プレゼントの経済学
日本でも有名な米政治哲学者マイケル・サンデルは「経済学者は贈り物が好きではない。より正確に言えば、合理的な社会的慣行としての贈り物の意味を理解するのに苦労している」(『それをお金で買いますか』)と述べる。経済学の視点に立てば、受取人本人が喜ぶかどうかわからないプレゼントを買って渡すよりも、その分の現金を渡したほうが、受取人が幸せになる(受取人の効用が最大化される)はずだからという。
サンデルは経済学をうまく批判したつもりなのだろうが、かえって経済学に対する無知をさらけ出している。その理由は、本書『あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる』を読めばよくわかる。
女性大生の彼女は、つき合っている彼氏からイヤリングを贈られ、大喜びする。彼女は一体イヤリングの何について喜んだのだろう。イヤリングの値段は3万円する。その金銭価値がうれしいのだとすると、きっと彼女は頭の中で「このイヤリングをそのままネットオークションにかければ3万円稼げるかもしれない」と彼氏が聞いたら悲しむようなことを考えているに違いない。
しかし実際には、彼女はこのイヤリングを大切に使いたいと考えている。つまり、オークションに出して3万円を手に入れる以上の何らかの価値をそのイヤリングは持っているから、彼女はそれをオークションに出さないのである。「そうであれば、彼女のうれしさは3万円という金銭価値ではない」と著者の経済学者、竹内健蔵氏は指摘する。
それでは、彼女は何を喜んだのか。3万円もあれば、彼氏はちょっとした旅行ができたかもしれない。友達と居酒屋で楽しく過ごす時間を何回か持てたかもしれない。「そうした楽しみを犠牲にしてまで自分のためにイヤリングを買ってくれたという、その彼氏の気持ちが彼女にはうれしいのである」
そもそも経済学は、お金のことを研究する学問ではなく、「人間の気持ちや幸せを扱う学問」なのだ。だから人がなぜプレゼントを喜ぶかも、経済学で合理的に説明できる。イヤリングを贈るという選択をした結果、旅行や居酒屋の楽しみをあきらめるようなことを、経済学では「機会費用を払う」という。
本書は機会費用を切り口に、日常のさまざまな疑問を経済学で論理的に解き明かす。経済学に無知なハーバード大学教授の講義などとは、比べ物にならない面白さだ。
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