の嘘

2020年東京五輪・パラリンピックの開幕まで1年を切った。東京都内では五輪施設の建設が急ピッチで進んでいる。

東京都が新規に整備する競技会場6施設のうち、夢の島公園アーチェリー場など4つがほぼ完成した。日本スポーツ振興センター(JSC)が運営主体となる新国立競技場(オリンピックスタジアム)も、デザイン変更によって工事が大幅にずれ込んだものの、今年11月の完成が目前だ。7月24日に開いた「1年前セレモニー」では、登壇した安倍晋三首相が「準備状況については、IOC(国際オリンピック委員会)からも高い評価をいただいている」と満足そうに語った。


ところが、これらの新施設は大会後、大半が赤字となりそうだ。東京都が新設する6施設のうち、大会後に採算が合うのは1施設のみで、残り5施設は年間計約11億円の赤字が発生する見通し。1500億円超を投じて建設される新国立競技場も、完成後は維持費だけでも毎年20億円以上がかかるといわれ、採算がとれる見通しはまったく立っていない。

政府や東京都は、五輪新施設を大会後の街づくりに役立てると喧伝してきた。しかし赤字とは、かけた費用に見合うだけの来場者数が訪れないことを意味する。これでは街のにぎわいや発展は期待できない。これまで何度となく繰り返されてきた、官主導の街づくりの失敗例がまたひとつ増えるのは、残念ながら確実のようだ。

2020-09-14

貿易と平和の絆(コブデン)

英政治家リチャード・コブデンは穀物法の撤廃で自由貿易の確立に成功した後、反戦・反帝国主義の主張のせいで、議会でしだいに孤立した。彼は英国によるビルマ併合に反対し、大英帝国はいつの日か、過去のあらゆる帝国と同じく、「帝国の犯罪」ゆえに罰されるだろうと論じた。
Cobden argues that the British Empire will inevitably suffer retribution for its violence and injustice (1853) - Online Library of Liberty

自由貿易と平和を支持した英政治家コブデンは、軍人の好戦的な発言を称えた聖職者をこうたしなめた。神が聖職者に求めるのは、戦争の天才を称えることでも、戦争の勝利を分かち合うことでもない。「地に平和あれ、人に恵みあれ」という教えを説くことだ。
The 10th Day of Christmas: Richard Cobden on public opinion and peace on earth (c. 1865) - Online Library of Liberty

英製造業者・政治家で自由貿易を擁護したコブデンは、商業は政府が保護を名目に介入すると、その本質が変化すると述べた。強制された信仰がもはや宗教ではなく偽善になるのと同様、戦争用の武器で強制された商業は、強奪となる。
Cobden on the folly of using government force to “protect commerce” (1836) - Online Library of Liberty

英政治家コブデンが自由貿易を擁護したのは、単に商品の生産が増えるからではなく、何よりも道徳的な立場からだった。コブデンによれば、自由貿易は人々を「平和の絆」でつなぐ。不幸は暴力と侵略によって引き起こされ、それらはしばしば商業の促進を名目に実行される。
Richard Cobden on how free trade would unite mankind in the bonds of peace (1850) - Online Library of Liberty

政府が独占する“通貨発行益”という特権…各国政府が仮想通貨リブラを批判する背景

通貨発行益(シニョリッジ)という言葉を経済ニュースなどで目にしたことがあるだろう。政府がお金の発行から得る利益のことだ。

たとえば、1万円札の製造コストは約20円なので、政府は1万円札を発行するごとに差額の約9980円が利益として懐に入る。実際には、中央銀行である日本銀行がお金を発行し、それで政府の発行する国債を買い取るかたちをとるから少し複雑だが、単純化すればそういうことになる。


最近では日銀の若田部昌澄副総裁が5月23日の参院財政金融委員会で、日銀は自ら発行した紙幣で国債を買い入れ、利子を受け取るため、通貨発行益が生じると説明。「日銀はやや長い目で見れば、必ず利益を確保できる」と語り、一時的に債務超過に陥っても問題はないとの考えを示した。将来の金利上昇による日銀の収益悪化が懸念されていることに対する答弁だ。

けれども、政府が通貨発行益を求めてお金を大量に発行すれば、お金の価値の低下につながり、結局は経済を疲弊させる。その実例は、日本で政府が初めてお金を発行した古代にさかのぼる。

日本最古の貨幣といえば、以前の教科書では、708(和銅元)年に鋳造された和同開珎(わどうかいちん/わどうかいほう)とされてきた。しかし近年行われた飛鳥池遺跡(奈良県明日香村)の発掘調査で、天武天皇の治世である683年頃から、朝廷によって銅銭が鋳造されていたことが明らかになった。この銭を富本銭(ふほんせん)と呼ぶ。

富本銭より前に、無文銀銭(むもんぎんせん)と呼ばれる銀貨が使用されていたこともわかっている。これは日本の政府が発行した通貨ではない。貿易通貨として、朝鮮半島の新羅から輸入されたとの説が有力である。

それではあらためて、古代の日本政府が通貨発行益を求めた経緯やその影響をたどってみよう。

2020-09-12

ブレイディみかこ『ワイルドサイドをほっつき歩け』

福祉国家の地獄


「地獄への道は善意で敷き詰められている」という諺に、福祉国家ほど似つかわしいものはない。本書では、北欧諸国と並び福祉国家の一つのモデルとされてきた、英国の悲惨な現実を知ることができる。


英国の医療制度は大きく、無料のNHS(国民保健サービス)と有料の民間医療施設の二つに分かれる。無料の医療サービスがあるとはすばらしいと思うかもしれない。ところが、地獄はこちらのほうなのだ。

英国在住の著者によれば、NHSを利用する場合、まず地域の診療所に行って、GP(ジェネラル・プラクティショナー)という主治医に診てもらわなければならない。そこでGPが必要と判断すれば、外科や内科などの専門医に紹介所を送ってくれ、専門医から患者に予約日時の連絡が来る。

しかし実際には、スムーズには運ばない。著者の近所の診療所でGPに診てもらうアポを取るためには、以前は朝8時に電話をかけることになっていたが、電話が殺到するため廃止になり、朝8時に診療所に直接来なければならなくなった。寒い冬の朝も、診療所の玄関前は開業前から長蛇の列だ。しかもあくまで予約を入れるための列だから、受付で予約を入れたらいったん帰宅して予約時間にまた出直す。

数年経って仕組みが変わり、並ぶのは同じだが、まずGPに電話で症状を説明する予約を取ることになった。GPが実際に診る必要があると判断したときだけ、診察の予約を入れてもらえる。しかし電話の時間指定はできない。

だから、「朝早くから診療所の前に並び、受付で医師から電話を貰う約束を取り付けると、その日は仕事を休んで一日ずっと電話に備えて待機していることにでもしないと、もはや診察予約を入れることすらままならない」(14. Killing Me Softly——俺たちのNHS)。

夢の医療制度であるはずのNHSの現実がこれだから、多くの人は有料の民間病院を使うようになる。ところが貧しい人はそれが経済的に難しい。著者の夫はひどい頭痛に悩まされていても、何カ月も治らず、専門医に診てもらうことすらできない。癌科のアポですら9週間後だという。

政府が医療に介入し、サービスの対価を無料にすれば、需要量は急増し、サービス不足に陥る。これは経済学のイロハだ。貧しい人を医療不足から救うには、政府の介入をやめ、市場競争によって安価で高品質な医療サービスを提供すればよい。

反緊縮財政を叫ぶ著者は、残念ながらこの正解に気づいていない。それでも福祉国家の地獄をありのままに描いたことは貴重だ。

2020-09-11

消費者の投票

消費者は商品を買ったり買わなかったりすることで、あたかも国民投票を日々繰り返すように、起業家を選ぶ。それによって誰が資本を持つべきか、どれだけ持つべきかを決める。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

市場経済を批判し、商品Pは不可欠で商品Qよりはるかに重要だから、Pの生産を増やしQの生産を制限するべきだと主張する者がいる。彼の主張は消費者の価値観と合わない。彼は独裁者になりたいのだ。生産は大衆の要望ではなく、自分の独裁的な裁量で決めるべきだと考えている。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

普通の有権者は、自分の目標を達成するのに適した政策と、そうでない政策を区別するだけの洞察力がない。思考の長い筋道を検証することができない。政策がもたらす短期の影響について多少の意見を持つのがせいぜいで、長期の影響については論じることができない。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

商品を買うか買わないかを決めるのは、今現在の欲求を満たしたいという消費者の望みがすべてである。消費は政治の選挙と違い、選んだ手段の効果が後にならないとわからないことはない。すぐに満足できる商品の中から選択する。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

著者 : Ludwigvon Mises
Ludwig von Mises Institute
発売日 : 2011-08-03

1300年前から無駄な道路建設で国民に犠牲を強い続ける「日本の歴史」

高度経済成長期を中心に整備された社会インフラの老朽化が、社会問題となっている。とりわけ日常生活への影響が大きいのは、道路である。5月、1969年に全線開通してから半世紀を迎えた東名高速道路は、輸送車両の大型化や多発する短時間大雨などの影響で道路施設の劣化が急速に進む。2012年12月には山梨県の中央自動車道笹子トンネルで天井板崩落事故が起き、男女9人が犠牲となっている。道路の更新は国民の生命にかかわる喫緊の課題といえる。

しかし、それには大きな壁が立ちはだかる。費用の確保だ。国土交通省の所管分野だけでも、インフラの維持管理・更新費は20年後には今の1.3倍の約6.6兆円と推計されている。国の財政状況が厳しい中で、多額の費用を捻出するのは簡単ではない。ほかの分野の予算を削って道路に回せなければ、税金や国債で資金を調達し、現在または将来の国民に負担をかけることになる。


もしこれまで政府が努力して、道路の建設・運営に無駄な出費をかけずにやってきたのであれば、インフラ更新で税負担もやむをえないと国民も考えるだろう。けれども実際にはそうではない。最近も下関北九州道路をめぐって塚田一郎元国土交通副大臣の「忖度(そんたく)」発言が問題になったように、政府の道路計画は経済の原則より、政治の都合や利益によって左右されてきた。

2020-09-10

自由貿易と平和(コブデン)

英政治家リチャード・コブデンは議会に対し、ロシアとオスマン帝国の紛争(クリミア戦争)に介入しないよう訴えた。世界中を見回り、目に入るあらゆる悪事を正す「欧州のドン・キホーテ」になるのは英国の仕事ではないからだ。コブデンは反戦の主張のせいで一時議席を失った。
Cobden urges the British Parliament not to be the “Don Quixotes of Europe” using military force to right the wrongs of the world (1854) - Online Library of Liberty

英政治家コブデンは1846年の演説で、未来の世界の夢を描いた。そこでは完全な自由貿易が指導原理となる。強大な帝国、巨大な陸海軍、生命と労働の果実を破壊する道具を欲しがる気持ちは消え失せるだろう。人類は一つの家族となり、労働の果実を同胞と自由に交換するだろう。
Richard Cobden’s “I have a dream” speech about a world in which free trade is the governing principle (1846) - Online Library of Liberty

英政治家コブデンは内政不干渉の原則を堅く信じた。干渉する国の納税者の負担が増えるうえ、軍事占領される国民の生命と財産を破壊するからだ。干渉する側は秩序回復のためだと言うが、実際には彼ら自身、国内の秩序混乱に悩み、威嚇・侵略で他国に生み出した無秩序に苦しむ。
Cobden on the principle of non-intervention in the affairs of other countries (1859) - Online Library of Liberty

英政治家コブデンによれば、英国で奴隷反対運動が起こる前、国民は奴隷貿易を支持し、高い収益性を誇った。同様に、国民は自国の利益を強いるために世界中で軍隊を使い、将軍たちの像を熱心に建て、ほめ称える。平和を実現するには、こうした戦争の精神を和らげる必要がある。
Cobden on the complicity of the British people in supporting war (1852) - Online Library of Liberty


安倍首相が絶賛する令和の出典元「万葉集」は、政府に蹂躙された庶民の悲痛の記録

5月1日午前0時から新元号「令和」に切り替わった。令和の出典は中国古典(漢籍)ではなく、初めて日本の古典「万葉集」から採った。巻5、梅花の歌32首の序文、「初春の令月にして気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭(らん)は珮(はい)後の香を薫らす」から引用している。
 
安倍晋三首相は4月1日の令和発表時の談話で「悠久の歴史と香り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく」と述べた。


万葉集の多くの歌に「四季折々の美しい自然」が詠まれているのは事実だ。しかし、それだけではない。奈良時代末期に編まれたこの歌集には、当時の庶民の苦しみ、悲しみを詠んだ歌が収められている。彼らを苦しませ、悲しませたのは当時の政府だった。

当時の庶民の暮らしや感情を伝えるのは、「東歌(あずまうた)」「防人歌(さきもりうた)」と呼ばれる一群の歌である。東歌は東国の農民によって歌われ、防人歌は九州防衛のために置かれた防人と呼ばれる兵士によって詠まれた。防人はおもに東国出身者だったので、題材は東歌と共通するものが多く、東国方言で歌われている。東歌は、全20巻ある万葉集のうち、巻14に収録されている。

「信濃道(しなのぢ)は今の墾道(はりみち)刈株(かりばね)に足ふましなむ履(くつ)はけ我が背」
(訳:信濃道は近頃新しく拓いた道なので、あちこちに出ている切り株でけがをしないよう履をはいてください)

夫の身を案じる妻の歌の趣だ。ここにいう信濃道は、713年(和銅6年)7月に開通した木曽路にあたるらしい。完成に11年あまりを要した難工事で、その間、多くの人々が労役に従事した。税の一種である強制労働だった。

切り拓いた新道に切り株が残してあるのは、強制労働をさせる役人にうっかり踏ませようという庶民の仕返しとの見方もある。もっとも、役人は履をはいているから、踏んでもそれほど痛くはなかっただろう。

2020-09-09

官僚と起業家

官僚は起業家の手本にはならない。官僚は物事の改善を自由には目指せない。上部組織の定めた規則や規制に従わなければならない。上司が許可しなければ、イノベーションを始める権利がない。官僚の義務と美徳は服従である。
Ludwig von Mises, Bureaucracy

いかなる進歩も、既成の古い考えや慣習とは相容れない。進歩の一歩一歩が、大きなリスクを伴う変化だからだ。
Ludwig von Mises, Bureaucracy

資本主義では、起業家は自由に自分の構想実現を試みることができる。たとえ構想の利点を多数の人が認めなくてもだ。道理をわきまえた人を説得し、資金を貸してもらえさえすればよい。一方、官僚制では、前例主義の上司を納得させない限り、新しいアイデアは実現できない。
Ludwig von Mises, Bureaucracy

官僚と起業家は水と油である。進歩とは規則や規制が予期しないことそのものだ。進歩は官僚の守備範囲にはどうやっても収まらない。
Ludwig von Mises, Bureaucracy

日本人が知らない「元号」の政治利用

4月1日の新元号公表が近づいてきた。当日は政府が新元号を定める政令を閣議決定して発表。天皇陛下が政令に署名し、速やかに公布される予定だ。4月30日に天皇陛下が退位して平成が最終日となり、5月1日午前0時に改元。皇太子さまが新天皇に即位する。

周知のように、この日程が決まるまでには紆余曲折があった。各種報道によれば、政府は当初、2018年中に公表することを前提に、夏ごろの公表も検討した。しかし、保守派から「早すぎる公表は今の陛下に失礼」との声があがる。結局、2019年にずれ込むことになった。保守派の政治圧力を受け、当初想定から大幅に遅れたかたちだ。


一方、政府は政府で、天皇の代替わりと新元号を国民の支持拡大につなげようとの思惑がちらつく。4月27日~5月6日には「天皇の即位に国民こぞって祝意を表すため」として10連休が設定され、5月26日からはトランプ米大統領を国賓として日本に招き、新天皇が会見する予定だ。

元号やその変更(改元)を政治的に利用してはならないとの意見がメディアでは飛び交う。趣旨には賛成だが、そう簡単ではない。歴史を振り返ればわかるように、元号とは政治の産物であり、広い意味での政治利用こそ本来の目的であるからだ。

元号の元祖である中国で元号が初めて定められたのは、紀元前2世紀、前漢の武帝の時代。「この国に流れる時間・年月とその年月下で生きている民衆を支配するのは王である」という古来の考えに加え、王の名前とは異なる良い意味の漢字を当て、その漢字が持つ意味と雰囲気を重ねた。統治者側の都合に基づくアイデアだったことが、元号の現在に至る本質を物語る。

この制度が中国の影響下にあった地域に広がり、それぞれの王朝が独自の元号を用いるようにもなっていく。日本もそんな国の一つだった。

2020-09-08

政府という虚構

政府の集団的権利の存在根拠は、個人の権利である。それゆえ、個人の暴力によって他人の身体、自由、財産を侵害してはならないのと同じく、政府という集団の暴力によって個人や階級の身体、自由、財産を侵害してはならない。
Frederic Bastiat, The Bastiat Collection

法と道徳が互いに矛盾するとき、市民は苛酷な選択を強いられる。道徳感覚を失うか、遵法精神を失うかである。どちらも同じくらい深刻な悪であり、選ぶのは難しい。
Frederic Bastiat, The Bastiat Collection

社会主義者は政府と社会を混同している。だから誰かが政府のやることに反対すると、それ自体への反対と同一視する。政府による教育に反対すれば、教育に反対するのと同じ。国家宗教に反対すれば、宗教反対と同じ。政府による平等に反対すれば、平等反対と同じ。
Frederic Bastiat, The Bastiat Collection

政府とは大いなる虚構である。人は政府を通じ、自分以外の全員を犠牲にして生きようとする。
Frederic Bastiat, The Bastiat Collection

白村江の戦いの“信じがたい真実”…なぜ倭国軍全滅の戦争を起こしたのか?

米ブラウン大学ワトソン国際公共問題研究所が昨年11月発表した調査結果によると、2001年9月11日の米同時多発攻撃を受けて始まった米国の「テロとの戦い」によりイラク、アフガニスタン、パキスタンで発生した暴力による民間人を含む死者が計約50万人に達した。

昨年12月20日、米国の複数メディアがトランプ米政権はアフガニスタンから米兵数千人の引き上げを計画中と報じるなど、ようやく戦線縮小の兆しも見える。しかしこれまで払った犠牲はあまりに大きいし、「テロとの戦い」を掲げる海外軍事介入がいつ終わるのかもなお不透明だ。


倭国と呼ばれた古代の日本も、海外で軍事介入に乗り出して大敗し、膨大な犠牲を払った苦い経験がある。白村江(はくそんこう、はくすきのえ)の戦いだ。

朝鮮半島では655年、高句麗(こうくり)と百済(ひゃくさい、くだら)が連合して新羅(しんら、しらぎ)に侵攻し、新羅は中国の唐に救援を求める。唐の高宗は660年、まず百済に出兵してその都扶余を落とし、義慈王は降伏して百済は滅亡したが、各地に残る百済の遺臣たちは百済復興に立ち上がり、倭国に滞在していた百済の王子豊璋(ほうしょう)の送還と援軍の派遣を要請してきた。

女帝の斉明天皇と息子の中大兄皇子(のちの天智天皇)は大軍派遣を決定。661年、中大兄皇子は斉明天皇とともに筑紫(現福岡県)に出征し、同地で斉明天皇が死去した後は天皇の座に就かないまま戦争を指導する。662年に軍を渡海させるが、翌663年、朝鮮半島西岸の白村江で唐・新羅の連合軍に大敗した。これが白村江の戦いである。

白村江で唐・新羅連合軍は倭国水軍と4度戦い、倭国の船400隻を焼き払った。その煙と炎は天を覆い、海が赤く染まったという。唐の軍艦が陣を敷いていたところに、次から次へと倭国の兵が突撃し、両側から挟み撃ちにあって、多くの兵が溺死した。数万の軍はほぼ全滅だったとみられる。

わずかながら帰国した兵や捕虜となった兵の記録が残っている。白村江とは別の新羅戦線に進軍した兵士たちとみられる。命こそ助かったものの、大変な辛苦をなめたようだ。

奈良時代の歴史書『日本書紀』によると、大伴部博麻(おおともべのはかま)という筑紫国の農民兵が690年に帰国した。あるじの豪族4人とともに唐軍の捕虜になったが、自分の身を売って奴隷になり、その金であるじを先に帰国させる。本人が帰国を果たしたのは白村江の戦いから27年も後だった。

また、平安時代初期の歴史書『続日本紀』によると、讃岐国(現香川県)出身の錦部刀良(にしごりのとら)ら元兵士4人が白村江の戦いから実に44年後に帰国する。唐で賎民に落とされていたが、日本から来た遣唐使に偶然出会い、運よく連れて帰ってもらうことができたという。

こうした幸運な例を除けば、捕虜となった人のほとんどは異国の地で亡くなったとみられる。

2020-09-07

自由の鉄則と戦争

自由主義の鉄則は、他人の身体と財産に対して脅迫や暴力の行使(攻撃)をしてはならないことだ。暴力が許されるのは暴力を振るう相手に対してだけである。すなわち他人の攻撃的な暴力に対する防衛的な暴力のみが許される。要するに、攻撃してこない相手への暴力は許されない。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

戦争に対する自由主義の基本姿勢はこうだ。身体と財産の権利を守るため、犯罪者に対して暴力を使うのは正しい。罪のない人々に対する権利侵害は容認の余地がない。したがって戦争が妥当なのは、暴力の行使が個々の犯罪者だけに厳格に限られる場合のみである。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

国家間の戦争の際立った特性は、国家はそれぞれの国民に対する課税によって存在しているという事実である。したがって他国に対するいかなる戦争も、課税の増加と拡大につながる。すなわち、自国民に対する攻撃につながるのだ。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

特定の戦争では国によって罪の軽重はあるものの、自由主義にとって最も重要なのは、政府のいかなる戦争参加も非難することだ。あらゆる政府に圧力をかけ、戦争を始めないようにさせよう。すでに始めた戦争はやめさせよう。敵味方を問わず市民の被害を小さくさせよう。
Murray N. Rothbard, Egalitarianism as a Revolt against Nature

過大評価されていた聖徳太子? 見直される“政敵”蘇我馬子の功績

今年5月19日、元興寺(奈良市)の創建1300年を記念し、飛鳥時代に前身の飛鳥寺を建立した豪族、蘇我馬子(そがのうまこ)を顕彰する法要が、馬子の墓ともされる奈良県明日香村の石舞台古墳近くで営まれた。産経ニュースによれば、法要を営んだ元興寺の辻村泰善住職は「蘇我馬子並びに蘇我氏に対して正当な評価がされることを願う」と話した。

蘇我氏はかつて、大化の改新で一掃された守旧派というレッテルを貼られてきた。しかし今ではその実像が見直されている。蘇我氏は渡来人との密接な関係を武器に、海外の進んだ文明を積極的に取り入れ、国際感覚にすぐれた氏族だった。


蘇我氏の出自については、大和国(奈良県)高市地方とする説、同葛城地方とする説、河内国(大阪府)石川地方とする説、朝鮮半島の百済からの渡来人とする説などがある。このうち渡来人説はほぼ否定されているものの、後述する蘇我氏と渡来人との密接な関係を考えると、捨てがたいものがある。奈良県文化財保存課課長補佐の坂靖氏は、蘇我氏の出自は飛鳥の開発を主導した渡来人にあると唱える。

蘇我氏隆盛の基礎を築いたのは、536年、宣化天皇の大臣に任じられた蘇我稲目(いなめ)である。稲目は多数の渡来人を配下に置き、彼らの技能を使って朝廷の財政部門を掌握していた。この渡来人との密接な関係が、蘇我氏の開明的で改革的な性格の源泉となり、それによって朝廷内の高い政治的地位を維持する。

欽明天皇の治世の538年、百済の聖明王から天皇に釈迦仏の金銅像などが贈られた。仏教の公伝である。当時、百済は新羅との厳しい戦いに直面し、倭国(日本)にしきりに援軍を要請していた。仏教を伝えたのはその見返りの意図があったとみられる。
 
天皇が仏教を受容すべきかどうかを臣下の豪族に尋ねたところ、物部氏らが拒否を主張したのに対し、稲目は「諸外国がこぞって信仰している仏教に対して倭国だけが背くわけにはいかない」として受容を主張した。

この言葉が示すように、稲目にとって仏教の受容は単なる信仰の問題ではなかった。配下に多数いる渡来人からの情報を通じ、百済をはじめとする先進国と渡り合っていくには、仏教という当時の「グローバルスタンダード」を受け入れざるをえないとの認識を抱いたとみられる。

2020-09-05

ペスト危機の教訓

新型コロナウイルス感染のパンデミック(世界的大流行)をきっかけに、中世の欧州で猛威を振るったペスト(黒死病)への関心が高まっている。

14世紀後半以降、ペストは数度にわたり欧州を襲った。世界史教科書などの解説によれば、1348年から3年余りの流行で人口の3分の1を失わせ、農業人口の激減による社会・経済の混乱を招いたとされる。

この解説そのものは誤っていない。けれども見逃してはならないのは、当時の欧州はペストに襲われる以前から、いくつかの要因で経済が疲弊しており、それによる生活水準の低下が疫病の蔓延を加速させたという事実だ。


経済を疲弊させた要因の一つは、天候だ。14世紀から15世紀にかけての欧州では天候不順の年が多く、凶作や飢饉に見舞われた。

それに追い討ちをかけたのが、国家による戦争と課税だ。中世欧州では、国王を中心とした国家の統合を強化しようとする動きが明確になり始めた。そうした動きの中心となった国王の一人を軸に、見ていこう。整った顔立ちから「端麗王」と称されるフランス王、フィリップ4世である。

2020-09-04

独禁法の害悪

競争の過程において、企業の市場シェアは支配力を示すのではなく、全体的な効率性を映す。一方、独占の力はつねにビジネスの競争や協力に対する法規制を伴う。これは純粋な市場での活動とは言えない。
Dominick Armentano, Antitrust: The Case for Repeal

独禁法の歴史が明らかにするように、この法律はしばしば、高コストで非効率な企業を、革新的な競争相手による低価格から守る避難所の役割を果たす。政府から差別価格で訴えられた企業はたいてい、法を守るため値上げを強いられる。
Dominick Armentano, Antitrust: The Case for Repeal

企業の合併・買収を規制すると、より有能な経営者の手に生産活動を任せる妨げになりかねない。たとえば経営不調の国内企業が海外企業との競争を有利にするため、合併などを必要とする場合だ。
Dominick Armentano, Antitrust: The Case for Repeal

独禁法は政府による規制の一種であり、あらゆる政府規制と同じく、経済を非効率にしがちだ。競争を守るという名目で独禁当局が介入した結果、効率的な競争の過程が妨げられてきた。企業は値下げしたくても、独禁法でそれを制限される。
Dominick Armentano, Antitrust: The Case for Repeal

日本の近代化、朝鮮半島から入った技術・文化が土台に…渡来人の大きな功績

秋祭りのシーズンに伴い、馬に乗って走りながら的に向けて矢を放つ流鏑馬(やぶさめ)が全国で盛んに行われている。10月16日、徳川家康を祭る栃木県日光市の日光東照宮で披露された流鏑馬を報じた産経ニュースは「日本の文化はすごい。人馬一体のエネルギー、気迫が感じられた」という観客の談話を紹介した。

狩り装束の射手が馬を走らせる流鏑馬は、この談話にあるように、いかにも日本独自の文化のように見える。しかし、馬に乗る文化はもとから日本にあったものではない。さかのぼっても4世紀末~5世紀初頭以降、海を越えて渡ってきたのである。


考古学の調査によると、日本では古墳時代前期(3世紀中頃〜4世紀後半)の古墳から馬具はまったく出てこない。ところが中期の5世紀になると、突然多くの古墳から馬具が出てくるようになる。それまでの農耕社会に見られなかった乗馬の風習や騎馬文化が急速に普及したことを物語る。

この事実を踏まえた仮説として、かつて脚光を浴びたのが「騎馬民族征服王朝説」である。1949年に東洋考古学者の江上波夫氏が提起したもので、4世紀後半頃、東北アジア系の遊牧騎馬民族が朝鮮半島を経由して日本列島に侵入し、朝廷を樹立したとする。この騎馬民族が打ち立てた朝廷こそ天皇家を中心とする大和朝廷にほかならないと主張し、衝撃を与えた。

しかし今では、この説には否定する見解が有力となっている。社会の大きな変化が王朝の交代のみによって起こったと考えるのは無理があるからだ。

2020-09-03

貯蓄の理由

経済学者メンガーは、水、食品など不満を直接和らげる財を一次財と呼んだ。消費財とも呼ばれる。獣を捕らえる罠や樽など、一次財の生産を助けることに価値のある財は、高次財、生産財、資本財などと呼ばれる。
Gene Callahan, Economics for Real People: An Introduction to the Austrian School

人は高次財(資本財)を作ろうと決心すると、貯蓄を始める。貯蓄とは、たとえもっと早く満足することができるとわかっていても、将来の満足に向けて行動するという決定である。
Gene Callahan, Economics for Real People: An Introduction to the Austrian School

人が消費できるのは今だけである。今不満だから、それを和らげたいと思う。快楽と苦痛を感じるのは今だ。無限の未来の消費のために貯蓄するのは、貯蓄ではない。まったくの損失だ。
Gene Callahan, Economics for Real People: An Introduction to the Austrian School

消費できるのが今だけならば、なぜ人は貯蓄するのだろう。未来に消費することはできなくても、それを想像することはできるからだ。未来を心に描き、それに不満を感じ、その不満を和らげたいと望むのだ。
Gene Callahan, Economics for Real People: An Introduction to the Austrian School

福岡市、若者増加で活況の秘密は、2000年前の朝鮮との自由貿易

福岡市の活気が注目されている。少子高齢化が進む日本は2018年まで9年連続で人口減に見舞われているのに対し、若者を中心に人口が増加中だ。ビジネスも活発で、開業率は日本の大都市でトップとなっている。

福岡の活力を支える要因は、日本の大都市圏で最も短い通勤・通学時間、日本の主要都市で最も安い食料物価などさまざまだが、なんといっても見逃せないのは、アジアとの近さだ。中国・上海までは東京より近く、韓国・釜山までは大阪より近い。この立地の良さから観光やビジネスで訪れる外国人が増加している。

著者 : 田中史生
KADOKAWA/角川学芸出版
発売日 : 2016-01-22

福岡は、奈良・平安時代には遣唐使を博多港から送り出したり、豊臣秀吉や徳川家康の時代には博多の商人たちが朱印船に乗って朝鮮や中国、東南アジアとの貿易に乗り出したりと、歴史的にも貿易を通じたアジアとのつながりが強いことで知られる。じつはそのつながりはさらに古く、弥生時代にまでさかのぼる。

戦後、考古学的な調査の増加と技術の進展により、重要な集落や物流拠点が次々と発見され、日本列島とアジア間の交易ネットワークが復元できるようになってきた。そこから浮かび上がるのは、東アジアの政治の波を受けながらも交易の中心地のひとつとして存在感を示す、現在の福岡を含む九州北部の姿だ。

2020-09-02

差別禁止の矛盾

①ある行為を理由に人を処罰・投獄するべきではない②ある行為は道徳的である—。これら二つの意見はまったく異なる。人種・性別・出身国などによる差別の犯罪化に反対すると同時に、そのような差別は道徳・倫理に反すると主張することは矛盾しない。
Walter Block, The Case for Discrimination

異性愛者は性的パートナーの選択において同性を差別する。同性愛者は異性を差別する。差別しないのは両性愛者だけだ。ただし多くの両性愛者は美しさ、健康、富、正直さ、ユーモアのセンス、共通の利益、人格など他の基準で相手を差別する。
Walter Block, The Case for Discrimination

人種・民族・宗教の異なる相手と結婚する人は全体のわずかだ。結婚において差別が重要な役割を果たすと考えられる。もしあらゆる差別を禁じたければ、異なる生い立ちの相手に交際の機会を与えなかった人の結婚届は、受理を拒否しなければならない。
Walter Block, The Case for Discrimination

多くの国では外国人による投資を差別し、内国民による投資を優遇する。関税や移民政策でも外国人を差別する。これらは出身国による差別に他ならない。ところが差別は人権侵害だと主張する人々は、なぜかこれらの差別には何も言わない。
Walter Block, The Case for Discrimination

約2千年前の弥生時代、なぜ凄惨に殺された人骨が大量発掘…国と課税と戦争の誕生

鳥取市の青谷上寺地遺跡で見つかった2~3世紀(弥生時代後期)の人骨のDNAを最新技術で分析する調査を、国立科学博物館や国立歴史民俗博物館、鳥取県埋蔵文化財センターなどが始めた。

「産経WEST」の報道によれば、遺跡中心部の溝からは、老若男女の人骨が少なくとも109体分、散乱した状態で出土。鋭い武器で切られたり刺されたりした殺傷痕が残るものもあった。戦闘など凄惨な行為があったと考えられるが、その背景は明らかになっていない。


人間はなぜ戦争をするのか。古くから多くの思想家や研究者が答えを探してきた問いだ。日本で戦争が始まったとされる弥生時代の歴史は、その難問に対するヒントを与えてくれる。

通説では紀元前4世紀ごろに九州北部で始まったとされる弥生時代といえば、水稲農耕が始まった時代として知られる。縄文時代晩期に渡来人によって北九州に伝えられた水稲技術が、まず西日本、次いで東日本にも広まった。

同じ時期に日本列島に広まったものがある。戦争だ。

考古学の研究結果によれば、狩猟採集に基礎を置く縄文時代には、集団と集団とがぶつかり殺し合う戦争はなかった。専用の武器をつくらなかったし、ムラの守りを固めることもなかった。殺されたことが確かな埋葬人骨もごく少ない。

ところが弥生時代に入ると様子が一変する。周囲に堀を巡らした環濠集落や、台地や山頂に築く高地性集落など、防御を固めた集落が現れる。青銅・鉄・石による専用の武器が登場し、武器を祭器として尊崇する信仰まで生まれる。

とくに強烈な印象を残すのは、前述の青谷上寺地遺跡でも見つかった、殺傷された証拠を残す人骨である。神戸市の新方遺跡の墓地では、1列に葬られた男性3人の遺骨の中から、それぞれ石鏃が見つかった。そのうち壮年から熟年のたくましい男性は、頭から胴と腕にかけて、17個もの鏃を射ち込まれていた。いろいろな方向から弓矢で集中攻撃されたらしい。

奈良市の四分遺跡の例もすさまじい。1つの木棺に一緒に葬られた若い男女の遺骨のうち、女性のほうは胸の部分に石鏃が1本。男性のほうは、背中や腰の左右から、鉄の武器で刺されたり切られたりした傷が数カ所、左の肩甲骨や左右の腸骨にある。さらに左の目あたりが鋭利な凶器で骨までざっくりと削られている(松木武彦『人はなぜ戦うのか』)。

弥生時代に農耕と戦争が同時に広まった理由として、歴史学の通説では、農耕社会では狩猟採集よりもたくさんの生産物がとれ、富ができやすいから、その奪い合いが引き金となって戦争が起きると説明されてきた。

2020-09-01

政府と支配階級

国民が生産するものの3分の1を課税で取り上げ分配し、規制で国民生活に深く関与する。それによって支配階級は、貧富を左右するようになる。
Angelo M. Codevilla, The Ruling Class: How They Corrupted America and What We Can Do About It

政府はその本性から、特権と不平等を生み出す。政府は、誰の犠牲によって誰が利益を得るかという詳細なリストを作る。あなたがこのリストをメニューとする政府の食事会に客として招かれなければ、料理を食べる方ではなく、食べられる方になる。
Angelo M. Codevilla, The Ruling Class: How They Corrupted America and What We Can Do About It

今の法律や規制は昔よりずっと長文だ。なぜかと言えば、人々をどのように不平等に扱うかを細かく特定しなければならないからだ。
Angelo M. Codevilla, The Ruling Class: How They Corrupted America and What We Can Do About It

縁故資本主義では、規制する側とされる側の区別がなくなり、共存共栄する。彼らは権力で人々の選択を制限し、自分たち自身や政治的支持者に金を流す。
Angelo M. Codevilla, The Ruling Class: How They Corrupted America and What We Can Do About It

地球、寒冷化の脅威…近づく氷期突入、人類にとって最大の災害

東京国立博物館(上野公園)で開催中の展覧会「縄文――1万年の美の鼓動」(NHK、朝日新聞社など主催)が人気を集めている。火焔型土器や土偶「縄文のビーナス」など教科書でもおなじみの国宝をはじめとする多数の出土品が展示され、夏休みシーズンということもあってカップルや家族連れでにぎわっている。

縄文時代の土器や石器、土偶や装身具は力強さと神秘的な魅力にあふれる。とくに中期の土器の躍動感あふれるダイナミックな造形は、世界の歴史の中で見てもきわめて独創的なものといわれる。


近年注目を浴びる、この魅力的な縄文文化をもたらしたものは、なんだったのだろう。展覧会の図録に記された主催者あいさつにはこうある。

「今から約1万3000年前、氷期が終わりに近づいて温暖化が進み、現在の日本列島の景観が整いました。そして、その自然環境に適応した人々の営みが始まります。縄文時代の幕開けです」

ここに書かれたとおり、縄文時代が始まるきっかけは地球の温暖化だった。縄文時代とは旧石器時代が終わったおよそ1万3000年前から、約1万年続いた時代を指す。氷期が終わりを迎えた日本列島は、温暖で湿潤な安定した気候に変わり、現在と同じ山や森、川や海といった景観や四季が整う。海面は現在より2~7メートル高かったと推定され、そのため海岸線は内陸の奥深く入り込んでいた。海面が上昇してできた浅い海は、魚や貝が生息する絶好の場所となった。

四季折々の豊かな山と海の幸は、人々の生活を大きく変えた。季節に合わせた植物採集・漁撈・狩猟が可能となったばかりでなく、豊富な食料を、収穫の減る冬や真夏に備えて保存加工や貯蔵ができるまでになった。こうした食料事情の変化により、人々は食料を求めて住みかを変えなくてもすむようになり、定住生活が可能になる。

定住することによって、それ以前は持ち歩けなかった重い土器や石皿などが所持できるようになり、多種多様な道具が生活を支えた。とくに土器は縄文人の食生活上、大きな意味のある道具だった。さまざまな食料を土器で煮れば殺菌されるし、柔らかくなるので栄養の吸収も良くなる効果があったからである。

一方、土器は単なる煮炊きの道具ではなかった。縄文土器は出現した当初から、目を見張るような繊細かつ丁寧な模様で飾られる。材料となった粘土は思いどおりに形を仕上げることができるため、当時の人々は想像力を余すことなく発揮した。