オランダのルッテ首相は4月26日に開いたEUテレビ首脳会議で、コロナ債は経済的に裕福な北部の国々が南欧の借金を肩代わりする財政移転につながり、「一線を越える」と反対姿勢を崩さなかった。
オランダは近年、EU内で結成された小国連合の盟主として存在感を増している。北欧やバルト3国など計8カ国で2018年に結成した「新ハンザ同盟」だ。
構成国はオランダとバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、アイルランド。いずれも欧州北部の中小国家だが、EU内では経済的に豊かな国だ。英国のEU離脱、独仏の台頭、南北経済格差といった問題に共同で対応する狙いがある。
名前の由来は、中世後期の欧州で繁栄した都市連合「ハンザ同盟」。その歴史をひもとくと、今日のEUの混迷を乗り越えるヒントが見えてくる。
ハンザ同盟は13〜17世紀にかけ、北海・バルト海沿岸のドイツの商業都市が結成した。バルト海南岸へのドイツ人の移住が進んで商人の活動が強まり、結成のきっかけとなった。リューベックを盟主とし、最盛期には加盟都市が約200に達した。
一般にハンザ同盟と呼ばれるが、厳密には「同盟」ではない。同盟とは国際法上の概念で、成立するためには当事者間に条約が締結されなければならない。しかし、ハンザの結束は自然発生的で、多数の都市が一度に同盟条約を締結したことはなかった。
それにもかかわらずハンザという都市連合が成立したのは、ハンザ以外の世界で経済的利益を共同で獲得し、守り続けるためだった。共通の方針に従ったのは、国際法的義務によるのではなく、それが自らの利益に合致したからだった。
ハンザ同盟が追求した経済的利益とは、大きく二つあった。一つは人身と財産の安全に関する政治・司法上の保障であり、もう一つは諸税の軽減である。
人身・財産の安全については、ハンザ商人はロンドン(英国)、ベルゲン(ノルウェー)、ノヴゴロド(ロシア)で囲い地を譲渡されて、在地役人が立ち入れない一種の不入権を享受した。
ドイツ人の罪状を判断する場合には、近代以降に普及する個人単位の責任の原則がすでに確立していた。すなわち、ハンザ商人は誰であれ、犯人と同じ出身都市の同郷人であっても、犯人の代わりに財産を差し押さえることは許されなかった。手代が有罪となった場合でも、その親方に属する財産の没収はできなかった。
諸税の免除については、ハンザ商人は関税率の大幅な引き下げや流通税率に対する詳細な規定を要求し、さらには将来の税率引き上げや新たな対象への課税の停止を要求し、それらを獲得した。
戦時になると、ハンザ商人に付与されるこうした特権のすべてがたびたび無視され、ねじ曲げられた。しかし平和が回復すると、ハンザはこうした特権停止に対して激しい保障要求を突きつけた。
興味深いのはハンザの軍備である。商業勢力であるハンザは何よりも戦争を嫌い、話し合いと外交で目的を遂げることを不動の基本方針とした。しかし国際社会ではやはり武力がものをいう。ハンザ都市もおのおの兵力を有していた。
海上通商を防衛するため、とくに海軍が重要だった。昔は商船と軍艦の区別はほとんどなかったから、商船隊の増強は同時に海軍力の向上となった。水兵は大部分、都市の市民から成っていた。
一方で、個々の都市を超えたハンザ軍は存在しなかった。戦争であれ、海賊討伐であれ、大規模な作戦を遂行する場合には諸都市の軍勢が連合した。けれども、平時からの常備ハンザ軍は存在しなかった。
フランスの歴史家フィリップ・ドランジェ氏は著書『ハンザ』で、ハンザ商人は「きわめて平和的な人々だった」と述べ、「紛争や苦情を調停と交渉によって鎮めようと努力するのが常であった」とその精神を称える。
ハンザ同盟は常備軍だけでなく、恒常的な財政も固有の官僚組織や統治機構も持たなかった。唯一の例外的な組織であるハンザ総会すらも開催頻度は低く不定期であり、全メンバーが出席する真の意味の総会であることなど一度もなかった。
ハンザの構成都市は非常に多様で、互いに距離のある都市間では利害対立が避けられなかった。それにもかかわらず、500年近くにわたって存続し、繁栄を享受した。
ハンザが長続きしたカギは、政治的な理由ではなく、経済的な利益に基づく自発的で緩やかな組織だった点にある。今のEUと違い、政治的な結束を保つために、他メンバーの債務を実質肩代わりさせられるようなことはなかった。そんなことをしたら、たちまち離脱してしまっただろう。
新ハンザ同盟の盟主であるオランダのルッテ首相はかねて、EUの政治統合に異を唱え、単一市場や自由貿易による経済統合を優先する考えを強調している。これは本家のハンザ同盟に共通する態度だ。
ハンザ同盟にならい、経済的な利益を共通の目的とした自発的で緩やかな連合に近づけるほうが、EUの魅力を高め、結果として長期の繁栄と結束につながるだろう。
<参考文献>
フィリップ・ドランジェ、高橋理他訳『ハンザ 12-17世紀』みすず書房
高橋理『ハンザ「同盟」の歴史: 中世ヨーロッパの都市と商業』創元社
(某月刊誌への匿名寄稿に加筆・修正)
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