西側先進国で物価が急上昇し、経済・社会に深刻な影響を及ぼしている。
米国では車社会に欠かせないガソリンの高騰が家計を脅かす。日本経済新聞によると、2022年に米国の家計が支払うガソリン代は前年に比べて1世帯あたり平均455ドル(約5万7000円)多い2945ドルになるという。
英国では4月から電気・ガス料金が平均5割上がったほか、食料品や衣類などあらゆる品目が値上がりして家計の購買力が目減りしている。所得が最低生活水準を下回る市民は数百万人増えるとの推計もある。
3月の消費者物価指数は、米国では伸び率が前年同月比8.5%となり、約40年ぶりの歴史的な高水準となった。英国でも同7.0%上昇し、30年ぶりの高い伸び率が続く。
日本は米欧ほど大幅ではないものの、生鮮食品を除く総合指数が前年同月を0.8%上回り、7か月連続で上昇した。総務省によると、通信料が携帯大手などの料金プランの値下げで大きく下落しており、この影響がなければ単純計算で2%を超える上昇になったという。今後、インフレが目に見える形で迫ってきそうだ。
インフレは「プーチン氏の責任」に疑問
インフレの「犯人」は誰なのか。米国のバイデン大統領によれば、それは今、世界一の悪者とされるあの人物しかいない。バイデン氏は12日、消費者物価が約40年ぶりの伸びになったことについて、「70%はプーチン(ロシア大統領)が引き起こしたガソリン価格上昇によるものだ」と述べた。
ロシアのウクライナでの軍事行動が燃料などの価格を高騰させ、それが物価高を招いたという見方は、メディアでもよく見かける。しかし、この「ロシア犯人説」には疑問点がいくつかある。
まず、ロシア軍がウクライナに進駐する前から、物価は高騰していた。米国の消費者物価は3月まで7カ月連続で上昇している。ロシアが軍事行動を始めたのは2月24日だから、少なくともそれ以前の物価高の責任がプーチン氏にないのは明らかだ。
次に、軍事行動後も、ロシアが燃料の輸出を止めたのではなく、米欧側が経済制裁として輸入を止めたのである。バイデン大統領は3月8日、制裁の一環としてロシア産の原油、天然ガス、石炭の輸入を全面的に禁止する大統領令に署名している。
ロシアに対する経済制裁が、発動した側にも代償を強いることは、バイデン大統領自身、わかっている。同大統領は3月24日、ブリュッセルでの記者会見で、食糧不足が「現実化するだろう」と述べ、「制裁の代償はロシアだけに科されているわけではなく、欧州諸国や米国を含む極めて多くの国も科されている」と指摘した。
最後に、燃料や食料の購入に使うお金が増えると、単純に考えれば、その分だけ他の商品・サービスが買われなくなって値下がりし、物価全体では変化がないはずだ。ところが実際には物価は全体で上昇している。
「真犯人」は中央銀行、貨幣数量説は生きていた
物価全体が上昇する場合、その原因は一つしかない。社会に出回る貨幣(お金)の量が増えることだ。そして現代の経済において、お金の量を増やせる主体は一つしかない。中央銀行だ。
米経済評論家ピーター・シフ氏は4月13日、米物価高の「真犯人」についてツイッターへの投稿でこう述べた。「プーチンとは関係ない。人々が食料とエネルギーに使うお金を増やせば、他の商品に使うお金は減り、それらの値段は下がるはずだ。Fed(米連邦準備理事会=FRB)がやったんだ!」
物価上昇の原因は貨幣量の増大であり、それ以外にはない。貨幣量の変動が物価水準の変化をもたらすというこの見解を「貨幣数量説」と呼び、その起源は18世紀英国の哲学者デビッド・ヒュームにまでさかのぼる。現代の理論家として有名なのはノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏で、「インフレはいつでもどこでも貨幣的な現象である」と喝破した。
2008年のリーマン・ショック後、先進国の中央銀行がお金の供給量を急激に増やしたにもかかわらず、消費者物価は比較的落ち着いていた。このため「貨幣数量説はもはや成り立たない」とも指摘された。しかし、そう決めつけるのは早計だ。
なぜならお金の量が増えても、生産される商品・サービスの量がそれ以上に増えれば、物価は上がらないからだ。近年、先進国では生産性の向上やグローバル化の恩恵によって商品・サービスが豊かに供給されてきた。これが物価の上昇を抑えてきたとみられる。
また、お金が流れ込み、値上がりしても、物価指数に反映されないものがある。不動産や株式などの資産価格だ。各国の金融緩和政策を背景に、資産価格は高騰してきた。それは物価指数の算出対象には含まれないため、物価指数は上昇せず、見せかけの「低インフレ」を演出する結果となった。
お金が資産よりも一般の商品・サービスに多く流れるようになれば、資産価格は下落に転じ、物価は上昇する。最近の株式相場の不安定な動きと消費者物価の高騰は、そうした大きな潮目の変化を示しているかもしれない。貨幣数量説は生きていた。
米欧日のインフレの犯人はロシアではなく、自国の中央銀行による金融緩和であり、それに頼る政府だ。そうだとすれば、インフレをなくすために必要なのは、ウクライナ紛争でロシア軍を倒すことではなく、マネーの膨張に歯止めをかけることのはずだ。しかし、実際にはどうだろう。
米国は金融緩和からの脱却にかじを切ろうとしている。パウエルFRB議長は21日の討論会で、5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で通常の2倍の0.5%の利上げを示唆し、その後も「速いペースで動くのが適切」と述べた。それでもリーマン・ショック以来膨張が続き、新型コロナウイルス感染症対策でさらに天文学的な規模に膨らんだお金の量は、まだまったく減っていない。
バイデン大統領は同日、ウクライナに対する8億ドル(約1030億円)の新たな軍事支援や5億ドルの財政支援を表明しており、米財政の肥大に歯止めがかかる気配はない。これではFRBも、国債利払いの増加につながる利上げを進めるには限度があるだろう。
インフレ抑制、立ち遅れる日本
英国やユーロ圏も金融緩和の終了に動いているものの、ウクライナ紛争が長引くなか、ガス調達が不安定になれば企業の生産活動が中断され、景気後退に陥る恐れを否定できない。利上げに待ったがかかる可能性もある。
日本はインフレ抑制で立ち遅れている。日米金利差の拡大を背景に円相場が1ドル=130円目前と20年ぶりの円安水準に下落しているにもかかわらず、金融緩和政策をかたくなに変えようとしない。
政府・与党も財政支出を減らすどころか、逆にさらに増やそうとしている。自民・公明両党は先週、物価高対策の補助金や給付金の財源確保へ補正予算案を編成し、今の国会に提出するよう政府に求めることで合意した。補助金や給付金でお金の量を増やせば、物価高に拍車をかけるばかりだ。
インフレの責任をロシアに押しつけ、自らの責任から目をそらし続ける限り、適切な対応をとることはできない。このままいけば、たとえ支援するウクライナがロシアに戦争で勝っても、米欧日は経済が自壊しかねない。
*QUICK Money World(2022/4/28)に掲載。
0 件のコメント:
コメントを投稿