2022-07-29

ソ連について知っておくべきこと

ケイトー研究所政策アナリスト、チェルシー・フォレット
(2017年12月15日)

マルクスは大英博物館の読書室で、社会とは賃金労働者と生産手段の所有者(資本家)との闘争であり、資本家は「階級の敵」だという理論を作った。工場のオーナーは工場労働者を、農場のオーナーは日雇い労働者をそれぞれ搾取している、などと恐れた。現代の大学生の多くは搾取への恐怖を共有し、「1%」や「特権階級」を非難し、階級のない社会を望んでいる。

悲しいかな、マルクスとその信奉者たちは、資本主義による工業化が結局は広く繁栄をもたらすことを理解せず、自分たちが助けようとした労働者自身を傷つける結果となった。マルクスが嫌った工場のおかげで、英国の平均所得は、マルクスが生まれたときよりも亡くなったときのほうが三倍も多くなった。

百年前、ロシアで共産主義者が権力を握った後、平等の名の下に、裕福すぎる人は特定され、罰されることになった。技術者のような専門的な知識を持つ者や、「非労働力収入」を持つ者に疑いがかかった。

何百万人もの「階級の敵」、政治的異端者、その他の不幸な犠牲者が強制収容所で働かされた。強制収容所はレーニンの下で設立され、スターリンの下で急拡大した制度である。逃げ出そうとする者は即座に処刑された。スターリンに近い者も例外ではなく、収容所の主な刑吏の三分の一以上が、自分も収容所の囚人として終わった。

ある収容所では、捕虜が十分な防護を受けないまま放射性物質を採掘し、放射線中毒で死亡した。別の収容所では、囚人が冬に凍傷になりながら木材を切り、裸足で丸太を引きずって戻った。集団農場で食糧生産に従事しながら、わずかな配給しか与えられない囚人もいた。非常に長い労働時間、厳しい気候、食料不足、即決処刑などが重なり、毎年、収容所の囚人総数の少なくとも10%が死亡したと推定されている。

収容所での奴隷労働は、経済が崩壊する中、階級のないはずのソ連で支配階級を維持するのに役立った。クラーク(自営農家)を排除し、農場を集団化したため、農業の生産性は急落した。何百万人もの人々が餓死し、生き残るために人肉食に走る者もいた。スターリンは飢饉、飢餓、餓死という言葉の使用を禁じ、中央計画制度の明らかな失敗を、不心得者がわざと行った妨害と経済弱体化のせいにした。「隠れた敵が至るところにいる」と言い、それを口実に、より多くの人々を死や労働収容所に追いやった。

共産主義体制は平等を実現するために、農業や工学などの技術職で専門性を身につけ、成功を収めた者を投獄したり殺したりしたのである。富の再分配を行ったが、最初に自営農家から富を奪った農民の多くは結局、餓死した。共産主義政府は、最も生産的な人々の多くを投獄・殺害し、産業を集団化し、競争を禁止することで生産性に対する市場の意欲を排除し、資本主義の下よりもはるかに深刻で広範な貧困をもたらした。

共産主義が引き起こした不自然な死の数は、八千万人以上に上るという調査結果がある。この数字は、ロシア皇帝の暴力、スペインの異端審問、英国の「血のメアリー」(メアリー一世)による反宗教改革の比ではない。

(次より抄訳)
What Millennials Should Know About the Soviet Union - HumanProgress [LINK]

2022-07-28

ケインズは何を間違ったか

経済学者、ハンス・ヘルマン・ホッペ
(1992年)

経済学者ケインズにとって、資本主義は危機を意味した。ケインズはその理由として、大きく二つを挙げる。

第一の理由は、資本主義に伴う景気変動である。ケインズの主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』によれば、景気変動は心理によって決定される現象だという。しかし、これは明らかに間違っている。

ある心理現象が他の心理現象に影響を及ぼすと考えることは可能だ。しかし、心理現象が現実の事物に直接影響を与えると考えることはできない。行動によってのみ、現実の出来事に影響を与えることができる。ケインズの心理学的な景気変動論は、現実の出来事がなぜ起こるのかを説明できない。

現実の世界では、人は行動しなければならず、希少な資源を価値ある目標に絶えず配分しなければならない。しかしケインズの考えとは異なり、人は勝手気ままに行動することはできない。なぜなら行動する際には、人間の心理にはまったく影響されない現実の欠乏に必ず制約されるからである。

ケインズによれば、資本主義が不安定であり、社会主義による解決が望ましい第二の理由は、資本主義に内在するという経済停滞の傾向である。現代産業社会では通常、消費によって生産が制限され、その逆ではないという。

経済停滞は消費不足によって起こるという。この消費不足の命題と組み合わされるのが、「実質所得が増加すればするほど、所得のより大きな割合が貯蓄される」という「基本的な心理法則」である。

もし消費が生産を制限するならば、そして、所得の増加とともに消費が減少するならば、所得の増加は消費の減少による自滅を意味するだろう。もしそうなら、消費の少ない裕福な社会ほど「停滞」に悩まされるし、どの社会でも経済停滞に最も貢献するのは、消費の少ない金持ちということになる(ただしこの理論では、そもそも個人や社会が他の個人や社会よりも豊かになれる理由を説明できないという「些細な」問題を除く!)。

そこでケインズは、停滞から抜け出す方法について提言する。「投資の社会化」(政府による公共投資の拡大)に加え、消費を刺激する方策、特に富裕層(消費性向の低い人々)から貧困層(消費性向の高い人々)への所得の再分配を行うべきだという。

永久に続くインフレはケインズの万能薬である。インフレは停滞を克服するのに役立ち、より進んだ社会では、より深刻な停滞の危機を克服する。いったん停滞が克服されれば、さらにインフレが進行し、一世代のうちに欠乏が解消されるという。

社会に存在する貨幣の量に変化がない場合、現金の需要が全般に高まれば、財の価格は下がる。しかし、だからどうしたというのだ。名目所得は減少するが、実質所得と、実質消費・投資比率は変わらない。人々はその過程を通じ、自分のほしいもの、つまり現金残高の実質価値の増加と、購買力の上昇を手に入れる。

これは経済の停滞ではない。ケインズは、貨幣需要の増加や生産経済の拡大によって起こる価格下落という完全に正常な現象に、「停滞」「不況」「有効需要不足の結果」といった悪い名前をつけ、インフレ政策の口実を見つけようとしているにすぎない。

これが20世紀で最も有名な「経済学者」ケインズである。ケインズは雇用、貨幣、利子に関する誤った理論から、紙幣でできた社会主義の楽園と資本主義について、途方もなく間違った理論を生み出した。

(次より抄訳)
The Misesian Case against Keynes | Mises Institute [LINK]

2022-07-27

グローバル化は不平等を解消する

ケイトー研究所政策アナリスト、チェルシー・フォレット
(2017年3月30日)

途上国の驚異的な成長によって国家間の相対的不平等が縮小し、貧困が減少している。貧困を減らし、生活水準を上げることは、所得の不平等を減らすことよりも、間違いなく重要である。

平均寿命は、生活水準全般を測る最も良い指標の一つだ。最も貧しい大陸であるアフリカでさえ、北米との平均寿命の差は縮まっている。1960年には北米の平均寿命はアフリカより約29年長かったが、2015年には18年に縮まった。エイズの大流行でアフリカの平均寿命が大幅に伸び悩んだにもかかわらず、この進歩は起きた。アジアと南米は北米との平均寿命の差をさらに縮め、それぞれおよそ6年と5年に短縮している。

平均寿命の延びは、乳幼児死亡率の低下にも起因しており、この分野でも貧しい国が豊かな国に追いつこうとしている。1960年、アフリカの子供たち1000人のうち144人が1歳の誕生日を迎える前に死亡したのに対し、北米の子供たちで死亡したのは26人だけだった。つまり、アフリカの子供たちは北米の子供たちよりも118人多く、乳幼児として死亡していた。2015年には、その数は43人にまで縮小している。

栄養状態が良くなったことも長寿の要因だ。1991年当時、アフリカの人口の30%近くが栄養不足だったのに対し、北米では5%以下だった。2015年には、アフリカで栄養不足は20%以下となっている。地球上で貧しい地域と豊かな地域との間の絶対的な不平等はかなり縮小し、栄養不足は世界的に珍しくなった。

富裕国と貧困国の教育格差も縮小している。1950年、米国の学生は中国よりも平均して7年近く、インド人よりも8年近く多く学習していた。2015年には、米国人の平均学習年数は、中国人の平均をわずか5年、インド人の平均を約6年上回るだけとなった。

インターネットの利用状況も同様である。特に中国は、急速にその差を縮めている。2000年には、中国人の2%弱がインターネットを利用するだけだったのに対し、米国人は43%だった。つまり41%の格差があった。2015年には、その差は24%に縮まった。

多くの分野で、貧しい国のほうが豊かな国よりも進歩が速い。ある年数を過ぎた子供たちを学校に通わせることは現実的でない、あるいは栄養失調のレベルがすでにゼロであるなど、豊かな国々が「ゴール」に到達していることが理由となっているケースもある。

立ち遅れた国で技術や成長に適した政策が急速に導入され、貧しい国々が猛スピードで進歩する後押しを受けるケースもある。なぜこのようなスピードで発展する国があるのだろうか。中国の驚くべき変化のスピードはなぜ起こったのだろうか。

国連の報告書によれば、中国とインドでは、経済の開放が成長を加速させ、その結果、貧困の削減、健康状態の改善、基本的な社会サービスの利用拡大など、人類の発達課題に取り組むことができたという。

絶対的不平等の拡大について慌てて文句を言うよりも、立ち止まって考えてみよう。グローバル化と自由な取引は、それで得をするのは金持ちだけだと考える人々には不評だが、世界中で相対的不平等を縮小し、貧困を激減させてきた。それに対して感謝すべきではないだろうか。

(次より抄訳)
Globalization Is Slashing Inequality - Here's How - HumanProgress [LINK]

2022-07-26

マルクスに先見の明なし

事業家、ダニエル・コワルスキー
(2022年3月6日)

マルクスとエンゲルスが執筆した『共産党宣言』は、第二章まで共産主義の明確な要約すら出てこない。「私有財産の廃止」である。共産主義がどのように組織・運営されるかについて、何ら指示はない。ただ起こるべきことなのだ。

67頁にわたる『共産党宣言』の中で、共産主義政策の列挙に割かれるのはたった2頁である。その政策とは、土地所有権の廃止、個人の財産を圧迫するほどの重税、相続権の廃止、亡命者・反逆者の財産没収、銀行の国有化、通信・交通の国家への集中、工業・農業の生産手段の国有化、労働者軍隊の編成、都市と農村の対立を徐々に解消(強制移住)、教育の無償化など十項目にわたる。

これらの政策は共産主義革命に成功したソ連と中国で取り入れられた。ソ連は超大国になった後、共産主義の非効率のせいで崩壊した。中国は共産党指導者がマルクス主義の政策をほぼ放棄し、市場改革を支持したおかげで、今日まで存続している。

共産主義の理論が実践されたことによる最も大きな影響は、5500万〜9500万人に及ぶ死者である。

『共産党宣言』の第一章「ブルジョアとプロレタリア」によれば、人間の文明とは階級闘争の歴史であり、支配階級と支配される人々とが互いに争ってきた。マルクスは同時代の階級対立を、ブルジョア(商人、事業主、起業家、資本家ら)とプロレタリアート(労働力を売ることでしかお金を稼げない人々)との争いと定義する。この対立を終わらせる唯一の方法は、すべての人々をプロレタリアートという一つの階級にする革命を起こすことだという。

『共産党宣言』によれば、十九世紀のプロレタリアートの多くは、中世にまともな生計を立てていた職人の子孫だ。かつて職人が作っていたものを、今では工場が大規模に作り、安く売るせいで、労働者の家族は貧困に追いやられている。かつては熟練した労働力が必要だったものが、今では簡単な機械を操作できる人が安い値段で作れるようになり、昔の職人の技術は時代遅れになりつつある。

マルクスが嘆いたのは、今日では「創造的破壊」と呼ばれる過程である。二十世紀になって経済学者シュンペーターがこの言葉を作り出し、正式に認識されるようになった。個人が新しいイノベーションを起こせば、生産工程の効率が高まり、資源が新しい分野に適用され、社会全体に経済成長をもたらす。二十世紀初頭に自動車産業が馬車産業を駆逐したのはその好例である。

イノベーションは、経済に対し大きくプラスに働く。その過程で、スキルが陳腐化し損をする人がいる一方で、新しいスキルとチャンスを得られる新しい仕事が増え、全体の生活水準が向上する。この真実を否定し、過去に失ったものの代わりに将来何が得られるかを考えようとしないのは、「ダメな経済学者」の証拠だ。

マルクスは経済学者として未来を見通す先見性がなく、産業革命によって何が変わるのかを理解することができなかった。ソ連崩壊直前、七十年以上にわたる共産主義にもかかわらず、人口の20%が貧困にあえいでいた。ソ連崩壊後、旧共産圏諸国の多くが自由な市場経済を受け入れた。1990年には世界人口の36%が極貧状態にあったが、2015年には12%に減少した。それを実現したのは共産主義やトップダウンの中央集権政府ではなく、資本主義である。

(次より抄訳)
I Read ‘The Communist Manifesto’ for the First Time. Here’s What I Learned about Karl Marx - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-07-25

財産権こそ人権である

経済学者、マレー・ロスバード
(1959年)

人権を擁護する人々の多くは、財産権を擁護する人々をさげすむ。財産権はあらゆる人権の基礎であることに気づかない。

自らの生命に対する人間の権利が意味するのは、生命を維持発展させるものを生産する権利である。生産物は人間の所有物だ。財産権が失われれば、他の人権も危険にさらされる。もし政府がすべての新聞用紙を所有し、誰がどれだけ使うかを決める権限を持っていたら、報道の自由という人権は守れるだろうか。報道の自由は、用紙など新聞製作に必要なものに対する私有財産に依存している。

集会の自由という人権について考えてみよう。ある集団が、思想や法案のために街頭でデモをくわだて、警察が交通の妨げになるという理由でデモを解散させたとする。その場合、集会の自由という人権と、交通という「公序良俗」「公益」との兼ね合いをどう判断すればいいのだろうか。

本当に問題なのは、道路を政府が所有することで、事実上の無主地状態になっていることだ。そのため交通渋滞だけでなく、道路の使用をめぐって混乱や対立が起こる。道路は納税者のものといっても結局、国民は誰もが納税者だ。デモをしたい納税者が使えるようにするべきか、それとも他の納税者が運転・歩行できるよう確保するべきか。決めることができるのは政府だけだし、その決定は独断で、対立を悪化させる。

財産権と切り離せる人権は存在しない。言論の自由は、集会場を所有者から借り、聴いてくれる人に講演し、材料を買ってビラや本を印刷し、買ってくれる人に売るという財産権にすぎない。人権がらみとみられるすべての問題において適切な手段は、関係する財産権を特定することだ。この手続きによって、権利のあらゆる衝突を解決できる。財産権はつねに正確で、法的に認識可能だからだ。

言論の自由が「公共の利益」のために抑制される典型例を考えてみよう。満員の映画館で「火事だ」と叫ぶ権利はない、というオリバー・ウェンデル・ホームズ判事の有名な格言がある。ホームズとその信奉者は、この例えを繰り返し使って、権利は絶対永遠ではなく、相対的・暫定的であるべきだと主張してきた。

混雑した映画館で「火事だ」と偽って叫び、暴動を引き起こすとしたら、劇場主か、金を払っている客のどちらかしかいない。もしそれが劇場主なら、客に対して詐欺を働いたことになる。映画を上演する約束と引き換えに金を受け取ったのに、「火事だ」と偽って叫び、上演を中断させたのだから。契約上の義務を放棄し、客の財産権を侵害したのである。

一方、叫んだのが劇場主ではなく、観客だった場合、劇場主の財産権を侵害したことになる。観客が映画館を利用するには、劇場主の財産を侵害しない義務や、劇場主が客のために行う上演を妨害しない義務など、一定の条件が伴う。悪質な行為は、劇場主および他の全観客の財産権を侵害する。

言論の自由というあいまいな人権ではなく、財産権の観点から問題を考えると、一切矛盾なく、権利を制限・剥奪しなくて済むことがわかる。個人の権利は今なお永遠絶対だが、それは財産権である。混雑した映画館で悪意を持って「火事だ」と叫んだ者が犯罪者となるのは、言論の自由を「公共の利益」のために便宜上、制限しなければならないからではない。他人の財産権を明らかに侵害したためである。

(次より抄訳)
Property Rights Are Human Rights | Mises Institute [LINK]

2022-07-22

市場がかなえたマルクスの望み――労働の削減

ケイトー研究所主任研究員、マリアン・テューピー
(2018年7月13日)

マルクス主義は、誰もが平和に暮らせる無階級社会の創造など、多くの好ましい変化をもたらすとされていた。これら野心的な目標に加えるとすれば、プロレタリアート(労働者)に必要とされる労働量の実質削減だろう。自由な市場経済は、その目的をみごとに達成した。

1830年、工業化の進む西洋では1週間の平均労働時間は約70時間、日曜日を除くと1日の労働時間は11.6時間だった。1890年には週60時間、1日10時間まで減少した。その三十年後、先進国の労働時間は週50時間、1日8.3時間になった。現在、先進国の労働時間は週40時間未満で、それでも1日8時間程度である。土曜日、労働者は働かないのが普通だからだ。「週末」が誕生したのだ。

豊かさが増すにつれ、全体の労働時間は減少している。平たくいえば、国が豊かになればなるほど、人々の労働時間は減る。発展途上国のデータは入手困難だが、高所得国の人口調整後の労働者一人当たりの平均労働時間は、1950年の2123時間から2017年の1732時間に減っている。18.4%の減少だ。先進国ではドイツの労働時間が最も少なく(1347時間)、シンガポールが最も多い(2237時間)。1763時間の米国はちょうど真ん中だ。

同じ期間に、インフレと購買力を調整した一人当たりの平均国内総生産(GDP)は、ドイツで483%、シンガポールで1376%、米国で290%増加した。全体として、高所得国の一人当たりGDPは9251ドルから4万7149ドル(2016年、ドル換算)と、410%増加した。

つまり人々はより少ない労働で、より多くのお金を得ている。では余暇は充実しているだろうか。国際比較は難しいものの、米労働統計局の調査によると、2017年に米国人は一日平均5.24時間、レジャーやスポーツを楽しんでいる。2003年に調査を開始したときよりも2.5%増えている。米国が世界の傾向を代表しているのかどうかは不明だが、人間が以前より自由な時間を持つようになったことは否定できない。

マルクスは多くのことについて間違っていた。有名なのは、市場競争が利益を押し下げ、その結果、労働者の搾取を増やさなければならなくなると考えたことだ。しかしケイトー研究所のヨハン・ノルベリが著書『進歩』で指摘したように、マルクスが生きた時代、西洋の労働者は非常に豊かになった。「1883年にマルクスが死んだとき、平均的なイギリス人は、マルクスの生まれた1818年よりも3倍も豊かになっていた」とノルベリは書いている。マルクスは自分の誤った考えに目がくらみ、自分の周りで実際に起こっていることを見ることができなかった。

マルクスの弟子たちは今日、キューバ、ベネズエラ、南アフリカ、ジンバブエなどで同じ過ちを犯している。自由な市場経済に対するイデオロギー的な憎悪に狂い、マルクスが長い間望んでいたもの、つまり労働の減少と収入の増加が、資本主義によってもたらされたことを見ようとしないのである。

(次より抄訳)
Market Has Achieved What Marx Wanted - Less Labor - HumanProgress [LINK]

2022-07-21

アフリカ経済を破壊するインフレ・政府債務・税金の三重苦

起業家、マニュエル・タカノ
(2022年6月17日)

今日、アフリカで社会主義の実験が失敗したことは疑う余地がない。ほとんどの諸国は国家主導の経済制度に抑圧され、大幅なインフレ、多額の債務、重い課税、高い政府依存、貧困の悪化、食糧不安、慢性的な大量失業、その他広範な問題の泥沼に陥っている。

アフリカの不安定な通貨は、その不安定さと貧困化のために、経済発展の大きな妨げとなってきた。有機的かつ持続的な経済成長は、負債や赤字支出、貨幣の印刷によってではなく、貯蓄によって推進されなければならない。

長い目で見れば、インフレは通貨の崩壊に終わる。1990年代のアンゴラや2000年代前半のジンバブエがそうだった。

安定し信頼できる通貨は、地域の資本形成(=貯蓄)を促し、自国での投資や起業につながり、有機的・分散的・永続的な経済成長をもたらす。また、信頼できる通貨(金貨など)に基づく経済は、低税率や経済的自由など他の要素と相まって、外国資本や人材を引きつけ、広範な繁栄につながる。

一方、通貨が不安定でインフレが蔓延している状況では、人々は貯蓄を減らし、消費を急ぎ、長期の投資や事業を避けがちだ。資本形成、資本誘致、長期の資本開発は、工業化と永続的な繁栄に不可欠である。

負債はグローバルな経済問題だが、負債の重荷は国ごとに異なる。先進国よりも発展途上国のほうが債務の悪影響は深刻で、早く顕在化する。

スーダン、エリトリア、カーボベルデ、モザンビーク、アンゴラ、モーリシャス、ザンビアといった債務残高対GDP比が100%に近いかそれ以上の国は別として、アフリカの平均債務残高対GDP比は60%前後で推移し、先進国の平均よりも低い。それでもアフリカの債務増加は賢明ではなく、持続不可能であり、危険だ。

ネネテ・オコリエ・エグベはナイジェリアのアクウェテ出身の王女で、1929年に英国の植民地支配、特に圧制的な課税に対し女性たちの反乱を主導した。

アンゴラの有名な民話に、かつてポルトガルの植民地課税に抗議し、当時のカキシート村の地元の人々が魔法を使い、お金の入った袋を口にくわえたワニを地元の植民地事務所に送り、税金を納めるよう命じたというものがある。

現在のアフリカは、ネネテ・オコリエ・エグベが再び反乱を起こしたり、当時のカキシートの村人がワニを100匹も税務署に送って抗議したりするような、非道な課税が特徴である。

アフリカの法人税率は平均27.5%で、これはどの地域よりも高い。チャド、コモロ、赤道ギニア、ギニア、スーダン、ザンビアはすべて35.0%で、世界で2番目に高い法人税率に並んでいる。アフリカの多くの国は、起業コストが高く、参入障壁が多数あるため、ビジネスのしやすさでも下位にランクされている。

アフリカのほとんどの政府は、意図してかどうかはともかく、アフリカ社会に対して三連発の銃をぶっ放している。植民地政府ではなく、アフリカの政府がなぜこのような破壊的な経済の銃を、自分たちが奉仕し、向上させるべき人々に対して発射するのか、その理由は不明だ。アフリカ政府は高インフレ、高負債、高税金の環境を維持することで、アフリカ社会を専制政治、依存、貧困に陥らせている。

(次より抄訳)
A Triple-Barreled Gun Is Destroying African Economies: Inflation, Government Debt, and Taxes | Mises Wire [LINK]

2022-07-20

古典派経済学と搾取理論

経済学者、ジョージ・ライズマン
(2019年3月21日)

一世紀以上にわたり、世界で人気のある経済学説の一つが搾取理論である。この理論によれば、資本主義は事実上の奴隷制度であり、飽くなき欲望と権力欲に駆られ、大衆の労働に寄生するひと握りの事業家と資本家の私利私欲に奉仕するものである。

(マルクスに先立つ)古典派経済学は、三つの面で搾取理論に貢献した。よく知られるのは、「労働価値説」と「賃金の鉄則」の二つである。あまり目立たないが、重要なのは、搾取理論が展開される概念的な枠組みである。この枠組みによれば、賃金は所得の主たる源泉であり、利潤や、賃金以外の所得はそこから控除される形で生じるとされる。

この枠組みからたやすく導かれるのは、賃金労働者が生産物全体、あるいはその価値全体に対し権利を持つという主張だ。この考え自体、労働から生じる所得はすべて賃金であり、働く者はすべて賃金労働者であるという、別の考えに基づく。この考えに基づき、アダム・スミスは『国富論』の賃金に関する章の冒頭でこう述べた。
労働の生産物は、労働の自然な報酬または賃金を構成する。まだ土地の占有も資本の蓄積も始まっていない事物のそもそもの状態では、労働の生産物はすべて労働者の所有物である。彼には、生産物を共有する地主も雇い主もいない。この状態が続いたとすれば、分業によって引き起こされる労働生産力の改善が達成された分だけ、そっくりそのまま、労働者の賃金が増加してきたことだろう。〔略〕だが、労働者が彼自身の労働生産物のすべてを享受するというような事物のそもそもの状態は、土地の専有と資本の蓄積が最初に導入されて以後、終焉を迎える。(高哲男訳)
この文章でスミスは、「賃金の優位」をはっきりと提唱している。資本主義以前の経済において、労働者は単に商品を生産し、販売するだけで、販売のために購入することはなく、労働者の受け取る所得は賃金だという教義である。

この教義は、搾取理論の概念的な枠組みを構成している。マルクスの出発点である。

スミスもマルクスも、利潤は資本主義にのみ存在し、賃金労働者に当然に帰属するものから差し引かれるものだと言う。

スミスもマルクスも間違っている。生産における所得の主要な形態は、賃金ではない。利潤である。生産において賃金が存在するためには、まず資本家が存在しなければならない。

資本主義社会に存在する利潤は、もともと賃金であったものから差し引かれたものではない。それどころか、賃金やその他の金銭的コストは、売上高から差し引かれたものであり、本来はすべて利潤であったものから差し引かれたものなのである。資本主義の効能は、賃金を生み出し、売上高に対する利潤を減らすことである。

資本家は賃金労働者を貧しくするのではなく、人々が賃金労働者になることを可能にする。資本家がいなければ、人が生存できる唯一の方法は、自分自身の製品を生産し販売すること、すなわち利潤獲得者としてである。しかし自分で生産し販売するには、自分の土地を持ち、自分の道具や材料を生産するか、相続しなければならない。このような方法で生きていける人は多くない。資本家がいるからこそ、労働の産物を売るのではなく、労働を売って生きていくことができる。

賃金労働者と資本家の間には、緊密な利害の調和がある。なぜなら資本家は賃金を生み出し、人々が賃金労働者として生き残り、繁栄することを可能にするからである。賃金労働者が、賃金の相対的取り分を増やし、利潤の相対的取り分を減らすことを望むなら、資本主義の発展を求めるべきである。

(次より抄訳)
Classical Economics vs. The Exploitation Theory | Mises Institute [LINK]

2022-07-19

フーバーによる自由放任への攻撃

経済学者、マレー・ロスバード
(1963年)

もし政府が不況を悪化させるのではなく、和らげたいと望むなら、唯一の有効な手段は自由放任、つまり経済を放っておくことである。物価、賃金率、企業の整理が干渉を受けない場合にのみ、必要な調整がスムーズに行われる。

政府が不安定な経済状態を支えれば、経済の清算を先送りし、不健全な状態を悪化させる。賃金の引き上げは大量の失業者を生む。価格の引き上げは売れ残りを長引かせ、作り出す。

1929年以前の米国では、自由放任がほぼ伝統的な恐慌対策だった。その先駆は1819年の米最初の大恐慌で、連邦政府は自身への債務者の支払い条件を緩和しただけだった。ヴァン・ビューレン大統領も1837年の恐慌で、断固たる自由放任主義を打ち出した。1920〜21年の恐慌では、政府の介入は大きくなったが、賃金率が低下するに任され、政府支出の削減と減税が実施された。この不況は一年で収束した。

自由放任は理論的にも歴史的にも正しい政策だった。しかし1929年、無残にも崩れ去った。ハーバート・フーバー大統領(共和党、在任1929〜1933年)率いる政府は、「フーバーのニューディール」に乗り出したのである。フーバーは恐慌の発生直後から、自由放任の原則をことごとく破る方向に舵を切った。その結果、経済は未曾有の大不況に陥り、三年半たっても回復の兆しが見えず、25%の失業率という前代未聞の状況で退任した。

フーバーは、不況に対処する政府計画を創始した役割を、歴史家に不当に軽視されてきた。フランクリン・ルーズベルト(民主党)は、前任者(フーバー)が始めた政策に手を加えたにすぎない。フーバーによる不況克服の失敗を自由放任主義のせいだと嘲笑すれば、歴史の記録を誤ることになる。フーバーの失敗は、自由な市場経済の失敗ではなく、政府計画の失敗と位置づけなければならない。フーバー政権の介入政策を説明するために、1932年秋の大統領選でフーバー自身がまとめたものを引用しよう。

政府は何もしなかったかもしれない。そうしたら完全に破滅していただろう。その代わり、民間企業や議会に対し、米国史上、最も巨大な経済防衛・回復の政策を提案し、この状況に対処した。政府はそれを実行に移した......。米国のどの政府も、このような時代にリーダーシップを発揮するために、これほど広い責任を負っていると考えたことはなかった......。恐慌の歴史で初めて、賃金が下がる前に、企業の配当、利益、生活費が減らされた......。それは生活費が減り、利益が事実上なくなるまで続けられた。現在では、世界で最も高い実質賃金となっている。

フーバーは、「近代的」な政治理念や「近代的」な経済学者が提供する新しい「道具」を迅速かつ強力に使用することを怠らなかった。その結果、米国はかつてないほど疲弊した。しかし皮肉なことに、フーバー退任時の悲惨な経済状態は、民主党の評論家たちによって、フーバーが自由放任という時代遅れの教義に執着したせいだとされた。

(次より抄訳)
Hoover's Attack on Laissez-Faire | Mises Institute [LINK]

2022-07-18

マルクス主義階級意識の皮肉

ポッドキャスター、アントニー・サメロフ
(2020年6月27日)

マルクス主義によれば、人の社会的地位がその信念を決定する。人々は自分の階級的な利害関係の目を通してでなければ世界を認識する能力がなく、それが人々の表現する見解を決定する。したがって、利害関係のない真理の探求などありえない。自由主義を唱えた初期の経済学者たちは、意図してか無意識にか、市場経済を支持するような偏見があったという。

マルクスによれば、真理は社会主義にのみ存在し、したがって思想上の対立者に反論する必要はない。単に相手の正体はブルジョアだと言うだけでよかった(もっともマルクス自身、裕福な弁護士の息子であり、妻も貴族の娘だったことから、かなり金持ちだった)。

しかし、誤った見解が真理よりも階級の利益を高めると信じる正当な理由はない。間違った信念は、人を現実と衝突させる。本来、真理は役に立つ。

家を建てたいなら、重力の法則に従ったほうがいい。植物を育てたいなら、水をやり、窓際に置いて、太陽の光を浴びさせたほうがいい。人々が力学を学ぶようになったのは、実用的な理由からだ。工学的な問題を解決したかったのだ。誤った考えに従えば早晩行き詰まる。間違った前提で発明された蒸気機関は一つもない。「どう考えても、誤った理論が正しい理論よりも人間・階級・全人類に役立つことはない」と経済学者ミーゼスは書く。

階級が信念を決定するという哲学をマルクスが広めたのは、社会主義実現のために戦う情熱からだった。マルクスは、社会主義に対する経済学者たちの厳しい批判を論破できないと、十分に承知していたのである。

しかし皮肉にも、マルクス主義者は自分の教義にその哲学を適用しなかった。マルクス主義の教義は偏ったものではないし、イデオロギーでもない。「階級闘争の束縛から解放され、イデオロギーの傷に染まらない純粋な知を構想する立場にある、未来の階級なき社会の知の前触れ」だという。

マルクスは資本主義を支持する議論をイデオロギーとして攻撃するが、マルクス自身の理論によれば、あらゆる階級が「自己の階級利益の追求に無反省」なのに、なぜ資本家は資本主義を正当化する必要があるのだろうか。もし資本家が自分の役割を恥じているなら、自分の行為を正当化するために優れたイデオロギーが必要だろう。しかしマルクスによれば、ブルジョアジー(資本家)は労働者を理解することすらできない。

マルクス自身の理論によれば、資本主義は人類の進化に必要な段階である。資本家は歴史の法則を実現するために、受動的に動かされている。何も悪いことはしていないはずだ。むしろ階級なき社会への架け橋として、必要な役割を演じているのだ。資本家は歴史の道具であり、自分の意志とは無関係に、人類の進化のためにあらかじめ決められた計画に従って働いている。何かしようと思っても、どうしようもないのだ。だとすれば、自分の行為が正しいと教えてくれるイデオロギーは必要ないだろう。

ミーゼスが言うように、もしマルクスが首尾一貫していたなら、労働者にこう忠告しただろう。「資本家を責めるな。資本家はお前たちを『搾取』することで、お前たち自身にとって最善のことをしているのだ」

(次より抄訳)
The Irony of Marxist Class Consciousness | Mises Wire [LINK]

2022-07-15

「泥棒男爵」の神話はどのように生まれ、なぜ今なお続いているのか?

歴史家、バートン・フォルサム
(2018年9月21日)

1865年から1900年代初めまで、米国は政府を小さくすることで、起業家を間接的に奨励した。奴隷制度は廃止され、所得税も廃止された。連邦政府の支出は削減され、1800年代後半にはほぼ毎年、連邦予算は黒字となった。つまり連邦政府によって自由度が増し、起業家が活動しやすい安定した市場が形成されたのである。

1800年代後半、歴史家が「金ぴか時代」と呼ぶ時代に、蒸気船から大陸横断鉄道まで、連邦政府による補助金制度が導入されたが、失敗に終わった。経済発展の戦略として、自由市場が着目された。コーネリアス・ヴァンダービルト(海運と鉄道)、ジェームズ・ヒル(鉄道)、ジョン・ロックフェラー(石油)、チャールズ・シュワブ(鉄鋼)ら起業家が世界を席巻した。

多くの歴史家は長年にわたり、連邦政府の援助によって成功しようとした政治起業家と、補助金を避け、良い製品を安く作ろうとした市場起業家の区別をしてこなかった。その代わり、起業家の多くは「泥棒男爵」だったと説いてきた。それによれば、起業家は投資によって米国を豊かにしたのではなく、国民から金を巻き上げ、米国の政治・経済生活を腐敗させた。だから政府が経済に介入し、強欲な起業家から国を救う必要があったという。

米国の起業家を悪くとらえるきっかけとなったのが、『泥棒男爵』という本を書いた歴史家マシュー・ジョセフソン(1899〜1978)である。ユダヤ系銀行家の息子で、コロンビア大学を卒業後、米国で最も進歩的な歴史学者であり、社会主義に共鳴するチャールズ・ビアードに教室で刺激を受けた。

ジョセフソンは(大恐慌時の)1930 年代の資本主義体制を、1800 年代末の起業家にさかのぼって説明した。資本主義の下、鉄鋼、石油業などの浪費、強欲、腐敗が大恐慌を起こしたと読者に説明したのである。ジョセフソンによれば、「心に刻んだのは(マルクスの)『資本論』第一巻にある産業集中の理論で、それが私の本の下敷きになった」。

ジョセフソンは市場起業家と政治起業家の区別を見誤り、ひとくくりにしてしまった。しかし正直に、一部の市場起業家の業績に言及している。ジェームズ・ヒルは、「有能な管理者」であり、補助金をもらっていた競合他社よりも「はるかに効率的」だったと認めている。アンドリュー・カーネギー(鉄鋼)は「よく統合された、技術的に優れた工場」を持ち、ジョン・ロックフェラーは「偉大な革新者」で優れた「マーケティング手法」を持ち、「無比の効率と組織力」を発揮したと述べている。

ジョセフソンの怒りの矛先が向かったのは、ほとんどが政治起業家だ。北太平洋鉄道のヘンリー・ヴィラードは「成績が悪く、手数料が高い」ことから、「鉄道建設についてほとんど何も知らなかったようだ」と述べる。ユニオン・パシフィック鉄道とセントラル・パシフィック鉄道の経営者らは「無頓着に行動し、通常の建設費より70〜75%の浪費を招いた」。しかしジョセフソンは、政府がこれら鉄道会社に与えた補助金が、資材の過剰購入や安全でない場所での建設の誘因となったことに気づかない。

(次より抄訳)
How the Myth of the 'Robber Barons' Began—and Why It Persists - Foundation for Economic Education [LINK]

2022-07-14

ジェームズ・ミルとリバタリアンの階級分析

経済学者、マレー・ロスバード
(1995年)

階級闘争の理論を始めたのは、カール・マルクスではない。1810年代、経済学者J・B・セイに触発されたフランスのリバタリアン(自由主義者)、シャルル・コント(セイの娘婿)とシャルル・デュノワイエから始まった。後にマルクス主義によって退化させられた階級理論とは対照的に、コントとデュノワイエの考えでは、そもそも階級闘争とは、どの階級が国家機構の支配権を手に入れたかに焦点を当てるものだった。

支配階級とは政府権力を握った集団であり、被支配階級とは支配階級によって課税・規制される集団のことである。政府の支配は、課税、権力の行使、統制、補助金や特権の付与によって、支配者と被支配者の間に対立を生み出す。これは階級闘争の「二階級」理論であり、それはある集団が政府を支配するか支配されるかに基づく。一方、自由な市場経済では階級闘争は存在せず、社会のすべての個人が生産と交換で協力し、それを通じて利害の調和が図られる。

1820〜30年代に、ジェームズ・ミル(英経済学者、哲学者。ジョン・スチュアート・ミルの父)が同様の理論を展開した。ミルによれば、すべての政治は、少数の支配階級が多数の被支配階級を支配・搾取するものである。あらゆる集団は利己的な利益のために行動する傾向があり、支配階級が「公共の利益」のために利他的に行動すると期待するのは馬鹿げていると、ミルは指摘した。

ミルの言葉ほど、自由主義の支配階級論がはっきりと力強く語られたことはない。「二つの階級がある」とミルは宣言した。「第一の階級、略奪する者は少数であり、支配する少数者である。第二の階級は、略奪される者であり、多数者である。服従する多数である」

政府の大きな難問は、この略奪をどうやってなくすかだとミルは結論づけた。「略奪階級から、その業務の遂行に成功する力を奪うこと。これが政府の大きな問題である」

支配階級の権力をどうやって抑制するか。ミルはその答えを見出した。「人民は監視役を任命しなければならない。その監視役とは誰か。人民自身である。この究極の安全装置がなければ、少数の支配者は多数の被支配者を永遠に苦しめ、弾圧するだろう」

ジェームズ・ミルが政治活動の中心に据えたのは、急進的民主主義の達成である。人民による普通選挙と、秘密投票による頻繁な選挙である。ミルにとって民主主義の拡大は経済の自由放任主義よりも重要だった。自由放任は、貴族階級が人民の支配に取って代わられることによって生じる幸福な結果の一つにすぎないと考えた。ミル派は1840年代、民主主義を要求の中心に据え、(リチャード・コブデンらが率いる)反穀物法同盟が掲げる自由貿易と自由放任に賛同しながらも、同同盟との連携を拒んだことで政治的意義を失った。

大衆がつねに自由放任を支持してきたとは言えず、少数者の搾取による支配をしばしば忠実に支持してきたのはなぜだろうか。人々が政府と公共政策という複雑な分野において、自分の利益が本当はどこにあるかわからないという無知に陥ってきたからだ。そこでミルとその急進的な一派は大衆を教育・組織することで、民主的支配を実現し、自由放任主義を導入させようとしたのである。

(次より抄訳)
James Mill and Libertarian Class Analysis | Mises Institute [LINK]

2022-07-13

グレート・リセット——テクノクラート・エリートの計画

元ニューヨーク大学教授、マイケル・レクテンワルド
(2021年2月11日)

世界経済フォーラム(WEF)の創設者兼会長であるクラウス・シュワブによれば、「第四次産業革命」は第一次、二次、三次産業革命(それぞれ機械、電気、デジタル)に続くものだ。デジタル革命を基盤とし、ビッグデータ、人工知能、機械学習、量子コンピューター、遺伝学、ナノテクノロジー、ロボティクスなど既存の分野と新しい分野が爆発的に拡大し統合される。その結果、物理的、デジタル、生物学的各領域が融合する。これらのカテゴリーが曖昧になることは最終的に、「人間であることの意味」を含め、自分自身や世界を理解するための存在論そのものに疑問を投げかけることになる。

シュワブやWEFは第四次産業革命に関する特定のビジョンを推進しているが、シュワブが表明した発展は彼の発案ではないし、彼の定式化には何の独創性もない。シュワブやWEFが新たな技術革命を取り上げた意義は、それを特定の目的、おそらくは「より公平で環境に優しい未来」に役立てようとしたことにある。

しかし現実の第四次産業革命には、以下のようなものが含まれる。ユーザーに所定のニュースや広告を与え、禁止されたコンテンツを格下げし排除するインターネットのアルゴリズム。ソーシャルメディアのコンテンツを検閲し、「危険」な個人や組織をデジタル収容所に追い込むアルゴリズム。コロナ感染の疑いのある者を追跡し、違反者を警察に通報するアプリ。QRコードスキャナーで反対者を識別し検挙するロボット警察。居住者全員を監視・記録し、デジタル個人認証(ID)と社会信用スコアに付加するスマートシティー。

第四次産業革命のテクノロジーは、当局による以前の監視が子供の遊びに見えるような管理に人間を従わせる。シュワブは、脳を直接クラウドに接続し、思考と記憶の「データマイニング」を可能にする将来の開発を称賛する。この技術による経験の支配は、個人の自律を脅かし、自由意志を侵食する。オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』が思い起こされる。

第四次産業革命からは多くの好ましい発展が生まれるかもしれないが、企業と結託し、社会主義を信奉するテクノクラート(技術官僚)の手から離れない限り、事実上の監獄を築くことになる。

グレート・リセットの企業統治モデルでは、政府とその親密企業が「官民パートナーシップ」を形成する。この組織は、政府のメンバーに対しほとんど責任を負わない、企業と政府の混成体を生み出す。

新型コロナへの対応は、独占企業の経済支配を強化し、社会主義を前進させた。大手テクノロジー企業、大手製薬会社、旧式メディア、内外の保健機関、従順な人々と連携し、これまで「民主的」だった西側諸国はほとんど一夜にして、中国を手本とした全体主義体制に変貌を遂げようとしている。

グレート・リセットは単なる陰謀論ではなく、公然の計画であり、すでに十分進行中である。しかし企業と結託した社会主義には、自由な市場経済がなく、自由意志や個人の自由の否定を前提にするため、皮肉にも「持続不可能」であり、破綻する運命にある。問題は実際に破綻するまでに、どれだけの苦しみとひずみに耐えられるかである。

(次より抄訳)
The Great Reset, Part VI: Plans of a Technocratic Elite | Mises Wire [LINK]

2022-07-12

マルクス搾取論の終焉

経済学者、カール・フリードリヒ・イスラエル
(2019年8月26日)

マルクス『資本論』の第2巻と第3巻はそれぞれ1883年と1894年に、盟友エンゲルスの編集で死後出版された。当時、1867年の第1巻で提示されたマルクスの経済体系の基礎は、完全に時代遅れになっていた。それでも資本家が賃金労働者を実質搾取するという物語は、生活水準の向上や技術革新による快適さにもかかわらず、今日も健在である。

搾取が社会に存在しても、それが自由市場における資本・労働関係から生じることはない。この主張は、オーストリアの経済学者ベームバヴェルクが著書『マルクス体系の終焉』(1896年)で早くから実証してきた。

マルクスは『資本論』第1巻で「ある商品の価値は、その生産に伴う社会的に必要な労働時間によって決定される」という考え方を示した。マルクスによれば、労働は価値の唯一の決定要因である。ある量の異なる財が市場で互いに交換されるということは、これらの量に同量の社会的に必要な労働時間が蓄積されていることを意味する。

マルクスの理論によれば、賃金労働者は労働力を消費し続けることができるように、生命と健康の維持に必要な財・サービスの束の価値に相当する価格で報酬を受け取る。しかし、一つの事実が残る。生産された財の価値の総和は、労働者に支払われる賃金の総和を超える。この超過は、唯一の価値源泉である労働が、自らの報酬を上回る剰余価値を生み出すことを意味する。この余剰価値が、労働者階級の搾取の源泉である。

『資本論』第1巻が出版された直後の1870年代に大きく発展した主観価値説の立場からすると、搾取論の基礎となる労働価値説がなぜこれほど影響力を持ちえたのか、むしろ驚きである。それはマルクスから始まったのではない。搾取論の種は、アダム・スミス、デビッド・リカードといった古典派経済学者の著作に見出すことができる。マルクスは、労働が価値の唯一の源泉であるという考えを、究極の結論に押し上げたにすぎない。

マルクスの搾取論にとどめが刺されたのは、『資本論』第3巻が出版された後だった。第3巻でマルクスは、(労働量の異なる)さまざまな経済部門で利潤率が均等化する現象に、自分の理論が矛盾しないことを証明しようとしたが、失敗した。驚いたことに、ベームバヴェルクは、マルクスのこの失敗を『資本論』第3巻の出版前に予期していた。

マルクス自身、「価値理論は物事の実際の動きと両立せず、後者を理解する試みはあきらめなければならないようだ」と認めている。マルクスが問題を解決しようとする試みは、価値、ひいては市場価格が労働によって決定されるという考えを否定することに終始している。財やサービスの価格や交換価値が、その生産に使われた労働力に比例して形成されるとき、利益が均等化されるということは、単純にありえない。

マルクスの搾取論がベームバヴェルクによって致命的な打撃を受けたにもかかわらず、搾取というテーマは、ねたみやゆがんだ正義感から行動する人々の心の中に生き続けている。

(次より抄訳)
The End of Marxian Exploitation Theory | Mises Wire [LINK]

2022-07-11

ナチスは社会主義者だった――私有財産に対する戦争

マグネット・スクール卒業生、ジョン・ケネディ
(2022年7月5日)

ナチスは社会主義者であり、それは1933年に政権を握った後に実施した多くの政策に示された。まずソ連のように、私有財産に対する戦争を始めた。財産権は公共福祉の名の下に、ナチズムによって厳しく制限された。

ナチスはドイツの私有財産とどのように戦ったのか。最初の一歩は、支配権を握った直後、私有財産を廃止したときだ。ワイマール憲法の第153条は私有財産を保障し、収用は法の適正手続きの範囲内でのみ実施されたが、この条文は1933年2月28日の法令により無効にされた。

これにより、新しい国家社会主義政府はドイツの私有財産を完全に管理することができた。ナチスは1917年にロシアでボルシェビキが行ったような土地の完全な支配はしなかったが、産業と農場を割り当て、後にすべての産業をナチスの党員によって運営される企業に再編した。

ナチスはこの再編を皮肉にも「民営化」と呼んだが、これら企業のオーナーは取締役から外されてナチ党員に取って代わられるか、裏切ってナチ党員になった。IGファルベンは1925年にユダヤ人のボッシュとデュースベルクによって設立された化学会社だが、1938年までにすべてのユダヤ人労働者は追放され、監査役会はナチスに取って代わられた。

ナチスが権力を握った後、この種の協力が広まった。民間企業は単なる公的機関となり、ナチスの監督官やその政策に抵抗した実業家は地位を追われ、企業は押収された。

当時ドイツの事業家は米国の同業者に手紙でこう書いた。「ここ(ドイツ)では表向きはまだ独立した事業家であるという事実にもかかわらず、ロシアの制度の違いは、あなたが思うよりもはるかに小さいのです」「一部の事業家は、現在の経済制度をよりよく理解しようと、マルクス主義理論の研究を始めています」

1936年、ドイツの鉄鋼メーカーは国内需要の26%しか生産できていなかった。1937年、ドイツ政府は市民に金属くずを引き渡すよう勧め、同年、ヒトラーユーゲント(ナチスの青少年組織)など当局は、市民の家で古い金属の鍵を探し回った。

金属は厳密に配給され、罰金は金属製のセントラルヒーティングパイプを設置する建築請負業者への補助金となった。鉄製の街灯柱や手すりは木製のものに交換されたが、木材も紙も不足したため、中止された。

これらは戦争の二年前、1937年に起こった。建築計画では木材を減らさなければならず、人々は木材の代わりに泥炭を燃やすよう奨励された。石炭でさえ配給制になった。価格統制されたあらゆる産業は同様で、農業は卵と乳製品の不足が配給クーポンの配布につながった。

ナチスドイツでは政府が経済を支配した。それは社会主義によって起こることだ。

残念ながら、今日の米国経済は、莫大な補助金や価格統制などナチス経済と類似しており、「ステークホルダー」主義の支持者は(政府による支配について)さらに厳しい要求を突きつけている。歴史が教えるところによれば、これらの政策が導くのは、隷従への道である。

(次より抄訳)
Yes, They Were Socialists: How the Nazis Waged War on Private Property | Mises Wire [LINK]

2022-07-08

民主主義の何がそんなにすばらしいのか?

作家、ジェイコブ・ホーンバーガー
(2022年6月22日)

先日ロサンゼルスで開催された米州首脳会議で、バイデン米大統領はキューバ、ベネズエラ、ニカラグアの出席を拒否した。民主主義国ではないからだ。過去数十年間、米政府は民主主義を合言葉にしてきた。まるで民主主義が神聖なものであるかのように。

しかし、民主主義の何がそんなにすばらしいのだろう。民主主義とは、支配者が自分自身を選ぶのではなく、人々が投票によって支配者を選ぶことにほかならない。有権者の何がそんなに神聖なのだろう。米当局が広める考えによれば、有権者はあたかもつねに聖人を選ぶかのように、最善の人物を選んで公職に就かせる。

ウォーターゲート事件から五十年ということで、犯罪行為で退陣に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領に民主主義のテストを適用してみたらどうだろう。

そしてニクソンの前任者、リンドン・ジョンソンである。亡くなって何年も経ってから、1948年の上院議員選挙で不正を働いて当選したと判明した。もしジョンソンがテキサス州南部の郡で取り巻きに違法な投票をさせなければ、その選挙で負けていただろうし、大統領になることも決してなかっただろう。

ドナルド・トランプの支持者は、バイデンを、有権者が誰を大統領に選ぶかで重大な間違いを犯しうるもう一つの例に挙げる。バイデン支持者もトランプについて同じことを言う。実際、バイデン支持者は、有権者がトランプに再び投票する機会を与えないよう、トランプが再び立候補することを禁じる法律を利用しようと、あらゆる手段を講じている。

民主主義はしばしば、自由の概念と混同される。もしある体制が民主的であれば、国民が自由であることを示すという議論だ。

おかしな話だ。自由は、人々が支配者をどのように選ぶかとは何の関係もない。米州首脳会議で注目された中南米の人々は、四年か六年ごとに独裁者を選ぶ自由があるとよく言われるが、それは正しい。支配者が独裁権力を行使しているからである。最も多い票を得た者が独裁者になれるのだ。

民主主義は合衆国憲法に書かれてさえいない。憲法制定者はよくわかっていた。民主主義は自由と異なるだけでなく、実際には自由に対する重大な脅威となることを理解していた。だからこそ連邦政府の権限を厳しく制限したのである。民主主義から国民を守るために、権利章典(合衆国憲法の人権保障規定)の制定を求めたのもそのためだ。

米連邦政府の安全保障国家への転換は、すべてを変えてしまった。政府の安全保障部門、すなわち国防総省、中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)に全能の権力が与えられたのだ。キューバ、ベネズエラ、ニカラグアのような全体主義の独裁政権が行使するのと同種の権力である。その権力には暗殺、拷問、無期限拘留などが含まれる。

こうして米国は、一部の公務員の権限はまだかなり制限されているものの、連邦政府の一部門全体が全能かつ全体主義的な暗黒の権力を振るう体制に成り果てた。その政府の一部門、つまり安全保障部門は、選挙で選ばれていない人々だけで構成されている。

民主主義の唯一の利点は、暴力革命なしに支配者や体制を変えられることにある。しかし、それは自由を保証するものではないし、実際、しばしば自由を破壊する。真の自由は、公職に就く者の権力を制限することにある。人々がどのように公職に就くかにあるのではない。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : What’s So Great About Democracy? [LINK]

2022-07-07

資本主義を守ろう

ジャーナリスト、ヘンリー・ハズリット
(1953年)

「民主主義」という言葉は、人によって意味が違いすぎる曖昧な言葉の一つだ。その時々の論争の必要性に応じ、アコーディオンのように引き伸ばしたり、圧縮したりすることができる。ある人々にとっては、政府が人々の自由な意思に依存し、人々の意思が変わればいつでも政府を平和に変更できるような政治制度を意味する。他の人々にとっては歯止めのない衆愚政治であり、法令によって誰もが同等の功績と権威を持つと宣言される。少数派には多数派が尊重しなければならないような権利はなく、誰の財産も勝手に没収され、稼ぐ努力を何もしなかった人々に分配される。能力、努力、貢献の明らかな不平等にもかかわらず、所得は均等化される。この後者の民主主義の概念は、必然的に共産主義体制へ導くものであり、自由な体制へ導くものではない。

「民主主義」の概念はおもに政治体制を指す。しかし共産主義はおもに経済制度を意味し、それに伴う政治体制は結果にすぎない。したがって、「民主主義」はいかなる場合も、共産主義の反対語ではない。それは西が北の反対であるとか、寒さが黒の反対であるとかと宣言するようなものだ。

共産主義の真の反対は資本主義である。共産主義者はそれを知っているが、それ以外のほとんどの人は知らない。

これが共産主義に反対する人々の思想的弱さの本当の理由であり、共産主義に反対するほとんどの宣伝に効果がない理由である。これまで米国務省、米国営放送ボイス・オブ・アメリカ、西側諸国の政府が行ってきた公式宣伝はとくにそうだ。これらはすべて、共産主義の反対語として「民主主義」を掲げる。理由の一つは混乱して共産主義を信じているからであり、もう一つは資本主義を守る意志も勇気もないからである。

資本主義を掲げることに尻込みする背景には、いくつかの理由がある。そもそも「資本主義」という言葉自体が、マルクスとエンゲルスによって作られ、使われるようになった。これは中傷の言葉として意図して考案されたものである。この言葉は、おそらく今でもほとんどの人が思っているように、資本家たちによって、資本家たちのために発展した制度をほのめかすものだった。

欧米の官僚の大半は、資本主義の基本原理を本当は信じていない。経済の自由は、官僚の心にはなじまない。政府の権力者にとって、政府の力を弱めることを信じるのは自然ではない。官僚は、何が資本主義を機能させるのか、どのような措置が資本主義に適合するのか、よく理解していない。官僚はその性質上、政府による支援という、資本主義とは相容れない制度を好む。だから巨額の海外援助、国際通貨基金、国連の果てしない干渉を好む。これらの措置や制度が実際は、国際貿易や民間投資の自由な流れを遅らせ、妨げていることに気づかない。

米国の官僚が資本主義を理解し、好んでいる場合でも、気まずいことに、欧州の重要な同盟国のいくつかは社会主義に染まっている。社会主義の同盟国を怒らせることを恐れて、資本主義を具体的な言葉で賞賛する勇気がないのである。共産主義に反対する本当の主張は、公式にはほとんど語られることがない。

(次より抄訳)
Let's Defend Capitalism | Mises Institute [LINK]

2022-07-06

レーガノミクスの神話

経済学者、マレー・ロスバード
(1987年)

レーガン(米大統領、当時)の支持者が恥ずかしげもなく成功したと主張する、数少ない分野の一つが税制である。レーガン政権は1981年に所得税を削減し、1986年の税制改革で減税と「公平性」を実現したのではなかったか。ロナルド・レーガンは反対を押し切って、あらゆる増税に反対する立場を貫いたのではなかったか。

答えは、残念ながら「ノー」である。そもそも、1981年の有名な「減税」は、まったく減税になっていない。たしかに高所得者層の税率は下がったが、一般庶民にとっては減税どころか増税である。というのも、所得税率の引き下げは全体として、二つの増税によって相殺されてしまったからである。

一つは「ブラケットクリープ」と呼ばれ、インフレの進行によって(名目所得が増え)、高い税率が適用されることになるものだ。もう一つは社会保障税である。社会保障税は増加の一途をたどり、増税を助長している。

1981年の減税は、実際には減税ではなかったが、さらにそれ以来、レーガン政権の承認を得て、毎年増税が行われてきた。しかし、大統領の美辞麗句を守るために、増税とは呼ばれなかった。その代わり、「手数料の引き上げ」「抜け穴をふさぐ」「国税庁の執行強化」「歳入強化」など、巧妙なレッテルを貼ったのだ。

1986年に大々的に発表された税制「改革」法は、経済的に健全であると同時に「公平」「歳入中立」とされた。しかし現実はまったく違っていた。政権は国税庁ですら理解できないほど税法を複雑化させることに成功し、税理士や弁護士は今後何年も困惑し続けることになるのである。

増税だけでなく、ビジネス経費の食事代が80%しか控除されなくなったことで、ビジネスコストが大幅に上昇した。また、不動産の節税手段が封じられ増税になっただけでなく、増税の多くが遡及適用され、事後的に巨額のペナルティーが課されることになった。これは合衆国憲法が禁じる事後立法である。憲法は、完全に合法であった時期の行為をさかのぼって犯罪にすることを禁じているのである。

しかし、税金の問題で肝心なのは、レーガン時代に政府の税収は全体としてどうだったのか、ということである。レーガン時代に、連邦政府が米国民から搾取した税金の額は増えたのか、それとも減ったのか。カーター政権最後の年である1980年の連邦税収は5170億ドルであった。1986年には7690億ドルとなり、49%の増収となった。減税には見えない。

国民総生産(GNP)に占める税金の割合はどうだろうか。カーター政権最後の年とほぼ同じで、ごくわずかな減少である。GNPに占める税金の割合は18.9%から18.3%へ、民間純生産に占める税金の割合は27.2%から26.6%へ低下している。絶対的な増税と、国民総生産に占める税金の割合がほぼ同じであることをもって、レーガン時代の大幅な減税に喝采を送るのは無理がある。

(次より抄訳)
The Myths of Reaganomics | Mises Institute [LINK]

2022-07-05

悲しいことに、貿易と商業はいつも悪者扱いされてきた

ケイトー研究所主任研究員、マリアン・テューピー
(2016年9月2日)

紀元前8世紀のギリシャの詩人ヘシオドスは、人類の歴史は黄金、銀、青銅、英雄、鉄の時代に分けられると信じていた。黄金時代の特徴は、財産共有と平和だとヘシオドスは考えた。一方、鉄の時代の特徴は、利潤追求と暴力だという。

紀元前8世紀に書かれたとおぼしきホメロスの『オデュッセイア』の中で、ギリシャの英雄オデュッセウスは、「運賃と利益に貪欲な商船の船長に似ている」と侮辱されるシーンがある。

紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスによると、ペルシャのキュロス大王は、スパルタの敵をこう言って退けたという。「私はこれまで、街の真ん中に決まった場所を持ち、そこで互いに騙し合い、己を捨てる男どもを恐れたことはない」。キュロスはこの言葉を、ギリシャ人が売買のための市場を持っていることから、すべてのギリシャ人に対する非難のつもりで発したのである。

紀元前4世紀、哲学者プラトンは、「私のもの」「私のものでない」と言い合って都市を分裂させないよう、私有財産を持たない「守護者」によって支配される理想社会を思い描いた。プラトンは「小売・卸売業に従事するすべての階級は......軽蔑され、侮蔑と侮辱にさらされる」と述べ、理想国家においては非市民のみが商業に従事すべきだと主張した。逆に、商人になった市民は「家族の恥さらし」として禁固刑に処せられるべきだとした。超合理的なアリストテレスでさえ、「(利益のための)商品の交換は、他人の犠牲の上に利益を得ることになるので、正当に非難されるべきだ」と同意した。

ローマ・カトリックの神学者たちが商業を敵視したことはよく知られている。12世紀半ばにグラティアヌスが編纂した「グラティアヌス教令集」によると、「何かを買う者は......それが他の何かを作る材料であれば、商人ではない。しかし、それを変えずに売るために買う者は......神の神殿から追い出される」とある。

プロテスタントの神学者たちも同意見だった。ルターは商業と資本主義を憎んだ。マルクスは『資本論』でルターの言葉を引用し、「大きな誤りや非キリスト教的な泥棒や強盗は、商人によって世界中で行われている」と賞賛した。カルヴァンによれば、商人の生活は娼婦のそれに酷似しており、「策略と罠と欺瞞に満ちている」という。

古今東西、さまざまな思想家が思い描いた理想の社会は、古代人の偏見と共通する傾向がある。英国王ヘンリー8世の大法官であったトマス・モアは、著書の中で「ユートピア」という言葉を作り出した。モアのユートピアでは、貨幣も私有財産も廃止された。

その後、何世紀にもわたって、人類は一定期間ごとに貿易、私有財産、利潤追求への反発を行動に移した。15世紀のボヘミアのタボル派や17世紀のプリマス開拓者のように、キリスト教の宗教に触発された実験もあった。ロバート・オーウェンが19世紀に米インディアナ州のニューハーモニーやスコットランドのニューラナークで行った実験のように、宗教と無関係なものもある。しかし、いずれも不和と貧困のうちに失敗に終わった。

(次より抄訳)
Sadly, Trade and Commerce Have Always Been Vilified - HumanProgress [LINK]

2022-07-04

米国人は自国の戦史を理解していない

元米中央情報局(CIA)アナリスト、ラリー・ジョンソン
(2022年6月30日)

米国人が騙され、米国の対外的な冒険のほとんどを支持してきた理由の一つは、米軍の死傷者に関する根本的な無知にある。米国は日本を破り、ナチスドイツを終わらせるために多大な犠牲を払ったと信じているようだ。それどころか、ロシアがナチスを打ち負かすのに果たした役割はほんのわずかだと考えている。

ハリウッドは、お粗末な公教育とは別に、第二次世界大戦における米国の武勇という神話を永続させた主犯である。ソ連の役割に言及する少数の映画はたいてい、連合国がドイツ軍に対し西部戦線を開くことを切望する(ソ連の最高指導者)スターリンの姿を描いている。

そこで意外な事実を紹介しよう。第二次世界大戦で、米国が最も多くの死者を出した五つの血生臭い作戦は下記のとおりだ。

  • ノルマンディーの戦い(1944年6月6日〜8月25日)米国は2万9204名の戦死者
  • バルジの戦い(1944年12月16日〜1945年1月28日)戦死者、19,276人
  • 中央ヨーロッパ作戦(1945年3月22日〜5月8日)戦死者、合計1万5009人
  • 沖縄戦(1945年4月1日〜6月22日)死亡者数は推定1万4000〜2万人
  • フィリピン作戦(1941年12月8日〜1942年5月6日)約1万3000人が戦死

ロシアの作戦トップ五を紹介しよう。ロシアはドイツ軍としか戦わなかった。しかし、血の代償はとてつもないものだ。

  • レニングラードの戦い(1941年9月8日〜1944年1月27日)総死亡者数101万7881人
  • モスクワの戦い(1941年10月2日〜1942年1月7日)ロシアは65万3924人の死者と行方不明者
  • バルバロッサ作戦(1941年6月22日〜1941年12月5日)ロシアは56万6852人の戦死者
  • スターリングラードの戦い(1942年8月23日〜1943年2月2日)ロシアは47万8741人の死者・行方不明者
  • クルスクの戦い(1943年7月5日〜1943年8月23日)死者・行方不明者総数43万2317人

この違いを別の言葉で表現しよう。第二次世界大戦における米国の戦死者は、欧州、北アフリカ、太平洋の両地域で合計47万2千人である。ロシアは4回の戦闘でそれぞれ、米国が全戦争で失ったよりも多くの兵力を失った。

ロシア国民はスターリンに銃で脅されて戦ったのではない。ナチスの侵攻に対し、驚くべき方法で立ち向かったのである。当時ほとんどの軍事アナリストは、ソ連はナチスの圧勝で崩壊すると予測していた。しかしロシア国民はその予想を裏切り、最強のドイツ軍を打ち負かすために結集した。

この膨大な死は、ロシアのほとんどすべての家族に影響を及ぼした。だからロシア人は毎年5月になると、その犠牲を思い出し、記念する。それは共産主義とは何の関係もない。第二次世界大戦は、ロシア人を骨の髄まで傷つけた。それが、ウクライナの脅威に対抗するプーチン(露大統領)が国民の幅広い支持を得ている最大の理由である。ウクライナは2014年以来、事実上の北大西洋条約機構(NATO)同盟国であり、米英は民主的に選ばれた大統領を追放するクーデターの指揮を手伝った。

米国とNATOが、ロシアの国境に軍隊を配備して軍事力を強化すればロシア国民をひるませることができると考えているならば、大きな誤りである。脅威を認識しているのは、プーチンだけではない。ほとんどのロシア人が理解し、恐れている。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : Americans Do Not Understand Their Own Military History [LINK]

2022-07-01

通貨の印刷がアルゼンチンを破滅させ、他国を破滅させうる理由

エコノミスト、ダニエル・ラカール
(2022年6月18日)

アルゼンチンの消費者物価指数は2022年4月に前年比58%の上昇となった。昨年3月に記録した上昇を2.9ポイント上回ったことになる。アルゼンチンのインフレ率は、同じグローバルな問題にさらされている隣国ウルグアイの6倍以上、チリの5倍以上、ブラジルやパラグアイの4倍以上である。

アルゼンチンのインフレの原因はただ一つ。人々を搾取し、財産を没収するに等しい金融政策である。制御がきかず、需要もないのにペソを印刷している。過剰で膨張した有害な公共支出を賄うために、マネタリーベース(資金供給量)を膨れ上がらせている。

今年はこれまでのところ、マネタリーベースは43.83%増加しており、まったくの狂気の沙汰である。物価上昇率は58.2%だ。

マネタリーベースは過去3年間で179.73%、10年間では1543.8%以上増加している。

この10年間で、アルゼンチン・ペソは米ドルに対し99%の価値を失った。無駄なペソを刷って国の富を収奪している。

与党・正義党(ペロン党)の支持者の多くは、米国も通貨供給を大量に増やしているがインフレにならないと言う。この議論は成り立たない。米国のマネタリーベースの増加率は9.9%とアルゼンチンの6分の1であり、米国も8.5%のインフレに見舞われている。

通貨供給の総量は、アルゼンチンでは10年間で2328.09%に膨張し、米国では2倍に増えた。つまり、この10年間でアルゼンチンの通貨供給の総量は米国の11倍以上のペースで増えている。このような狂気の沙汰を行ったのは、他にベネズエラだけだ。

ペソを欲しがらず、国際取引でペソを受け入れないのは、外国人だけではない。アルゼンチンの市民はほとんどの場合、自国の通貨を価値の保存手段、価格の尺度、支払い方法として受け入れていない。

米国が比較的インフレに苦しんでいないのは、他の国がもっとひどいからだ。他の国はさらに積極的に通貨を印刷するか、資本規制を行い、投資と法の安全が確保されていない。しかし、米FRB(連邦準備理事会)はその地位に甘んじてはならない。通貨に対する信頼は政策当局が想像するよりも早く失われる恐れがある。

現在の米経済は、権力分立と開かれた金融システムによってドルを世界の基軸通貨として維持しているが、雲行きが怪しくなってきている。米国の政治家は膨張する政府予算を賄うために、積極的な金融政策を擁護している。一部の国は、商品販売の対価として米ドルに代わる手段を模索し始めている。

政府が予算を大幅に増やし、不人気な通貨で資金を調達してきた歴史を見れば、ユーロやドルのリスクは明白だ。先進国の国民がそんなことを許すはずがないと思うかもしれないが、アルゼンチンも数十年前は豊かに繁栄した国だった。20世紀初頭には世界で最も豊かな経済大国の一つだった。保護主義、ポピュリストの介入政策、非常識な金融政策の組み合わせがアルゼンチンの経済を破壊し、いまだに回復していない。

(次より抄訳)
How Money Printing Destroyed Argentina and Can Destroy Others | Mises Wire [LINK]