資本主義は格差を生み出したり人間を疎外したりするとして、代替的な経済システムを提案することが流行している。代替案の一つは、贈与だ。しかし贈与には、相手に精神的な負い目を負わせるという欠点がある。どうすればいいか。
文化人類学者の小川さやかは、著書『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(春秋社)で、その答えを探る。答えは結局のところ、資本主義そのものの中にあった。
チョンキンマンション(重慶大厦)は香港の目抜き通りネイザンロードに立地する複合ビル。本書の主役であるタンザニア人をはじめ、アフリカ、南アジア、中東、中南米など世界各地から零細な交易人や難民、亡命者などが集まる場所だ。彼らはソーシャルメディアや電子マネーを駆使し、巨大な交易ネットワークを築いている。
興味深いのは、タンザニア人が築いたセーフティネットだ。日常的な助け合いの大部分は「ついで」で回っているという。香港に難民として居住するタンザニア人は、母国に残してきた家族への贈り物を偶然帰国する交易人に託して「ついで」に届けてもらう。資金がなくて香港に渡航できない者は、スーツケースのスペースに空きがある分だけ交易人に自分の商品も「ついで」に仕入れてきてもらう。
誰もが「無理なくやっている」という態度を押し出しているので、「この助けあいでは、助けられた側に過度な負い目が発生しない」と著者は指摘する。
タンザニア人たちは、「誰かは助けてくれる」という信念を抱いている。しかしその信念を支えるのは、「同胞に対して親切にすべきだ」という道徳心ではなく、多様なギブ・アンド・テイクの機会である。チョンキンマンションのボスと呼ばれるカラマは「大切なのは仲間の数じゃない、〔タイプのちがう〕いろんな仲間がいることだ」と話す。
資本主義の代替案として、メンバー相互の信頼や互酬性を育むことで「善き社会」を目的的に築こうとする「市民社会組織」がしばしば提案される。しかし香港のタンザニア人たちが築いたセーフティネットは、著者が述べるように、最先端のシェアリング経済やフリー経済の思想により近しい。
市民社会組織が道徳による解決策だとすれば、タンザニア人たちのセーフティネットは利害による解決策だともいえる。自己の利益を求める人間の本性からすれば、道徳心に頼った前者には「無理」がある。後者のほうが成功の見込みは大きいだろう。
著者はこう鋭く分析する。「逆説的に聞こえるかもしれないが、誰もが、俺たちは金儲けにしか興味がない、金を稼ぐのは良いことだ、俺たちはどんな機会も自らの利益に換えてみせると公言しているからこそ、気軽に助けを求められるのだ」
資本主義を批判する人々は、金儲けを敵視する。しかし金儲けを排除した経済・社会システムは機能しないし、多くの人を助けることができない。最善のセーフティネットとは、金儲けを肯定する開かれた資本主義である。
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