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2026-02-16

価値の客観と主観

The Putnam Twist: The End of Value | Mises Institute [LINK]

【海外記事紹介】20世紀を代表する哲学者の一人、ヒラリー・パトナムらが編纂した著作『価値自由な経済学の終焉』を巡る書評をご紹介します。本書は、経済学が「客観的な事実」のみを扱う科学であるべきだという従来の常識に対し、哲学的な視点から鋭い疑問を投げかけています。著者は、パトナムの政治的・経済的な判断には批判的でありながらも、彼が展開した「価値と事実の絡み合い」に関する議論については、現代の経済学や倫理学を再考する上で極めて重要な示唆を含んでいると高く評価しています。

一般に、科学の世界では「事実は客観的で記述的なもの」「価値は主観的で規範的なもの」と厳格に区別されます。経済学においても、ライオネル・ロビンズらの学説以降、経済学者は「何が効率的か」という手段については論じても、「何が究極的に善い目的か」という価値判断には踏み込まないことが美徳とされてきました。しかし、パトナムはこの区別が幻想であると主張します。彼は、例えば「勇気がある」「賢明である」といった言葉を挙げ、これらは事実を記述すると同時に評価も含んでおり、両者を切り離すことはできないと説いています。もし勇気を「恐怖を感じないこと」という事実のみで定義すれば、それは単なる「無鉄砲」との区別がつかなくなり、言葉が持つ本来の真実味を失ってしまうからです。

この記事では、このパトナムの主張に対し、経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスの反論も紹介されています。ミーゼスは、たとえ日常的に価値判断が含まれる言葉であっても、科学的な定義によって価値を排除することは可能だと考えました。しかし、パトナムはさらに踏み込み、理性的な対話そのものが、公平さや感受性といった「価値を含んだ概念」なしには成立しないと指摘します。つまり、私たちが「客観的で正しい結論」を導き出そうとする営みの土台そのものに、主観的とされる価値観が深く根を張っているというのです。経済学が単なる数字の計算を超えて、人間の幸福や社会のあり方を論じる際、私たちが「事実」だと思っているものの背後にどのような「価値」が隠れているのか。本書は、数値化できない倫理の重要性を改めて突きつけています。

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