State "Dominion" versus Property Rights | Mises Institute [LINK]
アメリカのリバタリアン、つまり自由至上主義者の党大会では、よく「税金は窃盗か?」という問いが投げかけられ、参加者は「イエス」と答えます。しかし、彼らがそれでも政府のポストを争うのは、あらゆる自発的な組織には存在するはずの選択肢、つまり「脱退」が国家においては認められていないからです。国家には、徴税や徴兵など多くの強制手段がありますが、その中で最も悪質で、他のすべてを可能にしているのが「ドミニオン」と呼ばれる領土支配権です。
ドミニオンとは、たとえ個人が私有している土地であっても、国家がその土地に対して最終的な支配権を主張することを指します。これは通常の「所有権」とは決定的に異なります。所有権は自発的に譲渡できますが、国家が主張するドミニオンは、一度土地が国家の一部になると、そこから離脱することが許されません。土地を相続する者は、国家に従うか、すべてを捨てて出ていくかの二択を迫られます。なぜ国家への加入は土地とともにできるのに、土地を伴った脱退は許されないのでしょうか。
「脱退を許せば混乱を招く」という反論もありますが、警備や道路建設などを自発的に提供する組織は、強制的な支配権を持たなくても、顧客の出入りにうまく対応しています。ドミニオンこそが、税金を「利用料」ではなく「略奪」に変え、徴兵を「契約」ではなく「奴隷制」に変えているのです。もし自由に脱退できれば、質の低いサービスしか提供できない国家は自然に淘汰されていくはずです。
現代の国家は「民衆の下僕」を装いますが、ドミニオンはこの前提を壊しています。例えば、状況が変わっても土地を縛り付け、親の同意だけで子供の世代まで永遠に契約を強制します。しかし、父親が子供に自分の植えた木の実を食べるよう強制する権利を持たないのと同様に、国家が次世代を永続的に縛る正当性はありません。
脱退が認められない社会は、いわば「圧力鍋」です。少数派の不満が溜まり、国家がより強権的になると、その緊張はやがて暴力的な大爆発へと繋がります。混乱を恐れて脱退を禁じることは、むしろ将来の破滅的な事態を準備しているに過ぎません。歴史が示す通り、国家が圧力を抑えきれなくなった時の惨劇は、時折起こる脱退という「そよ風」とは比較にならない「竜巻」のようなものです。武力で人々を縛り付ける考えを捨て、平和的な自己決定権を認めることこそが、真の自由への道なのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿