2020-07-09

正しい政策を見極める、ただ一つの言葉

  • 政策が社会全体に適切かを見極めるカギは政策の「コスト」
  • 都市封鎖で感染拡大が抑制できてもそれだけでは成功と言えず
  • 政策の正しさはリターンとコストを含む全体で判断

政府が打ち出す各種の政策は、金融市場での投資判断にも大きな影響を及ぼす。ある政策が社会全体にとって適切かどうか、どうやって見極めればいいのだろうか。

現在、世界で新型コロナウイルス感染対策の副作用が噴き出している。経済活動に厳しい制限を課してきたイタリアでは、5月から制限を段階的に緩和しているが、観光業や飲食業など幅広い業種で依然、厳しい状況が続く。不安を抱えた国民の抗議活動が起きている。


米国では5月25日にミネアポリス市で起きた白人警官による黒人暴行死事件をきっかけに、全米で抗議デモが広がり、放火や略奪を含む暴動に発展した。その背景にはコロナ対策による経済活動制限が引き起こした大量の失業がある。5日発表された5月の失業率は13.3%と前月(14.7%)から改善したものの、戦後最悪水準の失業率が続く。

決定的に重要な要素


企業や消費者の活動を厳しく制限する都市封鎖(ロックダウン)を実施した国では、この政策はコロナウイルス感染症の流行抑制に有効だと主張してきた。最近ではこの主張に否定的な調査も出てきているが、かりに都市封鎖が流行抑制に有効だとしても、それだけで社会・経済全体にとって適切な政策だとは言えない。政策の是非を判断するうえで決定的に重要な要素を無視しているからだ。それは政策の「コスト」である。

この場合のコストとは、単に政策の実行にかかる金銭的な費用だけではない。その政策を実行することによって引き起こされる、さまざまなマイナスの影響を含む。

5月31日の日本経済新聞電子版の記事によると、経済活動の制限と景況感の関係を調べたところ、厳しい都市封鎖をした国ほど経済が悪化したことが裏付けられた。都市封鎖を徹底すれば感染の収束を早められるが、失業などの副作用も大きいためだ。

その観点からは都市封鎖によって感染抑制というリターンが得られたとしても、失業などのコストを考慮した全体を見ると、必ずしも成功とは言えないということになる。米国のように、失業が暴動の一因になり、鎮圧のため軍隊の投入まで検討されるようでは、コストの大きさは計り知れない。

失業や経営不振に対しては、政府が「手厚い支援」を行えばいいという意見もある。しかし、政府による支援の原資は税金だ。経済活動が衰えれば、それに伴って税収は減り、支援の原資もなくなる。政府も結局のところ経済に依存しているのであり、経済を超越した救世主にはなれない。

目に見えないコスト


政策のコストとしてもう一つ、見落としがちなものがある。ある政策を選ぶことで妨げられたプラスの影響だ。

都市封鎖がもたらす失業や経営難というマイナスの影響は、失業者や企業倒産の増大という形で目に見えやすい。一方で、もし封鎖が実施されていなければ、経済活動が自由にできる分、人々のためになる新たな商品・サービスが多く、早く実現していただろう。それによって人々の生活水準や健康状態は向上し、ウイルス耐性も高まっていたかもしれない。

都市封鎖を選択し、経済の自由を縛ることで、そうしたプラスの影響は失われてしまった。これも一種のコストだ。実現していたかもしれない商品・サービスは想像するしかないので、目に見えない。けれども政策を選ぶ際には、目に見えないコストも考慮に入れなければならない。

19世紀フランスの経済学者フレデリック・バスティアは「見えるものだけによって判断するのではなく、見えないものによっても判断するように、自分たちを習慣付けようではないか」(蔵研也訳)と強調している。

都市封鎖を断行し、今になってそのマイナスの影響にたじろぐ各国の政治指導者は、見えないものはおろか、失業や倒産という見えるものさえ十分考慮に入れていなかったようだ。

日本は、コロナ対策で都市封鎖には踏み切らず、外出自粛や店舗休業の要請にとどめた。しかし名目は要請でも、行政が大きな権限を握り、「お上」に弱い国民性の国では事実上、強制に近い性格を帯びやすい。メディアの報道を見ていても、行政の要請に素直に従う庶民の姿が連日、美談のように伝えられる。

そうしたムードに影響されて、「自粛警察」と呼ばれる人たちが現れる。無観客ライブをネット配信したライブハウスに自粛を求める貼り紙をしたり、駐車場が満杯になったゴルフ場に苦情電話をかけたりする。自由な市場経済を標榜する国には、あまり似つかわしくない行動だ。

このように、国民の間で経済の自由を尊重する気風が薄れていくことも、政策がもたらすコストの一つだ。長い目で見れば、日本経済のプラスには決してならない。

社会に及ぼす影響


東京都は休業要請の対象を段階的に緩和するロードマップ(行程表)に沿って、6月1日から「ステップ2」に移行。劇場やジム、商業施設などの営業再開を認めた。ところが2日夜、感染再拡大の兆候があるとして独自の警戒情報「東京アラート」を初めて発動した。

このため、パチンコ店やカラオケ店などへの要請を解除する「ステップ3」への移行は見通せない。キャバクラやナイトクラブなど接待を伴う飲食店や、ライブハウスなどの解除はさらにその先だ。

小池百合子都知事は「改めて原点に立ち返り、一人一人の行動が社会全体に影響をもたらすとの意識を持ってほしい」と都民に呼びかける。けれども休業要請という政策が社会に及ぼす影響は、それ以上に大きい。

政治指導者は、政策のコストというただ一つのキーワードを忘れず、賢明な判断を下してほしい。それができれば、傷ついた日本経済は再生への第一歩を踏み出せるだろう。

QUICK Money World 2020/6/9)

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