2024-04-07

北朝鮮制裁の非道

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する経済制裁の履行状況を調べる国連安全保障理事会の専門家パネルが、4月末で廃止される見通しとなった。専門家パネルの任期を1年延長する決議案に、ロシアが拒否権を行使したためだ。

日ごろ悪玉として叩いている北朝鮮とロシアがセットになった話題だから、主要各紙の反応は想像がつくだろう。社説でここぞとばかりに、「北朝鮮の不正を隠す決議案否決」(日本経済新聞)、「身勝手過ぎる露の拒否権行使」(読売新聞)、「露は拒否権行使を恥じよ」(産経新聞)などと一斉に非難した。けれども、経済制裁を声高に叫ぶメディアは重要なことを無視している。制裁は一般市民を苦しめる非道な行為という事実だ。
2009年に設置された専門家パネルはこれまで、北朝鮮が海上で物資を密輸する実態を明らかにするなどしてきたとされる。読売は「専門家パネルが廃止となっても様々な制裁決議が失効するわけではないが、監視体制が緩むのは避けられない。北朝鮮の核・ミサイル開発が加速するのは確実だ」と述べる

しかし、そもそも制裁に政策変更を促す効果は薄い。ローデシア(現ジンバブエ)や南アフリカが人種差別政策を放棄したケースはあるものの、制裁でイラク戦争を止めることはできなかった。北朝鮮に対しては2006年以降、18年間も制裁が続いているにもかかわらず、核開発やミサイルの開発は止まらない。その理由の一つには、第三国経由で北朝鮮に禁輸品を積んだ船舶が入港するなどの「制裁破り」があるとされる。その監視の一端を担ってきた専門家パネルを日本のメディアは持ち上げるけれども、開発が止まらなかった事実から判断する限り、結局たいして役に立たなかったということだろう。

それ以上に重大な問題は、制裁が一般市民を苦しめることだ。最近の北朝鮮は闇市の発達で、壊滅的な飢饉に見舞われた1990年代後半に比べれば食糧が手に入りやすくなったようだが、それでも長期にわたる制裁や新型コロナウイルスに伴う国境封鎖で食糧難が深刻になり、一部地域で餓死者も出たとされる。2021年のことになるが、国連の北朝鮮人権状況特別報告者は、北朝鮮で子供や高齢者といった弱い立場の人々が飢餓のリスクにさらされていると指摘し、北朝鮮に対する制裁を解除するよう求めた

ロシア外務省のザハロワ情報局長は、今回の拒否権行使について「終わりのない制裁は、その目的を達成するためにはまったく役に立たない。だが国家全体の財政的・経済的封鎖につながり、その結果、国民に相応の影響を及ぼす」とコメントしている。

見落とされがちだが、北朝鮮に対する制裁の影響を受けるのは北朝鮮の市民だけではない。国連による制裁は2006年10月以降、安保理決議にもとづき実施されているが、日本政府は同年7月以降、独自の制裁を発動している。その内容は日本と北朝鮮との間のヒト・モノ・カネの流れを全面的に遮断するもので、国連の要請する制裁よりもはるかに広範囲に及ぶ。その結果、在日朝鮮人の自由を著しく侵害している。

在日本朝鮮人人権協会に寄せられた被害相談によれば、Aさんは北朝鮮の平安南道に住んでいた実姉が死去したため、葬儀への参列や墓参のため、北朝鮮への渡航を求めて再入国許可を申請したが、入管当局が規制措置の例外を認めず許可しなかったため、葬儀に参加できなかった。

また同協会には、朝鮮に在住する親族に生活物資や生活資金を送付したいが、経済制裁による規制に抵触しないかという相談が多数寄せられているという。北朝鮮の厳しい経済環境で暮らす市民の中には、日本に住む親族からの仕送りで命をつないでいる人々が少なくない。制裁はこうした親族たちを窮地に追い込むことになる。

大人だけではない。全国各地の朝鮮学校生は、高校3年になると修学旅行で北朝鮮を訪ねているが、日本に帰国した際、空港の税関で、現地で購入したお土産品を没収される例が相次いでいる。2018年に神戸朝鮮高級学校の生徒が関西国際空港税関当局にお土産を没収された際、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が行った記者会見によれば、「生徒たちは、朝鮮にいる親戚や友人からもらった心からの贈り物を目の前で没収され、その非情さに心を引き裂かれて泣きじゃくったという」。

さらに事実上の制裁といえるのが、朝鮮高校生を高校「無償化」から除外したり、朝鮮学校への補助金を事実上停止するよう各自治体に通知したりする、文部科学省の措置だ。文科省は表向き、政治・外交問題とは無関係としているが、朝鮮高校の無償化排除を決めた第2次安倍晋三政権の下村博文文科相(当時)は2012年12月の記者会見で「拉致問題の進展がないことや朝鮮総連と密接な関係があり、現時点で無償化を適用することは国民の理解を得られない」と堂々と述べていた

なお、「無償化」は実際には納税者の納める税金で賄われるので、正しくは「税金化」であり、補助金ともども、教育を政府に従属させる手段だ。自由主義の立場からは廃止が望ましいが、現実に制度が存在する以上、いうまでもなく朝鮮学校生など特定の学生だけが不当に不利益を受けるような運用は許されない。在日朝鮮人に税制上の優遇措置は存在せず、親には当然納税者としての権利がある。

意外かもしれないが、拉致問題を念頭に朝鮮高校の無償化排除論がスタートしたのは、保守派の安倍政権下ではなく、リベラルとされたその前の民主党政権下だ。明治学院大学教養教育センターの鄭栄桓(チョン・ヨンファン)教授は、非軍事的強制措置(引用元の書籍では「準軍事的措置」とあるが、鄭氏の指摘により修正)である経済制裁は憲法9条の理念から控えるべきだという考えがあっていいはずなのに、「ほとんど国会で全会一致で承認されている」と指摘。「根源的な平和主義、経済制裁にも反対するような平和主義の芽は、この間生まれてこなかった」(共著『いま、朝鮮半島は何を問いかけるのか』、2019年)と述べ、野党や市民運動を含めた戦後日本の平和主義のあり方に厳しい問いを突きつける。

経済制裁は戦争に比べ穏やかなイメージがあるが、実際は違う。イラクに対する国連の経済制裁では飢餓や病気で100万人以上のイラク人が死亡し、うちほぼ半数が子供だった。米クリントン政権のオルブライト国連大使(当時)が1996年、テレビ番組で記者から「これまでに50万人の子供が死んだと聞いた。広島より多いといわれる。犠牲を払う価値がある行為なのか」と聞かれ、「大変難しい選択だとは思うが、それだけの価値はある」と言い放ったのは有名だ。

一方、リバタリアンの反戦ジャーナリスト、ジャスティン・レイモンド氏は、同じイラク制裁について「国民と政府を同一視する思考の論理的帰結であり、政府の犯罪(現実のものであれ想像上のものであれ)に対して個人を罰する」とその本質をつく。そして「権力の計算では、個人は数に入らない。イラク人は存在せず、イラクという国家だけが存在するのだ」と喝破する

北朝鮮制裁を叫ぶ日本の政府、野党、メディアはまさに「国民と政府を同一視する思考」に陥り、北朝鮮政府の「犯罪」に対して北朝鮮市民や在日朝鮮人という個人を罰している。制裁を求める人々に北朝鮮を全体主義国家だと笑う資格はない。国家という全体だけに注目し、個人を無視する冷酷な考えこそ全体主義なのだから。

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