God, Guns, and Christian Zealots in the White House | The Libertarian Institute [LINK]
【海外記事紹介】時の政府が若者を戦地に送り出す際、古来最も効果的に利用されてきたのが「宗教」という大義名分です。現在、トランプ政権下の米軍内部で、この「聖戦」の論理が公然と復活している実態を告発する記事をご紹介します。
軍の宗教的自由を守る団体(MRFF)には、全米50以上の軍施設から200件を超える苦情が寄せられています。その内容は、指揮官が部下に対し「イラン遠征は神の計画の一部である」と説き、トランプ大統領を「ハルマゲドンを引き起こすためにイエスに選ばれた存在」と位置づけるなど、兵士を聖書の預言を実現するための道具として扱う言動が常態化しているというものです。これは一部の過激な個人の問題ではありません。国防長官の腕には十字軍の合言葉である「神がそれを望まれる(デウス・ヴルト)」という刺青があり、ホワイトハウスでは自らを「使徒」や「預言者」と称する人々による祈祷式が定期的に行われています。
憲法が国教の樹立を禁じ、軍法が宗教の強要を禁じている米国において、これは明白な法への抵触です。ある下士官の報告によれば、出動待機中の部隊に対し、指揮官が「トランプはキリストの再臨を告げる火を灯すために選ばれた」と訓示したといいます。自由意志による礼拝ではなく、指揮権を持つ上官が、逃げ場のない兵士に対して特定の預言的物語を押し付けているのです。
こうした動きの背景には「新使徒改革(NAR)」と呼ばれるキリスト教ネットワークの存在があります。彼らは、政府、軍、教育、メディアなど社会の7つの領域をキリスト教徒が支配すべきであるという「セブン・マウンテン・マンデート(7つの山の権能)」という教義を掲げています。2024年の調査では、米国の福音派の約55%がこの枠組みを支持しており、政府を「聖書に従って占領・統治すべき領土」と見なす考えが急速に浸透しています。
リバタリアン(自由至上主義者)の視点から言えば、これは特定の宗教への攻撃ではなく、国家権力の肥大化に対する重大な警告です。国家が「神の名」を借りて行動し始めたとき、その決定は通常の監査や説明責任から切り離されてしまいます。「預言」を会計監査することはできず、「聖書の命令」を法廷で反対尋問することもできないからです。神格化された戦争には明確な勝利の条件も出口戦略も存在しなくなります。
イランは確かに政教一致の国ですが、それに対抗する側が軍事指揮官を通じて兵士に「君たちは聖書の預言の担い手だ」と説くのであれば、政教分離という憲法の原則は崩壊してしまいます。神のために戦っていると言われることは、兵士にとって名誉な昇進ではなく、彼らを戦地に送った政治家の責任を、責任を問えない「神」という存在に転嫁することに他なりません。この記事は、国家が法ではなく預言に従って動き始めたとき、自由な社会が直面する危うさを浮き彫りにしています。
0 件のコメント:
コメントを投稿