2020-11-08

斎藤幸平『人新世の「資本論」』

それって資本主義のせい?

資本主義を批判する人々の多くは、誤ってかわざとか、資本主義が起こしたわけではない問題を取り上げ、資本主義のせいにする。資本主義にしてみればとんだ濡れ衣だ。

本書も残念ながら、的外れな批判をいくつもしている。

たとえば、資本主義が欠乏を生み出す典型例として、土地をあげる。ニューヨークやロンドンでは不動産価格が異常なほど高騰する一方で、家賃が支払えない人々は長年住んでいた部屋から追い出され、ホームレスが増えていく。「社会的公正の観点から見ればスキャンダラスでさえある」(第六章)と著者は憤る。

しかし不動産相場が過熱している最大の原因は、金融緩和政策による通貨の過剰な供給である。現代において通貨の発行を独占し、その量を操作しているのは政府の一部門である中央銀行だから、民間部門が主導する資本主義のせいにするのはおかしい。政府の介入を排除する資本主義の原則が今よりも徹底していた時代には、通貨は金や銀の含有量が決められており、政府が勝手に発行を増やすことはできなかった。

また著者は、住宅ローンを批判する(同)。膨大な額の30年にもわたるローンを抱えた人々は、その負債を返すため、「賃金奴隷」となり、家族や快適な生活を犠牲にして長時間働かなければならないと非難する。

けれども住宅ローンの拡大は、やはり政府の政策によるものだ。貸し手にとってリスクの大きい最長35年の固定金利ローンを民間の金融機関が融資できるように、政府系法人である住宅金融支援機構が「フラット35」の仕組みで支援している。日本銀行による大量の資金供給も、多くの借り入れを可能にしている。

今より資本主義に対する政府の介入が少なく、フラット35などもなかった戦前の日本では、借家が主流で、家を買うなら貯めた現金で購入していた。住宅ローン地獄は資本主義のせいではない。

さらに著者は、かつてイングランドで行われた、暴力的な「囲い込み」が資本主義の離陸を準備したと述べる(同)。共同管理がなされていた農地などから強制的に締め出された農民が、仕事を求めて都市に流れ込み、賃労働者になった。これは歴史の教科書にも書かれている事実だ。けれども、囲い込みを資本主義のせいにするのは正しくない。

なぜなら囲い込みは、大地主の政治支配によって実行されたからだ。大地主は中央の議会を通じ、あるいは地方の治安判事として権力を行使し、自分たちの有利に土地を再配分することができた。これは政府の関与を排除する資本主義ではなく、政府と経済的有力者が癒着した「縁故主義」である。

著者は、地球温暖化による文明の崩壊を避けるため二酸化炭素排出量をゼロにしなければならないという一部の科学者や国連の主張を信じ、その実行を求める。それには経済規模を縮小する「脱成長」が必要であり、無限の経済成長を求める資本主義を止めなければならないという。

温暖化に関する国連などの主張には他の科学者から異論もあり、簡単に信じるわけにはいかないが、かりにそれが正しいとしても、資本主義を止めれば、文明の崩壊を防ぐどころか、むしろ加速させるだろう。需要と供給をマッチさせる市場経済の働きがなければ、異常気象に対応し、人的・物的資源を適切に配分することはできないからだ。

著者が社会問題に憤る心情は理解できる。けれども問題を起こす真犯人は資本主義ではなく、政府である。正しい敵を見定め、弾を撃ち込んでほしい。

>>書評コラム【総目次】>>書評コラム【4】

0 件のコメント: