2021-09-18

「死因となった証拠なし」

Unreported Truths About Covid-19 and Lockdowns: Part 4: Vaccines (English Edition)

短期の副反応が多く発生したからといって、必ずしもメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンが命にかかわることを意味するわけではない。しかし臨床試験で人々に重い副反応が生じた事実は、強い免疫反応を起こす恐れがあることを示す。原因が脂質ナノ粒子か、mRNA自体か、何か他の理由かは別として。(ジャーナリスト、アレックス・ベレンソン)

長期の臨床試験データがない以上、副反応の報告は、新型コロナワクチンに生じうる問題を見つける最善にしておそらく唯一の手段だ。ワクチン有害事象登録システム(VAERS)のデータベースには、既往症のない相対的に若い人が接種後まもなく死亡した例が含まれている。たとえばテキサス州の51歳の女性だ。(同)

副反応報告にある女性の死は、単なる偶然かもしれない。接種しなくても亡くなっていたかもしれない。他の似た例もやはり偶然なのかもしれない。だが少なくとも真剣な調査には値するだろう。ところが米疾病対策センター(CDC)は「ワクチンが患者の死因となった証拠はない」と型通りの声明で片付ける。(同)

米国の多くの州は、陽性判定から30日または60日以内の死亡をすべてコロナによる死と分類する。何の症状もなく、撃たれて死んでもだ。しかしワクチンの場合、医療専門家は死とのどんな関係も過少評価しようとする。ソーシャルメディアは投稿や動画を躍起になって規制する。(同)

アストラゼネカ製ワクチンに関する欧州での副反応報告は、米国でのファイザー、モデルナ製品の重い副反応の一部に似ている。血小板減少症や血栓症だ。欧州のデータベースによると、今年3月中旬時点でファイザーはアストラゼネカより副反応報告が多く、死亡や心臓死も多い。(同)

2021-09-17

利害相反の抜け道

Virus: Vaccinations, the CDC, and the Hijacking of America's Response to the Pandemic (English Edition)

トランプ米大統領が新型コロナワクチン開発加速のため始めた「ワープスピード作戦」のメンバーは、製薬業界の幹部社員と業界出身の政府職員で占められていた。社員は希望すれば保有株を持ち続けられた。取引業者の扱いなので、政府職員の利害相反規定に服さなくてよかった。(ジャーナリスト、ニーナ・バーレイ)

ワープスピード作戦の責任者を務めたスラウイ氏はモデルナ社の役員だった。同社の株価は税金の獲得を受けて急騰したが、同氏は1万8270株を買うオプションを手に入れた。2018年以来集めた13万7168株のオプションに加わるものだ。モデルナ退任の際、800万ドルを得たとされる。(同)

ワープスピード作戦の顧問でファイザー社員のエアハルト、ハリガン両氏は同社株の権利を持ち続けていた。同社はワクチン1億回接種分の代金として米厚生省から20億ドル近い契約を獲得。ワクチン安全委顧問のホイットリー氏は治療薬レムデシビルの製造元ギリアド社に関係がある。(同)

ワープスピード作戦の顧問デノタリステファニ氏は、トランプ大統領が治療薬として承認したヒドロキシクロロキンの製造元テバ社の出身。米食品医薬品局(FDA)元長官のゴットリーブ、マクレラン両氏は政府に非公式に助言したが、ともにコロナワクチン製造会社の役員を務める。(同)

2020年11月9日、ファイザー社がワクチンは90%以上有効と発表した当日、同社CEOのブーラ氏は保有株の62%を売却した。その日は良いニュースを受け株価が15%上げていた。同氏を含む幹部七人は同年中に株売却で合計1400万ドルを手にした。(同)

2021-09-16

政府は寄生する

Against the State: An Anarcho-Capitalist Manifesto (English Edition)

政府を企業のように運営することはできない。社会は利益と損失という試験によって資源配分を決定するが、官公庁はその手段がないため、生産の対象、数量、場所、方法をどう決めればよいかわからない。(ミーゼス研究所創設者兼会長、ルウェリン・ロックウェル)

政府は国民をそそのかし、道徳のルールには二種類あると信じ込ませる。一つは子供の頃に学ぶもので、暴力や盗みを禁じる。もう一つは政府だけにあてはまるもので、政府だけがあらゆる手段で穏やかな人々を攻撃してよいとする。

政府は国民に国旗を振り、国歌を歌って政府を称えるよう教える。それによって、政府による収奪や非道に抵抗するのは反逆だという考えを助長する。

政府とは国民に寄生し、その富を食い物にする組織である。反社会的で略奪をなりわいとする本性を、公益という隠れみのに隠している。

経験の示すところによれば、「小さな政府」は不安定な均衡だ。政府は規模を拡大して権力と富を増やせるなら、小さなままでとどまることに興味はない。

2021-09-15

社会は自由、政府は暴力

Liberty and Property (LvMI) (English Edition)

社会の本質とはサービスを互いに交換することだ。個人は選択の機会がある限り、自由である。暴力やその脅しによって交換の条件を諦めるよう強いられたなら、どう感じるかにかかわらず、自由ではない。(経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス)

政府の本質は自由の否定である。政府は暴力や暴力の脅しに訴え、すべての人々を自分の命令に従わせようとする。それを人々が望もうと望むまいとだ。政府の支配圏が広がるにつれ、増えるのは強制だ。自由ではない。(同)

政府は自由とは正反対である。人を殴り、投獄し、縛り首にする。政府が何をなそうと、最後に支えるのは武装した警官の行動だ。政府が学校や病院を運営すれば、必要な財源は税によって集める。つまり市民に支払いを強要する。(同)

経済権力の集中という議論は無益だ。大きな企業ほど、より多くの人々に奉仕し、消費者・大勢・大衆を喜ばせることが大きなよりどころになる。経済権力は、市場経済においては消費者が握っている。(同)

産業のイノベーションが官僚によって考案・実践されたことはかつてない。経済を停滞させたくなければ、今はそれが誰かわからなくても、人間をもっと満足できる状況に導くことのできる創意工夫を備えた人々に、行動の自由を与えなければならない。(同)

<邦訳書>

2021-09-14

形だけの資本主義

A Critique of Interventionism (English Edition)

経済介入政策は土地や機械の私有を維持しつつ、当局の指令で所有者の行動を規制しようとする。重要な決定がすべて指令の線に沿って行われるようになれば、資本家の利潤追求ではなく、政府の都合で生産の対象や方法が決められる。私有が形だけ維持されても、それは社会主義だ。(経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス)

政府が命令しても無から何かを生み出すことはできない。政府が不換紙幣を刷れば人を豊かにできると信じるのは、お人好しのインフレ主義者だけだ。政府は何も生み出せない。政府は人を豊かにすることはできない。できるのは人を貧しくすることだ。(同)

政府がある商品に価格統制令を出せば、供給統制令、配給令だけでなく、商品を生産する機械の価格や労賃への規制、労働統制まで必要になり、あらゆる産業に広がる。政府は市場経済への介入を控えるか、すべて統制するかのどちらかだ。資本主義か社会主義かだ。中間の道はない。(同)

労働組合による最低賃金の強制に効き目がなければ、失業は労働市場に圧力を及ぼし、人為的に押し上げられた賃金を自然な市場水準まで引き下げる。失業は摩擦現象であり、政府の介入しない市場であればすぐに消えるが、介入政策の下ではいつまでも続く習い性となる。(同)

政府の経済介入政策が失敗しても、経済の専門家でない人は、かえって私的所有を厳しく制限するべきだと確信を強める。規制官庁が腐敗しても、政府は間違いを犯さず完璧であるという盲目的な思い込みはびくともしない。企業家と資本家に道徳的な嫌悪感を募らせるだけである。(同)

2021-09-13

戦争というペテン

War Is a Racket: The Antiwar Classic by America's Most Decorated Soldier (English Edition)

戦争はペテンだ。いつもそうだった。おそらく最も古く、明らかに最も儲かり、間違いなく最も残虐なペテンだ。国家間の規模のペテンは戦争しかない。利益がカネで、損失が命で勘定されるいかがわしい商売は戦争しかない。(元米海兵隊少将、スメドレー・バトラー)

ペテンは、多数の人に見えているものとは違う。少数の「内部」集団だけがその正体を知っている。ごく少数の者の利益のために実行され、そのコストは非常に多くの者がかぶる。戦争ではひと握りの人間が巨大な富を手に入れる。(同)

戦争の結果、国は勝てば新たな領土を手に入れる。ただ手に入れる。この新たな領土をすぐさま搾り取るのは、例の少数の人々である。戦争の流血で金儲けしたのと同じ少数者だ。一般大衆が勘定を払う。(同)

一般大衆が戦争で払う勘定はとんでもないものだ。新しい墓。押しつぶされた体。ずたずたになった精神。破壊された心と故郷。不安定な経済。不況とそれに伴うあらゆる不幸。何世代にも及ぶ重い税。(同)

戦争の重い勘定を払う普通の人にとって、複雑な国際関係にかかわらないほうが、はるかに安上がりだったろう。ごく少数の者にとってこのいかがわしい商売は、裏社会の稼業同様、たっぷり儲かる。しかしその商売のコストはいつも、儲からない大衆に回される。(同)

<邦訳書>

2021-09-11

報道かプロパガンダか

A State of Fear: How the UK government weaponised fear during the Covid-19 pandemic (English Edition)

恐怖はよい記事になる。メディアは恐怖モード全開になりやすい。恐怖は読者を引き込む。それはメディアにとって短期でメリットだが、最後には公衆、政府、メディアの微妙なバランスを破壊する。ロックダウン(都市封鎖)と規制が長引くほど、メディアの広告・購読料収入は減少する。(ジャーナリスト、ローラ・ダズワース)

英国では2020年3月23日〜6月30日のロックダウン中、伝統的な広告収入は48%減少した。この間、イングランド公衆衛生庁が英最大、英政府が六番目の広告主となった。スナク財務相は同年4月、政府がコロナ関連の新聞広告キャンペーンに3500万ポンドを投じると発表した。(同)

2020年4月、英通信情報庁(Ofcom)はコロナ関連報道に関し厳しい指針を公表した。放送局に対し「有害な恐れのあるウイルス関連報道、有害な恐れのある医療上の助言、番組中のウイルスやウイルス対策に関する重大な誤解」について警戒するよう要請した。(同)

言論の自由が大切なのは平穏無事なときだけではない。伝染病の流行時にも大切だ。それどころか、危機のときこそ手放さないようにしなければならない。放送局は政府の価値判断に左右されず、異なる見方を伝えることができなければならない。(同)

英BBCは政府見解に逆らう報道を拒んだ。よその国がやったら、英メディアが非難するような行為だ。開かれた討論を認めなければならない。公衆に情報を提供し、科学的な議論を促さなければならない。政治的主張を広めるために偏った情報を伝えるだけなら、それはプロパガンダだ。(同)

2021-09-10

ビスマルクの反自由主義

Wilson's War: How Woodrow Wilson's Great Blunder Led to Hitler, Lenin, Stalin, and World War I I (English Edition)

ドイツ帝国の首相ビスマルクは他の誰よりも、世界を自由放任、自由貿易、平和の原則から遠ざけ始めるうえで大きな役割を果たした。彼は保守派とされるが、社会主義が政府の力を強化し、実在・仮想の敵を破るために役立つと考えた。彼が加速した潮流は世界大戦の勃発を招く。(歴史家、ジム・パウエル)

独歴史家トライチケは政府支配下のベルリン大学の教授で、強い政府の使命は領土の拡大だと宣言。プロイセンの領土獲得に向け運動した。1884年、ビスマルクは海外への帝国拡大に乗り出し、南西アフリカを保護国とする。イタリア、ベルギーその他諸国が領土の奪い合いに参加した。(同)

帝国主義の支持者が引用した保護主義の経済学者フリードリヒ・リストはこう述べた。「企業はドイツの港町で設立し、外国の土地を買い、ドイツの植民地にしなければならない」「植民地は最善の手段だ。製造業にとっても、輸出・輸入の貿易にとっても、立派な海軍にとっても」(同)

社会主義者は帝国主義を資本主義のせいにする。だが征服者たちが世界を略奪してきたのは、市場経済の誕生より何百年も前からだ。ノルウェー、スウェーデン、デンマークが高い生活水準を記録したとき、帝国ではなかった。ドイツが資本を輸出したのは海外に帝国を獲得した後だ。(同)

経済的にいえば、植民地の多くは敗者だった。貿易が少なく、防衛とインフラ建設のコストが高かったからだ。帝国主義が競争で求めたのは権力と威信であり、富ではなかった。英国、フランス、ドイツ各帝国の野望は中東、アフリカ、アジアでぶつかり、ロシアは日本とぶつかった。(同)

2021-09-09

製薬産業と政治家

Jabbed: How the Vaccine Industry, Medical Establishment, and Government Stick It to You and Your Family (English Edition)

米ブッシュ一族のワクチン産業に対する忠誠心は誰にも劣らない。1970年代、ブッシュ父は医薬大手イーライ・リリーの役員だった。ブッシュ息子の政権下で同社の元役員ミッチ・ダニエルズは行政管理予算局長を務めた。同社CEOのシドニー・タウレルは国土安全保障諮問委員だった。(作家、ブレット・ウィルコックス)

2002年12月、米国土安全保障省を創設する法律が成立する際、何者かが付帯条項を紛れ込ませ、イーライ・リリー社のワクチンに含まれるチメロサール(有機水銀化合物)で被害を受けた子供たちの親が提訴した数百件の未解決訴訟から同社を免責しようとした。(同)

息子ブッシュ米大統領は突然、1100万人の軍関係者と緊急時対応要員に天然痘ワクチンを接種すると発表した。ワシントン・ポスト紙によると、ブッシュ大統領の狙いは生物兵器の攻撃から前線の兵士を守り、対応力を向上させることにあるという。(同)

元製薬会社社員ローリー・パウエルの2016年の記事によると、製薬業界のロビー活動費は年々増え、2009年には2億7300万ドルと過去最高に達した。政治家は政策に影響はないと言うが、それは違う。米国で癌の治療費が他国の600倍もかかるのは、政治的な見返りの結果に他ならない。(同)

製薬業界によるロビー活動のもう一つの政治的見返りは、政府が特許薬に法外な金額を払い続けることだ。また、製薬業界のマネーは、ワクチンメーカーを免責するワクチン健康被害補償法の制定にも一役買った。(同)

2021-09-08

ビスマルクの国家社会主義

Tethered Citizens: Time to Repeal the Welfare State (English Edition)

ビスマルクは1871年、プロイセン主導でドイツを統一した。彼の社会福祉政策は17〜18世紀プロイセンの先例に基づいており、英米をはじめ西洋諸国のモデルとなった。しかしビスマルクはおそらく、福祉国家に熱狂する人々が手本として選ぶような人物ではなかった。(作家、シェルドン・リッチマン)

ドイツ帝国の宰相ビスマルクは情け知らずで弾圧や権謀術数を好み、無節操な政治家の典型だった。政治手腕はさすがで、国内外の政敵を互いに対立させ、都合に応じてその場限りの合従連衡を繰り返し、ドイツのために大いなる計画を推し進めようとした。(同)

国家社会主義の性質は保守的である。イノベーションと伝統破壊を止めたがる。マルクス社会主義が流血革命で既存秩序を根こそぎ転覆させることしか考えないとすれば、国家社会主義はささいな騒動の兆しでも警察を呼び出す。これはビスマルクの率いた体制にぴったりあてはまる。(同)

ビスマルクは自分の政策が社会主義と重なることを否定しなかった。「社会主義者から賢明な方法で未来を形造る建設的な提案があり、それが多くの労働者の暮らしを改善するものであれば、前向きに検討するのはまったくやぶさかでない」とビスマルクは述べた。(同)

福祉国家は社会民主主義を水際で食い止めるだけの手段ではなかった。1878年、ビスマルクは社会民主主義者から市民の自由を奪う法律を成立させた。社会民主党は非合法となり、出版、言論、集会の自由は禁じられた。煽動者とみなされると追放された。銃の所有は規制された。(同)

2021-09-05

フランス革命の光と闇


フランスのパリにある自由の女神像。フランスがアメリカの独立百周年を記念して贈った自由の女神像の返礼として、パリに住むアメリカ人たちがフランス革命百周年を記念して贈ったものだ。

1789年に始まったフランス革命は旧来の王制を倒し、近代市民社会の基礎を築いた。革命の光の部分だ。一方で、闇の部分もあった。暴力で反対者を弾圧する「恐怖政治」の発生だ。ギロチン(断頭台)はその恐ろしい象徴である。

自由の理念を掲げるフランス革命は、なぜ恐怖政治の闇を生んでしまったのだろうか。その原因は、自由の理念自体にあるのではない。革命政府が自由を十分に守らなかったことにある。守られなかった自由とは、経済活動の自由だ。

革命の経緯を簡単に振り返ろう。七年戦争でイギリスに敗れたフランスは、イギリスに対抗してアメリカの独立戦争を支援したが、多額の戦費で財政が悪化する。国王ルイ16世は課税の承認を求めて、1615年以来召集していなかった三部会を1789年5月に開く。三部会とは聖職者、貴族、平民の代表からなる身分制議会だ。しかし議決の方法をめぐって対立し、平民の議員を中心に、国民議会が形成される。

国民議会が憲法の起草を求めると、貴族と国王はこれを弾圧しようとした。このため、食料危機などに不満を抱いていたパリの民衆は7月14日、武器弾薬を求めて圧政の象徴とされたバスティーユ牢獄を襲撃し、フランス革命が始まった。8月、国民議会は封建的特権の廃止と人権宣言の採択を相次いで決めた。

革命は初め、立憲君主制をめざしたが急進化していく。1791年9月、男子普通選挙による国民公会が成立し、共和制の成立が宣言される。93年1月、ルイ16世は処刑された。

この間、庶民は食糧の不足と値上がりに苦しんだ。食糧事情は1789年に深刻化した後、90年、91年は緩和されたが、91年の不作が92年に影響し、民衆がテュイルリー宮殿を襲撃し国王らを捕らえた同年8月には絶頂に達した。革命期の重大な民衆行動の多くが夏から秋にかけての端境期に起こっており、食糧問題がいかに重要だったかを示している。

財産家や商人に対する民衆の攻撃が激しくなるにつれて、食糧の出回りはかえって悪くなり、値上がりが続いた。93年になるとパンの入手は困難になった。

庶民生活の困難のなかから、過激派(アンラジェ)と呼ばれる一団が生まれた。僧侶出身のジャック・ルーをリーダーとする過激派は、買い占め人、投機業者、財産家を目の敵にし、議会に迫って死刑を含む厳しい罰則で処罰すること、物価の統制、配給制の実施を求めた。

一方で過激派は買い占め人の襲撃や輸送中の物資の略奪、その安価な分配などの実力行動をたびたび展開した。その際、貧民たちや主婦が動員の対象とされた。主婦は生活問題に敏感であると同時に、信じやすいということを過激派の一人は指摘している。

革命政府内で穏健派とされるジロンド派は、経済の自由を尊重し、過激派の主張や行動を批判した。内務大臣ロランは、生産と流通の自由だけが食糧問題を解決するとして、声明で「おそらく議会が食糧についてなしうる唯一のことは、議会は何もなすべきではないということ、あらゆる障害をとり除くことを宣言することであろう」と述べた。

これに対し政府内で主導権を握る山岳派は、理論的にはジロンド派の自由主義を認めるが、過激派の主張を一部取り入れる態度を示した。同派のリーダー、ロベスピエールは「商業の自由は必要である」としつつ、「しかし、それは殺人的な貪欲が、商業の自由を濫用するにいたらないときまでのことにすぎない」と釘を刺した。

生活必需品である穀物の商業と、不要不急の染料の商業とを混同してはならないというのが、ロベスピエールの主張だった。これは経済に対する彼の無知を示していると言わざるをえない。政府が経済を統制し、市場経済の働きを妨げれば、かえって問題を悪化させてしまう。

1793年5月、穀物と小麦粉を対象に、値段の上限を定める「最高価格令」が決定された。9月には食糧のみならず全商品の価格を三年前の1790年の価格の三分の一増しに定め、また賃金も同じく1790年の二分の一増しとした。

しかし予想されたとおり、最高価格令は商品の売り惜しみを招き、かえって商品の出回りを妨げた。1793年から94年にかけての冬はことに厳しかったが、暖房用の燃料が不足し、夜の灯火も乏しくなった。春になって最高価格が引き上げられたものの、結果は変わらなかった。石鹸もローソクも手に入らず、人々は夜の2時から肉屋の戸口に集まった。

最高価格令の影響で、フランス中に闇市場が広がった。とくにバター、卵、肉などは戸別訪問によって少量ずつ販売され、手に入れたのはおもに富裕層だった。結局、富裕層が十分以上の食料品を手に入れ、貧乏人は飢えたままとなった。最高価格令は、民衆を救う狙いとは正反対の結果をもたらしてしまったのである。

飢えに苦しむ民衆は、富裕層への憎しみを募らせた。暴発を恐れた政府は1793年9月以降、半年前に設置した革命裁判所を舞台に、恐怖政治を本格化させていく。革命裁判所は、あらゆる反革命的企てに関わる事件を管轄する特別法廷で、控訴・上告は一切なく、ここで下された判決は即、確定の最終判決だった。

国会は最高価格令とともに、「疑わしい者たちに関する法令」を可決した。「疑わしい者たち」とは「反革命の輩」の意味だが、定義があいまいなため、ほとんど誰でも逮捕することが可能だった。

恐怖政治では王妃マリー・アントワネットらを含む約1万6000人が処刑され、1794年7月、テルミドールのクーデターでやっと終止符を打つ。

同月、ロベスピエールはそれまで多数の人々を送り込んだ断頭台で、自身が処刑される。ロベスピエールとその一派がパリの通りを処刑台へと向かう途中、群衆は「薄汚い最高価格令が通るぞ!」と野次を飛ばしたという。その年の12月、最高価格令は正式に廃止された。

経済の自由を安易に規制すれば、やがて社会全体の統制につながり、場合によっては深刻な権利侵害を招く。フランス革命の重い教訓である。

<参考文献>
  • 安達正勝『物語 フランス革命―バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで』中公新書
  • 河野 健二『フランス革命小史』岩波新書
  • 河野健二・樋口謹一『フランス革命』(世界の歴史)河出文庫
  • Robert L. Schuettinger, Eamonn F. Butler, Forty Centuries of Wage and Price Controls: How Not to Fight Inflation, Ludwig von Mises Institute

(某月刊誌への匿名寄稿に加筆・修正)