Rise of the Right-Wing Leninists | The Libertarian Institute [LINK]
【海外記事紹介】アメリカの保守政治が「右派レーニン主義」とも呼ぶべき危険な変質を遂げているという、リバタリアン研究所のトーマス・エドレム氏による論考をご紹介します。
著者は、ウラジーミル・レーニンの「誰が誰を追い越すか(どちらがどちらを滅ぼすか)」という言葉を引き、現代米国の左右両陣営が、法治主義よりも「敵を撃破するための政治権力の行使」を優先させている現状を危惧しています。特に衝撃的なのは、米国内でICE(移民税関捜査局)などの法執行官によって殺害された一般市民、レネー・グッド氏とアレックス・プレッティ氏の死に対する保守層(MAGA)の反応です。彼らは、犠牲者が過去にパトカーのテールランプを壊したといった些細な非行を挙げ、「自業自得だ」と死を正当化しました。著者はこれを、法執行官の本来の任務である「生かして捕らえ、裁判にかける」という役割の完全な放棄であり、法治国家の崩壊であると断じています。
この傾向を著者は「右派レーニン主義」と呼びます。左派が反対者を「ナチス」と呼び死を喜ぶのと同様に、現在の右派も反対者を実態に関わらず「共産主義者」と一括りにし、国家による殺害すら容認する文化に染まっているという指摘です。自由な人間である証しとは、政府の役人に対しては常に疑いの目を向け、市民に対しては推定無罪の原則を守ることにあるはずですが、現在の米国右派にはその精神が失われつつあります。
著者は劇作家ロバート・ボルトの『わが命つきるとも』におけるトマス・モアの台詞を引用します。「悪魔を捕らえるためにイングランド中のすべての法を切り倒してしまったら、その後に悪魔が自分の方を向いた時、平らになった土地のどこに隠れる場所があるのか」と。政敵を滅ぼすために法を破壊すれば、最終的に守られるべき自由そのものが消滅してしまいます。
トランプ政権の幹部たちが犠牲者の墓の上で踊るような振る舞いを見せる中、著者は、政治的敵対者の死を望むことは自由の完全な敗北を認めることに等しいと警告します。法を武器として悪用するのではなく、法そのものを守ることこそが、米国が本来模範としてきた自由への唯一の道であると、エドレム氏は切実に訴えています。
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