Nock’s War on the State | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】アメリカの思想家アルバート・ジェイ・ノックが、国家の本質を「犯罪組織」になぞらえて批判した論考についてご紹介します。ノックは完全な無政府主義者ではありませんでしたが、国家を最小限に抑えるべきだと説く古典的自由主義の立場から、その肥大化を厳しく指弾しました。
ノックは、人間の欲求を満たす手段には「富の生産と交換」という経済的手段と、他人が作った富を「無償で奪い取る」という政治的手段の2つしかないと指摘しました。彼によれば、国家の本質とは、ある集団が別の集団を支配し、経済的に搾取するために編み出された「政治的手段」を体系化した制度に他なりません。つまり、社会は「奪われる側」と、暴力や威嚇を背景に他人の生産物で優雅に暮らす「奪う側」の2グループに分かれているという冷酷な現実を、彼は突きつけました。
ノックが特に現代的だと言えるのは、民主主義国家であっても、その犯罪的な本質は全体主義国家と何ら変わらないと論じた点です。1936年、大恐慌に苦しむ人々がフランクリン・ルーズベルト大統領を救世主のように仰いだ際、ノックは人々が依存心から「より良いボス」を求めているに過ぎないと見抜いていました。彼は、国家が個人の自発的な協力関係、つまり「社会的権力」を侵食し続けることに警鐘を鳴らしました。例えば、かつて災害が起きた際にボランティアが迅速かつ自律的に解決していた問題も、国家が肥大化すれば、人々は何でも政府に頼り、自分たちの能力を衰退させてしまうというのです。
さらに彼は、外国の残虐な独裁政治を批判しながら自国の国家権力を容認する人々の「驚き」を、あまりに世間知らずだと切り捨てました。歴史を見れば、国家は自らの利益のために、可能であれば常に略奪や虐殺を行ってきたからです。彼はメディアがすべきことは、国家の悪行に驚くことではなく、国民に「国家とはこういうものだ、一体何を期待しているのか」と歴史的事実を突きつけ続けることだと説きました。
ノックの結論は悲観的でもあります。大衆は真実よりも耳に心地よい嘘をつく政治家を選びがちであり、国家を抑制するには有権者に極めて高い規律が必要だからです。私たちが投票という儀式で「新しい支配者」を選ぶとき、それは国家の本質的な犯罪性を肯定しているに過ぎないのかもしれません。今、私たちが目にしている国際情勢や国内の政治も、ノックが描いた「社会的権力を奪い、自己増殖を続ける国家」という構図の中に収まっていると言えます。
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