In Support of the Austrian Business Cycle Theory | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】今回は「オーストリア学派」の経済循環理論をめぐる、現代的な議論について紹介します。この理論は、中央銀行がインフレ的な信用拡大を通じて金利を人為的に引き下げると、本来なら不採算であるはずの事業に資金が流れ、資源の誤配置が起きると主張します。これが経済の「ブーム」を生みますが、やがて消費者の実情に合わないことが露呈し、中央銀行が引き締めに転じると、反動として「バスト(崩壊)」が訪れます。つまり、中央銀行の金融緩和こそが景気循環の罠を仕掛けているという考え方です。しかし、これには批判もあります。批判者は、経営者が経験から学習する存在であるなら、中央銀行の罠に何度もかかると考えるのは不自然だと主張します。賢明な経営者なら、中央銀行が後で金利を上げることを予測し、目先の低金利に惑わされず行動することで、景気循環そのものを無力化できるはずだというのです。
これに対し、この記事の著者は反論を展開しています。景気循環の本質は単なる金利の上下ではなく、通貨供給量の変化が引き起こす「無から有を交換する」という実体経済への実害にあるからです。中央銀行が貨幣を増やすと、その新しい資金を手にした人々へと、富を生み出す人々から資源が強制的に移転されます。このプロセスが始まってしまうと、経営者がどれほど将来を予測していても、景気循環の波を止めることはできません。また、通貨供給の変化が経済に影響を及ぼすまでのタイムラグは一定ではなく、予測は極めて困難です。さらに重要なのは、個々の経営者の立場です。例えば、建設業者が「この住宅需要は金融緩和による一時的なものだ」と見抜いていても、現実に目の前に需要がある以上、それに応えなければ即座に市場から脱落してしまいます。経営者には、その波に乗るか、ビジネスを辞めるかという選択肢しかありません。
結局のところ、中央銀行が緩和的な姿勢をとった時点で、経済の実害はすでに始まっており、人々の期待や予測によってその帰結を回避することは不可能なのです。この記事は、個人の賢明な判断だけでは防げない構造的な問題が中央銀行制度には内包されていることを、改めて浮き彫りにしています。著者が強調するように、景気循環という破壊的なサイクルの責任は、学習しない経営者にあるのではなく、そもそもその罠を仕掛け続けている中央銀行の側にこそあると言えるのです。
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