2021-05-15

国家にイノベーションは可能か


政府に「統合イノベーション戦略推進会議」(議長・加藤勝信官房長官)という組織がある。今年1月に決定した新たな科学技術・イノベーション基本計画の素案では、2025年度までの五年間で政府の研究開発投資を総額三十兆円、官民合わせて百二十兆円とする過去最大の目標を掲げた。

最近は海外でも、国家がイノベーションで大きな役割を果たすという考えに人気がある。英経済学者のマリアナ・マッツカートは著書『企業家としての国家』(2015年)で、国家の役割は高いリスクと困難を伴う分野へ積極的に、勇敢に立ち向かうことだと論じる。

しかし、政府がイノベーションを行うとか後押しするとかいう考えは、民間が主導するイノベーションの現実にまったく反する。

マッツカートはとくに鉄道を公的イノベーションの例として引き合いに出すが、ジャーナリストのマット・リドレーが著書『人類とイノベーション』(2021年)で指摘するとおり、1840年代の英国や世界の鉄道ブームは、完全に民間部門の現象だった。

また、米国は20世紀初めの数十年に世界で最も進歩した革新的な国になったが、1940年より前には、いかなる種類の研究開発にもたいした公的助成金はなかった。

リドレーによれば、イノベーションは自然淘汰を通じた進化にきわめてよく似ている。多数の参加者が試行錯誤を繰り返すなかで、製品が漸進的に改善されていく。これに対し、政府がイノベーションを主導するという考えは、全知全能の神が宇宙や生命をつくったとする創造論的なイノベーション観に基づいている。

政府は市場に勝るという国家主義的な思考は、イノベーションにとって何の役にも立たないばかりか、むしろ害悪を及ぼす。

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