2020-04-10

『赤狩り』〜テロより怖い監視国家の脅威、その源流は冷戦時代にあった

4月11日、内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ容疑者が在英エクアドル大使館で英警察当局に逮捕された。

それを受け、ある男性が「アサンジ氏の批判者は喜んでいるかもしれないが、報道の自由にとっては暗黒の瞬間だ」という見解を示し、注目を集めた。ロシアに亡命中の元米中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン容疑者だ。

内部告発者が犯罪者になる恐ろしさ


スノーデン氏といえば、米国家安全保障局(NSA)の極秘監視システムを暴露したことで知られる。映画『スノーデン』(オリバー・ストーン監督)で知る人も多いだろう。2013年6月、同氏からNSAの内部文書を提供された英紙ガーディアンが4日間にわたり、個人のプライバシーを脅かす情報収集の実態を暴いた。米電話会社の通話記録を毎日数百万件集めていたこと、「PRISM(プリズム)」というプログラムを使い、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなど米インターネット会社のサーバーから同じく毎日数百万件の通信記録を入手していたことなどが明らかになったのだ。

それまでも専門家の間では、米政府が大量のメールや電話を秘密裏に収集、保存している可能性は議論されていた。しかし、スノーデン氏によって動かぬ証拠を突き付けられた情報収集の規模は、想像を超えるものだった。一般市民に与えた衝撃はそれ以上に大きい。


けれども歴史を少しさかのぼってみれば、米政府による不正な監視が今に始まったものではないことがわかる。

ハリウッドを襲った赤狩り旋風


山本おさむの傑作マンガ『赤狩り』(既刊1〜4巻、小学館)を読んでみよう。事実をもとにしたフィクションの手法で、ソ連との冷戦時代に米国に吹き荒れた赤狩りの嵐と、それに翻弄される人々のドラマを克明に描いている。赤狩りとは、共産主義者やその同調者を政府が逮捕したり追放したりする行為を指す。


物語の舞台は1940〜50年代の米国。メインストーリーとなるのは、映画業界をターゲットとした赤狩りである。オードリー・ヘプバーン主演で知られる名作映画『ローマの休日』は、赤狩りでハリウッドを追放された脚本家ドルトン・トランボが書いた作品だ。 『赤狩り』では、追放された彼が名前を出せないため友人の名義を借りて書いたといった興味深いエピソードとともに、映画人たちに対する抑圧の実態が描かれる。

当時、米政府で赤狩りの中心となった組織は、J・エドガー・フーバー長官率いる連邦捜査局(FBI)である。

FBIは狙いをつけた人物を盗聴、盗撮、尾行、監視などによって徹底的に調べ上げた。他人の家に入り込んで証拠写真を撮ったり、書類を盗み出したりする違法な捜査をしていたが、見つかって逃げなければならないときは無記名の封筒に盗んだ書類を入れ、ポストに投げ込んだ。

それはFBI本部に送られることになっていたから、郵便当局ともつながっていたとみられる。反国家的としてリストアップした人物の私信を開封し、その内容を記録してファイルしたりもした。

米下院に設けられた非米活動委員会(HUAC)は、こうして集められたFBIの情報をもとに、トランボらハリウッド各撮影所で働く19人を召喚する。そのうち数名が現役の共産党員で、他の多くも元党員や労働組合運動の活動家だった。召喚された19人は首都ワシントンのホテルに投宿するが、そのホテルの電話も盗聴されていた。

冷戦時代から変わらない不正な捜査を正当化する手口


スノーデン氏によって暴露されたNSAの大規模な監視システムに比べれば、その源流といえる赤狩り時代のFBIの手法は、いささか牧歌的に見えないでもない。けれども、それは技術水準の違いにすぎない。標的とした人々の基本的人権を無視し、手段を選ばずプライバシーを侵している点で変わりはない。不正な捜査を正当化する口実が、共産主義の脅威からテロの脅威に変わっただけである。

これに対し「冷戦当時、共産主義の脅威は単なる口実ではなく、現実のものだった」と反論があるかもしれない。たしかに、ソ連のスパイは存在した。それはハリウッドではなく、米政府の内部だった。

『赤狩り』でも触れているが、1995年に公開された「ヴェノナ文書」により、少なくとも300名を超える米国人や永住権者がソ連のスパイとして活動し、しかもその中には何人もの政府高官が含まれていたことが明らかになった。

赤狩りで悪名をとどろかせたジョセフ・マッカーシー米上院議員による、政権中枢にまでソ連のスパイが浸透しているという荒唐無稽と思われた主張は、正しかったのである。

なお『赤狩り』の詳細な作者注でも強調されているとおり、のちに赤狩りを「マッカーシズム」と呼ぶことから、彼がハリウッドの赤狩りも行ったと誤解されがちだが、マッカーシーは上院議員であり、下院で行われたハリウッドの赤狩りとは無関係である。

しかし、ここで注意が必要なのは、作者の山本氏が指摘するように、ソ連スパイの実態が明らかになったからといって、「赤狩りは正しかった」とする論調に陥らないことだろう。

スパイ活動を法律に基づいて取り締まるのは当然にしても、そのスパイが共産主義者だったからといって、政府が共産主義者全体を犯罪者のように扱うのは明らかに行きすぎである。

非米活動委員会の聴聞会で罪の証拠を挙げられず、やむなく証言拒否で裁こうとした委員長に対し、トランボは「これはアメリカの強制収容所の始まりだ!! 典型的な共産主義者のやり口だ」と叫ぶ。共産主義の脅威から自由な米国社会を守るという大義名分で始めた赤狩りが、米国自身をまるでソ連そっくりな自由のない社会に変容させるという皮肉な現象を、見事に表現している。

さらに脅威を増す国の監視システム


この皮肉な現象は、今も起こりつつある。テロリストの脅威から自由な米国社会を守るとして始めた対テロ戦争は、国内で巨大な監視システムを生み出し、市民の自由を脅かしている。かつてのFBIが特定の容疑者を追跡する従来型の監視だったのに対し、現在の米政府は、ジャーナリストの小笠原みどり氏が指摘するように、すべての人々をテロリスト予備軍とみなす。内心の表れであるコミュニケーションを盗み見る方針へと転換したのだ。事態はより深刻といえる。

スノーデン氏は「監視はどんな時代でも最終的に、権力に抗する声を押しつぶすために使われていきます」(小笠原みどり『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』〈毎日新聞出版〉)と警鐘を鳴らす。

日本でも2000年に盗聴法(通信傍受法)が施行されている。警察が国民を盗聴することを合法化するもので、当初、捜査対象は組織犯罪と限定され、裁判所の令状、通信会社の立ち会いという手続きも必要だった。しかし2016年に改定され、捜査対象は大幅に拡大し、通信業者の立ち会いを省略して警察が盗聴できるようになってしまった。

テロリストを取り締まるという名目で構築された政府の監視システムが、国民全体を標的とする——。テロより怖いそんな監視国家の脅威は、決して他人事ではない。
wezzy 2019.04.30)

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