History Is Not a Mathematical Calculation | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】歴史とは、単なる数学的な計算や科学実験のようなものではなく、常に新しい発見に満ちた壮大な人間ドラマである――。歴史家クライド・ウィルソンのこの言葉は、私たちが過去をどう捉えるべきかについて、非常に重要な示唆を与えてくれます。昨今のアカデミズムでは、歴史を数値化しようとする動きが目立ちます。例えば、アメリカ南北戦争の原因を探るために、当時の宣言書に含まれる「奴隷制」という単語の出現回数を数え、その割合を円グラフにするような手法です。しかし、こうした「科学主義」的なアプローチは、歴史の真実を見誤らせる恐れがあります。特定の言葉が何度使われたかというデータだけでは、当時の人々が何を重んじ、どのような動機で行動したのかという、事件の背後にある「意味」を説明することはできないからです。
経済学者のルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、歴史を理解するためには、個々の人間が何を望み、どのような価値観を持って決断を下したのかを探る「サイモロジー(心理学的歴史理解)」が不可欠だと説きました。歴史とは事実の羅列ではなく、人間の経験そのものです。単に事実を並べるだけでは、意図的に特定の事実だけを抜き出し、誤った物語を捏造することも容易になってしまいます。歴史を学ぶ真の目的は、誰が正しかったかを裁くことではなく、「何が、なぜ起きたのか」を解明することにあります。そのためには、数値を追うのではなく、当時の指導者や市民が遺した日記、手紙、あるいは地域に伝わる記憶に耳を傾ける必要があります。
例えば、かつての南部社会には「富裕な農場主」と「貧しい白人」しかいなかったという説が一般的でしたが、歴史家のフランク・オウスリーは、実際にはそのどちらにも属さない独立自営農民が多数派であったことを、当時の生活の実感や記憶を辿ることで明らかにしました。統計データや紋切り型の階級闘争論だけでは、こうした歴史の「手触り」や「質感」は消し去られてしまいます。大学の権威が認めた論文だけでなく、当事者たちの物語を幅広く参照して初めて、私たちは過去の過ちから真に学ぶことができるのです。歴史をイデオロギー的なスローガンとしてではなく、人間理解のための「物語」として捉え直す姿勢が、今こそ求められています。
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