2021-05-30

良いハイジャック、悪いハイジャック


旧ソビエトのベラルーシが旅客機を強制着陸させ、反体制派のジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチを拘束したとして、欧米諸国から「国家によるハイジャック」(フォンデアライエン欧州委員長)と非難を浴びている。

ベラルーシは、ギリシャからリトアニアへ向かっていたアイルランドのライアンエア機に対し「爆弾が仕掛けられたとの情報がある」として緊急着陸させたが、爆弾は見つからなかった。着陸後、プロタセビッチの身柄を拘束した。

日本を含む主要七カ国(G7)の外相らは、ベラルーシ当局を「最も強い言葉で非難する」との共同声明を発表。「メディアの自由への深刻な攻撃だ」と指摘し、ベラルーシで拘束されている「全ての他のジャーナリストや政治犯の即時かつ無条件の解放」を求めた。

ベラルーシのルカシェンコ政権は、ジャーナリストの拘束を目的に着陸を強いたとの見方を否定している。しかし、かりに事実としても、欧米諸国にそれを居丈高に非難する資格があるとは思えない。八年前、欧米自身がほとんど同じことをしているからだ。

2013年7月、南米ボリビアのモラレス大統領(当時)を乗せてロシアを発った大統領専用機が、オーストリアのウィーンに予定外の着陸を余儀なくされた。米政府の情報収集活動を暴露したとして訴追されたエドワード・スノーデンが同乗している可能性があるとして、フランスとポルトガルが領空の飛行許可を取り消したためだ。スノーデンは乗っていなかった。

ジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドは、ボリビア大統領の一件に触れながら、欧米メディアのベラルーシ報道を批判する。「ジャーナリスト、とくに欧米のジャーナリストは、今回の事件がロシアの同盟国の独裁者にしかできない、前例のない暴挙だという報道をするべきではない。この戦術を始めたのは、今回の出来事を最も声高に非難している諸国なのだ」

八年前に強制着陸の標的となりかけたスノーデンは、グリーンウォルドの記事をツイッターで紹介し、こうコメントした。「反体制派を逮捕するために航空機に緊急着陸を強制するなど言語道断。これはブッシュ時代の超法規的引き渡し(国家機関による国際的な拉致)の現代版であり、どのような国旗の下で行われようと、反対すべきだ

超法規的引き渡しとは、米中央情報局(CIA)がブッシュ(子)政権下の2001〜2005年にかけて、世界中で約百五十人ものジャーナリストや人権運動家を誘拐し、拷問したことを指す。

米国のジェン・サキ大統領報道官は声明で、ベラルーシに対し「国際規範への直接的な侮辱だ」「ルカシェンコ政権の基本的自由に対する攻撃に対抗する」と強調した

ところで、どういう巡り合わせか、サキはボリビア大統領の強制着陸時、オバマ政権下で国務省報道官を務めていた。

当時の記者会見でサキは、米政府が強制着陸に何らかの役割を果たしたのかとの質問に言を左右にしながら、スノーデンの搭乗に関し他国と連絡は取っていたと認めた。サキはこう発言している。「繰り返しますが、彼(スノーデン)は機密情報の漏洩で訴追されていたのです」

ロシアと親しいベラルーシが反体制派を拘束するための強制着陸は許しがたい暴挙だが、米政府の国民監視を暴いた反体制派をとらえるための強制着陸は問題なし。欧米諸国や主流メディアの政治的な基準によれば、ハイジャックには良いものと悪いものがあり、言論の自由にも良いものと悪いものがあるらしい。

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2021-05-29

米、生物兵器の黒歴史


バイデン米大統領が新型コロナウイルスの発生源に関し、中国・武漢の研究所から流出した説も含めて追加調査を行うよう情報機関に命令したことで、以前は陰謀論扱いされていた、ウイルスが武漢のラボで作られたという説が、にわかに有力視されることになった。

これに対し、中国はもちろん黙っていない。外務省の趙立堅報道官は記者会見で「中国の研究所からの流出はあり得ないことが、世界保健機関(WHO)の報告書で結論付けられている。米国は政治的にもてあそび、責任を押し付けている」と米側を非難。追加調査に乗り出す米情報機関についても、イラク戦争の開戦理由となった大量破壊兵器が存在しなかったことを引き合いに「黒歴史は世界に知られている」と一蹴した

さて、趙はもう一つ、重要な指摘をしている。新型コロナウイルスは米国の生物兵器研究が起源との見方を、あらためて示したのだ。

趙は、中国側が以前から問題視している、米メリーランド州にある米陸軍の生物医学研究施設フォートデトリックに言及。「疑惑に包まれたフォートデトリックや、世界に二百以上存在する米国の生物学研究所にどんな秘密が隠されているのか」「米国は世界に説明する義務がある」と強調した

米共和党などは、新型コロナウイルスは中国人民解放軍が生物兵器として開発したもので、それが誤って武漢のウイルス研究所から漏洩したとの説を唱えている。しかし歴史を振り返れば、こと生物兵器に関する限り、米国に他国(とくに中国)を非難する資格がないのはたしかだ。そこには日本の闇の部分もかかわっている。

第二次世界大戦中の1942年、米国は生物兵器の開発計画に着手した。当時のフランクリン・ルーズベルト大統領の指示に基づき、六千万ドルの予算と四千人の人員を獲得。原爆を開発したマンハッタン計画ほど大規模ではなかったものの、その重大性はのちに判明する。

米国が初めて生物兵器を使用したのは、朝鮮戦争(1950〜53年)の際だった。その際、旧日本軍の七三一部隊のデータを利用したとされる。七三一部隊といえば、満洲で囚人に残酷な生体実験を行い、多数を殺害したことで悪名高い

朝鮮戦争で米軍の生物兵器の標的となったのは、中国人だった。1952年、異なる都市で、炭疽菌や脳炎とみられる原因で死亡する中国兵が増え始める。中国と朝鮮で急増する急死を調査するため、医療従事者が動員された。

ベトナム戦争(1964〜75年)では米軍によって大量の生物・化学兵器が使用され、ベトナム人民に後遺症など深刻な影響を残す。1975年、米国はジュネーブ議定書と生物兵器禁止条約を批准し、表向き生物兵器の開発から手を引いたものの、ロシア系放送局RTの記事が指摘するとおり、実際には研究を続けるグレーゾーンが残されている

趙報道官の「疑惑に包まれたフォートデトリックや、世界に二百以上存在する米国の生物学研究所にどんな秘密が隠されているのか」という発言は、そのグレーな点を衝いたものだ。

生物兵器の研究・開発は、それが秘密裏であるほど、人々が気づかないうちに、コロナ以上に深刻な疫病の拡大につながる恐れがある。サキ米大統領報道官は、WHOの調査に中国が非協力的だと不満を示したが、中国を責める前に、米自身の情報開示姿勢を省みるべきだろう。

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2021-05-28

陰謀論を笑うな


バイデン米大統領は、新型コロナウイルス発生源の解明に向けた追加調査と九十日以内の報告を米情報機関に指示した。動物から人間に感染したか、中国のウイルス研究所から流出したか、二つの可能性があるという。同大統領は情報収集・分析の強化を求めるとともに、中国の協力も訴えた。

中国・武漢の研究所からのウイルス流出説といえば、トランプ前大統領が在職中、早くから唱えていた説だ。当時、トランプに敵対する主流メディアや左派言論人は「陰謀論」と決めつけ、あざ笑った。今になって自分たちの「身内」であるバイデンから、その「陰謀論」を蒸し返されたわけで、皮肉な話だ。

ジャーナリストのグレン・グリーンウォルドは、ツイッターでこう批判した。「大手メディアは一年かけて、中国研究所流出説を非常識な陰謀論に仕立て上げた。検証サイトも嘘だと断言した。その説をほのめかせば、偽情報だとしてオンラインから締め出された。主流メディアは今、その説が本当かもしれないと仕方なく認めている。説明責任はないのか」

トランプ前大統領は武漢研究所流出説に基づき、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼び、中国への敵愾心を煽った。しかし、ことはそう単純ではない。武漢研究所から流出した可能性のあるウイルスの開発には、米国自身が少なくとも間接的に関与していたとみられるからだ。

米国はオバマ大統領時代、国内でのウイルス研究を禁止する方針を打ち出した。米疾病対策センター(CDC)で重大な事故が多発したためだ。このため米国立衛生研究所(NIH)で実施されていたウイルスの研究を、武漢研究所に外部委託することにした。外部委託を積極的に推し進めたのは、NIH傘下の米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長で、現在コロナ対策のトップを務めるアンソニー・ファウチとされる

最近、武漢研究所で行われていた、コウモリのコロナウイルスを遺伝子的に改変する研究に対しては、ニューヨークの非営利研究機関エコアライアンスを通じ、NIHの連邦助成金六十万ドルの一部があてられていた。その助成金は、米保健福祉省内にある監督委員会(P3CO)の審査を受けていなかったという。

在米ジャーナリストの飯塚真紀子は「審査されなかったために、リスクが見出されることなく交付された連邦助成金で研究が行われ、それが、新型コロナの流出に繋がった可能性もあるのかもしれない」と指摘する

コロナウイルスの起源は藪の中で、何が本当か軽々に断言できない。一つだけ言えるのは、コロナ問題に限らず、陰謀論を笑ってはいけないということだ。そこには往々にして真実が隠れている。

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2021-05-27

法の支配が消えていく


政府は最近、「法の支配」という言葉がお気に入りだ。菅義偉首相は4月の日米首脳会談後にバイデン米大統領と発表した共同声明で、「普遍的価値及び共通の原則」として自由、民主主義、国際法などとともに、法の支配を挙げた。

法学をかじったことのある人なら、法の支配とは、権力を法(普通の法律より上位にある憲法や自然法)で縛るという意味だと知っているだろう。だから日米両国が共同声明で謳ったのも、その意味の「法の支配」だと思ったのではないか。

ところが、そうではない。それというのも、政府が法の支配を持ち出すとき、それはいつも、中国に国際法を守らせ、東・南シナ海での勢力拡大を許すなという外交の話なのだ。先日も欧州を歴訪した茂木敏充外相が行く先々で、中国に関して「法の支配」を強調していた。

国際法を守るという意味で「法の支配」を使うようになったのは最近のことで、誤解を招きやすい。権力を法で縛る本来の法の支配とは、性格が違うからだ。本来の法の支配の目的は国家から個人を守ることであるのに対し、国際法が守るのは国家の利益であり、個人の権利を直接守るわけではない。

しかも政府は外交の場では法の支配という言葉を都合よく多用しながら、本来の意味をすっかり忘れているようにしか見えない。新型コロナを口実に、個人の基本的権利であり、憲法でも保障される移動の自由や営業の自由を簡単に制限してしまっている。

外交上の意味で法の支配が強調されると、あたかもそれだけが法の支配であるかのように誤解する人が増えかねない。いや、むしろそれが政府の狙いではないかと勘ぐりたくなる。政府にとって本来の法の支配は、権力を縛るうっとうしい仕組みだからだ。

法の支配という言葉が国家間の勢力争いに都合よく利用される一方で、本来の法の支配は忘れ去られ、消え去っていく。危ういことだ。

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2021-05-26

未曽有の国難、未曽有の失策


新型コロナウイルスの発生を受け、「未曽有」という言葉が流行している。率先して使っているのは政府だ。菅義偉首相は今年初め、年頭所感で「皆さまとともに、この未曽有の国難を乗り越え、ポストコロナの新しい社会をつくり上げてまいります」と述べた。

未曽有とは「未(いま)だ曽(かつ)て有らず」のことで、「今までに一度もなかったこと」を意味する。けれども冷静に考えて、新型コロナは今までに一度もなかったような危機といえるだろうか。

コロナによる国内の累計死亡者数は1万2394人(5月24日時点、東洋経済オンライン)。日本人の死因トップである、がんで一年間だけで約37万人(2019年)が死亡しているのとは比べ物にならない少なさだ。死因が別にあっても、新型コロナに感染していればコロナ死としてカウントされることを考えれば、実際の死亡者数はもっと少ないだろう。

外国の死亡者数は日本より多い。最多の米国は累計約59万人に達し、死因も今年に入り、コロナは心臓疾患やがんを上回り、トップになった。その点からは、日本よりも深刻といえるだろう。

かりに米国にとってコロナが「未曽有の国難」だとしよう。だからといって、ロックダウン(都市封鎖)のような「未曽有の対策」を行うことが正しいわけではない。

米経済学者ドナルド・ブドローは「コロナが危険で前例のないものだとしても、ロックダウンは少なくとも同じくらい危険で前例がない」と指摘し、こう述べる。「コロナの未知の恐怖だけに注意を向けるために、ロックダウンで生じうる未知の恐怖を不問に付すのは、政策として認めることができないのと同じくらい、科学として正当化できない」

ブドローの指摘は正しい。コロナの予防や治療に科学が必要なのと同じくらい、コロナ対策にも科学的思考が欠かせない。ロックダウンは経済に打撃を及ぼし、社会にドメスティックバイオレンス(DV)や自殺といった深刻な副作用をもたらしている。科学的に正しい対策とは言いがたい。

日本は米欧のようなロックダウンこそないものの、度重なる緊急事態宣言によって同様の副作用が生じている。国内のコロナ感染状況が米欧に比べ「さざ波」でしかないのであればなおさら、経済・社会を疲弊させる誤った政策はやめるべきだ。

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2021-05-25

医療と新自由主義の嘘


新型コロナウイルス拡大をきっかけに世界中で医療崩壊が起こったのは、すべてを市場に任せる新自由主義のせいだ——。こんな主張が有名ジャーナリスト大手メディアによって叫ばれている。

しかし、これほど事実に反することはない。新自由主義の総本山とされる米国の医療の実態を見れば、わかるはずだ。

米国の医療は、食品医薬品局(FDA)や疾病対策センター(CDC)をはじめとする連邦政府の機関によって厳しく規制されている。

昨年春、コロナ感染が広がり始めた当初、連邦政府以外の研究室はウイルス検査方法の開発が禁止された。ところがCDCの検査は判定に二日から一週間もかかったうえ不正確で、規制緩和で民間や州に開発を認めたところ、わずか八時間で判定できる方法が開発された。政府の規制のせいで検出作業が無駄に数週間も遅れた

米国の医療が本当にすべてを市場に任せていれば、こんなことは起こりえない。

ビッグファーマと呼ばれる大手製薬会社が大きな力を持っているのは事実だ。しかしその力の多くは、政府と結びつくことで得られている。活発なロビー活動で多額な補助金を受け、特許に対し強力な知財保護を確保。複雑な規制は、小規模な企業の新規参入を阻む役割を果たしている。

ノーベル賞経済学者のアンガス・ディートンは米国の医療制度について、こう述べる。「自由な市場経済のふりをして、都合の良いときは市場経済の論理を利用するが、実際は人から法外な金を騙し取ろうとたくらむ連中であふれる、巨大な沼地だ」

ディートンは新自由主義を唱える経済学者ではない。むしろ医療には政府の介入が必要だという意見の持ち主だ。そのディートンですら、米国の医療は市場経済のふりをしているだけだと見抜いている。

米国でさえそうなのだから、欧州や日本は推して知るべし。政府がもたらした悪をありもしない新自由主義のせいにする嘘は、いい加減にやめてほしい。

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2021-05-24

労働者保護という束縛


バイデン米政権は、運転手や配達員などの仕事をインターネットを通じて単発で請け負う「ギグワーカー」について、従業員ではなく、独立した請負業者とみなすことを容易にするトランプ前政権時代の規則を撤回すると決めた

ギグワーカーが従業員とみなされれば、連邦法で定める最低賃金や残業代の対象となる。ウォルシュ労働長官は声明で「本質的な労働者の権利を保護し、労働者保護の侵害を阻むのに役立つ」と述べた。

労働者の「保護」とは、経済ニュースでよく聞かれる、耳触りの良い言葉の一つだ。けれども、多くの人が忘れていることがある。政府による保護は、自由の束縛と表裏一体にあることだ。

そもそもギグワーカーの利点は、自由で柔軟な働き方にある。短い空き時間を利用して仕事ができる。育児や介護などの都合でまとまった時間が取れない人でも、働くことができる。

最近では、コロナ対策と称する政府の経済規制のせいで残業代が減ったり、パートやアルバイトができなくなったりした人たちにとっても、ギグワーカーの仕事は貴重な収入源になっている。

つまり、ギグワーカーは経済的弱者に対するセーフティネット(安全網)の役割を果たしている。政府が納税者の金を使って提供する、非効率な対策よりずっとスマートだ。

もちろんギグワーカーには、正社員として務める従業員の賃金に比べ収入が少ないとか、福利厚生の対象にならないといった欠点もある。しかし、それは利点の裏返しであり、どちらを取るかは個人の選択に任せればいい話だ。

政府が労働者の「保護」と称して規制をかければ、むしろ労働者を不幸にする。ギグワーカーが最低賃金や福利厚生の対象となれば、利用者からみればコストの上昇につながり、ギグワーカーを使わなくなってしまう。

政府もそんな理屈はわかっているはずなのに、あえてギグワーカーを「保護」し、規制の網をかける背景には、政治的な理由があるとしか考えられない。

ギグワーカーの台頭で既得権益を脅かされる集団は、大きく三つある。まず、旧来型産業の経営者。次に、労働組合の幹部。そして、それら経営者や労組とつながりの深い政治家・高級官僚だ。ギグワーカーの「保護」を表明したウォルシュ長官は労組出身で、まさに既得権益の権化といえる。

ギグワーカーは「多くの場合」、独立した請負業者ではなく完全な従業員になるべきだというウォルシュ長官の発言に対し、作家シェルドン・リッチマンは「なぜすべての場合ではないのか」と皮肉り、「どの場合が従業員だと決める権限を、なぜ官僚に与えなければならないのか」と批判する

日本のメディアでも「ギグワーカーの保護策を急げ」(日本経済新聞)といった主張が目立つ。政府による保護とは自由の剥奪であり、労働者を不幸にすることに気づいていない。

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2021-05-23

やはり「鎖国」はあった〜現代に投げかける教訓


「現在の鎖国状態を続けることは、経済社会に甚大な影響をもたらします」。コロナ下で海外との人の往来が大幅に制限された2020年、当時の安倍晋三首相は記者会見でこう発言した。このように、江戸時代の対外政策を指す「鎖国」という言葉は、今でも物のたとえとしてよく使われる。

鎖国とは、江戸幕府がキリスト教の禁止と貿易統制を目的に、日本人の海外渡航禁止と外国船来航規制を断行した政策を指す。三代将軍・徳川家光の治世下の1641(寛永18)年、平戸にあったオランダ商館を長崎港内の人工島・出島に移したことで完成したとされる。

この従来の見解に対し、近年、歴史学者の間で「鎖国はなかった」という反対意見が勢いを増している。学会での議論を受け、教科書から鎖国の文字がなくなるのではと取り沙汰される。

さて、鎖国は本当になかったのだろうか。

鎖国はなかったという主張の根拠の一つは、江戸幕府は外国に対し完全に門戸を閉ざしていたわけではなく、「四つの口」を窓口として外国と貿易していたという点だ。

「四つの口」とは長崎、対馬、薩摩、松前の四つの土地を指す。長崎は中国・オランダ、対馬は朝鮮、薩摩は琉球、松前はアイヌとのそれぞれ貿易窓口となっていた。鎖国を否定する専門家は、この事実をもって、江戸時代は鎖国ではなく、幕府による管理貿易体制にすぎなかったと主張する。

もし鎖国を、限定的な国交や貿易をまったく遮断した体制だと定義するなら、この主張はもっともだろう。しかし、それまで鎖国という言葉を使っていた研究者の間でも、幕府が限定的な貿易を行っていたことは周知のことだった。

東大教授を務め、2020年に死去した山本博文氏は、次のように指摘している。日本人の海外渡航は禁止し、外国にいる日本人の帰国は許さない、家光の段階で貿易していたオランダ・中国とは貿易関係は続けるが国交は開かない、それ以外の国との国交・貿易は開かない、という体制が鎖国の本質だった。

唯一国交があったのは朝鮮だが、これも対馬藩は貿易をしているが幕府とは将軍の代替わりごとに使節が来るにすぎなかった(江戸時代を通じて十二回のみ)。琉球は薩摩藩の支配下にあり、通常の意味での外国ではない。松前でのアイヌ民族との交易は、国家間の関係ではなかった。

「窓は開いているかもしれないが、扉は閉まっているのである。ほとんどの外国にとって、日本は閉ざされた国家だった」と山本氏は述べる。

山本氏はさらに、幕府が鎖国をしていたのでなければ、「〔幕末に〕ペリー来航が日本社会にいかに大きな衝撃を与えたか理解できない」と指摘する。日本が鎖国をしていたから、ペリーの開国要求が武士を中心に尊王攘夷運動を引き起こし、幕府の倒壊を招いた。「江戸時代が『鎖国』でなかったという人には、その歴史的な意味をよく考えてほしい」と山本氏は強調する(『家光は、なぜ「鎖国」をしたのか』)。

本郷和人氏(東大教授)も、鎖国はなかったという説には否定的だ。同氏は、ロシアから帰国した漂流民、大黒屋光太夫の例を引く。

船乗りの光太夫は伊勢・白子の浦から江戸へ向かっていたが、嵐に遭って遠くアリューシャン列島に漂着。帝都サンクトペテルブルクに至り、女帝エカテリーナ二世に謁見して帰国を許され、漂流から九年半後、帰国を果たす。

その後、幕府は光太夫からロシアの情報を聞き出し、屋敷を与える。光太夫は結婚もし、一度は伊勢への帰郷も許されているらしい。けれども自由はなかった。彼の動静はつねに幕府の知るところとなっていたのだ。

なぜ幕府は光太夫を放っておかなかったのか。「当時の社会が鎖国状態にあったから」という以上の説明はできないだろうと、本郷氏は述べる(「本郷和人の日本史ナナメ読み」)。

鎖国はなかった説のもう一つの根拠は、鎖国を完成させたとされる徳川家光の時代、鎖国という言葉はなかったというものだ。

たしかに、鎖国という言葉は、ドイツ人医師ケンペルがその著書『日本誌』で、日本が長崎を通してオランダとのみ交渉をもつ、閉ざされた状態であることを指摘したのを、1801(享和元)年、オランダ通詞(通訳)の志筑忠雄が邦訳して「鎖国論」と題したのに始まる。十一代将軍、家斉の時代だ。

けれども前出の山本氏はこれに反論し、「歴史的な概念というものはそういうもので、江戸時代初期に『藩』という言葉がなかったからといって、藩がなかったという人はいないだろう」と述べる。

鎖国はなかった説には、「四つの口」を通して国際的に物資が流通していた事実から、幕藩制国家の国際性を説く論調が目立つ。しかし従来の見解からすれば、そのような国際的物資の限定的な受け入れ体制の特質こそ、鎖国論の基本である。その意味で、ケンペルの書物の一部を「鎖国論」と訳した志筑忠雄のほうが「はるかに歴史的なセンスがある」と山本氏は記す。

長崎貿易の実態からも、江戸幕府の対外政策を高く評価するのは妥当でないだろう。すでに述べたとおり、江戸幕府は、一部を除いて貿易を長崎に集中させ、民間商人の自由な海外貿易を禁止した。その一方で、長崎に入港する中国の船(唐船)が増えると、国内の銀が枯渇することを恐れ、唐船の入港数を制限する。

1680年代に一時は年百隻以上来航した唐船は、幕府の規制を受け、1743年以降は年十数隻から十隻以下に激減した。歴史学者の宮崎正勝氏(元北海道教育大学教授)は「内向きな政治権力が経済の成長を抑制した」と指摘する(『「海国」日本の歴史』)。

幕府による貿易制限の強化は、経済のニーズを反映したものではなかった。このため「抜け荷」と呼ばれる密貿易が恒常化することになる。長崎代官・末次茂朝の家来による抜け荷が発覚し、家来は磔(はりつけ)、茂朝は隠岐に流され、末次家は断絶するという事件などが起こっている。

鎖国については、日本独自の産業の発達につながったと評価する向きもある。これに対し、評論家の八幡和郎氏は「新しい技術の吸収ができず、国際市場で通用する新商品開発もできなかった」と反論し、「ガラパゴス的発展で面白い工夫がありましたが、その多くは、開国したとたんに西洋のものより劣っていたので価値を失いました」と述べる。

さらに、「新しい農作物や栽培技術の導入も皆無ではないが遅れたので、食生活は貧しくなり、冷害などで餓死者が大量に出る原因にもなりました」と指摘する(『江戸時代の「不都合すぎる真実」』)。

鎖国に先立つ朱印船貿易の時代、多くの日本人が海外に渡った。渡航者は約十万人と推定されるが、そのうち七千〜一万人は東南アジア各地の約二十カ所に居住し、自治制を敷く日本町を形成した場合もあった。しかし幕府が在外者の帰国を禁じたことから衰退し、消滅した。

当時は中国、朝鮮も貿易を制限する海禁政策を採っており、日本も海禁という言葉を使ってはという提案もある。しかし、そもそも鎖国が対外貿易の完全な遮断を意味しないのであれば、言葉を変えても中身はそれほど変わらない。やはり、鎖国はあったと言っていい。

ロナルド・トビ氏(米イリノイ大学教授)は、鎖国はなかった論の立場から、江戸幕府が外国との窓口を四つに制限したことについて「現在でも外国人が日本に入国するときには、空港や港など限られた場所からでないと入国できないように、貿易品や人の出入りを管理するのは、国家として当然のこと」と述べる(『「鎖国」という外交』)。

トビ氏に限らず、国家が人や物の出入りを限られた窓口で制限するのは当然だと、たいていの人は信じているだろう。けれども人や物の移動は本来自由なはずだという考えに立てば、そのような制限は当然ではない。江戸時代ほどではないにしろ、一種の鎖国状態といえる。コロナ前から、現代の世界は肥大する国家の下で自由を失い、鎖国に陥っていたのだ。鎖国の歴史は、そんな見方に気づかせてくれる。

<参考文献>
  • 山本博文『家光は、なぜ「鎖国」をしたのか』河出文庫
  • 宮崎正勝『「海国」日本の歴史: 世界の海から見る日本』原書房
  • 八幡和郎『江戸時代の「不都合すぎる真実」 日本を三流にした徳川の過ち』PHP文庫
  • ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』(全集 日本の歴史)小学館
  • 【本郷和人の日本史ナナメ読み】歴史説明に必要な簡潔性(上)「鎖国はなかった」論は妥当か - 産経ニュース

2021-05-22

最低賃金、無邪気な支持


バイデン米大統領が、連邦政府から清掃業務などを請け負う労働者の最低賃金を時給十五ドル(約千六百円)に引き上げる大統領令に署名した。目標とする全労働者の最低賃金引き上げの実現に向け、弾みをつけたい考えだという。

最低賃金の義務付けやその引き上げが労働者のためになると信じて、無邪気に支持する人は、日本でも文化人を含め、驚くほど多い。彼らに共通するのは、経済の仕組みに無知なことだ。

最低賃金引き上げの恩恵を受けるのは、あくまでも雇われた労働者だけだ。最低賃金が十五ドルなら、十ドル分の生産性しかない人はそもそも雇ってもらえない。もし雇えば、雇った会社からすれば一時間ごとに五ドルを失うことになるからだ。

米議会予算局(CBO)の試算によれば、最低賃金を全国的に十五ドルにすれば百四十万人の雇用が失われる。もちろん、それが一夜にして起こるわけではないものの、いずれはそうなる。失業するのは、生産性が最低賃金に達しない非熟練労働者だ。その多くは学歴の低い人や貧困層、若者だろう。

最低賃金法は一見、弱者の味方のようだが、実際には弱者を犠牲にする。経済学者ウォルター・ブロックは「最低賃金法は雇用法ではない。失業法だ。雇われない人を決める法律だ」と強調する

ちなみに、欧州のアイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、オーストリア、ドイツ、イタリア、スイスには、政府の義務付ける最低賃金法は存在しない。日米の左翼に人気のある北欧の福祉国家も含まれるが、なぜか左翼はその賢明な判断だけは真似しようとしない。

最低賃金法は弱者に対するいじめに等しいのに、なぜ存在するのか。ブロックによれば、理由は二つある。一つは、有権者の多くが経済に無知なこと。もう一つは、犠牲の陰で利益を得る人々がいることだ。とくに労働組合である。

労組にとって、組合に属さず、安い賃金で働く非熟練労働者は、目障りな競争相手だ。非熟練労働者を労働市場から排除する手段として、安い賃金での労働を禁じる最低賃金法は都合がいい。

バイデン大統領は最低賃金の引き上げと同時に、労組の支援策を検討する特命組織も政府内に立ち上げた。近年加入者数の減少が著しい、民主党の票田である労組をテコ入れしたい思惑が露骨だ。最低賃金上げと同時だったのは、偶然であるはずがない。これでも無邪気な人々は、最低賃金を支持し続けるのだろうか。

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2021-05-21

目的か手段か


資本主義を批判し、社会主義への転換を主張する人が強調するのは、地球環境の保全や貧困の撲滅だ。

前回も触れたマルクス研究者の斎藤幸平は「気候危機や格差社会の根本原因である資本主義に緊急ブレーキをかけ、脱成長を実現する必要がある」と訴える

しかし環境保護や貧困撲滅といった目的には、資本主義を支持する側も反対しているわけではない。むしろ賛同している。資本主義と社会主義の違いは、目的にあるのではない。

経済学者ハイエクは1944年に出版した『隷従への道』の第三章で、社会主義者には、社会正義や平等・保障の拡大という社会主義の究極の目的を熱烈に支持するが、それが達成される方法は気にしていないかわかっていない人が多いと指摘する。

社会主義の方法とは、民間企業の廃止、生産手段の私有禁止、計画経済の導入である。この場合の計画経済とは、利益を追求する企業に代わって中央の計画当局が経済を運営するシステムを指す。

社会主義者と自由主義者(資本主義者)の議論で争点となっていることの大半は、じつは社会主義の目的ではなく、その方法だとハイエクは述べる。

民間企業の廃止、生産手段の私有禁止、計画経済といった社会主義の方法が機能せず、人々を幸せにしないことは、ソ連をはじめとする旧社会主義諸国の崩壊で明らかになった。目的ではなく、方法が重要だというハイエクの指摘は正しかった。

現在、社会主義の復権を唱える人々も、さすがにソ連型経済そのままの復活を主張しているわけではない。けれども本質は変わらない。前述の斎藤は、水道や電力、医療、教育といった基礎的なサービスを、住民が管理に加わる「コモン(共有財)」に切り替えるよう提言する。

これら基礎的サービスの質や量を保ち、コストを抑えるためには、絶え間ないイノベーションの積み重ねが必要で、それには利潤追求を原動力とする自由な企業活動が欠かせないことを、斎藤は理解していない。「共有財」という言葉は魅力的だが、それが利潤追求の否定を意味するのであれば、企業家はそのために汗を流そうとはしない。

社会主義の復権を唱える人は、崇高な目的を口にする。だがそれを耳にしたら、ソ連崩壊のはるか前にハイエクが喝破したとおり、手段を冷静に問わなければならない。

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2021-05-20

資本主義が環境を守る


資本主義と地球環境の保護は両立できない、という主張が勢いを増している。

マルクス経済学を専門とする大阪市立大准教授の斎藤幸平によれば、資本主義は自然を徹底的に利用して利潤を追求するため、たとえ回復不可能なほど環境が破壊されても、自らブレーキを踏むことはない。「大量生産、大量消費の資本主義に緊急ブレーキをかけて、限りある資源を公正にシェアしていくシステムに移行しなければならない」という

けれども資本主義が物を大量に消費し、環境を破壊するという主張は、現実に反する。

資本主義の総本山である米国の経済では、意外なことに、「脱物質化」が進んでいる。生産物一単位あたりに使われるものが減っているだけでなく、使われるもの全体が減っているのだ。

人口は増え、生産される物とサービスは大幅に増えたにもかかわらず、2015年の米国の鉄鋼消費量はピーク時より15%減少、アルミニウムは32%減少、銅は40%減少した。農家が使用する肥料は25%、水は22%減っているが、肥料の標的法と灌漑が向上したおかげで、食料生産量は増えている。エネルギーシステムでキロワット時間あたりに生成される二酸化炭素などの排出物は減っている。2008年からの十年で、米国経済は15%成長したが、エネルギー消費量は2%減少した。

米国経済が生み出す製品が減っているからではない。むしろ増えている。たしかにリサイクルは行われているが、それが増えているからでもない。ジャーナリストのマット・リドレーによれば、「イノベーションによって生み出された倹約と効率のおかげだ」。

リドレーはこの事実を踏まえ、「より多くの資源を使わなければ成長は不可能だと言う人たちは、単純にまちがっている」と断じる(『人類とイノベーション』)。

イノベーションのおかげで物の消費が減った例は、私たちの身近にもある。スマートフォンだ。CNBCの記事が伝えるように、スマホが普及したおかげで、いらなくなった物がたくさんある。音楽プレーヤー、電子計算機、クレジットカード、付箋、紙の本、カレンダー、地図、カメラ、目覚まし時計などだ。

必要最小限の物だけで暮らす、最近流行のミニマリストにとっても、スマホは数少ない必需品の一つだ。イノベーションが、物にこだわらない生き方を可能にする。

そのイノベーションを可能にするのは、自由な市場経済、つまり資本主義だ。地球環境を守るのは、市場経済とイノベーションを否定する社会主義ではなく、資本主義である。

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2021-05-19

自由の死、人間の死


米ジョンズ・ホプキンス大学の名は、新型コロナウイルス感染の集計値を伝えるニュースで、いつも耳にしているだろう。メリーランド州ボルチモアに本部を置き、医学をはじめ多くのノーベル賞受賞者を輩出。附属のジョンズ・ホプキンス病院は世界で最も優れた病院の一つとして知られる。

ハーバード大学、スタンフォード大学など他の米有名大学と同じく、ジョンズ・ホプキンス大学は私立大学だ。創設者はジョンズ・ホプキンス。十九世紀に活躍した事業家で慈善家である。

メリーランド州のクエーカー教徒の家庭に生まれたホプキンスは、十七歳で早くも商人としての才覚を発揮し、食料品店や雑貨店から始めた事業を次々と成功させる。とくに米最古の鉄道会社の一つ、ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道の大株主となり、同社の重役も務めたことで、莫大な富を築いた。

南北戦争中、同州では戦火に加え、黄熱病やコレラの流行で多数の人々が犠牲となった。ホプキンスは医療に関心を深め、遺言で七百万ドル(現在の約一億四千万ドルに相当)を大学と病院の設立資金として寄付する。これが現在に至る大学発展の基礎となった。

十九世紀の米国は、経済活動が自由だった。もしそうでなかったら、ホプキンスは事業で成功できなかったかもしれない。とくに鉄道事業は、人々の移動の自由がなければ成り立たない。ホプキンスが鉄道で巨富を築いていなかったら、ジョンズ・ホプキンス大学は生まれず、医学の発展は遅れていたかもしれない。

同じことは、米国の他の私立大学についても言える。また、米国と違い、大学が国立中心の国でも同じことだ。国立大学の設立・運営資金は税金であり、税金は経済活動が活発でなければ確保できない。

経済が繁栄しなければ、医学は進歩しない。十九世紀の米国は医学が未発達で、人々はしばしば怪我や病気で命を奪われた。米作家ジョン・タムニーによれば、大腿骨を折ると、三人に一人が死亡しただけでなく、命を救うには足を切断しなければならなかった。癌はほとんど死の宣告だったが、癌で死ぬ人は少なかった。結核や肺炎で早死にする人が多かったからだ。新生児が生き残る確率は半分しかなかった。

タムニーは続ける。自由はそれ自体に価値がある。自由は人々を守る重要な情報を提供する。自由な人々の生み出す富がなければ、病でたちまち命を奪われる。それにもかかわらず、政治家たちはコロナに慌てふためき、自由を奪い去った。「未来の歴史家は、2020年に政治家たちがとった絶望的なまでに馬鹿げた行動に驚愕するだろう」

自由の死は、人間の死をもたらす。

2021-05-18

パスポートを廃止せよ


新型コロナウイルスワクチン接種を証明する「ワクチンパスポート」の導入論が高まっている。メディアでは「自由な移動・渡航へ布石」(日本経済新聞)などと肯定的な論調が多いようだ。

けれどもワクチンパスポートに限らず、自由な移動のために何か条件が必要というのは、おかしな話だ。条件があるなら、自由ではない。

そもそもコロナ前から、国外への移動は、あたかも「原則禁止、政府が許可」のような扱いになっている。人々もそれを当然と思っている。しかし本来、国外への移動は、国内での移動と同じく、人にとって基本的な権利だ。「原則自由」が正しい。

パスポート(旅券)の歴史を振り返れば、そのことがよくわかる。かつてパスポートは、なくて当たり前の時代があった。

古代から、ある種のパスポートは存在した。たとえば、王が旅行者の身元を保証し、目的地への安全な通行を求める文書だ。発給するのは国家とは限らず、地方の聖職者や役人が自国民、他国民を問わず、通行手形や推薦状のような文書を発給していた。パスポートと呼ぶようになったのは、16世紀前半の英国が初めてといわれる。

啓蒙時代に入り、移動の自由を唱える運動が盛んになる。自由思想を掲げた1789年のフランス革命でパスポートが廃止されたが、すぐに復活してしまう。

パスポートの廃止が本格的に広がったきっかけは、産業革命だ。鉄道網の急速な発展に伴い、欧州に観光ブームが訪れた。パスポートとビザ(査証)に廃止の圧力が高まり、フランスは1861年、ともに廃止した。他の欧州諸国も追随し、20世紀初めには欧州全域でパスポートはほとんどなくなった。

その流れを一変させたのは、1914年に勃発した第一次世界大戦だ。安全保障を理由に各国でパスポートがただちに再導入された。当初は一時的な措置とされたが、すぐに恒久化される。第一次大戦はもちろん、第二次世界大戦が終わってもパスポートは廃止されず、今に至る。

パスポートとは本来、戦時下の制度だった。他の多くの戦時制度と同じく、戦争が終わってもしぶとく生き残り、人々の自由を縛り続けている。

フランス革命の掲げた近代的自由を正しいと考えるのなら、移動の自由を縛るパスポートの廃止を求めなければならない。移動の自由を口実にワクチンパスポートまで義務付けたら、「自由は隷属である」というオーウェルの世界が現実味を帯びる。

2021-05-17

『チョンキンマンションのボスは知っている』〜資本主義というセーフティネット


資本主義は格差を生み出したり人間を疎外したりするとして、代替的な経済システムを提案することが流行している。代替案の一つは、贈与だ。しかし贈与には、相手に精神的な負い目を負わせるという欠点がある。どうすればいいか。

文化人類学者の小川さやかは、著書『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(春秋社)で、その答えを探る。答えは結局のところ、資本主義そのものの中にあった。

チョンキンマンション(重慶大厦)は香港の目抜き通りネイザンロードに立地する複合ビル。本書の主役であるタンザニア人をはじめ、アフリカ、南アジア、中東、中南米など世界各地から零細な交易人や難民、亡命者などが集まる場所だ。彼らはソーシャルメディアや電子マネーを駆使し、巨大な交易ネットワークを築いている。

興味深いのは、タンザニア人が築いたセーフティネットだ。日常的な助け合いの大部分は「ついで」で回っているという。香港に難民として居住するタンザニア人は、母国に残してきた家族への贈り物を偶然帰国する交易人に託して「ついで」に届けてもらう。資金がなくて香港に渡航できない者は、スーツケースのスペースに空きがある分だけ交易人に自分の商品も「ついで」に仕入れてきてもらう。

誰もが「無理なくやっている」という態度を押し出しているので、「この助けあいでは、助けられた側に過度な負い目が発生しない」と著者は指摘する。

タンザニア人たちは、「誰かは助けてくれる」という信念を抱いている。しかしその信念を支えるのは、「同胞に対して親切にすべきだ」という道徳心ではなく、多様なギブ・アンド・テイクの機会である。チョンキンマンションのボスと呼ばれるカラマは「大切なのは仲間の数じゃない、〔タイプのちがう〕いろんな仲間がいることだ」と話す。

資本主義の代替案として、メンバー相互の信頼や互酬性を育むことで「善き社会」を目的的に築こうとする「市民社会組織」がしばしば提案される。しかし香港のタンザニア人たちが築いたセーフティネットは、著者が述べるように、最先端のシェアリング経済やフリー経済の思想により近しい。

市民社会組織が道徳による解決策だとすれば、タンザニア人たちのセーフティネットは利害による解決策だともいえる。自己の利益を求める人間の本性からすれば、道徳心に頼った前者には「無理」がある。後者のほうが成功の見込みは大きいだろう。

著者はこう鋭く分析する。「逆説的に聞こえるかもしれないが、誰もが、俺たちは金儲けにしか興味がない、金を稼ぐのは良いことだ、俺たちはどんな機会も自らの利益に換えてみせると公言しているからこそ、気軽に助けを求められるのだ」

資本主義を批判する人々は、金儲けを敵視する。しかし金儲けを排除した経済・社会システムは機能しないし、多くの人を助けることができない。最善のセーフティネットとは、金儲けを肯定する開かれた資本主義である。

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2021-05-16

パレスチナで戦争が起こる理由


イスラエルがパレスチナ自治区ガザへの空爆に踏み切り、イスラム組織ハマスとの間で激しい交戦となっている。イスラエル軍の空爆は続き、これまでにガザでは子供を含む百人以上が死亡した。

米国のバイデン大統領はイスラエルのネタニヤフ首相と電話会談し、衝突が早期に終結するよう期待を示したという。

しかしその言葉と裏腹に、米政府は実際にはイスラエルの戦争を後押ししている。

米シンクタンク、ウィリアム・ロイド・ガリソン・センターのアナリスト、トーマス・クナップが指摘するとおり、米国はイスラエルに対し、年三十八億ドル(約四千二百億円)の軍事支援を行っている。これはバイデンが副大統領だったオバマ政権下の2016年に取り決められたものだ。

もし子供に札束を渡し、「酒や喧嘩の道具には使うなよ。でも、もし使ってしまったら、まあいいさ。またあげるから」などと言えば、ろくなことにはならない。クナップはこんなたとえ話で、口先だけで平和を唱える米政府の偽善を批判する。

クナップは、イスラエルへの軍事支援は、核兵器を保有するならず者国家(イスラエルは事実上の核保有国と見られている)に対する援助を禁じた対外支援法に違反するとして、廃止を主張する。

しかし現実には、米国の政治家は集票や政治献金などの理由から、支援の縮小・廃止を言い出そうとしない。その結果、パレスチナのアラブ人もイスラエルのユダヤ人も、米国が支援する戦争で血を流し続けるだろうと、クナップは悲観的に締めくくる。

日本政府は今回の紛争に関し、比較的バランスが取れている。外務省が表明した公式見解では、暴力の応酬の原因となったイスラエルの入植行為を名指しで非難した。

ところが中山泰秀防衛副大臣はツイッターで、「私達の心はイスラエルと共にあります」と、イスラエルに一方的に偏った発言をしたという。政府がここでも対米追従の姿勢を強めていかないか、気がかりだ。

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2021-05-15

国家にイノベーションは可能か


政府に「統合イノベーション戦略推進会議」(議長・加藤勝信官房長官)という組織がある。今年1月に決定した新たな科学技術・イノベーション基本計画の素案では、2025年度までの五年間で政府の研究開発投資を総額三十兆円、官民合わせて百二十兆円とする過去最大の目標を掲げた。

最近は海外でも、国家がイノベーションで大きな役割を果たすという考えに人気がある。英経済学者のマリアナ・マッツカートは著書『企業家としての国家』(2015年)で、国家の役割は高いリスクと困難を伴う分野へ積極的に、勇敢に立ち向かうことだと論じる。

しかし、政府がイノベーションを行うとか後押しするとかいう考えは、民間が主導するイノベーションの現実にまったく反する。

マッツカートはとくに鉄道を公的イノベーションの例として引き合いに出すが、ジャーナリストのマット・リドレーが著書『人類とイノベーション』(2021年)で指摘するとおり、1840年代の英国や世界の鉄道ブームは、完全に民間部門の現象だった。

また、米国は20世紀初めの数十年に世界で最も進歩した革新的な国になったが、1940年より前には、いかなる種類の研究開発にもたいした公的助成金はなかった。

リドレーによれば、イノベーションは自然淘汰を通じた進化にきわめてよく似ている。多数の参加者が試行錯誤を繰り返すなかで、製品が漸進的に改善されていく。これに対し、政府がイノベーションを主導するという考えは、全知全能の神が宇宙や生命をつくったとする創造論的なイノベーション観に基づいている。

政府は市場に勝るという国家主義的な思考は、イノベーションにとって何の役にも立たないばかりか、むしろ害悪を及ぼす。

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2021-05-14

福祉国家を支える恐怖


前回も取り上げた米エコノミストのロバート・ヒッグスは、国家権力拡大の原因や結果、影響に詳しい。彼は別の記事で、「恐怖はあらゆる政府権力の基礎である」と指摘し、その事実が国家の成立以前にさかのぼる、根深いものであることを明らかにする。

ヒッグスによれば、あらゆる動物は恐怖を感じるが、人間はおそらく最も敏感だ。恐怖は、幸福や生命に危険が迫っていると警告する役割を果たす。人間は恐怖に敏感だから自然淘汰を生き残り、繁栄してきたといえる。

しかし国家は人間のこの本性を利用する。

数千年前、国家は戦争と征服によって成立した。暴力で人々を恐れさせ、税を力尽くで取り立てる。人々の抵抗に遭い、暴力だけで税を取り立てるのはコストがかかりすぎると悟ると、宗教の力を利用した。人々が来世を信じれば、宗教は人々を恐れさせ、現世での行いを命じる力を持つからだ。やがて宗教の役割は、ナショナリズムと民主主義思想に置き換わる。

現代の福祉国家の下では、政府は人々を脅威から守らなければならないし、守ることができるという考えが広まる。貧困、飢え、障害、失業、病気、老い、水質汚染、食中毒、人種・性別・出自・信仰による差別など、人々が恐れるほとんどあらゆることを、政府は防がなければならないという。

このように、福祉国家はその存在理由を恐怖の上に築いている。政府は昔から「安全保障」と称し、暴力に対する恐怖を支配に利用してきた。「社会保障」と称して新しい恐怖を利用するのは、たやすいことだ。ヒッグスは以上のように説明する。

ヒッグスのこの文章もコロナ以前に書かれたものだが、コロナを利用し、権限拡大を目指す現在の各国政府の狂奔ぶりをみごとに予言している。

日本政府はコロナを口実に、憲法に私権を制限する緊急事態条項を明記しようとしている。政府が演出するコロナ禍という偽りの恐怖ではなく、国家権力の暴走という真の恐怖を正しく恐れなければならない。

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2021-05-13

危機と政府の嘘


政府は危機に対する人々の恐怖心を利用して、自身の権限を拡大しようとする。しかし、もし人々が十分に怖がらなかったらどうするか。簡単だ。嘘をつけばいい。

米エコノミスト、ロバート・ヒッグスの著書の一部が、ミーゼス研究所のサイトで紹介されている。ヒッグスは、政府が権限を拡大するために国民に信じ込ませようとする、事実に反する「神話」、つまり嘘を列挙する。コロナ前に書かれた文章だが、今の米欧や日本に驚くほどよくあてはまる。

たとえば、「今起こっているような危機は、これまで起こったことがない」という嘘。人々を衝き動かすのに恐怖心ほど便利なものはない。だから権限拡大を狙う政府は、現在の状況は前例のない脅威であり、政府が強制的に介入しない限り、助かることはできないと信じさせようとする。

また、「政府は問題解決の方法を知っているか、すぐに見つけることができる」という嘘。政府は正しい政策がわからないときでも、何もやらないよりは、とにかく「何かやる」ほうがましだと考える。まるでその「何か」には、費用もかからなければ副作用もなく、将来の悪影響もないかのようにである。

それから、「政府とその関係者は、危機の専門知識について信頼できる」という嘘。危機対応のため政府が集める専門家は、政府自身か、政府と親しい集団に属する。彼ら専門家の多くは、危機のそもそもの原因である政府の政策に責任がある。だから過去の政策にとらわれ、同じ過ちを繰り返すことになる。

政府の嘘は、時代や国、危機の種類を問わず、ワンパターンで単純なことがよくわかる。騙されないように気をつけよう。

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2021-05-12

メディアは奴らのもの


英国のロック歌手ヴァン・モリソンが新たに発売したアルバムで、主流メディアを痛烈に批判し、話題になっている。

「LATEST RECORD PROJECT VOLUME 1(最新録音プロジェクト第一巻)」と題する二枚組の新アルバムは、全二十八曲を収録。このうち 「They Own the Media(メディアは奴らのもの)」という曲は、こんな歌詞だ。

奴らは物語を支配し、神話を終わらせない/君たちに嘘をつき続け、無知は至福だと言う/全部信じたら、決して賢くなれない/真実はわからない、奴らは君たちのすることすべてを支配するから

この曲以外の歌詞にも、「マインドコントロールで俺たちは一列に並ばされる」「主流メディアはクズだ」「メディアに利用される、奴らの計画のために」といった辛辣な言葉があふれている。

モリソンは昨年、エリック・クラプトンが参加した楽曲などで、英政府によるロックダウン(都市封鎖)を批判した。今回のメディア批判は、政府に協力してロックダウンを正当化した報道姿勢に向けたものだろう。

槍玉に上げられた欧米の大手メディアは、案の定、激しく反発している。ロサンゼルス・タイムズは「ヴァン・モリソンに何が起こったのか。奇矯な天才から陰謀論者への転落」と見出しを掲げた

しかしモリソンの歌詞は、現実離れした荒唐無稽なものではない。それどころか、過去に大手メディアが政府のよからぬ陰謀に加担してきたのは、紛れもない事実だ。モッキンバード作戦しかり、イラクの大量破壊兵器疑惑しかり、ロシアゲートしかり。

ロックのことはよく知らないけれども、この反骨心こそロックの精神というものに違いない。日本でも、こんな歌手が現れてほしい。

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2021-05-11

恐怖は政府の養分


人びとが抱く恐怖心は、政府にとって養分のようなものだ。政府は恐怖を利用して権限を拡大し、肥え太っていく。

保守系のワシントン・タイムズの記事によれば、米国では少なくとも三つの州が、コロナウイルスによる健康上の非常事態を口実に、経済の自由を半永久的に制限する方針を打ち出すか、検討している。

先陣を切ったのはバージニア州だ。ラルフ・ノーサム知事は1月27日、企業のコロナ対策を定めた暫定基準に代わり、恒久基準を導入すると表明した。暫定基準と同様、職場の感染リスクに応じた防止策を求めたのに加え、従業員が陽性判定された場合は州への報告を義務づけるなど規制を強化した。州内のすべての雇用主が対象となる。

4月には、オレゴン州が州内のすべての企業を対象に、マスク着用やソーシャルディスタンスなどの義務を無期限延長する方針を検討中と報じられた。周囲の州が制限を緩和する中で、それに逆行する規制強化に州民の不満が高まっているという。

同月にはミシガン州も、企業に対する規制の無期限延長を検討中だと伝えられた。グレッチェン・ホイットマー知事は規制を定めた緊急措置を延長したばかりだが、州の労働安全衛生局は10月の期限到来後、恒久措置に切り替えたがっている。

これら三つの州の知事は、オレゴン州のケイト・ブラウン知事を含め、いずれも民主党所属だ。米国ではコロナ発生後、本来は「自由な」という意味であるはずの「リベラル」を自認する民主党が、人々の自由を厳しく制限する傾向が顕著になっている。

ワシントン・タイムズの記事はこう訴える。「最初は恐怖から、次には和を保つ服従心から、米国民は過激な左翼に長く従いすぎた。左翼はコロナを利用し、集団主義のイデオロギーを押しつけてきた。抵抗する人はほとんどいなかったが、さいわい、増え始めている。しかし今必要なのは、大衆の大規模な抵抗だ」

左翼政権だけとは限らない。日本では自由民主党という名の保守政党や保守系とされる自治体首長が、人々の恐怖心につけ込み、自由を奪っている。緊急事態宣言は延長が決まり、ほとんど恒久化しようとしている。「大衆の大規模な抵抗」が始まるのは、いつだろうか。

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2021-05-10

中国脅威論の中身


最近、メディアで中国脅威論がかまびすしい。しかしその中身は、米国の立場にあまりにも偏っている。たとえば、脅威論の根拠の一つとされる、アフリカでの影響力拡大だ。

米アフリカ軍のタウンゼンド司令官はAP通信とのインタビューで、中国がアフリカ西海岸に大規模な海軍施設の建設を目指していると警告。「港湾建設、経済拡大、インフラ建設、合意や契約によって将来、さらに密接な関係を築くだろう。中国はアフリカに賭けている」と述べた。

しかし、中国は東海岸のジブチにまだ海軍施設が一つあるだけで、駐留兵士は二千人とみられている。これに対し、米国はアフリカの十七カ国に二十九もの軍事基地があり、六千人以上の兵士を擁する。

元国連大量破壊兵器査察官で評論家のスコット・リッター氏は、ロシア系放送局RTのウェブサイトに寄稿し、軍隊を使ってアフリカにおける経済的・地政学的な利益を守ろうとする中国のやり方は、米軍の手法を見習っているにすぎないと指摘。タウンゼント司令官が中国による基地建設の可能性を心配してみせるのは、「きわめて偽善的」だと批判した

こういう公平な視点による論説は、日本の大手メディアでは見たことがない。

日本のメディアは、中国の「東シナ海や南シナ海での威圧的な海洋活動」(読売新聞)を騒ぎ立てるけれども、米軍だってアジアの海で「威圧的な海洋活動」を行っているし、日本や韓国には軍事基地まである。

米国は同盟国だから、その立場で報道しておけばいいというのでは、国を誤るだろう。

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2021-05-09

『人類とイノベーション』〜自由が安全をもたらす


コロナを口実に政府が経済・社会活動に対する制限を強めている。それに対する批判は最近かなり増えてはきたものの、いまだにソーシャルメディアなどで多く目にするのは、「安全のためなら自由が多少犠牲になっても仕方ない」といった意見だ。

ことわざにも「命あっての物種」というし、そういう感情は理解できる。しかし、自由を犠牲にして安全を得ようとするもくろみは、短期にはともかく、長期では決して成功しない。マット・リドレーの近著『人類とイノベーション』(ニューズピックス)を読めば、その理由がよくわかる。

現在、ほとんどの人は祖先と比べて繁栄している。欧米だけでなく中国やブラジルも含め、先例のないほど豊かになり、極貧率は史上初めて世界的に急落した。この大富裕化をもたらしたのは、イノベーションである。

リドレーによれば、イノベーションは、通常ひとつのアイデアをほかのアイデアと結びつけることによって起こる。そこではセレンディピティ(偶然の幸運)が大きな役割を果たす。だからイノベーションは、人々が自由に考え、実験し、冒険できるときに起こるし、人々が交換を行えるときに起こる。

コロナ下でのテレワークやオンライン会議も、コンピューターや通信のイノベーションなしには、そもそも実現できなかった。それを可能にしたのは自由な市場経済である。インターネットを利用した電子商取引が米国で爆発的に成長したのは、政府による過度の規制がなかったためだとリドレーは指摘する。

自由な経済がイノベーションを生んだから、コロナに対応できた。逆に言えば、コロナ対策と称して経済活動の自由を制限すれば、その分イノベーションが起こりにくくなり、危険に対処する能力が失われる。つまり、安全を確保できなくなる。

安全と引き換えに自由を売り渡せば、自由と安全の両方を失うことになる。なぜなら、何が起こるかわからない世界で安全を確保するにはイノベーションが必要であり、イノベーションは自由なしには生まれないからだ。

合理的な楽観主義者を自認するリドレーは、珍しく悲観的な雰囲気で本書を終える。「現状に甘んじている大企業の黙認、官僚主義の大きな政府、新しいもの嫌いの大規模な抗議団体」といった要因がイノベーションの欠乏を招いているからだ。

コロナに便乗した自由の剥奪は、イノベーションの欠乏をさらに悪化させる。安全が大事だと思うのなら、自由を手放してはならない。

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2021-05-08

『物ブツ交換』〜ジャガイモが通貨になるとき


最近流行の現代貨幣理論(MMT)によれば、お金が物々交換から生まれたという通説には歴史上、証拠がないという。しかし、わざわざ遠い昔のことを調べなくても、物々交換からお金が生まれる実例は、現代にある。

ネットフリックスの短編ドキュメンタリー映画『物ブツ交換』(2018)で描かれるのは、ジャガイモがお金の役目を果たす社会だ。東欧ジョージアで、一人の商人がミニバスに古着や中古の日用品、玩具などを積み、田舎の村に売りに行く。

到着すると、村人たちがミニバスに寄って来て、商品を物色する。中年の女性がスカーフを手に取り、「いくら?」と尋ねると、商人は「ジャガイモ5キロと交換だ」。国の通貨ラリでも払えるが、村人の多くはジャガイモを袋に入れて持って来る。商品とジャガイモの物々交換だが、ジャガイモは事実上、通貨の役目を果たしている。

ジャガイモは固くて潰れにくいし、収穫から一定の期間、保存することができる。また、それを過ぎると腐ってしまうから、お札と違って、政治家の都合で大量に発行されて価値がなくなる(インフレになる)心配もない。だから通貨になりやすい。

とはいえ重たいし、いちいち重量を測らなければならないのも不便だ。この村の貨幣経済が未発達であることは間違いない。それは貧しさの裏返しでもある。村の老人は訥々とこう語る。「子供の頃の夢は、教育を受けることだった。大学を卒業したかったが、かなわなかったよ。そんなチャンスは俺には巡ってこなかった」

ソ連崩壊から三十年。構成国の一つだったジョージアは社会主義から脱し、経済は発展しているが、生活水準は先進国にはまだ及ばず、地域によっても格差が大きいようだ。市場経済を通じて村の人々が早く豊かになり、信頼できる便利な通貨でショッピングや旅行を楽しみ、教育を受けられるようになってほしい。

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2021-05-07

進歩の英雄たち⑤ノーマン・ボーローグ


ノーマン・ボーローグは、「緑の革命」の父として知られる米国の農学者だ。1914年、アイオワ州の田舎で生まれた。

ミネソタ大学で植物病理学と遺伝学の博士号を取ると、1944年、メキシコに渡る。当初の仕事は現地の農家に生産性向上の技術を教えることだったが、まもなく自分で新しい穀物を開発することに夢中になる。

肥料によって太く高く成長した小麦は、実ると自身の重みで倒れ、腐ってしまう欠点があった。ボーローグは何千回も実験を繰り返した後、背の低い小麦の交配に成功する。メキシコ小麦との交配には、日本の稲塚権次郎が育成した「農林10号」が使用された。

この新品種の小麦は害虫に強く、厳しい気候でも育った。背が低いので成長も速く、従来の品種より少ないエネルギーで育てることができた。数年のうちに、ボーローグの小麦はメキシコの小麦の95%を占め、同国での収穫量は六倍に増えた。

メキシコで成功後の1963年、ボーローグはインドとパキスタンに関心を向ける。両国は大規模な飢饉の瀬戸際にあった。ボーローグはメキシコ米国国境での足止めや、ロサンゼルスの人種暴動をなんとか乗り越え、両国に小麦の種子を届けた。

保護主義政策も立ちはだかった。インドの官僚は、メキシコの小麦はこの国で推奨されることはおろか、認可さえされるべきでないと譲らなかった(リドレー『人類とイノベーション』)。

折しもインドとパキスタンの間で戦争が勃発したが、ボーローグのチームは砲火を横目に植え付けを続けた。二年後、小麦の生産が大きく伸びる。両国政府は、大規模な飢餓を避けられたのはボーローグのおかげだと称えた。その後、ボーローグは新種の小麦を中国やアフリカに広げた。

1970年、ボーローグは世界の食糧不足の改善に尽くしたとして、ノーベル平和賞を受賞した。受賞スピーチでこう語っている。「人間は過去によくやってきたように、うわべだけ後悔しながら、ただ飢饉の犠牲者を救済しようとするのでなく、将来的な飢饉の悲劇を防ぐことができるし、そうしなくてはならない」

ボーローグは農業に革命を起こし、十億人もの人々を飢餓から救った。人の命を守るのは政治ではなく、イノベーションなのだ。(この項おわり)

2021-05-06

進歩の英雄たち④マルコム・マクリーン


1960年代まで、世界の貨物のほとんどは樽、箱、袋、木箱、ドラム缶など雑多な容れ物で運ばれていた。コンテナが登場する以前、貨物船といえば、能率の悪い手作業で二十万個もの荷物を積み込み、運んでいたものだ。このため海運のコストは非常に高かった。

マルコム・マクリーンは1913年、米ノースカロライナ州のマックストンで生まれる。大学に進む経済的余裕がなく、兄弟の会社でトラック運転手として働き始めた。1937年、港で港湾労働者たちがトラックの荷物を船に積み込むのを何時間も座って眺めているうち、もっと効率の良い方法はないかと考え始めた(この逸話は事実ではないという説もある)。

マクリーンは最初、トラックごと船に積んではどうかと考えた。しかし1952年、その案を修正し、トラックのコンテナだけを積むことにした。そうすれば積み上げることができる。これが現代の海上コンテナの始まりだ。

1956年、マクリーンは海運会社を立ち上げ、コンテナを使って、競争相手より大幅に価格を引き下げる。1966年には初めて大西洋横断の輸送サービスを始め、三年後には太平洋横断も開始した。

マクリーンのコンテナ方式は強みを発揮し、会社は発展する。船は大型化し、コンテナは洗練され、荷を積み込むクレーンも大きくなった。1950年代、コンテナ輸送が広がったことで、貨物の積み下ろしはおよそ二十倍速くなり、コストを劇的に引き下げて国際貿易に革命を起こした。

マクリーンのコンテナ輸送のおかげで、世界中の消費者は商品をそれまでよりずっと安く手に入れられるようになり、何十億人もの人々の生活水準向上に役立った。

2001年、マクリーンは八十七歳でこの世を去った。葬儀の朝、世界中のコンテナ船が同時に汽笛を鳴らしたという。(この項つづく)

2021-05-05

進歩の英雄たち③リチャード・コブデン


自由貿易論者で反戦活動家でもあったリチャード・コブデンは1804年、英サセックスで貧しい農家の息子として生まれた。極貧の中で育ち、正式な教育はほとんど受けなかった。

1828年、コブデンは他の二人の若者と一緒にロンドンでキャラコ染の販売会社を始めた。事業はすぐに成功し、数年のうちにコブデンはマンチェスターで豊かな生活を送るようになる。

1833年、金持ちになったコブデンは世界旅行を始め、欧州の多くの国や米国、中東を訪ねる。1835年、旅上で執筆した「イングランド、アイルランド、アメリカ」という小冊子は反響を呼んだ。コブデンはこの小冊子で、自由貿易、平和、非介入主義に基づく新たな外交政策の考えを支持した。

コブデンは1839年、英国に戻り、食料と穀物に対する関税の撤廃を支持する。関税によって食料・穀物の値段は人為的につり上げられ、国内の農産物生産者を潤していた。コブデンは、これらの「穀物法」は英国民の食料価格を押し上げ、農業以外の産業の妨げになっていると主張した。

1841年、コブデンは庶民院(下院)の国会議員に当選する。コブデンと彼が率いる反穀物法同盟に対する国民の支持は広がり、1846年、ついに穀物法は廃止される。

1859年、コブデンはフランスの皇帝ナポレオン三世に謁見し、自由貿易の利益を論じた。一年後、同皇帝を説き伏せ、世界初の自由貿易協定である英仏通商条約の締結に成功する。この条約で両国の航海と通商の自由を定め、それまで高関税だった商品の関税をお互いに引き下げた。

英仏通商条約と穀物法廃止によって、大英帝国は自由貿易に舵を切る。それによって飢餓を和らげ、多数の人々の暮らしを楽にした。コブデンの功績である。

コブデンは自由貿易が世界平和をつくるという信念をこう語っている。「夢かもしれませんが、遠い未来、自由貿易の力は世界を変え、政府の仕組みは今とまったく違うものになっているかもしれません。強大な帝国も大規模な軍隊もいらなくなるでしょう」(この項つづく)

2021-05-04

進歩の英雄たち②ウィリアム・ウィルバーフォース


奴隷制廃止の先駆者、ウィリアム・ウィルバーフォースは1759年、イギリスの港町ハルで生まれた。祖父がバルト海の交易で富を築いた裕福な家庭で自由気ままに育ち、酒やギャンブルにふける。栄達を求めて政治の道に進み、二十一歳で国会議員となった。

1785年、牧師で教育家でもあったフィリップ・ドッドリッジの著作に感銘を受け、英国国教会の福音派に帰依する。酒やギャンブルには興味を失い、早起きして聖書を読み始めた。そして、その後の人生を信仰と社会改革に捧げる決意をする。

ウィルバーフォースはキリスト教倫理に導かれ、1786年、奴隷廃止運動に積極的に参加した。翌年、日記に「神は私の前に奴隷貿易の制限という目的を定められた」と記す。クラパム派と呼ばれる福音派の奴隷廃止論者の小グループはまもなく、ウィルバーフォースを指導者として認めた。

1790年代から1800年代にかけて、ウィルバーフォースは国会の庶民院(下院)に奴隷貿易廃止法案を何度も提出する。若い頃から友人だった首相のウィリアム・ピット(小ピット)や政治家で思想家のエドマンド・バークからは支持されたものの、成立しなかった。

しかしウィルバーフォースは諦めなかった。奴隷廃止の世論を盛り上げるとともに、フランスとの関係が戦争で悪化していたことを利用し、仏植民地との奴隷貿易を禁じる法案を提出。1807年、奴隷貿易法として成立し、奴隷制廃止に足がかりを築いた。

ウィルバーフォースは高齢となり健康を害してからも、奴隷の権利を擁護する運動を続けた。1833年7月29日、死去。国会で奴隷制廃止法が成立した三日後だった。

ウィルバーフォースの死から約三十年後、米国で奴隷制廃止を旗印に南北戦争が起こり、黒人を含め多数の死傷者を出す。しかしウィルバーフォースの英国をはじめ、奴隷制廃止は大半の国で平和のうちに実現している。戦争をする必要などなかった。

人間の歴史と同じくらい古く、廃止は無理だといわれた奴隷制も、粘り強い努力でなくすことができた。ウィルバーフォースの生涯は、自由の未来に明るい光を投げかける。(この項つづく)

2021-05-03

進歩の英雄たち①ヨハネス・グーテンベルク


米シンクタンク、ケイトー研究所のプロジェクト、ヒューマンプログレスが「進歩の英雄たち(Heroes of Progress)」というミニ動画シリーズをユーチューブで公開中だ。人類の進歩に大きく貢献した起業家や科学者、社会運動家らを取り上げている。とくに興味深い五人を、補足も交えて紹介しよう。


近代印刷術の祖といわれるヨハネス・グーテンベルクは1394〜1404年ごろ、神聖ローマ帝国(ドイツ)の都市マインツで裕福な商人の家に生まれた。1411年、貴族との争いのあおりで一家はマインツを去り、グーテンベルクはフランスのストラスブールで金細工師として働く。

1439年、グーテンベルクは出資を募り、巡礼者に金属鏡を売る事業に乗り出したが、これに失敗。出資者たちをなだめるため、ある「秘密」を打ち明けたとされる。この秘密が活字による印刷のアイデアだったのではないかと言われる。

翌年、グーテンベルクは印刷術を完成させたと発表し、金属製の活字を使った印刷機のデザインを明らかにした。グーテンベルクはヨハン・フストという裕福な金融業者から資金を獲得。二人は共同事業者として新規事業を立ち上げ、1450年までには二台の印刷機を稼働させる。一台は商業文書を印刷し、もう一台は聖書の印刷に用いた。いわゆるグーテンベルク聖書だ。

ところが1455年、フストはグーテンベルクが聖書の印刷に充てるはずの資金を別の用途に使ったとして、グーテンベルクを訴える。グーテンベルクは訴訟に敗れ、事実上破産。印刷所はフストの手に渡ってしまう。

グーテンベルクはこれにめげず、バイエルンに小さな印刷所を開き、聖書の印刷を続ける。その功績を称えられ、マインツ大司教の宮廷に従者として召し抱えられる栄誉を得た。

グーテンベルクの画期的なイノベーションは欧州で急速に広がる。識字率が高まるとともに、医学、科学、技術、哲学、宗教、政治などに関する出版物があふれた。この結果、何百年も続いてきた貴族やギルドの支配が弱まり、ルネサンス、宗教改革、科学革命への道が開かれたのは知ってのとおりだ。

グーテンベルクの生涯は、起業家らしく波乱に富んだものだった。事業を起こすにはアイデアだけでは足りず、理解のある出資者が必要なことや、失敗にめげない不屈の精神が大切なことを教えてくれる。(この項つづく)

2021-05-02

フッガー家の時代

ドイツの社会学者マックス・ウェーバーはその代表的著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、宗教改革で生まれたプロテスタント(新教徒)の禁欲的な倫理が、西欧における近代資本主義の精神的支柱となったと論じた。学校の教科書でも紹介されてきた、権威ある学説だ。

たしかに一見、この説はもっともらしい。近代資本主義の勃興をリードしたオランダ、英国はともにプロテスタントの国だし、米国はその英国から移住したプロテスタントの一派、ピューリタンの精神的影響が大きい。

けれども、じつはウェーバーの説には批判も少なくない。経済の歴史を振り返れば、近代資本主義は宗教改革期のオランダや英国で始まったわけではない。それ以前、中世イタリアの都市国家で生まれたものだ。それは近代資本主義の根幹をなす制度である複式簿記が、イタリアの商人たちによって発明されたことでもわかる。彼らはプロテスタントではなく、カトリック(旧教徒)だった。

近代資本主義の隆盛を担ったカトリック信者は、イタリアの商人だけではない。宗教改革を起こしたルターと同時代のドイツにもいた。大金持ちとして知られるフッガー家である。15世紀末から16世紀前半にかけての時代をドイツ経済史では「フッガー家の時代」と呼ぶ。

フッガー家の始祖は1367年、神聖ローマ帝国の都市、南ドイツのアウクスブルクで一旗揚げようと、近くの農村からやって来たハンス・フッガーにさかのぼる。最盛期を築いたのは、ハンスの孫で、「富豪」とあだ名されたヤーコプ・フッガーである。


ヤーコプは少年時代、一時教会に入れられるものの、十九歳の時に還俗し、商人見習いのためイタリア都市国家の一つ、ベネツィアに向かう。当時としては遅い旅立ちではあったが、本場で商魂を叩き込まれて帰国する。

ヤーコプが莫大な富を築くことができたのは、アウクスブルクの枠を越えた新しい経済活動に従事し、同族で経営する一大商事会社の指導者になったからだ。銀、銅、ミョウバンの鉱山業に投資し、ついで教皇庁、皇帝、諸侯を相手に欧州規模の金融取引を行った。

15世紀後半から宗教改革期にかけて、ドイツの鉱山は空前の産出量を誇った。領邦君主は鉱山特権を持ち、領内で算出する鉱石を優先的に特別安く先買することができた。財政が困窮に陥った領主はこの特権を担保に借金をした。

ヤーコプは1485年、皇帝フリードリヒの従兄弟にあたるティロール伯ジギスムントから銀の先買権を獲得している。銀の市価と先買権による購入価格の差額が、ジギスムントに対する貸付金の返済としてヤーコプの懐に入る仕組みである。

教皇庁と諸侯が絡んだ最も有名な金融取引は、贖宥状(免罪符)の販売だ。選帝侯ブランデンブルク家の出身でマクデブルク大司教であったアルブレヒトは1513年、たまたま空位になったマインツ大司教の地位を熱望した。だが大司教職を兼任することは教会法上許されないことで、黙認してもらうには教皇庁に莫大な献金が必要だった。

その資金を用立てたのがヤーコプである。アルブレヒトはこの借金を返すため、皇帝の許可を得て免罪符の販売を始める。免罪符を売り歩く一行にはフッガー商会の関係者が同行していたといわれる。フッガー家は売り上げの半分をアルブレヒトの債務返済にあて、残りの半分を特許料として教皇庁に支払った。支払いはフッガー商会のローマ支店が処理した。フッガー家は国際金融網を張り巡らし、現金を動かさずに取引していた。

ルターはこの免罪符販売に憤ったのをきっかけに、宗教改革の号砲となる「九十五カ条の論題」を提起したといわれる。ルターとフッガー家の因縁はこれだけではない。ルターが教皇の使節から審問を受けるためにアウクスブルクを訪れた際、審問の場所はフッガー邸だった。王宮のないアウクスブルクでは、皇帝をはじめ賓客の接待にはたいていフッガー邸が利用されていた。もっとも審問の席にヤーコプ自身はいなかった。

ヤーコプが行った最大の取引は1519年、カール5世の皇帝選挙の資金支援である。当時、神聖ローマ帝国皇帝は七人の選帝侯による選挙で決定された。その際、候補者は選帝侯に賄賂を支払うことが慣習となっていた。ヤーコプはカールにその資金を用立てたのである。

このとき、皇帝選挙には85万グルデン以上の資金が必要だったが、その7割はフッガー家が用意したとされる。当時、寄宿生活をする貧乏留学生が年間10グルデンの奨学金でなんとか勉強できたといわれているので、その選挙資金の大きさが推測できる(木村靖二編『ドイツの歴史』)。

この貸し付けには担保がなく、回収には困難をきたした。しかし、皇帝に対するこの大きな貸しは、別の形で返してもらっている。フッガー商会をはじめとする大商事会社による鉱工業製品や香辛料などの独占的取引が問題視され、1523年、帝国議会は独占規制の立法化に乗り出した。しかしフッガーは皇帝に働きかけ、規制対象から鉱産物取引を除外することに成功する。貸しを返してもらったわけだ。

ヤーコプは時に権力と結び、巨富を築いたが、決して金の亡者ではなかった。アウグスグルクの町の芸術保護者だったし、教会へのさまざまな寄付行為などは枚挙にいとまがない。その集大成とも言うべきは、世界最古の貧民救済住宅フッゲライの建設だった。

フッゲライは1521年、アウクスブルクの下町に建設され、五百年がたった現在も公共住宅として使われ、一部が博物館として公開されている。世界で最初にできた社会福祉の住宅施設とも言われる。

入居者は半年ごとに0.5グルデンの家賃を支払うよう定められていたが、学校教師や司祭のように家賃を免除されていた者や、未亡人のように半額の者もいた。

入居者の職業が興味深い。1624年の調査によると、一番多いのは織布工で、門番、大工職人、日雇いなど手間賃仕事が続き、ほかには金細工師、ソーセージ作り、火酒醸造人、袋かつぎ人夫、車引き、鳥小屋作り、絵入りの祈祷書やカレンダーを作る職人などが一人ないし二人、フッガー家の料理人と御者も入居していた。大作曲家モーツァルトの曽祖父にあたる左官のフランツ・モーツァルト一家も住んでいた。

当時、イタリアや南ドイツの事業に成功した商人の間には、死後の平安を願って、商売で獲得した財産の一部を教会に寄付する慣行があった。現世の営利と引き換えに死後の救済を得ようとする「彼岸との取引」である。大商人の会計には、この種の寄付を支出するための「慈善勘定」とでもいうような特別の勘定が設けられるようになった(諸田實『フッガー家の遺産』)。

フッガー会社も15世紀末にアウクスブルクの守護聖人の名をつけた「聖ウルリッヒ勘定」を設けて、精力的に寄付活動に励む。フッゲライの建設はヤーコプの寄付活動の最大にして最後のものだった。建設の四年後、ヤーコプは六十六歳で死去する。生前、伯爵に叙されていたが、称号は終生使わず、商人で通した。

冒頭で触れたウェーバーは同じ著作で、ヤーコプ・フッガーに言及している。ある同業者から「もう十分に儲けたのだし、他の人々にも儲けさせてやるべきだ」と隠退を勧められたヤーコプは、「私はまったく違った考えで、できるあいだは儲けようと思う」と答えたという。ウェーバーはこの言葉について、道徳とは無関係な個人的な気質の表明だと述べる。

しかし敬虔なカトリックだったヤーコプのこの言葉は、むしろウェーバーが主張するプロテスタントの禁欲的な倫理そのもののように思える。勤勉の精神とは、宗教や宗派を超えた普遍的なものではないか。フッガー家の歴史はそんな思いを抱かせる。

<参考文献>
  • 木村靖二編『ドイツの歴史―新ヨーロッパ中心国の軌跡』有斐閣アルマ
  • 諸田実『フッガー家の遺産』有斐閣
  • 諸田実『フッガー家の時代』有斐閣
  • 鍋島高明『相場ヒーロー伝説 -ケインズから怪人伊東ハンニまで』河出書房新社
  • 谷克二=文、武田和秀=写真『 図説 ドイツ古都物語』(ふくろうの本)河出書房新社
  • Murray N. Rothbard, Austrian Perspective on the History of Economic Thought. Ludwig von Mises Institute
(某月刊誌への匿名寄稿に加筆・修正)

2021-05-01

『クイーンズ・ギャンビット』〜盤上の自由と平等


昨年ネットフリックスで公開され、今も人気を集めるオリジナルドラマ『クイーンズ・ギャンビット』は、主人公がチェスの女性プレーヤーということから、「男性優位社会」に対する異議申し立てとしてよく論じられている。制作側には時流に乗る狙いもあっただろう。けれどもドラマそのものは、そうした政治的メッセージとは一線を画している。

チェスの天才に恵まれたベスは、男性プレーヤーが大半を占める大会に乗り込む。けれども大会は女性を締め出しているわけではない。参加料を払えば誰でも参加できる。事実、ベスはそうして参加しているし、ベス以外にも少数ながら女性はいる。ベスが初めて破る相手は女性プレーヤーである。

チェスプレーヤーに男性が多いのは、女性を差別しているからではなく、女性は一般的に言語能力のほうが高く、男性は一般的に言語能力よりも空間能力のほうが高いという生物学的事実に起因する面が大きいだろう。もちろん一般的傾向だから、例外はある。ベス自身がその顕著な例外といえる。

ドラマでは、教条的なフェミニズムの評論家と違い、男女の対立を煽ったりしない。むしろ男女の協力や交流を温かく描く。ベスにチェスの手ほどきをしてくれた孤児院の用務員は男性だし、練習相手として実力アップに貢献する仲間のプレーヤーたちも男だ。最強の敵であるロシア人の世界チャンピオンも男性だが、宿命の勝負が決したとき、ベスに示す態度は感動的だ。

ドラマを通じて語られるのは、男女を問わず競技に参加できる自由のすばらしさと、盤上では男女は平等だというメッセージにほかならない。政治の世界と違い、大会の上位を男女に均等に割り当てようという愚かなことは、誰も主張しない。

冷戦時代の話らしく、ベスを支援するキリスト教団体は、ソ連大会への渡航費を出してやる代わりに、現地で無神論の共産主義を批判する声明を読み上げるようベスに求める。ベスはこの要求を「くだらない」と拒否する。もしベスが今、フェミニズム団体から「男性優位社会」を批判するよう求められたら、同じように断るに違いない。

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