2020-08-09

ネット企業、政府批判を「検閲」の動き…背後にちらつく米国政府の圧力


米国の超保守派メディア「インフォウォーズ」とその設立者であるアレックス・ジョーンズ氏が、アップル、フェイスブック、グーグル傘下のユーチューブ、スポティファイなど大手ネット企業の配信サービスやSNS(交流サイト)から情報発信を禁止され、議論を呼んでいる。過激な発言で知られるジョーンズ氏の排除に快哉を叫ぶ人々もいるが、そう単純な話ではない。

ジョーンズ氏の名は日本ではあまり知られていないが、ホストを務めるトークラジオ番組は全米で100局以上が放送する有名人だ。ただし主流メディアでは陰謀論者と呼ばれ、評判は良いとはいえない。2001年の同時多発テロは米政府の自作自演、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件の生存者は金で雇われたクライシスアクター、コネティカット州のサンディフック小学校銃乱射事件はでっち上げといった説を主張していることがその原因だ。


ジョーンズ氏の番組がトラブルや事件のきっかけになったことも少なくない。サンディフック銃乱射事件で子供を失った男性は、子供が存在しなかったというジョーンズ氏のデマにより、絶え間なく嫌がらせを受けていると訴えを起こした。パークランド銃乱射事件では、犯人であるとして画像や名前を誤って公開された男性が、名誉毀損でジョーンズ氏を訴えている。

ジョーンズ氏の主張には、裏付けの乏しい荒唐無稽なものもあるかもしれない。しかし一方で、米情報機関や主流メディアの偏った主張を正しく批判しているのも事実だ。

主流メディアがロシアのプーチン大統領を独裁者と呼び、その権力を背景に2016年米大統領戦に干渉したという「ロシアゲート」を盛んに報じるのに対し、ジョーンズ氏は、プーチン氏は大統領選で76%の得票を勝ち取ったのだから独裁者ではありえないと反論。英国南部で起きた神経剤襲撃事件の犯人はロシアだとする英政府の主張にも疑問を投じた。

ジョーンズ氏の番組はフェイスブックやユーチューブから排除される直前、米国家安全保障局(NSA)の元幹部で内部告発者、 ウィリアム・ビニー氏に対するインタビューを行い、米国の監視社会化に警鐘を鳴らしている。ビニー氏は、ロシアゲートは嘘だと指摘してきたことでも知られる。

ジョーンズ氏やその番組のアカウントをすべて削除・凍結してしまえば、価値のある報道まで失われてしまう。そもそもすべてが削除されてしまったら、それが適切な対応だったかどうか、第三者が判断することもできない。


「排除」は一人では終わらない


ネット企業側は今回の措置について、具体的な例を明示していない。たとえばフェイスブックは声明文で、インフォウォーズの複数ページの投稿を調査し「暴力を賞賛していることが当社の指針に反し、トランスジェンダー、イスラム教徒、移民などの人々の描写に非人道的な言葉を使っていることがヘイトスピーチに関する指針に反する」ために閉鎖を決めたとだけ説明する。

一方で、明らかに暴力を賛美し、脅迫しているように見えても、なぜかお咎めなしのケースもある。たとえば、トランプ政権の閣僚を攻撃するよう自分の支持者に公然と呼びかけたマキシン・ウォーターズ下院議員(民主党)には何も起きていない。ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーを「偉大な人物」と呼んだイスラム教指導者、ルイス・ファラカン氏はアップルの配信サービスを利用している。

しかし不明確な根拠に基づく閉鎖をジョーンズ氏1人に対して許せば、ほかの情報発信者が同じ目に遭わない理由はなくなる。実際、すでにジョーンズ氏と同時期に排除された利用者が3人もいる。

3人とは、元米国務省職員で同省の浪費と不祥事を内部告発したピーター・バン・ビューレン氏、反戦ニュースサイト「アンチウォー・ドット・コム」のラジオ司会者スコット・ホートン氏、自由主義的なシンクタンク、ロン・ポール研究所で事務局長を務めるダニエル・マクアダムス氏である。極右と呼ばれるジョーンズ氏とは政治信条が大きく異なる。いずれもツイッターのアカウントを凍結された(バン・ビューレン氏を除く2人はその後、復活)。

バン・ビューレン氏のアカウントが凍結されたままなので正確な経緯は不明だが、政府が嘘をつくというテーマについて同氏と主流メディアのジャーナリストとの間で激しいやり取りがあり、そこでバン・ビューレン氏が「嫌がらせ、脅迫、恐怖」によって相手を黙らせようとしたという(同氏は否定)。ほかの2人はこのやり取りにかかわったという。

バン・ビューレン氏は今回の出来事について述べた記事で、ヘイトスピーチを理由とした言論規制をこう批判する。

「ヘイトスピーチとは、検閲推進派が人に見聞きさせたくないものをなんでも表現できる便利な言葉だ。とても柔軟で、だから危険きわまる。マッカーシズムの赤狩り旋風が吹き荒れた1950年代、誰かを黙らせるには共産主義者のレッテルを貼ればよかった。今はそれがヘイトスピーチだ」

ネット企業が行うソフトな検閲


ただし、かつての赤狩りは上院議員のジョセフ・マッカーシーが先導したが、今回のネットサービス排除の主体は政府や政治家でなく、民間企業であることが異なる。

アメリカ合衆国憲法修正第1条は、表現・報道の自由を侵すことを禁じている。けれどもその対象は政府であり、民間企業ではない。どれほど巨大であろうと、民間企業である以上、自社のサービスを誰に利用させ、誰にさせないかは経営の自由に属する。

むしろ注視しなければならないのは、民間企業による「検閲」の背後に政府の圧力がないかどうかだろう。内部告発サイトのウィキリークスによれば、ネット大手企業がジョーンズ氏の排除に踏み切る1週間前、ロシアゲートを調査する上院情報特別委員会の副委員長、マーク・ワーナー議員(民主)は政策案のメモでフェイスブック、グーグル、ツイッター、アップルなどを名指しし、規制強化をちらつかせた。



近年、アマゾン、マイクロソフトが米政府や国防総省専用のデータセンターを抱え、グーグルが国防総省と人工知能(AI)研究で協力する(社員らの反対で契約終了を決定)など、米大手ネット企業は政府を得意先としている。その分、政治家や官僚の圧力に弱い面がある。

民間のネット企業が行うソフトな検閲は、政府による露骨な言論抑圧の第一歩だ。米国発のネットサービスが広く普及した日本でも、直面する日は遠くないかもしれない。

●参考文献
Bill Binney In His Own Words: “A Collaborative Conspiracy To Subvert The US Government”
https://twitter.com/wikileaks/status/1026893830224793600
I Was Banned for Life From Twitter | The American Conservative

Business Journal 2018.09.14)*筈井利人名義で執筆

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