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「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ

インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2026-02-06

トークン化金、ビットコインに勝る?

Schiff vs. Ammous: Tokenized Gold Trumps Bitcoin | SchiffGold [LINK]

著名な投資家ピーター・シフ氏が、ビットコイン支持者のアモウス氏との対談で、これまでの論争を一変させる議論を展開しました。シフ氏が強調したのは、単なる金とビットコインの比較ではなく、「トークン化された金」がビットコインを完全に凌駕するという視点です。彼は、テザー・ゴールドのような実物資産裏付け型のトークンを「デジタル化された本物の通貨」と呼び、対するビットコインを「実体のない『無』をトークン化したもの」と厳しく批判しました。

シフ氏がビットコインを危惧するのは、その需要が純粋な投機のみに依存している点です。ビットコインには金のような実需が存在しないため、価値を支える理論的な底がありません。人々が値上がりを信じているうちは高値を維持できますが、期待が一度崩れれば、価値がゼロに向かって暴落するリスクを常に抱えています。シフ氏は、価格が下落し始めている現状を挙げ、ビットコインには実体経済の裏付けがないことを改めて指摘しました。

対照的に、金はデジタル技術と融合することで、歴史的な弱点であった「持ち運びの不便さ」を克服しつつあります。物理的な金を移動させるのは困難ですが、ブロックチェーン上で請求権をトークン化すれば、スイスの安全な金庫に保管したまま、世界中で瞬時に価値を移転できます。シフ氏は、「私たちは現在、法定通貨システムの終焉を目撃しており、金がドルの代替として再び通貨の地位を取り戻す『再貨幣化』の初期段階にある」と述べました。

市場に供給される年間の新規の金は約7,000億ドル相当に達し、ビットコインの新規発行額とは比較にならない規模です。これほどの供給を市場が吸収し続けていることこそが、金の圧倒的な需要の証左です。中央銀行が意図的に通貨価値を減らし続けるインフレの時代において、シフ氏によれば、ブロックチェーンの正しい使い道は「最も信頼できる資産である金に利便性を与えること」に他なりません。それこそが、インフレから資産を守る真の解決策になると結論づけています。この記事は、円安やインフレに直面する私たちにとっても、通貨の本質を問い直す重要な示唆を含んでいます。

(Geminiで要約)

二大政党制と真の支配層

Why America's Two-Party System Will Never Threaten the True Political Elites | Mises Institute [LINK]

アメリカで新しい大統領が就任する際、メディアや歴史家たちは「権力の平和的な移行」が実現したと熱狂的に報じます。これは民主主義の至高の美徳とされていますが、ある論評によれば、これは支配エリートが自らの正当性を維持するために広めている「神話」にすぎません。選挙によって「国民の意志」が示され、それに応じて統治者が交代するという物語は、市民が現在の体制を受け入れるための、いわば一種の世俗的な宗教のような役割を果たしているというのです。

しかし、著者はこの物語の核心にある「権力は本当に移譲されているのか」という点に鋭い疑問を投げかけます。実際には、選挙で選ばれる公職者たちは支配層の「公的な顔」にすぎず、その背後にある真の支配エリートは、政権交代の前後で何ら変わることなく権力を保持し続けています。その証拠として、政権が代わっても国の根幹に関わる主要な政策がほとんど変化しないという現実があります。中絶や多様性に関する議論といった、いわゆる「文化戦争」の分野では多少の変化が見られますが、エリート層の経済的・政治的権力の源泉である外交政策や中央銀行の制度、そして巨大な社会保障プログラムなどは、実質的に選挙の結果によって左右されることはありません。これらは支配層にとって「不可侵」の領域なのです。

ここで著者が引用するのが、イタリアの社会学者ヴィルフレド・パレートの視点です。パレートは民主主義体制における支配層を、互いに利権を与え合うパトロンとクライアントの複雑なネットワークとして捉えました。これを「プルート・デモクラシー(富豪政治的民主主義)」と呼び、企業家や労働団体、政府職員などが共生関係を築き、国家の富を合法的に略奪するシステムだと定義しています。この巨大な利権構造を維持するために費やされる労力や資源を考えれば、数年おきの選挙の結果次第でその地位をあっさりと手放すなど、支配層にとっては論理的にあり得ないリスクなのです。

そのため、二大政党制そのものが、エリートに容認された政党だけが競い合う仕組みとして機能しています。パレートの分類によれば、政権を交互に担う共和党と民主党はどちらも「体制内政党」であり、支配層の一部にすぎません。一方で、システムを根本から変えようとする「妥協のない政党」は、過激派として権力の座から徹底的に遠ざけられます。さらにガエタノ・モスカの指摘を借りれば、有権者は政党が提示したメニューの中から代表者を選んでいるにすぎず、エリートにとって不都合な候補者は、政党という門番によってあらかじめ排除されているのが実態です。

結局のところ、権力の平和的な移行という言葉は、システムに害を及ぼさない範囲での「担当者の入れ替え」を意味しているにすぎません。支配層が享受する富や名声、特権はあまりに大きく、それを本当の意味で開かれた自由な選挙の結果に委ねることは、彼ら自身にとっても、その恩恵にあずかる利権関係者にとっても、到底受け入れられないことなのです。この記事は、民主主義という華やかな舞台裏で、変わることのない権力構造が脈々と受け継がれている冷酷な現実を浮き彫りにしています。

(Geminiで要約)

公式物価指数は正しいか?

Which to Believe: The Official CPI or Zoe Dippel’s Grocery Receipts? | Mises Institute [LINK]

アメリカで今、ある1枚の古いレシートが大きな反響を呼んでいます。発端は24歳の歯科衛生士ゾーイ・ディッペルさんがアルバムで見つけた1997年6月20日のレシートでした。そこには双子の育児に必要な食品やおむつなど計122品目が記され、当時の支払額はわずか155.34ドルでした。彼女がこれを紹介した動画はTikTokで拡散され、わずか3週間という短期間で280万回以上も再生されています。

驚いたゾーイさんは現在の価格と比較しました。2025年のアプリで当時と同じチェーン店の同じ品目を揃えたところ、合計額は504.11ドルにまで跳ね上がったのです。約28年半で価格は3.2倍になり、年率換算で4.2%の上昇です。著者はこれを「ゾーイ価格指数(ZPI)」と呼び、米国の住宅価格の上昇率である年率約4.8%とも一致すると指摘します。一方で世帯所得の伸びは年率3.1%弱にとどまり、市民の「収入が生活費に追いつかない」という実感を裏付けています。

さらに記事は、政府公表の消費者物価指数(CPI)とこのZPIを比較します。公式のCPIでは1997年6月から2025年12月までの物価上昇は年率2.5%とされています。もしこれが正しければ実質所得は増えているはずですが、現実は異なります。著者は、公式統計には複雑な調整が加えられ、政治家に都合の良い数字が作られている可能性を疑っています。社会保障費の削減や増税のために、インフレが過小評価されているという指摘です。

著者の主張では、公式指標は生活感覚から著しく乖離しています。1997年時に比べ、食品を3分の2しか食べず、おむつも3分の2しか替えないことでようやく生活水準を維持できるという状況は不合理です。通貨供給量が増え続ける中、ドルの購買力は削られ、中央銀行もインフレ抑制を諦めていると著者は見ています。政治家が「インフレはない」と強弁しても、1枚のレシートが語る真実は隠せません。この記事は、当局の言葉を鵜呑みにせず、草の根の検証が公的な議論を現実に引き戻すために不可欠だと強調しています。

(Geminiで要約)

米憲法はまだ存在するか?

Does the US Still Have a Constitution? - LewRockwell [LINK]

アメリカの憲法学者であり、元判事でもあるアンドリュー・ナポリターノ氏が発表した、非常に衝撃的な論考をご紹介します。ナポリターノ氏は、現代のアメリカにおいて「憲法は今も存在していると言えるのか」という、国家の根幹を揺るがす問いを投げかけています。

ナポリターノ氏によれば、形式上、アメリカには今も憲法があり、三権分立も維持されています。しかし、実態としての機能に目を向けると、その姿は大きく変貌してしまっていると言います。1980年代の麻薬戦争、2000年代の対テロ戦争、そして現在の移民問題に対する強硬な姿勢という、一連の「国家的な危機」が繰り返される中で、議会は憲法を無視し、大統領の権限拡大と個人の自由の侵害を黙認してきました。

特に、アメリカ人が最も大切にしてきた「一人にしてもらう権利」、つまりプライバシーの権利が危機に瀕しています。合衆国憲法修正第4条は、不当な捜索や押収から国民を守るため、裁判所が発行する令状を必須としています。しかし、現実には「行政令状」という、司法のチェックを通らない不適切な仕組みが横行しています。かつて独立戦争の引き金となったイギリスの「一般的令状」と同じように、捜査官が自ら発行した書類で、特定の個人を指名することなく、広範囲な捜索や逮捕が行われているのです。

こうした憲法軽視の背景には、当局や社会にある「我々対彼ら」という歪んだ選別意識があると氏は指摘します。「自分たちは薬物もやらないし、テロリストでもない。アメリカ生まれの市民だ。だからあいつらへの強硬策は自分たちには関係ない」という無関心が、憲法の破壊を許してきました。しかし、その刃は今や、長くこの国に暮らす善良な人々や、アメリカ市民にまで向けられています。ミネアポリスなどで起きている現実は悲惨です。深夜、防寒着を着る間もなく自宅から引きずり出される人々の中には、合法的な居住者や市民も含まれています。

ナポリターノ氏は、かつての最高裁判事の言葉を引用し、政府自らが法を破るとき、それは社会に無秩序と不信を蔓延させると警告しています。かつては憲法が国民を守ってくれた時代もありましたが、現在の機能不全に陥った状況を見る限り、その時代は過ぎ去ってしまったのではないか。氏は、法の支配が崩壊し、政府が暴走する現状に、最大限の危機感を表明しています。自由の国と称されたアメリカの足元で、今、憲法という礎が音を立てて崩れている。これが、現場を知り尽くした元判事による、現代アメリカへの切実な告発です。

(Geminiで要約)

クレカ金利規制の結末

Trump’s Credit Card Rate Cap Would Hurt the Poor | Mises Institute [LINK]

アメリカのトランプ政権が打ち出した「クレジットカード金利の上限設定」という一見魅力的な政策が、実は低所得層に牙をむくという皮肉な現実についてお話しします。

トランプ大統領は、30パーセントを超えるようなクレジットカードの金利は国民からの「搾取」であるとし、これを一律10パーセントに制限することを提案しています。高い金利に苦しむ人々を助けるという名目ですが、経済の実態を紐解くと、これが「貧しい人ほど高くつく」という結果を招くことがわかります。

そもそも、クレジットカードの金利は「貸し倒れのリスク」に基づいて決まります。家や車のような担保がないため、銀行融資よりも金利が高くなるのは、金融機関が損失をカバーするために不可欠な仕組みです。もし政府が無理やり金利を10パーセントに抑え込めば、カード会社は「リスクに見合わない」と判断し、信用力の低い低所得者層へのカード発行を止めてしまいます。

その実例が、2021年にイリノイ州で行われた実験に見られます。同州では金利の上限を36パーセントに制限しましたが、施行後わずか半年で、低信用層(サブプライム層)への融資は38パーセントも減少しました。調査によれば、対象となった人々の約4割が「生活が苦しくなった」と答え、公共料金の支払いが遅れたり、友人や親戚に借金せざるを得なくなったりしたのです。

また、ウォートン・スクールの専門家は、トランプ氏の提案通り金利を10パーセントに制限すれば、クレジットカード利用者の約80パーセントがカード会社にとって「採算割れ」の顧客になると指摘しています。そうなれば、カード会社はサービスの提供を大幅に縮小するでしょう。2009年に連邦法で金利引き上げが一部制限された際も、その後の5年間でサブプライム層のカード口座数は1,000万件も減少しました。

良かれと思って政府が介入することが、結果的に市場を歪め、最も助けを必要としている人々を金融システムから追い出してしまうのです。ノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンがかつて警告した通り、法的な貸付から締め出された人々は、最終的に違法なヤミ金融に頼らざるを得なくなります。

「政府が助けに来ました」という言葉ほど恐ろしいものはない、というロナルド・レーガンの警句が、この金利上限案にも当てはまるように思えてなりません。

(Geminiで要約)

悪夢のカリフォルニア

The Idiocracy that Is California Politics | Mises Institute [LINK]

アメリカ・カリフォルニア州の政治状況が抱える深刻な矛盾についてお話しします。

現在、カリフォルニア州では、プログレッシブ(進歩主義)と呼ばれる急進的な左派政治が席巻しており、その混乱ぶりは「狂気」に近いとさえ言われています。しかし驚くべきことに、その中心人物であるギャビン・ニューサム知事は、2028年の次期大統領選に向けた民主党の有力候補と目されているのです。もし彼が大統領になれば、カリフォルニアの「失敗」が全米に広がる恐れがあります。

この州では、民主党が一党独裁に近い圧倒的な権力を握っており、共和党による実質的な牽制が機能していません。その結果、経済の法則を無視した政策が次々と打ち出されています。例えば、生活費は全米平均を大きく上回り、貧困率は国内最悪レベルです。さらに最近では、上位200人ほどの億万長者を対象とした、あまりに過酷な「富裕税」の導入が検討されています。これが可決されれば、ビジネスや富裕層は一斉に州外へ逃げ出し、さらなる経済の衰退を招くのは火を見るより明らかです。

日常生活における治安の悪化も深刻です。カリフォルニア州では、950ドル以下の窃盗を実質的に「軽犯罪」へと格下げしました。検察官がこうした小規模な犯罪を訴追したがらないため、現場では窃盗が事実上、野放しにされています。その影響で、量販店のウォルマートなどでは、かつては陳列棚に並んでいた商品がすべて鍵のかかったケースに閉じ込められるようになりました。客が商品を買うために店員を呼んでも、人手不足で誰も来ず、結局買い物を諦めるという本末転倒な事態が日常化しています。進歩主義者たちは、こうした犯罪を「資本家による搾取への対抗だ」と正当化さえしています。

さらに、環境政策や公共事業の失敗も枚挙にいとまがありません。大規模な山火事についても、科学的な森林管理より「気候変動」という言葉を優先し、根本的な解決を遠ざけています。また、サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶはずだった「高速鉄道計画」は、予算が当初の3倍以上の1,000億ドルに膨れ上がり、目的地も大幅に短縮されるなど、史上最大規模の無駄遣いと化しています。

それでもなお、有権者はこうした政治家を支持し続けています。経済的苦境にありながら、リベラルな理想やイデオロギーを優先し、失敗をすべて「資本主義のせい」にする姿勢は、もはや現実を見失っていると言わざるを得ません。富を生み出す「黄金のガチョウ」を殺し続けていることに気づかない限り、カリフォルニアの混迷が終わることはないでしょう。

このカリフォルニアの現状を、対岸の火事としてではなく、一国の政治が極端な方向に進んだ際の教訓として、私たちは注視していく必要があります。

(Geminiで要約)

エリート支配を脱するには

Everyone Agrees Our Elites Are Terrible, So Why Are We Stuck with Them? | Mises Institute [LINK]

最近、ジェフリー・エプスタインに関わる膨大な機密文書が公開され、世界中で大きな波紋を呼んでいます。名だたる公人たちの関与や、司法システムのあからさまな不作為が露呈し、「なぜこれほどまでに邪悪で無能なエリートたちが、今なお権力を握り続けているのか」という怒りと疑問の声が渦巻いています。

この「エリート支配」の謎を解くヒントは、歴史的な理論の中に隠されています。まず、どんなに民主的な社会であっても、組織化される過程で必ず「支配する少数」と「支配される多数」に分かれるという法則があります。これを専門用語で「寡頭制の鉄則」と呼びます。たとえ平等を目指す組織であっても、運営を効率化するために管理者が置かれ、その管理者がルールを掌握することで、次第に一般のメンバーとは切り離された特権的な権力を持つようになるのです。

現代のエリートが特に厄介なのは、彼らが「所有者」ではなく「管理者」であるという点にあります。かつてのような王様やカリスマ的なリーダーではなく、官僚や企業の経営陣、大学の管理者といった「組織を回す人々」が実権を握っています。彼らは、国民や株主の利益よりも、自分たちの地位や組織の拡大を優先します。自分たちの利益にかなう政策であれば、たとえ不人気でも強引に進め、逆に自分たちの地位を脅かす改革は「政治的に不可能だ」として門前払いにする。こうした「管理職エリート」のネットワークが、国境を越えて張り巡らされているのです。

では、なぜ私たちは彼らを排除できないのでしょうか。その根本的な原因は、私たちが「国家」という仕組みに対して抱いている思い込みにあります。私たちは教育を通じて、国家が暴力や強制を独占することを「正当なもの」として受け入れるように仕向けられています。本来なら抵抗すべき略奪であっても、それが「公的な手続き」という衣をまとった途端、私たちは従わなければならないと信じ込んでしまうのです。この国家というフィクションこそが、エリートたちを市場の競争から守り、彼らがどれほど醜態をさらしてもその椅子に座り続けられる最強の防護壁になっています。

しかし、希望はあります。かつてエリートたちが独占していた「情報の支配」は、インターネットの普及によって崩れ始めています。また、AIなどの新しい技術は、これまで管理職層が独占してきた複雑な事務や手続きを自動化し、彼らの存在意義そのものを奪う可能性を秘めています。

私たちが今のひどいエリートたちから自由になるための唯一の道は、彼らに依存しない「自由」を手にすることです。つまり、不誠実なエリートからいつでも「立ち去る権利」を持つことです。エプスタイン事件のような醜聞を見て絶望するのではなく、既存のシステムが限界を迎えているサインだと捉え、自律的な選択を積み重ねていくエネルギーに変えていく必要があります。

(Geminiで要約)

生活費危機の真実

The Cost of Living: The Problem Isn't Too Little Credit, but Too Much | Mises Institute [LINK]

「生活費の危機」や「住宅の購入可能性(アフォーダビリティ)の危機」という言葉をニュースで耳にしない日はありません。しかし、こうした言葉遣いそのものが、政府による巧みなプロパガンダであるとしたらどうでしょうか。

現在の住宅市場の問題について、その本質が「クレジット(信用・借金)の不足」ではなく、むしろ「過剰なクレジット」にあるという視点からお話しします。

政府は、自分たちが有利になるように言葉を言い換えるのが非常に得意です。例えば、英語圏で使われる「アフォーダビリティ・危機(購入しやすさの危機)」という言葉。この「危機」という響きは、あたかもこれが「最近起きた異常事態」であり、「政府が介入して何とかしなければならない」という印象を与えます。

しかし、住宅価格の高騰は昨日今日始まったことではありません。そして、政府が「買いやすくする(アフォーダブルにする)」ために打ち出す政策——長期ローン、政府保証の融資、補助金などは、すべて市場にさらなる資金を注入し、価格をさらに押し上げる燃料にしかならないのです。

住宅価格が上がる理由として、よく「供給不足」が挙げられます。しかし、それはコインの片面に過ぎません。もう片面にあるのは、人為的に膨らませられた「需要」です。

政府と中央銀行が通貨供給量を増やし続けると、そのお金は「安い金利の借金」として市場に流れ込みます。人々はその借金を使って住宅を買おうとします。家を買いたい人が増え、使えるお金(借金)が増えれば、家の価格が上がるのは当然の摂理です。

つまり、家が買えないのは「お金がないから」ではなく、政府が「お金(借金)をバラまきすぎたせいで価格が吊り上がってしまったから」なのです。今の住宅市場は、政府が作り出した「インフレによるバブル」に他なりません。

「アフォーダビリティの危機」という言葉を使うのをやめて、もっと正確に「政府が引き起こした住宅バブル」と呼ぶべきです。

「バブル」という言葉を使えば、そこには「実態のない価格の上昇」があり、「一部の人間が利益を得て、他の多くの人々が損をしている」という真実が浮かび上がります。政府は、自分たちが招いたインフレの責任を隠すために「危機」という言葉を使っていますが、実際には1世紀にわたる政治介入と通貨膨張の結果が、今の状況を招いているのです。

解決策は、さらなる政府の介入を求めることではありません。

まず、人為的に安く抑えられたクレジットを止め、住宅建築を阻害している過剰な規制を撤廃し、市場のイノベーションを自由にすることです。

そして何より大切なのは、政府が押し付ける言葉を使わないことです。「アフォーダビリティ」という曖昧な言葉に惑わされず、起きていることを正しく「バブル」と認識すること。言葉を自分たちの手に取り戻すことが、現実を変えるための第一歩となります。

(Geminiで要約)

団結と自由は両立しない

We Can Have Unity or We Can Have Freedom. We Can't Have Both. | Mises Institute [LINK]

「政治的な団結」という言葉は、選挙や演説で好んで使われるスローガンですが、実は自由を脅かす非常に危険な罠であるということを考えたことはあるでしょうか。「団結こそが美徳であり、国を分断するものは悪だ」という考え方は、歴史的に見れば国家がその権力を拡大する際に利用してきた「武器」に他なりません。19世紀のイタリアやドイツ、あるいはフランス革命やソ連といった体制は、すべて「団結」を旗印に、地域独自の文化や少数派の自律性を力ずくで踏みにじってきました。アメリカも例外ではなく、1860年代の南北戦争以降、中央政府は「国民を一つにまとめる」という名目で、本来あった地域の自治や自由を奪い、巨大な権力機関へと姿を変えてきたのです。

ここで私たちが区別すべきなのは、団結には「自発的なもの」と「強制的なもの」があるという点です。家族や宗教団体での団結は素晴らしいものですが、それは嫌なら離れることができる自由に基づいています。しかし、国家が求める団結は、暴力や法による強制を伴います。本来、小さなコミュニティであれば、価値観が似ているため少ない強制力でまとまれますが、アメリカのような巨大で多様な国を無理やり一つのルールで縛ろうとすれば、莫大なコストと暴力、そして強力なプロパガンダが必要になります。

多くの人が懐かしむ「かつての団結したアメリカ」というのも、実は20世紀半ばに作られた幻想に過ぎません。当時は、政府が認めたメッセージが公共教育や、わずか3つの大手テレビネットワークという情報の独占状態を通じて、ゆりかごから墓場まで国民に刷り込まれていました。異なる意見は排除され、少数派の声は透明人間にされていただけで、本当の意味で自由があったわけではないのです。1970年代にその経済的な幻想が崩れ、冷戦という共通の敵が消えたことで、隠されていた不一致がようやく表面化したのが今の姿です。

現在、共和党の州も民主党の州も、自分たちが権力を握っていない時は「州の権利」を主張して抵抗し、ひとたび中央政府の権力を手に入れれば「団結して従え」と他者に強要するという、不毛なサイクルを繰り返しています。移民、中絶、銃、医療、あらゆる問題で連邦政府が最後の一言を決めようとする限り、この争いは終わりません。どちらかの陣営が勝つたびに、反対派をねじ伏せるための権力がさらに肥大化し、自由はますます失われていきます。アメリカ人が本当に自由を取り戻したいのであれば、この「団結」という呪縛を捨て、分断や不一致、さらには地域ごとの自決や離脱といった「不均一さ」を認める勇気を持つ必要があります。団結と自由は、決して両立することはないのです。

(Geminiで要約)

2026-02-05

不換紙幣による収奪

Have Fiat Money, Will Tyrannize | Mises Institute [LINK]

皆さんは、政府がどのようにして膨大な予算を捻出しているか、疑問に思ったことはないでしょうか。私たちが納める税金だけでは到底足りないはずの金額が、なぜか毎年動いています。例えば、2025年度のアメリカを例に挙げれば、政府は5.4兆ドルもの資金を納税者から吸い上げながら、実際には7兆ドルを支出しました。この差額、1.7兆ドルもの赤字は、一体どこから湧いてきたのでしょうか。

その答えは、1913年に誕生した2つの仕組み、すなわち「所得税」と「中央銀行制度」にあります。所得税は目に見える形で資産を奪いますが、より巧妙で、より危険なのが、中央銀行による通貨の発行です。コペルニクスやケインズといった先人たちが警告した通り、通貨の価値を少しずつ、密かに毀損させていく行為は、社会の土台を根底から覆す最も確実な手段です。しかし、そのプロセスは非常に緩やかで複雑なため、100万人に1人もその本質を見抜くことができないと言われています。

現代の多くの人々は、中央銀行である連邦準備制度、いわゆるFRBを、経済の安定に不可欠な専門家集団だと信じています。金利を操作して雇用を守り、インフレを抑制する「消防士」のような存在だと思われているのです。しかし、実態はどうでしょうか。FRBは自らの使命として「2%のインフレ」を掲げています。これは、毎年意図的に、私たちが持つドルの価値を2%ずつ目減りさせていくという宣言に他なりません。つまり、彼らは「放火魔」でありながら「消防士」のふりをしているのです。

インフレという言葉の定義も、かつてとは書き換えられてしまいました。本来、インフレとは「通貨の量が増えること」を指していましたが、今では単なる「物価の上昇」という意味で使われています。これによって、物価が上がる原因が通貨の発行にあるという事実が隠され、天候や人件費のせいにされてしまうのです。

この不換紙幣という魔法の杖があるおかげで、政治家は国民に直接的な痛みを強いることなく、際限なく戦争や公共事業に資金を投じることができます。その代償を支払わされているのは、真面目に貯金をし、固定収入で暮らしている一般の市民です。政府が不換紙幣という武器を手放さない限り、この見えない略奪と、それによる支配は終わることがありません。私たちは、当たり前だと思わされているこの経済システムの裏側にある、真の姿を直視する必要があるのです。

(Geminiで要約)

違いを認める地域主義

A Positive View of Sectional History | Mises Institute [LINK]

今回は、歴史の捉え方について少し踏み込んだお話をしたいと思います。皆さんは、歴史とは「客観的で中立な視点」から語られるべきものだと思っていませんか。しかし、アメリカの歴史家フランク・アウスリーは、あえて特定の地域、つまり南部という「当事者の視点」から歴史を記述することにこそ、真実へと近づく価値があると主張しました。

アウスリーのような「セクショナリズム(地域主義)」を掲げる歴史家は、しばしば偏っていると批判されます。しかし、巨大な国家において、すべての地域を一律のレンズで分析することには限界があります。むしろ、自分の立場をあきらかにした上で語る歴史家は、中立を装う主流派の歴史家が見落としてしまうような、深い洞察を与えてくれるのです。

ここで重要なのは、アウスリーが説いた「建設的な地域主義」という考え方です。彼は、地域主義には「破壊的」なものと「建設的」なものの2種類があると言いました。建設的な地域主義とは、単に自分の故郷を自慢することではありません。それは、中央政府による権力の集中や専制を食い止める「ブレーキ」としての役割を果たすものです。それぞれの地域が独自の利益と文化を守り、連邦政府の暴走をチェックする。これこそが、自由な制度を維持するための強力な力になるというのです。

では、なぜかつてのアメリカで、この地域主義が破壊的な衝突、つまり南北戦争へと繋がってしまったのでしょうか。アウスリーは3つの理由を挙げています。

1つ目は、特定の地域が「自分たちこそが真のアメリカだ」と主張し、他者を裏切り者扱いしたこと。

2つ目は、ある地域が他の地域よりも強大な権力を独占しようとしたこと。

そして3つ目、彼が最も重視したのは「地域の礼節」の欠如です。つまり、相手の地域の尊厳を尊重し、言葉や行動で敬意を払うことを忘れてしまったのです。

現代の政治も、これと同じ罠に陥っているように見えます。互いに相手を「偽物」と罵り、中央の権力を奪い合って自分の価値観を押し付けようとしています。本来、私たちが目指すべきなのは、無理やり一つの考えに合意することではありません。互いの「違い」を認め、その尊厳を尊重し合うことで共存する、成熟した関係です。

歴史を学ぶ真の目的は、私たちが今どのような状況にあり、なぜこうなったのかを理解することにあります。特定の視点を排除するのではなく、多様な地域の声を尊重する「建設的な地域主義」を取り戻すこと。それが、分断された現代社会を修復するための、意外なヒントになるかもしれません。

(Geminiで要約)

分業とアダム・スミスの誤り

Adam Smith Misunderstood the Origins of the Division of Labor | Mises Institute [LINK]

現代文明の根幹とも言える「分業」について、実は私たちが教科書で習うアダム・スミスの理解には大きな欠陥があったというお話をします。

アダム・スミスはその著書『国富論』の冒頭で、ピン工場の例を挙げ、作業を細分化することで生産性が飛躍的に向上することを説きました。しかし、ここで決定的に欠けている視点があります。それは、「一体誰が、何の目的で作業を分担させたのか」という問いです。スミスの記述には、工場を運営し、リスクを取って判断を下す「起業家」の姿がほとんど登場しません。

スミスは分業を、人間が生まれつき持っている「交換したいという本能」によって自然に起きる、魔法のような現象として描きました。しかし、実際には分業は勝手に起きるものではありません。不確実な未来に対して、どうすればより効率的に価値を生み出せるかを考え、失敗のリスクを背負って実行する「起業家」の意志があって初めて成立するのです。

また、スミスは分業が進むと労働者が単純作業を繰り返すようになり、人間性が損なわれるという否定的な見解も示していました。この考えは後にカール・マルクスに受け継がれ、資本主義批判の根拠となりました。しかし、これも誤解です。実際には、分業によって個々の能力や経験、趣味嗜好の違いが活かされるようになり、それまで過酷な肉体労働に従事していた人々が、より安定した環境で働けるようになるという側面があります。

オーストリア学派の経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、分業の本質を「利益への欲求」と「個人の多様性」に見出しました。人間は一人ひとり異なります。その違いがあるからこそ、それぞれが得意なことに専念し、交換することで、社会全体の富が増えるのです。そして、その調整役こそが起業家なのです。

現代の多くの経済学者や政策担当者は、スミスのように、起業家不在のまま「システムとしての分業」をコントロールしようとしがちです。しかし、分業という文明のエンジンを動かしているのは、個人の創意工夫と、より良い生活を求める切実な動機です。私たちは、分業を単なる作業の切り分けとしてではなく、起業家精神が織りなすダイナミックな社会協力のプロセスとして捉え直す必要があります。

(Geminiで要約)

金はドルに取って代わる

Schiff w/ Millman: Gold Will Replace the Dollar | SchiffGold [LINK]

歴史的な金価格の高騰が続く2026年、経済学者のピーター・シフ氏が語った「ドルの終焉と金の復権」についての見解をまとめました。

シフ氏は、過去数十年にわたるFRB(米連邦準備制度)の金融政策を「間違いの連続」であると厳しく批判しています。本来、ITバブルや住宅バブル、そしてパンデミックの際にも、金利をゼロにまで下げるべきではなかったというのが彼の持論です。低金利を長く続けすぎ、利上げのタイミングも遅すぎた結果、米ドルはもはや基軸通貨としての信頼を失いつつあります。

現在、世界の中央銀行や投資家たちの間では、ドルから離れ、より信頼できる価値の保存手段である金や銀へと資産を移す「歴史的なリセット」が起きているとシフ氏は指摘します。FRBは長期金利のコントロールを失い始めており、金利を無理に抑え込もうとすれば、さらにお金を刷ってインフレを悪化させるしか道はありません。つまり、今私たちが直面しているインフレはまだ序の口に過ぎず、これからさらに深刻な事態が待っているという警告です。

また、シフ氏は現代のデジタル金融についても興味深い視点を提示しています。最近注目されている「ステーブルコイン」ですが、ドルに連動するタイプのものを持つくらいなら、金に裏付けられた「金連動型トークン」を持つ方が圧倒的に合理的だというのです。なぜなら、ドルは時間の経過とともに価値を失い続けますが、金は購買力を維持、あるいは向上させるからです。

かつて、アメリカが健全な金本位制を採用していた1933年まで、金の価格は1オンス20ドルでした。それが今や5,000ドルを超えています。ドルが刷られ続ける限り、この数字がどこまで上がるか、もはや誰にも予測できません。シフ氏の言葉を借りれば、金がドルに取って代わる日は、私たちが考えているよりもずっと近くまで来ているのかもしれません。

(Geminiで要約)

ドル安と米国の政治リスク

Dollar Weakens as Markets Reprice US Political Risk [LINK]

現在、為替市場ではドルの歴史的な弱体化が進んでいます。今回のドル安は、単なる景気循環によるものではありません。投資家たちが「アメリカの政治リスク」を深刻に捉え、ドルの価格に反映させ始めたという、非常に根深い変化が起きています。

これまでの数十年間、ドルの強さを支えてきたのは「アメリカという国は、自国の通貨を故意に貶めるようなことはしないだろう」という制度への信頼でした。しかし、その信頼がいま、足元から崩れつつあります。ドル指数はコロナ禍以来の安値を更新しており、これは不況のせいではなく、ワシントンから発信される予測不可能な政策への懸念が原因です。

具体的には、一律の関税導入や、輸出を有利にするための「意図的なドル安誘導」の議論、さらには連邦準備制度(FRB)の独立性を揺るがすような政治的圧力などが、市場に強い警戒心を植え付けています。通貨トレーダーたちは、ドルがかつてのような「安全資産」ではなく、時の政権の気まぐれに左右される「政治的資産」に変わってしまったと判断し、一斉にドル以外の資産へ避難を始めています。

その避難先として最も象徴的なのが「金(ゴールド)」です。金価格は1オンス5,000ドルを突破し、この1年で約85%も急騰しました。これは一部の投機家による熱狂ではなく、中央銀行や機関投資家による戦略的な資金移動の結果です。財政赤字の拡大や債務負担の増大、そして通貨価値の操作という不確実性から逃れるため、彼らは「誰の約束にも依存しない資産」である金を選んでいるのです。

また、「脱ドル化」の動きも、以前のような大げさな話ではなく、現実的かつ段階的なプロセスとして進んでいます。同盟国でさえも、アメリカの政策の不確実性を背景に、貿易決済や外貨準備の多様化を進めています。SWIFT(国際銀行間通信協会)のデータ上ではドルのシェアが上がっているように見えますが、それはインフレによって取引額が膨らんだり、危機の際の一時的な資金還流が起きているだけで、長期的なドルへの信頼を表しているわけではありません。

皮肉なことに、アメリカの競争力を高めるために打ち出された政策が、かえってドルの価値を損ない、アメリカ最大の強みであった金融市場の信頼性を切り崩しています。ドル安と金価格の暴騰、そして進む脱ドル化。これらはすべて、アメリカの経済政策が以前よりも不安定で政治化されているという、市場からの厳しい審判なのです。

(Geminiで要約)

ガザとウクライナ、すべてはビジネス

Gaza Reconstruction; Ukraine Reconstruction – ‘It’s All Business’ - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

トランプ政権が進めるガザとウクライナの「復興計画」の舞台裏についてお話しします。今、中東と欧州の二つの戦場で、政治的な決着よりも「ビジネス」としての解決策が急速に浮上しています。

まずイランをめぐる緊張ですが、アメリカとイスラエルからイランへ送られた「限定的な攻撃に留めるから、象徴的な反撃で済ませてほしい」という打診は、テヘランによって一蹴されました。イラン側は、たとえ小規模な攻撃であっても全面戦争の始まりとみなすと回答しており、トランプ氏が望むような「短期間で低コストの軍事作戦」は極めて困難な状況にあります。

こうした軍事的なリスクを抱える一方で、トランプ氏の側近であるクシュナー氏やウィトコフ氏は、全く別の視点で動き出しています。それは、ガザの「再開発」という巨大な不動産・ビジネスプロジェクトです。彼らのビジョンは、ガザを湾岸諸国のような繁栄した都市へと変貌させること。これには数千億ドルという膨大な資金が動き、建設、瓦礫撤去、警備、人材派遣といったあらゆる分野で、トランプ氏に近い実業家たちが利益を得ようと目を光らせています。ベテランの政治記者が指摘するように、これはもはや「すべてがビジネス」なのです。

この計画において、重要な鍵を握っているのがロシアのプーチン大統領です。クシュナー氏らはプーチン氏に対し、トランプ氏が提唱する「平和評議会」への参加を打診しました。プーチン氏はこれに前向きな姿勢を見せるだけでなく、アメリカで凍結されているロシア資産を、ウクライナやガザの復興資金に充てるという驚くべき提案まで口にしています。

トランプ氏はウクライナに対しても、約8000億ドルの復興基金を条件に、紛争地域からの撤退を迫っています。一方で、復興よりも武装解除を優先するイスラエルのネタニヤフ首相とは、ビジョンの食い違いが鮮明になっています。

トランプ流の地政学において、平和とは理想ではなく「ディール(取引)」の結果です。プーチン氏の政治的影響力を利用して、湾岸諸国の資金を引き出し、ガザやウクライナを巨大な市場に変えていく。そこには、かつての外交の常識を超えた、実業家たちの冷徹な計算が働いています。戦争で破壊された場所を、誰が、どのお金で再建し、誰が利益を得るのか。その壮大な「ビジネスプラン」がいま、着々と進行しているのです。

(Geminiで要約)

インフレの正体

Understanding Money and Inflation in Today’s World | The Libertarian Institute [LINK]

今日は、私たちの生活を直撃している「物価高」の正体について、少し踏み込んだお話をしたいと思います。現代の経済では、中央銀行が紙幣を独占的に発行し、民間銀行が預金準備率を上回る貸し出しを行うことで、世の中の「お金の量」を増やしています。実は、これこそが「インフレ」の真の原因です。

一般的にインフレというと、政府が発表する「消費者物価指数」などの数字ばかりが注目されます。しかし、これらの数字は恣意的に選ばれた一部の商品に基づいたものに過ぎません。インフレの本質は、物価が上がることそのものではなく、政府や銀行が「何もないところからお金を作り出し、通貨の価値を薄めていること」にあるのです。

新しいお金が市場に投入されるとき、それは魔法のように全員の財布に同時に届くわけではありません。最初にお金を受け取るのは、政府や金融機関、そして彼らに近い特定の人々です。彼らは、まだ物価が上がっていないうちに、その新しいお金を使って富を手にします。一方で、そのお金が最後に回ってくる一般市民や、固定収入で暮らす人々は、すでに上がってしまった物価に直面し、実質的な購買力を奪われることになります。これは、目に見えない形で行われる、巧妙な「富の再分配」であり、一種の略奪とも言えます。

政府や専門家はよく、「経済成長のためには、人々の需要に合わせてお金を増やす必要がある」と主張します。しかし、これは誤りです。お金の量が増えなくても、価格が柔軟に調整されれば、今あるお金だけで経済は十分に回ります。むしろ、際限のない通貨の発行は、人々の貯蓄を困難にし、健全な経済発展を妨げているのです。

かつての金本位制のように、採掘に多大な労力を要する「金」をお金として使っていた時代には、このような勝手な価値の毀損は起きませんでした。しかし、今のシステムでは、政府が自らの赤字を穴埋めするために、いくらでもお金を作り出すことができます。

この問題を解決するには、政府による通貨の独占を廃止し、市場に選択権を戻すしかありません。人々が自由に、価値の安定した通貨を選べるようになれば、何もないところからお金をひねり出すような不誠実なシステムは淘汰されるでしょう。私たちが日々感じている経済的な苦しさから逃れるためには、まずこのインフレという仕組みの不条理を正しく理解することが、最初の一歩になります。

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自由主義帝国という矛盾

Does Liberalism Fuel Imperialism? | Mises Institute [LINK]

歴史には非常に皮肉な矛盾が存在します。国内で経済的な自由を最も熱心に守っている国ほど、国外に対しては最も攻撃的な外交政策をとる傾向がある、という点です。例えば、自由貿易と産業革命の地である19世紀のイギリスは、史上最大の植民地帝国を築きました。現代のアメリカも、世界で最も自由な経済の一つを持ちながら、世界中に数百もの軍事基地を維持しています。この謎を解く鍵は、経済学者ハンス・ヘルマン・ホッペが指摘した「内部のリベラリズム(自由主義)」と「外部の帝国主義」の結びつきにあります。

そのメカニズムは驚くほど単純です。まず、国内の規制が弱く個人の自由が認められている社会では、人々は活発にイノベーションを起こし、資本を蓄積します。これが大きな富を生みます。しかし、そこに国家という存在が介入します。国家は自ら富を生み出すことはできませんが、国民が作り出した富を、税金やインフレという手段で効率的に吸い上げることができます。つまり、社会が豊かになればなるほど、それを搾取する国家もまた、強大な軍事力や覇権を維持するための膨大な資金を手に入れることになるのです。

さらに興味深いのは、こうした国家が「国民の自由を守るため」や「高い生活水準を維持するため」という大義名分を掲げて、戦争や国外への介入を正当化することです。イギリスがかつて世界を支配できたのは、他国よりも自由で豊かな経済を、国家が効率よく軍事力へと変換したからです。この傾向は、1913年の米連邦準備制度、つまり中央銀行の誕生によってさらに加速しました。金本位制が失われ、国家が紙幣を自由に印刷できるようになると、国庫の貯えを気にすることなく、戦費を調達することが可能になりました。現代のドルが世界の基軸通貨として君臨し、他国に経済制裁を加える力を握っているのも、元を辿ればアメリカ国内の自由な市場が生み出した圧倒的な富が、国家によって帝国的な支配の道具へと転用されている姿なのです。

最近の中国の台頭も、この理論で説明できます。市場を一部開放して豊かになったことで、その富が軍事的な拡大や地政学的な野心へと注ぎ込まれています。ここで重要なのは、私たちが経済的な自由を否定すべきではないということです。富を生む自由そのものが悪いのではなく、その富を本来の目的である「協力」ではなく「支配」のために奪い取る、国家の捕食的な性質こそが真の問題なのです。自由が生み出した繁栄が、いかにして支配の道具へと変えられてしまうのか。この国家による搾取のサイクルをどう断ち切るべきか、私たちは今、改めて問い直す必要があります。

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2026-02-04

政府権力を歓迎する保守派

It's No Surprise that Conservatives Have Rediscovered Their Love of Federal Power | Mises Institute [LINK]

アメリカの保守派が再び「連邦政府の強大な権力」を歓迎し始めたという、皮肉な政治の現状についてお話しします。

トランプ政権が誕生して以来、驚くべき速さで起きている現象があります。それは、かつてオバマ政権やバイデン政権下で保守派が激しく批判していた政策が、今や彼らの手で「美徳」として正当化されていることです。巨額の財政赤字、インフレを招く金融政策、海外での戦争拡大、そして連邦主義を無視した中央集権化。これらすべてが、味方の政権下であれば容認されてしまうのです。

特に顕著なのは、地方自治を重んじるはずの保守派が、今や連邦警察や軍を動員して地方を制圧することに熱狂している点です。不法移民対策や選挙法の国有化、さらにはAI規制に至るまで、彼らは連邦政府による強力な統制を求めています。かつての「小さな政府」という看板はどこへ行ったのでしょうか。

結局のところ、多くの有権者にとって重要なのは、思想的な一貫性ではなく「敵に一泡吹かせる」という目先の感情的な満足感です。民主主義とインフレ文化に浸った現代人は、長期的な影響を考えず、即効性のある権力行使を求めるようになっています。しかし、この「自分たちが権力を握っている」という感覚こそが、実は大きな罠なのです。

考えてみてください。政権交代が起きても、中央銀行の通貨発行権や数兆ドルの福祉予算、そして国家安全保障機構といった「支配層の本丸」は、決して揺らぐことがありません。ディープステートと呼ばれる官僚組織や銀行家たちにとって、保守とリベラルの対立は、自分たちの権力を維持するための絶好の目隠しに過ぎません。

パンデミックや金融危機、そして今回の移民問題といった「緊急事態」が起きるたびに、どちらの政党が政権にいても、結局は連邦政府の権限が拡大し、国民への監視が強まるという結果は同じです。

トランプ支持者たちは、自分たちの望む政策が実行され、支配体制に風穴を開けられると信じています。しかし、真の支配層は特定の政党に依存していません。今回の政権下で強化された連邦政府の権力は、次に政権が交代した際、そのまま相手側の武器として利用されることになるのです。私たちが目先の勝利に酔いしれている間に、真の自由は、誰がリーダーになろうとも肥大化し続ける巨大な国家権力によって、じわじわと侵食されているのです。

(Geminiで要約)

ドル崩壊を防ぐ方法

The True Dollar Price to Redeem an Ounce of Gold | Mises Institute [LINK]

今日は、米ドルの崩壊を防ぎ、その価値を再び確かなものにするための「究極の解決策」についてお話しします。

現在、私たちの手元にあるドルは、何にも裏付けられていない不換紙幣です。政府は打ち出の小槌(こづち)のようにお金を刷り続け、その結果、ドルの価値は下がり続けています。この危機を脱する唯一の道は、ドルを再び「金(ゴールド)」と交換できるようにすること、つまり金本位制への復帰です。

では、もし今日、ドルを金で裏付けるとしたら、1オンスの金は一体いくらになるのでしょうか。これを算出するために「ゴールド・カバレッジ・プライス(金充足価格)」という指標を使います。計算は単純です。世の中に流通しているドルの総量(マネタリーベース)を、米財務省が保有する金の量で割るのです。

最新の2025年10月時点のデータでは、マネタリーベースは約5.3兆ドル。これに対し、アメリカが保有しているとされる金の量は約2億6,150万オンスです。この数字で計算すると、1オンスの金と交換するために必要なドルの価格は、なんと「2万275ドル」になります。現在の金の市場価格が5,000ドル前後であることを考えると、いかにドルが過剰に発行され、薄められているかが分かります。

歴史を振り返ると、この歪みは一目瞭然です。1944年のブレトンウッズ会議で、ドルの価格は1オンス35ドルと定められました。当時の計算上の充足価格は56ドルで、まだ現実的な範囲でした。しかし、ニクソン大統領が金との交換を停止した1971年には196ドル、そして1998年には1,535ドルと、その差は広がり続けてきました。そして今や2万ドルを超えているのです。

もし政府がこの価格で「いつでも金と交換します」と宣言すれば、ドルへの信頼は回復するでしょう。その代わり、政府はもう、何もないところからお金をひねり出すことはできなくなります。支出を増やすには、増税するか、誠実にお金を借りるか、あるいはどこかの予算を削るしかありません。

今のドルの窮状は、政府が長年にわたって支出の規律を失ってきた結果です。金という「外部の重し」を取り戻さない限り、このドルの存亡に関わる危機を乗り越えることはできないでしょう。

(Geminiで要約)

人種格差、賠償金では解決できない

Reparations Are a Welfare Scheme and Would Have No Effect on Racial Wealth Gaps | Mises Institute [LINK]

アメリカで今も議論が絶えない「人種間の賠償金」問題について、その本質を考えてみましょう。この議論の源流は1960年代にあり、奴隷制やその後の人種差別政策によって黒人層が被った経済的損失を、富の移転によって補おうとするものです。かつては「40エーカーの土地と2頭のラバ」という具体的な補償が求められましたが、現代ではさらに巨大な規模の要求へと膨れ上がっています。

作家のタナハシ・コーツらが指摘するように、黒人家庭が長年、不当な土地没収や住宅ローンの差別、いわゆる「レッドライニング」に苦しんできたのは歴史的事実です。ある調査では、過去にテロや法的策略によって奪われた黒人所有の土地は約2万4000エーカーに達し、その価値は数千万ドルに及ぶと報告されています。こうした構造的な不利益が、現在の人種間の資産格差の一因となっていることは否定できません。

しかし、解決策として提示されている現代の賠償金案には、経済的に不可能なものが目立ちます。例えば、対象者一人につき500万ドルを支払うといった案や、総額14兆ドルの支払いを求める法案があります。14兆ドルという数字は、2025年のアメリカのGDP(国内総生産)の約半分に迫る規模であり、現実的な財源は存在しません。

実際の資産格差を見てみると、ブルッキングス研究所のデータでは、2019年から2022年の間に、白人世帯の資産中央値は黒人世帯よりも24万120ドル多くなっています。パンデミックを経て、この格差はむしろ拡大しました。賠償金推進派はこの溝を埋める必要があると主張しますが、その提案の中身は「福祉政策の拡大」に過ぎないのが現状です。奨学金の免除、家賃補助、医療費支援など、その形態は既存の生活保護や福祉サービスと見分けがつきません。

本来、自由主義の観点からすれば、解放時に耕していた土地の所有権を元奴隷に渡すといった「真の資産形成」こそが正義でした。しかし現在の案は、税金や政府の借金、あるいは通貨の増刷に頼る一時的な給付に終始しています。これまでの歴史が証明しているように、福祉への依存を強めるだけの施策では、世代を超えた富を築くことはできません。一時的な現金給付はすぐに消費に回って消えてしまい、結果として政府への依存度を高める「マイナス・サム」の結果を招く恐れがあります。真の格差解消には、単なる福祉の拡大ではない、より本質的な経済的自立の視点が必要なのです。

(Geminiで要約)

イラン攻撃の異常

Will He, or Won’t He? - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

現在、多くのアメリカ国民は、トランプ大統領がイランへの攻撃に踏み切るのか、あるいは中東での大規模な軍備増強が単なる外交上のハッタリに過ぎないのかという疑念を抱いています。大統領は、戦争を決めるのは自分1人の判断であると主張していますが、なぜイランとの戦争がアメリカの国家利益に資するのか、国民や議会に対して誠実な説明を尽くしていません。

その説明は一貫性を欠き、論点が二転三転しています。最初は核の脅威を煽り、次にイラン国内の政権交代を狙った抗議デモへの介入を正当化しようとしました。デモが収束すると、今度は弾道ミサイル計画を持ち出すといった具合です。こうした説得力に欠ける主張に対し、アメリカ国民の視線は厳しく、世論調査では7割もの人々が軍事行動に反対しているのが現状です。

巨額の予算と数多くの命が失われる戦争の是非が、たった1人のリーダーの決断に委ねられている現状は、極めて深刻な問題と言えます。250年以上前、私たちは王の一存で戦争が始まる独裁的な体制に抗って立ち上がりました。アメリカの建国者たちは、権力の一極集中がもたらす危うさを深く理解しており、だからこそ宣戦補告の権限を、国民の直接の代表である議会に与えたのです。しかし、現代の議会はこの憲法上の重大な義務を放棄し、大統領の顔色を伺うだけの存在に成り下がっています。

さらに不可解なのは、イスラエルのネタニヤフ首相が1年で6回も訪米し、イラン攻撃への圧力をかけていると報じられていることです。自国の議会よりも外国の指導者が、アメリカの軍事行動に対して大きな影響力を持っているという現実は、主権国家として極めて異常だと言わざるを得ません。

たとえ実際に戦火が交えられなかったとしても、中東での大規模な軍備増強には、すでに数十億ドルという巨額の費用が費やされています。これらの資金は「アメリカを再び偉大にする」ために使われるのではなく、軍需産業をより強大にするためだけに消えていくのです。その結果として待っているのは、通貨ドルの価値の下落とインフレ、そしてアメリカ国民の生活水準の低下です。1兆ドル規模の軍事予算の上に、さらなる追加の戦費が積み上げられる現状に、今こそ真剣に目を向けるべきなのです。

(Geminiで要約)

2026-02-03

国家脱退を認めよう

State "Dominion" versus Property Rights | Mises Institute [LINK]

アメリカのリバタリアン、つまり自由至上主義者の党大会では、よく「税金は窃盗か?」という問いが投げかけられ、参加者は「イエス」と答えます。しかし、彼らがそれでも政府のポストを争うのは、あらゆる自発的な組織には存在するはずの選択肢、つまり「脱退」が国家においては認められていないからです。国家には、徴税や徴兵など多くの強制手段がありますが、その中で最も悪質で、他のすべてを可能にしているのが「ドミニオン」と呼ばれる領土支配権です。

ドミニオンとは、たとえ個人が私有している土地であっても、国家がその土地に対して最終的な支配権を主張することを指します。これは通常の「所有権」とは決定的に異なります。所有権は自発的に譲渡できますが、国家が主張するドミニオンは、一度土地が国家の一部になると、そこから離脱することが許されません。土地を相続する者は、国家に従うか、すべてを捨てて出ていくかの二択を迫られます。なぜ国家への加入は土地とともにできるのに、土地を伴った脱退は許されないのでしょうか。

「脱退を許せば混乱を招く」という反論もありますが、警備や道路建設などを自発的に提供する組織は、強制的な支配権を持たなくても、顧客の出入りにうまく対応しています。ドミニオンこそが、税金を「利用料」ではなく「略奪」に変え、徴兵を「契約」ではなく「奴隷制」に変えているのです。もし自由に脱退できれば、質の低いサービスしか提供できない国家は自然に淘汰されていくはずです。

現代の国家は「民衆の下僕」を装いますが、ドミニオンはこの前提を壊しています。例えば、状況が変わっても土地を縛り付け、親の同意だけで子供の世代まで永遠に契約を強制します。しかし、父親が子供に自分の植えた木の実を食べるよう強制する権利を持たないのと同様に、国家が次世代を永続的に縛る正当性はありません。

脱退が認められない社会は、いわば「圧力鍋」です。少数派の不満が溜まり、国家がより強権的になると、その緊張はやがて暴力的な大爆発へと繋がります。混乱を恐れて脱退を禁じることは、むしろ将来の破滅的な事態を準備しているに過ぎません。歴史が示す通り、国家が圧力を抑えきれなくなった時の惨劇は、時折起こる脱退という「そよ風」とは比較にならない「竜巻」のようなものです。武力で人々を縛り付ける考えを捨て、平和的な自己決定権を認めることこそが、真の自由への道なのです。

(Geminiで要約)

2026-02-02

殺しのライセンス

Trump, Immigration, and ICE - LewRockwell [LINK]

今、アメリカで起きている移民問題をめぐる議論は、単なる「不法滞在者を追い出すべきか否か」という次元を超え、法の支配そのものが崩壊しかねない危険な局面を迎えています。まず法的な前提を確認しておくと、最高裁判所の判例では移民の規制は連邦政府の管轄とされており、たとえ州知事が反対しても連邦による執行を完全に阻止することはできません。しかし、だからといって連邦捜査官が何をしても許されるわけではないのです。

先日、ミネアポリスで起きたアレックス・プレッティ氏の殺害事件は、その象徴です。彼はICE(移民・関税執行局)の強引な捜査に抗議するデモに参加していましたが、連邦捜査官によって背後から10発も撃たれて命を落としました。ホワイトハウスやクリスティ・ノエム国土安全保障長官は、彼を「法執行官を殺そうとしたテロリストだ」と即座に決めつけましたが、実際のビデオ映像には、彼が銃ではなくスマートフォンを手にしていた様子が映っています。さらに驚くべきことに、捜査官たちは彼が合法的に所持していた銃をすでに取り上げた後、地面に這いつくばる彼の背中を撃ち抜いたのです。

この光景は、1992年に起きた「ルビーリッジ事件」を彷彿とさせます。当時もFBIの狙撃兵が、幼い子供を抱えた無抵抗の女性を射殺し、政府はそれを正当化しようとしました。トランプ支持者の中には、今回のような連邦政府の暴力を「法の執行だ」として擁護する人々もいますが、それは大きな間違いです。かつてルビーリッジで起きた政府の暴走を批判した人々が、なぜ今、同じような連邦捜査官による「殺しのライセンス」を認めてしまうのでしょうか。

多くの憲法学者が警告しているように、現在行われている強引な移民取り締まりは、憲法修正第4条が保障する「不当な捜索や押収からの自由」を著しく侵害しています。連邦政府には法律を執行する権限がありますが、大統領が勝手に法律を書き換えたり、法的手続きを無視して市民を殺傷したりする権限はありません。また、ミネソタ州の法律ではデモへの銃の持ち込みは禁止されておらず、銃を所持しているというだけで射殺していい理由にはならないのです。

結局のところ、不法滞在者を追放することよりも、アメリカという国にとって遥かに重要なことがあります。それは、憲法に基づいた統治と「法の支配」を回復することです。もし政府が下す「あいつはテロリストだ」という宣言を盲目的に信じ、法を逸脱した暴力を黙認し続けるなら、自由な社会は生き残ることができません。政府による証拠の隠滅や隠蔽工作が明るみに出つつある今、権力に対して厳しい目を向けなければならないのです。

(Geminiで要約)

米憲法制定の政治闘争

Why the Federalists Hated the Bill of Rights | Mises Institute [LINK]

アメリカ合衆国憲法が批准され、新たな政府が動き出そうとしていた頃、アメリカは激しい政治的対立の渦中にありました。連邦派、いわゆるフェデラリストたちは、強力な中央政府の樹立を目指していましたが、批准を勝ち取るために「憲法修正条項を追加する」という約束を各地の州議会で渋々交わしていたのです。しかし、勝利を収めた連邦派の本音は、そのような約束など早く忘れて、財政問題などの実務に没頭したいというものでした。

これに対し、パトリック・ヘンリーら反連邦派は、政府の権限を根本から制限するための「第二憲法制定会議」の開催を求めて激しく突き上げました。もし会議が再び開かれれば、中央政府の権力構造そのものが作り直され、連邦派が築き上げた強力な統治機構が弱体化させられる恐れがありました。これこそが、連邦派が何としてでも阻止しなければならない事態だったのです。

ここで、天才的な政治戦術家であるジェームズ・マディソンが登場します。彼は内心では権利章典を嫌悪していましたが、反対派の勢いが増すのを防ぐため、あえて自ら修正案を主導するという戦略に出ました。これは、個人の自由に関する条項を先に認めることで、政府の構造改革を求める声を封じ込め、反対派を分断するという巧妙な駆け引きでした。

当時提案されていた修正案は、大きく二つの種類に分かれていました。一つは言論の自由や陪審裁判といった「個人の権利」に関するもので、もう一つは課税権の制限など「政府の構造」を変えるものでした。連邦派にとって、前者(個人の権利)は政府の権力基盤を揺るがさないため許容できましたが、後者(政府の構造改革)は中央政府の生命線を絶つものであり、断固として拒否すべきものでした。結局、マディソンは前者の「個人の権利」を中心とした権利章典を素早く成立させることで、構造改革の芽を摘み取ることに成功したのです。

特に興味深いのは、第十修正条項と第九修正条項の扱いです。第十修正条項は「連邦政府に委ねられていない権限は州や国民に留保される」と定めていますが、マディソンは意図的に「明示的に」という言葉を外しました。これにより、後の裁判官が政府の権限を広範に解釈する抜け穴を残したのです。また、憲法に記されていない権利も国民が保持していると定めた第九修正条項は、その後百七十五年もの間、歴史の闇に埋もれることとなりました。

アメリカ国民が今日、自由の守護神として称える権利章典は、純粋な理想だけで作られたものではありません。それは、強力な中央政府を守り抜こうとした連邦派と、それを制限しようとした反対派との激しい政治闘争、そしてマディソンによる計算し尽くされた妥協の産物だったのです。

(Geminiで要約)

ベネズエラの石油幻影

The Venezuela Oil Mirage: How Washington Mistook Tar for Black Gold - LewRockwell [LINK]

アメリカのトランプ政権によるベネズエラへの軍事介入の背景には、ベネズエラが保有する3030億バレルという膨大な石油埋蔵量への過大な期待があります。しかし、これは単なる数字上のマジックであり、実態のない「石油の蜃気楼」に過ぎません。ワシントンが「黒い黄金」と呼んで手に入れようとしているものは、実のところ地質学的には「ただのタール」に近い代物なのです。

まず、現在進められている「麻薬戦争」の実態を直視しなければなりません。不純物の混じった薬物や犯罪組織の暴力によって、すでに年間2万人のアメリカ人が命を落としています。こうした状況で、55年も前に宣言され、失敗が明らかな麻薬撲滅という名目のもとに軍やCIAを動員して他国に攻め入ることは、まさに愚行の極みと言わざるを得ません。

政権の人々が夢想しているのは、ベネズエラのオリノコ地帯にサウジアラビアの伝説的なガワール油田のような宝の山があるという幻想です。しかし、現実はこれ以上ないほど正反対です。サウジアラビアのガワール油田は1951年の生産開始以来、豊かな圧力によって原油が自然に地表へ湧き出すような理想的な環境でした。高品質な軽質油を、1バレルあたり5ドル以下という極めて低いコストで手に入れることができたのです。

これに対し、ベネズエラにあるのは「超重質油」です。その粘り気は室温ではタールのように固まっており、地中から引き出すには膨大なエネルギーが必要です。高温の蒸気を地中に送り込み、油を熱で溶かしてようやく汲み上げられるという手法をとらねばならず、井戸1本の建設費用もサウジアラビアの数倍にあたる1000万ドルから2000万ドルに達します。さらに、輸送のためだけに別の軽い油を大量に混ぜて希釈する必要があり、1バレルあたり10ドルから15ドルの追加コストが発生します。

精製段階での価値の差も決定的です。サウジアラビア産からはガソリンなどの高価値製品が55パーセント以上取れますが、ベネズエラ産からは30パーセント程度しか取れません。残りの45パーセントは価値の低い重油やアスファルトのカスです。市場価格で計算すると、サウジアラビア産1バレルから88ドルの価値が生まれるのに対し、ベネズエラ産はわずか70ドルにしかなりません。

コストが圧倒的に高く、売り上げが少ない。これがベネズエラ石油の経済的な実態です。政権が石油を強奪したとしても、待っているのは利益ではなく、莫大な赤字を垂れ流す泥沼です。中国がベネズエラで損失を被るのを防ぐためにアメリカが自ら戦争を始めるなど、これほど滑稽で危険な賭けはありません。石油という名前に踊らされた暴走は、国家的な自爆行為となるでしょう。

この不都合な真実を、ワシントンの政策決定者たちは真剣に受け止めるべきです。

(Geminiで要約)

木村貴の経済チャンネル(2026年)

  1. 中央銀行はいらない/「個人主権」で暮らしを守る(2026/01/05
  2. 「リアル」な経済学とは? オーストリア学派入門【ライブ配信】(2026/01/11
  3. ベネズエラ攻撃、ドル衰退に拍車/新NISAで注目、「分散投資」の落とし穴(2026/01/12
  4. 積極財政は経済を壊す 株高の陰に3つの病理/アフリカの成長がアジアを抜く?(2026/01/18
  5. 民主主義が通貨を壊す/ミニマリズムは究極の資本主義(2026/01/25

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木村貴の経済の法則!(2026年)

  1. ドルの衰退、ベネズエラ攻撃で拍車 米トランプ政権、「泥沼」の教訓忘れる(2026年1月9日
  2. 積極財政は経済を壊す 株高の陰に3つの病理(2026年1月16日
  3. 民主主義が財政危機を招く バラマキ競う与野党、将来に禍根(2026年1月23日
  4. 米国の傲慢、ドルの黄昏 グリーンランド問題、円もろとも没落加速?(2026年1月30日

2026-02-01

トマス・ペイン、言論の力

アメリカ合衆国は、2026年に建国250周年という大きな節目を迎える。これを機に、アメリカ独立に大きな影響を及ぼしたユニークな思想家について振り返ってみよう。トマス・ペインである。

ペインは1737年、イングランドのノーフォーク州セットフォードで、クエーカー教徒の一家に生まれた。学校に通い始めたが13歳で退学し、コルセット職人見習い、船員、教師、メソジストの説教者、酒税徴収官など、様々な職業を転々とした。特に酒税徴収官としては、政府の腐敗を目の当たりにし、2度解雇されている。2度の結婚も長続きしなかった。食料品店とタバコ屋で生計を立てようとしたが、破産した。

それでもペインは知的好奇心が旺盛で思慮深かった。ロンドンでベンジャミン・フランクリンと出会い、その紹介状を携えて、1774年にアメリカのフィラデルフィアに渡った。アメリカ到着後、雑誌「ペンシルベニア・マガジン」の編集者となり、少なくとも17本の記事を執筆した。特に奴隷制度を激しく非難し、早急な解放を訴えた。

1775年のレキシントンの戦いを機に、ペインはアメリカの自由を守る決意を固め、独立を訴える小冊子の執筆に取り掛かった。3カ月で脱稿はしたものの、出版するのに一苦労した。初めは新聞に連載しようとしたが、どの新聞社からも断られた。内容が明らかに大逆罪に触れるからだった。そのとき、親交のあった医師から共和主義者の印刷屋を紹介され、そこから出すことにした。損失が出ればペインが負担し、利益が出れば折半するという契約だった。こうしてようやく、この歴史的な小冊子『コモン・センス(常識)』は日の目を見ることになった。

『コモン・センス』は1776年1月に出版され、たちまち空前のベストセラーとなった。発売後3カ月以内に12万部以上が印刷されたといわれ、総計で約50万部が売れた。当時のアメリカ植民地の人口は約250万人だったとされ、文字の読める人はほとんどこれを読んだとみられる。

アカデミックな著作ではないので、体系的に整然と叙述されてはいない。しかし、およそ言わんとすることはすべて語り尽くしていると言えるだろう。その内容は大きく5つから成る。第1に、政府を設けた意図や目的を論じ、権力の濫用があるときは破行する権利があると主張した。これはイギリスの哲学者ロックの革命思想を取り込んだと言える。

第2に、自由は議会の機能にかかっているが、王権の強大化によって議会の長所が台なしにされていると論じた。第3に、自然権の思想や聖書の権威に基づいて、王政と世襲制を否定し、共和政こそが自由と平等を最もよく保証する政治体制だと主張した。

第4に、アメリカはイギリスの政治の仕組みの下では二次的存在にすぎず、したがって分離独立しない限り真の繁栄も平和もあり得ないと主張した。第5に、アメリカは独立国となるために十分な力を備えていると強調した。

これらの内容を見ると、ペインはもっぱら有識者を対象にこれを書いたようにも思える。しかし実際はそうではなく、大衆に向かって書いた。そもそもペインは職人の家に生まれ、ついには社会の底辺にまで身を落とした人間である。だから大衆の意欲や感情をよく知っていた。また雑誌の編集者として大衆ジャーナリズムの世界に身を置くことで、大衆の好む言葉や文体を自ずから身につけた。当時の著述家は凝った言い回しで回りくどい文章を書いていたが、「ペインは大衆を頭において、簡潔で力強く、確信に満ちた文章を書いた」と、政治学者の小松春雄氏は岩波文庫版の訳者改題で述べている。

実際、この小冊子には「社会はわれわれの必要から生じ、政府はわれわれの悪徳から生じた」「政府はたとえ最上の状態においてもやむをえない悪にすぎない。そして最悪の状態においては耐えがたいものとなる」といった、忘れがたい名言が散りばめられている。ジョージ・ワシントンは「健全な教義と反駁の余地のない論理」を提供すると称賛した。

『コモン・センス』の刊行前、多くの植民地住民はイギリスとの不満の解決を望むにすぎなかったが、この小冊子が世論を独立へと決定づけた。アメリカ独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンとペインはしばしば会食しており、独立宣言の根底に流れる思想や言葉遣いに『コモン・センス』とよく似た点がある。ペインが宣言起草に直接関係していなかったとしても、思想的な影響を及ぼした可能性はある。

独立戦争が始まると、ペインは民兵隊に入隊した。それまで銃を撃った経験も軍歴もなく、しかも39歳という年齢だったが、60日間の訓練を耐え、副官を命じられた。その任務は主として報告書や手紙の執筆だった。1783年、イギリスがアメリカの独立を承認した。

しかし、ペインの波乱に富んだ人生はこれで終わりではなかった。新式の鉄橋の考案にふけり、建設のアイデアを携えてフランスに渡ったり、イギリスに帰ったりしている。1789年にフランス革命が起こり、イギリスの思想家エドマンド・バークが革命を批判する『フランス革命についての省察』を著すと、これに反論する『人間の権利』を出版した。

『人間の権利』もベストセラーとなったが、イギリス政府はペインを反逆罪で起訴し、死刑の可能性を示唆したため、ペインはフランスへ逃亡した。フランスで国民公会議員となったが、ルイ16世の処刑に反対して投獄され、アメリカに戻る。神の存在を啓示によらず合理的に説明しようとする理神論を唱えて無神論者と誤解され、晩年は不遇だった。1809年、ニューヨークで没した。

ペインは生涯、貧困と不遇に見舞われ、死後も長らく「忘れられた建国の父」とされてきたが、近年再評価が進んでいる。金銭も政治権力も持たない一介の個人が、いかに言論の力で大衆の心を励まして立ち上がらせ、抑圧者を打ち破るよう鼓舞できるかを示した人物といえる。

<参考資料>
  • 『コモン・センス 他三編』ペイン著、小松春雄訳(岩波文庫)
  • 『コモン・センス』ペイン著、角田安正訳(光文社古典新訳文庫)
  • A Right to Rebel: A Biography of Thomas Paine | Libertarianism.org [LINK]

2026-01-31

ヘイトスピーチと寛容の精神

「ヘイトスピーチ」と「ヘイトクライム」の違いを正しく理解することは、自由の本質を考える上で極めて重要です。アメリカ合衆国憲法修正第一条は言論の自由を広く保障しており、たとえ他者を不快にする言葉であっても、それ自体は本来犯罪ではありません。しかし近年、一部の活動家たちは憲法の壁を回避するため、不快な発言を「治安紊乱」や「嫌がらせ」という別の法的枠組みに無理やり当てはめ、一般市民に刑事罰を科そうとする動きを強めています。

その象徴的な例が、ミネソタ州で起きたある母親のケースです。公園での子供同士のトラブルを発端に、彼女が人種差別的な暴言を吐いた際、当局は彼女を「治安紊乱罪」で起訴しました。最大で九十日の禁錮刑や千ドルの罰金が科される可能性があるこの法律は、本来、公共の平穏を乱す具体的な振る舞いを罰するものですが、実態としては彼女が発した「言葉」そのものが標的となっています。全米黒人地位向上協会などの団体は、こうした個別のトラブルを「国内で増大する憎悪の証拠」として大々的に喧伝しますが、その背後には多額の資金が動く、巨大な「権利擁護ビジネス」が存在しているという冷徹な側面も見逃せません。

経済学者のマレー・ロスバードがかつて警鐘を鳴らした通り、こうした日常的な対人紛争の犯罪化は、国家が個人の自由や私有財産権を侵害する格好の口実となってきました。刑法の本来の目的は、人々の生命、自由、そして財産を物理的な攻撃から守ることにあります。単に「不快な言葉を聞きたくない」という感情的な要望を満たすために刑法を恣意的に運用することは、法治国家の基盤を揺るがす非常に危険な兆候だと言わざるを得ません。

また、自由主義の先駆者であるフリードリヒ・ハイエクが説いた「法の支配」の原則によれば、法律は誰に対しても平等かつ明確なルールに基づいて適用されるべきものです。しかし現在のアメリカ社会を見渡せば、白昼堂々の店舗略奪や集団暴行といった明らかな犯罪行為が見過ごされる一方で、不適切な言葉遣いだけが「ヘイトクライム」として厳しく追及されるという、歪んだ二重基準がまかり通っています。

真に自由な社会を守るためには、たとえそれがどれほど耳に痛い言葉であっても、安易に「犯罪行為」へとすり替えて処罰する風潮を許してはなりません。私たちが享受すべき自由とは、隣人が自分の好まない言動をしていたとしても、それをいちいち国家の力で監視したり裁いたりしないという、寛容な精神の上にこそ成り立つものなのです。

(Geminiで要約)
When Hate Speech is Defined as a Crime | Mises Institute [LINK]

トランプ氏の左翼経済政策

アメリカのトランプ大統領は今、自らの政治的なレガシー、つまり後世に残る功績を築き上げることに並々ならぬ執念を燃やしています。ホワイトハウスに巨大な大広間を建設して歴史的な建造物に自分の足跡を刻もうとしたり、ケネディセンターに自分の名前を冠したりといった行動がその象徴です。昨年はノーベル平和賞を熱望し、受賞できなかった際には激しい不満をあらわにしました。さらにはグリーンランドをめぐる国際問題を引き起こしながら、実質的な変化のない合意を、あたかも北極圏の主権を一部獲得したかのような「歴史的取引」として宣伝しています。

しかし、こうした見栄えだけのプロジェクトは、彼が退任した後に国民にとって意味を持つものではありません。本来、優れたレガシーとは、数十年後の未来を見据えた政策の結果として築かれるべきものです。ところが現在のトランプ氏が突き進んでいる道は、極めてリスクの高い外交介入と、国民に実利をもたらさない虚栄心の産物の寄せ集めに過ぎません。

今、アメリカ国民が最も苦しんでいるのは、生活コストが跳ね上がり、あらゆるものが高すぎて手が出ないという「アフォーダビリティ(購買力)の危機」です。この問題を根本から解決するには、通貨の価値を破壊し続けている現在のインフレ的な金融制度を廃止し、市場に基づいた「健全な通貨」を取り戻す必要があります。また、住宅や医療といった重要部門で供給を縛り付けている無数の規制を撤廃し、需要だけを煽って価格を吊り上げている補助金制度を整理しなければなりません。

しかし、トランプ政権はこうした本質的な解決策には目もくれず、むしろ事態を悪化させる政策を強行しています。連邦準備制度(FRB)に対してさらなるインフレ政策を迫り、輸入品に関税をかけて国民の負担を増やしてきました。さらに驚くべきことに、中間選挙を前にして、彼はあろうことか「左派」の経済思想に救いを求めています。かつての政敵である民主党左派のエリザベス・ウォーレン議員と連絡を取り、クレジットカードの金利に上限を設けるという、進歩主義者が長年夢見てきた価格統制案を検討し始めたのです。

他にも、薬価の強制的な引き下げや、機関投資家による戸建て住宅の購入禁止といった、左派的な政策を次々と打ち出しています。これらは一見、庶民を助けるように見えるかもしれませんが、実際には逆効果です。例えばクレジットカードの金利制限は、最も経済的に苦しい人々から合法的な融資の機会を奪い、より高利な闇金へと追い込む結果を招きます。また、住宅購入の禁止にしても、全米の供給量のわずか1パーセント未満にしか過ぎない対象を叩いたところで、供給不足という根本原因が解決されることはありません。

このように経済的左翼主義に寄り添うことは、政治的に愚かなだけでなく、国民にとって極めて危険な賭けです。もしトランプ氏がこのままインフレ政策と価格統制を突き進むなら、どれほど豪華な大広間を作ったとしても、歴史が彼を記憶する姿は決まっています。それは、国民の悲鳴に対して、残酷な放置と意図的な状況悪化で応えた大統領という、不名誉なレガシーなのです。

(Geminiで要約)
Trump’s Embrace of Economic Leftism Will Destroy the Legacy He’s Desperately Trying to Build | Mises Institute [LINK]

FRB次期議長と金相場

トランプ大統領は、次期FRB議長選びという国家の重要な人事を、まるでテレビ番組のクライマックスのような演出で発表しました。そこで選ばれたのは、ウォール街出身で史上最年少の理事経験を持つケビン・ウォーシュ氏です。彼は、パウエル現議長を「思慮に欠ける」と激しく批判し、トランプ氏という唯一の観客に届くよう、周到に自らを売り込んできました。これまでの中央銀行の常識では考えられないほど、露骨で政治的なキャンペーンを展開して、この椅子を勝ち取ったのです。

ウォーシュ氏はかつて、インフレを厳しく抑え込む「タカ派」として知られていました。パウエル氏が選挙前に経済を過剰に刺激したと批判し、中央銀行を「甘やかされた王子の集まり」だと揶揄して、組織の抜本的な刷新を訴えてきました。こうした発言は、FRBの独立性を重んじる層からは猛反発を受けましたが、自分に従順な組織を求めるトランプ氏にとっては、これ以上ないほど魅力的な言葉だったに違いありません。

しかし、ここで私たちは冷徹な現実を見つめる必要があります。ウォーシュ氏の指名が伝わると、市場では金やビットコインの価格が下落しました。これは、彼が「タカ派」の本領を発揮して、通貨の供給を絞り、厳しい引き締めを行うのではないかという期待や懸念が入り混じった反応です。ですが、連邦政府の巨大な組織というものは、一人のリーダーの威勢のいい言葉だけで簡単に変わるものではありません。

歴史が示す最も可能性の高い結末は、こうした公での激しい罵り合いはやがて忘れ去られ、壮大な改革の志も組織のしがらみの中で立ち消えていくというものです。結局のところ、これまでの体制という名の巨大な歯車が、何事もなかったかのように回り続けるのです。つまり、政府の借金を支えるために通貨の価値を薄め続ける、現在の「インフレ路線」が変わることはないと考えられます。

もしそうであれば、ウォーシュ氏の「タカ派」という評判を真に受けて、一時的に金価格が下がっている今の状況こそが、最大の好機と言えるでしょう。通貨の価値が失われ続ける既存のシステムが変わらないのであれば、金の価格が再び1オンス5000ドルという大台を突破するのはもはや時間の問題です。後になって振り返れば、今回のウォーシュ氏の指名による市場の動揺は、金を手頃な価格で手に入れることができる「最後にして最高のチャンス」だったと記憶されることになるはずです。

(Geminiで要約)
Kevin Warsh’s Successful Political Campaign | Mises Institute [LINK]