2020-04-03

ブラック企業をなくす最善の方法とは? M&Aとハゲタカファンド

ブラック企業叩きで損をするブラック企業社員


今、世の中で一番の嫌われ者といえば、ブラック企業だろう。ネット上で叩かれない日は珍しいくらいだ。先日も台風の中、出社を強制するブラック企業があるといってさかんに非難されていた。

最初に断っておくと、労働条件の悪い会社を安易にブラック企業と呼び、やたらとバッシングする風潮を私は良くは思わない。


もちろんそこで働く人は不満や怒りを抱えるだろう。しかし外野からブラック企業のレッテルを貼られてイメージが悪化し、客離れが起きて業績が悪くなれば、割を食うのはすでにそこで働いている社員自身だ。待遇が悪くなることはあっても、良くなることは決してない。

最悪なのは、世間のブラック企業叩きを受けて、政府が規制に乗り出すことだ。労働は政府の画一的な規制にはなじまない。

労働時間ひとつとっても、人がどの程度の長時間労働を受け入れるかは、仕事の性質ややりがい、ライフスタイル、健康状態や家計の状況などによって千差万別だ。一律に制限すれば、それ以上働きたいという人の人生設計を狂わせるだけでなく、経営効率が悪化し、海外企業をはじめ、競合との戦いが不利になって、結局は大幅なリストラを強いられかねない。

ブラック企業の社長に就任し、業務改革を進める魔王たち


ブラック企業のもっと良いなくし方はある。政府の力に頼らず、会社自らが変わることだ。ただし、それには必要なことがある。ベニガシラ他『魔王などがブラック企業の社長になる漫画』(一迅社)を読むと、そのヒントがわかる。

ツイッターで話題になり、15万リツイート、20万いいねを獲得したという「魔王がブラック企業の社長になる漫画」など全9編を収める。魔王をはじめ、現実にはあり得ないさまざまなキャラクターがブラック企業の社長に就任し、大胆な業務改革を進める。

魔王社長は、仕事が終わらないと徹夜を覚悟する社員に対し「愚かなり人間」と一喝。仕事に優先順位をつけたうえで「体調を万全にして戦うのは常識である」と帰宅を命じ、魔法で瞬時に自宅まで送り届ける。会社の業績が大幅にアップすると、「成果には対価を与える。これは上に立つ者の義務である」と人間たちにボーナスをはずむ。

外国からやって来たお姫様社長は、古いパソコンをすべて最新機器に取り替えたうえ、それまでのサービス残業分の給料を自分のポケットマネーで払ってくれる。人間を孤独に陥れようとたくらむ「邪神ちゃん」社長は、大勢の社員が集まるだけで内容に乏しい会議を、世代間交流を深めるための儀式と誤解。会議の廃止を命じ、報告は文章で簡潔に行い、打ち合わせは極力少人数で済ませよと指示する。

業務改革が進まない本当の理由


もちろん現実の世界では、これほどうまくばかりはいかないかもしれない。それでも、有能な社長が会社のトップとしてリーダーシップをとり、仕事のやり方を大きく変えることで、労働環境を改善できる可能性があるのは、紛れもない事実だ。

そのためには、会社のそれまでのしがらみやしきたりにとらわれない思い切った改革を考え、実行できる人物を社長にしなければならない。

普通、そのような異質な発想ができる人物は社内では生まれにくい。もしいたとしても、社内の和を乱す人物が内部昇格でトップに登りつめるのは難しい。外部から招く必要があるだろう。このマンガでも、改革を断行する新社長は魔王をはじめ外部からの者ばかりだ。

とはいえ、現実には社長の大半は内部昇格者が占める。次の社長の座をうかがう役員はもちろん、労働組合や一般社員の多くも、外部からトップを送り込まれることには抵抗する。抵抗を押し切って、よそ者の新社長が乗り込む手段はあるだろうか。

よそ者が社長として会社に乗り込む最強の手段はM&A


魔王はブラック企業の前社長を魔法で別世界に飛ばして新社長に収まるが、現実の世界ではこんな手荒な手段は使えない。使えるのは、お姫様社長のやり方だ。彼女は着任当日、社員にこうあいさつする。「お父様がこの会社を買い取り、私が社長として就任することになった。よろしく頼む!」

そう、よそ者が社長として会社に乗り込む最強の手段は、M&A(合併・買収)である。

M&Aというと、悪いイメージばかりが流布される。強欲なハゲタカファンドが株式を買い占め、息のかかった役員を送り込み、伝統的な事業をドライに売り払い、社員を無慈悲にもリストラする。テレビドラマでは決まって憎まれ役だ。

けれどもよく考えれば、読者の喝采を浴びる魔王社長たちがマンガの中でやっていることは、嫌われ者のハゲタカファンドと変わらない。

古いパソコンを処分するのは、効率の悪い資産を売却し経営効率を高める点で、時代遅れになった事業を売り払うのと同じだ。古いパソコンに愛着のある社員だっているかもしれないが、経営の効率に響くようではいつまでも保有してはいられない。

業績がアップして気前良くボーナスをはずむのは、裏を返せば、業績が悪化すればボーナスや賃金を引き下げ、場合によっては冷徹なリストラだってやるということだ。業績が良いときも悪いときも気前が良いなら、社員は一時喜ぶかもしれないが、やがて会社そのものが立ち行かなくなる。

ブラック企業の元凶は長期雇用を特徴とする日本型雇用


著書『ブラック企業——日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)が話題となったNPO法人POSSE代表の今野晴貴氏は同書で、ブラック企業が生まれた背景には、長期雇用を特徴とする日本型雇用があると指摘する。

長期雇用を維持するには、経済や市場の変化に応じた業務の変更に柔軟に対応できる必要がある。そのため日本で労働契約の内容はあいまいで、配置転換や労働時間の延長などたいていのことが人事権として認められる。その代わり、理不尽な命令がまかり通るリスクも高まる。

今野氏は対策として、労働時間規制や過労死防止基本法の制定、過労死や鬱病を出した企業に対する厳罰などを提案するが、すでに述べたとおり、政府による画一的な規制で問題は解決できない。それでも、ブラック企業を生み出したのは皮肉にも、温情あふれるイメージの日本型雇用だったという分析は正しい。

日本では自社に対するM&Aを防ぐ買収防衛策が認められており、多くの企業が導入してきた。ところが2008年をピークに減少に転じ、日本経済新聞によると、今年は12年ぶりに400社を割る見通しという。経営陣の保身につながり企業価値向上の機会を損ねているとして投資家の批判が強く、買収防衛策は廃止が相次いでいる。

会社自身による改革という最善のブラック企業対策を促すうえで、これは朗報だ。活発なM&Aをテコに多くの「魔王」が古い体質の企業に乗り込み、社員を笑顔にしてほしい。
wezzy 2018.09.23)

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