11月8日に投票される米大統領選に共和党候補として臨む不動産王ドナルド・トランプ氏、国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた英国、欧州で勢力を伸ばす左右の急進政党。過激発言を繰り返して「フィリピンのトランプ」とも呼ばれるロドリゴ・ドゥテルテ大統領――。これらの話題をひっくるめて、「世界はポピュリズムに席巻されている」と警告する論調が目立つ。
たしかにポピュリズムを唱えているとされる政治家(ポピュリスト)の主張には、露骨な外国人差別など理解しがたいものもある。しかし、だからといって、すべてが間違っているわけではない。
たとえばトランプ氏は米連邦準備理事会(FRB)を批判し、オバマ政権の意向に沿って金利を低く抑え、「虚偽の株式相場」をつくり出したと指摘した。これは、それほど非難されるようなことだろうか。
もちろん、中央銀行は政治から独立しているというのが建前だし、金融緩和の目的は株価を上げることではないとFRBは主張する。しかし、日本のアベノミクス(安倍政権の経済政策)にしてもそうだが、現実には政府の支配下にある中央銀行がしばしば政府の意を汲んで行動するのは、公然の秘密である。トランプ氏はその事実をおおっぴらに述べたにすぎない。
またトランプ氏は外交政策で、必要性のない戦闘のため米兵を派遣しない「アメリカ・ファースト」(米国第一)を基本方針に掲げた。マスコミでは「孤立主義」と叩かれたが、これも特段おかしな主張ではない。トランプ氏が「アメリカ・ファースト」によって批判したのは、これまで米国の外交政策に影響力を及ぼしてきたネオコン(新保守主義者)や軍事介入を支持する共和党主流派である。彼ら外交エリートはイラク戦争をはじめとする軍事介入で次々と新たな問題を生み出し、新たな軍事介入の必要に迫られてきた。
英国のEU離脱(ブレグジット)に対しては、主流メディアが「離脱したら英国経済に大きな悪影響を及ぼす」と反対論を繰り広げた。しかし、この言い分こそ経済の道理に反する。EUから離脱すれば、加盟国との貿易は縮小するかもしれない。だが、EU以外との貿易がそれ以上に活発になれば、英国経済はむしろ今よりも繁栄することが可能だ。EUの各種規制、関税・貿易政策、極めて保護主義的な農業政策を脱することもできる。欧州でもっとも豊かな国のひとつである、スイスとノルウェーはEUに加盟していない。
ポピュリズムにはしばしば、「反理性的」という罵声が浴びせられるが、ポピュリズムの批判者である主流政治家やマスコミの主張を冷静に比較すると、以上のように、むしろ批判側こそ道理に反し「反理性的」である場合が少なくない。
ポピュリズムそのもの以上に危険なこと
それでは、同じくポピュリズムに対してよく向けられる「無責任」という批判はどうだろうか。実はこれも、むしろ批判する側の政府や主流政治家にあてはまることが多い。
今年5月、麻生太郎副総理兼財務相が安倍晋三首相に「宰相になるか、ポピュリストになるかですよ」と迫ったという。朝日新聞の記事によると、「宰相になる」とは、来年4月の消費増税を予定通り実施すること。「ポピュリストになる」とは、増税を先送りすることを意味する。「財務省のトップとして、足もとの負担増に耐えても将来世代にツケ回しすべきではないとの思いを込めた」と記事では解説する。
しかし、そもそも増税しなければもたないほど財政が悪化した原因は、歴代政権による有権者や親密企業へのバラマキだ。自分たちの再選という目先の利益のために予算の無駄遣いを繰り返し、気がつけば財政危機が心配されるほど巨額の公的債務が積み上がっていた。しかも誰もその責任を取らず、政府支出を大幅に切り詰めるでもなく、増税でしのごうとしている。これを無責任といわずしてなんといおう。
財政を悪化させた責任は、アベノミクスで多額の財政支出を行った安倍首相はもちろん、かつて首相として公共事業を大盤振る舞いした麻生副総理にもある。いってみれば、彼ら自身が大衆に迎合する立派なポピュリストなのである。責任感あふれる政治家のような顔をして、他人事のようにポピュリズムを批判するとは噴飯ものでしかない。
主流政治家や政府、それに近いマスコミが必死にポピュリズムを叩く背景には、人々が現状の政治の根本的な問題に気づいてその枠組みが揺らぎ、既得権益を失うことに対する警戒心、恐怖心があると思われる。
政府の意に沿った中央銀行の過剰なマネー供給、軍産複合体の利益を背景とした海外軍事介入、官僚に支配されるEU……。ポピュリズムの主張には誤りも少なくないが、重要な真実も含んでいる。政治エリートによる非難を鵜呑みにするのは、ポピュリズムそのもの以上に危険である。
(Business Journal 2016.11.08)*筈井利人名義で執筆
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