Does Liberalism Fuel Imperialism? | Mises Institute [LINK]
歴史には非常に皮肉な矛盾が存在します。国内で経済的な自由を最も熱心に守っている国ほど、国外に対しては最も攻撃的な外交政策をとる傾向がある、という点です。例えば、自由貿易と産業革命の地である19世紀のイギリスは、史上最大の植民地帝国を築きました。現代のアメリカも、世界で最も自由な経済の一つを持ちながら、世界中に数百もの軍事基地を維持しています。この謎を解く鍵は、経済学者ハンス・ヘルマン・ホッペが指摘した「内部のリベラリズム(自由主義)」と「外部の帝国主義」の結びつきにあります。
そのメカニズムは驚くほど単純です。まず、国内の規制が弱く個人の自由が認められている社会では、人々は活発にイノベーションを起こし、資本を蓄積します。これが大きな富を生みます。しかし、そこに国家という存在が介入します。国家は自ら富を生み出すことはできませんが、国民が作り出した富を、税金やインフレという手段で効率的に吸い上げることができます。つまり、社会が豊かになればなるほど、それを搾取する国家もまた、強大な軍事力や覇権を維持するための膨大な資金を手に入れることになるのです。
さらに興味深いのは、こうした国家が「国民の自由を守るため」や「高い生活水準を維持するため」という大義名分を掲げて、戦争や国外への介入を正当化することです。イギリスがかつて世界を支配できたのは、他国よりも自由で豊かな経済を、国家が効率よく軍事力へと変換したからです。この傾向は、1913年の米連邦準備制度、つまり中央銀行の誕生によってさらに加速しました。金本位制が失われ、国家が紙幣を自由に印刷できるようになると、国庫の貯えを気にすることなく、戦費を調達することが可能になりました。現代のドルが世界の基軸通貨として君臨し、他国に経済制裁を加える力を握っているのも、元を辿ればアメリカ国内の自由な市場が生み出した圧倒的な富が、国家によって帝国的な支配の道具へと転用されている姿なのです。
最近の中国の台頭も、この理論で説明できます。市場を一部開放して豊かになったことで、その富が軍事的な拡大や地政学的な野心へと注ぎ込まれています。ここで重要なのは、私たちが経済的な自由を否定すべきではないということです。富を生む自由そのものが悪いのではなく、その富を本来の目的である「協力」ではなく「支配」のために奪い取る、国家の捕食的な性質こそが真の問題なのです。自由が生み出した繁栄が、いかにして支配の道具へと変えられてしまうのか。この国家による搾取のサイクルをどう断ち切るべきか、私たちは今、改めて問い直す必要があります。
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