首脳会談後の共同記者会見で、焦点のひとつとなったのはトランプ氏が当選した2016年米大統領選に対するロシア政府の干渉疑惑。この疑惑については、モラー米特別検察官が首脳会談直前の13日、ロシア軍当局者12人を起訴している。だがプーチン氏は「ロシア政府は選挙を含め、米国の内政に一切干渉していないし、今後もしない」と改めて主張した。
注目されたのは、これを受けたトランプ氏の発言だ。同氏は「彼ら(米情報機関)はロシアの仕業だと言う。だがプーチン大統領は今、ロシアじゃないと言った」「ロシアがやる理由は見えない」と同意し、「プーチン大統領は非常に力強く否定した」とその主張を信じる姿勢を見せた。さらにロシア疑惑の捜査を「魔女狩り」と断じ、「世界の二大核保有国の関係に悪影響を及ぼしている。非常にばかげている」と批判。「(トランプ氏陣営と)ロシアの結託はない」とプーチン氏と話し合ったとも語った。
この一連の発言に米国の政官界上層部は猛反発する。共和党の重鎮、マケイン上院議員は声明で「米大統領による、もっとも不名誉な振る舞いのひとつだ」と酷評。「トランプ大統領はプーチン氏に立ち向かう能力がないだけでなく、その意思もないことが証明された」と切り捨てた。
コーツ米国家情報長官は声明で、ロシアによる米大統領選への干渉は「明白だ」と表明。米中央情報局(CIA)のブレナン元長官は「トランプ氏の会見での発言は反逆罪そのものだ。彼は完全にプーチンの手に落ちている」とツイッターで批判した。
米欧大手メディアの論調は、これら政官界エリートの主張をなぞるようなものばかりだ。CNNの看板司会者であるアンダーソン・クーパー氏は共同会見が終わるやいなや、「ご覧いただいたのは、ロシア首脳の前で米国大統領が見せたおそらく、もっとも不名誉な振る舞いのひとつです」とコメント。ニューズウィークは「米ロ会談、プーチンの肩持った裏切り者トランプにアメリカ騒然」、英BBCは「トランプ米大統領、ロシア疑惑でFBI(米連邦捜査局)よりロシアを擁護」と扇情的な見出しでトランプ氏を攻撃した。日本のメディアもほぼ追随している。まさにトランプ非難の異様なまでの大合唱である。
トランプ氏は批判の強さにたじろいだか、わずか1日後、米情報機関の捜査結果を「受け入れる」と軌道修正した。
しかし、トランプ氏に対する非難は本当に正しいのだろうか。
和平路線の足を引っ張るメディア
2016年米大統領選でロシアがトランプ陣営と共謀して選挙に干渉したとされる「ロシアゲート」には、これまで本連載でも何度か疑問を呈してきた。ソーシャルメディアを使ったとされる情報操作が実際に投票行動に影響を与えたのか、トランプ陣営とロシア政府との共謀に根拠はあるのかなど、はっきりしない点が多すぎるのだ。
日ロ首脳会談をめぐる報道を見ても、疑問は解消されない。不確かな根拠に基づいてトランプ氏を感情的に攻撃するばかりで、むしろメディアへの不信感が募る。
そうしたなかでほとんど唯一、頭がすっきり整理される見事な報道があった。米FOXニュースの司会者クリス・ウォレス氏によるプーチン大統領へのインタビューである。ただし見事なのはロシアゲートを事実と決めつけるウォレス氏ではなく、発言をたびたびさえぎろうとするウォレス氏をたしなめながら、理路整然と反論するプーチン大統領のほうだ。
首脳会談直後の独占インタビューで、米大統領選に干渉したとされるロシア軍参謀本部情報総局(GRU)に所属する12人の起訴状のコピーをウォレス氏がプーチン氏に見せると、プーチン氏は改めて干渉を否定したうえで、「ロシア国内から何者かが何百万人もの米国民の選択に影響を及ぼすことができると、あなたは本当に信じるのですか」と反問し、「まったくばかげている」と一蹴した。
プーチン氏は、モラー特別検察官が2月にロシア人13人とロシアのケータリング会社を対象に行った別の起訴は米国の裁判所で係争中だが「干渉の形跡はまだ何も見つかっていない」と指摘。新たな起訴が首脳会談のわずか3日前に行われたことについてウォレス氏が問うと、「米国内の政治ゲームだ」と断言し「米ロ関係を国内の政治闘争の人質にしないでほしい」と苦言を呈した。
かりにロシアがなんらかの情報操作を行っていたとしても、ロシアだけを攻撃するのはバランスを失している。米国の政党自身、選挙の操作に手を染めていることは公然の秘密だからだ。これに関しプーチン氏は、米民主党の大統領指名争いの際、同党全国委員会の幹部がクリントン氏に肩入れし、対抗馬だったサンダース上院議員の活動を妨害しようとした疑いで委員長が辞任した過去に言及した。米メディアは選挙の操作が本当に心配なら、まず自国の政党を徹底して追及すべきだろう。
トランプ氏もプーチン氏も完璧な政治家ではもちろんない。それでも米ロ関係の改善は、世界的な課題である核軍縮に向けた第一歩となるはずだ。ところがメディアは、政治闘争の延長でしかないロシアゲートの追及に血道を上げ、トランプ氏の和平路線の足を引っ張る。いつも平和を守れと唱える日本の報道機関まで右へならえする始末だ。
FOXニュースがユーチューブの公式チャンネルにアップしたプーチン大統領のインタビュー動画には「トランプとプーチンが世界の問題を解決しようとするのに、怒る人がいるとは理解できない」「プーチンは核拡散の危険、シリア、テロ、イラン、国民の相互理解など重要な問題を話しているのに、ウォレスの頭はばかげた選挙干渉でいっぱい。米メディアも落ちたものだ」と批判のコメントが付き、多くの「いいね」を集める。北朝鮮問題を含め、平和外交に対する大手メディアの偏った攻撃に惑わされない賢明な読者が1人でも増えることを願うばかりだ。
●参考動画
Chris Wallace interviews Russian President Vladimir Putin – YouTube
(Business Journal 2018.08.06)*筈井利人名義で執筆
0 件のコメント:
コメントを投稿