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2026-02-21

自然科学模倣の危うさ

Winch Way Forward? | Mises Institute [LINK]

【海外記事紹介】社会科学のあり方に革命的な視点をもたらした哲学者、ピーター・ウィンチの古典的名著『社会科学の観念』が、現代の経済学や哲学の文脈で改めて注目されています。1958年に刊行された本書は、ウィトゲンシュタインの思想を継承し、社会科学が自然科学の手法を模倣することの危うさを鋭く批判したものです。特筆すべきは、このウィンチの理論が、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが提唱した「人間行動学(プラクセオロジー)」、すなわち「人間の行動は経験的なテストを待たずとも論理的に導き出せる」とする独特の公理的手法を擁護する強力な武器になるという点です。

一般に、経済学などの社会科学において「頭で考えただけで世界の真理を導き出せるはずがない」という批判が根強くあります。しかしウィンチは、自然科学と社会科学の間には決定的な一線があると主張します。石などの自然界の物質は、同じ刺激に対して常に同じ反応を示しますが、人間は自らの理解に基づき、目的と手段を選択して「行動」します。ミーゼスが「自然科学は法則に従うが、人間は選択する」と説いたように、社会の出来事は外部からの因果関係だけで説明できるものではなく、当事者にとっての「意味」を理解しなければ捉えることができません。

ウィンチの議論で特に興味深いのは、「私的言語」という概念を用いた社会性の強調です。人は自分の考えを認識する際にも、他者と共有された社会的なルールや言語という枠組みを必要とします。例えば、誰かがエベレストを指さして「これがエベレストだ」と定義しても、その言葉が将来どう使われるべきかは、個人の決心ではなく社会的な文脈によって決まります。この「理解の共有」こそが社会科学の基盤であり、脳科学や物理学がどれほど進歩しても、人間が自らの意思で意味を見出す「行動」の領域を完全に代替することはできないというのです。

ウィンチの主張は、社会を単なるデータの集積と見なす現代の風潮に対し、人間の知性や相互理解の重要性を再認識させてくれます。

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