Brazil’s Social Function Trap: When Property Becomes Conditional, Markets Become Political | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】ブラジルは、民主主義と市場経済を兼ね備えた国として知られています。しかし、そこで暮らす人々の実感は少し異なります。所有権という、市場経済の根幹をなす権利が、実は非常に不安定な状態にあるからです。経済の自由を重視する視点から書かれた今回の記事は、ブラジルにおける「所有権の罠」について鋭く分析しています。
ブラジル憲法は所有権を保障していますが、同時に「所有権は社会的機能を果たさなければならない」という条件を付けています。一見すると、社会貢献を促す耳ざわりの良い言葉のようですが、ここが落とし穴です。「平和的に取得したから自分のものだ」という理屈ではなく、「国家が社会的に有益だと認める限りにおいて、あなたの所有を認める」という論理にすり替わってしまうのです。この「社会的機能」の定義は時の政府や政治状況によっていくらでも伸縮するため、私有財産は常に、政治的な介入というリスクにさらされることになります。
例えば、都市開発や公共事業の名目で行われる「収用」が挙げられます。所有者が拒否しても、国家は「公共の利益」を掲げて強制的に進めることができます。争点は「収用できるか」ではなく「いくら支払われるか」という手続き上の問題に矮小化され、長年築いてきた商売のネットワークや地域の信頼といった、金銭に換算しにくい価値は無視されがちです。
経済とは、数百万の人々が自由な選択と拒否を繰り返す中で成り立つプロセスです。国家が「公共の利益」を理由に個人の計画を上書きしてしまうと、市場が本来持っている「何が本当に必要か」を発見する機能が失われます。結果として、人々は長期的な投資を避け、手っ取り早い利益だけを追い求めるようになります。
記事の著者は、ブラジルの現状を「偽装された社会主義」とまで呼んでいます。看板は私有財産を認める資本主義ですが、中身は国家がコントロールする体制です。大きな企業はロビー活動で身を守れますが、小さな商店や個人はリスクを直接背負わされます。
結局、ブラジルの経済停滞は、才能の欠如ではなくインセンティブの欠如によるものです。所有権が国家に対する明確な境界線として機能しない限り、真の繁栄は訪れません。ブラジルに必要なのは、新たな公約ではなく、所有権を「正当化の不要な絶対的権利」として回復させることだと、この記事は締めくくっています。
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