The Persona and Legacy of Murray Rothbard | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】オーストリア学派の経済学において最も多産で重要な著述家の一人、マレー・ロスバードの生誕100周年を迎え、その類まれな人物像と功績に注目が集まっています。ロスバードは経済学、歴史、哲学など多岐にわたる分野で20冊以上の著作と数千の記事を残しました。驚くべきことに、彼は旧式のタイプライターを使い、1日に20ページ以上を事もなげに書き上げたと言われています。その博識ぶりは凄まじく、ある書評では期待を遥かに超える26ページもの詳細な改善案を提示し、著者を驚かせたという逸話が残っています。
ロスバードの生涯を特徴づけるのは、一切の妥協を排した自由への徹底的な防衛です。彼はコロンビア大学で数学と経済学を学びましたが、既存の経済学には納得していませんでした。しかし、ナチスから逃れて米国に渡ったルードヴィヒ・フォン・ミーゼスの著書『ヒューマン・アクション』に出会ったことで、オーストリア学派へと転向します。当初は古典的自由主義者でしたが、友人との対話を通じて、警察や司法までをも民営化すべきだと考える一貫した「アナルコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)」へと進化しました。彼は経済的な効率性だけでなく、倫理と道徳をその思想の根幹に据えた点が特徴的です。
また、ロスバードは象牙の塔にこもる学者ではなく、現実の社会変革にも深く関与しました。自由の理念を実現するためであれば、時には左派、時には右派と、柔軟に同盟を組みました。例えば、ベトナム戦争時には、戦争に傾倒する当時の右派を嫌い、反戦を掲げる左派と手を結ぶことを厭いませんでした。彼の文章は非常に明快で、皮肉やユーモアに富んでおり、難解な論文でさえ小説のように読ませる力がありました。こうした率直な物言いは多くの批判を招きましたが、彼は世俗的な成功や名声よりも、真理を語ることを優先しました。
彼の教えの中で最も重要なものの一つは、「勝者によって書かれた公式な歴史を鵜呑みにするな」という姿勢です。ロスバードは、歴史的な事件の背後に「誰が得をするのか」という犯罪捜査のような視点を持ち、金と権力の流れを追うことを重視しました。彼は自身の功績をひけらかすこともなく、学生の奨学金よりも低い給与で教鞭を執りながらも、常に笑顔を絶やさなかったと言います。現代、私たちは彼の膨大な著作や講義をインターネットを通じて自由に学ぶことができます。ロスバードが現代のデジタルツールを手にしていたら、世界はもっと自由な場所になっていたかもしれません。
0 件のコメント:
コメントを投稿