2020-09-01

地球、寒冷化の脅威…近づく氷期突入、人類にとって最大の災害

東京国立博物館(上野公園)で開催中の展覧会「縄文――1万年の美の鼓動」(NHK、朝日新聞社など主催)が人気を集めている。火焔型土器や土偶「縄文のビーナス」など教科書でもおなじみの国宝をはじめとする多数の出土品が展示され、夏休みシーズンということもあってカップルや家族連れでにぎわっている。

縄文時代の土器や石器、土偶や装身具は力強さと神秘的な魅力にあふれる。とくに中期の土器の躍動感あふれるダイナミックな造形は、世界の歴史の中で見てもきわめて独創的なものといわれる。


近年注目を浴びる、この魅力的な縄文文化をもたらしたものは、なんだったのだろう。展覧会の図録に記された主催者あいさつにはこうある。

「今から約1万3000年前、氷期が終わりに近づいて温暖化が進み、現在の日本列島の景観が整いました。そして、その自然環境に適応した人々の営みが始まります。縄文時代の幕開けです」

ここに書かれたとおり、縄文時代が始まるきっかけは地球の温暖化だった。縄文時代とは旧石器時代が終わったおよそ1万3000年前から、約1万年続いた時代を指す。氷期が終わりを迎えた日本列島は、温暖で湿潤な安定した気候に変わり、現在と同じ山や森、川や海といった景観や四季が整う。海面は現在より2~7メートル高かったと推定され、そのため海岸線は内陸の奥深く入り込んでいた。海面が上昇してできた浅い海は、魚や貝が生息する絶好の場所となった。

四季折々の豊かな山と海の幸は、人々の生活を大きく変えた。季節に合わせた植物採集・漁撈・狩猟が可能となったばかりでなく、豊富な食料を、収穫の減る冬や真夏に備えて保存加工や貯蔵ができるまでになった。こうした食料事情の変化により、人々は食料を求めて住みかを変えなくてもすむようになり、定住生活が可能になる。

定住することによって、それ以前は持ち歩けなかった重い土器や石皿などが所持できるようになり、多種多様な道具が生活を支えた。とくに土器は縄文人の食生活上、大きな意味のある道具だった。さまざまな食料を土器で煮れば殺菌されるし、柔らかくなるので栄養の吸収も良くなる効果があったからである。

一方、土器は単なる煮炊きの道具ではなかった。縄文土器は出現した当初から、目を見張るような繊細かつ丁寧な模様で飾られる。材料となった粘土は思いどおりに形を仕上げることができるため、当時の人々は想像力を余すことなく発揮した。


縄文時代の豊かさ


発掘された縄文人の骨で40歳以上のものは少ないし、骨の残りにくい乳幼児の死亡率をあわせて考えれば、寿命はきわめて短いものだったと推定される。縄文時代がまるでユートピアだったかのような主張は行きすぎである。それでも、それまでの旧石器時代と比べれば豊かな社会であったことは間違いない。

縄文時代の豊かさを象徴するのは、青森市にある三内丸山遺跡である。紀元前3500年頃から約1500年間も続いた縄文時代最大級の遺跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていた。八甲田山の裾野、沖館川の右岸に位置し、北に陸奥湾を控える。当時の海面は今より高かったことから、海がすぐ近くまで来ていたと思われる。

南にはブナの森が広がり、全体では約35ヘクタールに及ぶ広大な遺跡である。竪穴住居跡が約500軒、大型住居跡が約10棟あり、大人や子供の墓、盛土、貯蔵穴、粘土採掘坑、ゴミ捨て場などが見つかった。貯蔵穴で蓄えたのは、おもにナッツの類と考えられる。大きな貯蔵穴が多数つくられたのは、温暖な気候のおかげで木の実の収穫が増えたためとみられる。

縄文時代の豊かさを示すもう一つの例は、東京都にある中里貝塚だ。南北100メートル以上、東西500メートル以上の範囲に最大で厚さ4.5メートル以上の貝層が広がる、日本最大の貝塚である。貝層はほとんどハマグリとカキからなる。しかも大きな貝殻ばかりで、生活の道具類や食べかすをほとんど含まない。貝類の加工を専門に行う、水産加工場のような場所だったとみられる。

貝層中に0.5~1.5メートルほどの浅い皿状の穴がある。内面には水が漏れないように粘土を貼り、中に焼石やカキの殻が残っていた。穴に海水を張り、熱した石を投入して海水を沸騰させ、貝を煮たようだ。

地域ごとに取れる食料が異なり、それに特化した技術が発達するにつれ、地域間の交易が盛んになる。当時の交易は非常に広範囲に及んだ。三内丸山遺跡からは、北海道・長野県の黒曜石や、新潟県のヒスイでつくったアクセサリーなどが見つかっている。

経済が豊かになると文化も栄える。大規模な集落ができ、人口のピークを迎えた縄文時代中期、火焔型土器や縄文のビーナスなど縄文文化中でも最も力強く、自由な作品がつくられた。

地球寒冷化


以上見たように、豊かな縄文時代をもたらしたのは温暖化だった。もちろんそれが唯一の要因とはいえないが、暖かい自然環境がなければ、これほど大きな変化が起こらなかったのは確かだろう。

現在、地球温暖化は自然環境や人間の暮らし、健康に重大な悪影響を及ぼすとして問題視されている。けれども縄文時代の例をみる限り、温暖化は人間社会に必ずしも悪影響を及ぼさない。長期の気候変動から考えれば、今後警戒が必要なのは温暖化ではなく、むしろその逆の寒冷化だろう。

古気候学者の中川毅氏は著書『人類と気候の10万年史』(講談社ブルーバックス)で、人間の未来にとって最も恐ろしいのは、現代の「安定で暖かい時代」がいつかは終わるというシナリオではないか、と指摘する。

氷期が終わり縄文時代が始まったときから数えれば、今まですでに約1万3000年もの年月が流れている。古気候学の知見によれば、過去3回の温暖な時代はいずれも、長くても数千年しか持続せずに終わりを迎えた。つまり今の温暖期は、すでに例外的に長く続いている。その意味では、いつ次の氷期が訪れてもおかしくない。

前回の氷期が終わった時点で世界人口はおよそ50万~100万人だったと推定されている。一方、現在の世界人口はすでに70億人を超え、国連の予測によれば今世紀中頃には100億人を突破する。再び氷期に突入し、温暖な気候を前提とした農業や漁業ができなくなれば、多数の人口を支えるのは難しい。「人類が遭遇する可能性のある災害としては、間違いなく最大級のものに違いない」と中川氏は警鐘を鳴らす。

地球温暖化は悪と信じる「政治的に正しい」言論人や進歩派メディアは、温暖化を防ぐためと称して政府に経済活動を規制させようとする。しかしそれは本当に正しいのか。温暖化の贈り物である縄文の豊かさと美が関心を集める今こそ、頭を冷やして考え直したい。

<参考文献>
展覧会図録『特別展 縄文――1万年の美の鼓動』NHK・NHKプロモーション・朝日新聞社
岡村道雄『縄文の生活誌』(日本の歴史 01)講談社学術文庫
木下正史『倭国のなりたち』(日本古代の歴史 1)吉川弘文館
今村啓爾『縄文の豊かさと限界』(日本史リブレット 2)山川出版社
中川毅『人類と気候の10万年史』講談社ブルーバックス

Business Journal 2018.08.28)

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