2022-09-01

誰でもナチスになりうる

経済学者、ポール・フリッタース
同、ジジ・フォスター
ジャーナリスト、マイケル・ベイカー
(2022年6月21日)

この二年余り、世界は新型コロナ騒動に振り回されてきた。ほとんどあらゆる国の一般人がコロナの「物語」を受け入れ、独裁権力を握った男女に拍手喝采した。権力者は通常の人権と政治手続きを停止し、コロナによる死だけが重要であるかのように装い、学校・企業を閉鎖し、人々が生計を立てるのを妨げ、大量の貧困と飢餓を引き起こした。

第二次世界大戦後の芸術や科学で、ハンナ・アーレントの哲学、ミルグラムによる服従心理の実験、イヨネスコの不条理演劇「犀」など、優れた指摘が数多くあったにもかかわらず、西洋はナチス時代(1930-1945)の重要な教訓を学ぼうとせず、忘れてしまっている。ナチス時代について書く一流の知識人が重視したのは、誰でもナチスになりえたということである。

母親が自分を十分に愛してくれなかったからとか、人生の中で神を拒絶していたからとか、ドイツ文化に内在する何かによってナチスになったのではない。残酷な教訓は、この状況下では、ほとんどの人が同じことをしたであろうということだ。悪とは、一言でいえば、平凡なものである。

アーレントが指摘したように、最も献身的なナチスは「善人」であった。純粋に自分を善人だと考えていたドイツ人たちである。母親に愛され、地元の信仰に忠実で、税金を払い、ドイツのために死んだ先祖を持ち、愛情深い家族関係にある人たちである。そして、友人、家族、教会、メディアから、自分たちは正しいことをしているのだということを認められ、支えられていた。

ドイツ人がナチス時代の教訓を忘れてしまったのは、当時に関する情報が隠されたからではない。それどころか、ドイツの若い学童たちは、ほとんどつねに本を読み、ドキュメンタリーを見るよう強要されていた。ドイツ人が教訓を忘れたのは、自分たちが聞かされた行動が普通であるという考えに耐えられなくなったからだ。だから、ナチスの時代はまったく異常で、生まれつき人一倍悪人である者たちが指導し、支持したということにしてしまった。

この嘘は世代を超えて問題を引き起こした。家庭で若者が祖父母に対し、どうして現実を見なかったのか、どうしてナチスに従ったのか、どうしてナチスの政策に参加したのか、と問い詰めたのだ。このような詰問は、自分たちも同じことをしていたかもしれないという、過激で恐ろしい真実を受け入れようとしない者がするものだ。ドイツの若者は自分自身についてそのように考えたくなかったし、彼らの親もそのような重荷を負わせたくはなかった。自分の子供が雪のように純粋だと永遠に信じられることを望まない人はいない。

若いドイツ人が問うべきは、「自分も屈してしまうような圧力に直面しないために、今の社会の何を変えなければならないか」ということだ。この問いはとても難しく、とても不愉快なものだ。しかし祖父母を拒絶するより、思いやりのある対応である。祖父母を責め、祖父母の悪を非難し、祖父母を人間ではなく、ある種の怪物として見下しながら、大見得を切って高い倫理観を示すことのほうが、ずっと簡単で単純なことなのだ。

(次より抄訳)
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : We Can All Be Evil and the Germans Were Nothing Special [LINK]

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