2023-11-19

物価高の犯人はロシアじゃない〜日米欧、マネー膨張で経済自壊の恐れ

西側先進国で物価が急上昇し、経済・社会に深刻な影響を及ぼしている。

米国では車社会に欠かせないガソリンの高騰が家計を脅かす。日本経済新聞によると、2022年に米国の家計が支払うガソリン代は前年に比べて1世帯あたり平均455ドル(約5万7000円)多い2945ドルになるという。


英国では4月から電気・ガス料金が平均5割上がったほか、食料品や衣類などあらゆる品目が値上がりして家計の購買力が目減りしている。所得が最低生活水準を下回る市民は数百万人増えるとの推計もある。

3月の消費者物価指数は、米国では伸び率が前年同月比8.5%となり、約40年ぶりの歴史的な高水準となった。英国でも同7.0%上昇し、30年ぶりの高い伸び率が続く。

日本は米欧ほど大幅ではないものの、生鮮食品を除く総合指数が前年同月を0.8%上回り、7か月連続で上昇した。総務省によると、通信料が携帯大手などの料金プランの値下げで大きく下落しており、この影響がなければ単純計算で2%を超える上昇になったという。今後、インフレが目に見える形で迫ってきそうだ。

インフレは「プーチン氏の責任」に疑問


インフレの「犯人」は誰なのか。米国のバイデン大統領によれば、それは今、世界一の悪者とされるあの人物しかいない。バイデン氏は12日、消費者物価が約40年ぶりの伸びになったことについて、「70%はプーチン(ロシア大統領)が引き起こしたガソリン価格上昇によるものだ」と述べた

ロシアのウクライナでの軍事行動が燃料などの価格を高騰させ、それが物価高を招いたという見方は、メディアでもよく見かける。しかし、この「ロシア犯人説」には疑問点がいくつかある。

まず、ロシア軍がウクライナに進駐する前から、物価は高騰していた。米国の消費者物価は3月まで7カ月連続で上昇している。ロシアが軍事行動を始めたのは2月24日だから、少なくともそれ以前の物価高の責任がプーチン氏にないのは明らかだ。

次に、軍事行動後も、ロシアが燃料の輸出を止めたのではなく、米欧側が経済制裁として輸入を止めたのである。バイデン大統領は3月8日、制裁の一環としてロシア産の原油、天然ガス、石炭の輸入を全面的に禁止する大統領令に署名している。

ロシアに対する経済制裁が、発動した側にも代償を強いることは、バイデン大統領自身、わかっている。同大統領は3月24日、ブリュッセルでの記者会見で、食糧不足が「現実化するだろう」と述べ、「制裁の代償はロシアだけに科されているわけではなく、欧州諸国や米国を含む極めて多くの国も科されている」と指摘した

最後に、燃料や食料の購入に使うお金が増えると、単純に考えれば、その分だけ他の商品・サービスが買われなくなって値下がりし、物価全体では変化がないはずだ。ところが実際には物価は全体で上昇している。

「真犯人」は中央銀行、貨幣数量説は生きていた


物価全体が上昇する場合、その原因は一つしかない。社会に出回る貨幣(お金)の量が増えることだ。そして現代の経済において、お金の量を増やせる主体は一つしかない。中央銀行だ。

米経済評論家ピーター・シフ氏は4月13日、米物価高の「真犯人」についてツイッターへの投稿でこう述べた。「プーチンとは関係ない。人々が食料とエネルギーに使うお金を増やせば、他の商品に使うお金は減り、それらの値段は下がるはずだ。Fed(米連邦準備理事会=FRB)がやったんだ!」

物価上昇の原因は貨幣量の増大であり、それ以外にはない。貨幣量の変動が物価水準の変化をもたらすというこの見解を「貨幣数量説」と呼び、その起源は18世紀英国の哲学者デビッド・ヒュームにまでさかのぼる。現代の理論家として有名なのはノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏で、「インフレはいつでもどこでも貨幣的な現象である」と喝破した。

2008年のリーマン・ショック後、先進国の中央銀行がお金の供給量を急激に増やしたにもかかわらず、消費者物価は比較的落ち着いていた。このため「貨幣数量説はもはや成り立たない」とも指摘された。しかし、そう決めつけるのは早計だ。

なぜならお金の量が増えても、生産される商品・サービスの量がそれ以上に増えれば、物価は上がらないからだ。近年、先進国では生産性の向上やグローバル化の恩恵によって商品・サービスが豊かに供給されてきた。これが物価の上昇を抑えてきたとみられる。

また、お金が流れ込み、値上がりしても、物価指数に反映されないものがある。不動産や株式などの資産価格だ。各国の金融緩和政策を背景に、資産価格は高騰してきた。それは物価指数の算出対象には含まれないため、物価指数は上昇せず、見せかけの「低インフレ」を演出する結果となった。

お金が資産よりも一般の商品・サービスに多く流れるようになれば、資産価格は下落に転じ、物価は上昇する。最近の株式相場の不安定な動きと消費者物価の高騰は、そうした大きな潮目の変化を示しているかもしれない。貨幣数量説は生きていた。

米欧日のインフレの犯人はロシアではなく、自国の中央銀行による金融緩和であり、それに頼る政府だ。そうだとすれば、インフレをなくすために必要なのは、ウクライナ紛争でロシア軍を倒すことではなく、マネーの膨張に歯止めをかけることのはずだ。しかし、実際にはどうだろう。

米国は金融緩和からの脱却にかじを切ろうとしている。パウエルFRB議長は21日の討論会で、5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で通常の2倍の0.5%の利上げを示唆し、その後も「速いペースで動くのが適切」と述べた。それでもリーマン・ショック以来膨張が続き、新型コロナウイルス感染症対策でさらに天文学的な規模に膨らんだお金の量は、まだまったく減っていない。

バイデン大統領は同日、ウクライナに対する8億ドル(約1030億円)の新たな軍事支援や5億ドルの財政支援を表明しており、米財政の肥大に歯止めがかかる気配はない。これではFRBも、国債利払いの増加につながる利上げを進めるには限度があるだろう。

インフレ抑制、立ち遅れる日本


英国やユーロ圏も金融緩和の終了に動いているものの、ウクライナ紛争が長引くなか、ガス調達が不安定になれば企業の生産活動が中断され、景気後退に陥る恐れを否定できない。利上げに待ったがかかる可能性もある。

日本はインフレ抑制で立ち遅れている。日米金利差の拡大を背景に円相場が1ドル=130円目前と20年ぶりの円安水準に下落しているにもかかわらず、金融緩和政策をかたくなに変えようとしない。

政府・与党も財政支出を減らすどころか、逆にさらに増やそうとしている。自民・公明両党は先週、物価高対策の補助金や給付金の財源確保へ補正予算案を編成し、今の国会に提出するよう政府に求めることで合意した。補助金や給付金でお金の量を増やせば、物価高に拍車をかけるばかりだ。

インフレの責任をロシアに押しつけ、自らの責任から目をそらし続ける限り、適切な対応をとることはできない。このままいけば、たとえ支援するウクライナがロシアに戦争で勝っても、米欧日は経済が自壊しかねない。

*QUICK Money World(2022/4/28)に掲載。

2023-11-14

日露戦争と重税国家

1904(明治37)年2月8日、日本海軍が中国・遼東半島のロシア租借地にある旅順軍港を奇襲攻撃し、日露戦争が始まった(宣戦布告は10日)。20世紀最初の帝国主義戦争となったこの戦争で、日本国民は10年前の日清戦争を大きく上回る犠牲をこうむる。


列強の中国侵略に反発して起こった民衆蜂起「義和団の乱」(1900年)の鎮圧後、中国・朝鮮の利権を巡って日露両国が対立を深めたことが、開戦の直接のきっかけだ。しかし日本が戦争に踏み切った根底には、明治維新以来の「ロシア脅威論」がある。

幕末以来、討幕勢力の中心となった薩摩・長州両藩や明治維新政府は、基本的に英国からの情報で世界を見ていた。明治政府が多数雇った「お雇い外国人」で一番多いのも英国人だった。

当時英国はバルカン半島、アフガニスタンなど世界でロシアと対立していた。極東でも、朝鮮半島と満州を巡って英露は牽制し合っていた。この英国の反ロシア戦略が、日本の政治家やジャーナリストの意識に影響を与えていく。実際には当時のロシアに、朝鮮半島まで急速に南下し、日本に押し寄せるだけの余力はなかった。ところが日本の為政者たちはロシアを実態以上に強大に見て、速やかに接近してくる最大の「脅威」だと思ってしまったのである(山田朗『これだけは知っておきたい日露戦争の真実』)。

日露戦争に向けた日本側の軍備拡張は、日清戦争直後から進められた。海軍力は英国の技術援助を受けながら、開戦前には戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻を基幹とする強力な艦隊を保有するに至った。これらの軍艦は日清戦争の時とは異なり、世界最高水準の最新鋭艦ばかりだった。陸軍力も日清戦争終戦時の8個師団から日露開戦前には13個師団へと増設され、部隊の火力も大幅に強化された。

この急速な軍拡は国家予算を圧迫する。一般会計に占める軍事費の割合は、日清戦争前の10年間(1884〜93年)は平均27.2%だったが、日露戦争前の10年間(1894〜1903年)には平均39.0%に達した。政府は軍拡費用を捻出するために大増税を行う。

日清戦争の時期から、軍事費を確保するために各種の税が導入・強化された。それまでの地租(地税)に加え、1887年には所得税、1896年には営業収益税(営業税)、1899年から法人税が導入される。さらに、1872年に導入した酒税の税率を上げ、1888年以降は税収に占める酒税の割合は20%を超え、97年以降は30%を突破する。日露戦争とその後の軍備拡張は酒税によって支えられたといっても過言ではない。塩・たばこなど国家専売品の値上げも軍拡費用を支えた(大日方純夫ほか『日本近現代史を読む』)。

これらの負担は民衆の生活にのしかかった。日露戦争は日本を重税国家に変えたのである。当時導入された税は、日露戦争が終わった後はもちろん、21世紀の現代に至るまで基本的に残っており、一度導入された税をなくす難しさを物語っている。

しかも税金だけでは膨大な軍事費を賄えなかった。その穴を埋めたのは国債で、とくに海外で販売する外債に多くを頼った。日露戦争にかかった17億円の軍事費のうち、税金で賄えたのは3億2000万円弱だけで、約13億円を内外の国債(外債約7億円、内債約6億円)に依存した。内債は希望者が購入する建前だが、現実には事実上の強制だった。海外では主にロンドンとニューヨークで募集し、発行総額は内債を上回った。この外債発行交渉を担当したのが、当時日本銀行副総裁だった高橋是清(後の日銀総裁、蔵相、首相)である。

日露戦争をきっかけに、それまで外資にあまり頼らずにきた日本経済は、一転して巨額の外国債に依存することになった。しかも中国から賠償金を獲得した日清戦争と違い、日露戦争でロシアからの賠償金はまったくなかった。その結果、戦時中に募集した国債が戦後の借金として残ってしまった。

開戦前の1903年に5600万円だった内外の公債残高は、1907年は内債10億1000万円、外債12億6000万円と、合計22億7000万円にまで膨らんだ。これはこの年の名目国民総生産(GNP)の61%、一般会計歳出6億200万円の約3.8倍に相当する。対GNP比率は、第一次世界大戦の始まる直前の1914年までに50%を下回ることはなかった。外債の利払い負担は国民に重くのしかかった。利払い費は1907年に年5905万円に達すると、その後も増加し、1913年には8500万円にまで増加した(板谷敏彦『日露戦争、資金調達の戦い』)。

日露戦争が始まると、大規模な軍事動員が行われた。日清戦争の際に兵士として動員された総数は約24万人だったが、日露戦争では約109万人に達した。戦争中には、陸軍は南山・遼陽・旅順・黒溝台・奉天など地上戦闘で苦戦に苦戦を重ねたために、11万人以上の戦死者・重傷者が出た。その大多数が徴兵された一般国民の若者だった。

国内の民衆も戦費調達のための増税、献金や国債購入のほか、農村では軍馬供出などで負担を強いられた。約20万頭の馬が動員され、騎兵用の乗馬だけでなく、輸送用にも多くの馬が使用され、戦地で約3万8000頭が犠牲になったといわれる(前出『日本近現代史を読む』)。

日本が資金と武器弾薬の欠乏と兵力不足から戦争継続に苦しみだしたころ、ロシアも国内で革命運動が起こって戦争継続が困難になった。ついに1905年9月、セオドア・ルーズベルト米大統領の斡旋によって日本全権小村寿太郎とロシア全権ウィッテは講和条約(ポーツマス条約)に調印する。これにより、ロシアは朝鮮における日本の優越権を認めるとともに、旅順・大連など中国からの租借地と南満州での鉄道利権を日本に譲渡すること、北緯50度以南の樺太を日本に割譲することなどを約した。

国民は人的な損害と大幅な増税に耐えてこの戦争を支えたが、賠償金がまったく取れない講和条約に不満を爆発させ、講和条約調印の日に開かれた講和反対国民大会は暴徒化した。日比谷焼き討ち事件と呼ばれる。

作家・司馬遼太郎氏は日露戦争を題材とした長編小説『坂の上の雲』で、日本海海戦のさなか、作戦を立案した海軍参謀・秋山真之が戦闘のあまりの無惨さに深刻な衝撃を受けた様子を描いている。秋山は戦後、長男を僧侶にし、自らは新興宗教に入信した。

大国ロシアを破った快挙として称えられがちな日露戦争は、重い負の遺産を残したのである。

<参考文献>
  • 山田朗『これだけは知っておきたい日露戦争の真実―日本陸海軍の「成功」と「失敗」』(高文研) 
  • 大日方純夫ほか『日本近現代史を読む』(新日本出版社)
  • 板谷敏彦『日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち―』(新潮選書)
  • 原朗『日清・日露戦争をどう見るか 近代日本と朝鮮半島・中国』(NHK出版新書)

2023-11-10

企業増税は経済を滅ぼす

大企業が税負担を回避するため、資本金を1億円以下に減資する動きが広がっている。今年3月までの1年間に資本金1億円以下に減資した企業は1235社で前年の959社から3割近く増えた。特に売上高が100億円超の企業や黒字の企業が増えているという。
1億円以下に減資すると税法上、中小企業として扱われ、税負担が軽くなる。都道府県が課税する法人事業税の外形標準課税は、大企業は赤字でも資本金などに応じて課税されるが、中小企業になれば課税対象から外れるなどのメリットがある。

自民党の宮沢洋一税制調査会長は日本経済新聞のインタビューに答え、資本金を1億円以下に減らして税負担を軽くしようとする企業が相次いでいることについて、「たいへん問題がある」と指摘。外形標準課税の適用基準を拡大する意向を示した。

節税目的ではない企業まで負担増になりかねないとの懸念に対し、宮沢氏は「余波が来るのは避けたいという気持ちはわかる。節税したいがために大企業から中小企業に移ってきた企業だけを抽出できるような制度にできるかどうかが一番大事だ」と説明した。

日経も社説で「税の公平性を保つ観点から、もはや現状を放置すべきではない」と述べ、「政府・与党は中小企業化による税回避を防ぐ対策を、来年度税制改正でしっかり講じてほしい」と求める。

しかし、問題があるのは企業ではなく、むしろ税制のほうだ。

そもそも、企業がわざわざ減資してまで税負担を回避しようとするのは、税負担が重すぎるからである。そうした動きが広がっていることに対し、政府・自民はまず、企業に重い税負担を課していることを反省しなければならない。「たいへん問題がある」などと企業を悪者扱いするのは、とんだ心得違いだ。

東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏は日経の記事へのコメントで「課税されるほうが制度的に節税を図るのは当然である」と企業側を擁護している。まっとうな意見だ。

一般市民の間には、税逃れと聞くと、問答無用で「けしからん」と腹を立てる人が少なくない。けれども経済が繁栄するためには、税逃れはむしろプラスになる。

資本主義経済の発展にとって最も重要なのは、資本主義という言葉が示すように、「資本」である。資本とは、現在・将来の生活水準向上につながる道具、設備、資源の蓄積をいう。この資本に課税すれば、資本の蓄積を減少させ、新規の投資だけでなく設備や道具の買い替えを抑制し、経済の発展を妨げる。企業への課税強化は、企業が有する資本への課税強化にほかならないから、将来の社会を貧しくする。「金の卵を産むガチョウを殺す」ようなものだと米経済学者マレー・ロスバード氏は指摘する。

ところが政治家、とりわけ民主主義国の政治家は、次の選挙のことしか頭になく、長期の経済発展よりも、バラマキの原資となる税収の確保を優先する。だから企業の税逃れは「たいへん問題」ということになり、なんとか税逃れを防ごうとする。逃げる奴隷をつかまえようとする奴隷主と同じだ。

日経は「税の公平性」が大切だというけれども、税の公平性を保つ方法は、課税強化だけではない。大企業への課税を軽くし、中小企業にそろえるという道もある。そうすれば、わざわざ節税のために減資する企業はなくなる。むしろそのほうが企業全般の税負担が軽くなり、経済にはプラスだ。

宮沢自民税調会長は、節税目的の企業に限って外形標準課税の適用基準を拡大し、減資による税逃れを防ぎたいという。しかし、節税目的かどうか、どうやって判断するのだろう。尋ねられればどの企業も「我が社はやむにやまれぬ事情で減資するのであって、節税目的ではない」と主張するに違いない。

この点について、京都大学教授の諸富徹氏は記事へのコメントで「減資が節税目的であることを政府が証明しえた場合のみ課税できるのであれば、宮沢会長の方針は限りなく、骨抜きとなるでしょう」と指摘したうえで、「節税目的でない企業を除外するなら、新基準の下で原則課税としたうえで、減資企業の側に節税目的でないことを挙証する責任を課すべきではないでしょうか」と提案する。

これは乱暴すぎる。企業が財産を保有することは憲法でも保障された権利だ。財産を政府が課税によって徴収する際、取られる側に挙証責任を負わせるのは、徴税権の濫用であり、財産権に対してあまりにも無頓着な考えといわざるをえない。

政府が企業の重い税負担を反省せず、「税の公平性」を錦の御旗に押し立て、さらに課税を強化すれば、やがて金の卵を産むガチョウが死ぬように、日本経済は衰退するだろう。

<参考資料>
  • Man, Economy, and State with Power and Market | Mises Institute [LINK]

2023-11-07

揺らぐかドル支配〜ルーブル、「金本位制」で存在感増す

米欧日諸国がロシアに対し新たな経済制裁に乗り出した。バイデン米政権は6日、ロシアへの新たな経済制裁を発表した。ロシア最大手銀行やプーチン大統領の娘2人の資産を凍結する。欧州連合(EU)加盟国は7日、ロシア産石炭の輸入停止などを含む制裁案を承認した。日本の岸田文雄首相も8日、資産凍結の拡大やロシア産石炭の輸入の禁止、在日ロシア大使館の外交官らの国外追放を表明した。


追加制裁のきっかけは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊で多くの市民が殺害されているのが見つかったことだ。米欧側はロシア軍による組織的な残虐行為だと強く非難した。ロシア側はねつ造だと反論し、公正な調査を求めたものの聞き入れられなかった。

米欧日の政府や大手メディアはロシア批判一色だ。しかし7日に国連総会の緊急特別会合で実施された、人権理事会におけるロシアのメンバー資格を停止する決議からは、違った風景が見えてくる。米欧が主導した決議案は93カ国の賛成で採択されたものの、一方で反対は24カ国、棄権は58カ国もあり、無投票が18カ国あった。

ロシアのウクライナ侵攻後、国連総会はロシア非難決議とウクライナ人道支援決議をそれぞれ141カ国、140カ国の賛成多数で採択。今回は採択に必要な投票国の3分の2以上の賛成を確保したものの票数は100を割った。東京新聞が報じるように日本や米欧などが賛成したが、ブラジルやメキシコなどは過去2回の賛成から棄権に回り、棄権数は人道決議の際の38から20増加した。反対は過去2回は5カ国だけだったが、中国やキューバなども加わり5倍近くになった。

前回指摘した、新興国に対する米欧日の相対的な地位の低下があらためて浮き彫りになった。政治面の変化と同時に、経済面でも見逃せない変化が起こっている。経済制裁をきっかけとした、通貨の地位をめぐる変化だ。

金はドルに代わる「理想の選択肢」


ロシア下院でエネルギー委員長を務めるパベル・ザバルヌイ氏は3月24日の記者会見で、米欧などの非友好国に天然ガスを販売する場合の代金支払い手段について、ロシアの通貨ルーブルか「ハードカレンシー(国際通貨)」を挙げた。同氏の言うハードカレンシーとは米ドルではない。「それは我々にとっては金(きん)だ」とザバルヌイ氏は述べた。一方、ロシアはドルに興味がないと言い、「この通貨(ドル)は我々にとってキャンディの包み紙になる」と語った

ロシアは経済制裁によって国外に持つドルやユーロの資産が凍結され、代金をドルで受け取っても自由にならない。プーチン大統領は3月31日、代金受け取りをルーブルに限定すると定めた大統領令に署名している。ザバルヌイ氏の発言で注目されるのは、金への言及だ。

じつは最近、ロシアは金を事実上の通貨として利用する環境を整えている。3月9日、プーチン大統領は貴金属に対する20%の付加価値税(VAT)を撤廃した。国がドルなどに代わる外貨準備として必要としている、貴金属への投資を人々に奨励するためだ。シルアノフ財務相は声明で「地政学的状況が不安定な中、金への投資はドルを買い上げる代わりに理想的な選択肢となる」と述べた。

ロシアは以前から金を積極的に購入してきたことで知られる。ロシア中央銀行は2015年3月以降、新型コロナウイルス感染症の流行で中断するまで毎月金を買っており、中央銀行としては金の最大の買い手だった。ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、昨年末時点で保有する金は約2300トンで、世界第5位。今年3月に購入を再開し、3月28日には地元銀行から1グラムあたり5000ルーブル(約52ドル)の固定価格で買い付けた。事実上、ルーブルと金を一定の交換比率で結びつけた金本位制といえる。

ロシアは天然ガスの輸出代金をルーブルで受け取る方針だが、ルーブルは金と連動するから、ザバルヌイ氏が語ったように、代金を直接金で受け取るようになるかもしれない。天然ガスに限らず、石油など他の資源や商品でも同様のことが起こる可能性がある。

不換紙幣からの「パラダイムシフト」


「これは新たなパラダイムシフト(価値観の劇的変化)になる」と金融ブログ、ゼロヘッジは書く。1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を廃止して以来、世界の通貨は金など実物資産の裏付けのない不換紙幣の時代が続いてきた。

金が決済手段として利用されれば、金と結びついたルーブルも国際通貨として存在感を増すだろう。文字どおりのハードカレンシー(硬いお金)だ。

察知した米欧側は対応を急ぐ。先進7カ国(G7)と欧州連合(EU)は3月24日、ロシアへの経済制裁として、ロシア中央銀行が保有する金準備に関連した取引を禁止すると表明した。

しかし米欧によるロシアの金の封じ込めは、事実上不可能だろう。地金の身元、国籍、出所を追跡することはできないからだ。国際銀行間通信協会(SWIFT)やその他の銀行システムからも完全に独立している。ジャーナリストのブレット・アレンズ氏は経済情報サイト、マーケットウォッチでこう述べる。「米国のイーグル金貨や南アフリカのクルーガーランド金貨は、溶かして延べ棒にすることができる。これも金には変わりない。そして買い手は必ずいる」

アレンズ氏によれば、多くの国々は、米国が基軸通貨を独占して世界の金融システムを支配することを快く思っていない。中国やインドがロシアに金本位制で追随すれば、長く続いたドル支配に転機が訪れるかもしれない。

ドルに代わって存在感を強めるのはルーブルだけではない。サウジアラビアと中国は人民元建ての石油売買を交渉している。石油取引は米ドル建てが支配的で、実現すればドルの影響力が低下し、人民元の存在感が増す可能性がある。

国際通貨システム、多極化が加速へ


専門家からも同様の意見が聞かれる。国際通貨基金(IMF)の第一副専務理事であるギタ・ゴピナス氏は3月31日付フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューに答え、ロシアに対する前例のない金融制裁はドルの支配力を徐々に弱め、国際通貨システムをより分断する恐れがあると警告した

また、3月28日付同紙は「ウクライナ戦争はドル支配のひそかな衰退を加速させる」と題する米経済学者バリー・アイケングリーン氏の寄稿を掲載した。それによると、世界の外貨準備に占めるドルの割合は20年前から低下傾向にあり、2000年末には70%強だったが、2021年第3四半期には59%にとどまっている。多くの中央銀行がドルからの分散を図ろうとしてきた結果だ。

しかも2016年にIFMの特別引き出し権(SDR)に加えられた人民元へのシフトは、わずか4分の1にすぎない。4分の3はカナダ、オーストラリア、スウェーデン、韓国、シンガポールといった経済規模の小さい国の通貨にシフトしている。電子取引プラットフォームや自動マーケットメイクといった新技術の発達で取引コストが低下した効果という。

こうした国際通貨システムの多極化は、ロシアへの経済制裁を機に加速しそうだとアイケングリーン氏は述べる。通貨を多様化しておけば、米欧からドルやユーロの資産を凍結されても保険として役立つからだ。

ドルの力を利用した強気な経済制裁の余波でドル支配そのものが揺らいでいるとしたら、米国や世界の経済への影響は無視できない。ウクライナ紛争が早期に停戦しなければ、そのツケは金融市場で表面化するだろう。

*QUICK Money World(2022/4/13)に掲載。

2023-11-03

ポンコツな資本主義批判

経済学者の岩井克人氏(東大名誉教授)が文化勲章を受章した。岩井氏はシェイクスピアの劇作品を材料に経済を論じたり、文明批評や現代思想についてのエッセイを手がけたりし、一般の読者にもよく知られる。
報道によれば、岩井氏の業績は「資本主義経済システムの本質を理論的に解明する研究に多大な貢献をした」ことだという。しかし失礼ながら、岩井氏が「資本主義経済システムの本質」を理解しているかは、はなはだ疑問だ。今年2月、朝日新聞デジタルに掲載されたインタビュー記事「文明崩壊から資本主義を救うには」を検証してみよう。

冒頭、「株主中心の資本主義への反発が強まっています」という聞き手(江渕崇朝日新聞経済部次長)の問いかけに対し、岩井氏は「米国型の株主資本主義が大きな問題を抱えていることはリーマン・ショックであらわになったが、その後も大きくは変わりませんでした」と答える。ここがまずおかしい。

リーマン・ショックとは、2008年9月15日に起きた米証券会社リーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけに起こった、世界的な金融危機だ。その原因として、米住宅バブルの崩壊、信用力の低い個人向けの住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付き、それらを束ねた証券化商品の値下がり、大量に保有していたリーマンの資金繰りの行き詰まり――などが取り沙汰される。だが、それらはいずれも表面上の現象にすぎない。

根本の原因は、そもそもバブルを生み出したお金の大量発行だ。そして現代の経済で、お金を発行する主体は事実上、政府の傘下にある中央銀行(米国では連邦準備理事会=FRB)しかない。つまり、リーマン・ショックをもたらしたのは政府である。もし岩井氏のいう「株主資本主義」が政府のコントロールの及ばない自由な市場経済だとすれば、リーマン・ショックを起こしたのは株主資本主義ではない。それとは正反対の、経済の血液とされるお金を政府ががっちりコントロールする、「国家資本主義」である。

続いて岩井氏は、「会社の唯一の社会的責任は株主のために利益を最大化すること」と説いた米経済学者ミルトン・フリードマンを批判し、フリードマンの主張は「理論的に完全な誤り」と断じる。なぜなら、「会社は『法人』だから」だという。

岩井氏によれば、会社という法人は2階建て構造をもつ。2階部分では株主がモノとしての会社を保有し、1階ではその会社が法律上のヒトとして不動産や設備、お金といった資産を持ち、借金契約や雇用契約などの主体となる。

そのうえで岩井氏はこう説く。「2階部分を強調すれば株主が重視されます。そういう会社があってもいい。たとえば米金融などです。ただ、1階を強調すれば従業員など様々なステークホルダー(利害関係者)への貢献が可能になります」。いわゆるステークホルダー資本主義だ。

「会社は利益を出さなくてもいいのでしょうか」と問う聞き手に対し、岩井氏は「もちろん、事業を続けるための利潤は必要です」としたうえで、「だが、それさえクリアすれば、利益の最大化は目指さなくてもいい」と答える。続けて、「時代の変化の中で会社という仕組みが生き延びてきたのは、法人としての〔略〕2階建て構造によって、多様な目的や形態を持てるからなのです」と強調する。

会社には多様な目的があっていい、という岩井氏の主張は、何となくもっともらしいが、よく考えてみればおかしい。利益以外の目的をめざすなら、非営利団体でいいはずだ。営利団体である会社に、わざわざ利潤追求以外の役割を担わせるのは無理があるだけでなく、混乱をもたらす。

たとえば、株主の利益という明確な基準がなくなれば、「株主の利益と他のステークホルダーの利益のどちらを優先するのか」「ステークホルダー間の対立をどう解決するのか」といった疑問に、答えることができなくなる。これは結局、経営者や一部のステークホルダーに過大な力を与え、その暴走を招きかねない。

聞き手が適切にも、「株主が厳しくチェックしないと、経営者のやりたい放題にはなりませんか」と問うのに対し、岩井氏の答えは答えになっていない。ともに厳しい経営状態に陥ったソニーグループと東芝を対比し、事業分割を求める「物言う株主」に対して自分らしさを守り抜いたソニーが復活を遂げたのに対し、理念を忘れ、物言う株主の言いなりになった東芝は「配当や自社株買いで資金を流出させ、事業を切り売りさせられました」という。

岩井氏お得意のシェイクスピアどころか、まるで物言う株主を悪役にする安っぽいテレビドラマだ。東芝の経営危機の一因となった米原発子会社の損失は、「原発立国」の旗を振る経済産業省の責任も指摘されるのに、それには触れない。東芝にとって経産省は、岩井氏の持ち上げる「ステークホルダー」にほかならないが、岩井氏は株主だけを非難する。ステークホルダー資本主義とは、ずいぶん政府や役人に都合のいい仕組みのようだ。

岩井氏は「社会主義に未来はありません」としつつ、「コミュニティーの理念に基づく共同体は、資本主義の補完としては非常に意味がある」と述べ、「ポンコツな資本主義をなんとか修理」するしかないと話す。自分は決して資本主義を否定する過激な社会主義者ではなく、あくまでも資本主義を肯定したうえで「補完」「修理」したいだけの改革派にすぎないというわけだ。

もちろんそうだろう。過激な社会主義者では、文化勲章はやりにくい。正装に身を包み、天皇からありがたく勲章を授かる栄誉に浴せなくなる。

しかし、会社の所有者である株主の権利を、明確な基準もなく制限するのは、財産権の侵害であり、財産権を根幹とする資本主義の否定に等しい。「ポンコツ」なのは資本主義ではない。財産権を安易に否定し、経済に混乱を招く岩井氏の資本主義批判こそポンコツだ。

<参考資料>
  • How to Bureaucratize the Corporate World | Mises Institute [LINK]