The Challenge of Distinguishing History from Fiction | Mises Institute [LINK]
【海外記事紹介】歴史小説と歴史的事実の境界線がいかに曖昧であり、私たちが抱く「心地よい物語」が、いかに真実を覆い隠してしまうかという問題について解説した論評をご紹介します。歴史小説の作家は、読者の興味を引くためにプロットを創作し、架空の対話やキャラクターを織り交ぜる自由を持っています。私たちがそこから歴史を学び、人間性を知ることは素晴らしいエンターテインメントですが、問題は、本来事実を伝えるべき歴史家が、虚構の物語を「正史」として提示し始めたときに起こります。
その最たる例が、アメリカのリンカーン大統領を巡る言説です。多くのアメリカ人は、リンカーンを奴隷解放のために戦った聖人君子のような英雄として仰いでいます。しかし、トーマス・ディロレンゾの著書『リアル・リンカーン』が指摘するように、教育現場で教えられている標準的な物語は、驚くほど事実と乖離しています。リンカーンが南北戦争を開始した最大の目的は、奴隷制度の廃止ではなく、あくまでも南部の分離独立を阻止し「連邦を維持すること」にありました。
実際、1862年の書簡でリンカーンは「奴隷を一人も解放せずに連邦を救えるならそうする」と明言しています。さらに、有名な「奴隷解放宣言」も、実際には北部(連邦側)に残った奴隷州の奴隷たちは解放せず、自身の権力が及ばない敵地(南部連合)の奴隷のみを「解放」すると宣言したに過ぎませんでした。これらは歴史的事実ですが、多くの人々はこの不都合な真実よりも、「善意に満ちた解放者」という物語を信じたがります。
経済学者ミーゼスは、優れたフィクションには「人間ならこう行動するだろう」という普遍的な人間理解があるため、事実と混同されやすいと分析しています。現代人は「奴隷制度は悪である」という価値観を共有しているため、過去の偉大な指導者も自分たちと同じ正義感に基づき、歴史の「正しい側」に立っていたはずだという期待を抱きます。歴史家がその期待に応える物語を提供するとき、事実は二の次になってしまうのです。
ミーゼスは、歴史の概念とは「かつての現実との一致」であり、自分たちを良く見せるための物語作りではないと説いています。私たちは、歴史を学ぶ際にそれが「事実」に基づいているのか、それとも「自分の願望を投影した物語」に過ぎないのかを冷静に見極める必要があります。
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