2018-10-31

社会主義は救世主か

英国で空前の社会主義ブームが巻き起こっています。最大野党労働党のジェレミー・コービン党首の支持率はメイ首相の保守党と逆転し、次期首相の座も現実味を帯びてきたようです。

コービン氏は行く先々でロックスターのような歓迎を受け、若年層の圧倒的な支持を集めています。今月初めの日経電子版によれば、イニシャルの「J・C」にちなみコービン氏を「ジーザス・クライスト(イエス・キリスト)」とまで呼ぶ支持者もいるというから驚きます。

英国は金融危機後の格差拡大や緊縮財政を背景に、中低所得層の不満が蓄積しているといいます。けれども、英国であれ他のどの国であれ、社会主義は救世主にはなりえません。

今年はマルクスの主著『資本論』第1巻刊行から150年、レーニンが率いたロシア革命から100年にあたります。世界で社会主義の誤りをあらためて記憶に刻む好機のはずです。ところが英国の熱狂的なコービン人気が示すように、社会主義の誤りは忘れられ、むしろ美化が進もうとしています。

マルクスは『資本論』で、あらゆる価値は労働者が生み出すという「労働価値説」をもとに、利潤はすべて資本家による労働者の搾取から生まれると主張しました。

労働価値説は、近代経済学の父といわれる英国のアダム・スミスも信じていた説です。けれどもその後、誤りだとわかりました。同じ労働力をかけて作った製品でも市場で価値が異なる事実を説明できないからです。

しかしマルクスは誤った労働価値説をもとに『資本論』第1巻を書き、その後、考えが行き詰まったのか、なかなか続きを出さないまま死んでしまいました。第2巻、第3巻はマルクスの死後、遺稿をもとに盟友エンゲルスが編集・刊行したものです。

土台から間違ったマルクスの経済学は、現実を説明できなくなります。マルクスの思想をロシア革命で実現しようとしたレーニンですら、各国で資本家が労働者を搾取するという考えは誤りだと認めました。工業国の多くで労働者の生活水準が向上する事実に反したからです。

社会主義はかつて民衆を熱狂させ、その民衆を苦しめて終わりました。歴史の悲劇を繰り返さないためには、熱狂でなく理性が必要です。(2017/10/31

2018-10-30

脱デフレ政策の疑似科学

相関関係と因果関係が別物だというのは統計学のイロハです。AとBという現象が同時に起こった(相関関係)からといって、AがBの原因(因果関係)だとは限りません。ところが過去5年近く、政府・日銀は両者を混同し、脱デフレ政策の根拠としてきました。

たとえば、内閣官房参与としてアベノミクスを支える浜田宏一エール大名誉教授は「世界経済の奇跡といわれる日本の高度成長は、緩やかなインフレとともに達成された」(『アメリカは日本経済の復活を知っている』)として、白川方明前日銀総裁時代の末期に始まった物価目標政策を支持してきました。

しかし、ある時期に物価上昇と経済成長という2つの現象が同時に起こった(相関関係)からといって、物価上昇が経済成長の原因(因果関係)だとはいえません。それはたとえば、米国で資本主義が急速に発展した1870〜80年代、物価がほぼ一貫して下落した(デフレだった)ことからも明らかです。

昔から、科学を表面的にしか理解しない人々は相関関係と因果関係を混同し、的外れな主張をしていたようです。鋭い批評家でもあった英作家チェスタトンは、名探偵ブラウン神父を主人公とする短編推理小説シリーズの中で、そうした疑似科学の思考を批判しています。「機械のあやまち」という作品です(『ブラウン神父の知恵』所収、中村保男訳)。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、導入部にこんな場面があります。心臓の反応を利用した新しい精神測定法が米国で評判になっていると聞かされたブラウン神父は、あきれてこう叫びます。「それじゃまるで、女の人が顔を赤くしたからおれはその人に愛されているんだと考える男とちっともかわらないセンチメンタリストだ」

女性が男性を見て顔を赤くした(相関関係)からといって、それが恋愛感情によるもの(因果関係)だとは限りません。男性のズボンのファスナーが開いていたからかもしれません。

ブラウン神父は、科学を自称する測定法についてこんな含蓄ある言葉も発します。「なにかをぴたりと指しているステッキには一つ不便な点がある。ステッキの反対の端が正反対の方向を指すということだ」

脱デフレを唱える人々は、インフレだから経済成長できたといいます。けれども実際は、インフレにもかかわず経済成長できたのかもしれません。だとすればステッキの意味を正反対に解釈したことになります。

2018年4月に任期が切れる黒田東彦日銀総裁の後任は、黒田氏続投が本命視されるそうです。疑似科学に基づく金融政策がさらに続くのでしょうか。(2017/10/30

2018-10-29

中国経済を笑えるか

ナショナリズムは理性を曇らせます。その一例は、中国経済に対する日本人の見方です。中国経済の先行きに黄信号がともると、ざまあみろとばかりに喜ぶ人たちがいます。けれども中国経済が抱える問題の本質は、日本にも共通したものです。

日経の連載記事「習近平の支配」によれば、中国の習近平総書記は1期目の当初、「資源配分で市場が決定的な役割」を果たす改革を進めると公言したにもかかわらず、実際は国有企業を大きくする道を選びました。

1~8月の製造業などの利益は国有企業が46%増に対し、民営企業は14%増にとどまっています。効率を高める改革は滞り、借金や投資に過度に頼る「古い中国」がゾンビのように温存されているといいます。

別の海外記事で、スウェーデン出身の若手経済学者、ペール・ビュールンド氏は最近中国を訪問した経験を踏まえ、中国経済は国家プロジェクトに依存し、入居者のいない高層ビルなど大きな無駄が生じていると指摘します。そして最近の中国経済の奇跡とは「根本から偽物」と厳しく批判します。

中国政府が推進する「一帯一路」構想も、同様の国家プロジェクトです。どれほど無駄な政府支出でも経済成長にカウントする国内総生産(GDP)の仕組み上、当初は成功とみなされるかもしれません。しかし市場経済に基づかないため、結局は悲惨な失敗に終わるだろうとビュールンド氏は予測します。

けれども、これらは決して日本経済と縁遠い話ではありません。

ビュールンド氏は、中国経済とは「とんでもない規模のケインズ流雇用政策」だと表現します。経済学者ケインズの主張に従い、雇用を生み出すため、無駄でもいいので政府が公共事業をどんどん行うというものです。

これは日本のアベノミクスによる「機動的な財政政策」と変わりません。日本の保守政権と中国共産党の経済政策が同じとは、皮肉な話です。

中国経済が臨界点に向かっているとしたら、笑いごとではありません。日本経済も同様の困難が待ち受けるでしょう。(2017/10/29

2018-10-28

人はみな起業家

起業家支援のおせっかい
経済の自由度が大きな国ほど、起業家活動は盛んになりやすい。起業を増やしたければ、起業家活動を妨げる政策をなくさなければならない。米国では起業支援に熱心な州ほど起業は低調という調査結果。政治がしゃしゃり出るほど起業は衰える。たとえ政府にそのつもりはなくても。
Don't Mix Politics and Entrepreneurship | Mises Wire

起業家と経営者
起業家と経営者は違う。経営者の役割は経費を下げ、赤字にならないようにすることだが、起業家の役割は消費者に提供する価値とその価格を考えることだ。経費節減のことばかり考える起業家は経営者であり、起業家ではない。価値と価格を確立する前に経費を気にする余裕はない。
Most Entrepreneurs Are Bad Entrepreneurs | Mises Wire

人はみな起業家
経済学者ミーゼスによれば、起業家の本質は、すでに存在して他人が気づかないものを発見することではなく、不確実な未来に目を凝らすことにある。広い意味で、あらゆる人間は起業家である。自分の努力が望むとおりの結果をもたらすかどうか、決して確実にはわからないからだ。
Entrepreneurial Discovery: Who Needs It? | Mises Wire

規制より賢い方法
「ながらスマホ」を法律で規制せよという意見がある。しかし法律が正しい解決策とは限らない。UXデザイナーは政治家よりはるかに人間行動を理解している。政治家は特定のやり方を人に押しつける。UXデザイナーは人の求めに注意を払い、それをより良くかなえるやり方を考える。
A Better Way to Reduce Texting-Related Driving Deaths - Foundation for Economic Education

ケネディはなぜ死んだのか

陰謀論と聞くと、それだけで冷笑する人が少なくありません。たしかに、陰謀論には荒唐無稽なものもあります。けれども、すべてを頭から「トンデモ」と決めつけるのも理性的な態度とはいえません。

ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件を巡る機密文書の一部が米国立公文書館のウェブサイトで公開され、話題となっています。

日経電子版が伝えるように、ケネディが米テキサス州ダラスでのパレード中に狙撃され、死亡したのは54年前の1963年11月。米政府の調査委員会(ウォーレン委員会)は元海兵隊員のリー・オズワルド容疑者(移送中に射殺)による単独犯行と断定しましたが、証拠は乏しく、外国政府や米情報機関が黒幕との陰謀論が今も絶えません。

暗殺の真相をめぐっては議論が百出し、謎解きに挑戦した本は数えきれないほどです。その中で興味深いのは、2014年に邦訳が出たジェイムズ・ダグラス『ジョン・F・ケネディはなぜ死んだのか』です。

学生の反戦運動に参加しハワイ大学神学教授の職を辞した異色の経歴の持ち主であるダグラス氏が焦点を合わせるのは、冷戦の頂点でケネディが踏み出した外交政策の転換です。

ケネディは冷戦の戦士として登場し、大統領就任演説では、共産主義陣営に対抗するには十分な武力が必要との考えを表明しました。しかし核戦争寸前までいったキューバ危機を経て、軍縮と平和に方向転換します。

1963年5月、同年末までに南ベトナムから米軍関係者1000人を撤退させる具体的な計画を作成するよう命令。さらに、核実験禁止条約締結と全面的かつ完全な軍縮政策を同時にめざすよう命じた国家安全保障行動覚書第239号を発令します。

同年6月にはワシントンのアメリカン大学で卒業式のスピーチを行い、「軍事力によって米国が世界に強制するパクス・アメリカーナ」を拒否し、事実上、冷戦終結を提案します。凶弾に斃れたのはその5カ月後でした。

ケネディが敵である共産主義者との和平に向かったため、米中央情報局(CIA)や統合参謀本部、軍産複合体の反発を買い、これら国内勢力から暗殺されたというのがダグラス氏の考えです。

ダグラス氏は、具体的に誰が暗殺を計画し、命じたかまで特定はしていません。政府が情報をすべては明らかにしていない以上、やむをえないことです。重要なのは仮説をやみくもに否定せず、事実に基づき検証することです。今後の究明が待たれます。(2017/10/28

2018-10-27

一番大事な金融リテラシー

政府の暴力性は日常ではあまり目立たちません。しかし財政破綻という非常事態に直面すると、それがむき出しになります。終戦直後に強行された預金封鎖、通貨切り替え、財産税といった緊急措置がまさにそれでした。しかも政府はぎりぎりまで、財政は大丈夫と嘘をつきました。

法政大学教授の小黒一正氏は著書『預金封鎖に備えよ』で、一連の緊急措置を詳しく記します。ハイパーインフレに直面した日本政府は1946年、預金封鎖と通貨切り替えに着手。5円以上の旧銀行券をすべて銀行など民間金融機関に預けさせ、生活や事業に必要な額だけを新銀行券で引き出させました。

新たな税も導入します。柱の一つが財産税です。国内に在住する個人を対象に、一定額を超える財産(預貯金、株式などの金融資産及び宅地、家屋などの不動産)に課税。最低税率25%で、1500万円超の財産には実に90%も課税されました。

政府は太平洋戦争開戦前夜の1941年に作成した小冊子で、「国債がこんなに激増して、財政が破綻する心配はないか」という問いに対し「全部国民が消化する限り、すこしも心配は無いのです」と答えています。小黒氏が言うとおり、なんとも「強烈な嘘」です。

私たち国民にとってせめてもの慰めは、こんな非道な政府の暴力からも、多少は逃れる余地があったことです。預金封鎖を事前に察知して預貯金を大量に引き出して株券などに替えておき、新銀行券に切り替わって安定してから現金化した人々もいたようです。財産税による資産没収も、貴金属なら隠せないことはありませんでした。

最近、金融リテラシーに対する関心が高まっているのはよいことです。ただし今から学ぶのであれば、運用商品の利回りがどうこうという細かい話ではなく、非常時に政府から資産を守る知恵こそ一番大事でしょう。政府は教えてくれそうにありませんしね。(2017/10/27

2018-10-26

規制を疑わない国

規制は何らかの目的を達成するための手段です。だから、ある規制が目的の達成にふさわしくなければ、変更や廃止を考えるのが当然のはずです。ところが日本では不思議なことに、そういう意見がほとんど出てきません。

日産自動車の不正検査が問題になっています。無資格の従業員が新車の完成検査をしていたためです。日産はこれまでに約120万台のリコール(回収・無償修理)を決め、車両の出荷を一時停止。テレビコマーシャルや新車キャンペーンも中止しました。大変なことです。

ところが報道では申し訳程度にしか触れられないのですが、これはすべて国内向けの車だけの話です。同じ工場で、同じように無資格者が検査していても、海外向けの車なら何の問題もありません。現に日産は海外向けの車の生産は続けています。

なぜなら、海外では安全性を審査する制度が異なるため、無資格者が検査しても問題とされないからです。

これはおかしな話です。もし有資格者による完成検査が安全のためにそれほど重要なら、海外でも必要とされるはずです。

この点についてジャーナリストの井上久男氏が現代ビジネスで詳しく解説しています。それによると、完成検査とは「儀式」の工程にすぎず、何のノウハウもないといっても過言ではないといいます。

そのうえで同氏は、国土交通省が主管の「型式認証制度」は一部が時代遅れになりつつあり、安全上問題がないのであれば、有資格者による検査制度は廃止にすればいいし、逆に問題があるのならば、今はあいまいな有資格者を厳密に定義せよと述べます。今回の問題の本質は、まさにこういうことでしょう。

お上の決めた規制を金科玉条のように奉って時代遅れになろうと疑わず、破った者はけしからんと有無を言わさず叩く。日本人の一番醜い姿ではないでしょうか。(2017/10/26

2018-10-25

北朝鮮の資本主義

市場経済は世界に平和と繁栄をもたらします。これは環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の最中、日本政府も盛んに強調した真実です(政府によってガチガチに管理されたTPPが市場経済かどうかは別として)。そうだとすれば、朝鮮半島の緊張が緩和に向かうかもしれない良い兆しがあります。北朝鮮で市場経済が成長しつつあるのです。

北朝鮮経済は社会主義経済と経済制裁で壊滅状態かと思っていましたが、日経「経済教室」で三村光弘・環日本海経済研究所調査研究部主任研究員は「たびたび訪問して肌で感じる変化からすれば、ここ5年程度は毎年3~7%〔略〕ぐらいのプラス成長だったように思われる」と述べています。

北朝鮮は公式には社会主義計画経済のままです。しかし黙認ベースで存在する非国営部門や、国営部門と非国営部門の協働などから成長が生まれていると三村氏は推定します。

金正恩時代に入り、全国の協同農場で自らが担当する田畑の収穫高が分配に大きく反映されるなど、市場経済的な改革が実施されています。国営企業でも生産ラインごとに様々な工夫がなされ、さながら「社内起業ブーム」の様相を呈している企業も多いというから驚きます。

北朝鮮にひそかに生まれつつある資本主義はまだ小さなものかもしれません。しかしその成長を邪魔せず、「国全体を変える原動力」(三村氏)にすれば、朝鮮半島と周辺地域の平和と繁栄に道を開くでしょう。報復を招くだけの軍事圧力や経済制裁よりもずっと賢明な方法です。(2017/10/25

2018-10-24

右翼と左翼は変わらない

インターネットの世界では日々、ネット右翼とネット左翼がののしり合っています。国政選挙ともなると大変です。なんだかばかばかしくなってきます。だって、右翼と左翼が正反対に見えるのは表面だけの話で、本質は同じなのですから。

右翼と左翼に共通する本質を一言でいえば、国家主義です。どちらも社会のさまざまな問題は国家権力によって解決できるし、解決しなければならないと信じています。

右翼と左翼の同質性を象徴する人物がいます。安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相です。岸氏はタカ派の保守派政治家として知られます。けれども姜尚中・玄武岩『大日本・満州帝国の遺産』が述べるように、政治思想は社会主義の強い影響を受けていました。

戦前、企画院を根城として軍部幕僚層と結びつき、国家改造をめざす「革新官僚」と呼ばれる官僚グループがいました。商工省出身の岸氏はその有力メンバーです。彼らに共通するのは、若い頃、当時インテリの間で流行していたマルクス・レーニン主義的な社会科学の影響を受けたことです。

一方で岸氏は東京帝国大学の学生時代、日本の国家社会主義者である北一輝に心酔していました。北の著書『国家改造案原理大綱』を夜を徹して筆写したといいます。

官僚として出世し満州国に渡った岸氏は、ロシア革命で誕生したソ連の統制経済をモデルに、国家建設の実験に取り組みます。けれども企業の利潤追求を制限したため、開発は思うように進みませんでした。

敗戦でA級戦犯となった岸氏はやがて政界に復帰し、戦後も国家社会主義的な政策の実現に努めます。第二次岸内閣のときに最低賃金法や国民年金法が成立し、社会保障制度の充実が図られたのはその表れです。

現在、社会保障が弱者に満足のゆくサービスを提供できず、財政を危機状況に追い込んでいることを考えると、岸氏の国家社会主義的な経済政策は厳しく評価されなければならないでしょう。右翼と左翼のもう一つの共通点は、経済の道理に無知なことです。(2017/10/24

2018-10-23

棄権したら政府に文句はいえない?

衆院選の投票率は小選挙区、比例代表ともに約54%で、台風の影響もあってか、戦後2番目の低さでした。有権者の半分近い約46%の人々が棄権したわけです。

ところで、棄権は悪いことだとよくいわれますが、それは正しいでしょうか。

棄権を批判する人はよく、「投票しなければ政府に文句はいえない」といいます。けれども、これはどうみてもおかしな意見です。

第1に、もしこの意見を大まじめに法的な意味に取れば、政府を批判する人は、投票した証明書をいつも首からぶら下げていなければなりません。もちろん、そんなことをする人はいません。投票したかどうかにかかわらず、政府に文句をいう自由は誰にでもあります。

第2に、「投票しなければ政府に文句はいえない」が法的な意味ではなく、「投票した人だけが政府に文句をいう倫理的な資格がある」という意味だとしたらどうでしょう。これも成り立ちません。

むしろ逆ではないでしょうか。政府が何か問題を起こしたら、その政府を選んだ有権者こそ、文句をいう倫理的な資格がないはずです。だって、自分が良いと思って選んだ政府なのですから。一方で、政府を選ばなかった棄権者は堂々と文句をいえるはずです。

参政権は読んで字のごとく、国民の権利です。権利である以上、行使しない選択肢もあるはずです。投票を強いるような世論はよくありません。そして棄権しても、政府を批判する資格はあるのです。(2017/10/23

2018-10-22

仮想通貨の官営化

先日、ロシアが独自の仮想通貨「クリプトルーブル」の発行を決めました。GIGAZINEによれば、プーチン大統領が非公開の政府閣僚会議で指示し、ニキフォロフ通信情報相が明らかにしたとのことです。

プーチン大統領はかねて、ビットコインなどの仮想通貨はマネーロンダリング(資金洗浄)や脱税、テロ資金の調達に利用されるとして批判していました。それが今回、みずからその発行に乗り出すわけです。

クリプトルーブルは通常の通貨であるルーブルといつでも交換できますが、出所が証明できない場合、13%の税を課されるもようです。マネーロンダリングなど不正行為の手段として使われないようにするためです。

ニキフォロフ通信情報相によれば、仮想通貨導入を決めた一つの理由は「もしロシアがやらなければ、ユーラシア経済共同体に加盟する近隣諸国が2カ月後に行うため」といいます。同共同体はロシアのほか、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンなどが加盟しています。

ロシアによる政府公認の仮想通貨導入は、中国に続く動きです。中央銀行である中国人民銀行は7月、政府公認の仮想通貨の導入を検討すると表明しました。サンケイビズによると、同銀系の金融時報は9月19日付で、政府公認での早期発行を期待するとの評論を掲載し「ビットコインなどが国家の通貨発行権に挑戦することは許されない」と断じています。

日本ではロシアや中国の経済政策というと、「社会主義」「全体主義」と馬鹿にする声が多いのですが、仮想通貨に関する限り、考えに大差はありません。1円でも多く税金が欲しいときに国民に財産上のプライバシーは許したくないでしょうし、誰もがビットコインしか使わなくなればリフレ政策などできなくなります。

中ロにならって仮想通貨が政府の管理下に置かれる日は、そう遠くないかもしれません。(2017/10/22

2018-10-21

共産主義のファンタジー

市場から暴力へ
社会主義の経済政策の誤りは、資本主義に取って代わった後も変わらず事業を運営できるという考えにある。党員を役員に送り込んでも、正しい経営判断はできない。私有財産に基づく価格体系がもはや存在しないからだ。市場の導きがなければ、財の配分は力づくで決めるしかない。
4 Reasons Why Socialism Fails | Mises Wire

ここにある社会主義
米国人はベネズエラの社会主義の失敗に騒ぎながら、トランプ大統領が1.3兆ドルもの歳出法案に署名しても何の心配もしない。これはベネズエラが想像すらできない規模の社会主義だ。この額だけで同国GDPの3倍にもなる。この戦争福祉国家社会主義に米国で誰か抗議しただろうか?
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : Venezuela's Socialism...And Ours

共産主義のファンタジー
あなたが一番好きなファンタジー作家は『ハリー・ポッター』のJ・K・ローリング? 『指輪物語』のJ・R・R・トールキン?『ナルニア国物語』のC・S・ルイス? 『氷と炎の歌』のジョージ・R・R・マーティン? それとも『資本論』のカール・マルクス? 共産主義を笑うジョーク。
8 Funny Memes that Skewer Communism

労働者の友?
歴史家ポール・ジョンソンによれば、カール・マルクスは工場や鉱山など労働現場を生涯一度も訪れたことがなく、誘いを受けても断った。金のために働くことを拒否したので金がなく、金をくれない者を呪った。母親いわく、「資本を少しは集めればいいのに。書くだけじゃなく」。
A Historian Explains Perhaps the Biggest Lesson of the 20th Century - Foundation for Economic Education

2018-10-20

仮想通貨に監視の影

ビットコインなど仮想通貨のメリットの一つは、お金に関するプライバシーが守られることだといわれてきました。政府や銀行に預金残高や取引記録を把握されないからです。けれども、それが将来も続く保証はなさそうです。

金融情報サイト、マーケットウォッチの動画で、ブロックチェーン技術会社ノード40の最高経営責任者(CEO)、ペリー・ウッディン氏が解説するように、米トランプ政権は仮想通貨に強い関心を示しています。

行政管理予算局長となったミック・マルバニー下院議員は、仮想通貨とその中核技術であるブロックチェーンの熱心な支持者として知られます。しかし民間で発達したサービスが政府の関心の的となるのは、利用者にとって必ずしもいい兆しではありません。

日経電子版が報じたように、仮想通貨技術を使った資金調達(ICO=イニシャル・コイン・オファリング)について、米証券取引委員会(SEC)が7月、条件次第で証券法上の有価証券にあたるとの見解を出したのに続き、米国商品先物取引委員会(CFTC)も今月、ICOで発行される「トークン」が監視対象になる可能性があるとの見解を示し、ビットコイン相場が一時急落しました。

動画の解説によれば、日本の国税庁にあたる米内国歳入庁(IRS)はブロックチェーンの分析に力を入れ始めています。税務調査に利用するためです。税当局がブロックチェーンの分析ノウハウを習得すれば、仮想通貨を利用する個人のプライバシーには脅威となります。

ウッディン氏は、ブロックチェーンは透明性が高いだけに、政府にとって現金よりも規制がたやすいと指摘しています。(2017/10/20

2018-10-19

輸出奨励の勘違い

政治家は盛んに輸出を奨励します。まるで輸出は良いことで、輸入は悪いことだと言わんばかりです。一般の人にも政治家に影響されて「輸出は善、輸入は悪」と漠然と信じている人が少なくありません。

けれども、以前(6月30日付投稿「輸入を許したら『負け』なのか」)も書いたように、その考えは正しくありません。

米経済学者でジョージ・メイソン大学教授のドナルド・ブードロー氏がウォールストリート・ジャーナル紙に投書し、輸出を奨励するトランプ大統領の貿易政策を次のように批判しています。

トランプ大統領によれば、米国民が貿易から多くの利益を得るには、輸出を増やし、輸入を減らせばいいという。しかし、それは誤りである。

輸出とは、製品やサービスを輸入する代償である。トランプ大統領が得意の交渉術で米国の輸出を増やし、輸入を減らせば、それはわざわざ米国民の支払いを増やし、受け取るものを減らすことを意味する。

嘘だと思う人は、家財道具をすべて海外に売り払い、受け取った外貨をマットレスに詰め込んで一切使わないでみてほしい。それで貧しくなるのが嫌なら、トランプ大統領の貿易政策はおかしいということだ——。

わかりやすい解説です。政府が輸出をやたらに奨励し、輸入を制限するのは、貿易の目的を見失った勘違いなのです。ブードロー氏のこの解説から、たとえば輸出を増やすために自国通貨を安くする政策がおかしいこともわかるでしょう。

経済の正しい知識を身につけるコツが一つあるとしたら、それは経済に関する政治家の言葉を真に受けないことかもしれません。(2017/10/19

2018-10-18

宴が終わるとき

経済の状態には好景気と不景気があります。好景気は良いことで不景気は悪いことだと、たいていの人は思っています。でもそうではありません。好景気には悪いものもありますし、不景気には良いものもあります。

景気が良いことと、経済が健全であることは、必ずしも一致しません。マネーの注入によって人為的に演出された好景気は、経済の健全な発展をむしろ妨げます。逆に、人為的な好景気が限界を迎えた後に訪れる不景気は、経済が健康を取り戻す過程です。

だから不景気を和らげるために市場にマネーを注入するのは、せっかくアルコールを断とうとしているアル中患者に酒を飲ませるようなもので、経済の正常化を遅らせます。

経済学者ハイエクは「強制的な信用拡大によって不況に対処することは、その災害をもたらしたまさに同じ手段によってそれを治療しようとすることである」と批判しました。信用拡大とは金融緩和のことです。そのうえで「そのような方法は、信用拡大が終わるやいなや、もっと深刻な恐慌を導くにすぎない」と指摘しています(古賀勝次郎他訳『貨幣理論と景気循環/価格と生産』)。

しかし今、ハイエクの言葉に耳を貸す政府はありません。経済を元気に見せたい政治家にとって、マネーは強壮剤のように便利です。中央銀行にしても、かつては「パーティーが盛り上がっているときにパンチボウルを片づけるのが仕事」といわれ、バブルの歯止め役を期待されましたが、最近ではパーティーが盛り下がる気配を見せると景気づけに新しいシャンパンの栓を抜くのが仕事のようです。

いつになるかはわかりませんが、宴は終わります。しかし、悲しむ必要はありません。それは経済が健全さを取り戻す第一歩だからです。(2017/10/18

2018-10-17

政治家は信頼できるか

国政選挙になると、「信頼できる人を選ぼう」「日本を導くにふさわしいリーダーを選ぼう」といった呼びかけをよく目にします。政治家が自分のことをそのように売り込むのは商売上当然です。けれどもそれを真に受けるのは、危ういことです。

政治の本質をよく知っていた昔の思想家は、政治家には立派な人物がいるなどという甘い見方をしませんでしたし、信頼もしませんでした。その一人、英哲学者ジョン・スチュアート・ミルは著書『自由論』でこう書いています。

「社会の弱者たちが無数のハゲタカの餌食になるのを防ぐには、並はずれて獰猛な一羽のハゲタカが、ほかのハゲタカたちを抑えつけてくれるとありがたい。しかし、このハゲタカの王様もやはりハゲタカであり、弱者の群れを餌食にしようとすることに変わりはない。その鋭いくちばしや爪にたいして、民衆はたえず防御の構えをとりつづけねばならない」(斉藤悦則訳)

ミルはまず、社会の弱者を餌食にする無数のハゲタカがいるといいます。これは犯罪者のことです。犯罪者を抑えつける仕事は、並はずれて獰猛な一羽のハゲタカにやらせればいい。このハゲタカの王は、権力を持つ政府です。

ミルが偉いのは、ハゲタカの王もまたハゲタカであり、「弱者の群れを餌食にしようとすることに変わりはない」ことを忘れないところです。ハゲタカの王は人格が立派だとか、一国のリーダーにふさわしいとかいう幻想を抱きません。

ハゲタカ呼ばわりとは失礼極まると、政治家の皆さんはさぞ腹を立てることでしょう。しかし彼らが権力という「鋭いくちばしや爪」を持つ以上、ミルの叡智に従うのが賢明です。獰猛なハゲタカを信頼はできないし、立派な人格も期待できません。(2017/10/17

労働は目的でなく手段

労組不加入の自由
結社の自由が不可侵の人権なら、意に反する結社を拒否する自由も含まれるはずだ。求婚の自由があれば、それを拒む自由もあるし、離婚する自由もある。同じく、企業は条件に同意する労働者を雇う自由がある。労働組合には入らないという条件で互いが合意するのは自由なはずだ。
Union-Free Contracts and the Freedom of Association

労働は目的でなく手段
労働は経済発展の目的ではない。価値ある目的を達成するための手段にすぎない。理想は働かなくてもほしいものが何でも手に入る状態だ。投資で経済が発展すればその理想に近づく。重要なのは労働そのものではなく、労働の成果だ。それを忘れて雇用だけを増やしても意味がない。
Economic Myths #3 – We Need More Jobs! | The Ludwig von Mises Centre

雇用増は良いことか
個人の幸福にとって本当に重要なのは、雇用そのものではなく、質の良い商品やサービスを多く購入できるかどうか、つまり購買力の高さである。収入が増えても、購買力が下がっては意味がない。購買力を高めるには、優れた生産設備を整え、経済の生産力を高めなければならない。
Does a Fall in Unemployment Lead to Stronger Economic Growth? | Mises Wire

賃上げと生活水準
相対価格が変わると人は行動を変える。住宅の食品に対する価格が相対的に高くなれば、前より狭い部屋に住み、相対的に安くなった肉を多く買うだろう。賃金を生活コストに合わせ一律に引き上げても、以前の生活水準を保てるとは限らない。個人の消費パターンとその変化次第だ。
Relative Prices Matter: Why Cost-of-Living Indexes Don't Tell Us Much | Mises Wire

2018-10-15

企業の不正は顧客が罰する

日産自動車の無資格者検査、神戸製鋼所のデータ改ざんなど有名企業の不祥事が相次ぎ発覚し、問題となっています。こういう事態になると必ず出てくるのが、政府による監督、規制、罰則を強化せよという意見です。けれどもそこは冷静に考える必要があります。

企業が不正を行なった場合、政府がわざわざ罰するまでもなく、顧客から厳しい罰を受けます。第1に、内容次第で損害賠償を求められます。第2に、信用をなくし、自社の製品・サービスを買ってもらえなくなります。

このような事態を招いては大変ですから、企業は政府から命じられなくても、不正を防止しようとします。もちろん大勢の人が働く場ですから、完全に防ぐことはできません。けれども、それは政府が監督や規制、罰則を強化しても大して変わりません。

規制や罰則の強化にはコストがかかります。そのコストは結局、税金や経済的便益の低下という形で消費者が負担しなければなりません。コストに見合ったメリットはあるでしょうか。かりに不正防止の確度を多少高めることができたとして、わざわざ余分なコストを払う価値があるでしょうか。いや、そもそも高められるかどうか疑問です。

日経電子版の記事によると、神鋼のデータ改ざん問題について経産省が悩んでいるそうです。法律に基づく強力な指導権限がないからです。非鉄金属産業を所管するものの、その主な役目は産業振興策の立案で、電気事業法による指導・監督のように法律に基づく権限はアルミの製造にはないといいます。

けれども経産省が電気事業法によってみっちり指導・監督してきたはずの東京電力は、福島第一原子力発電所で必要な津波対策を怠り、甚大な被害をもたらしました。その責任の半分は対策を命じなかった国にあると、福島地方裁判所は10日の判決で示しました。政府の関与が企業の不正防止に有効とはとてもいえません。

企業の不正を罰する仕事は顧客に任せましょう。それは政府の画一的な罰則や政治的な指導と違い、本当に悪質な不正には厳しく、顧客の利益に関係ないルール逸脱には寛容に、きめ細かく実行されるでしょう。それが自由な市場経済にふさわしい罪と罰のあり方です。(2017/10/15

2018-10-14

株高とマネー膨張

株式相場の上昇に弾みがついています。13日、日経平均株価は終値でおよそ21年ぶりに2万1000円台に乗せました。一般に株価の上昇は経済の良い状態を示すといわれます。私自身、現役記者時代はそう考えて記事を書いていました。けれども今思うと、その考えは必ずしも正しくなかったようです。

米経済教育団体、ミーゼス研究所の記事を参考に説明しましょう。

かりに株式市場にA社、B社という2つの企業しか上場していないとしましょう。投資家がA社よりもB社のほうが有望と考え、A社の株を売ってB社の株を買えば、A社の株価は下落し、B社の株価は下落します。

このとき、株式相場全体は上昇も下落もせず、横ばいのままなはずです。これでは、相場は長期間上昇を続けることはできません。

株式相場全体が上昇を続けるためには、何が必要でしょうか。資金の流入です。

オーストリア出身で米国で活躍した経済学者、フリッツ・マハループはこう述べます。「銀行の融資が柔軟に増えなければ、株価の高騰(boom)は長続きしない。融資が膨張しなければ、株式を買う人々に貸す資金はすぐ底を尽きてしまうだろう」

中央銀行が金融政策を緩和し、民間銀行が多くの資金を投資家に供給できなければ、相場全体が長期間上昇することはできません。

逆にいえば、資金さえ増えれば、投資家に買う意思がある限り、株式相場は上昇します。極端な話、経済の状態が良かろうと悪かろうと、中央銀行が金融を緩め、株式を買う資金が増えさえすれば、相場は高くなるということです。

こう言うと、「株式相場が経済の状態と無関係なはずはない。その証拠におおむね国内総生産(GDP)の伸びと連動している」と思うかもしれません。表面はそう見えます。けれども株式相場と同じく、GDPもお金の量に左右されます。株式相場とGDPが連動するのでなく、どちらもお金の量に連動しているにすぎません。

日銀が同日発表した9月のマネーストック(通貨供給量)速報によると、「M3(現金、銀行などの預金)」の残高は1305兆9000億円となり、2カ月ぶりに過去最高を更新しました。22日投開票の衆院選で与党優勢との情勢調査が相次ぎ、アベノミクスによる金融緩和が続く可能性が高まったことも、株高の材料として指摘されています。

しかしマネーの膨張は永遠には続きません。いつかは出口に向かいます。株高はもろいものだと用心しておいたほうがよいでしょう。(2017/10/14

2018-10-13

現金主義は悪くない

世界でキャッシュレスの流れが強まるなか、日本の「現金主義」は時代遅れだとよく批判されます。けれども、そう簡単に決めつけてよいものでしょうか。

現金のメリットを再確認させる出来事が最近ありました。米自治領プエルトリコを襲った巨大ハリケーンの被害です。全土が停電し、クレジットカードが使えなくなりました。

ブルームバーグの報道によれば、スーパーマーケットやコンビニエンスストアは店頭に「現金払いのみ」と表示を掲げました。

銀行の店頭には現金を求める人々で長蛇の列ができました。64歳の音楽教師の男性はこう話します。「食料やガスを買うお金がいるのです。いつもはカードで払うのですが」

ブルームバーグの別の記事によれば、現地の銀行家の求めに応じ、ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアム・ダドリー総裁がジェット機に現金を積み、運ばせたそうです。

クレジットカードや仮想通貨などキャッシュレス決済の弱みは、電力を確保できなかったり、スマートフォンなど電子機器がなかったりすると使えないことです。現金はその点、安心です。

一方で、現金はかさばり、盗難の恐れがあるといった弱点もあります。メリットとデメリットを勘案し、現金とキャッシュレスのどちらをどれだけ選ぶかは、個人の判断に任せればよいことです。政府が一方的に押し付けるべきではありません。

日本人の現金主義は世界の主要国でも突出しているそうです。しかしそれが人々の自由な選択の結果であれば、時代遅れだとか不合理だとかと決めつけず、それなりの合理的な理由があると考えるべきです。

現金は取引の匿名性が確保され、マイナス金利政策によって銀行から利息を取られる恐れもありません。現在の日本の経済・政治情勢から考えて、これらのメリットは決して小さくないはずです。(2017/10/13

2018-10-12

どこが不合理なの?

リチャード・セイラー教授のノーベル経済学賞受賞で脚光を浴びる、行動経済学。10月10日の投稿「行動経済学の矛盾」でその主張に対し、恐れ知らずにも疑問を呈しましたが、もう少し書いておきます。

行動経済学者が明らかにする人間行動の偏り(バイアス)は、衝撃的とはいわないまでも、それなりに興味深いと思います。問題は、彼らがそれを「不合理」と呼ぶことにあります。

米デューク大学の行動経済学者、ダン・アリエリー教授のベストセラー『予想どおりに不合理』を見てみましょう。タイトルどおり、アリエリー教授は、人間の不合理さを示すというエピソードを次々にこれでもかと紹介します。

実験で高級チョコの値段を15セント、大衆向けチョコを1セントに設定すると、お客の73%が高級チョコ、27%が大衆チョコを買いました。ところが、それぞれ1セント値下げして高級チョコを14セント、大衆チョコを無料にしたところ、無料チョコに人々が殺到し、69%が選んだといいます。

従来の経済理論によれば、どちらのチョコも1セントずつ安くなっただけなのだから、お客の行動に大きな変化はないはずなのに、無料になったとたん需要が急増するのは「奇妙」だとアリエリー教授は驚いてみせます。

そんなに奇妙でしょうか。アリエリー教授は経済学の基本を忘れています。商品の価値を決めるのは人の主観です。無料が人の主観にとって特別な意味を持つのであれば、欲しがる人が急増しても不思議はありません。

現にアリエリー教授自身、無料が人の心をそそる理由をこう述べます。「人間が失うことを本質的に恐れるからではないかと思う。〔略〕無料!のものを選べば、目に見えて何かを失う心配はない」

つまり、ちゃんと理由があるのです。理由がある行動を不合理と呼ぶのは間違いです。

なおアリエリー教授は、人間は不合理なので売買や取引によって個人の幸せを最大にすることはできないと述べ、政府がもっと大きな役割を果たす考えに賛同します。

あれれ、政府を動かすのは人間なのに、政府の不合理な行動は心配しなくていいのでしょうか。同教授はナイーブにも「願わくば分別のある思慮深い政府」と条件を付けますが、不合理な人間でも思慮深くなれるのでしょうか。もしそうなら、市場でも人は思慮深くなれるはずです。(2017/10/12

2018-10-11

ロゴフ教授の不吉な予言

仮想通貨ビットコインの価格が騰勢を強め5000ドルに近づくなか、米ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授が不吉な「予言」をしています。長期ではビットコインの価格は崩壊するだろうというのです。

ロゴフ教授といえば、現金は脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)に悪用され、金融政策の妨げにもなるとして、現金廃止を唱えていることで有名です。今回、プロジェクト・シンジケートのサイトに寄稿した「予言」は、その持論を踏まえたものです。

同教授は仮想通貨の隆盛に触れた後、「ビットコインが中央銀行の発行する貨幣に取って代わると考えるのはばかげている」と切り捨てます。政府が仮想通貨で小口の匿名取引を認めることは望ましい。けれども大口の取引は別の話だと言います。徴税や犯罪対策がきわめて難しくなるからです。

そのうえでロゴフ教授は「もしビットコインが匿名性を奪われたら、現在の価格水準を正当化するのは難しいだろう」と突き放します。

まるで大口の匿名取引を利用する者は全員犯罪者だと言わんばかりの、ロゴフ教授のいつもの調子には辟易します。それでもその主張が冷厳な事実を含むことは否定できません。

同教授によれば、中央銀行が自分の仮想通貨を作り、規制を都合よく利用して勝者の座に収まる可能性も大いにあります。歴史上、民間が新たな通貨を考案するたびに、政府はそれを規制し、やがて乗っ取ってしまいました。「仮想通貨が同じ運命をたどらない理由はない」

仮想通貨のメリットの一つである匿名性は、少しでも多くの税金を取りたい政府にとってしゃくの種です。できることなら民間の仮想通貨を駆逐し、たとえばマイナンバーと紐づいた、プライバシーなどないに等しい官製仮想通貨に置き換えたいことでしょう。ただし、それが国民の幸せかどうかは別の話ですが。(2017/10/11

2018-10-10

行動経済学の矛盾

2017年のノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)に米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が選ばれました。同教授は行動経済学の研究で有名です。しかし最近ブームになっているこの学問は、大きな矛盾を抱えます。

行動経済学の特徴は、授賞理由でも述べられているように、「人は完全に合理的には行動しない」と強調することです。しかしここには少なくとも2つの疑問があります。

第1に、行動経済学が「不合理」とみなす人の行動は、本当に不合理なのかという点です。

たとえばセイラー教授は、すぐに1万円をもらえるのと、2年後に2万円をもらうのとでは、たとえ2年後の方が得だったとしても、人はすぐ1万円をもらうことを選びやすいといいます。しかしこれは不合理といえるでしょうか。

今後2年間の金利水準など諸条件を仮定し、今の1万円より2年後の2万円のほうが計算上は実質金額が大きいとしても、それはあくまで机上の試算にすぎません。現実に選択する時点では、2年後のほうが「得」かどうかは誰にもわかりません。だとすれば、確実にもらえる今の1万円を選んでも不合理とはいえません。

第2に、人の「不合理」な行動を正すには、政府が働きかければよいという主張にしばしば結びつく点です。

セイラー教授は著書『行動経済学の逆襲』で、税の滞納、駐車違反、臓器提供などにまつわる行政上の問題を解決するため、政府にさまざまな知恵を授けます。しかしそこには、そもそも政府が定める税制や道路計画は合理的か、政府が臓器提供の権限を握ることは合理的かという視点がまったくありません。

当たり前のことですが、政府を構成する政治家や官僚は人です。もし行動経済学が主張するように人の行動が不合理ならば、政府が不合理な政策を決め、実行する恐れは小さくないはずです。

ところが行動経済学者はその肝心の部分は問題にせず、不合理かもしれない政策をうまく実行する知恵をあれこれ絞るのです。大きな矛盾といわざるをえません。(2017/10/10

2018-10-09

銃規制を叫ぶ前に

米ラスベガスで58人が死亡した米史上最悪の銃乱射事件を受け、銃規制を強化すべきだとの声が内外であらためて高まっています。けれども、それは正しいでしょうか。いくつか考えたい点があります。

まず、ヤフーニュースで上智大の前嶋和弘教授が指摘するように、米国で銃が殺人件数を増やしている証拠はありません。銃の販売数が増加するにつれ、殺人率はむしろ低下しています。

次に、これも前嶋教授が述べるとおり、徹底した規制を行なっても、結局従うのはまともな人だけです。ギャングなどの組織犯罪は法の網をかいくぐります。高所得者だけが闇で取引される高価な銃を手に入れ、それほどお金のない人は自衛の手段を事実上奪われます。

3つめに、かりに市民の銃保有を禁止し、警察など政府組織だけに認めたとして、本当に市民の安全を守れるのでしょうか。元裁判官でコラムニストのアンドリュー・ナポリターノ氏が言うように、米政府は憲法で禁止されているはずの大量監視を行っているにもかかわらず、今回のラスベガスを含め、銃乱射事件の未然防止にしばしば失敗しています。

最後に、政府が銃保有を独占し、市民が丸腰になることの危険です。スペインのカタルーニャ州の独立を問う住民投票に対し、スペイン政府の警官隊は銃で市民を脅かし、阻止に動きました。政府の銃はつねに市民を守るために使われるとは限らないのです。

合衆国憲法修正第2条が保障する銃所持権の根底には、政府が暴走して市民の自由を抑圧した場合、市民は武装してそれと戦う権利があるという、英哲学者ジョン・ロックに由来する「抵抗権」の考えがあります。銃規制を叫ぶ前に、その背景にある歴史や思想をきちんと理解する必要があります。(2017/10/09

2018-10-08

80年前の内部留保課税

希望の党が衆院選公約で検討を掲げた内部留保課税と同様の税は、およそ80年前、米国で導入されたことがあります。

1936年にこの税を導入したのは、大恐慌を受けてニューディール政策を推進したフランクリン・ルーズベルト大統領です。留保利潤税(undistributed profits tax)と呼ばれました。

同年初めに最高裁が農産物加工税に違憲判決を出し、一方で退役軍人へのボーナス即時払い法が議会で成立したことで、6億2000万ドルもの歳入欠陥が発生すると見込まれていました。留保利潤税はその穴埋め財源として新設されます。

経営が順調な時期に蓄えた内部留保は、経済環境が厳しくなった際に損失を相殺し、業績のぶれを小さくする役割を果たします。内部留保が手薄だと業績が不安定になるし、従業員の解雇にもつながります。

しかしルーズベルト大統領は、大恐慌から立ち直れるかまだ微妙な時期に、課税でその備えを奪おうというのです。産業界は猛反発しますが、最高税率の引き下げなど一部修正されただけで導入されます。税率は7〜27%と定められました。

ところが運悪く、米国は導入の翌年、1937年恐慌と呼ばれる厳しい不況に襲われます。企業は留保利潤税を嫌って配当を大幅に増やしており、その分、資金に余裕がなくなっていました。心配されていたように解雇が増え、1937年5月に12.3%だった失業率は、1年後の1938年5月に20.1%まで急上昇します。

同じく懸念されたとおり、企業は内部留保が減った結果、設備投資を縮小します。エコノミストのロバート・ヒッグス氏によれば、大恐慌で急減した民間設備投資は1930年代後半に入り回復の兆しを見せていましたが、1938年に再び8億ドルの純減(減価償却分を差し引いたネットベース)に落ち込みます。

不況を悪化させた原因がすべて留保利潤税にあるわけではありませんが、大きな影響を及ぼしました。

やがて留保利潤税は、企業経営者らを証人として招いた議会証言で「企業内の原資を取り上げて企業投資を阻害し、不況への耐性を失わせた」と批判されます。議会は1939年、ルーズベルト大統領の反対を押し切り、同税を廃止します(諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか』)。創設から3年後のことでした。

希望の党の小池百合子代表(東京都知事)は内部留保課税の公約に修正もありうるとの認識を示しました。歴史の教訓を踏まえ、賢明な判断をしてもらいたいものです。(2017/10/08

2018-10-07

政治の魔法を信じる人たち

選挙になると政治家たちは右派と左派に分かれて互いに非難し合います。けれども、それは表面だけのことでしかありません。提案する経済政策は驚くほど似たり寄ったりです。

ステファニー・ケルトン氏は米国の経済学者で、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校教授。昨年の米大統領選で民主党左派のバーニー・サンダース上院議員が党候補指名を争った際、経済政策顧問を務めました。

そのケルトン教授が最近、2つの有力紙上で立て続けに、財政問題に関する楽観的な持論を披露しました。ジャーナリストのロバート・ウェンゼル氏がブログで紹介しています。

ケルトン教授はまず9月28日のロサンゼルス・タイムズで、議会にはドルを合法的に作り出す特権があると指摘。「政府は何もないところから魔法のようにお金を取り出すことができるのかって? そのとおり」と強調しました。

次に10月5日のニューヨーク・タイムズでは、財政赤字が拡大しても国の資金調達に支障はないと主張しました。なぜなら「政府の赤字はつねに、他部門の黒字と同額だから」。

これらの主張は問題だらけです。ドルを大量に刷って大幅なインフレになったらどうするのでしょう。同教授は「政府がインフレを制御する方法はたくさんある。たとえば課税によってお金を取り去ればいい」といいますが、インフレで生活が苦しくなったうえに増税までされたら、国民は踏んだり蹴ったりです。

政府の赤字を民間の黒字が埋め合わせ、金額上は釣り合っても、そこには大きな不公平があります。政府は課税(通貨発行に伴うインフレ税を含む)によって民間から力ずくでお金を奪うからです。

政府の通貨発行の特権を強調し、財政赤字を問題視しない点で、ケルトン教授の意見は日本のアベノミクスそっくりです。そしてアベノミクスの信奉者と同様、政府の行為は権力の行使であり、たとえ合法でも個人から自由を奪い、不幸にするという認識が完全に欠落しています。

社会主義寄りのサンダース上院議員と保守を標榜する安倍晋三首相とでは、政治的立場は正反対です。それにもかかわらず、財政政策に関する限り、考え方はほとんど変わりません。どちらのブレーンたちも、政治の力で「魔法のように」無から有を生み出せると浅はかにも信じているからです。(2017/10/07

2018-10-06

内部留保課税の逆効果

小池百合子東京都知事が代表を務める希望の党の政策原案に、大企業の内部留保への課税検討が盛り込まれ、話題となっています。「内部留保を雇用創出や設備投資に回すことを促し、税収増と経済成長の両立を目指す」とのことですが、思惑どおりにいくのでしょうか。

内部留保とは誤解されやすい言葉です。企業が社内に貯め込んだ現預金と勘違いしやすいのですが、多くの会計専門家が指摘するように、それは誤りです。

企業のバランスシート(貸借対照表)で内部留保にあたるのは、右側の純資産の部にある「利益剰余金」です。利益剰余金とは、過去または当期の利益のうち、配当していない部分をいいます。

一方、現預金はバランスシートの左側の資産の部にある「現金及び預金」です。バランスシートは右全体(負債・純資産)と左全体(資産)では同額となり釣り合いますが、個別の項目は基本的に無関係です。内部留保(利益剰余金)が多いからといって、現預金をたくさん抱えているとは限りません。

たとえば東レの利益剰余金は今年6月末時点(連結決算ベース)で7048億円ありますが、現預金は1337億円しかありません。原材料の買い付けや研究開発、土地・建物の購入など他のさまざまな用途にも充てているからです。

逆に、内部留保が少ない会社でも、借金をすれば現預金を増やすことができます。このように内部留保と現預金の多い少ないは無関係ですから、内部留保に課税をしても、企業が現預金を設備投資や雇用に回すきっかけにはなりません。

それでは内部留保ではなく、現預金そのものに課税をすればどうでしょうか。

慶応大ビジネス・スクールの太田康広教授がYahoo!ニュースで述べるように、投資機会がふんだんにある企業やリスクの高いビジネスをしている企業ほど、現預金を多く持とうとします。投資チャンスを逃さなかったり事業に失敗した場合に備えたりするためでしょう。

そうだとすると、課税によって現預金が持ちにくくなれば、企業はリスクを取ることに慎重になり、投資に消極的になるでしょう。設備投資や雇用を増やし、経済成長を牽引するどころか、逆効果です。

内部留保課税に限った話ではありませんが、税で経済が元気になることなどないのです。(2017/10/06

2018-10-05

顧客軽視をもたらしたもの

顧客本位は企業経営の基本です。自由な競争で成り立つ資本主義経済では、顧客をないがしろにする企業は顧客から見放され、生き残れません。もし顧客本位でないにもかかわらず生き残っている企業が多くあるとしたら、その業界で資本主義が機能していない証拠です。

金融庁は最近、顧客本位を掲げたフィデューシャリーデューティー(受託者責任)を金融業界に求めています。けれども自由な競争があれば、わざわざ言われるまでもなく、自然に顧客本位になるはずです。何がそれを妨げているのでしょうか。

それは金融業界が過剰な規制でがんじがらめにされ、自由な競争がないことです。

官庁が規制の策定や運用を通じ、ある業界に対して絶大な権限を握ると、経営者は顧客よりも官庁の顔色をうかがうようになります。金融庁と金融業界の関係はその典型です。

銀行員出身の作家、池井戸潤さんの小説『ロスジェネの逆襲』には、顧客本位を忘れてしまった銀行の体質を厳しく指摘する場面があります。

証券子会社に出向中の主人公・半沢直樹は、今の銀行組織はなぜダメなのかと若手から尋ねられ、こう答えます。「自分のために仕事をしているからだ」「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする。その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる」

「仕事は客のためにする」という大原則を忘れた責任は、金融機関だけにあるとはいえません。業界の秩序維持を名目に箸の上げ下ろしまで注文をつけ、見返りに保護という特権を与えてきた政府にも、責任の一端、あるいはそれ以上の責任があります。

金融庁に言われたから顧客を重視しますというのでは、役所の顔色をうかがう体質は何も変わりません。政府が金融業界に真の顧客本位を望むなら、規制や保護を廃止し、自由に競争させればよいのです。(2017/10/05

2018-10-03

さらば学校教育

公立学校の市場独占
アマゾンやグーグルを独占企業と批判するなら、それ以上に教育市場を独占する公立学校も批判しなければおかしい。米国で義務教育に占める公立学校のシェアは90%に達する。アマゾンは市場を支配し続けるには消費者の需要に応えなければならないが、公立学校にその必要はない。
What if We Treated Public Schools as Monopolies?

起業家の素質
起業家は現状を拒否し、新たな方法を工夫する。アンスクーリング(非学校教育)出身者の多くが起業家になるのは不思議でない。勉強を強制されることなく、将来の職業につながる興味を養う。大衆教育で好奇心を潰されない。学校で厄介がられる活力は、事業に必要な元気となる。
Why Unschoolers Grow Up to Be Entrepreneurs

さらば学校教育
ギグエコノミーは自由とチャンスにつながると考える労働者が増えるにつれ、子供にも多くの自由を与えたいと思うだろう。民間の学習センターが増えれば、アンスクーリングに切り替える家族が増えるだろう。旧来の職場と同様、旧来の教室はやがて過去のものになるかもしれない。
How the Gig Economy Empowers Unschoolers - Foundation for Economic Education

教育に政府はいらない
どの職業でも教育を受けた働き手を求める。だから人は自分の利益のために学習するし、教育機関をつくって学ぶツールを提供する。実際、コーセラ、カーン・アカデミー、リンダといった民間教育機関がすでに存在し、手ごろな価格で需要の大きなスキルを身につけることができる。
Education Is Not a Right | Mises Wire

独立は孤立ではない

国際法上の自己決定権とは、すべての人民が外部からの介入を受けず、その政治的地位を自由に決定する権利です。民族自決権とも訳され、かつては植民地の人々が独立を果たす根拠とされました。現在は既存の国家から少数民族などが分離独立する権利として注目されています。

スペイン北東部カタルーニャ州の独立問題もそうです。スペインからの独立の賛否を問う住民投票で、独立賛成が圧倒的多数を占める見通しとなり、州政府は独立に向けた動きを加速させる構えです。

これに対しスペインの中央政府側は、独立に向けた動きはすべて憲法違反で無効だと主張。強硬手段で阻止に動いています。日経電子版が伝えるように、住民投票では警官隊が投票箱を一部撤去し、住民との衝突も発生しました。地元メディアは頭から血を流す女性の写真などを報じています。

この問題について内外のメディアは総じて、カタルーニャ州の独立に好意的です。中央政府の強権発動に対する反発も一因でしょうが、根底には州住民の自己決定権に対する理解があると思われます。

けれども、もしそうだとすれば、首尾一貫していないといわざるをえません。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に対する論調と違いすぎるからです。

英国のEU離脱に対し、大半のメディアは批判的です。とくに昨年6月、国民投票で離脱が決まった直後は「国際社会から孤立する」とたいへんな騒ぎでした。

しかし住民(国民)の意思によって、ある政治共同体からの離脱を選ぶという点で、英国のEU離脱は、カタルーニャ州のスペインからの独立と変わりません。もしブレグジットを「孤立」だと批判するなら、カタルーニャ州の独立も同じように批判しなければ筋が通りません。

実際には、独立は孤立ではありません。政治的に別々の集団になっても、経済的な関係を結ぶことはいくらでも可能だからです。

英国民がEU離脱を選ぶのは自由だし、その英国からスコットランドが独立を選ぶのも自由です。もし住民が望むなら、たとえば沖縄が日本から独立するのも自由でなければなりません。それが自己決定権の本質です。(2017/10/03

2018-10-02

ノーベル経済学賞の虚像

ノーベル賞の季節がやって来ました。ノーベル賞といえば、いうまでもなく科学の世界で最高の栄誉とされ、受賞者はその道で最高の権威として称賛を集めます。経済学賞は10月9日に発表予定です。

ところで報道ではあまり触れられませんが、経済学賞は厳密な意味ではノーベル賞ではありません。ノーベル賞の公式サイトにも「ノーベル賞ではない(Not a Nobel Prize)」とはっきり書いてあります。

正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」といいます。スウェーデン国立銀行とは、スウェーデンの中央銀行で、日本でいえば日本銀行にあたります。

物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の他の5つの賞がアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて創設され、1901年に始まったのに対し、経済学賞のスタートは20世紀も後半の1968年。スウェーデン国立銀行が設立300周年を記念してノーベル財団に働きかけ、創設されました。

賞金の出所も、他の部門はノーベルの遺産をノーベル財団が運用して得た利益を充てるのに対し、経済学賞はスウェーデン国立銀行が拠出します。授賞式などの諸行事は他の賞と同列で、一般的には「ノーベル経済学賞」として扱われています。

故意にノーベル賞と紛らわしく設立されたようなやり方に、反発は小さくありません。朝日新聞「ことばマガジン」が伝えるとおり、1997年には文学賞の選考機関であるスウェーデン・アカデミーが経済学賞の廃止を要請。2001年にはノーベルの兄弟のひ孫が地元紙に寄稿し、「経済学賞はノーベルの遺言にはなく、全人類に多大な貢献をした人物に贈るという遺言の趣旨にもそぐわない」などと批判しました。

ノーベル賞を受賞した自然科学者の中にも、経済学賞の設置を快く思わない人々がいたようです。最初の経済学賞が贈られた同じ年、クォーク理論で物理学賞を受賞することを知らされた米物理学者、マレー・ゲルマン氏は「彼らと一緒に授賞式に並ぶということか?」と不満を鳴らしたとされます(矢沢サイエンスオフィス編著『ノーベル賞の科学・経済学賞編』)。

もちろんその後受賞した学問的実績が立派なものであれば、設立の経緯にこだわる必要はないでしょう。ところが困ったことに、そうとはいえないのです。

アルフレッド・ノーベルは遺言書で、ノーベル賞の対象者を「人類のために最も偉大な貢献をした人」としています。物理学をはじめとする自然科学であれば、ノーベルのいう「偉大な貢献」は具体的にイメージがわきます。

たとえば第1回物理学賞を受賞したレントゲンはX線を発見し、医療や工業の発展に大きく貢献しました。同じく物理学賞を共同受賞した赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏が発明した青色発光ダイオード(LED)は、照明や携帯電話用バックライト、大型ディスプレイなど幅広く実用化されています。

これに対し、経済学はどうでしょう。ノーベル経済学賞を受けた経済学者たちのおかげで労働者の生活が楽になったとか、株や土地の資産バブルを防ぐことができたとか、貧困を減らすことができたとかいう話は聞いたことがありません。

それどころか、100年に1度といわれた2008年のリーマン・ショックやその後の世界的な金融危機を事前に予測した経済学者は、ほとんどいませんでした。

1997年に経済学賞を共同受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンの両氏が経営にかかわった投資ファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、同年発生したアジア通貨危機による市場の変化を読み誤り、破綻しました。

1980年受賞のローレンス・クラインは、およそ3000もの方程式で構成されるとてつもなく複雑なモデルを構築。受賞講演でこのモデルに基づく長期予測を披露し、米国で石油価格が上昇し、インフレが続き、財政・貿易収支が赤字から均衡に向かうと予想しましたが、ことごとく外れてしまいました(カリアー『ノーベル経済学賞の40年〈上〉』)。

ノーベル賞経済学者のすべてが駄目だというわけではありません。現代の主流経済学が自然科学のうわべだけを模倣した「見せかけの知」でしかないと批判したハイエク(1974年受賞)は、例外の一人でしょう。

『ブラック・スワン』の著者、ナシム・ニコラス・タレブ氏はフィナンシャル・タイムズへの寄稿("The pseudo-science hurting markets")で、ハイエクと同様に、市場の現実と合わない擬似科学のような理論に経済学賞が濫発され、それに対する批判がノーベル賞の権威で阻害されると批判しています。

今年のノーベル経済学賞は、権威に見合った内容になるのでしょうか。(2017/10/02 - 03

2018-10-01

中央銀行という道具

キャッシュレスの問題点
キャッシュレス社会は危険をもたらす。銀行口座のない人々は社会の隅に追いやられ、支えとなっていた現金取引のインフラを奪われる。監視社会と化す恐れもある。推進派は現金を犯罪や税逃れに結びつけ、負の側面を強調するが、デジタル決済の良くない面にはほとんど触れない。
The cashless society is a con – and big finance is behind it | Brett Scott | Opinion | The Guardian

お金という商品
お金に購買力があるのは、お金がもとは商品だったからだ。紙幣に購買力があるのも、もとは金(きん)という商品の裏付けがあったからだ。商品の裏付けを失った紙幣がお金として通用するのは、中央銀行がお金の発行を独占し、より価値のあるお金との競争にさらされないからだ。
Why Do People Assign Value to Paper Money? | Mises Wire

銀行は資本主義か
今の銀行は政府と強く結びつき、資本主義とは縁遠い。形こそ民営だが、官営カルテルの隠れ蓑だ。カルテルの柱は、発券銀行という特権を持つ中央銀行。銀行が強欲の権化とみなされるのは、中央銀行がマネーを供給する経路だから。金融緩和による景気拡大の恩恵を一番に受ける。
Economic Myths #5 – Banking is Capitalist | The Ludwig von Mises Centre

中央銀行という道具
昔も今も、中央銀行を設立する最大の理由は、政府の財源を手に入れることである。国王や民主政府の資金源を増やすため、インフレを誘発する巧妙な手口を駆使する。中央銀行という道具によって、支配層は国民から大々的に財産を巻き上げ、それをばらまいて人々の自立心を奪う。
Central Banks Enrich a Select Few at the Expense of Many | Mises Wire

合理的経済人の神話

経済学に関する記事を読んでいると、こんな解説によく出くわします。経済学は金儲けと自分の利益のみに関心がある「合理的経済人」の世界を仮定しているが、それは現実離れしている。人間は金銭的損得や利己心以外の動機でも動くのだから――。

その先は立場によって、「だから経済学は役に立たない」という非難と、「それでも経済学は役に立つ」という擁護とに分かれます。でも、どちらも正しくありません。

現代の主流経済学はたしかに、合理的経済人というおかしな前提に基づいています。けれども、経済学がそうなってしまったのは割合最近のことです。

かつて経済学では、合理的経済人の考えをはっきり否定していました。それがよくわかるのは、英国の経済学者、ライオネル・ロビンズが1932年に出版した『経済学の本質と意義』という本です。昨年、邦訳が出ました。

ロビンズは第4章の「経済人の神話」という節で、経済学が仮定する人間は利己主義者とは限らないと強調します。「経済主体は純粋に利己主義者、純粋に利他主義者、純粋に禁欲主義者、純粋に官能主義者にもなりえて、もっとありそうなことだが、こうした衝動の混合体にもなりえる」(小峯敦・大槻忠史訳)

ロビンズはこうも書きます。人はパンを買うとき、損得だけでなく、パン屋の幸福も考えるかもしれない。賃金の多さよりも仕事の中身で労働を選ぶかもしれない。財産を貸すときに、名誉や美徳、恥辱を考慮するかもしれない。経済学は説明を単純にするために金銭的な損得だけに絞ることはあっても、それ以外の動機に基づく行動を対象として分析することは「まったく困難ではない」。

もし金銭的な利得や肉体的な快楽の追求が否定され、宗教的な苦行が奨励される社会になっても、経済学は役に立つとロビンズは第2章で言います。「ブドウ園の地代は下がる。聖職者の石造建築に使う石切場の地代は上がる」。その現象を説明できるのは、経済学の需要と供給の法則だけです。

本物の経済学は、現実離れした前提に頼る薄っぺらなものではありません。それがほとんど忘れられているのは残念なことです。(2017/10/01