2020-08-04

ロシアゲート、存在しなかった?融和路線のトランプを潰す「米政府-軍事産業連合」

トランプ大統領が当選した2016年の米大統領選で、ロシア政府がトランプ陣営と共謀して選挙に干渉したとされる疑惑「ロシアゲート」。昨年7月17日の本連載で、そのような共謀は捏造で、存在しなかった可能性があると指摘したが、どうやらそれは正しかったようだ。

米連邦大陪審は2月16日、大統領選に違法な手段を使って介入した罪で、ロシア人13人とロシアの3企業を起訴した。ロシアゲートをめぐり、ロシア人やロシア企業が起訴されるのは初めてである。


全37ページの起訴状は、元連邦捜査局(FBI)長官で、疑惑捜査を担当するモラー特別検察官が作成した。起訴状によると、被告らは14年ごろから、米国の政治体制に「不和の種をまく(to sow discord)」という戦略的な目標を掲げて活動に着手。16年ごろには、ロシアに厳しい姿勢を示す民主党大統領候補のクリントン元国務長官を標的にする方針を固め、ソーシャルメディアを使ったり集会を開いたりして中傷する一方、トランプ氏を支持する活動を展開したとされる。

しかし、ちょっと待ってほしい。そもそもロシアゲートの発端は、米大統領選中に民主党全国委員会へのサイバー攻撃が発覚し、同委幹部らのメールが流出した事件だったはずだ。米情報機関はロシア政府がクリントン氏の当選を妨害するためにサイバー攻撃を仕掛けたと断定し、主流メディアはその尻馬に乗ってトランプ批判を繰り広げた。

ところが9カ月もの捜査の挙句にまとめられた今回の起訴状には、同委へのサイバー攻撃の話はどこにも見当たらない。その代わり、ロシア人は米国政治に「不和の種をまく」ためにソーシャルメディアを使ったという。

これは、ほとんど冗談にしか聞こえない。少し記憶を呼び戻せば明らかなように、大統領選中、トランプ共和党陣営とクリントン民主党陣営は互いに激しく攻撃し合った。民主党側はトランプ氏や同氏に投票した人々に差別主義者とレッテルを貼り、罵った。わざわざロシア人が種をまくまでもなく、米国人同士の不和は十分すぎるほど募っていたのである。

ソーシャルメディアへの投稿や広告に費やされた予算は一時、1カ月に125万ドル(約1億3300万円)以上に上っていたとされる。これもトランプ、クリントン両陣営が大統領選に投じた計26億5000万ドル(約2820億円)に比べればわずかな金額にすぎない。さらに投稿や広告の多くは大統領選後に実施されたもので、25%はまったく読まれていなかった。

しかも「ロシアゲート」とはいうものの、トランプ陣営とプーチン大統領率いるロシア政府との共謀も起訴状では証明できていない。直接のつながりはもちろん、間接的な関係も薄弱だ。

たとえば起訴されたひとり、実業家のエフゲニー・プリゴジン氏は「プーチンの料理人」の異名を持つそうだが、その理由は文字どおり、同氏の経営するケータリング会社がクレムリンの宴席を請け負ったからである。かりに癒着があったとしても、軍産複合体と呼ばれる米政府と軍事産業の巨大な連合に比べれば、どう見ても恐ろしい脅威ではない。


将来の自由や安全を脅かす


このようにロシアゲートが茶番であることを天下にさらしたお粗末きわまる起訴だが、奇妙なことに米国の政治上層部は右派、左派、トランプ政権関係者を問わず、異なる理由でそろって歓迎している。

左派にしてみれば、クリントン氏がロシア人の標的にされたという自分たちの主張が認められたことになる。一方、対ロシア強硬派の多い右派は、ロシアに対する警戒感が米国民に広まったことに満足する。そしてトランプ政権関係者は、ロシアとの共謀の証拠が示されなかったことに安堵している。トランプ大統領はツイッターで「トランプ陣営は何も悪いことはしていない――共謀などない!」と喜んだ。

しかし、これらは政治上層部の話である。米国や世界の一般市民にとって、今回の起訴はひと安心どころか、将来の自由や安全を脅かす危険をはらむ。

モラー特別検察官による捜査はこれで終わったわけではない。事実、ロシア人らを起訴した翌週の2月22日、モラー氏のチームは、トランプ陣営の選対本部長だったポール・マナフォート被告と側近のリック・ゲーツ被告を脱税と銀行詐欺の罪で追起訴した。

つまり捜査を利用したトランプ大統領への政治圧力は、陰に陽に続くということだ。その圧力とは、トランプ氏が大統領選で掲げた国外紛争への介入中止や、ロシアとの融和を妨げ、軍産複合体に利益をもたらす軍事介入やロシアとの対立を強めることを意味する。

軍産複合体は戦後の米国政治に隠然たる支配力を及ぼしている。冷戦時代の1961年、アイゼンハワー大統領が退任演説で民主主義への脅威になっていると警告を発したことで有名になった。トランプ大統領と同じくロシアとの緊張緩和に動いたニクソン大統領を辞任に追い込んだ70年代のウォーターゲート事件は、昨年8月28日の本連載で述べたように、軍部による陰謀だったとの見方がある。

支配力は冷戦が終わった今も衰えない。女性でソフトなイメージのあるクリントン氏は軍事産業を支持基盤に持つ。上院議員時代はブッシュ政権が始めたイラク戦争を熱烈に支持したし、国務長官時代はリビアへの空爆を主導し、今も続く同国の混乱をもたらした。もちろん共和党にもジョン・マケイン上院議員など軍産複合体の代弁者といわれる政治エリートは少なくない。



トランプ大統領がどこまで本気だったかはともかく、少なくとも軍産複合体に挑戦する可能性はあった。しかしロシアゲートでホワイトハウスから追い落とされる悪夢がちらつく限り、実現は難しいだろう。これは軍事費拡大による財政悪化のツケを払う米国民や無用の戦争に巻き込まれる世界の人々にとって、良い話ではない。

それだけではない。今回起訴されたのはロシア人だけだが、米国民や他国の人々、とりわけジャーナリストが同じようにあいまいな理由で罪に問われない保証はない。政治エリートに都合の悪い記事を書いただけで、ロシアと共謀したと断定されかねないのだ。モラー特別検察官をまるで正義の味方のように報じる日米マスコミの記者たちは、それが自殺行為だと気づいていない。

Business Journal 2018.03.07)*筈井利人名義で執筆

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