2020-08-07

14万人の広島市民を殺戮した米国の原爆、「戦争終結早めた」論はいかに捏造されたのか?

米国が第2次大戦中、原爆開発を推進した「マンハッタン計画」関連地の米国立歴史公園が、原爆投下による人的被害などの非人道的な側面を展示する計画を進めている。施設の展示計画の策定は2019年にも着手し、2年以内の完成を目指す。

米政府は15年11月、マンハッタン計画の中心地のニューメキシコ州ロスアラモスやテネシー州オークリッジ、ワシントン州ハンフォードの原爆研究開発施設や周辺区域を国立歴史公園に指定。広島・長崎両市が「原爆投下の正当化が強調されかねない」と懸念を伝え、人体への影響を展示するよう求めていた。


今回の展示計画が異例なのは、米国では「原爆は戦争終結を早め、多くの米兵の命を救った」などとその使用を正当化する世論が根強いからだ。1995年には国立スミソニアン航空宇宙博物館が企画した原爆展が退役軍人らの反発で事実上中止されている。日本でも、米国でのこうした世論に反感を覚えても、どこが間違っているか具体的に反論できる人は少ないのではないか。

しかし原爆投下を正当化する米国での世論は、歴史的事実に照らして誤りであることが判明している。しかもその誤りは、米国の政府や軍が情報操作によって意図的に撒き散らした嘘なのである。


原爆投下を正当化する主な主張


広島市立大学国際学部教授の井上泰浩氏が6月に上梓した『アメリカの原爆神話と情報操作』(朝日選書)などに基づき、広島・長崎への原爆投下を正当化する主な主張を検証してみよう。

まず「一般市民に犠牲をできるだけ出さないよう、軍事基地を攻撃した」という主張である。当時のハリー・トルーマン米大統領は広島に原爆を投下した3日後の45年8月9日、ラジオ演説で「民間人の死者を可能な限り避ける」ため、軍事施設である広島に原爆を落としたと述べた。

しかし広島は、日本が奇襲したハワイの真珠湾とは違い、都市であり、およそ30万人が住んでいた。軍事施設はあったが、広島港には機雷が投下され、米海空軍が日本周辺で制海権を握っていたので、広島にいる日本軍は事実上制圧されたも同然だった。

原爆の攻撃目標は軍事基地ではなく市内繁華街だった。民間人の死者を可能な限り避けようとしたけれども偶然、人口密集地に落ちてしまったのではない。むしろ原爆の最高政策決定機関は市民の死者を可能な限り多くするよう決定していた。都市の完全破壊と市民の殺傷を最大化することで原爆の威力を見せつけ、心理的効果を最大にしようと図ったのである。

次に、先に触れた「原爆は戦争終結を早め、多くの米兵の命を救った」という主張である。救われた米兵の数は100万人とも50万人ともいわれるが、いずれも根拠のない数字だ。45年6月18日、米軍の最高幹部らが出席した会議では、日本上陸作戦を決行した場合に予想される戦死者数は2万人と公式に報告されていた。

人命の重みを数で単純比較することはできないものの、2万人の米兵の命を救うために、原爆で少なくとも広島14万人、長崎7万人の市民の殺戮が正当化できるはずはない。
 
女性や子供を含む一般市民を原爆で多数殺傷したことに対しては、米軍幹部の間にも批判があった。連合軍最高司令官で後に米国大統領となったドワイト・アイゼンハワーは、原爆の使用計画を知らされたときのことをこう回想する。

「私は2つの理由で反対だと述べた。第一に、日本は降伏しようとしており、あの恐ろしいもので攻撃する必要はなかった。第二に、私は我が国がそのような兵器を使う最初の国になるのを見たくなかった」

原爆投下を正当化する主張の3つ目は「放射能の影響はない」というものである。1945年9月12日、原爆開発責任者のひとり、米軍のトーマス・ファレル准将は東京で記者会見を開き、現地調査の結果、広島には放射能はないと断言する。さらに自分の意見として、破壊された地域に住むことは現時点で危険ではないと語った。

しかしその後、10カ月に及ぶ調査の結果、46年6月末に公表された公式報告書は放射能の存在を明記し、こう述べる。

「放射能の影響の深刻さは、爆心から3000フィート(約1キロ)以内にいた生存者の95パーセントが、放射能障害を被っていることからわかる」

米ニューヨーク・タイムズの存在


以上述べた通り、原爆投下を正当化する主張は、米政府や軍がでっち上げた神話にすぎない。だがそのような神話がなぜ、今に至るまであたかも真実のように信じられているのだろうか。

そこで大きな役割を果たしたのは、世界のジャーナリズムで最も権威ある新聞のひとつ、米ニューヨーク・タイムズである。同紙は米政府や軍の情報操作に協力し、虚偽の神話を浸透させる手助けをしていた。

前出・井上氏の著書によれば、広島・長崎への原爆攻撃を報じた1945年8月7日から11日までの5日間に、ニューヨーク・タイムズ紙は原爆に関する記事を132本掲載。そのうち放射能の影響について報じたのはわずか1本で、しかもそれは放射能の影響を否定する記事だった。

タイムズ紙は、それ以前は放射能による被害について社会に警鐘を鳴らす報道をしていたし、原爆投下の際も他の米紙の多くは放射能の影響を読者に伝えていた。ところが原爆投下を境に報道姿勢が一変。終戦後も放射能の存在や影響を無視、矮小化、否定する報道を続ける。

この報道姿勢の背景には、タイムズ紙と米政府・軍との特別な関係がある。同紙の科学記者、ウィリアム・L・ローレンスは、社主アーサー・ヘイズ・サルツバーガーの許可の下、軍の情報操作に協力していた。ローレンスはマンハッタン計画の全貌を知ることを許された唯一の記者であり、タイムズ紙に政府・軍の意向を反映した記事を書いたほか、トルーマン大統領の原爆使用声明や前述のラジオ演説を起草。原爆に関する軍の報道発表資料、メディア向けの「模範記事」のほとんどを執筆した。



タイムズ紙はこの裏取引の見返りに、広島への原爆投下や日本の降伏について政府から事前に知らされる。こうした政府との共謀を背景に、タイムズ紙は「新聞社として組織的に政府の要請に従い、あるいは、政府の意向を忖度して、放射能の影響を隠蔽してきた」と井上氏は推測する。

最近、トランプ米大統領は北朝鮮の金正恩委員長、ロシアのプーチン大統領と一連の首脳会談で核軍縮への意思を示したが、米国内には「弱腰」などと批判の声もある。核軍縮の機運を一段と高めるためにも、原爆正当化の神話を事実によって突き崩す努力が欠かせない。

●参考文献
井上泰浩『アメリカの原爆神話と情報操作』(朝日選書)
ガー・アルペロビッツ『原爆投下決断の内幕 悲劇のヒロシマナガサキ』(上下)鈴木 俊彦他訳、ほるぷ出版
Ralph Raico, Harry Truman and the Atomic Bomb, Mises Institute

Business Journal 2018.08.02)*筈井利人名義で執筆

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