2017年4月23日日曜日

新自由主義のまぼろし

左派も右派も、今の世界や日本は「新自由主義」に侵されていると憤る。しかしもし新自由主義が経済活動に対する政府の干渉を拒む考えを意味するのであれば、それが世の中を支配しているというのは事実に反する。

左派の佐高信と右派の佐藤優は『世界と闘う「読書術」』(集英社新書)で仲良く対談し、新自由主義をこき下ろす。たとえば佐藤は「新自由主義における自由の主体、これは巨大企業です」と述べ、「だからビル・ゲイツの自己実現はあるんですよ。しかしプロレタリアートの仲間である佐高信や佐藤優の自由ってのは基本的にないんですよ」と言う。

もし佐高や佐藤に自由がないのなら、本を出版し、新自由主義を批判できるはずがない。すでに十分お粗末な議論だが、本題はここからである。

佐高は日本航空の再建に触れ、「公的資金で援助して、法人税を免除してもらって、要するに借金を全部棚上げしただけ」と批判する。これは正しい。しかし、もし世の中で新自由主義が優勢ならば、政府が特定の企業を税金で救済できるわけがない。市場経済への干渉そのものだからである。

事実、佐高の発言を受け、佐藤は日航再建について「新自由主義の理屈ではまったく説明できない」と認める。そして二人は口々に、政府の態度を「国家資本主義そのもの」と言う。しかし、繰り返しになるが、もし日本が反国家的な新自由主義に支配されているならば、政府が「国家資本主義そのもの」の政策を採れるはずがない。要するに、佐高も佐藤も思考が杜選で、混乱した議論を思いつくままに喋っているだけなのである。

混乱はここで終わらない。続けて佐藤が「グローバリズムだ、規制緩和だといいながら、他方で国を挙げて、原発や新幹線とかのインフラを外国にさかんに売りつけようとしている」と言い、これに佐高が「新自由主義といいながら、JAL〔日航〕にしたって東電にしたって、巨額の金を出して助けてね」と同調する。

まるで政府の態度が矛盾しているかのような口ぶりだが、何も矛盾はない。政府は口先では市場経済の重視を唱えながら、現実にはその本性に従い、国家主義に邁進しているにすぎない。新自由主義の総本山のようにいわれる米国でも、政府は潰れかけた金融機関や自動車大手を税金で助けた。

政府、すなわち政治家と官僚が、ときに規制緩和や自由貿易といった自由主義的政策を採るのは、そうしなければ市場経済が衰え、寄生する自分たちの身にかかわることを知っているからだ。しょせんは一時的であり、新自由主義の蔓延などまぼろしにすぎない。さも一大事のように騒ぐのは、無知な左右の評論家だけである。

(2014年2月、某ミニコミ誌に寄稿)

2017年4月22日土曜日

シュッティンガー/バトラー『四千年の賃金・物価操作』


左翼政権の市民弾圧

南米ベネズエラで激しいインフレと物不足で経済が破綻寸前に陥っている。労組指導者出身のマドゥロ大統領は反政府デモを武力で弾圧し、死傷者が発生したという。

労働者や一般市民にやさしいはずの左派政権が、みずから引き起こした経済混乱をきっかけに市民を弾圧する現象は、近代民主主義の出発点であるフランス革命にさかのぼる。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

1793年5月から1794年12月までの20カ月間に、フランス革命政府は、革命前から試されていた賃金と価格の操作に関するほとんどすべての実験を試みた。(913)

物価抑制を狙った最初の法律は1793年5月3日、公安委員会によって制定された。この最高価格令によれば、穀物と小麦粉の価格は1793年1月から5月までの平均値とされた。代金はアッシニア紙幣で受け取らなければならない。(920)

当然ながら、農家の多くは農産物を売らなくなった。インフレでもそれにふさわしい値段で売ることを許されなかったからだ。数カ所で一揆が発生し、5月に制定されたばかりの法律は8月には死文とみなされた。(924)

食料価格を管理しようとする政府の試みは繰り返され、仏全土で大きな闇市場が育った。特にバター、卵、肉は少量ずつ戸別で、おもに金持ち向けに販売された。結局、金持ちが十分以上の食料を手に入れる一方、貧乏人は飢え続けた。(944)

1794年12月、議会の過激派が敗北し、最高価格令は正式に廃止された。〔過激派ジャコバン派の首領〕ロベスピエールとその一派がパリの通りを処刑台へと向かうとき、群衆はこう野次を飛ばした。「薄汚い最高価格令が通るぞ!」(957)

2017年4月21日金曜日

最低賃金法は人種差別

次より抜粋。
Chris Calton, The Racist History of Minimum Wage Laws
(最低賃金法の人種差別の歴史)

経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は1966年、ニューズウィーク誌で「最低賃金法は六法全書で最も黒人差別的な法律だ」と述べた。しかし最低賃金法の人種差別的な影響は19世紀にさかのぼることができるし、今も続いている。

1930年代に黒人蔑視はそれ以前よりほとんど改善されなかった。それにもかかわらず、黒人の失業率は白人よりもわずかに低かった。これは鉄道労働者(railroad workers)のように、白人よりも低い賃金を受け入れる意思があったからである。

1930年代の一連の最低賃金法は、すべてアフリカ系米国人を雇用市場(job market)から閉め出すためのものだった。雇用主に人種差別的でない賃金を払わせるのではなく、黒人を人種差別的な賃金から人種差別的な失業に転じるよう強いただけだ。

1960年代、多くのアフリカ系米国人が農業従事者として雇われていた。一つには、まだ賃金規制の対象でない労働分野だったからだ。1967年、政府が「貧困との戦い(War on Poverty)」の一環として最低賃金法を農民に拡大すると、それが一変する。

最低賃金法のせいで、ミシシッピ・デルタ(Mississippi Delta)地域だけで2万5000人の農業労働者が仕事を失った。「時給1ドルだって価値はあるさ」と日雇い労働者の妻は語った。要するに、最低賃金は生計を立てる能力を破壊したのである。

2017年4月20日木曜日

河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』

 
日本の無策に戦慄

マネーを無尽蔵に作り出せる中央銀行は、政府にとって打ち出の小槌のように便利な道具である。長期では通貨価値の崩壊が待ち受けているものの、短期では行政の大盤振る舞いを可能にしてくれる。主要先進国はいずれもその誘惑に勝てず、軒並み財政が悪化しているが、それでも程度の違いはある。

本書で紹介されるように、債務危機が直撃した欧州各国はさまざまに工夫し、財政を立て直そうとしている。最悪なのはわが日本である。政府は歳出削減にほとんど何の努力もせず、日銀は近未来の金利上昇リスクに開き直ったかのようだ。あまりの無策に背筋が寒くなる。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

〔諸外国で〕リーマン・ショックと欧州債務危機の打撃は大きく、二〇〇九年にかけて、財政収支、PBとも急激に落ち込んだことがわかりますが、日本と違うのは、懸命の財政運営でその後の財政収支を早期に改善させていることです。(441)

〔財政再建の工夫の〕第一には、財政健全化目標として使用する収支の指標を何にするか、ということです。わが国が利払費を含まないPB〔基礎的財政収支〕であるのに対し、諸外国は軒並み、利払費をも含む財政収支を採用しています。(468)

第二には、中期的な予算編成ルールの強化です。〔略〕ドイツやスペインでは、健全な財政運営を行うことを政府に義務づける条文が憲法に盛り込まれたほか、英国の「財政責任憲章」のように〔略〕ルールを設けている例も多くみられます。(478)

第三には、独立財政機関の設置が挙げられます。選挙によって選出される「議員」に財政拡張志向があるのは、わが国のみならず各国に共通の事情です。ともすれば、立法府で財政再建を軽視した予算運営が決定されてしまいかねません。(483)

今後も自らの資産規模を増やし続け、二〇一七年末頃には名目GDP比で一〇〇パーセントを超えるであろうなどという見通しを示しながらも、先行きの正常化に向けての考え方や見通しを一切示していないのが日銀です。(1051)

2017年4月19日水曜日

国民国家という迷信

次より抜粋。
Dan Sanchez, How Nationalism and Socialism Arose from the French Revolution
(ナショナリズムと社会主義はフランス革命からどのように生まれたか)

「国民の支配(rule by the people)」というものはない。なぜなら「国民」というものは存在しないからだ。個人だけが存在する。「一般意志」のようなものはない。個人だけが意志を持つ。「国民」とは私たちが信じるよう意図的に教えられた、架空の存在だ。

名誉革命からロシア革命に至る一連の革命は、国家正当化(state legitimacy)の基礎となる迷信を新しい迷信に置き換えた。理解不能な神に恵みを受けた国王と聖職者は、「国民」という理解不能な存在の恵みを受けた政治指導者と官僚に取って代わられた。

新しい迷信は古い迷信より強力で危険だ。国家権力に参画することで自己の利益を得られるという、魅惑的な幻想を誘うからである。またこの新しい迷信は、分断統治(to divide and rule)にとって便利な道具になる。

対外戦争を宣言するだけで、ナショナリストは国民国家(people’s state)の周りに集まり、国民の団結を実現しようとするだろう。階級闘争を宣言するだけで、社会主義者は国民国家の周りに集まり、階級の統一を実現しようとするだろう。

ナショナリズムと社会主義の危機と悪は、ナチスドイツとソ連の崩壊で終わらなかった。まだ私たちにつきまとう。ナショナリズムによって戦争や地政学的危機(geopolitical crises)が広がり、社会主義の思い上がりによって経済は機能不全と停滞を余儀なくされる。

2017年4月18日火曜日

姜尚中・玄武岩『大日本・満州帝国の遺産』


右翼と左翼は同質

右翼と左翼は正反対だと多くの人は信じている。たしかに表面上、異なる部分は多い。しかしその本質は同じだ。一言でいえば、国家主義である。社会のさまざまな問題は国家権力によって解決できるし、解決しなければならないと信じている。

安倍晋三首相の祖父、岸信介はタカ派の右翼政治家として知られる。だから本書によって岸の政治思想にマルクス主義やロシア革命が影響を及ぼしたことを知ると、読者は意外に感じるかもしれない。しかし右翼と左翼は国家主義者という同じ穴のムジナなのだから、右翼が社会主義を信奉しても不思議はないのだ。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

戦前、戦後を通じて有為転変を重ね、にもかかわらず一貫して国家社会主義的な統制経済論に揺るぎない確信を抱き続けた「ミスター統制」岸信介は、官僚主導の日本的経営システムのひな型作りに巨大な足跡を残したのである。(81)

企画院を根城に軍部幕僚層と結びついて高度国防国家への改造を担う、これら革新官僚グループに共通しているのは、若き日の彼らが、「一般的風潮としてのマルクス=レーニン主義的な社会科学の影響」のもとにあったということである。(240)

北一輝の国家社会主義的な日本改造に惹かれていた岸〔信介〕にとって、ソ連邦の「実験」は、脅威であると同時に、日本の危機突破のインスピレーションを与えてくれるものだった。(1853)

最大の眼目は、統制経済にもとづく満州国の国家建設プランを練ることにあった。ロシアとは資本主義の発展段階も〔略〕環境も違う日本で計画的な国家統制による新たな国創りの実験が、満州という場で試されることになったのである。(1873)

〔戦後も〕社会主義、それも国家社会主義的なヴィジョンが生き続けていた。〔略〕国家という管制装置による介入と秩序によって自由主義経済の行き過ぎや混乱を収束させようとする統制思想が、岸の一貫した統治理念になっていた〔。〕(2326)

2017年4月17日月曜日

最低賃金上げを拒否した市長

次より抜粋。
(基本経済学を学んだ後、市長は最低賃金引き上げを拒否)

ある政策案がどれほど選挙の勝利や人気につながろうとも、経済の法則(economic laws)からは逃れられない。案の背景にあるのが善意であってもだ。

米メリーランド州ボルチモア市のキャサリン・ピュー(Catherine Pugh)新市長〔民主党〕は、最低賃金を時給15ドルに引き上げる件について立場を変え、有権者を驚かせた。市長選中、ピュー氏は最低賃金引き上げ立法への支持を明言していた。

しかし当選後、最低賃金引き上げの法律が送付されると、ピュー新市長は法律に署名する(signing the legislation)代わりに、なんと拒否権を発動したのである。

ピュー市長は就任後わずか4カ月で、多くの市長がわざわざやろうとせず、やる勇気もないことを実行した。立法によって実施される経済政策とそれがボルチモア市に及ぼしうる害(potential harm)をみずから調査したのである。

調査の結果、ピュー市長は決心した。もはや良心(good conscience)に従って最低賃金引き上げの立法を支持することも、それに署名することもできない、と。経済的な影響が市全体に害を及ぼしかねないほど危険だからである。

2017年4月16日日曜日

「昔はよかった」の嘘

今年の夏、飲食店で悪ふざけをした写真をインターネット上に公開し社会問題となる出来事が相次いで起こり、若者の「モラル低下」を嘆く声があがった。また、安倍晋三内閣の下で検討が進められている道徳の教科化についても、「家庭の教育力低下」などがその理由として叫ばれている。しかし昔に比べて日本人の道徳心が低下したというこれらの主張には根拠がない。

ライターの大倉幸広は『「昔はよかった」と言うけれど』(新評論)で、戦前の新聞報道や出版物を調べ、この主張が俗説にすぎないことを明らかにする。

たとえば電車内でのマナーである。昭和十五年七月五日付読売新聞によれば、「集団をなしたハイカーは、とかく群集心理に酔つて粗暴に流れがちになります。始発駅の列車や乗換駅で窓から乗り込み荷物を投込む。最近では窓から荷物を投込んで座席をとつて置くと、先に乗り込んだハイカーがこれをホームに投出して座りこみ、そのため口論が始まる」。日本人を好意的に描いた『東京に暮らす』の著者キャサリン・サンソムが「駅にいると、集団の中の日本人がいかに単純で野蛮であるかがよくわかります」と書いたほどだった。

公共の場でのマナーの悪さは駅に限らない。街には人々が捨てたゴミであふれていた。昭和五年三月二十五日付同紙で、東京家政学院創設者の大江スミはこう嘆いている。「折角きれいに道幅も広々とつくられた立派な道路を、かの紙屑、蜜柑の皮、竹皮などを捨てて汚す悪習がありますから、これを十分きれいにしなくてはならない」。河川は路上よりもひどく、不法に投棄されたと思われるゴミが大量に流れていた。

また俗説と異なり、家庭での子供のしつけは厳格ではなかった。明治四十三年七月三日付同紙では、ある外国人が日本は「子供の威張る国」だと感想を語ったと記し、こう認めている。「客間と云はず応接室と云はず、一家を子供の横行するに任かせ、来客に供したる菓子を子供の奪ひ去ることすらある我国のある種の家庭の状を見せしむれば、あるいは『子供の威張る国』といふ感じを起さざるを得ざる場合あるべし」。サンソムも「子どもを叱っている母親を目にすることはめったにありません」と記した。

大倉が批判するとおり、歴史に学ぶには、根拠の乏しい印象論に走らず「過去の事実を正確に、より客観的に、より多角的に把握する」必要がある。「昔はよかった」という幻想に基づいて歴史の全体像を歪めてはならないし、ましてや政治権力によって、ありもしない「古きよき時代」への回帰を強いられるのはまっぴらである。

(2013年12月、某ミニコミ誌に寄稿)