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「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ

インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2026-02-04

政府権力を歓迎する保守派

アメリカの保守派が再び「連邦政府の強大な権力」を歓迎し始めたという、皮肉な政治の現状についてお話しします。

トランプ政権が誕生して以来、驚くべき速さで起きている現象があります。それは、かつてオバマ政権やバイデン政権下で保守派が激しく批判していた政策が、今や彼らの手で「美徳」として正当化されていることです。巨額の財政赤字、インフレを招く金融政策、海外での戦争拡大、そして連邦主義を無視した中央集権化。これらすべてが、味方の政権下であれば容認されてしまうのです。

特に顕著なのは、地方自治を重んじるはずの保守派が、今や連邦警察や軍を動員して地方を制圧することに熱狂している点です。不法移民対策や選挙法の国有化、さらにはAI規制に至るまで、彼らは連邦政府による強力な統制を求めています。かつての「小さな政府」という看板はどこへ行ったのでしょうか。

結局のところ、多くの有権者にとって重要なのは、思想的な一貫性ではなく「敵に一泡吹かせる」という目先の感情的な満足感です。民主主義とインフレ文化に浸った現代人は、長期的な影響を考えず、即効性のある権力行使を求めるようになっています。しかし、この「自分たちが権力を握っている」という感覚こそが、実は大きな罠なのです。

考えてみてください。政権交代が起きても、中央銀行の通貨発行権や数兆ドルの福祉予算、そして国家安全保障機構といった「支配層の本丸」は、決して揺らぐことがありません。ディープステートと呼ばれる官僚組織や銀行家たちにとって、保守とリベラルの対立は、自分たちの権力を維持するための絶好の目隠しに過ぎません。

パンデミックや金融危機、そして今回の移民問題といった「緊急事態」が起きるたびに、どちらの政党が政権にいても、結局は連邦政府の権限が拡大し、国民への監視が強まるという結果は同じです。

トランプ支持者たちは、自分たちの望む政策が実行され、支配体制に風穴を開けられると信じています。しかし、真の支配層は特定の政党に依存していません。今回の政権下で強化された連邦政府の権力は、次に政権が交代した際、そのまま相手側の武器として利用されることになるのです。私たちが目先の勝利に酔いしれている間に、真の自由は、誰がリーダーになろうとも肥大化し続ける巨大な国家権力によって、じわじわと侵食されているのです。

(Geminiで要約)

ドル崩壊を防ぐ方法

The True Dollar Price to Redeem an Ounce of Gold | Mises Institute [LINK]

今日は、米ドルの崩壊を防ぎ、その価値を再び確かなものにするための「究極の解決策」についてお話しします。

現在、私たちの手元にあるドルは、何にも裏付けられていない不換紙幣です。政府は打ち出の小槌(こづち)のようにお金を刷り続け、その結果、ドルの価値は下がり続けています。この危機を脱する唯一の道は、ドルを再び「金(ゴールド)」と交換できるようにすること、つまり金本位制への復帰です。

では、もし今日、ドルを金で裏付けるとしたら、1オンスの金は一体いくらになるのでしょうか。これを算出するために「ゴールド・カバレッジ・プライス(金充足価格)」という指標を使います。計算は単純です。世の中に流通しているドルの総量(マネタリーベース)を、米財務省が保有する金の量で割るのです。

最新の2025年10月時点のデータでは、マネタリーベースは約5.3兆ドル。これに対し、アメリカが保有しているとされる金の量は約2億6,150万オンスです。この数字で計算すると、1オンスの金と交換するために必要なドルの価格は、なんと「2万275ドル」になります。現在の金の市場価格が5,000ドル前後であることを考えると、いかにドルが過剰に発行され、薄められているかが分かります。

歴史を振り返ると、この歪みは一目瞭然です。1944年のブレトンウッズ会議で、ドルの価格は1オンス35ドルと定められました。当時の計算上の充足価格は56ドルで、まだ現実的な範囲でした。しかし、ニクソン大統領が金との交換を停止した1971年には196ドル、そして1998年には1,535ドルと、その差は広がり続けてきました。そして今や2万ドルを超えているのです。

もし政府がこの価格で「いつでも金と交換します」と宣言すれば、ドルへの信頼は回復するでしょう。その代わり、政府はもう、何もないところからお金をひねり出すことはできなくなります。支出を増やすには、増税するか、誠実にお金を借りるか、あるいはどこかの予算を削るしかありません。

今のドルの窮状は、政府が長年にわたって支出の規律を失ってきた結果です。金という「外部の重し」を取り戻さない限り、このドルの存亡に関わる危機を乗り越えることはできないでしょう。

(Geminiで要約)

人種格差、賠償金では解決できない

Reparations Are a Welfare Scheme and Would Have No Effect on Racial Wealth Gaps | Mises Institute [LINK]

アメリカで今も議論が絶えない「人種間の賠償金」問題について、その本質を考えてみましょう。この議論の源流は1960年代にあり、奴隷制やその後の人種差別政策によって黒人層が被った経済的損失を、富の移転によって補おうとするものです。かつては「40エーカーの土地と2頭のラバ」という具体的な補償が求められましたが、現代ではさらに巨大な規模の要求へと膨れ上がっています。

作家のタナハシ・コーツらが指摘するように、黒人家庭が長年、不当な土地没収や住宅ローンの差別、いわゆる「レッドライニング」に苦しんできたのは歴史的事実です。ある調査では、過去にテロや法的策略によって奪われた黒人所有の土地は約2万4000エーカーに達し、その価値は数千万ドルに及ぶと報告されています。こうした構造的な不利益が、現在の人種間の資産格差の一因となっていることは否定できません。

しかし、解決策として提示されている現代の賠償金案には、経済的に不可能なものが目立ちます。例えば、対象者一人につき500万ドルを支払うといった案や、総額14兆ドルの支払いを求める法案があります。14兆ドルという数字は、2025年のアメリカのGDP(国内総生産)の約半分に迫る規模であり、現実的な財源は存在しません。

実際の資産格差を見てみると、ブルッキングス研究所のデータでは、2019年から2022年の間に、白人世帯の資産中央値は黒人世帯よりも24万120ドル多くなっています。パンデミックを経て、この格差はむしろ拡大しました。賠償金推進派はこの溝を埋める必要があると主張しますが、その提案の中身は「福祉政策の拡大」に過ぎないのが現状です。奨学金の免除、家賃補助、医療費支援など、その形態は既存の生活保護や福祉サービスと見分けがつきません。

本来、自由主義の観点からすれば、解放時に耕していた土地の所有権を元奴隷に渡すといった「真の資産形成」こそが正義でした。しかし現在の案は、税金や政府の借金、あるいは通貨の増刷に頼る一時的な給付に終始しています。これまでの歴史が証明しているように、福祉への依存を強めるだけの施策では、世代を超えた富を築くことはできません。一時的な現金給付はすぐに消費に回って消えてしまい、結果として政府への依存度を高める「マイナス・サム」の結果を招く恐れがあります。真の格差解消には、単なる福祉の拡大ではない、より本質的な経済的自立の視点が必要なのです。

(Geminiで要約)

イラン攻撃の異常

Will He, or Won’t He? - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

現在、多くのアメリカ国民は、トランプ大統領がイランへの攻撃に踏み切るのか、あるいは中東での大規模な軍備増強が単なる外交上のハッタリに過ぎないのかという疑念を抱いています。大統領は、戦争を決めるのは自分1人の判断であると主張していますが、なぜイランとの戦争がアメリカの国家利益に資するのか、国民や議会に対して誠実な説明を尽くしていません。

その説明は一貫性を欠き、論点が二転三転しています。最初は核の脅威を煽り、次にイラン国内の政権交代を狙った抗議デモへの介入を正当化しようとしました。デモが収束すると、今度は弾道ミサイル計画を持ち出すといった具合です。こうした説得力に欠ける主張に対し、アメリカ国民の視線は厳しく、世論調査では7割もの人々が軍事行動に反対しているのが現状です。

巨額の予算と数多くの命が失われる戦争の是非が、たった1人のリーダーの決断に委ねられている現状は、極めて深刻な問題と言えます。250年以上前、私たちは王の一存で戦争が始まる独裁的な体制に抗って立ち上がりました。アメリカの建国者たちは、権力の一極集中がもたらす危うさを深く理解しており、だからこそ宣戦補告の権限を、国民の直接の代表である議会に与えたのです。しかし、現代の議会はこの憲法上の重大な義務を放棄し、大統領の顔色を伺うだけの存在に成り下がっています。

さらに不可解なのは、イスラエルのネタニヤフ首相が1年で6回も訪米し、イラン攻撃への圧力をかけていると報じられていることです。自国の議会よりも外国の指導者が、アメリカの軍事行動に対して大きな影響力を持っているという現実は、主権国家として極めて異常だと言わざるを得ません。

たとえ実際に戦火が交えられなかったとしても、中東での大規模な軍備増強には、すでに数十億ドルという巨額の費用が費やされています。これらの資金は「アメリカを再び偉大にする」ために使われるのではなく、軍需産業をより強大にするためだけに消えていくのです。その結果として待っているのは、通貨ドルの価値の下落とインフレ、そしてアメリカ国民の生活水準の低下です。1兆ドル規模の軍事予算の上に、さらなる追加の戦費が積み上げられる現状に、今こそ真剣に目を向けるべきなのです。

(Geminiで要約)

2026-02-03

国家脱退を認めよう

State "Dominion" versus Property Rights | Mises Institute [LINK]

アメリカのリバタリアン、つまり自由至上主義者の党大会では、よく「税金は窃盗か?」という問いが投げかけられ、参加者は「イエス」と答えます。しかし、彼らがそれでも政府のポストを争うのは、あらゆる自発的な組織には存在するはずの選択肢、つまり「脱退」が国家においては認められていないからです。国家には、徴税や徴兵など多くの強制手段がありますが、その中で最も悪質で、他のすべてを可能にしているのが「ドミニオン」と呼ばれる領土支配権です。

ドミニオンとは、たとえ個人が私有している土地であっても、国家がその土地に対して最終的な支配権を主張することを指します。これは通常の「所有権」とは決定的に異なります。所有権は自発的に譲渡できますが、国家が主張するドミニオンは、一度土地が国家の一部になると、そこから離脱することが許されません。土地を相続する者は、国家に従うか、すべてを捨てて出ていくかの二択を迫られます。なぜ国家への加入は土地とともにできるのに、土地を伴った脱退は許されないのでしょうか。

「脱退を許せば混乱を招く」という反論もありますが、警備や道路建設などを自発的に提供する組織は、強制的な支配権を持たなくても、顧客の出入りにうまく対応しています。ドミニオンこそが、税金を「利用料」ではなく「略奪」に変え、徴兵を「契約」ではなく「奴隷制」に変えているのです。もし自由に脱退できれば、質の低いサービスしか提供できない国家は自然に淘汰されていくはずです。

現代の国家は「民衆の下僕」を装いますが、ドミニオンはこの前提を壊しています。例えば、状況が変わっても土地を縛り付け、親の同意だけで子供の世代まで永遠に契約を強制します。しかし、父親が子供に自分の植えた木の実を食べるよう強制する権利を持たないのと同様に、国家が次世代を永続的に縛る正当性はありません。

脱退が認められない社会は、いわば「圧力鍋」です。少数派の不満が溜まり、国家がより強権的になると、その緊張はやがて暴力的な大爆発へと繋がります。混乱を恐れて脱退を禁じることは、むしろ将来の破滅的な事態を準備しているに過ぎません。歴史が示す通り、国家が圧力を抑えきれなくなった時の惨劇は、時折起こる脱退という「そよ風」とは比較にならない「竜巻」のようなものです。武力で人々を縛り付ける考えを捨て、平和的な自己決定権を認めることこそが、真の自由への道なのです。

(Geminiで要約)

2026-02-02

殺しのライセンス

Trump, Immigration, and ICE - LewRockwell [LINK]

今、アメリカで起きている移民問題をめぐる議論は、単なる「不法滞在者を追い出すべきか否か」という次元を超え、法の支配そのものが崩壊しかねない危険な局面を迎えています。まず法的な前提を確認しておくと、最高裁判所の判例では移民の規制は連邦政府の管轄とされており、たとえ州知事が反対しても連邦による執行を完全に阻止することはできません。しかし、だからといって連邦捜査官が何をしても許されるわけではないのです。

先日、ミネアポリスで起きたアレックス・プレッティ氏の殺害事件は、その象徴です。彼はICE(移民・関税執行局)の強引な捜査に抗議するデモに参加していましたが、連邦捜査官によって背後から10発も撃たれて命を落としました。ホワイトハウスやクリスティ・ノエム国土安全保障長官は、彼を「法執行官を殺そうとしたテロリストだ」と即座に決めつけましたが、実際のビデオ映像には、彼が銃ではなくスマートフォンを手にしていた様子が映っています。さらに驚くべきことに、捜査官たちは彼が合法的に所持していた銃をすでに取り上げた後、地面に這いつくばる彼の背中を撃ち抜いたのです。

この光景は、1992年に起きた「ルビーリッジ事件」を彷彿とさせます。当時もFBIの狙撃兵が、幼い子供を抱えた無抵抗の女性を射殺し、政府はそれを正当化しようとしました。トランプ支持者の中には、今回のような連邦政府の暴力を「法の執行だ」として擁護する人々もいますが、それは大きな間違いです。かつてルビーリッジで起きた政府の暴走を批判した人々が、なぜ今、同じような連邦捜査官による「殺しのライセンス」を認めてしまうのでしょうか。

多くの憲法学者が警告しているように、現在行われている強引な移民取り締まりは、憲法修正第4条が保障する「不当な捜索や押収からの自由」を著しく侵害しています。連邦政府には法律を執行する権限がありますが、大統領が勝手に法律を書き換えたり、法的手続きを無視して市民を殺傷したりする権限はありません。また、ミネソタ州の法律ではデモへの銃の持ち込みは禁止されておらず、銃を所持しているというだけで射殺していい理由にはならないのです。

結局のところ、不法滞在者を追放することよりも、アメリカという国にとって遥かに重要なことがあります。それは、憲法に基づいた統治と「法の支配」を回復することです。もし政府が下す「あいつはテロリストだ」という宣言を盲目的に信じ、法を逸脱した暴力を黙認し続けるなら、自由な社会は生き残ることができません。政府による証拠の隠滅や隠蔽工作が明るみに出つつある今、権力に対して厳しい目を向けなければならないのです。

(Geminiで要約)

米憲法制定の政治闘争

Why the Federalists Hated the Bill of Rights | Mises Institute [LINK]

アメリカ合衆国憲法が批准され、新たな政府が動き出そうとしていた頃、アメリカは激しい政治的対立の渦中にありました。連邦派、いわゆるフェデラリストたちは、強力な中央政府の樹立を目指していましたが、批准を勝ち取るために「憲法修正条項を追加する」という約束を各地の州議会で渋々交わしていたのです。しかし、勝利を収めた連邦派の本音は、そのような約束など早く忘れて、財政問題などの実務に没頭したいというものでした。

これに対し、パトリック・ヘンリーら反連邦派は、政府の権限を根本から制限するための「第二憲法制定会議」の開催を求めて激しく突き上げました。もし会議が再び開かれれば、中央政府の権力構造そのものが作り直され、連邦派が築き上げた強力な統治機構が弱体化させられる恐れがありました。これこそが、連邦派が何としてでも阻止しなければならない事態だったのです。

ここで、天才的な政治戦術家であるジェームズ・マディソンが登場します。彼は内心では権利章典を嫌悪していましたが、反対派の勢いが増すのを防ぐため、あえて自ら修正案を主導するという戦略に出ました。これは、個人の自由に関する条項を先に認めることで、政府の構造改革を求める声を封じ込め、反対派を分断するという巧妙な駆け引きでした。

当時提案されていた修正案は、大きく二つの種類に分かれていました。一つは言論の自由や陪審裁判といった「個人の権利」に関するもので、もう一つは課税権の制限など「政府の構造」を変えるものでした。連邦派にとって、前者(個人の権利)は政府の権力基盤を揺るがさないため許容できましたが、後者(政府の構造改革)は中央政府の生命線を絶つものであり、断固として拒否すべきものでした。結局、マディソンは前者の「個人の権利」を中心とした権利章典を素早く成立させることで、構造改革の芽を摘み取ることに成功したのです。

特に興味深いのは、第十修正条項と第九修正条項の扱いです。第十修正条項は「連邦政府に委ねられていない権限は州や国民に留保される」と定めていますが、マディソンは意図的に「明示的に」という言葉を外しました。これにより、後の裁判官が政府の権限を広範に解釈する抜け穴を残したのです。また、憲法に記されていない権利も国民が保持していると定めた第九修正条項は、その後百七十五年もの間、歴史の闇に埋もれることとなりました。

アメリカ国民が今日、自由の守護神として称える権利章典は、純粋な理想だけで作られたものではありません。それは、強力な中央政府を守り抜こうとした連邦派と、それを制限しようとした反対派との激しい政治闘争、そしてマディソンによる計算し尽くされた妥協の産物だったのです。

(Geminiで要約)

ベネズエラの石油幻影

The Venezuela Oil Mirage: How Washington Mistook Tar for Black Gold - LewRockwell [LINK]

アメリカのトランプ政権によるベネズエラへの軍事介入の背景には、ベネズエラが保有する3030億バレルという膨大な石油埋蔵量への過大な期待があります。しかし、これは単なる数字上のマジックであり、実態のない「石油の蜃気楼」に過ぎません。ワシントンが「黒い黄金」と呼んで手に入れようとしているものは、実のところ地質学的には「ただのタール」に近い代物なのです。

まず、現在進められている「麻薬戦争」の実態を直視しなければなりません。不純物の混じった薬物や犯罪組織の暴力によって、すでに年間2万人のアメリカ人が命を落としています。こうした状況で、55年も前に宣言され、失敗が明らかな麻薬撲滅という名目のもとに軍やCIAを動員して他国に攻め入ることは、まさに愚行の極みと言わざるを得ません。

政権の人々が夢想しているのは、ベネズエラのオリノコ地帯にサウジアラビアの伝説的なガワール油田のような宝の山があるという幻想です。しかし、現実はこれ以上ないほど正反対です。サウジアラビアのガワール油田は1951年の生産開始以来、豊かな圧力によって原油が自然に地表へ湧き出すような理想的な環境でした。高品質な軽質油を、1バレルあたり5ドル以下という極めて低いコストで手に入れることができたのです。

これに対し、ベネズエラにあるのは「超重質油」です。その粘り気は室温ではタールのように固まっており、地中から引き出すには膨大なエネルギーが必要です。高温の蒸気を地中に送り込み、油を熱で溶かしてようやく汲み上げられるという手法をとらねばならず、井戸1本の建設費用もサウジアラビアの数倍にあたる1000万ドルから2000万ドルに達します。さらに、輸送のためだけに別の軽い油を大量に混ぜて希釈する必要があり、1バレルあたり10ドルから15ドルの追加コストが発生します。

精製段階での価値の差も決定的です。サウジアラビア産からはガソリンなどの高価値製品が55パーセント以上取れますが、ベネズエラ産からは30パーセント程度しか取れません。残りの45パーセントは価値の低い重油やアスファルトのカスです。市場価格で計算すると、サウジアラビア産1バレルから88ドルの価値が生まれるのに対し、ベネズエラ産はわずか70ドルにしかなりません。

コストが圧倒的に高く、売り上げが少ない。これがベネズエラ石油の経済的な実態です。政権が石油を強奪したとしても、待っているのは利益ではなく、莫大な赤字を垂れ流す泥沼です。中国がベネズエラで損失を被るのを防ぐためにアメリカが自ら戦争を始めるなど、これほど滑稽で危険な賭けはありません。石油という名前に踊らされた暴走は、国家的な自爆行為となるでしょう。

この不都合な真実を、ワシントンの政策決定者たちは真剣に受け止めるべきです。

(Geminiで要約)

木村貴の経済チャンネル(2026年)

  1. 中央銀行はいらない/「個人主権」で暮らしを守る(2026/01/05
  2. 「リアル」な経済学とは? オーストリア学派入門【ライブ配信】(2026/01/11
  3. ベネズエラ攻撃、ドル衰退に拍車/新NISAで注目、「分散投資」の落とし穴(2026/01/12
  4. 積極財政は経済を壊す 株高の陰に3つの病理/アフリカの成長がアジアを抜く?(2026/01/18
  5. 民主主義が通貨を壊す/ミニマリズムは究極の資本主義(2026/01/25

*ショート動画を除く。タイトルは変更する場合があります
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木村貴の経済の法則!(2026年)

  1. ドルの衰退、ベネズエラ攻撃で拍車 米トランプ政権、「泥沼」の教訓忘れる(2026年1月9日
  2. 積極財政は経済を壊す 株高の陰に3つの病理(2026年1月16日
  3. 民主主義が財政危機を招く バラマキ競う与野党、将来に禍根(2026年1月23日
  4. 米国の傲慢、ドルの黄昏 グリーンランド問題、円もろとも没落加速?(2026年1月30日

2026-02-01

トマス・ペイン、言論の力

アメリカ合衆国は、2026年に建国250周年という大きな節目を迎える。これを機に、アメリカ独立に大きな影響を及ぼしたユニークな思想家について振り返ってみよう。トマス・ペインである。

ペインは1737年、イングランドのノーフォーク州セットフォードで、クエーカー教徒の一家に生まれた。学校に通い始めたが13歳で退学し、コルセット職人見習い、船員、教師、メソジストの説教者、酒税徴収官など、様々な職業を転々とした。特に酒税徴収官としては、政府の腐敗を目の当たりにし、2度解雇されている。2度の結婚も長続きしなかった。食料品店とタバコ屋で生計を立てようとしたが、破産した。

それでもペインは知的好奇心が旺盛で思慮深かった。ロンドンでベンジャミン・フランクリンと出会い、その紹介状を携えて、1774年にアメリカのフィラデルフィアに渡った。アメリカ到着後、雑誌「ペンシルベニア・マガジン」の編集者となり、少なくとも17本の記事を執筆した。特に奴隷制度を激しく非難し、早急な解放を訴えた。

1775年のレキシントンの戦いを機に、ペインはアメリカの自由を守る決意を固め、独立を訴える小冊子の執筆に取り掛かった。3カ月で脱稿はしたものの、出版するのに一苦労した。初めは新聞に連載しようとしたが、どの新聞社からも断られた。内容が明らかに大逆罪に触れるからだった。そのとき、親交のあった医師から共和主義者の印刷屋を紹介され、そこから出すことにした。損失が出ればペインが負担し、利益が出れば折半するという契約だった。こうしてようやく、この歴史的な小冊子『コモン・センス(常識)』は日の目を見ることになった。

『コモン・センス』は1776年1月に出版され、たちまち空前のベストセラーとなった。発売後3カ月以内に12万部以上が印刷されたといわれ、総計で約50万部が売れた。当時のアメリカ植民地の人口は約250万人だったとされ、文字の読める人はほとんどこれを読んだとみられる。

アカデミックな著作ではないので、体系的に整然と叙述されてはいない。しかし、およそ言わんとすることはすべて語り尽くしていると言えるだろう。その内容は大きく5つから成る。第1に、政府を設けた意図や目的を論じ、権力の濫用があるときは破行する権利があると主張した。これはイギリスの哲学者ロックの革命思想を取り込んだと言える。

第2に、自由は議会の機能にかかっているが、王権の強大化によって議会の長所が台なしにされていると論じた。第3に、自然権の思想や聖書の権威に基づいて、王政と世襲制を否定し、共和政こそが自由と平等を最もよく保証する政治体制だと主張した。

第4に、アメリカはイギリスの政治の仕組みの下では二次的存在にすぎず、したがって分離独立しない限り真の繁栄も平和もあり得ないと主張した。第5に、アメリカは独立国となるために十分な力を備えていると強調した。

これらの内容を見ると、ペインはもっぱら有識者を対象にこれを書いたようにも思える。しかし実際はそうではなく、大衆に向かって書いた。そもそもペインは職人の家に生まれ、ついには社会の底辺にまで身を落とした人間である。だから大衆の意欲や感情をよく知っていた。また雑誌の編集者として大衆ジャーナリズムの世界に身を置くことで、大衆の好む言葉や文体を自ずから身につけた。当時の著述家は凝った言い回しで回りくどい文章を書いていたが、「ペインは大衆を頭において、簡潔で力強く、確信に満ちた文章を書いた」と、政治学者の小松春雄氏は岩波文庫版の訳者改題で述べている。

実際、この小冊子には「社会はわれわれの必要から生じ、政府はわれわれの悪徳から生じた」「政府はたとえ最上の状態においてもやむをえない悪にすぎない。そして最悪の状態においては耐えがたいものとなる」といった、忘れがたい名言が散りばめられている。ジョージ・ワシントンは「健全な教義と反駁の余地のない論理」を提供すると称賛した。

『コモン・センス』の刊行前、多くの植民地住民はイギリスとの不満の解決を望むにすぎなかったが、この小冊子が世論を独立へと決定づけた。アメリカ独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンとペインはしばしば会食しており、独立宣言の根底に流れる思想や言葉遣いに『コモン・センス』とよく似た点がある。ペインが宣言起草に直接関係していなかったとしても、思想的な影響を及ぼした可能性はある。

独立戦争が始まると、ペインは民兵隊に入隊した。それまで銃を撃った経験も軍歴もなく、しかも39歳という年齢だったが、60日間の訓練を耐え、副官を命じられた。その任務は主として報告書や手紙の執筆だった。1783年、イギリスがアメリカの独立を承認した。

しかし、ペインの波乱に富んだ人生はこれで終わりではなかった。新式の鉄橋の考案にふけり、建設のアイデアを携えてフランスに渡ったり、イギリスに帰ったりしている。1789年にフランス革命が起こり、イギリスの思想家エドマンド・バークが革命を批判する『フランス革命についての省察』を著すと、これに反論する『人間の権利』を出版した。

『人間の権利』もベストセラーとなったが、イギリス政府はペインを反逆罪で起訴し、死刑の可能性を示唆したため、ペインはフランスへ逃亡した。フランスで国民公会議員となったが、ルイ16世の処刑に反対して投獄され、アメリカに戻る。神の存在を啓示によらず合理的に説明しようとする理神論を唱えて無神論者と誤解され、晩年は不遇だった。1809年、ニューヨークで没した。

ペインは生涯、貧困と不遇に見舞われ、死後も長らく「忘れられた建国の父」とされてきたが、近年再評価が進んでいる。金銭も政治権力も持たない一介の個人が、いかに言論の力で大衆の心を励まして立ち上がらせ、抑圧者を打ち破るよう鼓舞できるかを示した人物といえる。

<参考資料>
  • 『コモン・センス 他三編』ペイン著、小松春雄訳(岩波文庫)
  • 『コモン・センス』ペイン著、角田安正訳(光文社古典新訳文庫)
  • A Right to Rebel: A Biography of Thomas Paine | Libertarianism.org [LINK]

2026-01-31

ヘイトスピーチと寛容の精神

「ヘイトスピーチ」と「ヘイトクライム」の違いを正しく理解することは、自由の本質を考える上で極めて重要です。アメリカ合衆国憲法修正第一条は言論の自由を広く保障しており、たとえ他者を不快にする言葉であっても、それ自体は本来犯罪ではありません。しかし近年、一部の活動家たちは憲法の壁を回避するため、不快な発言を「治安紊乱」や「嫌がらせ」という別の法的枠組みに無理やり当てはめ、一般市民に刑事罰を科そうとする動きを強めています。

その象徴的な例が、ミネソタ州で起きたある母親のケースです。公園での子供同士のトラブルを発端に、彼女が人種差別的な暴言を吐いた際、当局は彼女を「治安紊乱罪」で起訴しました。最大で九十日の禁錮刑や千ドルの罰金が科される可能性があるこの法律は、本来、公共の平穏を乱す具体的な振る舞いを罰するものですが、実態としては彼女が発した「言葉」そのものが標的となっています。全米黒人地位向上協会などの団体は、こうした個別のトラブルを「国内で増大する憎悪の証拠」として大々的に喧伝しますが、その背後には多額の資金が動く、巨大な「権利擁護ビジネス」が存在しているという冷徹な側面も見逃せません。

経済学者のマレー・ロスバードがかつて警鐘を鳴らした通り、こうした日常的な対人紛争の犯罪化は、国家が個人の自由や私有財産権を侵害する格好の口実となってきました。刑法の本来の目的は、人々の生命、自由、そして財産を物理的な攻撃から守ることにあります。単に「不快な言葉を聞きたくない」という感情的な要望を満たすために刑法を恣意的に運用することは、法治国家の基盤を揺るがす非常に危険な兆候だと言わざるを得ません。

また、自由主義の先駆者であるフリードリヒ・ハイエクが説いた「法の支配」の原則によれば、法律は誰に対しても平等かつ明確なルールに基づいて適用されるべきものです。しかし現在のアメリカ社会を見渡せば、白昼堂々の店舗略奪や集団暴行といった明らかな犯罪行為が見過ごされる一方で、不適切な言葉遣いだけが「ヘイトクライム」として厳しく追及されるという、歪んだ二重基準がまかり通っています。

真に自由な社会を守るためには、たとえそれがどれほど耳に痛い言葉であっても、安易に「犯罪行為」へとすり替えて処罰する風潮を許してはなりません。私たちが享受すべき自由とは、隣人が自分の好まない言動をしていたとしても、それをいちいち国家の力で監視したり裁いたりしないという、寛容な精神の上にこそ成り立つものなのです。

(Geminiで要約)
When Hate Speech is Defined as a Crime | Mises Institute [LINK]

トランプ氏の左翼経済政策

アメリカのトランプ大統領は今、自らの政治的なレガシー、つまり後世に残る功績を築き上げることに並々ならぬ執念を燃やしています。ホワイトハウスに巨大な大広間を建設して歴史的な建造物に自分の足跡を刻もうとしたり、ケネディセンターに自分の名前を冠したりといった行動がその象徴です。昨年はノーベル平和賞を熱望し、受賞できなかった際には激しい不満をあらわにしました。さらにはグリーンランドをめぐる国際問題を引き起こしながら、実質的な変化のない合意を、あたかも北極圏の主権を一部獲得したかのような「歴史的取引」として宣伝しています。

しかし、こうした見栄えだけのプロジェクトは、彼が退任した後に国民にとって意味を持つものではありません。本来、優れたレガシーとは、数十年後の未来を見据えた政策の結果として築かれるべきものです。ところが現在のトランプ氏が突き進んでいる道は、極めてリスクの高い外交介入と、国民に実利をもたらさない虚栄心の産物の寄せ集めに過ぎません。

今、アメリカ国民が最も苦しんでいるのは、生活コストが跳ね上がり、あらゆるものが高すぎて手が出ないという「アフォーダビリティ(購買力)の危機」です。この問題を根本から解決するには、通貨の価値を破壊し続けている現在のインフレ的な金融制度を廃止し、市場に基づいた「健全な通貨」を取り戻す必要があります。また、住宅や医療といった重要部門で供給を縛り付けている無数の規制を撤廃し、需要だけを煽って価格を吊り上げている補助金制度を整理しなければなりません。

しかし、トランプ政権はこうした本質的な解決策には目もくれず、むしろ事態を悪化させる政策を強行しています。連邦準備制度(FRB)に対してさらなるインフレ政策を迫り、輸入品に関税をかけて国民の負担を増やしてきました。さらに驚くべきことに、中間選挙を前にして、彼はあろうことか「左派」の経済思想に救いを求めています。かつての政敵である民主党左派のエリザベス・ウォーレン議員と連絡を取り、クレジットカードの金利に上限を設けるという、進歩主義者が長年夢見てきた価格統制案を検討し始めたのです。

他にも、薬価の強制的な引き下げや、機関投資家による戸建て住宅の購入禁止といった、左派的な政策を次々と打ち出しています。これらは一見、庶民を助けるように見えるかもしれませんが、実際には逆効果です。例えばクレジットカードの金利制限は、最も経済的に苦しい人々から合法的な融資の機会を奪い、より高利な闇金へと追い込む結果を招きます。また、住宅購入の禁止にしても、全米の供給量のわずか1パーセント未満にしか過ぎない対象を叩いたところで、供給不足という根本原因が解決されることはありません。

このように経済的左翼主義に寄り添うことは、政治的に愚かなだけでなく、国民にとって極めて危険な賭けです。もしトランプ氏がこのままインフレ政策と価格統制を突き進むなら、どれほど豪華な大広間を作ったとしても、歴史が彼を記憶する姿は決まっています。それは、国民の悲鳴に対して、残酷な放置と意図的な状況悪化で応えた大統領という、不名誉なレガシーなのです。

(Geminiで要約)
Trump’s Embrace of Economic Leftism Will Destroy the Legacy He’s Desperately Trying to Build | Mises Institute [LINK]

FRB次期議長と金相場

トランプ大統領は、次期FRB議長選びという国家の重要な人事を、まるでテレビ番組のクライマックスのような演出で発表しました。そこで選ばれたのは、ウォール街出身で史上最年少の理事経験を持つケビン・ウォーシュ氏です。彼は、パウエル現議長を「思慮に欠ける」と激しく批判し、トランプ氏という唯一の観客に届くよう、周到に自らを売り込んできました。これまでの中央銀行の常識では考えられないほど、露骨で政治的なキャンペーンを展開して、この椅子を勝ち取ったのです。

ウォーシュ氏はかつて、インフレを厳しく抑え込む「タカ派」として知られていました。パウエル氏が選挙前に経済を過剰に刺激したと批判し、中央銀行を「甘やかされた王子の集まり」だと揶揄して、組織の抜本的な刷新を訴えてきました。こうした発言は、FRBの独立性を重んじる層からは猛反発を受けましたが、自分に従順な組織を求めるトランプ氏にとっては、これ以上ないほど魅力的な言葉だったに違いありません。

しかし、ここで私たちは冷徹な現実を見つめる必要があります。ウォーシュ氏の指名が伝わると、市場では金やビットコインの価格が下落しました。これは、彼が「タカ派」の本領を発揮して、通貨の供給を絞り、厳しい引き締めを行うのではないかという期待や懸念が入り混じった反応です。ですが、連邦政府の巨大な組織というものは、一人のリーダーの威勢のいい言葉だけで簡単に変わるものではありません。

歴史が示す最も可能性の高い結末は、こうした公での激しい罵り合いはやがて忘れ去られ、壮大な改革の志も組織のしがらみの中で立ち消えていくというものです。結局のところ、これまでの体制という名の巨大な歯車が、何事もなかったかのように回り続けるのです。つまり、政府の借金を支えるために通貨の価値を薄め続ける、現在の「インフレ路線」が変わることはないと考えられます。

もしそうであれば、ウォーシュ氏の「タカ派」という評判を真に受けて、一時的に金価格が下がっている今の状況こそが、最大の好機と言えるでしょう。通貨の価値が失われ続ける既存のシステムが変わらないのであれば、金の価格が再び1オンス5000ドルという大台を突破するのはもはや時間の問題です。後になって振り返れば、今回のウォーシュ氏の指名による市場の動揺は、金を手頃な価格で手に入れることができる「最後にして最高のチャンス」だったと記憶されることになるはずです。

(Geminiで要約)
Kevin Warsh’s Successful Political Campaign | Mises Institute [LINK]

2026-01-30

社会主義という偽の敵

アメリカでトランプ大統領が率いる「MAGA」という政治勢力が分裂の危機にあると言われていますが、結論から言えば、それは大きな問題ではありません。なぜなら、この動き自体が二年に一度の選挙のためだけに用意された、巧妙な「演出」に過ぎないからです。トランプ氏はかつて、労働者の味方であり、不必要な戦争を終わらせると約束しました。しかし、蓋を開けてみれば、トランプ氏はニューヨークの民主党的な億万長者のままであり、実際には軍事産業や特定の外国の利益を最優先してきました。2025年、トランプ氏は多くの国を爆撃し、平和の公約は完全に踏みにじられたのです。

こうした裏切りによって支持層が離れていくのは当然ですが、支配層にとっては想定内です。彼らは数年ごとに、国民の不満を吸収するための「偽の改革者」を次々と送り出します。現在、次世代のリーダーとして期待されているJ.D.ヴァンス副大統領もその一人です。彼はエリート教育を受け、巨大企業の創業者というパトロンを持つ、既存体制の忠実な構成員です。彼が「沼地を掃除する」と叫んでも、それは単に別の権力者に交代するだけで、仕組みそのものは変わりません。ヴィヴェック・ラマスワミ氏やトゥルシー・ギャバード氏といった面々も、結局は既存の支配構造を補完する役割を担わされているに過ぎないのです。

目を向けるべきは、保守とリベラルという表面的な対立の裏側にある「身内(縁故)資本主義」の正体です。政治家たちは「社会主義」という架空の脅威を煽って国民を分断させますが、実際には、民主党も共和党も、特定の企業に税金を流し込み、補助金で癒着する「経済的ファシズム」を推進しています。軍事予算は膨れ上がり、国民の生活はインフレによって困窮しています。これこそが真の問題ですが、政治家たちは人種問題などの刺激的な話題を振りまくことで、米国民の視線を経済や軍事政策から巧妙に逸らしています。

真の改革を実現するためには、軍事支出を劇的に削減し、中央銀行による通貨膨張を止め、特定の企業に対する不透明な政府契約を廃止しなければなりません。2026年の選挙に向けて、また新しい「反体制派」を装った候補者たちが現れるでしょう。しかし、彼らの言葉に惑わされず、システムの構造そのものを変えようとする勢力が現れない限り、誰がトップになろうとも、国民を欺くサイクルが繰り返されるだけなのです。

(Geminiで要約)
Why the Fracturing of MAGA Doesn't Matter | The Libertarian Institute [LINK]

アメリカのゲシュタポ

先日、アメリカのミネアポリスで目を疑うような惨劇が起きました。覆面をした身元不明のICE、つまり移民・関税執行局の捜査官たちが、37歳の看護師を殺害したのです。彼らはこの看護師の目に催涙スプレーを浴びせて地面に押し倒し、彼が合法的に所持していた拳銃を奪った上で、その背中を9発も撃ち抜きました。本来、秩序を守るはずの連邦捜査官たちが、その街に住む移民たちよりもはるかに暴力的で、人命を軽んじる混乱を巻き起こしているのが現状です。

ここで、憲法の視点からこの問題を整理してみましょう。本来、アメリカ合衆国憲法において「誰が国内に留まれるか」という移民規制は各州の権限でした。しかし1882年、当時のエリート層が人種的偏見から「中国人排斥法」を制定したことで、その流れは一変します。最高裁判所は、憲法に根拠がないにもかかわらず、連邦政府がこの権限を「どこからともなく引き継いだ」という奇妙な理屈でこれを正当化しました。それ以来、政府の都合やその時々の偏見によって、移民規制はなし崩し的に拡大されてきたのです。

ホワイトハウスは今回の殺害を正当化するため、犠牲者を「テロリスト」や「暗殺者」と呼んで中傷し、ICEが取った秘密警察のような強権的な手法から国民の目をそらそうとしています。しかし、事実は隠せません。たとえ警察であっても、視界を奪われ、武器も取り上げられて地面に這いつくばっている人間を背後から撃つことは、正当防衛ではなく明白な殺人です。これはまさに「アメリカン・ゲシュタポ」と呼ぶべき暴挙と言わざるを得ません。

さらに恐ろしいのは、現在のアメリカ政府が「アメリカン・サイコ」、つまり道徳的な原則を完全に失った精神状態に陥っていることです。歴史上の独裁者がそうであったように、今の政府もまた、立場の弱い少数派を標的にし、その暴力に抗議する者たちの殺害すら正当化しています。国民が路上での法執行を撮影することを恐れ、撮影者を殺すことを擁護する。そこには共通の善も、憲法への敬意も、人間としての品位も存在しません。

この「力こそが正義」という虚無主義的な考え方は、今やアメリカの街の通りにまで溢れ出しています。もしアメリカ議会が予算を止めることでこの暴走を食い止められないのであれば、有権者は議会も共犯であると見なすでしょう。国内での統治に失敗した権力者が、国民の目をそらすために国外で戦争を始めるのは歴史の常です。アメリカ人は今、政府が道徳を捨て去り、国民を敵と見なして牙を剥く、極めて危険な時代を生きているのです。

(Geminiで要約)
American Gestapo/American Psycho - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

2026-01-29

再分配はなぜ悪か

現代の欧米諸国や、それを見習う多くの国々が抱える問題の核心には「再分配」という考え方が潜んでいます。そもそも再分配という言葉には、市場が行った最初の分配を「不完全なもの」と見なし、その上から二度目の分配を重ねるという意味が含まれています。しかし、最初に行われる自由市場の分配こそが自然なプロセスであり、国家による再分配こそが、社会を歪める人工的な介入なのです。

自由市場における分配とは、あらゆる生産要素が社会全体で最適化されていく自然な流れを指します。労働力は賃金の低い場所から高い場所へと移動し、資本は収益の低い分野から高い分野へと流れます。このプロセス(過程)は、消費者の需要を最も効率的に満たそうとする終わりのない最適化の動きです。しかし、現代では国家が金利を操作し、価格を統制し、巨額の負債を抱えて支出を増やすことで、この自然な分配機能が著しく阻害されています。これが多くの国で経済が停滞している真の理由です。

国家が行う再分配は、極めて効率が悪いものです。例えば、所得再分配を行うための官僚組織は、予算の3分の2から4分の3を自らの維持費や事務コストとして消費してしまうという推計もあります。1ドルを誰かに届けるために、その大部分が政府の間接費用として消えてしまうのです。また、再分配は人々の働く意欲を削ぎ、投資や消費を歪め、新しい起業の芽を摘んでしまいます。これは、本来蓄積されるはずだった富を奪う「目に見えない損失」を生んでいるのです。

さらに、再分配には深刻な道徳的問題があります。市場の分配は自発的な交換に基づきますが、国家の再分配は個人の所有権を強制的に侵害する行為です。社会正義や連帯といった美しい言葉で正当化されますが、その実態は、個人の同意なく富を移転させることに他なりません。また、インフレも一種の隠れた再分配です。中央銀行が通貨供給を増やすことで、物価が上がり、貯蓄を持つ人々の富が実質的に国へと吸い上げられています。

結局のところ、国家が所得の管理や分配を担うようになると、権力は個人から国家へと移り、人々は政府に依存するようになります。民主主義の下では、目先の利益を求める有権者がさらなる社会保障を求め、結果として社会全体の活力を奪うという悪循環に陥ります。私たちが認識すべきなのは、自由市場による分配は消費者の選択に導かれた「公正なプロセス」であり、国家による再分配は、権利を侵害し社会を停滞させる「不当な介入」であるという事実です。この仕組みを正しく理解し、自由な市場の価値を再評価することが、今の社会には不可欠なのです。

(Geminiで要約)
Virtuous Market Distribution vs. Nefarious State Redistribution | Mises Institute [LINK]