Nanny State States | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】アメリカがいかに「ナニー・ステート」、つまり過保護で干渉好きな「子守国家」であるか。それを如実に物語っているのが、全米各地に張り巡らされた複雑怪奇なアルコール規制の実態です。今回ご紹介する記事は、自由の国を自称するアメリカの裏側に潜む、不自由な現実を鋭く突いています。
その象徴的な例が、サミュエル・アダムスが昨年末に発売した「ユートピア2025」というビールです。このビールは、職人魂の結晶として30年以上の歳月をかけて開発され、アルコール度数はなんと30パーセントに達します。陶器のボトルに入れられた芸術品のような限定品ですが、驚くべきことに、全米15の州ではこのビールを購入することが法律で禁じられています。「自由か死か」をスローガンに掲げるニューハンプシャー州でさえ、度数が高すぎるという理由で違法とされているのです。
アメリカのアルコール規制はこれだけにとどまりません。食料品店でお酒が一切買えない州もあれば、ビールしか扱えない州もあります。日曜日になると販売時間が厳しく制限されたり、全面禁止になったりする地域も珍しくありません。さらに驚くべきは、7つの州では政府がすべての酒屋を所有・経営しているという事実です。民間が店を開くことは許されず、どのブランドをいくらで売るか、営業時間は何時までか、すべてをお役人が決定しています。
また、成人の定義についても矛盾が目立ちます。結婚ができ、軍隊に入って戦うこともでき、選挙権もある「大人」であっても、21歳になるまではお酒を一杯買うことすら許されません。ハッピーアワーを禁止している州や、自治体単位で禁酒を貫く「ドライ・カウンティ(禁酒郡)」も依然として数多く存在しています。
著者は、こうした規制のすべてが「自由な社会」とは相容れないものだと断言します。本来、自由な社会であれば、アルコールは他の商品と同じように扱われるべきです。何をいつ売るか、いくらで提供するかは、政府ではなく民間企業が決めるべきことであり、政府が個人の嗜好や商取引に口を出すべきではありません。
多くのアメリカ人は自分たちが自由な社会に住んでいると信じていますが、実際には、教育や医療、そしてこのお酒の問題に至るまで、生活の隅々まで国家の管理下に置かれています。この記事は、お酒を飲むか飲まないかという個人の選択以前の問題として、政府とアルコールを完全に切り離し、真の意味での「個人の自由」と「財産権」を取り戻すべきだと強く訴えています。
一見すると、公衆衛生を守るための妥当な規制のようにも思えますが、政府による過度な介入が個人の自律性をいかに損なっているか、私たち日本人も「当たり前」だと思っている規制を考え直すきっかけになるかもしれません。
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